第62話 アリス VS メルサ
こんにちは。
ブックマークや評価をしていただいた方、有難うございました。
第62話になります。何卒宜しくお願いします。
さて、上手いこと目当てのこいつを連れ出すことに成功したのはいいけど、問題はこいつにあたしが勝てるかってことね…………。
アリスとメルサはヒュドラが荒らした場所から離れ、枯木がポツポツと生えた荒野に来ていた。
「それじゃ、今からあんたが雑魚だってことを証明してあげる」
メルサが長く燃えるように赤い髪をふぁさぁとかきあげると、それに伴って有り余った魔力からボウッと炎が飛び散る。飛び散った火の粉がメルサのそばの枯木に燃え移り、ゴウゴウと燃え始めた。
その様子を見ながらも、アリスはあごに指を当ててメルサをじっと観察する。アリスにとって相手の情報は戦闘において何よりも大切なものであり、それは能力だけでなく相手の性格にまで及ぶ。
魔術士同士の戦いに持っていけたのはいいけれど、この女はどう考えても火魔法を使うわね。魔力も相当高い。火魔法って、どうも攻撃的な性格が多い傾向にあるわよね。この女もおそらくは…………。
またアリスには別の心配もあった。
冷静さをかけば、魔力の制御を失ってしまうかもしれない。今の魔力量でもし暴走なんてしたら、コルトの時の比じゃない。この氾濫すら可愛いものに思える災害が起こるかもしれない。常に冷静に…………落ち着くのよあたし!
アリスは両手でパシンとほほを叩いて気合いを入れる。
「何黙ってるのよ。怖じ気づいちゃった?」
メルサが腕を組んだまま、ふふんと笑って言った。
「うっさいわね。ババアは黙ってることもできないの?」
この2人の女同士の煽り合いにストッパーはこの場にはいなかった。
「ば、ばばあ…………」
簡単にぶちギレるメルサ。髪の毛がオレンジ色にゴウゴウと燃え盛り立ち上る。
「死になさい!」
メルサは右手を伸ばすと、無詠唱のファイアーボールが連続で放った。
「喧嘩っ早いわねっ!」
どうやら年齢はメルサにとってタブーだったようだ。
悪魔も年齢とか気にするのかしら? あたしたちとは桁が違うでしょうに。
アリスは冷静に、わざと詠唱して5メートル四方の氷のキューブをパキパキと形成する。それでファイアボールを防いだ。
ドガシャアアンッ…………ガシャアアンッ!
ファイアボールの直撃で飛び散る氷にアリスは顔を伏せる。そしてすぐに壊れた部分の修復を開始する。
一発一発の威力は高くはないようね。それにユウほどの馬鹿げた貫通力もない。
「って、どんだけ連射できるの?」
アリスは途切れることなく届くファイアーボールに修復を繰り返す……!
「知ってるわよ? あなたたち人間は詠唱しなくちゃ魔法が使えない。つまり、詠唱中はまるで無防備になるってことはね!」
「それがどうかした?」
なるほど。やっぱり悪魔の認識でも人間は詠唱が必要ということになっているようね。それにこの女は魔力の出力よりも魔力量が大きいタイプ。そして猪突猛進脳筋魔力馬鹿。
あたしが有利な点としては、まず相手はこちらが詠唱が必要だと思っていること。もうひとつは、あたしがそれなりに近距離戦も行えるということ。これは魔力が尽きたり、接近できたときの最終手段ね。
「出てきなさいアバズレ」
「アバズレじゃないわよ……」
もう1つあったわね。キレやすく扱いやすい点。もしかすると、これが一番のメリットかも…………ちょうどいいわ。キレてるうちに……。
アリスは氷のキューブの後ろに自分と同じ背丈の氷をもう1つ立てる。
これで、あいつからは氷のキューブを通してこのあたしを模した氷が人影として写っているはず。
「うーん、ここまでリアルにする必要はなかったかしら」
魔力操作のレベルが上がり、精密な魔力の扱いに慣れてきたアリス。精巧な等身大の自分の氷像を作り出していた。
「まぁいいわ。準備はできた。よろしく頼むわよ」
アリスは自分の氷像の頬をぺしぺしと叩くと、ファイアーボールの派手な爆発に紛れてその場を離れる。そして、近くにあった大きな岩影に隠れた。
「いつまで隠れてるつもりよ卑怯者! もういいわ。その氷ごと吹き飛ばしてあげる!」
その声が聞こえてアリスは狙いどおりであることを確信する。
簡単に騙されてくれて助かるわ。
メルサは普通のファイアボールでは埒が明かないと、一気に氷のキューブを消し飛ばせるだけの魔力を込める。
「いや、それはやりすぎでしょ」
両手を掲げたメルサの真上には直径10メートルを越す炎の塊ができていた。その大きさにアリスの顔がひきつる。
「さぁ、蒸発しなさい!」
メルサは巨大なファイアボールを放った。ファイアボールは放物線を描いてアリスの氷のキューブに直撃する。
ボゴォォォ…………ン!!!!!!
