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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
54/159

第54話 残り1日:午前

こんにちは。

ブックマークや評価していただいた方、有難うございました。

第54話になります。宜しくお願いします。


 翌日早朝、ギルドの訓練場には1000人ばかりの冒険者が集まっていた。どこを見てもわいわいガヤガヤと人だらけ、人間だけでなく獣人やリザードマン、エルフも数人見える。ギルドから降りてくる冒険者たちに職員が各クランの場所を案内している。


「でもまさか、ユウがクランを率いることになるとはねぇ」


 フリーがしみじみと言った。


「俺もびっくりした」


 アリスがあごに手を当てて何やら考えている。


「ユウの人望…………じゃ、ないわね」


「ないのかよ!」


 俺たちは今訓練場の片隅、俺のクランに来たいと言う冒険者80人の前に立っている。

 ブルート、へクターや昨日の魔術士たちもいる。一応皆には全員揃うまで座って待っていてもらっているのだが、モヒカン頭のブルートが1人立ち上がり何やら皆に呼び掛けている。


「お前ら!ちゃんと練習してきたんだろうな!」


 ブルートが両手を広げてそう問いかけると


「「「「押忍!」」」」


 集まった奴らがやたらと気合いの入った返事をする。


 なにしてんだこいつら。

 

 ここにいる大体は俺が町に来た時、ギルドで暴れたり模擬戦をしてるのを見たりしてた奴らだ。聞いてたよりも人数がまた増えている。

 訓練場内を見渡すと、他も同じようにクランで集まって話をしているようだ。80人ってまとめるの大変だよな。学校の2~3クラスの生徒を持ってるようなもんだろ?


「ユウ、これで全員だよ!」


 1人1人指差しながら数えてくれていたレアが教えてくれる。


「サンキュ、レア。よしっ!」


 パンッ、パンッ!


 手を叩いて注目を集め、冒険者たちに呼び掛ける。


「はいども。皆集まってくれてありがとう。ワンダーランドのユウだ」


 そう始めると、ブルートが


「さぁ、いくぞぉ! せぇーっのぉ!」



「「「「俺らの兄貴は世界一ぃ!兄貴っ!兄貴っ!兄貴っ!兄貴っ!」」」」



 皆足をダンッダンッと鳴らしながらの兄貴コール。1人もずれていない完璧だ。


 おい、いつ練習してた。うちのチームだけ浮いてるだろが。他のクランが黙ってこっちを眺めている。そして、ガランが俺を指差して腹抱えて笑ってる。おい、どうしてくれる?



「よしちょっと黙れお前ら」



 俺のまじでキレてる様子が伝わったのかピタリと止めた。後ろでフリーの笑い声だけが鳴り響いている。


「ブルート」


「はいっす!」


 名前を呼ばれたブルートは自信満々に仰け反りながら敬礼した。


 絶対犯人はこいつだ。


「しばく」


「ええっ!!!?」


 ブルートの顔が一瞬で絶望に変わった。


「ゆっ、ユウの兄貴!?」


 後ろッ首を掴む。


「だっ、まっ、れっ」



「ぎっ、ぎゃああああああああぁぁぁ…………!!!!」



 柱の後ろに連れていき、ぼこぼこにしてから皆の前に転がした。言葉を失うクランのメンバー。パンパンと手についたホコリを払う。皆、手を払う音にビクっとなっている。


 そういや俺、ブルートを半殺しにした経歴があったんだったな。


「とにかく!お前らまじめに聞けよ?」


 皆、体育座りで俺たちを見上げ、自分等もああなるのかと思ったのか涙を目に貯めて頷いてくれる。


 そこまでかしこまらんでも。もういいや。このままいこう。


「えー、聞いてるとは思うが、今回の氾濫は今までとは違う。ダンジョンボスがSランクの魔物にすげ変わった。その影響で雑兵が増えて強力になり、Aランクの魔物が混じってくる可能性がある」


 話には聞いていたのだろうが、各々不安げな顔をする者もいれば、強気にやる気を漲らせる者もいる。


「あの…………」


 おずおずと手を上げたのは、こないだ防衛で弟子入り希望してきた魔術士の女の子だ。今日はなぜかゴスロリのようなドレスを来ている。黒髪ロングに内股気味の立ち姿で、ボタンが弾け飛びそうな胸元では大事そうに杖を抱え緊張しているようだ。そういやこの子の名前知らないな。


「ええと…………?」


「ニコルです」


「ニコルか、どうした?」


 するとニコルは立ち上がって話し始めた。


「私はCランクです。ここにいるのは皆CランクかBランクの冒険者だと思います」


「そうだな」


「そんな私たちがどうやってAランクの魔物に勝てばいいのでしょうか?」


 おお、まるでこれからする説明の流れを読んでくれたかのような質問だ。


「そう。そうだな。そのために今回俺たちはクランを組んだ」


 1人1人の目を見て話す。


「少数で相手をすれば無理なのは承知だ。Aランクは基本クランのリーダーたちで相手をするが、Bランクの魔物と言えど少人数で倒すには心許ない。だから強敵にはクランで対応する」


「あ、兄貴はAランクの魔物に勝てるのですか?」


 兄貴て…………。こんな大人しそうな女の子が自然に使う言葉か?


