第61話 フリー VS マタラ
こんにちは。
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第61話になります。何卒宜しくお願いします。
「ここまでくればいいかな?」
フリーとマタラは薄く剥がれやすい鉱石でできた障害物のない荒野へ来ていた。侘しい風が吹き荒れ、フリーの着流しとマタラのボサボサの髪を揺らす。
「やっと集中できる。やはり戦いとは静寂の中にあるものだ」
マタラはすっと目を閉じた。
「はぁ、そうだねぇ」
この悪魔、武人気質なのか。変態刀オタクなのか。絡みにくいよねぇ。
「貴様は何故戦う?」
マタラが風に吹かれながら問い掛ける。
そんなこと聞かれるなんて、物好きな。なんで戦ってるか……ま、ユウが決めたことだからってのもあるけど、それ以前に…………。
「この町は荒っぽいけど、暖かみがあって良いところだからね。失うには惜しいんだよねぇ」
そう、この町が気に入っているからだねぇ。
「酔狂なやつだ」
マタラは鼻で嗤う。
「そりゃ誉め言葉だねぇ。君も一度町を見て回ったらどうだい? きっと楽しいよ?」
「ふん。興味がない」
「もったいないねぇ。好奇心は人生を豊かにするんだよ?」
「俺は主に仕えることができればそれでいい」
主? グレーターデーモンが仕える相手がいるのかぁ。ま、興味ないね。
「まったく、遊び心が足りないよ」
やれやれとフリーは息を吐く。
「今の主に出会えただけで十分だ」
「主、主ねぇ……そりゃ女の子かい?」
そうだったらいいよねぇ。
「…………」
マタラが黙った。その反応をフリーは察する。
「その子可愛い?」
「…………」
前言撤回。興味深いね。
「うわぁ、ぜひ紹介してくれない?」
どこまでもマイペースにフリーのテンションが上がる。
「貴様、ちょっと黙れ」
マタラはギロッとフリーを睨み付ける。
「そりゃないねぇ。従者がいるほど高貴な女の子なんて、憧れるじゃないか」
「貴様みたいな不埒な輩、会わせるわけにはいかん」
不埒と言われて露骨にショックを受けたフリをする。
「どうしても?」
「ああ」
「だったらそうだねぇ。…………君を殺して会いに行こうかな?」
フリーの目が据わった。のほほんとした空気が急にピリつく。
「やってみろ」
その言葉とともに2人が同時に動いた。
一瞬で2人の中間地点に現れたかと思うと
ギィィィィン…………!
2人の袈裟斬りが衝突した。刀同士が激しくぶつかり合い火花が散る。フリーの両腕に強い衝撃が伝わってきた。
「今の打ち込みに反応するとは、なかなかいい腕をしている」
鍔迫り合いをしながら悪魔特有のマタラの赤い眼が見えた。
「誉めて貰えて光栄だね」
フリーが腕に力を込めたまま答えた。平静を装っているが、フリーは全力だ。集中力を切らせば斬られると理解している。
「自己紹介がまだだったな。俺はバロムで最強の剣士であるダグラス様の弟子の1人、マタラだ」
「バロム?」
「我々の世界だ」
へぇ、悪魔の世界ねぇ。
「僕はフリーだよ。この世界の冒険者さ」
「知っている。冒険者とは何度かやり合ったことがあるが、どいつも力に頼ってばかりの雑魚だった」
「一緒にしないでいただきたいねぇ。それに、バロム最強の剣士の弟子がこんなもんかい?」
「なんとでも言うがいい。勝った方が強いということだ」
「…………わかってるじゃないか」
フリーがニヤッと答えた。
「はっ!」
刀の位置はそのままに、身体の重心を一気に引き寄せ、ゼロ距離の体当たりで突き飛ばす。
「うっ」
マタラは一瞬だけ宙に浮き、後ろに飛ばされる。同時に腕が開き、胴体がガラ空きになる。
「空中なら避けられないよ?」
フリーは望んでその状態を作ると、マタラに向かって、足、腰、腕の力を乗せた突きを繰り出した。
どうさばくか見ものだねぇ。
マタラは体を捻り避けようとする。だが、
ドスッ!
「ぐっ…………!」
フリーの刀はマタラの左肩に難なく突き刺さった。
「あれ?」
あまりに自然に刺さったため、フリーは突いた格好のまま固まり、警戒する。
なにかある? いや…………単純に避けられなかっただけ?
