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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
59/159

第59話 悪魔

こんにちは。

ブックマークや評価していただいた方、有難うございました。

また予定より遥かに長くなってしまい、読みにくかったらすみません。

第59話になります。宜しくお願いします。



「っし!」


 

 ズズゥン……………………!



 最後の1本の頭を落とされたヒュドラは、地響きとともに力なくその巨体を地面に横たえた。


「ふぅ…………全部いったな」


「この再生力、ほんと厄介だったねぇ」


 ヒュドラの頭部を失った死体の上で、フリーはやれやれとヒュドラの血がついた刀を肩に乗せトントンする。


「まったくだ」


 フリーは1本頭を飛ばすと腕に相当負担が来たらしく、ヒュドラの気を引いてもらい、後は俺がやった。そらそうだ。忘れてたがフリーはまだ種族レベル1だった。


 ようやく落ち着けて、後ろを振り返ると、戦場は原形を留めておらず、至るところに20~30メートルほどの窪みが、まるで巨大ミミズがここら一帯を這いずり回ったかのように出来ていた。


「…………天変地異かよ」


 いつも言われる側なので言ってやった。


 デコボコになった地形を急いでアリスたちの元へと戻る。



◆◆



「おーい、生きてるか?」



「「ユウ!」」



 アリスの氷の外から声をかけると元気そうな2人の返事があった。


 ゴールドブレスが間近まで迫った周辺には、瓦礫に死骸や肉片が散乱し、動ける魔物も五体満足ではないようで、ガクンガクンと脚を引きずりながら歩いている。

 何百体巻き込まれたのか数えるだけ無駄だ。俺たちがああならなくて良かった。


 アリスとレアが魔法を解除すると、氷が溶けるにつれ徐々に皆の姿が見えてきた。


「アリスちゃんもレアちゃんも無事みたいだねぇ」


「だな」


 2人が駆け寄ってくる。


「あなたたち、怪我はないの?」


「大丈夫。俺もフリーも無傷だ」


「良かった…………! お疲れさん」


 安心した顔のアリスに


「おつかれ~!」


 レアも笑顔で出迎えてくれた。


「ああ!」


 パシンッ!


 アリス、レアと片手でハイタッチをした。


 アリスの氷がなくなると、冒険者たちがキョロキョロと周囲の現状を確認し始めた。


「がははは! 良くやったユウ、フリー!」


 バシンバシン!と俺たちはガランに肩を叩かれた。


「すげぇ…………ヒュドラの首が全部飛んでる」


「あんなにでけぇのか、ヒュドラって」


「でかすぎだろ……。ロックタイタンよりもずっとでけぇ」


 冒険者たちがゾロゾロと珍しいもの見たさに、ヒュドラが見える位置にまで身を乗り出している。彼らの体はすでにボロボロだ。腕が折れていたり、裂傷や毒を受けていたりと、状態は良くない。氷の内側にこもっている間にポーションで治療していたそうだが、気持ち程度のものだ。この状態で帰るのは難しいだろうな。


「ちょうど良い。今は魔物もしばらく来れないはずだ。怪我人の治療をしよう」


「本当か! それは助かる!」


 しばらくは周辺の魔物も壊滅状態でここまでは来れない。一度全員を座らせ、休憩を兼ねて治療をした。


「後は魔物を殲滅すれば、勝ちだな!」


 ガランが場の空気を盛り上げるように大声で言った。しかし、


「そうは言っても、これ…………帰れるのか?」


「今からもう一度あそこに飛び込むのか……」


 冒険者たちが防壁の前を埋め尽くし、今なおうごめく海のような魔物の大群を見て弱気に呟く。それにちらほらと俺たちを見つけ、こちらに向かってこようとする魔物も出始めた。一旦戻るしか手はない。


