第57話 侵略戦争
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第57話になります。宜しくお願いします。
ワイバーンの襲撃を受け、配置を変更すべくワンダーランドの全員を呼び集めた。周囲は魔法の炸裂する爆音に魔物の雄叫び、仲間の名前を叫ぶ声に防壁の上を駆ける足音等が飛び交う。4人とも顔を近く突き合わせて相談する。
「なぁ、俺ら固まるんじゃなく散らばっておいた方が対応しやすいよな?」
始めはパーティでいるべきだと思っていたが、俺ら4人がバラバラに配置されてる方が全体的に守りやすい。
「それはあたしも思ったわ」
「そうだねぇ。その方が良いと思う。じゃあ僕はヒラリーさんの方へ」
そう言い、颯爽と歩き出すフリー。
ヒラリーのクランと言えば、女の子が大多数を占める。フリーをそこに行かせるのは…………ヒュドラよりも危険だ。
がっ!と着流しの襟元を掴んだ。フリーが首がつっかえて声を漏らす。
「うっ!」
こいつは……ホントいつでもマイペースだな。
「ダメだ。フリーはガランのクランの境界へ。レアは反対にヒラリーさんのクランの境界へ。俺とアリスはその間に等間隔に位置どる。左からフリー、俺、アリス、レアの順だ」
「えーーーー!そりゃないよねぇ? 僕はねぇ、ヒラリーさんのクランにいる方が力が出るんだよ。あんなむさいおっさんのクランなんて、もう勘弁してほしいよ!」
相当ヒラリーさんのクランの近くへ行きたかったのか、珍しく本気の抗議をしてる。
「うっさいフリー。ほらさっさと行く!」
「へーい……」
とぼとぼと肩を落としたフリーはむさいおっさんたちの待つ方へ歩いて行った。
ちらりと右手を見ると、3体のワイバーンが壁を足で鷲掴みにして陣取っている。翼を振り回しヒラリーのクランの冒険者を殴り飛ばしていた。かなり苦戦している。
3体同時は厳しいな。
ヒラリーのパーティはすでにワイバーンを2体相手どっており、残る1体を周りのパーティで相手しているようだが戦況は良くない。
「レア!早く行ってやれ!」
「了解だよー!」
ゴウッ…………!!
レアは風を纏うと、ワイバーンの元へ駆け出した!レアが通りすぎると近くにいた冒険者が体勢を崩すほどの豪風が吹き荒れる。
反対のガランのクランを見ると、ワイバーンの襲撃はあったようだが、3体とも地に伏していた。
さすがだ。あのクランは強い。
その間、レアが2秒ほどでヒラリーたちのいるワイバーンの元へ到着した。冒険者たちは突然風とともに現れたレアに驚いている。
ワイバーンは突然現れたレアが要注意人物だとわかったのだろう。防壁の上、真っ直ぐに剣を構えたレアと1対1で睨み合う。その距離5メートルほど。
「ゴガガガガガ!」
ワイバーンが防壁の上に寝そべるように前のめりになり、レアに向けて首を伸ばすと大きく口を開け威嚇した。口から唾液が飛び、生臭い息がレアを撫でる。
「うう……臭いよぉ」
獣人で嗅覚に敏感なレアは鼻を摘まむ。ワイバーンとレアの間にいた冒険者たちはその間に慌てて後ろへと逃げていた。
そしてワイバーンはすぐに胸を膨らませ上体を反らす。
「ブレスだ!避けろ!!」
冒険者たちが叫び、すみで体を小さくして盾を構えるが、壁の上は狭くブレスをかわすスペースは少ししかない。あそこでブレスを放たれたらレアはともかく冒険者たちに被害が出る。
でもレアならなんとかするだろう。
その通りレアは一歩前に出るとブレスが直撃する瞬間、右手でブレスを払うように下から上へと振った。
「よっ!」
レアは風を使ってワイバーンのブレスを上方向へとねじ曲げた。空高くまで高温の炎が吹き上がる。
「なっ!」
冒険者たちが驚き、ワイバーンは驚いたように首を後ろへと引いた。そんな隙を見逃すレアではない。レアはワイバーンの首元に走り込むと下から剣を振るう。
ズパンッ…………!