「大丈夫だ。以前のボスだったらしいデモンドラゴンを殺したのは俺らだからな」


「デモンドラゴン…………!」


 クランがざわめく。転がったままのブルートやヘクターはどや顔をしている。どうやら知っていたようだ。


「ぶ、ぶしつけな質問でした。すみません」


 そうペコリと謝るとニコルは座った。


 まじめな子だな。


 俺のクランに入りたいと言って来てくれた奴らであるためか、転がっているブルートのおかげか、反抗してくる者がおらず思ったよりやりやすい。


「さて、いつもの氾濫なら魔物の数は多くて1000体ほどらしいが、今回ばかりはイレギュラーだ。ギルドの情報では2~3倍の数は確認されているようだ。そこでだ。これから作戦を伝える。心して聞くように」


 全員の視線がぎゅっと俺に集まる。皆しっかり聞こうとしてくれているのがわかる。


「まず、1つ目は防壁。つまり籠城戦だ」


 説明しながら、土魔法で俺たちの後ろに黒板のような壁を作り、その側面に立体的なミニチュアの町の鳥瞰図を浮かび上がらせる。これでわかりやすいだろう。


「「「「おお~」」」」


「さすがだ…………」


「なんて精度だ!」


 魔術士たちから感嘆の声が上がる。

 

 無視しろ。無視だ。


「これが町だ。ダンジョンはちょうどここにあたる」


 俺は黒板の横に立ち、町とダンジョンの位置関係を指差ししながら説明する。


「そして昨日、町の外、このへんにちょっと大きめの防壁を作った」


 町を守るように黒板が盛り上がり弧を描いた壁を作る。


「この防壁で魔物を食い止める。今回の主戦場だ。俺らは魔物がこの壁を越えていかないように防衛すればいい。で、この防壁の前には深さ25メートル、幅10メートルほどの堀があり、底には俺が後で剣山を仕込む。お前ら間違っても落ちるなよ?」


 冒険者たちがゴクリと唾を飲んだ。


「で、2つ目。その防壁から100メートルほどダンジョンに近いところに魔術士たちで簡易な防壁、第2防壁と呼ばせてもらうが、これを作る。第2防壁は簡単に壊されるだろうが、これの目的は一瞬の足止めだ。氾濫でダンジョンから突進してきた魔物がこの防壁にぶつかり速度を落とし詰まったところに魔法を一斉掃射する」


「「なるほど…………」」


 互いに顔を見合わせる冒険者たち。


「作戦はこんな感じだ。この先も時間の許す限り仕込みを行っていく。いいか?お前らの出番は主に籠城戦だ。籠城戦だが援軍は来ない。魔物の攻撃をひたすら耐えながら魔物を殺せ。明日は絶対に俺の指示に従え。もしこの防壁が破られたときは町の壁の前が最終防衛ラインだ。また、今回ポーションの類いは町を上げて提供される。そこの心配はいらない。ここまでは大丈夫か?」


 皆、俺の言葉を反芻しながらうなずいた。


「俺たちの持ち場はダンジョンに向かって壁の中心ガランのクランの右側だ。この辺りは一番の激戦区になる」


 その言葉に皆がゴクリと唾を飲み込んだ。


「いいか? 俺たちが負けたらこの町は終わりだと思え。全力で全ての魔物を殺せ。他のクランなんぞ当てにするな」


「「「はいっ!」」」


「死ぬことは許さん。死んだやつは俺が死んだことを後悔させてやる。わかったか?」




「「「「「はっ!」」」」」



 

 全員がビシィッ!と一糸乱れぬ敬礼をした。


「…………はぁ」


 ブルート…………もっかいシバいといた方がいいかもしれんな。絶対アイツが仕込んだろ。


 じろっとまだ寝たふりをしているブルートを睨むと、汗が滝のように流れていた。


 まぁ、許しといてやろう。


「見事に手懐けるねぇ」


 フリーがニヤニヤしながら感心したようにつぶやく。


「うっせぇぞそこ」


「それじゃあ、魔術士たちはこの後ジャンのところへ集まってくれ。他の者は氾濫に備えて休むなり、道具を揃えるなりしといてくれ。ああ、最後に、今回町の人たちも逃げずにサポートしてくれている。わかってると思うが俺たち冒険者が負けたらこの町の人たちには最悪の未来が待ってる。俺らだけが命をかけていると思うな?それじゃ解散!」



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ…………!!!!」」」」」



 80人は準備をするべく、雄叫びをあげながら走り去っていった。



 …………アイツら、ヤバい薬ヤってないよな?