地面に黒い焦げ後を残しながら、氷のキューブはアリスの偽物ごと蒸発。
「あはっ! あははは! やっぱり雑魚だったわね!」
それを見てメルサは殺せたと思い込み、空を仰いで笑った。その様子を見ていたアリスだったが、予想以上の威力に慌てて顔を引っ込めた。
熱っ! ここまで熱波が届くなんて…………。ホント、脳ミソまで魔力でできた魔力馬鹿ね。まぁ、これでアイツの中じゃ、あたしは死んだことになったかしら?
「人間ごときが子爵家の跡取りである私に楯突こうなんて、1万年早いのよ」
へぇ、あの悪魔貴族なのね。だから実践経験が少ないのか、魔力にかまけて魔法を撃ちすぎよ。
そしてアリスの反応がないことをいいことにメルサは意気揚々と背を向けて戻りだした。
「よし…………」
死体の確認すらしないなんて、なんたる馬鹿…………。
アリスはこないだ開発した魔力サークルをこっそりスルスルとメルサの足元まで伸ばしていく。
これで背中から串刺しにして暗殺完了っと。
だが、突然メルサは突然バッ! と振り向いてキョロキョロの辺りを見渡した。
「なにか違和感が…………もしかしてまだ?」
気付かれた!? こいつ、魔力感知も高いの!?
慌てたアリスが完全に魔力の準備ができる前に魔法を使う。
「お願い当たって!」
パキキキッ…………!!
メルサの足元から氷の槍が突きだす!
ドスッ…………!
「…………ああっ!!」
やはり警戒していたのだろう。アリスは心臓を狙っていたが、体をひねられ肩の出ているドレスのため、直接左の肩に刺さった。
「おしい……!」
アリスは右手を握りしめて悔しがる。
焦って氷槍を1本しか出せなかった……! あれに気付くなんて、単なる魔力馬鹿ではないのかしら。とにかく暗殺は失敗。次のプランね。
アリスは岩影から姿を現した。
「痛い……」
流れる血がメルサの黒いドレスを濡らす。左肩を押さえたままメルサは振り返った。
「やっぱりまだ生きてたのね」
「あの程度で死ぬと思うあなたが馬鹿なのよ」
アリスはメルサに向かって歩いていく。
「そのまま逃げてしまえばよかったのに。どうもこそこそしたネズミ臭いと思ってたのよ」
見下したようにメルサはアリスを見る。
「そのネズミにやられてる気分はどう?」
アリスはニヒルな目線を向け、メルサを挑発する。
「ふん、こんなの怪我に入らないわ。見てなさい? 今に燃え尽きて炭化するのはあなたよ」
そう言って、メルサは身体中の魔力を高める。
やっぱり悪魔にもなると魔力の展開が早い。もしかして原理は魔力操作を使うあたしたちと同じなのかしら? だとしたら、魔力操作のレベルは負けてるかもしれない。そこは注意が必要ね。
だとしても魔力準備の開始位置が違った。メルサを挑発しながらもアリスはとっくに魔力を練り、氷の刃を生み出していた。空中に浮かんだ無数の氷の刃は陽光を反射し、キラキラと光り輝く。
メルサの魔法はまだのようだ。
「ナメてはいけない。油断はいけない。全力で殺す。ただそれだけ」
そう歌うようにアリスは呟くと、すぐに動いた。
「いけっ」
アリスが右手を振ると同時に無数の透明な氷刃がキラキラと宙を舞い、メルサへと特攻する。
「なによ。今さらそんなちまちま小さな攻撃するの?」
そんな声が聞こえた瞬間。
メルサの前の地面から大量の炎が吹き出した!
ザッッ、バアアアアアアアアアアアアアアアン……………………!!!!
それはどんどんと量を増し、高さは4メートル。炎の津波となって押し寄せてくる!!