レアの風魔法がワイバーンの体内で炸裂し、サイコロステーキのようなバラバラの肉片になり、それが山と積み重なった。
「よし!」
ヒラリーもちょうど2体とも始末し、こちらに駆けつけていた。
「すまない!助かった!」
レアはいいよーとニコニコしながら言って持ち場へと戻ってくる。
うん、いい感じだ。Bランクの魔物が出てもうちのメンバーが近くにいれば十分に対処できる。
下を見れば、魔物たちの声がうるさく飛び交っている。未だにこの防壁を越えてきた魔物は飛行系魔物以外にはいない。
堀の向こう側はすでに魔物がひしめき合っており、頻繁に飛び掛かって防壁を登ろうとしてくるが、滑り落ち下の剣山の餌食となっている。そこにこちらから矢や魔法を放ち、ひたすら数を削っていく。人間や思考力の高い魔物が相手ならまだしも、氾濫となればただ魔物の集団が突っ込んでくるだけ、用意さえあれば迎え撃てる。
「ぐあっ!」
時折、魔物から飛んでくる毒槍や、ブレス攻撃、魔法などが冒険者たちを襲っていく。怪我を負った冒険者は、防壁後方の救護テントへ担ぎ込まれ治療を受けているようだ。戦闘が始まってからしばらく経過するが、そこまでまだ被害は出ていないようにも思える。
ただ、気になるのは先程のデミワイバーンの一斉ブレス攻撃。群れで行動するからあそこまで統率がとれていたのだろうか。
気になった全体の戦況を知るため、一度ジャンの元へと行ってみる。
「ジャン!戦況はどうだ?」
塔の上に上ると、ジャンとギルド職員が慌ただしく戦場に目を光らせていた。さっきはなかった投げ槍が20本ほど用意されている。飛行系魔物にジャンが投げるんだろうか。
「ユウかい? さっきワイバーンに何人かやられたけど、まだ悪くないよ!ただこのままだと向こうの数もなかなか減らない!」
なるほど。防御力はあるが、決め手に欠けるか…………あんまり時間をかけるのは良くないな。こちらの方が数は少ない。
「ん?」
大小様々な岩で形作られた人型の魔物がゆっくりと歩いて来ているのが見える。身長は7メートルほど、あれはゴーレムか。
「ジャン、あれはなんだ!?」
ジャンの隣へ行き魔物を指差すと、気が付いた。ジャンが塔から身を乗り出して確認する。
「この辺りじゃ珍しい。あれはロックゴーレムだね。Cランクの魔物だよ」
「あのでかさでCランクなのか?」
周囲の魔物よりも倍以上の大きさだ。
「体は大きいけど動きはかなりゆっくりだからね。離れたところから魔法を撃てば全然脅威じゃないんだよ」
ジャンは焦る様子もなく淡々と職員に合図を送っている。
「確かに。頭悪そうだし良い的だな」
無機質にただ魔物をかき分け、真っ直ぐに進んできている。ゴーレムはまるで魔法版のロボだな。
「奴らが堀のところで止まったら、ここから魔術士たちで一斉攻撃するよ。魔力の無駄遣いはできないからね」
「なるほど。了解」
さすが。対応に慣れてるな。
◆◆
俺が持ち場に戻ってしばらくすると、10体いたロックゴーレムは中央に集まり始めていた。ジャンも魔術士を塔の上へ集め、ロックゴーレムへ向け魔法の準備を始めている。
こっち側から見ていると、ゴーレムが来るのはちょうどガランのクランの真下あたりのようだ。
「そろそろか…………ん?」
堀の手前で止まると予想していたゴーレムだが、先頭は意外なことに速度を落とさない。
【賢者】ユウ様!あのゴーレムを早く破壊してください。
へ?
ゴーレムに目を向けるとちょうどだった。
「は?」
ゴーレムはそのまま堀の下へズシンと落ちた。
「……まさか!?」
おいおいおいおい!これ、氾濫なんじゃねぇのかよ!
「ジャン!早くあのゴーレムを始末しろ!」
俺は塔の上へと呼び掛ける。
「ユウ?堀に落ちてるんだから大丈夫じゃないかい?」
首をかしげるジャン。
「馬鹿!堀が埋められるぞ!」
「…………はっ! 早く準備を! 出来た者から放て!」
相手の作戦に気付き、慌てて魔術士たちに合図するも、次々と自ら堀へとダイブするゴーレムたち。
間に合わん!
こっちからもバレットを撃つが、もう最後の1体だった。気付くのが遅かった。とっくに中央の堀は岩で埋め尽くされ、その上に折り重なるようにゴーレムの体が防壁の上へと続く坂道を作っていた。
「や、られた…………!」
「魔物が来るぞー!!!!」
一気に慌ただしくなるガランの持ち場。ゴーレムの真上には冒険者が集まり、魔物に備えようとしている。
【賢者】決まりです。何者かが氾濫を利用して意図的にこの町を手にいれようとしています。
賢者さんもそう思うか。
【賢者】はい、これはもはや氾濫ではありません。『侵略戦争』です。
侵略戦争…………。
なぜここが狙われてる?氾濫とはどんな関係があるんだ?
