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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
58/159

第58話 ヒュドラ

こんにちは。

ブックマークや評価していただいた方、有難うございました。

そして遅くなりました!予定より長くなってしまい、読みにくかったらすみません。

第58話になります。宜しくお願いします。


「放てえええええ!」



 魔法で作り出した黒い架け橋を蹴り倒すと同時に、塔の上から魔術士たちの魔法が一斉に放たれた。俺たちの右真上を火球が、強烈な冷気を放つツララが、魔物を切り刻む風が、様々な魔法が俺たちの真上を通過した。魔力を切らした魔術士たちが魔力ポーションで回復しながら、全力で放ってくれていた。



 ドゴゴゴゴゴゴォン…………!!



 爆風が吹き荒れる。倒れていく橋の上に足をかける。


「行くぞ!」



「「「「「おう!!!!」」」」」



 ガランたちと一枚岩となった俺たちは全速力で橋を駆け抜けていく。俺を先頭にレア、アリス、フリー。その後ろにガラン、モーガンたちのパーティが、さらに後ろに精鋭の冒険者たちが続く。


 橋を渡った先、向こう側へ足をつける。


「なんだ…………これ」


 先頭きって到着すると、血の気が退いた。魔術士たちの魔法で近くの魔物は死んでいた。しかし、上から見た景色とは全然違う。

 もともと防壁からの攻撃が激しかったこの辺りは、魔物の血で、乾いた砂から血生臭く赤茶色の泥々した地面へと変わっていた。歩けばペチャペチャと濡れた泥が跳ねる。そして、


「うっ、臭いが…………!」


「ひでぇ臭いだ」


「これはキツいよぉー!」


 思わず鼻を摘まみたくなるような、生臭くて鉄臭い濃厚な血の臭い。思わず吐き気が込み上げてくる。鼻の良いレアが真っ青な顔をしている。レアだけじゃなく、皆が袖で鼻を押さえる。


「おうえぇっ…………!!」


 冒険者の1人が耐えきれずにもどした。吐瀉物のぼとぼと落ちる音が聞こえる。


 見るな見るな見るな。


 胃が吐きたいと叫ぶのをぐっとこらえる。


「はっ、早くいきましょ」


「ああ」


 アリスの言葉に正面を向けば、大量の魔物の肉片、内臓、骨片。


 繰り返し防壁の上から放たれる魔法や弓矢、さらに後続の魔物に容赦なく踏みつけられることで、魔物の死骸はどんどんとボロボロぐちゃぐちゃになっていた。そして、それらが邪魔になるのか、後続の魔物に寄せられ、所々でぶよぶよした肉が血の海に浮かぶ島のように積み重なっている。

 それを気にする様子もなく、肉山に上ったままグルル……!と歯と敵意を剥き出しにしてこちらを睨み付けるベルガル。深い血だまりの中を波を立てながら這って向かってくる蛇型の魔物レッサーサーペント。邪魔だとばかりにゴブリンの死体を蹴飛ばすミノタウロス。


 赤く黒ずんだ世界。これが地獄。これが戦場か。後ろの防壁はその重厚な圧迫感が外へ出た俺たちすら拒絶しているようにも感じる。ここにいるだけで心を削られる。しかし、



「ぶちかましてください兄貴!!」


「ヒュドラなんざやっちまえ!!」


「蹴散らせ!」


「生きて帰ってこいガラン!」



 背後からの声に、はっとなった。無意識に立ち止まっていたようだ。防壁に残った皆が身を乗り出して声を振り絞って応援してくれる。その声にしゃんとしろと背中を叩かれた。


 情けない。力ばっかりつけても、こういうところが俺はまだダメだ。


「おいおい、ユウ怖じ気づいたか?」


 余裕があるように見えるガランが、俺をからかってくる。


「はっ!誰が」


 おかげで弱った顔を見せずにすんだ。


 そうだ。この程度、アラオザルに比べればなんでもない。これらは所詮 “魔物の” 死体なのだから。


 前を向き遠くを見つめると、1300メートルくらいの地点に砂ぼこりが上がっていた。ここから右斜めに直進した先だ。ヒュドラがだいぶ近付いてきていた。

 俺たちの目の前はずっと先まで魔物で埋め尽くされている。まずはこの魔物の海を抜けていかなければならない。それもヒュドラの射程圏内に町が入るまでに。


 俺は空間魔法で右手付近の空間にヒビを走らせると、その隙間に右腕を入れる。そして、あの黒刀を引きずり出した。大量の魔物という餌に囲まれているのがわかるのか、ドクンドクンと興奮するように激しい脈動を感じる。


 突然俺の右手に現れた威圧感ある真っ黒な大刀に皆がざわめいた。


「すげぇ刀だな」


「あはは。それ……聞いてた以上にヤバいねぇ」


 思わずフリーが刀身だけで1.5メートルはある俺の刀をチラリと横目に見る。


「触ったら死ぬぞ?」


「ひっ!」


 興味深そうに覗き込んでいたフリーと剣士の男が一瞬で遠ざかった。いつの間にか、全員気持ちを持ち直していたようだ。


 …………進もう。


「ふう…………」


 この戦場の空気を深く吸い、息をため気合いをいれる。


「俺が敵陣を切り開く!ここを抜けるまで絶対に足を止めるな!!」



「「「おう!」」」



 全員の返事が頼もしい。自分が人を引っ張るてのはプレッシャーになるばかりだと思ってたが、後ろの皆が俺の誇りにも、自信にもなるのかもしれない。こいつらを絶対に死なせたくはない。レアたちだけでなく全員にそんな気持ちが湧いた。


 俺は黒刀に風属性の魔力を纏わせ、両手で刀を握り後ろに大きく振りかぶる。刀は魔力をイメージしたとおりに纏ってくれた。


 魔物たちも俺たち目掛けて走り出した。レッサーデーモンが俺の正面から近付いてきた。醜い顔をニヤつかせ、長く鋭い爪の生えた腕を振るってくる。


 俺は両手で握った振りかぶった刀を地面まで思いっきり振り下ろした!