「すでに目的は達成できとる! さっさと気合いを入れ直せ!」


 皆の士気を高めようとするガラン。皆1人1人に声をかけて回っている。


 まったく、ガランの精神力には勝てないな…………。


 ガランとて無傷ではなかったが、それ以上に魔物を殺してきたのか返り血を浴びた鎧は真っ赤で黒ずんでいた。


 ヒュドラは倒した。帰りはガランに任せよう。ただ、まだ問題はある。雷魔法を撃ってきた奴だ。あれが直接町へ攻めてくるとなると、広範囲を俺だけでカバーできるだろうか。


「ユウ、あいつはどうするつもりだい?」


 フリーがちょうどその事でこっそり聞いてきた。


「ああ。雷野郎は確実に潰しておきたい」


 できれば防壁に戻る前に何とかしたい。


「となると、どこにいるかだねぇ」


【賢者】ユウ様、その者たちですが、現在こちらへ向かっています。


 そりゃ好都合だ。ちまちま邪魔してきやがって、もう許さん。


「どうやら、向こうからここに向かってきてるようだ」


「それは探す手間が省けて助かるねぇ」


「だな。ただ、相手があの魔法を連発出来るということは、この先はガランたちじゃ無理だ」


 それを聞いていたレアたちもやはり納得したようだ。


「うん! 私たちの出番だよ!」


「ああ。だが、ガランは俺らを止めるだろうな」


「でしょうね」


 アリスもそう思うようだ。


「めんどくさいねぇ…………」


 むしろ早くガランたちを進ませないと、奴らがここに到着してしまう。


「嘘、つくか」


 半分冗談だったが。


「そうね」


「うん」


 3人はすぐに頷いた。


 出発しようとするガランにすぐさま声をかける。


「ガラン、俺たちのパーティでしんがりをつとめる! 先に行ってくれ!」


「おう、すまんな。後ろは任せる!」


「ああ」


 魔物はほとんどが後ろの壁の方向を向いている。だから戻る時は背後から強襲もしくは無視して真横を走り抜ければいい。先頭はガランかモーガンたちでも大丈夫だろう。


「しんがりはユウたちだ! 後ろは気にせず安心して魔物をぶち殺せ!!」



「「「「「おう!」」」」



 ガランとモーガンが先陣を切り、勢いよく進みだした。



◆◆



 ガラン、騙してすまん。


 まぁ、あの2人ならなんとかなるだろう。防壁の方を見ても、まだ魔物に破られた様子はない。ところどころ煙が上がっているのが気になるが、まだ大丈夫だろう。


「それじゃ俺らは…………」


 後ろを振り返る。


「やっぱり現れたわね」


 そして4人で空を見上げる。


 俺らの背後、50メートルほど上空に浮かび、悠々と戦場を見下ろしていたのは100柱以上の『デーモン』。


「デーモン…………! それもあんなに!」


 レアたちが3人がかりで倒した奴だ。


「アイツら、強いぞ」


 俺がそう思ったのは、さらに上にいた6柱の悪魔だ。魔力の桁がデーモンとは違う。『悪魔の庭』とは言ったもんだ。あの中に雷魔法の奴の魔力も感じる。


「不味いわね……。あの上の奴ら、おそらく『グレーターデーモン』よ」


 アリスが上を向き、デーモンたちから目を話さずに言った。


「グレーターデーモンだって…………?」


 いつもマイペースなフリーが声を震わせた。


「間違いなくAランク以上よ。個体によってはヒュドラに匹敵、もしくは上回るかもしれない」


 ヒュドラ以上だと…………?


「ねぇ! まさか200年前に北のシルベスタ王国を滅ぼしたあの7柱の大悪魔じゃ…………」


 レアが怯えた声で言う。


「いえ、ここにいるのは6柱よ。さすがに、あの大国が滅ぶほどの力は感じないわ」

 

 話がちょっとわからない……。


 賢者さん、グレーターデーモンって?


【賢者】まず悪魔、いわゆるデーモンについてお話しますと、彼らはこの世界においては竜と比肩されるほど強力な存在です。竜は絶対的な力で人間を蹂躙しますが、デーモンは竜に匹敵する力を持ちながら人間並かそれ以上の頭脳を持ち、最悪の魔物として名高い存在です。


 へぇ。あの100柱の雑魚デーモンたち、あれはダンジョンで出会ったデーモンほど力を感じないのはなんでだ?


 そう、ダンジョンのデーモンほどの力を何故か感じない。


【賢者】受肉していないためです。デーモンはこちらの世界へ来る際は、生け贄となる者の肉体が必要です。受肉していなければ本来の力は発揮できず、1時間もこちらの世界にとどまることはできません。


 ならあいつらはどうやってここに?


【賢者】ダンジョンの魔物として特殊な形で存在しているようです。そのためか弱体化し、実力はBランク上位がいいとこです。ユウ様の敵ではありません。


 なるほど。となれば、問題はあの6柱だな。


【賢者】はい。彼らも同様に弱体化している状態のようですが、あれはデーモンの上位種にあたるグレーターデーモン。デーモンよりも遥かに強力です。


 まったく。なんでこんな町にそんなやつらが集まってるんだよ。


「この町の冒険者全員で戦ってもあの軍団には勝てないねぇ」


 フリーはデーモンたちを睨みながら緊張で刀に手をやっている。


「わ、私たちがやるしかない!」


 レアが拳を握りしめる。


「もちろん。そのために力を温存してきたんだ」


 賢者さん、なんか策はあるか?


【賢者】レア様、アリス様、フリー様に対し、鑑定から最適な相手を選択します。ユウ様には残りのレベルの高いものが割り当てられますが、ユウ様なら対処可能と判断します。


 わかった。余った敵はすべて俺が受け持つ。


【賢者】了解しました。


「おい、お前らで1人1匹いけるか?」



「「「もちろん」」」



 頼もしい。


 さすがにガランに伝えておかないと。


 先頭を行くガランと俺たちとは大分距離が空いてしまっており、すでに魔物との戦闘が始まっていた。


「ガランさん! ユウたちが後ろに来てねぇ!」


 ちょうど、たまたま最後尾を行く冒険者が気が付いた。


「なんだと!?」


 そう言って振り返ったガランは後ろの悪魔たちに気付いた。



「あ、あれはグレーターデーモンか…………!!」



 ガランは掠れる声で呟いた。顔色が真っ青になり、目の前に魔物がいるにも関わらず槍を下ろした。


「あぶねぇガラン!」


 モーガンがとっさにガランに噛み付こうとしていたベルガルの頭へ大剣を叩きつける。そして、ガランに詰め寄った。


「どうしたおい」


 ガランの肩を掴むモーガン。


「悪夢だ」


 ガランが100柱を超えるデーモンたちを震える手で指差した。


「なっ…………!?」


 そして、全員がデーモンに気が付いた。


「グ、グレーターデーモン!!??」


 絶望的な戦力差に、魔物に囲まれた戦場で冒険者たちは武器を下ろした。


 その様子が千里眼を通し、拡大された視界で見えた。



 あいつら…………っ!