「うそでしょ!!??」
突撃していたアリスの氷の刃は一瞬で波に飲み込まれ蒸発した。それだけには留まらず、離れたアリスのところまで炎の波が到達する勢いだ。
飲まれるわけにはいかない! 避けるなら…………上!
アリスはしゃがみ地面に手を当てると、地面から直径1メートルくらいの氷柱を発生させる。それに乗ったまま、さらに波よりももっと高くグングン伸ばしていく。どんどん地上から離れ、その高さは数秒で40メートルくらいになった。
しかし、その瞬間、氷柱の地表部分に炎の波が到達し、氷は蒸発。突如として支えを失うとバキバキバキ…………とアリスを乗せたままゆっくり傾き始める氷の柱。
「はははは! 早く落ちてきなさい!」
真下を見ると辺り一面燃え盛る火の海だ。地表の炎にアリスが赤く照らされ、上昇気流に乗った熱がアリスを撫でる。その火の海の中でメルサ1人は勝利を確信し、高笑いをしていた。
「熱い…………!」
やっぱり一筋縄じゃいかないわね。それに無詠唱で不意をつくつもりだったのに、とっさに唱えずに魔法を使っちゃった。魔力馬鹿ではあるけど、馬鹿ではない。無詠唱のことは多分もうバレてる。
倒れ出した氷柱を思いっきり蹴って、メルサの上空に移動する。
こうなれば正面突破よ。あたしの得意魔法を見せてあげる。
「いけっ!」
アリスが使ったのはかつて火竜を攻撃したあの、巨大な氷塊だ。あのころよりさらにサイズはでかくなっている。そして、それを真上からメルサの頭の上に撃ち出した!
すさまじい量の魔力に冷気を湛えながら、重力がさらに氷塊を加速していく。メルサはなにかわめきながら、下から炎の槍を束にして発射した。
「あはは。火竜にすら通じた魔法。その程度で防げると思ってるの?」
一瞬だけアリスの氷がメルサの炎で赤く光ったが、直ぐに消えた。
そして、地面へと衝突しメルサごと押し潰した!
ドッゴゴゴゴゴゴオオオオォォ…………ン!!!!
パキパキパキパキ…………パキパキ、パキンッ!
超低音の大地を揺らす大音量と共に、燃えていたここら一帯の地面を凍らせた。先程の熱風とは対照的に冷気が立ち込め、地面が白いもやに包まれる。そしてアリスはヒュウゥゥゥと落下しながらメルサの姿を探す。
氷漬けになったかしら?
アリスは着地の寸前、すべり台をイメージした氷を地面から生やし、衝撃を殺し、滑るように着地した。
「よっ、と!」
怪我なく着地できたことにアリスは安堵する。
高所からの落下。どうすべきか考えておいて良かったわ。これも、あの時ユウに落とされたおかげ…………というかユウのせいね。
氷の滑り台を滑り降りたアリスが立ち上がると、魔力感知に反応があった。 そこはさきほどの氷塊が直撃した、今や標高20メートルほどの氷山となった氷の中。
「やっぱり、まだ生きてる……」
一部氷の内部が赤く光ったかと思うと、どんどんと光の強さを増し、最後には燃え盛る。そして
ボゴォォ…………ン!
ガシャ、ガシャアアアアアアン…………!!!!
氷山が吹き飛び、大小様々な氷が辺りに降り注ぐ。
そこからはメルサが自身の2対の翼に炎を纏った状態で穴の開いた氷山の中から浮かび上がって現れた。炎を翼に纏っている姿はまさに、魔力を体に纏っているのと同じだ。
「…………て、無傷!?」
アリスの得意技が通じなかったことに動揺する。
「あたしに奥の手を使わせるなんてね。なめてたわ」
あれ、奥の手って纏いのことよね。油断してるうちに倒したかったんだけど、これじゃもう厳しいか。それにあの翼。今のを無傷で防げるってことは相当魔力を注ぎ込んでる。要注意ね。
「今までは本気じゃなかったってわけね」
「ふん、当たり前でしょ。誰があんたみたいな雑魚に初めから本気を出すの」
メルサは宙に浮いたまま燃え盛る2対の翼の先端をこちらに向けた。そこには、先程とは比べ物にならないくらいの魔力がこもっている。
そして、炎を纏った翼を払うように振ると、一度に大量の羽が撃ち出された!
ドドド、ドドドド…………!!!!
速い! 壁を…………!
1つ1つの羽に込められた魔力を警戒し、先程と同じ5メートル四方の壁を作るも、魔力が濃縮された燃える羽が触れた瞬間、大爆発を起こした。
ドゴオオォン!!