【賢者】申し訳ありません。まだ情報が不足しております。
ああ。とにかく、向こうに作戦をねる頭があるってことは、こちらの手を潰して町まで攻め込むことを考えてくるはず…………厄介だ。
まず今はこれをなんとかしよう。
魔物たちが我先にとゴーレムの体を上り、壁を越えようとしてくる。完全には届いていないが、ゴーレムの瓦礫の山から壁の上までは残り3メートルほど。魔物によればそれくらいジャンプして乗り越えて…………
そう思ったそばからデミリザードが壁をかけ上がり、ついにガランの前へと姿を見せた。
「デミリザードだーーーー!!」
誰かが叫ぶ。だが…………
「ふん!」
グシャッ!!!!!!
ガランの防壁がズンッと振動するほどの重い踏み込みの槍が、防壁の下から頭を出したデミリザードの頭蓋を一瞬で貫通し、地へ落とした。
「ここが簡単に越えられると思ったら大間違いだ!」
ガランは槍を防壁に突き立て、そうよく通る声でそう叫んだ。
「「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」」
「ガランさん!」
「やっぱり頼りになる!」
ガランの活躍に士気が上がる中、今度は別の地響きが鳴り始めた。
ズシン…………。
ズシン…………。
向こうから悠々と歩いてくるは、先ほどのゴーレムとは比べ物にならないほど巨大だ。大小様々な大きさの岩でできた人型でずんぐりむっくりした体型だが、腕が地面をするほど長い。腕の先には自分の頭よりも大きな手がついている。
「ロックタイタンだああああああ!!!!」
その巨人の大きさに誰しもが危機感を覚えた。なぜならあいつはこの防壁よりも背が高い。
次から次へと…………!
賢者さん、あいつは?
【賢者】ロックタイタン。Aランク下位に属する魔物です。先ほどのゴーレムと動きは同じですが、あの20メートルを超す体躯から繰り出される大質量の攻撃は厄介です。
とその時、こちら側から何かが物凄い勢いで一直線に飛んだ。それは空気を裂き、そのままロックタイタンの肩へ吸い込まれるように直撃する。
ボゴォン……!!
被弾したロックタイタンは左肩を殴られたかのように衝撃で後ろへと反らした。そのまま倒れないようにゆっくりと左足を一歩後ろへ引いた。肩の岩は3分の1ほど大きく削り取られえぐれている。
「今のは…………ジャンか!」
振り返ると、ジャンが塔の上からロックタイタンへ向け第2射を放とうと槍を構えていた。そして投げる。
ドシュンッ…………!
ジャンの竜ですら蹴り飛ばせるほどの筋力で放たれた槍は、続いて肩の同じ箇所に着弾し肩を大きく砕いた。崩れ落ちる肩の大岩に、左腕がその重みを支えきれず体を離れズシンと落ちた。
「「「うおおおおおお!!!!」」」
歓声を上げる冒険者たち。しかし、ロックタイタンは落ちた自分の腕を残された右腕で掴むと、失われた肩に押し付けた。
「おいおい、まさか」
手を離した時、元通りにくっついた腕があった。
冒険者たちが落胆の声を上げる前に、連続で頭部に直撃する槍。
ガガガァン…………!!!!