「ガラン!……おいガラン! しっかりしろ!」



 呼び掛けると、ガランは視線だけを向けてきた。黒目が揺れ、焦点が定まっていない。


 ガランがこれほど動揺するとは…………正直、計算外だ。ガランはこういう時こそ奮い立てる男だ。でなければ、昔何かあったのかもしれない。


「ガラン、お前らは先に戻ってろ!」


 はっ!とガランに表情が戻った。俺の言葉の意味がわかったのだろう。



「…………やめろ。ユウ」



 ガランは目を細めて横に首を振った。


「大丈夫だ。俺らを信じろ!」


 ガランたちにデーモンどもを倒すという選択肢は初めから存在しない。すでにグレーターデーモンという存在に冒険者たちの心は折られていた。


「行けよガラン! 早く戻らねぇとタロンのじいさんがあぶねぇ!」


 ガランはデーモンに埋め尽くされていた頭に、防壁で戦う皆のこと、ワーグナーの町のことを思い出したのだろう。ギリッと歯が欠けるほど、食い縛った。そしてガランは声が裏返りながら叫んだ。





「勝てよ!?」





「ああ!」




◆◆




 ようやくお出ましだ。


「よお」


 上にいる悪魔どもを見て、挑発するように声をかける。デーモンは頭が人間の骸骨で、羊の角のようなものが2本生えている。尻尾は黒くテカテカし、先は矢印のようで鋭く尖っている。体は真っ黒だ。


「馬鹿な人間だ。貴様らは所詮我々の餌にすぎんということがわからんらしい」


 1柱のデーモンがその虚ろな骸骨で俺たちを見下ろし言った。


 こいつらこそ立場がわからんらしい。


「はっ、人間様をナメるなよ?」


 腕を組んで、ニヤッと言う。


「フン、ナメるなだと? たった4人で何ができる!」


「あ、そう。なら教えてやるよ。お前らが誰を相手にしているのかをな」


 まずは挨拶代わり。



「高みの見物は飽きたろ?」



 俺の身体から轟々と噴き上がる黒色の魔力に、悪魔たちが身構えた。



「「「「なっ!? ーーーーーーっっ!!」」」」



「降りてこい…………!!」



 有り余る魔力をふんだんに使う。





 …………………………………………………………………………ズンッッッッ!!!!!!





「「「「「…………ギャッ」」」」」


 突如襲う重力に一瞬だけ抗うも、次の瞬間デーモンたちは残像を残すほどの速度で地に叩き付けられた。雑魚は塵となって空気中に霧散。さっき偉そうにしゃべってたやつは真っ先に潰れて消えた。


「さっすが」


 フリーがニコニコといつもの細目でパチパチと手を叩く。


「でもやっぱり……あいつらは簡単にはいかないわね」


 アリスが6柱のグレーターデーモンを見上げる。


「ああ」


 奴らは俺の重力を回避していたようだ。


 そして俺たちの20メートルほど前にすーっと降りてきた。さすがに俺たちにも緊張が走る。


 こいつらは他の雑魚どもとは違うのか、骸骨の頭ではなく人間の顔をし、男はビシッと位の高い人間が着るようなスーツに革靴を、女は黒色のドレスを着ている。そして、全員目が紅く、やたらと美形だ。さらに後ろに真っ黒い2対の翼がある。これがグレーターデーモンか。


【賢者】以下、奴らのデータです。


・ノエル   Sランク中位 重力属性  BP12,000

・ガリス   Sランク下位 雷属性   BP 8,500

・ボスト   Aランク上位 土属性   BP 4,000

・メルサ   Aランク中位 火属性   BP 1,500

・マタラ   Aランク中位 無属性   BP 1,400

・バルジャン Aランク中位 無属性   BP 2,000


【賢者】ただ、やはりこの悪魔どもは受肉しておらず弱体化しております。


 弱体化してこれかよ…………。


 特に危険なのは、ノエルとガリスか。ノエルは黒髪に病的に色白の細身で無表情の悪魔だ。ガリスは対照的に短髪金髪で良い体格で、つり上がった三白眼をしている。ノエルは顔色一つ変えずに俺の魔法をいち早く察知し、仲間に知らせていた。こいつがおそらく一番強い。ガリスは反応が最も速かった。バランスのよさそうなステータスだ。


 ただ、今日でかなりレベルが上がった今。まったく負ける気がしない。


「おいおい。せっかく連れてきた雑魚どもが一瞬じゃねえか」


 バルジャンという猫背で犬歯の尖った悪魔だ。うんざりしたように言った。


「ちょっと。わざわざ雑魚って言わなくてもいいでしょ?」


 咎めたのはメルサ。巨乳で赤髪ロングの女の悪魔だ。


「ふん」


「苦労して封印を解いたってのに、あの怪物を殺したのはてめぇか?」


 ガリスが背中の大剣を抜いて俺に向けた。


「そうだ」


 そう言うとガリスは犬歯をむき出しに笑った。


「ほら見ろノエル!」


 ノエルは何も言わない。


「俺らが初めから直接出るべきだと言ったろ!?」


 こいつ、戦闘好きか?


「あれは作戦だと言ったのが理解できんのか?」


 ギロッとガリスをノエルがにらむが、ガリスは知らぬ存ぜぬだ。


「なるほど。お前か? ちまちまちまちまセコい雷を撃ってきやがった卑怯者は」


「あ?」


 こめかみにピキッと血管を浮かべたガリスが前のめりになる。一気にSランクの殺気が俺たちを襲う。しかし、


「待て」


 ノエルがガリスの前に手をやり、止めた。


 どうやらノエルはこいつらを掌握しており、完全に俺を警戒している。


「早くやらせろ。ここんとこしばらく逃げ隠れてばっかりでよぉ。いい加減限界だったんだ」


 ガリスが口角を上げ、瞳孔が開いてそうな表情で答える。


「落ち着け」


「だあああ…………! お前はいつも真面目だなぁおい!」


 頭を抱え、オーバーなリアクションでガリスがわめく。


「ガリス」


「ちっ!わーったよ」


 ガリスが頭を掻きながら落ち着きなく下がった。


「全て同じことだ」


 口数少なく答えたのは、ゴリゴリのガリスよりも体の大きいボストだ。ちょっと言葉が少なすぎてなんのことかわかりにくい。


「そうだ。なんであろうとベル様のため、滅ぼすのみだ。違うか? ノエル」


 少し変わり者のような空気をまとったマタラが言った。ボサボサの髪でまったくこちらからは目が見えない。


「その通りだ」


 ノエルは無表情に俺たちを見下ろした。



 ゾッ……………………!!!!