「うそ!?」
一発で今の壁が?
アリスの氷の壁は粉々に砕け散り、一気に目の前が開けた。そして見えるのは、飛来してくるメルサの羽!!
だめっ!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォン…………!!
「あはははははははははは!! さっきまでの減らず口はどうしたのぉ!?」
メルサは裂けそうなほど口を開き笑った。
◆◆
煙が晴れたあと、アリスは生きていた。
「くうぅっ……!」
ユウに買ってもらったアクセサリーの効果と、自身を氷でガードしながら氷柱で後ろに突飛ばしたことで直撃を避けたからだ。
だが、それでも深いダメージは負った。自身を突き飛ばしたことによる打撲と、さらに火傷だ。防ぎきれなかった炎を右肩から腕に受け、火傷がひどい。しかし、痛みに肩を押さえながらうずくまる。
良かった。あたしまだ生きてる…………。
ユウ、ありがとう。
アクセサリーをぎゅっと左手で握りしめる。
痛い…………肩が焼けてる。
アリスは自分の魔法でやけど部分を冷気でさっと冷やす。
アリスがしゃがんだまま、チラリとメルサに目を向けると、ゆっくりと炎の中をアリスに向かって歩いてくるのが見えた。
ポーション飲んでる暇は…………ないわね。
アリスは平静を装ってメルサを見る。
「子猫ちゃん生きてますかぁ?」
ニタニタと猫なで声で呼び掛けてくる。
また嬉しそうね。あのおばさんは。
「うっさいわね。ほんと。しゃべらないと生きていけないのかしら」
「あら、生きてたわ」
メルサはわざとらしく驚いた風の表情をつくった。
「あんな火の粉程度で死ぬわけがないでしょう?」
アリスは強気に笑いながら脚に力を込めて、ザッと立ち上がりメルサに向き合った。
さっきの攻撃は厄介、あたしのガードじゃ防ぎきれない。なら当たらないように、あの攻撃からは距離を取った方がいい。あと、あの氷が溶けた水使えそうね。それを利用して、スキをつくって接近戦に持ち込む。それに、思った以上にあいつが馬鹿だったのも利用できそう。
メルサは地面を覆う氷を鬱陶しそうに羽を飛ばして溶かし、できた水溜まりの中をパシャパシャと撥ね飛ばしながら歩いてくる。
「いいわ。貴方を炭にした後、死体を町に吊るしてあげる。それで町の連中も諦めるでしょ」
メルサはアリスも入っているほど大きな水溜まりの真ん中で、波紋を立てながら立ち止まって言った。
「どうぞ勝手に。できるのなら」
そこで立ち止まってなさい。
「できるに決まってるでしょ? 私を誰だと思ってるの」
調子づいたメルサがイキるが、それを無視してアリスは両手を地面を濡らす水に掲げる。
「……足元注意よ。お嬢さん」
メルサは自分の下の水溜まりを見る。
「ふん。この程度の水凍らせたところでどうなると?」
そういう固定観念が、ミスを招くのよ。
メルサの足元の水がギュルルとメルサの脚から体に巻き付く。
「へっ!? なっ、なによこれ!」
いきなり身体の自由を奪われ動揺する。そして、地面に引き倒した。
バシャンッ!
「うっ!」
顔面から泥に突っ込むメルサ。
「あらあら可哀想。ドレスまで、いいえきれいなお顔までドロドロじゃない」
「だっ、騙したわね…………」
怒りに震えながら、起き上がろうとバシャンと右腕をつく。
「誰も水魔法が使えないとは言ってないもの」
アリスはさらに追撃の水魔法を発動する。
メルサへ周囲の水が生き物のように飛び掛かり、メルサを3メートルほどの水球の中へと閉じ込めた。
「ごぼぼぼ…………!!!! ーーーーっ!!」
口から空気のアブクを吐きながら、必死に手で水をかいてもがく。
「今…………!」
パキンッ…………!!!!
メルサを閉じ込めた水球はそのままアリスに凍らされることとなった。もがいた格好のまま氷漬けになるメルサ。
「わかってるわ。こんなの、この女相手じゃ時間稼ぎにもならないって」
でも狙いは別にあるの。
見れば氷に囚われたメルサの髪の毛の根っこの方から徐々に毛先に向けて赤い光が灯っていく。案の定、氷の表面が急激に水滴に覆われ、ポタポタと水が流れ始めた。そして、メルサの髪と翼が燃え盛っていた。
ボコォォォン!