【賢者】ロックタイタンには核となる岩が頭部もしくは胸部に存在します。それ以外は周囲の岩石から何度でも体の再生が可能です。
なるほどな。それはジャンもわかってるだろう。
さらに立て続けに3発の直撃を許したロックタイタンは頭を吹き飛ばされ、ついにその巨体を仰向けに横たえる。
「どうだ?」
しかし、ゆっくりと上半身が起き上がるとそこに頭は再び出来上がっていた。
ジャンは残る弱点候補として胸を狙って槍を投げるも今度はしっかりと胸の前に腕を置いてガードしてくる。これは埒が明かない。
そのまま進撃を再開したロックタイタンに、レアたちが危険を察知し集まってきた。
「どうしよう?このままだとまた……!」
「そうだな。さっきのことを考えると、近付かれる前に潰すのが懸命だろう。ジャンから指示はないが俺らも出た方が良い」
ジャンの攻撃の轟音が続く中、皆が頷いた。
「ユウ!」
「ん?どうした?」
「あれ…………」
アリスが指差す先に目を向けると、ジャンの攻撃を受けボロボロになっているロックタイタンは残り200メートルほどの位置で立ち止まっていた。
「ん?」
「あいつ、何してるの?」
ロックタイタンは地面にその腕を突っ込むと、何かを掴んだようでそのまま持ち上げていく。地面に地割れを引き起こし、大量の土砂を落としながらも全長20メートルほどの岩の固まりを掘り上げた。そしてそれを砲丸投げのように右肩に担ぐ。
げ…………あれは良くない。
「良くないぞ! 投げる気だ!!!!」
「皆、伏せろ!」
ブルートが叫んだ。頭を抱えてうずくまる冒険者たち。
その時肩を叩かれ、振り向くとフリーがいた。
「斬ってこようか?」
タイタンが岩を放り投げた。縦に回転しながら、ゆーっくりと放物線を描いて飛んでくる巨岩。
「任せた」
フリーは頷くと、身体強化してギュンッと一気に速度を上げる。強化の強弱を制御してまるで縫うようにノンストップで冒険者たちの隙間をすり抜け、岩の衝突地点、ガランのクランへと低い体勢でズザッと滑り込む。
そして、そのまま刀を抜き左下に刀を構えた。そして、新調した刀へと魔力を隅々まで行き渡らせる。純度100%、柄までがミスリルで出来ている刀だからこそできる芸当だ。
そして、真横に振り抜いた!!!!!!
「……………………しっ!!」
バカンッ………………………………!!!!!!
コマ送りにされたかのよう。突然真っ二つにきれいな平坦な切り口で斬り分けられる巨岩。
「よしっ!」
見ていた誰もがぐっと拳を握りしめる。しかし
「あ…………」
フリーがそう言ったのは、斬り分けられた岩の上側が勢いをそのままに冒険者たちの真上に落下しようとしたからだ。
「「「あの馬鹿ーーーーーーーーー!!!!!!」」」
思わずレアたちと3人揃って叫んでしまった。だが、いらぬ心配だった。
「どいてーーーー! よっとぉ!!!!」
ドコン!!
「ジャン!」
ちょうど後ろの塔から様子を見ていたジャンが、塔から飛び降りながら冒険者たちに落下しようとしていた巨岩を防壁の真下へ殴り飛ばした。あのユニークスキルだろう。ジャンがいればここも安心だ。
飛んでいく岩の片割れは密集した魔物たちに衝突し押し潰す、多大な被害を与えた。
「「「ギルド長!!!」」」
いつもは、ジャンと親しみのある名前で呼ぶ冒険者たちも、この時ばかりは畏怖を込めて『ギルド長』と呼んだ。
「ユウ!」
防壁へと着地したジャンがこっちを見て俺の名を叫び、ロックタイタンへと視線を送った。ジャンとあの魔物は相性が悪い。
「任せとけ!」
魔力を練る。岩の塊が相手だと、あんまり氷や雷だと効果は少なそうだ。
【賢者】ユウ様、火属性魔法の進化に成功しております。進化した炎熱魔法であれば効果は十分だと思われます。
賢者さん。またいつの間に…………。わかった。炎熱魔法の力見せてもらおうか。
イメージするは青白く燃え盛る巨大な1本の槍。
俺の真上にロックタイタンを超すほどの巨大な蒼い炎が燃え盛る。それらは1つの塊となるとさらにゴウッ!と火力を増した。そして、その炎が集まり凝縮させられ徐々に形作られるは、全長20メートルを越す程の蒼い炎の大槍。
その穂先はゆっくりと向きを変え、目標をとらえる。
「行けっ!」
シュンッ………ッ……ッ……………………ッ!
音速を超えた槍はまばたきすら追い越す速度で、青白い軌跡を描きながら空を飛び、かの巨人の胸を貫き地面に縫い付けた。
ズンッ…………!