 その圧に思わず鳥肌がたった。


「おい、あの黒髪と金髪は俺が相手する。あとあのワンコみたいな奴もだ」


 3人とも初めて見る上級悪魔に緊張しているようだったが、しっかりと頷いた。


「あたしはあの赤毛の女にするわ。火属性みたいだし、それにあの胸ムカつくのよ」


 ムッとしながらアリスが言う。


「それはただのひがみじゃないか?」


「なんて?」


 アリスが静かな笑顔を真横に傾けて聞いてきた。


「なんでもないです」


 早口に答えた。


 アリスだってない訳じゃない。普通くらいにはある。確かにレアよりかは控えめだが。


「僕は、あのボサボサ頭だねぇ。刀を提げてるみたいだし、僕がもらうよ」


「じゃ私はあのゴリラみたいなゴリラだよ」


 レアが緊張した面持ちで言う。


「それはただのゴリラだ」


【賢者】その組合せが最も効果的です。アリス様は魔力のみなら完全にAランクです。魔術勝負に持ち込めば勝機は十分です。


 なるほど。


【賢者】フリー様の相手は無属性で、かつ武術タイプです。剣術勝負なら達人クラスのフリー様に分があると考えられます。


 了解。


【賢者】レア様の相手のボストという男は、Aランク上位ですがステータスの特徴から魔術士タイプのようです。おそらくこの者が先程のロックゴーレムとロックタイタンを作ったのでしょう。魔力が消耗しておりますので、好機と見ます。


 まあ、近接戦闘ができたとして、あのマッチョな見た目ならまずパワータイプ。それならスピードのあるレアとの相性は良いだろう。



「てめぇら、たった4人で俺らを相手にするつもりか?」


 ガリス、短髪金髪の悪魔だ。


「大丈夫。ちょうどいい踏台だよ」


 鼻で笑いながら言うと、ガリスのこめかみにピキッと血管が浮かぶ。


「やってみろ」


 ノエルが腕を組んだまま無表情に、目だけこちらを見て言った。



 ゴッ…………!!!!!!



 俺は一気に魔力を噴出し、魔力操作でノエル、ガリス、バルジャンをダンジョンの方向へ吹き飛ばす……!!


「お前ら! 絶対死ぬなよ!」


 ノエルたちを追いかけ、飛び去り際に振り返って声をかける。


「ああ!」


「うん!」


「死ぬもんですか!」



◆◆



 悪魔3人は黙って移動を俺に任せている。獣のようなバルジャンがわめくも、ノエルが黙らせていた。ダンジョンのそば、石と砂の荒野だが所々10メートルクラスの岩山がゴツゴツとある場所へと来た。


 ノエルたち3人は横に並んで、俺と対峙する。


「さぁ、いつでもいいぞ?」


 さて、Sランク2人にAランク1人か。ここまで不利な状況、久しぶりだな。それに早いとこ始末しないと3人が心配だ。


「ひゃっはっはっはっ!! お前馬鹿じゃねえの?」


 バルジャンが腹を抱えて笑い。はやし立てる。


「あ? お前よりかはいくらか賢いと思う」


 俺がそう言うと爆笑を急に止めて真顔になる。


「魔術士が単独で戦おうなんざ馬鹿以外にないだろ」


 俺をただの魔術士だと思ってる時点でこいつは敵じゃない。


「もう仲間の助けはねぇぞ?」


 バルジャンは手のひらで握るタイプの鉤爪を手に召喚した。


「はぁ、どっちが馬鹿なんだか」


「へぇ、いつまで大口たたいてられるか、見物だぜ!」



 ヒュッ!!



 バルジャンが一瞬で俺の目の前に現れた。そして右手の鉤爪をボディブローのように俺の腹目掛けて振るう!


 しかし、俺には全然余裕があった。


 こいつスピード系か?本気を出したレアよりも速いが、テクニックが足りない。レアならまだそこにフェイントや縮地で緩急を加えてくる。まだまだだな、ステータスに頼りすぎて技術が拙い。



 パシッ!



 見え見えの攻撃にバルジャンの右腕を腹の前で、左手で掴んで止めた。


「なっ!?」


 俺はバルジャンと目線を合わせ笑う。


「無用心なんじゃないか?」


 そしてそのまま手首を握りつぶす。




 バキィッ…………!




 固いものが折れる湿った音がはっきりと聞こえた。



「あ゛あ゛あ゛ああ!! …………いっつ!」



 バルジャンが手首を押さえ痛がりながら俺に前蹴りを放つ。俺は手を離して蹴りをかわし、バックステップで距離をとった。


「て、てめぇ、魔術士じゃねえのかよ!」


 骨折で脂汗を流しながらバルジャンは下がる。


「はぁ? そんなこといつ言ったよ」


 そう言いつつ、今度は俺が縮地で前に出ながら黒刀を空間魔法から抜き放ち、左下からの斬り上げ。バルジャンは反応できておらず、目の焦点はさっきまで俺がいた場所を見ている。



「危ねぇ!!」



 だがそこにガリスが割って入った。振り下ろす俺の黒刀とバルジャンの間に大剣を差し込む。



 ガイィッ…………ン!