「うおらああ!!」



 ズ、ガガガガガガガガガガガガガガガ…………!!!!!!



 途端発生する5本の風の刃。それらは地面に5本の深い傷跡をつけながら、地を這い真っ直ぐに突き進んでいく!まるで巨大な怪物に爪で斬り裂かれたかのように風に触れた魔物はバラバラに斬り分けられ、血と臓物をこぼしながらドシャッと地に沈む。


「突っ込めぇ!!!!!!」


 俺の一撃で怯んだ魔物を見て、前に槍を突きだしガランは叫んだ。




「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」




 ガランの声に冒険者たちは武器を掲げ走り出す。バラバラになった魔物の死骸を踏み越え、俺が先頭を切って群れに飛び込む。ここからはひたすら突き進むだけだ。


 魔物の先頭は悪魔の石像、ガーゴイルだ。丸く真っ黒な瞳に翼の生えた悪魔の石像が、俺目掛けて一直線、地面を滑るように飛んで来る。俺の首にかぶり付きやすいよう顔を斜めにし、鋭い爪のついた両手を俺に向け開き突進してきた。


「邪魔だ!!」


 右手で握った黒刀を左から右に振り、ボンッと首を切り飛ばす。首を失った体は勢いよく地面に激突し、バシャンと血を巻き上げる。そしてゴロゴロと回転し止まった。


 ガーゴイルを斬った後、後ろにいたのはオークだ。左斜め前から俺の頭をかち割ろうとダンジョン産の鉄斧を振りかぶり、真っ直ぐに振り下ろす!


 左手で斧を掴んで止める。


「フガッ!?」


「ふんっ!」


 そのままむしりとり、オークの頭に投げつけた。


 パァン!


 斧はオークの頭を爆砕し、後ろにいた2.5メートルクラスの筋骨隆々ミノタウロスの首を飛ばした。首を失った2体は崩れ落ちる。


 次は左正面から悪魔の鎧がロングソードを後ろに引いているのが見えた。貯めた勢いを生かし、俺に向かって突きを放ってくるがフリーの方が10倍速い。黒刀を下から斜めに振り上げると、剣ごと斬り飛ばし、鎧を斜めにスルッと通り抜けた。


 ガシャンガシャンと崩れ落ちる鎧の向こうに、ちょうど息を吸い込み終わるワイバーンがいた。


「げっ」


 避けてはダメだ。後ろのメンバーへブレスがいかないように結界で防御する。するとすぐに結界に灼熱が衝突した。透明な結界の向こう側では炎が弾かれ上下左右に散っていく。


 周囲の魔物たちは炎に巻き込まれ焼かれたようだ。ちょうどいい。そのまま結界を広げ、デモンドラゴンの時と同じように、前へと一気に押し出す!


「うおらああ!」



 ガガァン…………!



 結界がぶつかった衝撃で、牙とアゴが砕け仰け反るワイバーン。



「ゴガガガガ…………!」



 さらに結界を押し続け、20体以上の魔物をガガガガと巻き込んでいく。結界に押し返され、ギャーギャーわめきうごめく魔物に


「潰れろ」


 重力魔法を放つ。



 ズ……………………、グチャッ…………!!



 結界を解除し走り抜けと、正面から甲羅が溶岩でできた4メートルくらいの亀が周辺のゴブリンやオークといった雑魚を突飛ばし突進してきているのが見えた。口はカミツキガメのクチバシのようになっており、ボトボトと溶岩が開いた口から垂れている。


 あのままだと斬りづらいな。


 新品の刀を痛めたくない。戦闘では久々の水魔法だ。溶岩亀の真上に、25メートルプール1杯ほどの大量の水を魔力で作り出し、巨大な水球をぶつける。


 

 ドッパァン…………!!



 ブシュウウウウゥゥ…………!!



 一気に熱された水が水蒸気へと変わる。それと共に溢れた水が回りの魔物を押し流し、亀の魔物は冷え固まった水からの溶岩で動けなくなっていた。頭だけ動きなんとか抜け出そうとする亀を、問答無用で唐竹割りにした。


 そこで魔物の集団が一瞬途絶えた。間をみて、気になっていた黒刀を目の前にかざす。


 こいつは、想像以上にとんでもない刀だ。ここまで使ってわかった。これだけの大刀でありながら、その特性で鉛筆のように軽く、手首のスナップだけで振り回せる。切返し時にもまったく抵抗を感じなかった。それに素晴らしい斬れ味だ。あのオッサンにまじで感謝だな。