「ゴァ…………」
腕をだらりとたらし力が抜けた様子のロックタイタン。完全に槍に体重を預けグッタリとしている。そして、刺さった胸部は赤熱しドロドロと岩が溶け始めた。それは全身に広がり、体との結合部が溶けた腕が地面へとボトリと落下する。ついには真っ赤に染まりドロドロに溶けた体が上半身を支えきれずに半分に分かれズシンとその体を横たえた。
「いっ、いったいどれだけの熱量なのよ…………!」
しかし、それだけではなかった。地面に刺さった槍から地面も同じように赤熱し、ドロドロに溶けるとついにはボコボコと沸騰する。それが周囲30メートルほどで起こり、そこだけがまるで火山の火口のようだ。近くにいた魔物は必死の形相で逃げ出すも、体が沸騰し蒸発する。はなれた位置にいた魔物は自然発火し、沸騰した目玉が爆発、体は炭化した。ギャーギャーと逃げ惑う魔物の悲鳴がこだまする。
「やり、過ぎた」
思わず顔がひきつり、脱力した。
なんだこれ。地獄絵図か。
「いやぁでも地獄絵図も見慣れたなぁ」
もう…………経験値になるから良いか。
「兄貴ぃ!ちょっともう色々ありすぎて頭が追い付かないっすよ!」
魔物の悲鳴に負けないようにブルートが耳元で大声でしゃべる。
「うるせぇ見たまんまだ馬鹿!」
あー、またアリスに加減しろって怒られる…………。と思って横に目を向けると、隣でポカンと見てくるジャンと目があった。
「と、とにかく戦況は元通りだ。そこの下のゴーレムをどけて、こっちの優位を確保するぞ!」
「あ、あはは」
固まったままのジャンの肩を揺さぶって正気に戻すと俺たちは自分の持ち場に戻った。
「ユウ?あの魔法、絶対に近くで使っちゃダメよ?」
アリスがツカツカと歩み寄り顔をぐっと近付けると、俺に人差し指を突き付けて言った。
「わかってる。俺だって蒸発したくないし…………」
アリスは腕を組みながらため息を吐いた。
「頼りになるからいいんだけどね…………そ、れ、と」
俺の後ろをこそこそと逃げようとしているフリーに気付いた。
ゴツン!
「こらっ」
アリスはフリーのデコを小突くと
「あいたっ!」
フリーが頭をさする。
「フリーの馬鹿。せめて縦に斬りなさい」
「ごめんねぇ」
フリーがまじめに謝る。
俺が叱るつもりだったんだが、ここはフォローにまわろう。
「いや…………そうだな。ちょっと詰めが少し甘かった。でも良く斬ってくれたよ」
「あはは、次は失敗しないよ」
フリーはあっけらかんと答えた。
「当たり前よ」
「おう」
フリーが拳を出してきたので、ガッと拳をぶつけ合った。
◆◆
それからガランのクランへ冒険者の数を増やし、魔物の侵入を阻止しながら戦線は一時の均衡状態へと陥った。
俺らも一度クランで壁の上で集まり、クラン内の状況報告を受けている。
「兄貴、うちは死者0人、重傷者8名、軽傷者多数です。重傷者に関しては現在戦線を離脱し、治療中。なお、へクターさんが今後復帰されるそうです」
ゴスロリ姿のニコルがてきぱきと状況報告を行う。
そうか。ヘクターの奴、もう戻ってくるつもりか。
「どうだ?今の人数でなんとかなるか?」
と、報告の最中にこちらに上空から飛び込んでくるワイバーンを感知した。
「邪魔すんな」
ダンッ…………!
ワイバーンに向けバレットを撃つ。
「ひっ!」
思わずニコルが首をすくめる。
「ゴガッ…………ガガ…………」
1発で頭を撃ち抜かれたワイバーンが、魔物ひしめく地上に落ちていった。
「すまん、なんて?」
「こ、ここまで上がってこれる魔物は1分に2体程度ですし、さっきや今みたいなやばい奴は兄貴たちが倒してくれてますから、全然余裕です」
ニコルが嬉しそうに言った。
そうなんだよな。思った以上に俺の作った防壁が効果をなしている。もう向こうの隠し種は大分出たはずだ。
「このままいけば、こっちにはまだ町からの補給もある。ここから魔物を減らしていけば負けることはないだろう」
「「「「……っよっしゃあ!」」」」
肩を組みながら喜びを分かち合う冒険者たち。
それをやるにはまだ早いっての。なんせ、向こうにはまだヒュドラがいる。場合によっちゃ、向こうの一発逆転も大いにあり得る。
「ふぅ……………………」
防壁に腰掛け、支給された先程のワイバーンの串焼きを食べる。レアが食べやすい大きさに斬り刻んでくれたやつだ。
噛みつこうとしてくる下の魔物に串を投げ付けながら眺めていると
【賢者】ユウ様、来ました。
…………ヒュドラか?