 ほう、あの大剣で今の速度に割り込むとはさすがだな。


 だが、無理矢理に間に差し込んだ剣で俺の黒刀は止められない。大剣はガリスの手を離れすっ飛ぶ。


「ぐっ……!」


 剣を持っていた手を押さえてガリスが声を漏らす。遅れて大剣がガリスの背後に突き刺さった。


 隙だらけだ。刀からそっと左手を放し、指を真っ直ぐにピンと伸ばす。そして、無防備なバルジャンの心臓目掛け、突き出した!



 ドシュッ!



 左手に柔らかい肉を突き破り、肋骨を砕き、心臓、背骨を貫く感触が一瞬のうちにあった。


 バルジャンは自分の心臓がある位置を俺の左手が勢い余って貫いているのを見た。

 俺の左手には貫かれた心臓が刺さったまま、バルジャンの背中から出てしまっていた。温かい血が左腕を伝い、俺のシャツをぬらす。



 ボタホダボタッ…………!



 バルジャンの足元に一気に血だまりが広がっていく。


「がほっ…………うそだろ」


 バルジャンは真っ赤に染まった手を見る。そして、胸にひじまで入った俺の左腕を眺めた。


 そして、フッ……と目から光が消えた。


「おいバル!?」


 ぶしゅっ!!


 左手をバルジャンの胸から引き抜くとバルジャンは口から血の放物線を描きながら、後ろ向きに地面に倒れる。そして体がぼやっと薄くなると、次第に消えていった。



「てめぇ……!!!!」



 仲間の死にぶちギレたガリスの体を雷が覆う。この真っ昼間の明るさの中、バチバチと発光し、溢れ出た雷は地面に焼け跡を残す。



 こいつ…………普通に魔力を纏った??



 思わずガリスへの追撃の手を止めてしまった。


 悪魔は魔力の扱いに長けているのか。見た目は人に近いが魔物に近い生き物だと考えた方が良さそうだ。


 バリィッ……!


 ガリスは軌跡に雷を残しながら一瞬で10メートル後ろの自分の大剣へ移動すると、ガッと掴んだ。



「お前、もう死んでもいいぞ?」



 バリィッ!


 またガリスの姿が掻き消えると、パッと俺の目の前に現れた。


 雷魔法で速度が上がるのか……。


【賢者】速度は上がっていますが、それは魔力の纏いによるものです。雷魔法の特性により上がっているのは「反応速度」です。


 なるほど。


 ギィン…………!


 大剣を受け止めると、ガリスの雷が大剣と刀を伝って流れてきた。



 バリィッ!!



 俺も雷を纏うことでガリスの雷は相殺された。


「は……? 人間が魔力を?」 


 ガリスの動きが一瞬止まった。


 予想以上の驚き方だ。人間が魔力を操作できることが、こいつらの常識にはないことなのか?


「お前らだけの専売特許だと思うなよ?」


 俺が好機と見るに追撃しようとすると、 


 そこにノエルが仕掛けてきた。黒い六角形をした三節棍の真ん中の節を持ち、暴風を起こすほどの速度で三節棍を操る。ノエルの周りには三節棍の残像でまるで何者も寄せ付けないバリアのようなものが見える。そして、一瞬で端の一節に持ち替えた。その遠心力の乗った一撃を、身体を大きく使いフルに腕を伸ばすことでさらに増幅する。それを鞭のようにしならせると、俺の腹目掛けて振った。


「いっ!?」


 ガリスとのつばぜり合いを止め、一度バックステップでノエルの攻撃を避ける。

 だが思ったよりあの武器は厄介だった。持ち変えたこととノエルの体さばきがダイナミックになったために急激に間合いが伸び、さらに奴の動きが予想よりも速かったのか、左脇腹を振り抜かれた。


「がっ!」


 だが、その衝撃を左向きに体をひねって逃がし、距離をとる。だが下がった瞬間、思わずたたらを踏んだ。


「…………っぺ!」


 鉄の味がして、唾を吐くと血が混じっていた。そして遅れて体内部に鈍痛が走る。


「大分威力は逃がしたと思ったんだが…………」


 避けられると思わなかったのか、ノエルの瞳に若干の驚きがうかがえる。驚くのはこっちのセリフだ。怪我自体は再生がもう仕事をしてくれているし、回復魔法を使うほどでもない。しかし、今の威力は奴の武器の性能を考えたとしても変だ。


「どういう仕掛けだ?」


 ノエルはこちらをじっくりと観察しているようで、無表情でなにも言わない。


「答えずか…………何かありそうだ。なら原因を探るか」


 さすがはガリスよりも格上の悪魔。だが俺相手に実際そこまで余裕があるわけではないようだ。すぐに退いたのがその証拠だ。今のはガリスを助けるためだったのだろう。


【賢者】解析完了しました。今のは重力属性の魔力を纏った攻撃です。重力属性の纏いは魔力や技術レベルが高いほど、重い攻撃になります。


 なるほどな。まるでこの黒刀だ。厄介だな…………。


 賢者さん、手分けしよう。魔法でガリスの相手をしてくれ。殺しても構わん。俺はノエルを殺る。


【賢者】かしこまりました。


 俺はノエルに集中する。右手にいるガリスは無視し、俺は身体をノエルに向けた。


「おい! どういうつもりだ……?」


 こちらを見ようともしない俺にガリスがキレる。


「あ? 心配すんなって。ちゃんと相手してやるよ」


「ざけてっ…………は!?」


 賢者さんが、攻撃を開始した。有無を言わさずバレットを連射する。ガリスは雷を引き連れながらバレットを避ける。


 さすがは雷属性、簡単には当たらないか。


 賢者さんが、バレットを止めた。


【賢者】雷属性、纏いの予測値を修正します。


「てめぇっ!」


 バレットが止んだのを見てガリスが突っ込んで来た。


 賢者さんが結界を使ったのが分かった。


「あ」



 ドガッ…………!