 そう刀を誉めていると、黒刀のその深みのある漆黒の刀身がより濃くなったような気がした。


 ここで一瞬の小休止だ。


「後ろどうだ!? ついてこれてるか!?」


 そう問いかけると、再び道を開くために魔物を斬り刻み始める。


「大丈夫っす!兄貴」


 俺のクランの奴が答えた。


「俺らは問題ない!それよりユウ!少し左へ向かえ!」


 後ろでガランが槍を振るいながら、魔物の喧騒の中、俺に聞こえるように叫ぶ。

 

「あ!? なんでだ!?」


「このまま進めば俺らが狙われた後、後ろの町に当たる!」


 数の増えてきたレッサーデーモンの首を斬り飛ばすと、後ろを見て気付いた。


 あ、これはダメだ。ヒュドラと俺らとワーグナーが直線にあるのはまずい。


「左へ進路をずらす!後ろの奴ら、振り落とされるなよ!」


 振り返って叫ぶと、皆武器を振り上げて答えた。



 左へ20°ほど進路を変更し、さらに魔物を容赦なくすり潰しながら進み続ける。士気は高い。目の前にはズラッと魔物が並ぶが俺には関係ない。ここまではほとんど疲れていない。

 上空から見れば、俺たちが通ってきた道は魔物の血で赤く、わかりやすく彩られているだろう。


 俺たちが通り過ぎた後、魔物は後ろから追ってくるのではなく、より人間の数の多い町に引き寄せられているようだ。もちろん側面から多少攻撃は受けるが、後ろの冒険者たちは誰1人欠けることなくついてこれている。

 ちなみに魔術士であるアリスも両手に短剣2本持ちで斬り裂いた魔物を凍らせていく。やはりもう近接戦闘もBランク並みにできるレベルに達しているようだ。


 そうして魔物の海を抜けるまで、あと100メートルという位置まで来ると、灰色のオーガが2体立ち塞がった。厚い胸板に、血管が浮き出て皮膚がはち切れそうな上腕二頭筋、下顎の牙2本が目の下くらいの高さまで伸びている。筋肉の塊みたいな魔物だ。ちょっと阿修羅像みたいで格好いい。


 2体が肩に担いでいるのは片刃の、まるで石柱のように巨大な大剣だ。刃の大きさはモーガン1.5人分はある。この異質な感じ、恐らくフロアボスとしてダンジョンにいたんだろう。


「ユウ!そいつらいけるか?」


 ガランが俺と同じようなことを感じたのか心配する。


「ああ!」


 返事しながらダンッと踏み込み、一気に加速する。2体がシンメトリーな動きでまったく同じタイミングで巨大な大剣を振り下ろしてくる。下りてくる大剣に対してなぎ払うように左から黒刀を振るう。


 

 ガガキィン…………!



 2本の大剣はオーガの手を離れ、空高く舞うとどこかへ落下していった。大剣を弾き飛ばされ、振り切ったまま格好のまま唖然と固まるオーガ。それを見逃さず、足に魔力を込めて踏み出すと、消えるように加速する。


 ズヒュンッ…………!


 オーガの間をすり抜け、一瞬で背後へ通り抜ける。オーガたちはまだ俺のいた方向を見たまま、上半身と下半身を別れさせた。



◆◆



「ふう…………」


 ここまでノンストップで突き進み、ヒュドラは大分その姿を肉眼でも黙視できる距離にまで近付いてきた。まだ町までは1000メートル近くある。


【賢者】危険です! 防御を!


「ん?」


 言われるがまま、結界を5枚正面に張ると、


 バリィッ!


 なんだ…………? ヒュドラじゃない。ダンジョンの方か!?




 …………ビシャアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!




 耳をつん裂くような、空気を震わせる大音量と共に、強烈な雷が俺の結界を直撃した。




 キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………ンンンン。




 目の前が光で真っ白になり、周囲の音が消え失せた。耳では頭に響く高い音が鳴り続け、網膜にダメージがあったのか赤と黒色がチカチカと視界を埋め尽くしている。速度に威力に付随ダメージのある雷魔法は非常に使い勝手が良い分、敵にまわると相当厄介だ。


「く……そ…………!」


 空間把握だけに切り替えると、正面、雷の通り道にいた魔物たちはプスプスと煙を上げながら黒焦げになりドサドサと地に倒れた。生きているものも、白目を向いたままガクガクと口から白い煙を吐き痙攣している。

 そして後ろの皆も強烈な光と爆音に目や耳、頭を抑えうめいていた。



 まずい。 進軍が、止まった…………!


 

 魔物に囲まれた状況でこの状態は非常に危険だ。だが、幸い直撃を受けていない魔物たちも俺たちと同じように目と耳をやられたスタン状態で、じたばたともがいている。


「何事だ…………?」


「か、雷? ユウ何があったの?」


 アリスが頭をおさえ、くらくらとふらつきながら聞いてくる。


「魔法だ。誰かに狙い撃ちされた…………!」


 結界は破られることはなかったが、1枚目にヒビが入っていた。それなりの使い手。明らかにこちらを狙って攻撃してきていた。


 威力はそれほどではない。はなから妨害が目的だったのか、それとも本気で殺す気で来たのか。ただ、ダンジョンボスの仕業なんだとしたら弱い。他の魔物とは違う知能の高い奴がいる!おそらく防壁からヒュドラの後ろに感じた奴だ。


「ユウ無理矢理進め!進み続けないとまずい!」


 ガランが目を凝らしながら言った。


「ああ進もう。魔物が来る」


 皆俺に続いてふらつきながらも燻る魔物の死骸を踏み越え進む。俺はユニークスキルである『空間把握』があるため視界が悪かろうが問題ない。

 

 足止めをくらったがもう少しだ。もう少しでこの魔物の包囲網を抜ける…………!