そして、一気に氷が爆発。ドサリと氷から脱出したメルサがつんのめり、コケそうになりながら出てくる。
「はぁ、はぁはぁ…………! この……悪魔っ!!!!」
そう言ってメルサは目の前にいたアリスを睨み付けた。
「ほら。おかげで汚れたドレスも顔もキレイになったでしょ? あら、顔は汚いままなのね」
………………………………ぶちっ。
アリスは確かに悪魔がキレた時の音を聞いた。
「言わしておけばてめえええええええええええええええええええ!!!!」
予想通り、メルサは足元の水を、いや、この辺り一帯の水を全て蒸発させる。そこで発生するのは大量の水蒸気。
ブシュウウウウ…………!!!!!!!!
一気に辺りは白い蒸気に包まれ、視界はゼロの状態になった。
はっ!と咄嗟に冷静になるメルサ。アリスのペースに乗せられた自分を悔しがる。しかし、アリスも予想外の事態に苦戦していた。
「熱い…………!」
熱せられた水蒸気の中へ、メルサへの奇襲に飛び込んだアリス。そこまではアリスの読み通りだった。しかし、極度に熱せられた水蒸気の温度は100℃を超えている。アリスは今まで水蒸気がここまで温度の高いものだとは考えたことがなかった。
本来ならば魔力を殺して忍び寄り、剣で止めを差す計画だったが、計画を変更せざるを得なくなった。
「はぁ、仕方ないわね」
アリスはため息をつきながら、一度蒸気の外側へと出ると先程のメルサの攻撃で抉れた地面のへこみへ脚を踏み入れ、滑り降りるとそこに身を隠した。
あいつにはおそらく魔力感知がある。ここで攻撃に魔力を練れば、それでこちらの位置がバレることは必至。こちらがバレていない以上、このままスキを伺うのが得策ね。
「今のうちに…………」
アリスは太ももショルダーのポーションを取り出して、飲み干す。肩の傷の痛みが和らいだ。
「ふぅ、これでしばらくすれば肩と腕の傷は癒えるわね。早く倒して皆と合流しないと……。それに防壁も心配だし、あんまり時間をかけてられない」
アリスの魔力感知によれば、メルサの位置はそれほど変わっていない。さらに魔力ポーションも飲んでひと息ついていると、
チャプンッ…………!
「なんの音?」
音がしてふと顔を上げると、透明で蛍光色、燃えるような紅葉色の液体が空中で蛇のようにアリスの頭の周りをぐるりと取り囲んでいた。その先端はアリスの顔を覗き込むように向いている。それは、昼間でもあるのに透き通った光を発し、粘度の低い水のようにサラサラと動くようだ。
やばっ!
慌ててアリスが頭をひっこめて抜け出すと、その水はアリス目掛けて突進するのと同じタイミングだった。
「きゃあっ!」
バシャンッ!
アリスは難を逃れ、慌てて距離をとる。見れば、その液体で濡れた箇所は真っ黒になり煙をあげている。
「何なの、これ」
メルサがいる方向を見れば水蒸気は収まりつつあるがまだモクモクと視界を閉ざしている。だが、その燃えるような液体はメルサがいる方向から空中を漂い、伸びてきていた。
全く未知のものね。わかるのは魔力で作られたあの女の攻撃であるということ。
試しに落ちていた木の枝を液体に投げ込んでみると、
ジュウッ!
全く枝が濡れることはなかった。一瞬で火がつき、ボロボロと乾いた灰になった。
「嘘でしょ」
危なかった。あたし、さっきこの水で焼け死ぬとこだったのね。
アリスの顔がひきつる。
「気を付けた方がいいわよぉ?」
余裕を取り戻したメルサがこちらに歩いてきた。
「それは私が作ったオリジナルの魔法。炎の形状を液体に変化させたの。少しでもかかれば超高温が一瞬で炭化させ、炭になるわ」
炎を液状化なんて、なんて常識破りなことを…………。やはり魔法に長けているのね。
「へぇ、汚い水ね…………」
あくまでゴミを見るような目で、足元に流れてくる炎の水を眺めた。
「…………その可愛いお顔、真っ黒にしてあげましょうか?」
メルサが意地の悪い顔でアリスを見る。
「やってみなさい」
アリスは魔力サークルを広げた。それと同時に
パァンッ…………!
静かにアリスの足元にまで忍び寄っていた炎水が突如弾け、大量の雫が跳び跳ねた。
「くっ!」
パキンッ!