「なん…………だ、こ」


 ガリスの動きが止まったところに、バレットが飛ぶ……!


 うん、任せても全然問題なさそうだ。



「お前、どうなっている?」


 片手間にガリスへ魔法を撃つ俺を奇妙な物を見るような目で見る。


「さぁな。気にすんな」


 ノエルは黙って構えた。


「今度はこっちから行くぞ」


 刀で突きを放ってみる。俺のダッシュ力と腰、腕の力をのせた突きだ。


「うらっ!」


 右腕だけの片手持ちに変え、リーチを生かした攻撃。黒刀の先がノエルの心臓の位置に迫る。



 ガァ……………………ン。



 ノエルは一節の両端を両手で持つと、刀を受け止めた。


 この黒刀で斬りつけたにもかかわらず、まるで岩に斬りつけたように重い。ピタッと俺の突撃が止められた。そこから先に1ミリも動かせない。あのヒュドラの足を衝撃だけで折った黒刀だ。それがこのノエルをぶっ飛ばすどころか、微動だにさせられない。


 ノエル、やはりこいつはヒュドラくらい撲殺できるほどの強さだ。


「普通ならこの三節棍に斬り込んだ時点で折れている」


 睨み合ったまま、ノエルが不思議そうに俺の刀を見て言う。


 それはそうだ。この黒刀が普通であるわけがない。


 俺は力を抜いて下がった。


 さて、ここからどうするか……。あの重さで攻撃を受ければ防御が難しい。俺もやってみるか?


【賢者】不可能ではありませんが、重力魔法の纏いは重さの制御に失敗すれば使用者に危険が及びます。戦闘中に行うのは万が一がないとも言い切れません。


 こう話している間にも、バリバリと横から猛烈な雷が飛んできているが、賢者さんが淡々と作業のようにすべての雷を撃ち落としている。


 なるほど。うーん、とりあえずもう少し斬りあってみよう。


 今度は様々な角度から斬り込んでみる。ここで自分でも忘れていたのが俺の剣術レベル。今は9。もはや人間を超え、さらにその上の領域に足を踏み入れようとしている。岩だろうが、鉄だろうが、スッパリと斬れる。


 ノエルの三節棍には触れないよう刃先の向きでフェイントをかけ、切り返し、体さばきでノエルを翻弄する。ノエルの三節棍の威力は正直俺よりも上だが、俺の技術が圧倒的に上回る。


「ぐっ…………!」


 ノエルに切り傷が増え出した。


 俺の予想以上の技量に戸惑っているみたいだ。


「うらぁあ!!」


 ノエルが苦し紛れと見れるほど、大振りに振りかぶった。


 いや違う。そんな無駄なことをするやつじゃない。なにか…………!


【賢者】っ!! 伏せてください!!


 賢者さんの警告に地面に伏せた。上を何か巨大なものが通り過ぎるような気配がした。




 ゴオオオォ…………ンッ……!!




 爆音に、立ち上がって後ろを振り返るとゾッとした。後ろの巨岩がヒュドラのゴールドブレスを受け削り取られたように、抉れ凹んでいる。


 ……魔力を纏えるってのはいざ相手にすると厄介だな。


「ガリスこっちへこい! 別々にやってもこいつには勝てない!」


 ノエルがガリスと共闘することを望んだ。


「はっ……はっ…………!どうやら、そのようだぜ…………!」



「ガリス!?」



 それまでガリスの方を見ている余裕などなかったのだろう。ましてや、ノエルの次に腕のたつガリスが、片手間に相手している俺にここまでやられているとは思いもしなかったはずだ。


 ガリスは左半身が黒焦げで、腹には後ろの景色が見えるほど大きな穴が開き、左腕など消し飛んでしまっている。この状態で生きていられるのはさすが悪魔ということだろう。

 俺は色々と相手の引出しを探って戦っているが、賢者さんは容赦ない。コスパを優先しながら、魔力の動きを読んで容赦なくガリスの攻撃を潰し、しっかりとボコっていたようだ。今は立っているのがやっとなのか、大剣を支えにぐったりと体重を預けている。


【賢者】申し訳ありません。もう少しで仕留められるところだったんですが。


 賢者さんの声から残念そうな雰囲気が伝わってくる。


【賢者】次は瞬殺してみせます。


 いや、うん。まぁ、いいや…………。


 一体どんな攻撃したんだ……。魔力はほとんど減っていないてことは、ほとんどバレットだけか。ガリス、こいつもSランクなんだよな? 自分の相棒が恐ろしい。


「ノ、エル。はぁ、はぁ…………お、俺が手も足も出せねぇ。こいつ……正真正銘の化け物だ」


 俺じゃない。やったのは俺じゃないぞ。


【賢者】私です。


「ベル様ですら、危険だ……! 俺らで、絶対に殺すぞ!」


 ベル様って誰だ? てか、俺が悪役みたいになってるの止めて欲しい。


「それは分かるが…………」


「俺を喰え、ノエル。『暴食』に属するお前ならできるだろ? そうすればこいつにも勝てる」


 冷静なノエルが目を見開いた。


「どのみち、俺はもう、もたねぇ。こ、このままじゃ、ベル様に合わせる顔が……ねぇ」


「…………わかった」


 へぇ、悪魔同士ならそんなことが出来るのか。


 ノエルが俺を警戒している。


「ああ、どうぞ? 今くらい見逃してやるよ」


 刀を地面に刺し、両手を上げると横に首を振った。


「ノエル! 早く!」


 ガリスが半透明になり、消えかかっている。


 ノエルは無表情の中、若干苦虫を噛み潰したような顔でガリスへ近付く。


「ガリス、すまん」


「またな…………相棒」


 ガリスが笑った。


 ノエルがガリスの肩に右手を添えると、ガリスが薄く透明になりだした。そして完全に消え、吸収した。ガリスの大剣だけがガランッと地面に倒れる。



 ゴォッッ…………!!