【賢者】はい。
地表を埋め尽くすほどの魔物の大群の向こうに、ひときわ大きな影が見えた。立ち上がり千里眼を使う。
まだ1500メートルは離れているが、その姿はまるで山のよう。ロックタイタンよりもまだデカイ。体高だけで30メートルはありそうだ。そして複数の首が目視できる。
【賢者】以下、ステータスです。
====================
ヒュドラ
Lv.787
HP :9698
MP :6580
力:4809
防御:2693
敏捷:1409
魔力:7103
運 :32
【魔法】
・火魔法Lv.7
・水魔法Lv.6
・風魔法Lv.5
・土魔法Lv.6
・雷魔法Lv.7
・氷魔法Lv.6
・重力魔法Lv.6
・光魔法Lv.6
・回復魔法Lv.8
【スキル】
・探知Lv.2
・超速再生Lv.6
・ダメージスイープLv.2
【ユニークスキル】
・ゴールドブレス
====================
「こりゃ強いな…………」
間違いなくこの辺の冒険者の10倍以上ステータスが上だ。確実にSランク以上ある。
体表は灰紫色で長い首に頭が10本以上。長い首の背に沿ってトゲが並んで本体まで生えており、口内にはびっしりと細かく鋭利な歯が見える。眼光は鋭く、黄色の知性の感じられない爬虫類のような目をしている。重い複数の首を支えるために太くどっしりとした4本の脚で、前を走る魔物を踏み潰しながら進んでくる。この防壁よりも3倍はデカイ。
しかもあのスキル構成…………賢者さん、ゴールドブレスって何かわかるか?
【賢者】はい。あれがおそらく光の槍と言われる技でしょう。スキルを解析したところ、ヒュドラ特有の複数の頭から一斉にブレスを放つ技のようです。一点で合流したブレスは金色に輝き、城壁すら簡単に貫通します。
射程は?
【賢者】700メートルです。
700…………。
エグいな。それの直撃、実際俺の防壁は耐えられそう?
【賢者】一瞬で穴が空きます。
おい。
【賢者】ただユニークスキルと言えど、あの技は非常に繊細だと思われます。一点でぶつかったときのブレスのバランスが狂えばコントロールが狂い、真っ直ぐ飛ぶことはありません。
なるほど。それならなんとかなるかもな。
【賢者】はい。状況によりますが可能だと思われます。また別件ですが報告があります。
報告って…………ん?
ヒュドラを探っていると気付いた。なにやら別の気配がある。どうやらヒュドラのさらに後ろ…………隠密で隠れているが、ダンジョンから来たのはヒュドラだけではないようだ。
賢者さん、別件とはこいつか?
【賢者】はい、この氾濫の黒幕もしくはボスにつながる者でしょう。
ボスじゃないのか?
【賢者】いえ、あれはヒュドラを従えられるほどではありません。ヒュドラとはそれほどの怪物です。
なるほど。とりあえずまずはヒュドラからだな。
◆◆
ジャンのいる塔を登っていく。
塔の上では、魔術士や弓使いが攻撃を続けていた。塔の後方には連絡や状況分析にギルド職員が5人もいる。そこでジャンは腕を組み、眉間にシワを寄せながら戦場を睨み付けていた。
「ジャン、ヒュドラが来た」
こちらが優位となり緩んでいた空気にピリッとした緊張感が走る。
「みたいだね…………」
「ああ。今、ここから1500メートルほどの距離にいる。見たところ確実にSランク。そろそろ例の作戦を始めよう」
ジャンはため息をついた。
「はぁ、出来れば来てほしくなかったね」
「諦めろ。アレはゴールドブレスという遠距離攻撃のユニークスキルをもってる。これが『光の槍』だ。この防壁を破るのにぴったりのな」
「うーん、ここまでくればやっぱり意図的に感じるよね。ワイバーンにロックタイタンと言い、もはや氾濫じゃない。向こうも作戦があって動いている。これは戦争だよ」
ジャンもついにただの氾濫じゃないと認めた。何者かがこの町を落とそうとしている。
「だな」
「ガランとモーガン、それに現状で参加可能なメンバーを呼び集めよう」
「了解」
「これが戦争だとしたら絶対に勝つよ? ユウ」
「おう」
◆◆
「この下に降りる!? 正気ですか!?」
俺のクランに戻ると、ニコルがうじゃうじゃと防壁の下を埋め尽くす魔物を指差して言う。
「うん。正気正気」
「見えてますか!?あの魔物の数が!」
「見えてるって」