◆◆



 それからギルドの会議室で再度打合せとしてリーダーたちとジャンで集まる予定だ。彼らは昨日のうちに俺の作った防壁を見てもらっている。その方が作戦がたてやすいからな。


 俺の方はスムーズにクランでの説明が済んだので、先に誰もいない会議室で自分の席に腰掛け待たせてもらっている。


「ふぅ…………」


 伸びをしながら息をはいていると近づく足音が聞こえてきた。そして扉が開く。ミゲルだ。俺を見つけるなり駆け寄ってくる。ミゲルは俺より1つか2つ下の歳だが、小柄なため幼い茶髪の子供に見える。


「ユ、ユウ様ぁ!」


 ミゲルは俺の作った防壁を知ってからか、俺を見ると平伏するようになった。今朝あれから初めて顔を会わした時、俺のクランに入りたいと言い出したのでさすがに断った。

 しかしこの町の人は実力が上の者にはとことん弱いな。


「ああもう!くっつくな!」


 腰にしがみついてくるミゲルを引き剥がしていると、カツカツと足音がする。誰か来た。扉を開けて俺を見つけると早々に口を開いた。


「まさかあんな要塞が出来上がってるなんて、あんたやるね」


 入ってきたのは騎士鎧を着た女性の冒険者ヒラリーだ。金髪にスタイルがいいのが鎧の上からでもわかる。


「だろ?」


 ヒラリーはあははと口を開けて笑う。


「あんなのを見せられちゃ、無事に勝てる気がしてきたよ。あんたが来てくれて良かった」


 そうしてヒラリーと握手をかわす。


「ありがとう。まぁ俺が来て良かったかは町が救われてからにしてくれ」


「で、あんたらは何をやってんだい?」


 俺の腰にしがみついたミゲルを見て言った。




 それから全員が揃い、全体のすり合わせを行った。


 まず、初撃を与える魔術士チームはミゲルがまとめる。というか、俺がやれと言った。ただし、魔術士チームは初撃だけで、あとは解散し連携慣れしている自分のパーティに戻って戦うことになっている。基本は堀に落ちた魔物や立ち往生した魔物を防壁の上から攻撃する。防壁を越えてきた魔物に対しては、余程腕に自信があるパーティ以外は、パーティ単位で敵にあたる。そしてAランクが出てきた場合は、10人のリーダーたちのパーティの出番というわけだ。


 作戦は上手くいくと思う。防壁もかなり頑丈に作った。冒険者たちの士気も高い。

 懸念があるとすれば、Aランクモンスターの数だ。他リーダーたちの実力は知らないが、リーダーたちのパーティ全員でかかれば、5体程度ならなんとかなるかもしれない。Aランクのジャンもいるし。それ以上になれば危険だ。俺たちのパーティが出れば倍に増えても大丈夫だが、広い戦場に手が届くとは考えにくい。


 Aランクモンスターに防壁を破られる可能性は低いと考えられるが、Sランクになればおそらく破壊される。俺がそう提言すると


「なら、ヒュドラを防壁に近づけるのは得策ではないんじゃないか?」


 ガランが言った。


「あ?ヒュドラはSランクなのか?」


 ちょっと待て! それは初耳だ。さすがにSランクは想定していない。あのウワバミと同じってか? 普通Sランクなんかと何度も出くわすことがないと思うだろうが。


 バタン。


 その時、扉が開いてステラが入ってきた。


「ギルド長、ギルマスから届いたヒュドラに関する情報です」


 そう言ってジャンに2~3枚の資料を渡す。


「ありがと」


「ちょうど良かった。ヒュドラに関する過去の記述は極端に少ないんだけど、今ようやく王都ギルドに調べてもらっていた資料が届いたよ。どうやらAランク~Sランクに属する珍しい魔物みたいだね」


 そう言いながらジャンは羊皮紙をペラペラとめくっていくと、手が震えだした。


「ど、どの文献にも異常な再生能力と貫通力を持った光の槍の遠距離攻撃があるらしい。過去にはSSランク冒険者ですら、その攻撃を受け止めきれずに、や、破れたとか…………」


 …………は? SSランク冒険者がヒュドラの攻撃に負けた!?