顔に迫った雫をアリスがギリギリ足元から生み出した氷の壁で防ぐ。
しかし、触れた氷部分は一気に蒸発し、くり貫かれたように穴が開いた。
アリスは急いで液体から距離を取る。
「あら、思ったより反応速度良いのね」
そう言うと、メルサは一度流れた炎水を自分の方に戻すと、自分を守るようにぐるぐると螺旋状に取り囲んだ。
アリスは隠れている炎水がいないか警戒しながら、鋭い目付きでメルサを観察する。
呼び戻したということは、無限に生み出せるわけじゃない。今のがあいつの限界の量ってことね。そう思わせる作戦なのかもしれないけど、あの女にそこまでの知能はなさそう。
でも思ったより厄介。水魔法のように扱えるなんて……。でも土の上を流れていた。それなら…………。
「どう? 溺死と焼死、同時に体験したくなったかしら?」
メルサが右手でくるくると炎水を操りながら問いかける。
「あなたこそ。前世の死因は凍死だったのかしら? だから今世では脂肪を蓄えたんじゃなくて?」
「こん、の…………死になさい!」
メルサが蛇のように炎水を操り、すべてをアリスへと仕向けてきた。
「この量を氷で防ぎきれるとでも?」
確かにメルサの言う通り、アリスの氷では全てを防ぐことはできない。しかし、アリスには別の考えがあった。
「馬鹿ね。氷じゃないわよ」
ゴゴゴゴゴ…………ピシッ!
地響きと共に大地が揺れ、地面にヒビが入る。そして
ボゴォ…………!!!!
アリスの目の前の地面が抜き出されるように一部盛り上がった。炎水はそれにビシャン!と衝突。勢いを失った。やはり土や岩石を溶かすほどではないらしい。
「こ、こいつ。土属性も使えたなんて…………!」
メルサが動揺する。
「ふん、まぁね」
そう言いつつ、アリスは内心呆れていた。
そんなわけないでしょうに。3種類の属性も実践で使えるレベルまで育て上げてる奴なんて非常に稀なんだから。あ、うちに1人いたけど、あれは例外。
簡単なこと。地下から氷で地面を持ち上げただけよ。
「もうお仕舞い? あなた、その魔法はまだ未完成なんじゃないの?」
「う、うるさいわね!」
確かにメルサが操る炎水は、攻撃力は高くとも速度が不十分だ。あれではいつまでたってもアリスを捉えることはできない。それに他に炎を出す余裕もなくなっていた。
ただ、それでも炎より遥かに高い温度に、液体特有の挙動をされるのは厄介ではあった。特に地面のひび割れとかに忍ばせるなどの、トラップとしては非常に使い勝手が良さそうだ。しかし、
「ふん。止め止め! こんなのあたしらしくないわ」
メルサはアリスに未完成であることを当てられ、プライドをけなされたと思い、すぐにこの魔法を使うことを止めた。
この悪魔、騙し合いに向いてないわね。子供というのか、相手の言葉を素直に信じすぎてる。あたしからすれば、これ程戦いやすいことはないわ。
「そう。仕切り直しね」
アリスは完全に自分のペースに持ち込むことに成功していた。
◆◆
それからは互いに譲らぬ攻防が繰り広げられる。炎が飛べば氷の壁がそれを防ぎ、氷の槍が飛べば炎がそれを溶かし防ぐ。加熱と冷却を繰り返され、周辺の岩石はひび割れだらけになっていた。
「い、い、加減に!!!!」
メルサの周囲全方向から大量のつららが伸び、襲う!!
「くっ!」
メルサは回転し、翼でつららを吹き飛ばしながら避けるが、一部体を掠める。
やはり直接狙われるのは苦手な典型的な固定砲台というわけね。うちのパーティじゃ甘すぎよ。
それに、やっと良い感じにあの女の魔力も減ってきている。仕掛けるなら今…………!!
「いけっ!!」
ツララに気をとられ、地面に意識が向いていたメルサの視界に影が射す。
上には先ほどのよりもさらにふた回りは大きな氷塊が迫っていた。
「また同じ攻撃、ほんっと芸がないのね!」
メルサの羽に炎が集まる。
「はああっ!!!!」
気合いの入った掛け声と共に体を捻りながら、燃え盛る翼を下から振り上げ剣のように振るう!
氷塊に赤い色の亀裂が走る…………!!
ズパンッ…………!!!!
そして、氷塊は半分に斬られた。そして、メルサを避けるように地面に接触。
ドゴッ……ゴコゴゴゴゴ、ゴォン!!!!