しかし、そのままマタラは吹き飛んだ。ズザザザと地面を擦りながらフリーから20メートルほどはなれた場所まで砂煙を上げながらゴロゴロと転がると止まった。
フリーは思わず首をかしげる。
こんなものじゃ、ないはずだよねぇ?
しかし、マタラはなにごともなかったかのようにそのまますっくと立ち上がった。
「まったく、痛いだろう?」
その顔には痛がるような表情は現れていない。
「いや、全然こたえているように見えないんだけどねぇ」
マタラの動きにダメージは感じられないが、確かに肩からは出血している。
「今の…………わざとだよねぇ?」
「ほぉ? よくわかったな」
目元は前髪で隠れたまま、口だけが驚いた形をとる。
「僕をなめてるのかい?」
馬鹿にされてるのかとフリーの殺気が強まる。
「まさか。ヒュドラの首を斬った貴様を雑魚だとは思わん。それがわからんバルジャンのような奴こそ雑魚だ」
「ふぅん?」
そこでマタラは刀を真っ直ぐに腕を突きだして見せてきた。
「実はこの妖刀、俺が傷を負わないと使えない厄介な能力があってな。まぁ逆に傷を負えば負うだけ強くなるんだが」
「ふーん」
見せかけだけじゃないってことかい? 話が本当なら今ので仕留めておくべきだったねぇ。無駄に傷を負わせるのは得策ではないか……。
「じゃあその能力とやらは使わないの?」
「いや、もう使っている」
「もう……?」
フリーは目を凝らし、周囲を警戒する。
ヒュッッッ…………!
「なんの音…………うっ!?」
音がしたと思ったら右腕を10センチに渡って斬り裂かれていた。思わずバックステップで数歩後ろに下がる。ポタポタと血が伝って指先から落ちていく。
今一瞬、何か飛んで来たような…………。
フリーはその細目をさらに細く目をこらす。
「来たっ!」
赤く小さな塊がフリーの胸目掛けて飛来した。
キィンッ…………ッッッ!!!!
フリーは刀でそれを弾く。
今のは…………赤い? 赤くて丸い、まるで血の滴のような…………。
「まさか血が飛んでいるのかい?」
「ほう、よくわかったな。なかなか良い目を持っている。この刀には俺自身の血を操る特性がある」
なるほど。さっきのは血の弾丸ってとこかねぇ。
「ふぅん?」
「さて、と…………」
マタラが流した、足元の地面に吸収されていた血は、まるで逆再生されるかのように宙に持ち上がると、マタラの目の前に浮かんだ。時折波打つと、太陽の光を反射している。本当に液体のようだ。
「流した血は……少なくはないねぇ」
手のひらですくえるほどの量の血がふよふよと漂っているかと思うと、バッと一瞬で100以上の水滴に分かれマタラの目の前に浮かぶ。
「これが捌ききれるか?」
「まぁね」
フリーはあくまで余裕を見せる。
でもこれは身体強化しないとキツいねぇ。
フリーは体に魔力を纏う。フリーは全身ではなく、部分的に魔力を集め、強化することにも成功していた。フリーの器用さあってのものである。今回は特に五感を底上げした。
「いけ」
マタラの合図で、100以上の血液は一気に散開したかと思うとフリー目掛けて弾丸のように飛んだ。
フリーは強化された動体視力でハッキリと、自分の胸目掛けて飛んでくる先頭の血弾をとらえていた。それをまず刀で斬った。そして右足を狙う血弾を足を上げてかわしながら次の弾道に目を送る。
「やるな」
マタラは目の前で己の血弾をかわし続けるフリーに、敵ながら感心していた。
「これでは埒が明かなさそうだ」
そう言いながらマタラは1歩フリーへと踏み出す。
「ん…………!!!!??」
地に足をつけたまま、血弾を避けるため上半身を地面ギリギリまでそらしたフリーは、振り下ろされるマタラの斬撃に気が付いた。
ギィ……………………ィィィ…………ンン…………!
フリーは逆手に持った刀でマタラの斬撃を受け止めるも、仰向きの状態で背中を地面に叩き付けられる。
ドゴッ……!!!!