「数が数えられないんですか!いっぱいです!ほらいっぱい!」
ニコルがオーバーに両手を広げて馬鹿にもわかるように教えてくれる。
この子、だいぶ素が出てきたな…………。
「数えられるって」
ブルートまでもが加わってきた。
「兄貴っ!行ったらダメっす!死んじまいます!!」
他の奴らも腕を掴んで止めてくる。
ブルート、足にしがみつくな。重たい。
「いや、そうは言ってもな?」
「アリスの姉貴も何とか言ってあげてください!」
俺の右足にしがみついたブルートがアリスを見上げながら言う。
「えっ…………あたしも行くわよ?」
アリスが言いにくそうに言う。続けてブルートはフリーとレアを見た。
「僕もだねぇ」
「あはは。私も…………」
レアがポリポリと頬をかきながら言った。
「何でですか!!」
「あーもううるさい。わーわー言うな。話を聞け。見えるか?あのでかい影。てか見えろ」
俺はヒュドラを指差す。
クランの皆は目を細めて見ようとする。俺と同じ千里眼を持つ弓使いの冒険者が呟いた。
「なん…………だか。うごめいてる?」
「見えたか? あれはヒュドラだ」
「「「「「ヒュドラ!!!?」」」」」
さすがの竜の出現に場が騒然となる。
「ああ、あのダンジョンの奥の手だろう。さすがにあれはまずい。この防壁に近付けるわけにはいかん」
俺にくっついてた冒険者たちも離れて防壁のフチに駆け寄りヒュドラを眺める。
「あの大きさ……ヒュドラなんて、そんな珍しい竜がどうして!」
冒険者たちが慌てる。
どこも竜の出現となれば同じ反応だ。喜んだのはあほのカイルくらいだな。やっぱりリーダーたちにしか知らせなくて良かった。ヒュドラが出るとわかっていれば士気に関わる。
「あいつがブレスを放ったら、この防壁は一瞬で吹き飛ぶ。なんとしてもブレスの射程に入る前に仕留めなきゃならん」
「そ、そんな…………兄貴のこの壁が負ける訳ないっす!」
「そうです!」
魔術士たちが声を揃えてそう言う。
まぁ、これだけ魔物の攻撃を耐えている防壁だ。信じたいのはわかるが。
「無理だと言ったろう。それが出来たら俺だってこんな無茶はしない。だから下へ降りてヒュドラがブレスを放つ前にブチ殺す。俺のパーティで道をこじ開けるから、我こそはって奴は後ろを着いてきてくれ」
「お、俺行きます!」
ブルートが間を空けずに挙手した。
「俺もだ。俺はまだ何も役に立っていない。手伝わせてくれ」
ヘクターたちも。
「私も行きます!」
ニコルも、魔術士たちもだ。
「着いて、いきます…………!!」
それからクランの半分ほどが希望した。
予想以上に多い。これはさすがに無理だ。
「着いてきてくれるのは嬉しい…………が、下に降りたらBランクの魔物も同じ土俵で勝負する必要がある。上からただ矢を射れば良い訳じゃない。行くのはBランク以上、そして近接戦闘に長けた者に限る」
そうしてうちのクランからは5人ほどを引き抜いた。5人は全員男で剣が2人と大剣が1人、斧1人、槍1人だ。さらに俺らを含めるとクランからは9人いなくなる。ちょうどヘクターが戻って来てくれて助かった。
だが、となると壁の上にも現場を指揮出来るものが必要だ。それはブルートと補佐にヘクターに頼んだ。ヘクターはしっかり者だし、ブルートはなんかよくわからんが、うちの奴らをまとめ上げる統率力はある。
下に降りるメンバーが決まったところで名前を呼ばれた。
「ユウ!」
魔物の血飛沫が付着した鎧に槍を持ったガランがこちらまで来ていた。その姿でわかる。あちらは相当過酷なのだろう。
「ガランか。そっちはどうだ?」
「うちはもう準備できとるぞ!まさか、こんなとこで本当に竜を拝めるなんてな。がははは」
ガラン自体は元気そうだ。
「そんな珍しいもんか?」
俺はもうこれで3匹目だが。
「おいおい、そう何度も竜に出くわす魔物じゃねぇ。もうすぐジャンに呼ばれるはずだ。下へ降りる勇者たちはこっちに来ておいてくれ」
「わかった。今行く」
ちなみに俺のクランはヒラリーとジャンにお願いして、何かあったら助けてくれるよう頼んでおいた。
「お前ら!ここの守備は任せたぞ!俺らは下で暴れてくる」
「「「「押忍!」」」」
「こちらの守備は任せてください!兄貴!」
「おう、よろしくなブルート」
全員が敬礼をした。
◆◆