【賢者】急いでください。もうすぐヒュドラが町を射程圏内に収めます。


 もう!? 早くないか!?


 右前を見ると、今までズシンズシンと歩いていたヒュドラが急に速度を上げ走っていた。


「おいおいおい!急げユウ!」


 後ろからモーガンの声が聞こえる。


「ユウ!先に行け!お前だけなら動けるだろ!?」


「ユウさん!俺らは大丈夫だ!」


「ヒュドラを止めてくれ!!」


 焦った皆の声がする。


「わかっ……!」


 だがその時再び、



【賢者】また来ます!



「ほんと、邪魔な…………!!!!」


 土魔法を発動する。右手の人差し指を伸ばし、右手をしゃくるように下から上に持ち上げるジェスチャーでイメージを強化。スピードを上げる。視界を遮ることは厭わず、目の前の地面が5メートル四方の立方体の形でくり貫かれ現れる。



 ボゴォ…………ン!



「耳を塞げ!!」


 言わずもがな皆目をつむり耳を塞いだ。

 



 …………ビシャアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!




「ぐっうううう!」


 土魔法で防いだため光の影響は少ない。二度は食らわない。


【賢者】牽制しておきます。


 頼む。


 賢者さんがバレットを数発、雷が飛んできた方向に向け発射した。


 当たったのかどうかわからないが、あの距離なら大したダメージじゃない。


 その間にヒュドラの方から近付いてきてくれていた。それに、位置的には左側から回り込むことができている。


「この距離なら…………速攻で潰してやる!!」


 一瞬で魔力を練り、重力魔法でヒュドラを押し潰す…………!!!!!!




 ズ……………………ズズズゥン!!!!!!




 走っていたヒュドラは腹を地面につけ、魔物を潰しながら長い擦過痕を残し止まった。そして頭も重力で地に伏す。耐えきれずにヒュドラの足の骨が膝を突き破る。そして、動きを止めた。


 ん…………?



「「「よしっ!」」」



 ガランたちが喜びの声を上げる。


「いや…………変だ!」


 すぐにヒュドラは重たそうに首を持ち上げた。そして、頭をブルンブルンと振る。さらに骨が砕けたはずの足を持ち上げ、ぎこちなく引きずりながらも再び前進を始めた。


「やはりおかしい…………。あれだけで済むはずがない!」


 確かにあまり魔力を込める時間はなかったが、骨折程度ですませるつもりは毛頭なかった。


【賢者】ダメージスイープと超速再生です。


 なに?


【賢者】この方がわかりやすいでしょう。


 賢者さんがヒュドラにバレットを放うと、ヒュドラに近付いた途端、バレットがヒュドラの周囲を球状に散らばり、背後が爆発した。


 球体の結界のようなものが?


【賢者】いえ、結界というほど完全には防げていません。威力を周囲に受け流す能力です。遠距離攻撃が対象のようですので、直接斬れば問題ありません。ですがこの場合…………


 わかってる。斬るにはまだ距離がある。それに裏を返せば、この距離でももっと威力があれば殺せるってことだ。


「あいつ何かする気だ!」


 ヒュドラの魔力がどんどん高まっていく。


【賢者】あれは…………ブレスです!


 町まではまだ距離がある。少し届かないはずだ!もうあそこから撃つ気か!?


【賢者】上昇する魔力からゴールドブレスの予測解析が終わりました!ゴールドブレスはヒュドラ全ての頭で放つ特殊なブレスです。その瞬間魔力は40000を超えると予想されます!


 よ…………よんまん!?


 それはSSランクが防げないはずだ!


 とその時、ふと視線を感じ正面右手のオークと目があった。


「…………は?」


 なんでこっちを向いている!?


 ヒュドラへの俺の攻撃が引き金になったのか、町に向かって進行していた周囲の魔物たちが一斉に俺たちの方を向いていた。


「おいおいおい!」


「ヤバいぞ!」


 途端に取り囲まれ、焦った皆が背中合わせになって構える。


 普通じゃないプレッシャーを感じる。正面を見ればレッサーデーモンがよだれを乾いた地面にたらしてシミをつくりながら笑っている。いつの間にやらレッサーデーモンがわらわらと増えてきていた。加えて大型の魔物の間に見落としそうに小柄なゴブリンも多数混ざっており、他にも犬型のベルガルにオーク、トロールも見える。

 それぞれが俺たちを餌としか見ていない。水道の蛇口をひねったかのようにドバドバとヨダレを垂らし、餓死寸前のところに見つけた肉の塊を見るような、そんな視線を向けてくる。