その衝撃で地面にヒビが走った。
「ぐっ…………全く忙しいねぇ」
「いや、よく見えてるな」
マタラは覆い被さるように両手でフリーに斬りかかっていた。マタラの刀はフリーの顔ギリギリ、皮一枚斬る距離で止まっている。
見下ろされるフリーはマタラに話し掛けた。
「感心してくれるなら、お嬢様紹介してくれるかい?」
ニヘラとフリーが笑う。
「無理だ」
言葉とともに、マタラは再びフリーを斬りつけた。
ズバンッ…………!!!!
フリーは寝転びながらマタラの刀を頭の上側に受け流し、マタラの妖刀は深く地面を斬る。そして、フリーは腕の力だけで身体を持ち上げ、器用に逆立ちすると、下を向いた姿勢のままのマタラの首筋を上から右足で蹴りつける。
「ぐぅっ!」
地面へ顔を埋めることになったマタラはそのまま固まった。フリーはゆっくりと足を地面につける。
「あんまりいじめないでほしいねぇ」
フリーがヘラヘラとそう言うと、マタラは顔を上げた。
「よく言えたものだ」
途端、フリーに真上から血弾が降り注ぎ、飛び退いてマタラから距離をとる。マタラの周りには血の水滴が集まり、漂っている。
「ふぅ……、戦法を変えよう」
マタラがそう言うと、血は薄く鋭く花びらのような形の刃物へと変形した。濃赤色から光を透過し、鮮やかな紅色へと色を変え、マタラの周囲をヒュンヒュンと、先程よりもずっと速く、霞むような速度で飛び回る。
「そんなこともできるのかい」
フリーに汗が流れる。
しっかし、遠距離攻撃ができる剣士だなんて厄介だねぇ。距離を詰めないと埒が明かないか……。
フリーは強く地面を蹴り、マタラへ突っ込む。
「迷わずこちらに向かってくるか。だがそれでいいのか?」
その瞬間フリーとマタラの間にズラッと壁のように刃が並ぶとピタリと静止した。そのすべての刃先はフリーを向いている。
そう来るかぁ。
そしてフリーはちらり背後にも意識を向ける。
後ろから刃の音…………。
フリーは聴力を強化することで、背後から迫る刃に気が付いていた。
刃の壁でガードしながら後ろから斬り刻むつもりかい? なめないでほしいねぇ。後ろからの攻撃に割く余裕があるほど、僕の剣はヤワじゃない。
フリーは正面のマタラだけを見据え、攻撃の瞬間、全力で身体強化を行い、筋力を最大まで引き上げる。
「しっ……!!!!」
フリーの力のこもった斬撃が放たれる。
フリーの刀の刃先が、規則正しく並んだ刃の壁にめり込んだ。そして、次々とマタラの血の花びらをバキンバキンと両断しながら刀は突き進んでいく。
マタラのガードに抵抗を感じつつも、フリーは刀を振り抜く!!
刃の盾から5メートルは距離をとっていたマタラは完全に油断していた。
「なっ!?」
フリーの斬撃は、深くマタラの左肩から右の腰までを斬った。
「がっ…………! 斬撃が飛んっ……!?」
マタラがガクンと膝をつく。足元にすーっと血が広がっていく。
「薄っぺらい防御だねぇ」
フリーはトントンと刀を肩にのせながら言う。しかし、予想を3倍は上回る硬さ、そしてヒュドラとの連戦もあり、フリーの腕にはかなりの負担を強いられていた。さらに、フリーも背中には10以上の刃が刺さっていた。
フリーと言えど、マタラに攻撃を加えながらでは、背後の奇襲は防げなかった。
元々背後の刃の数は少なかったし、これは必要出費。肉を斬らせて骨を断つ戦法だよ。
自分がどんなに傷を負おうと最後に勝てればいい。2人とも、それだけを考えていた。
そして、マタラはまたしてもすぐに立ち上がった。
「あはは。タフなんてもんじゃない。君は痛みを感じないのかい?」
「…………俺は魔力で痛覚を殺している」
魔力って、そんなことも出来るんだねぇ。
マタラの異常さに、フリーも空笑いをする。
「……馬鹿だねぇ」
「馬鹿げてるかどうかは、これでも言えるか?」
ザァアアアアアアアアアアアア…………!