 何かがノエルに移ったのだろう。存在値が一気に上昇し、オーラが立ち上ぼる。ノエルの身体に薄く雷が覆っている。


 こりゃ、本気でやらんとヤバそうだ。今やノエルはあのヒュドラすら完全に凌駕している。


「準備はいいか?」


 俺の声にノエルは無表情にこちらを見た。


 ノエルは初動なしで、地面を滑るように真っ直ぐに向かってきた。悪魔の飛行能力だろうか。そして、俺の直前、地面を強く蹴りつけ、さらに急加速した。三節棍を突き入れてくる。


 俺と言えど、今回はさすがに警戒していた。かなり速度は上がったようだがまだ見切れないレベルではない。


【賢者】大きく避けてください!!


 わかってる。


 余裕をもって、右に跳び回避する。だが、何かに衝突されたような感覚があり、




 気が付けば…………空が見えた。




「ぐっ、あ…………?」



 あ?なんで視界が回ってる?


 青空と白い雲ときて茶色い大地と岩、そしてまた青空。それを幾度と繰り返し…………


 ドサッ…………!


 背中に衝撃が来て、地面についたとわかった。


 どういうことだ? 完全にかわしていたはずだ。


「さっきの礼だ。待ってやる。立て」


 律儀な奴だ。


 ノエルは三節棍を両肩にかけると、腕を組んでこちらを見下ろした。


「そりゃどうも。ありがとよ」


 そう言いつつ、ごろりと反動をつけてのんびり立ち上がらせて貰おうとしたが、足に力が入らず上手く立てない。


 折れたか…………。


 折れたのは左足の大腿骨だ。とりあえず右足だけで立ち上がり、回復魔法をかける。痛みが和らぎ中で骨がくっつこうと動き足がむずむずする。それに全身の打撲もひどい。


「かわしたと思ったが…………」


 ガリスの力か?いやあいつのは雷だ。


【賢者】重力魔法が強化され、あの武器の纏いが大きくなっています。先程武器から放たれた攻撃を常に纏っているような状態かと。


「なるほど…………さっきの重力か」


 要するに当たり判定が滅茶苦茶でかくなったてことか。リーチがはっきりわからないのが痛い。とりあえずぶっっっとい柱を3本くらい束ねたものを振り回してるくらいに思っておこう。変態だ。


「その答えを見付け出す能力、なんだ?」


 ノエルの方から聞いてきた。


 賢者さんのことか?


「さぁな。秘密だ」


「…………今のを食らって、平気にしているのは異常だ」


「そうかい」


 それは単に俺の防御力に回避能力、回復能力によるものだ。


 そんな話をしているうちに足が治った。左足を曲げ伸ばしするも問題なさそうだ。


「さて、そろそろ本気でいかせてもらうぞ?」


 ここへ来て初めての身体強化。本番はここからだ。まずは突っ込み力技でボコる!


 ノエルは攻撃力が上がったとは言え、身体強化をした俺のダッシュを目で追えるものではない。もはや、音速すら余裕で超え、ソニックブームを発生させ突き進む…!!!!



「っっ!!!!!?」



 腹をくくったのか。ノエルは体の中心に三節棍を立て、ガードする。


 いいだろう。


 ノエルの直前で左足を地面に突き刺し、無理やりブレーキをかける。その足を軸にして、突進の勢いを強烈な遠心力にして、それを感じながら黒刀を右から左に振る。わざとガード状態の三節棍の上からノエルに斬り込んだ。




「せああっ……!!!!」




 今度はノエルの番だった。


 ノエルが高く宙を舞う。


 先程はびくともしなかった三節棍がノエルごと宙を舞っている。完全にパワーのゴリ押しだ。


「ぐ………………!」


 背中からどさりと地面に落ちる。よろよろと、だがノエルはすぐに立ち上がる。外傷こそないが、かなりダメージは入ったようだ。


「まだだ…………!」


 ノエルの体に雷が帯電し、ジリジリと地面を焼き焦がす。


「ガリスの技か」


 残念ながらそれは俺に通じない。


 ノエルは半身になると、脇に三節棍の1節をヌンチャクのように挟み、左手のひらを突きだして構えた。


 誘いにのってやろう。


「まだ何かあるというなら見せてみろ!」


 再びノエルへ正面から突っ込む。そして、走りながらノエルの頭の2メートルほど上に結界で足場を作る。目の前に迫ったノエルに斬りかかると見せかけ、直前で強く地面を蹴りジャンプする。


 ダンッ……!


 真上の結界を足場に天井を蹴って跳ね返るようにノエルを飛び越える。身体をひねりノエルの真後ろに着地しながら、黒刀をノエルを唐竹割りにすべく脳天から振り下ろす!


 ノエルはまだ前を向いたままだ。



 脳天がら空き、貰ったな…………!



 だが…。



 ギィン…………!!



「なっ!?」


 俺の斬撃は大きく弾かれた。ノエルはこちらを見るわけではなく、最小限の動作で頭の上に三節棍を合わせてきていた。しかも今度は力を抜いた受けで、うまく衝撃を流された。


 バレていた?