「いやぁ、皆の士気は最高潮だねぇ。良い感じだよ」
フリーがガランのクランへと向かう途中のんびりと言う。俺らのパーティにあと選抜された5人のBランク冒険者が後ろに着いてきている。
「フリー、あなたはもう少し気合いをいれた方がいいわ」
アリスが冷たく言った。
「フリーさん、ガランさんにお願いしてみる?」
「そうだ。お前、一度ガランに一発気合い入れてもらえ」
フリーの顔がひきつった。
「絶対嫌だよ。僕はいつも通りが一番なんだねぇ」
ガランのクランへと到着した。ここはやはり先程のゴーレムで魔物が登りやすくなっているためか、魔物の死体がゴロゴロと転がっている。怪我人も少なからず出ているようだ。後ろでは魔力ポーションを飲みながら休憩している魔術士の姿もある。
「ユウ!」
ジャンに呼ばれ、防壁の中央へと走った。志願した30人がやる気に満ちた表情で集まっている。
「皆、準備はいいかい?目的はあそこに見えるヒュドラの討伐だ。奴のブレスの有効射程は700メートル、それまでに必ず奴を討伐しないとこの防壁が破壊される」
その緊張感に唾を飲み込んだ。そしてジャンが最後の確認をする。
「先陣はユウが行ってくれるから大船に乗ったつもりで安心して着いていってくれ。僕らはここから最大限の援護をするからね。それに下に降りたら相手はCランクばかりじゃない。ところどころBランクも混じっている。とにかく足を止めないこと!止まったら前後左右から挟撃されて即死だよ!わかったかい?」
「「「「了解!!」」」」
各々が思いのこもった真剣な返事をする。
「よし、じゃあユウ。やってくれ」
「おう!」
俺は魔力を練り、土魔法を発動させる。防壁のフチに強度のさらに高い長方形の板を作る。ちょうど堀を越えた向こう側へと届く長さだ。今はまだ立てて置いてある。後はこれを向こう側へと倒し、連結すれば橋の完成だ。
「ジャン、いつでもいけるぞ」
「了解。もう少しで援護の魔術士たちの準備が整う。待っててほしい」
「おう」
傷ついた仲間を引きずり後ろへ下がらす冒険者たちに、バタバタと駆け回りポーションを運ぶギルド職員たち。特にここ、ガランの持ち場は魔物が頻繁に現れては討伐されていく。まさに血みどろの戦場と化していた。それを、真剣で、かつどこか凛とした表情で眺めるガランが隣にいた。その顔、佇まいには溢れ出る自信が感じられる。
これがカリスマ性というやつか。隣に立ってみてわかった。ジャンは皆から愛されてはいるが、そういうタイプではない。あいつはあいつ1人が頑張って今の立場を作り上げた。ガランは何もせずとも、その人柄に勝手に人が集まって来るのだろう。
「ガラン。まさか飲み屋での出会いがこんなことになるなんてな。まさかこんな死地に一緒に飛び込むことになるとは思わなかった」
「がはは。出会い方なんぞなんの意味もないぞ。わからんのか? お前じゃなければ皆は着いていかん」
「違う。俺はそんな器じゃない」
「そうか? 俺はそうは思わん。のうモーガン」
ガランがモーガンに相づちを求めた。
「けっ」
嫌そうにするモーガンだったが、
「まぁ、そうだな」
モーガンがそっぽを向いて嫌そうに言った。
ツンデレだ。ここへ来てゴリゴリのおっさんのツンデレは見たくなかった。でもまぁ、誉められてるなら悪い気はしない。
「小僧」
声が聞こえて振り向けばタロンのじいさんが後ろへ来ていた。タロンも俺ら並みにキツい役割が待っている。魔物を俺らが戻るまで橋で食い止めなければならない。
「ぶちかましてこい」
そう言って悪人面で笑った。初めて笑うところを見た。会議ではあれほど腹立たしかったじいさんだが、今は同じ町を守る仲間だ。頑固ジジイくらいに感じる。
「ああ、じいさんも頼んだぞ」
「ふん、任せとけ。死んでもこの橋は守っちゃるわい」
タロンと互いに拳をぶつけた。そして前を向き、後の奴らに対して叫ぶ。
「行くぞぉお前ら!!!!!!!!」
「「「「「「おう!!!!」」」」」」
読んでいただき有難うございました。
変態っていいですよね。
普通の人と遊んでても面白い事件は起こらないんです。変わった人こそどこかぶっ飛んでて、僕は自分の常識が壊される感覚が面白くて好きでした。
個性が強いってのは良いことだと思います。それを生かせる場が最近はネット上に増えてきているのは嬉しいことですね。