そう言ってマタラが手を振ると、マタラの後ろには先ほどの50倍ほどの数の紅色の刃が壁のように並んで控えていた。面積だけでも校庭ほどある。
マタラの血武器が増えることは想定内。しかし、フリーが気になったのはその量だった。
「ん?」
フリーは目を細める。
「気付いたか。この妖刀のもう1つの特性だ。俺の血で傷付けた相手の血は利用できる」
「げ…………それは困ったねぇ」
僕も怪我出来ないってことかい。
互いに傷口からドクドクと血を流し、それらはすべてマタラの武器へと変わっていっている。
フリーは軽くトントンとリズミカルにジャンプをすると、体をほぐすように首を回す。そして、マタラとその刀を注視した。
「なんとも僕たちの戦いは泥臭くて血生臭くて、鉄臭いねぇ」
「それが男同士の戦いだ」
「僕はもっとスマートにいきたいんだけど」
フリーは考える。
あの数、避けられるかな? まだそれほどの速さじゃないのが救いだねぇ。となると、今の僕のトップスピードを彼に知られるわけにはいかない。
「さあっ!」
もう考える暇を与えてくれないか……とにかく動きを止めたらミンチにされて終わりっと。
刃が追ってきた。マタラの背後一面に並んでいた紅の刃はフリーの真正面から突っ込んできた。もはや紅い鳥の大群が突っ込んでくるようだ。
フリーが身構えると、10メートルほど手前で2本に分かれた。左右から挟撃だ。
出力はそれなりなんだけど、僕の魔力総量はアリスちゃんやレアちゃんに比べて遥かに少ないからねぇ。使い続けられる訳じゃない。
だから、一瞬だけ速度を上げよう。
フリーは半歩だけ前に動くことで、避ける。真後ろをザザザザと大量の血の刃がすれ違う音がする。
「ほう」
マタラにはフリーが一瞬だけぶれたように見えていた。
「こいつはやはり、魔力の使い方が上手い」
フリーは次々と来る刃を同様の方法でかわしながら考える。
あの妖刀の弱点は操作してるのが彼だってことだねぇ。敏捷はそれほど高くない。だからしっかり身体強化して動けば目で追えなくなり、攻撃は僕に当たらない。そして、マタラへ時々斬撃を飛ばしておけば、必ず刃でガードする。あいつとて死にたくはないはず。となればこれ以上血を流すことは避けるだろうね。
それに気になるのは、マタラが側に置いているあの数枚の刃。
フリーはマタラが手元に残している刃を気にかけていた。
あれ、どう見ても魔力込めてるよねえ。まさか、悪魔は僕たちと同じ魔力操作が使えるのかい?
一通りフリーへと攻撃を加えた後、空を飛ぶ刃の大群は一度マタラの側へと戻っていく。
「逃げるだけか?」
フリーが必死に突破口を探っているとマタラが言った。
「うーん、ちょっと考え事をね」
片目を瞑りマタラに答えながらも、まだ頭の片隅では考えを巡らせている。
あれだけの数……さっきの感触を考えても、全力で斬っても全てをガードに使われたら届かないかもしれない。
「そんな暇与えると思うか?」
「あはは、だよねぇ」
再び紅色の刃が大蛇のように動き出し、フリーへと襲い掛かる。
渋い顔で身構えるフリー。
だが、刃はフリーの目の前で曲がり、取り囲むように回り始めた。竜巻のようになると、完全にフリーは血の刃の中に閉じ込められた。どこを見てもフリーの視界には目まぐるしく動き回る赤い刃がある。
「しまった……!」
ゴォウッッッッ…………!!!!
フリーの回りで激しく刃が飛び回る。そして、中でも禍々しく魔力をたぎらせ光る数枚の刃の気配を感じたその時、竜巻の中からそれらが飛んでくるのが見えた。
ドシュッ……!
「うっ!」
反射的に動いて心臓への直撃は避けるも、紅色の刃は左の肩口を貫通した。
フリーは肩を押さえて、思わずひざをつく。
「あはは。速過ぎでしょ……!」
マタラの魔力が込められた血の刃は速度、貫通力、硬さともに桁違いに上がっていた。
フリーは血を流しながらも、立ち上がる。
「付け焼き刃だけど、ユウの技、借りるよ」
フリーは魔力を身体の外へと広げる。これはユウが魔力を念力のように使っていたやり方だ。
だが
「ダメか……」
フリーにはユウほどの魔力量がない。マタラの攻撃を受け止めらず、マタラの魔力が込められた刃は、魔力を斬り裂き、フリーの身体にまでその刃を届かせた。
万事休すか……。
いや、待てよ…………?