「はははっ! 何度やっても同じこと!」
「そう。なら、2個目はいけるかしら?」
いつの間にかアリスはその氷塊の上に乗っていた。この氷塊は、先程上空に逃げた大量の水蒸気をアリスがこの時のために捕まえていたものだ。氷魔法も既存の水を利用する方が魔力の消費が少なくすむ。
「なっ!」
半分にされた氷塊の間を広げ裂くようにして、もう1つさらに巨大な氷塊が落下してくる。
ガリガリガリガリ…………!!!!
メルサとこれほど大きな氷塊を斬るために使った先ほどの技は大きかったのだろう、すぐに攻撃に移れない!
メルサにまたもや氷塊が迫る!
だがメルサがジャンプすれば届きそうな距離で、ギリギリ次の魔法へと間に合った。
「なめんじゃねぇーーー!!!!」
メルサは両手を氷塊に向かって突き出した。それに翼も同様に突き出し、メルサの全身から光がほとばしり、それが翼と両手の先端に集まった!
ズンッッッッッ……………………!!!!!!!!
撃ち出した衝撃は空気を振動させ、放たれる炎は深紅に輝いていた。
そして、アリスの氷塊と衝突!
一瞬で蒸発はしないが次第に真っ赤な炎が、氷塊の中を勢い良く掘り進んでいく。メルサの炎がアリスに触れそうなところまで迫ってきていた。
「はははは! 大口叩いといてこれ!?」
「そうねぇ」
アリスはわざとらしく言葉を貯める。
実質この氷塊にアリスはほとんど魔力を込めていない。これはただ単に水蒸気を凍らせただけのもの。これは次の攻撃へのブラフ。アリスは次に全てをかけていた。
「迂闊だったわ。これはどう?」
「はぁ?」
氷塊の上でアリスは氷の槍を成形していた。氷槍の大きさは20メートルを越すほど巨大なものだ。蒼く透き通った氷が鋭く研ぎ澄まされ、メルサにその刃先を向けている。これは氾濫の籠城戦でユウが使った炎の槍をイメージしている。そして、あの槍に見紛う程のすさまじい魔力が込められていた。
「なんて魔力を…………! そんなもの! あなたごとぶっ壊してあげる!!」
アリスの込められた魔力に本能的に危機感を感じたメルサも、再び自身の魔力を絞り出す!
「いけっ!」
アリスが空中で投げるように地面にいるメルサに向け、槍を放った!
メルサも送る魔力を増やし、さらに極太の炎となる!
その氷の槍は自分の氷塊ごと貫いて、メルサの炎と衝突する!!
ドンッッッッッ………………………………!!!!!!!!!!!!
メキメキと鈍い音が響き渡り、衝撃波がバキバキバキと地面の表面の氷を粉砕。細かい氷の欠片が舞い、地面にヒビが入る。
そして2人の攻撃は拮抗した。青と赤の2色の光が辺りを染め上げ、轟音が大地を揺らす。氷の槍の先端は炎をくらい、溶け始めているが、さすがのメルサの炎も出力が弱まり始めている。
「くっ! なんで氷の癖に溶けないのよ!」
メルサが予想とは違う展開に焦る。
「当たり前でしょ」
魔術士としての常識よ。魔力の込められた氷は簡単には溶けない。氷を操る『理』ほどになると、氷が紅く染まったと聞く。その紅い氷は誰にも溶かすことは出来なかった。そんなことも知らないなんて。
この氷槍に込めた魔力はあたしの残りの魔力すべて。負けるはずが、ない!!!!
メルサは、魔法を放ちながらもアリスに思わず感心していた。
人間のくせになんて魔力……。まだそんな力が残っていたなんて。憎たらしいけど、認めるわ。この人間は強い。でも、それでも負けるわけにはいかない。
ベル様、見ていてください。必ずや、この世界での安住の地を手にいれて見せます。その第一歩としてこの女を、殺します!
「はああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「いけえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
パキィィィィィンンンン…………!!!!