「ゲッゲッゲッ!」


「ブガガガガガ…………!」


「ギャギャッ」



 ギラギラとした目を向けられ、ジリジリと距離を詰めてくる。余程腹を空かしているらしい。俺らはともかく、他の冒険者たちがこの魔物の視線に耐えられるか心配だ。


「ひっ!」


 と思えば、案の定魔物に距離を詰められ、腰が退けた皆がジリジリと後退している。


「まずい……おいユウ!なにか手はないのか!?」


 ガランが焦る。


 とにかく今、最優先なのは町を攻撃しようとしているヒュドラだ。奴を一撃で殺せる威力の魔法を準備し、ヒュドラを殺害後にここを抜け出すしかない。


「40…………いや、30秒でいい!時間を稼いでくれ!それだけあればなんとかする!!」


「わかった!」


 ガランが魔物を苦い顔で睨み付けながら皆へ言う。


「よし!聞いてたなお前ら!ユウを真ん中に円形になれ!魔物どもを食い止めろ!」



「「「了解!!!!」」」



 ザッと一瞬で俺を取り囲む陣形が完成する。


「小僧!30秒でも30分でもまかせておけ!」


 俺を振り向いて強気で奮い立たせるように言う。


「助かるモーガン!」


「うおおおおおおおおおおお!!!!」


 モーガンが大剣を握りしめ、その厳つい顔で魔物に向かって吠えた。皆がそれにならい、武器を鳴らし、声を張り上げ魔物を威嚇する。


「ここは死地じゃない!俺たちはアイツを殺し!町に帰る!」


 ガランが叫ぶ。 


 賢者さんも頼む!あいつを殺せるだけの魔力を用意するから手伝ってくれ!できるだけ早く!


【賢者】承知しております。


 Sランクの竜を一撃で、しかもダメージスイープと超速再生を持った相手だ。さっきのバレットの減衰具合から見て…………。


【賢者】スキルがなかった場合の少なくとも5倍の威力が必要です。


 5倍…………となればもうフルパワーでいこう。これでダメなら、後はもう直接斬るしか手はない。


 誰の合図もなしに、レッサーデーモンが俺ら目掛けて前足を1歩、踏み出した。それを合図に俺たちを取り囲む魔物の輪が急速に縮まっていく。



「迎え撃てえええ!!!!」



 ガランが槍を構え、腹から叫んだ。



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおあああああ!!!!!!」」」」



 冒険者たちと魔物たちが正面からぶつかった。



 ドガガガガガガガガァン…………!!!!!!



 オークに体重差から吹き飛ばされる冒険者をレアが風で器用にキャッチしながら、風の剣で魔物の首を飛ばしまくる。フリーも他の冒険者たちを援護しながら、生身の魔物も硬い甲羅を持つ魔物も関係なく斬り捨てる。ガランやモーガンも一歩も退かずに槍を剣を振るい続ける。


 だが正直、精鋭の冒険者たちでもこの数の魔物と正面から打ち合えばキツい。それにレアたち3人には、まだいる敵に備えて魔力と体力を温存してもらっているため、これ以上消耗させたくない。だからとにかく、早くこの場を抜け出さないと皆が危険だ。


 だから今は魔法に集中する!


 魔物に囲まれていようと、仲間が何人喰われたとしても…………!


 1人、うちのクランから来てくれた冒険者がオークのこん棒に倒れた。そばにいたモーガンがオークへ大剣を突き立て殺すと、倒れた冒険者を後ろへと下げる。さらにもう1人と倒れる冒険者が増えていく。


「はぁ、はぁ……円を広げるな!下がって戦え!」


 ガランの声に皆一歩下がり、負傷者は内側でポーションを飲んでいる。モーガンとガランは大したものだ。フリーとレアに引けをとらない立ち振舞いを見せる。これが経験の差か。だが、次々と怪我人が出始めた。


「ユウ!!まだか!?」


 ガランが必死に3体のレッサーデーモンの攻撃を同時にさばいている。


「もう少し!」


 焦る気持ちをこらえ、奴を殺すための魔力を用意する。賢者さんの計算処理能力をフルに回した重力属性の魔力によって空間がゆらゆらと歪み、周囲が暗くなり始める。


「なっ、何事だ!」


「急に夜になった…………」


 戦っている最中の冒険者たちと魔物もそれに気がつき、キョロキョロと周りを見回している。


「よしいける!」


 そしてヒュドラに狙いをつけようとすると、ヒュドラも全ての頭が口内を溢れんばかりの魔力でランランと輝かせていた。


 ワーグナーが危ない…………!


 そう思ったが、実際は違った。


 ヒュドラのその銃口は何故か、こちらを向いていた。



「い゛っ…………!?」



 嘘だろ…………! 



 ヤバい、ヤバいヤバいヤバい!!!!!!



【賢者】ユウ様、早く!


 わかってる!



「……………………撃つ!!!!」



 魔法をヒュドラに向けて放ったその時、




 …………ビシャアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!




 魔法とほぼ同時、雷が俺の身体を貫いた。


「がっ……………………か、か…………!」

 

 全身の表面に走る痛みと痺れ。


「「「ユウ!?」」」


 しかし、魔法は遅れることなく発動できた。問題は狙いがズレたことだ。




 ズ…………………………………………ズズズズゥン!!!!!!




 ヒュドラがゴールドブレスを放つのと、俺が過去最大の重力魔法を放つのは、俺の方が0コンマ数秒早かった。



 ドッッッッ………………………………!!!!!!



 ヒュドラは身体の左半分を俺の魔法で消失したが、それでは止まらず残された6本の頭がゴールドブレスを放っていた。


 失敗した。阻止できなかった…………。




 目の前は金色の光で埋め尽くされていた。

 



 死ん…………




「はっ!?」




 ガガガガガガガガガガガガッ…………!!!!!!