◆◆
「ん?」
マタラは竜巻の中、突如魔力を込めた刃が当たらなくなったのを感じた。
何かしてるな?
マタラは戦闘中の敵の成長に嬉しく感じていた。マタラには主を護るという使命感を持ちながら、剣士として強者に相見えることに喜びを見出だすという一見矛盾した二面性がある。
マタラは敵を狩ることで自分のレベルを上げるよりも、スキルレベルを上げ、限られたステータスでいかに敵を倒すか、それにこだわる傾向があった。実質、スキルを除いた同じステータスで戦えば6柱のグレーターデーモンの中で最強は間違いなくマタラであった。
限られた自分の能力で貪欲に勝ちを目指す姿勢。やはりこいつは見込みがあった。
マタラは自分に似たフリーを敵ながらも嬉しく感じていた。
「あはは、何とかなるもんだねぇ」
フリーは自分の魔力を回転させ、飛んで来た刃の方向を遠心力で変えることに成功していた。さらに五感の強化をしてるおかげでなんとか致命傷は避けられていた。
お、しかも魔力操作のレベルが上がったようだねぇ。これでもっと楽になる。あとは…………。
フリーは両手で構えた刀を大上段に振りかぶると、魔力を込めて振り下ろした。
ズアアアアアアッッッッ…………!!!!
竜巻は内側からの斬撃に散らされることとなった。フリーの視界が一気に開け、目の前に荒野が再び現れる。
「はぁ、はぁはぁ、お待たせしたねぇ」
フリーは刀を肩に担いで笑う。
「ふふふ、そうでなくてはな」
フリーは刀に魔力を込めながら、正面に刀を構えた。魔力がフリーから魔銀刀へと注がれ、揺蕩う魔力が刀を陽炎のように揺らめかせる。
その間、ズラアアアアアアとフリーの目の前に刃の壁が出来上がった。全ての刃先をフリーに向け、等間隔に並んでいる。
「これはどうする?」
「…………」
その光景にフリーは歯を食い縛る。
刀って線には強いんだけど、面でこられる攻撃に弱いねぇ。壁で挟み込んでズタズタに斬り潰すつもりかい?
フリーが刃の壁の端を見るも、そこまでは20メートル以上、上も跳び越えるのは無理と来た。
「死ぬがいい」
マタラは右手を突き出した。
「やなこった。だねぇ」
まるでこちらが猛スピードの車で壁に突っ込んだかのように、前後から壁が急激に迫るーーーー
しかし、フリーは落ち着いてしゃがみ、全身を捻りながらタメをつくると、その場で地面を蹴った。
まず回転し始めに大きく刀を振ることで、左下から右上へ前後の壁を斜めに斬り裂くと、そこから遠心力にのせるため、途中で左手を離しさらに加速。後ろへ振り返りながら伸ばした右手だけで正面の壁を上から右下へ斬る。そして、止まりかけの身体の回転をあえてピタッと止め、それにより溢れた遠心力に、左腕を添え全力で背後の壁を斬った。
その間僅か0.3秒もかからない。刃の壁は斬り裂かれ、その場で花びらのようにぶわっと散った。
「あは。なんとか、なった…………」
フリーが考えたのは単純。一瞬で全方位を斬ることだった。
「まさか…………!?」
今のを防がれると思っていなかったマタラに動揺が走る。
大技の後にはスキができる。このスキを狙わない手はないよねぇ。
フリーとて、今の技に負担がなかったわけではない。しかし、このチャンスを逃せないフリーはブチブチと筋繊維を断裂させながらもマタラへ走った。
「なっ……!!!!」
マタラの驚愕の顔にフリーがニヤッと笑う。
ズバンッ………………………………!!!!!!!!