アリスの槍が砕け散り、氷片が地面に降り注ぐ。同時にメルサの魔力も切れたようだ。メルサがどっと膝をつく。
「はぁはぁ、くそっ! あいつは!? 死んだの?」
髪を振り乱しながら辺りを警戒する。
「ぐうう…………!」
アリスは先ほどの爆発の余波を受けるも、氷でガードし軽傷ですんでいた。だが、アリスも先程の槍に魔力は枯渇し、しかも吹き飛ばされさらに上空から落下していた。しかし、アリスはこれっぽっちも諦めていなかった。
落下するアリスは風圧で髪の毛を逆さまにしながらメルサを探す。
「見つけたっ!」
メルサがいたのはアリスが落ちる地点より10メートルは離れている。
「あと…………少し!」
アリスはさらに加速して落下していく。アリスの耳元では風の音が音量を増し、風の音にそれ以外は何も聞こえない。地面は加速して近づいてくる。
メルサからすれば、降ってくる大量の氷の欠片にアリスを見つけることなど不可能。むしろ、落下する氷から身を守ることに必死だった。
アリスはなけなしの魔力を体力を削りながらも絞り出すと、それで空中に1メートル四方の氷のキューブを作成。着地地点を計算すると、氷を足場にジャンプした。
そして、落下しながら着地と共にメルサの首を狙う。
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……………………!
メルサの姿が点から、はっきりと見えるまで近付いてくる。
スパッ…………ダンッ!
着地と同時にメルサの背中を斬りつける。
「ひぃっ!」
メルサのドレスが破れ綺麗な肌と共に赤色の血が流れる。その痛みに背中を反らせると、メルサはヨタヨタと前に数歩歩き、つんのめるように地面に両手をついた。
「ああ……ベル様にいただいたドレスが!」
ドレスが破け、メルサが傷よりもドレスを心配した。
ビキキッ!
「うっ!」
いくらBランク冒険者と言えど、近接戦闘タイプでないアリスでは、超高高度からの着地は負担が大きかった。
両足にヒビが…………。でもまだ折れてはいない。
アリスはヒビの入った脚で踏み出した。踏み出す度に脚の芯に突き刺されるような鈍痛に顔を歪め、歯を食い縛りながら歩く。
「こ、こないでよっ!」
メルサは半泣きになりながら、なけなしの魔力でファイアーボールを放つ。
あんな遅い球くらい避けられる。アリスはファイアーボールを次々と避けていく。だが、アリスも余裕があるわけではない。脚を地面を蹴った時、その衝撃が脚に響く。それに気を取られた時、炎が体を掠める。
「あつっ」
それでも、アリスは避け続けた。そしてついにメルサの魔法が止んだ。
「なっ、なんで魔術士のくせになんでそんなに動けるのよ!!」
メルサは後ずさりする。
「温室育ちのあなたと一緒にしないで」
「も、もう魔力がないの! 降参するから、止めて? お願い!」
メルサは泣きそうな顔で両手を握って懇願する。アリスは脚を進める。
「無理よ。悪魔であるあなたが生き残れば、人間に危害を加えないとは保証できない」
魔力が枯渇しているのはアリスも同じだった。
「な、なによ。私は貴族よ! 人間のクセに! 人間のクセに! 人間のクセに!」
「そんなの関係ないわ」
アリスは町で買った投げナイフを腰のベルトから右手で抜き取り、練習したであろう慣れた手つきでメルサに投げつける。
メルサは左の翼を前に持ってきて防ぐ。だが、翼に刺さったナイフからつららが一度に四方に生える!
バキンッ!!
「キャア!! なに!? そのナイフ!」
ツララに翼を貫かれ、血が流れて地面を濡らす。
「さぁね」
アリスは無感情にどんどんとナイフを投げ込んでいく。
ザクッ! パキパキパキ…………。
「うっ! やめっ! やめてっ! うぎゃあ!」
ザシュッ! パキパキ…………パキ!
「いぃっ!」
ザクッ! パキパキパキパキ!
「あ……あ…………」
ザシュッ!
メルサは氷に身体中を貫かれ、はりつけ状態になった。だらりと頭を下げ、長い髪で顔が見えない。もう指一本動かせないだろう。
「あ、ああ…………う…………!」
アリスが近づいても、もう反抗する力もない。
アリスが目の前に来ると顔を上げた。前髪の隙間から見えるその眼にはなぜか清々しさがあった。
「ふん、あんたの勝ちよ」
「…………ええ」
ぶしゅっ…………!
アリスの短剣がメルサの胸を貫いた。
その瞬間、メルサはふっと消え去った。残るのはメルサをはりつけにした氷のみ。
「ふぅん、悪魔って死んだら消えるのね」
足元に転がる魔晶石。
「思った以上に強敵だった…………」
アリスは魔晶石を拾い上げて眺める。
「これがあいつらの核かしら? なんにしろ疲れたわ。他の皆は大丈夫よね?」
アリスは髪を翻して歩き始めた。
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