「どういうからくりだ?」


 ノエルはさっきから常にバリバリと雷を体から発している。


【賢者】ノエルは雷を空気中に放ち、電気信号として利用しています。


「目で追えないから微弱な電気でどこから来るのか探っているのか」


 要は雷をアンテナ変わりにしているってことだな。


「種が分かったところでどうしようもない」


「そうだなっ!」



 ガガガガガガガガガガガガガガガガガカッッッ…………!!!!



 連続で斬り込むも、ノエルは俺の速さに対応してきた。俺とノエルの真ん中で、黒い刀と黒い三節棍が何百回も衝突する。


 こいつ…………! 


 一度下がって距離を取る。


「キリがないな」


「そうだな。もう小細工はいらん。正面から破らせてもらう」


 他の3人も心配だ。あまり時間もかけてられない。


 俺は黒刀に無属性の魔力を纏う。黒刀は空気が読めるのか、さっきよりも魔力をどんどん取り込んでくれる。というか、止まらない。余程ノエルを斬りたいようだ。まぁ、ここは好きなだけあげるか。


 ノエルも三節棍に魔力を詰め込んでいる。


 ダンッ!!


 互いに地面を脚力で陥没させて走り出し、2人の距離が急速に縮まっていく。



 俺は勢いそのままにジャンプし、空中で体を横向きに高速回転させ、それに腕の力も乗せ、斬りかかる!


 それに対し、ノエルはしっかりと地面に足をつけ、地面を蹴った力を足、腰、肩、腕と伝え、今までで最高の突きを放つ!



 武器と武器がぶつかった瞬間、音が消え去った。


 そして、凄まじい衝撃波が周囲を襲う。



 バキバキバキバキバキバキ……………………!!!!!!!!



 地盤がメキメキとめくれあがる。そして、遅れて爆発音が鳴り響いた。




 ドッッッッッッ………………………………パァァァァァァン!!!!!!




 地面には直径30メートルほどのクレーターが出現している。土煙が晴れた先にはバラけ地面に散乱した三節棍と、左肩から斜めに上半身と下半身を別れさせたノエルがいた。ノエルは仰向けに寝転がっているが、まだ息がある。


 ノエルはちらりと自分の背後を見ると


「ははっ」


 その光景に呆れたように笑った。


 しかし、俺は俺で驚いていた。


「…………まじか。こいつどんだけだよ」


 そう言う俺の黒刀には、刀身に電気が流れたように赤く光るヒビが入っていた。ノエルの纏いは想像以上だった。こいつにヒビを入れるのか。


 そっと黒刀を空間魔法に戻す。


「お前、すげぇな」


 思わず地面に横たわるノエルに言った。仲間からの慕われ方と言い、こいつは何か信念があってここにいたはずだ。


「お前、名前は?」


 ノエルは無表情に地面に転がったまま、首をこちらに向けた。


「俺はユウ」


「ユウ…………か」


「おい、これで氾濫は終わりか?」


「そうだな…………残るはベル様しかいない」


「ベル? そいつがお前らの親玉か?」


「我々の主だ」


「主……?」


「俺はどうかしていたようだ。ベル様は戦うことを望んでいなかった」


「…………?」


 何を言ってる? こいつらが勝手に動いたのか?


「1週間ほど前、我々は内輪の事情でこちらの世界に来た」


 こちらの世界…………?


【賢者】悪魔たちの世界はこことは別にあります。


「敵ながら貴様は信用できる。我々が消える今、ベル様を頼み、たい……!」


 へ? なんでいきなりそんな話に?


「この世界には、いや、どこにも、頼める者がいない」


「…………おいおい、それは何とも言えんな。もし、そのベルとかいう奴に会えたなら考えてやる」


「礼を言う」


 ノエルはふっと笑った。


「…………すまなかった。こうするしか、なかった…………」


 こうするしか? 何かしらの後に引けない事情があった?


「どういうことだ?」


 もうノエルの目の光は消えかかっている。


「…………ベル様、後は…………」


 ノエルは見えない景色に主の面影を浮かべると、震える手を伸ばし、そして消えた。


 最後、気になることを言っていたが、とにかくこれで落ち着いた。


「ふううううう! …………強かった!」


 今まで相手してきた奴の中でも、トップクラスだ。


 賢者さんによるとグレーターデーモンは何千年と生きた悪魔の中でも力あるものがなれる存在。ノエルほどの者なら、完璧に受肉していれば確実にSランク上位もしくはそれ以上だった。


 運が良かった。さすがにそんな悪魔を同時に複数も相手していられん。


「ん?」


 ノエルたちが消えた後には、透明に光る5センチ程度の石が残っていた。


【賢者】それは、『魔晶石』。グレーターデーモンの核です。

 

 もらっておこう。


 コロンと転がる5センチほどの結晶を、指で摘まみ拾い上げる。


 さて、あいつらはどうなったかな。


 そうしてノエルたちとの戦場に背を向け歩き出した。





 その遥か遠く後ろの景色には、ノエルの背後から遥か数キロメートル先の斬り裂かれた山へと続く、まるで地割れのような刀傷が地面を割っていた。





読んでいただき、有難うございました。


なお今回の話につきまして、第47話のレア、アリス、フリーの強さを表す数値(1BP=Bランク下位冒険者1人)を変更しました。今後も変更になるかもしれません。

レア :580 BP

アリス:555 BP

フリー:560 BP

以上、よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 白熱のバトル、息をするのを忘れるほど夢中で読んでしまいました。 彼らの目的はまだハッキリとはわかりませんが、『ベル様』のために拠点を作る目的での意図的な氾濫だとするなら、他にやり方はあった…
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