フリーは刀を振り抜き、マタラの後方まで走り抜けると、徐々に力が抜け、ガクンッと膝を落とした。
「はっ! はっ、はっ、はっ、はぁあ、はぁ、はぁ……!」
そこにいつもののほほんとしたフリーの姿はなく、地面の砂を掴みうずくまりながらも、必死に酸素をほしがり呼吸を繰り返すフリーがいた。身体に無理な負担をたて続けにかけたことで、フリーの全身が悲鳴を上げていた。
フリーが振り返ると、マタラは胸から腹にかけ、下から右上に大きく斬られ、うつ伏せに地面に横たわっていた。
だが、フリーも只ではすんでいなかった。原因は先程の刃の壁。攻撃の意思を持ってはいなくともフリーの攻撃によって散ることで、それがフリーを撫でるように斬り刻んでいた。傷は深くはない、ただし全身赤く染まるほどの出血量。これ以上長引くとフリーも危険だ。
「はぁ、はぁ、はぁ…………! いっつ…………」
ある意味内も外も、身体中ズタズタだねぇ。まぁこうなることは覚悟の上だけど。
「…………さすがに、死んだかい?」
問い掛けるもマタラに反応はない。
フリーが刀を鞘に戻し、荒い息をしながら座り込むと、しばらくして声がした。
「や゛ぁ、まさかあの技が破られるとは」
その声に反射的にフリーは跳ね上がるように立ち上がった。
マタラはムクリと動き出す。マタラの血でできた血だまりに静かに波が立った。明らかに致死量の血を流しながら動き出したマタラにフリーの顔がひきつる。
「そろそろ、死んでくれないと困るんだけどねぇ。てか人間だったらとっくに死んでるよ?」
マタラは顔を上げると、首をコキコキと鳴らしながらこちらを向いた。
「ふん。人間と一緒にするな」
いつも通りに話すフリーだったが、内心は焦っていた。
まずい、まずすぎるねぇ。これだけの傷を負ってるてことは…………。
トプンッ…………。
音がして顔を上げると、マタラの頭の上には血でできた球体が浮かんでいた。フリーが流した血液も含めると、相当な量だ。そして今なお、血だまりから血液が浮かび上がり球体に静かな波紋を浮かべながら合流していっている。
「何だい? それ」
フリーが震える声でマタラに聞く。
「この状態になったのはいつ以来か。もうちょっとで死ぬとこだ。ははは」
マタラに目を向けると、ちょうど上の血の球体から糸のようなものが伸びた。そして、マタラのズタズタの身体をまるで操り人形のように持ち上げた。
「君は不死身かい…………?」
乾いた笑いをしながらフリーはマタラに問い掛けた。刀を握る手に汗がにじむ。
ほんと、どうして死なないんだい?
瀕死のマタラがフリーを追い詰めているという異様な光景。フリーは倒したと油断し一度切れた緊張の糸に加え、いくら斬っても起き上がるマタラの気味の悪さに集中力を切らし始めていた。
「どうだろうな」
マタラがフリーの問いに冷めた顔をした。
「つまらんことを聞く奴だ。本当につまらん。仮に俺が不死身だったとして、貴様は刀を手放すのか?」
「確かに。そうだ。そうだったねぇ」
僕に逃げという選択肢はない。もし逃げたら、一生ユウたちに仲間とは呼んでもらえない。こいつが死なないとしても……最低、バラバラにはしようかねぇ。
フリーが刀を握り直す。
バシャッ…………!!
突然、球体の血液がマタラの頭の上に落下し、マタラがずぶ濡れになった。
「何を?」
「心構えが変わったようなのでな。最後に全力で殺してやろうと思ったまでだ」
「そりゃどうも」
そして、あれだけあった血液が凝縮され、足元から這い上がるようにマタラを薄く覆っていく。そして、マタラの背中から人間の腕よりも細長く赤黒い8本の腕が生えた。
「腕が…………?」
8本の腕にはそれぞれに血でできた秋雨を模した刀を持っている。その刀には先程の血の刃以上に濃厚な魔力が宿り、ドス黒い血の色と化していた。そしてマタラは両手で秋雨本体を持ち、正面にかまえた。
「秋雨九刀流。これで痛みを感じることなく殺してやる」
「やなこった」
殺されたりでもしたらレアちゃん、アリスちゃんにも会えなくなるもんね。あとユウも。…………皆、大丈夫かな? ま、あの3人なら心配はいらないよね。
フリーは黙って刀を鞘に納めた。
腰を落として半身になり、左を鞘に右手を柄にそっと触れるように添える。
目を閉じてふーーっと身体中の空気を吐き、ピタッと止める。
全魔力を意識して体に纏う。
纏った魔力を刀まで循環させる。
その時、マタラにはフリーが歪んで見えていた。
こいつもこれに全てをかける気か? …………いいだろう。
だが、フリーの周りを歪ませるほどの魔力は突然消えた。
どうした? 何を企んでいる?