 目の前でブレスが右に大きくカーブを描いて方向を変えた。


 地面を削りながら俺たちの右側の魔物を消滅させていく。俺たちを取り囲んでいた魔物たちが慌てて逃げ出すも、一瞬で灰となる。ゴールドブレスはブレスというには余りに直線的でまるで、いつかの火竜のレーザーのようだった。違うのはあれよりも遥かに強力であるということ。


 しかしどういうことだ!?


 ヒュドラを見ると、ブレスを放っている残った6本の首にとんでもなく力が入っているようにピクピクと激しく痙攣している。まるで、必死にブレスをコントロールしようとしているようにも見える。


【賢者】あの技は、ヒュドラの全ての頭のブレスが中央で合流し、絶妙なバランスをとることで成り立っていました。ですが今多くの頭を失った状態であるため完全にバランスを失い、制御できていません。


 ということは助かった…………のか?


【賢者】いえ、むしろ危険です。あのブレスがどうくるか分かりません。


 そうか。


「ユウ!?」


「ユウ、怪我は!?」


「大丈夫だ」


 今度、雷は高い位置から撃たれたのか、俺だけを直撃していた。フリーやガランたちが心配してくれるが、雷を受け少し赤くなった皮膚も治り始めている。


「お前、魔物が黒焦げになってるんだぞ? いや、それより今どういう状況だ!?」


 ガランが感情を抑え、状況を把握するために問う。


「すまん…………失敗した。だがヒュドラもブレスの制御を失ってる」


「なんだと!?」



 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!



 先ほど通り過ぎたヒュドラのブレスが戻って来ると、すぐ左隣を通過した。爆音に鼓膜がバリバリと音を立てる。削られた地面は、砂ぼこりすら起こらずただ消失し、まるで掘削機が通過したかのように深さ30メートルはある溝を刻んでいく。ヒュドラのブレスは太さが20メートルはある。直撃のコースが来たら避けることは不可能だ。



「皆伏せろお!!!!」



「「「死ぬっ!」」」



 近くを通るブレスに皆地面に飛び込むように伏せる。ヒュドラのブレスは持ち手を失った放水中の消防ホースのようにビタンビタンと縦横無尽に跳ね回っていた。天高く上がったかと思えば、振り下ろされ真横まで迫る。地面が揺れ、轟音に耳が聞こえなくなった。


 皆は悲鳴を上げながら必死で頭を下げ、直撃しないことを祈ることしかできない。当たれば全滅は必至。

 さらにヒュドラは暴走しながらも、重力魔法で消失した身体の左半分のピンク色の肉がメキメキと盛り上がり、再生しようとしていた。


「おいおい、あの傷でも治るのかよ!」


 内臓も相当失ってたはずなんだが…………。


「Sランクともなるともはや常識外ね」


 アリスがヒュドラを見つめながら呟く。


「なんと非常識な奴だねぇ」


 フリーが苦笑いをした。


 どうせまた重力魔法を撃とうと動きを止めれば雷野郎の良い的だ。今すぐに雷野郎だけでも殺しに行きたいが、身体は1つしかない。それにまた時間をかければあのブレスがこちらを襲うとも限らない。残されたのは1つ。もう斬るしかない。


「ちょっと、お前ら」


 皆が再びこちらに近付いてこないか心配そうにブレスを見つめるなか、3人を呼び集める。俺たちは身を屈めたまま顔を突き合わせ話をする。


「アリス、レア。魔法を使ってもいい。ブレスの余波と魔物からガラン達を守れ」


「使ってもいいの?」


「こんな状況だ。仕方ない」


「わかったわ。ユウとフリーは?」 


「俺たちは竜退治だ。アレを斬ってくる。フリーいけるか?」


「問題ないよ。ヒュドラの首を斬れば剣士として箔が付くからねぇ」


 フリーは刀の柄を指でトントンと叩きながら飄々と答えた。


 BランクのフリーがSランクと戦うのは正直早い。だが、ヒュドラは近接戦に弱く、見たところ防御力が低い。おそらく今のフリーの技術と瞬間的な攻撃力なら、あの鱗をも斬れるはずだ。


「アリスとレアの魔法は防御ができるからここでガランたちを守ってくれ」


「ユウそれはだめ!」


「ちょっ…………!あたしらも行くわよ!」


 アリスとレアが2人並んで顔を近づけ、怒りながら詰め寄ってくる。


「いや2人がいないとここはもたない。頼む。言い争ってる暇はない」


「う………………わかった」


 2人は少し寂しそうな表情をすると、引き下がって魔法の準備を始める。そして、俺たちのやり取りを聞いてガランが申し訳なさそうに顔をしかめた。


「……すまんな。かえって足を引っ張ったようだ」


「いや、失敗したのは俺だ。ガランは悪くない」


 この間にもヒュドラはブレスを撒き散らし、暴れまわる。幸い、防壁までは届いていないようだ。だが、いつ被害がでるかもわからない。


「やってくれ」


 俺とフリーは後ろに下がり、皆から離れる。


「ユウ、フリー、気を付けて…………!」


 アリスとレアは眉を潜めて心配そうにしながら魔法を発動する。


 バキバキバキバキバキバキ…………!


 俺とフリーを残し、ガラン達の周囲を囲むようにトゲだらけの氷山のような壁が地面から生え、アリスたちが氷に守られる。そして、周りから風が集まりだすと、氷の壁の外側に竜巻のような風が渦巻いた。近付こうとしたレッサーデーモンが、レアの風に高く飛ばされていく。

 部外者を阻むツララの生えた氷山に、それを内包する竜巻の二重防御。さっきの雷だって何度かは耐えられそうだ。


 隣を見るとフリーの目は今なおブレスを放ち続けるヒュドラを強くとらえていた。ヒュドラまではおよそ300メートルほど、俺とフリーは地面を強く蹴りつけ走り出す。


「いくぞ」


「うん」


 ヒュドラが作り出した地面の巨大な溝を何度も飛び越え、途中身体をブレスで失いパニック状態に陥っている魔物たちを斬りまくりながらヒュドラへと特攻する。

 そうして俺たちが進んでいく間にもヒュドラの身体は再生され続けている。身体はほとんどが元に戻り、次に失われた頭が生えようとしている。頭まで再生してゴールドブレスを撃たれたら今度こそ終わりだ。


 その時、


【賢者】アリス様たちが危険です!


 振り返れば、アリスの氷に向かってヒュドラのブレスが左からぶつかろうとしていた。残りは100メートル。



 ヤベぇっ…………!!!!!!



「先に行け!」


「了解!」


 急ブレーキをかけ、石と砂の地面に長い靴後を残しながら急停止する。


 ヒュドラはまだ遠い!ここからなんてどうすりゃいい!?どうすればアリスたちを救える?どうすれば…………!!!!


【賢者】ユウ様!ヒュドラの足元を土魔法で崩してください!私は雷魔法を警戒します!


 なるほど!


 地面に手を触れ、ヒュドラの足元まで魔力を通し土魔法を発動する。そしてヒュドラの前足の部分の地面の地下部分を土魔法でスカスカでボロボロの岩石に作り変える。

 

「は、早く…………!」



 ボゴォン…………!



 ヒュドラの足元が崩れ落ち、両方の前足は地面に埋まった。と同時に射線は頭がガクンと下がったことで下を向いた。

 左からアリスたちに直撃しそうだったブレスは、アリス達の直前に手前の地面を吹き飛ばして通り過ぎた。


 あの至近距離だ。かなり衝撃は来たかもしれないが、あの2人の防御があれば大丈夫だろう。



「はぁ、はぁ…………!」

 


 焦りと緊張で肩で息をしながら顔を上げると、先行したフリーがヒュドラに迫っていた。


「なんて、大きさだ」


 ここまで近付けばデカさがより実感できる。見上げる程の頭の位置。太陽が逆光でビルのような影が射す。身長は実際首を伸ばせば体高40メートルを越える。それを支える身体もとんでもなく大きく、体重は1万トン近くありそうだ。


 フリーの姿はヒュドラと比較すれば、豆粒のように小さい。背中の位置だけで高さ25メートル近くある。ヒュドラの首は俺らの身長よりも遥かに太い。顔はそれぞれが火竜のようにいかつく、凶悪な竜の顔をしている。鋭く尖った牙を持つアゴの大きさは俺とフリーを2人まとめて余裕で丸飲みできるほど。頭頂部からは体表と同じ灰紫色の角が生え、それが首の背部分を連なり体へと続いている。多数の頭を支えるための身体はがっしりと、そして脚も大木のように力強く太い。


 こんなサイズの生き物、怪獣映画でしか見たことがない。ダンジョンから出てきたであろうヒュドラが歩いて来た道は等間隔に巨大な足跡が残っていた。そんな巨大な大怪獣に恐れず、速度を落とさずに突っ込み斬りかかろうとするフリー。


 あれに臆さすに突っ込めるあいつの度胸、時々すげぇと思う。


 感心しながら俺もヒュドラへ向かって走る。近付くにつれ、俺の位置からヒュドラが口から吐き出すゴールドブレスの音が大きくなってくる。それはもはやブレスと言っていいのか、コォォォォーーーー!!という高音だった。


「俺ら、よく攻撃されないな」


 ヒュドラからすれば人間はかなり矮小な存在だ。だとしても、探知を持っているからフリーに気付いてはいるはず。とるに足らないと無視しているのか。はたまたブレスを制御するのに夢中なのか。敵にここまで肉薄されても、俺らのことは眼中にないようだ。


 フリーはヒュドラの前足の膝までジャンプすると流れるように体表の鱗を蹴り、ヒュドラの背中まで駆け上がる。そして、新しく生えてきたばかりのまだ細いヒュドラの首元を狙って刀を振った。



 ズパンッ!!!!



 フリーの斬撃が再生したばかりの首に決まる。空気中に響き渡る音と共に、ヒュドラの巨大な首が空を舞った。

 


「「「「「「ギャオオオオオオオオオゥ……!!!!!!」」」」」」



 ヒュドラの残された6本の首が悲鳴を上げると同時に、切れかけのガスコンロのようにバスン!バスン!と短めの炎と火花を散らしながら、ようやくゴールドブレスが止まった。


 これでひと安心だ。


 ほっとして胸を撫で下ろしていると、首を斬ったフリーを敵と見なしたのか、予想以上に機敏な動きでズシンズシンと地面を揺らしながらこちらを向いた。そして、6本の頭の口内が光輝き、まだ地面に着地する前、空中にいるフリーを狙う。



「ははっ!やばぁ…………!」



 襲い来る6本の光を見ながらフリーがヘラヘラと鼻で笑った。



「おいっ!諦めんな…………!!!!」



 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ォン!!!!



「ん…………あれ? 生きてる?」


 フリーは地面に倒れた体勢から身体を起こした。


 間に合った!フリーの前になんとか結界を差し込むことができた……!