マタラに疑問符が浮かぶと、フリーは言った。
「来い」
いつもの細目ではなく、鋭い目付きでそう言った。
フリーからすれば今の魔力操作は、マタラを斬る瞬間のための慣らしだ。いわゆる感覚を掴むための予備動作。これが始まりとなり、斬る前に一瞬だけ、光るように全身に魔力を込めることがフリーのルーチンワークとなった。
「参る…………!」
2人とも同時に前傾姿勢になり、重心が崩れた瞬間、砕くように地面を蹴る。
だが2人の走りは対照的だった。フリーは水面を走るかのように静かに、マタラはガリガリと地面を削り取りながら迫る。
集中仕切ったフリーの目にはその妖刀の禍禍しい地層のようなマーブル模様までがハッキリと見えていた。
マタラはフリーの刀が自分の刀に触れる瞬間、たった1センチ手前まで全く魔力を纏っていなかった刀に、あのノエルに匹敵する魔力が流れるように走るのを見た。
こいつ、今の瞬間だけに極限まで高めた魔力を凝縮したのか。そうすることでほんの一瞬だけ、魔力値の限界を超えた。
そのことに気付いた時、思わず口元が緩んだ。
「ははは……ベル様、申し訳ありません」
そして交錯。
スッ………………………………!
フリーは感じた。自分の刀がマタラの血できた刀を、鎧を斬り、肉体を斬り裂き、骨を断ち斬り通り抜けるのを。
「…………!」
マタラも同時に自分の腹、ヘソの辺りをフリーの刀が通り抜け、下半身と斬り離されるのを感じた。
2人がすれ違った後、マタラの上半身と下半身がズルリと別れ、ドッと地面に落ちた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……はぁ、はぁ、はぁ」
フリーが立ち止まり、苦しそうに呼吸を繰り返しながら空を仰ぐ。
「まだ…………やるかい?」
身体を動かして振り向くことすら辛いフリーが首だけ後ろに傾け、マタラを見る。
「いや……………………俺の敗けだ」
「はっ、ははっ」
フリーはにへらっと笑うと限界を迎え、カランと刀を手放しうずくまるように座り込んだ。
「これが、才能か…………」
マタラは両手を投げ出し空を見つめると
「ははっ、ははははははははは!!!!」
楽しそうに声を上げた。
「…………何が、楽しいんだい?」
フリーは地面に両手をついて、ぜぇぜぇと呼吸しながら聞いた。
「ははっ。自分よりも格下だと思っていた剣士に負けることが、どうして楽しくない?」
マタラは今までは反対の立場だった。マタラのステータスを感じとり、弱いと勝手に決めつけ向かってきたパワー馬鹿の悪魔どもを技術で上回り殺す日々。
ところがフリーとの戦いで、自分がいつの間にかそんな弱者ばかり相手にしていたことを思い知らされた。マタラからすれば、そういうステータスだけで判断してくる相手は極めて弱者であった。それに気付かされ、そのことがどうしようもなく新鮮で面白く感じていた。
「わけがわからない、ねぇ。悔しいんじゃないかい?」
「悔いはない。俺は全力だった。途中でお前は、俺を追い越したのだ」
「…………ふん、変わった奴だねぇ」
ようやく落ち着いてきたフリーが地面に腰をおろす。
「なんとでも言え」
「最後までわからない人……いや、悪魔だよ」
「ふん。どちらであれど同じ剣士であることは変わらん」
「ははは。言えてるねぇ」
「して貴様、フリー。俺に勝った褒美に、この刀をやる」
マタラは秋雨のむき出しの刀身を空へと向かって伸ばす。
この時、マタラはすでに身体を維持するのが限界を迎えていた。
「へ!?」
「この秋雨とともに貴様がどこまで上れるか見ててやる。貴様との戦い、面白かったぞ。黙って受け取れ」
「ねぇ!?」
そう言うと、マタラはふっと消滅した。持ち主を失い、カランと地面に落下し転がる刀。
「なんて勝手な…………」
そう呟くとボロボロの身体を持ち上げ、フリーは残された妖刀『秋雨』を見下ろす。
カチャ。
そして、黙って刀を拾った。
読んでいただき、有難うございました。
どうも全部一人称で書くより、たまに三人称視点混ぜた方が書きやすいですねぇ。悩みます。