「ばか!諦めんなっつったろ!」


 思わず怒鳴ってしまった。キョトンとするフリー。


「今のはゴールドブレスじゃない。それぞれの頭が勝手に放ったショボいブレスだ。それくらいなら防げる」


「…………はは。ユウ、それでもショボくはないと思うよ?」


 フリーは俺が防いだ範囲の外、燃え盛り、瓦礫が降り、凍った周囲を見ながら言った。

 どうやらヒュドラは頭によって属性が異なるようだ。それら1つ1つなら魔力はそれほどではないため結界でなんとかなる。


 そうしていると、持ち上げられたヒュドラの前足が足の裏に着いた土をボロボロと落としながら俺らの頭の上へと下ろされてきた。


「避けろ!」


「あい」


 

 ズンッ…………!



 2人で後ろに跳ねてかわす。


 賢者さん、こいつどうやったら殺せる?


【賢者】再生能力が高いと言っても、生き物です。頭を全て失えば生きてはおれません。


 てことは、1本も残さず刈り取ればいいってことだな。


「よし!首を全て飛ばすぞ!」


「りょーかい!」


【賢者】ユウ様!まずはあの一番後に控えている1本角が生えている首から斬ってください。あれが回復魔法を使います。そうすれば再生速度も落ちるはずです!


 わかった!


「奥の首から狙う!」


「なら僕が後ろへ行くよ」


「おう」


 ヒュドラの攻撃はワンパターンだ。足で踏み潰すか、尻尾でなぎ払うか、噛みつき、ブレス。それだけだ。フリーならヒュドラの速度もなんとか避けられる。


 フリーがヒュドラの腹の下をくぐって背後へと向かう。先程首を斬られた記憶が新しいのか、全ての頭がぐるりと向いてフリーを追う。


「おら、こっちだ!」


 黒刀で右前足を軽く斬りつけ、注意を引く。そのつもりだったが


 ズン…………!


 手には予想外の手応え。



「「「「「「ギャオオオオオ…………!!!!」」」」」」



 ヒュドラの6頭の悲鳴がこだまする。


「あれ?」


 ヒュドラの右前足が地面を離れ、身体の内側のあり得ない方向に曲がっていた。この太さ6メートル以上ある足が、だ。


「あ、こいつかぁ」


 右手の黒刀を見つめる。


 元々意識をこちらに向けさせるためだったが、ヒュドラの鱗は予想以上に硬く、魔力を込めていない斬撃では刃が少ししか入らなかった。ただ、この刀の超重量を忘れていた。運動エネルギーの大きさが速度と重量で決まるのなら、この黒刀の運動エネルギーは想像を絶する。先程の衝撃でもヒュドラの足を折るには十分だったようだ。


「エグいなこいつ…………」


 日の光を刀身の表面で反射して、どうだとばかりに光る黒刀。



 ズズゥン…………!



 前足を折られたヒュドラは体勢を崩し、ズズンと腹を地面につけた。狙いどおりタゲとりは完璧だ。ヒュドラの頭は今度は全てがこちらを向いた。


 こいつらには手分けするっていう頭はないんだろう。


 その隙にフリーは、倒れたヒュドラの身体を尻尾の方から駆け上がっていく。全く気づいていない。うまくいきそうだ。そう思っていると


「うおう!」


 ヒュドラの頭が一斉に俺に向かって噛みつきに来た。大型トラックのようなサイズの頭が、右前から大口を開けて突っ込んで来る。ジャンプして避けると、そいつはそのまま地面に突撃した。だが、俺が着地する前によだれを口から盛大に垂らした別の口が迫ってきた。


 まぁ予知眼を持ってる俺がこれぐらい当たるわけがないんだが。


 今度は魔力を黒刀に纏わせて迎え撃つ!



 スパンッ…………!



 上下のアゴの付け根に入った黒刀はそのまま上顎を頭頂部ごと斬り飛ばした!下顎のみになったこの首は力を失い倒れていく。そこに俺を狙って別の頭が噛みついてきたが、倒れていく首を蹴りそれをかわす。俺が避けたことで、上顎を失った方の自分の首に噛みついていた。


 まぬけだな。と思いはするが余裕はなく、どんどん次の首が迫ってきている。


 フリーの方に空間把握を向けると、揺れるヒュドラの背中の上で目をつむっている。鞘に納めた刀に手を添え、重心を落として半身に構え集中していた。


 さっきフリーが斬り飛ばした首は生えてきたばかりで、鱗もまだ満足になかった。しかし今度は訳が違う。フリーでも斬れるか自信がないんだろう。だから、こんな状況でも抜刀術にかけた。



「せっ!」



 スヒュン…………!



 フリーの刀がヒュドラの鱗を斬り、肉を斬り、そして骨を斬った。


 根本が身体から離れ、地面に倒れていく巨大な長い首。まだ意識があるのか、頭は口をしきりにバクンバクンと動かしていたが、目の光が消え、すぐに動かなくなった。


 回復能力のある頭が死んだことで一気に再生速度が落ちた。折れた足もまだ治りきってはいない。となれば、後は残る4本の首を刈っていくだけ。



「後は………作業だな」



 黒刀を肩に担ぎながらニヤッと笑うと、ヒュドラは後退りした。

 


読んでいただき、有難うございました。


まだ続きます。ワーグナー編。

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