 途端に場がざわめく。


 ジャンも言ってて不味いと思ったのだろう。顔が真っ青に血の気が引くとはこのことだ。


 誰か知らんが王都ギルドの人…………その情報もっと早く教えてほしかった。


「ま、不味いね…………」


 ジャンの眼鏡の奥で目が揺れている。さすがにどうしようもないと気付いたのだろう。


「不味いな…………」


 ここに来てとんでもない課題が見つかった。


 俺がどうすべきか考えていると、


「おい貴様!今さらになってヒュドラの相手はできんとかぬかすんじゃないだろうな!?」


 タロンのじいさんが怒鳴り散らす。


「ああ?」


 お前さっきの聞いてた!? SSランクが止められなかった攻撃があるんだぞ!? それを防壁に向かって使われたらどうなるか…………! 

 

 そう言ってやりたくなるが、踏みとどまった。


 違うな…………ここでは俺しかヒュドラの相手ができる者はいない。つまり、この場は俺が無理だと諦めた時点で詰み…………はぁ。

 賢者さん、どう思う?俺はヒュドラに勝てるか?


【賢者】勝てます。ただし、正面からはやりあわないことです。知能の低い獣のような魔物、やりようはあります。


 わかった。賢者さんを信じる。


【賢者】ただユウ様の攻撃範囲外からその遠距離攻撃を撃たれると厄介です。問題はヒュドラまでそれを撃たせる前に近づく方法ですが…………


 なるほど。そういうことか、やるだけやってやる。


 なら皆を安心させるためにも、ここで俺が動揺したところを見せるわけにはいかない。動揺を顔に出さずに答える。


「問題ない」


「ないのかい!?」


 ジャンがまさに救世主を見るような目で俺を見た。


「ないのか!?」


 ガランもジャンに続いた。


「ああ」


 もうここは強気でやるしかない。


「予定どおり、俺が相手する。ただ問題はどのようにヒュドラに近づくかだ」


「近づく? 防壁の上から攻撃するのが最も安全で効率的じゃないかい?そこなら皆もいるからユウを援護できる」


 ジャンが答えた。皆も賛成なのか頷いている。


「いや、だめだ。火竜の鱗は生半可な攻撃じゃ刃が通らなかった。それにそのヒュドラの攻撃、光の槍だったか?それ、遠距離攻撃なんだろ?離れたとこから撃たれちゃどうしようもない」


「あの防壁の堅さでもかい!?」


 ジャンが驚いた。ジャンはあの防壁がヒュドラの攻撃にすら耐えられると信じたかったようだ。


「ああ」


「お前が作った防壁じゃろう!?」


 ダンッ。タロンが机を両拳で叩きながら言った。


 そんなことで怒るなよ。うるさいな、ほんとこいつ。

 

「だからだ。さすがにヒュドラの攻撃に耐えられるとは思わない」


「ならどうしろと?お前が戦場に降りてヒュドラを倒してきてくれるのか?」


 タロンが鼻で笑いながら言った。


 なるほど…………その手があった。


「…………そうだな。こちらから出迎えよう」



「「「はぁっ!?」」」



 皆が同じ反応を見せた。


「それが名案だ」


「いやいや、いくらユウでも自殺行為だよ!」


 ジャンが隣に座った俺の肩を掴んで止める。


「そうだ。いくらお前でもそれは無理だ」


「いや、ガラン。だとしてもこうするしかない。最悪の事態も想定して作戦を組むべきだ」


「最悪の事態?ヒュドラがいるってだけでも最悪の事態じゃろう!」


 タロンが言う。


 もう文句ばかりでさすがに頭に来る。そう言うならお前も何か案を出せ。


「うるさい。お前ちょっともう、黙れ」


「なんじゃと!?」


 思わず言ってしまった…………キレたタロンが立ち上がろうとする。


「タロじい押さえて。ユウ様の言うことも一理あるよ」


 それをミゲルがなだめる。


 助かった。ミゲルの俺の呼び方については、もうなにも言わない。


 すると俺に向かって子犬のような顔で誉めてと懇願してくるのでスルーした。


「どれほどの遠距離攻撃かもわからない。俺の魔法の射程に届くまでにその攻撃をされたら元も子もないだろ?」


「確かに…………」


 皆が唸る。


「その対策がユウの突撃かい?」


 ジャンが眉間にシワを寄せて聞く。


「まぁそういうわけだ。でもさすがにうちのパーティだけじゃ無理だ。だから力を貸してほしい」


 本当は、もしかすると俺たちのパーティだけで魔物の大群を掛け分け、ヒュドラへと接近することはできるかもしれない。だが、魔物をなめてはいけない。それは経験上よくわかっている。

 それに俺たちはボランティアじゃない。ギブアンドテイク。俺らばかりがリスクを背負うことはない。


 これは、この町の、問題だ。


 俺は座ったままお願いする。


「むぅ…………どうすればいい?」


 ガランが腕を組んだまま聞いてきた。


「一点突破だ。防壁から堀を越える橋を掛け、近接戦闘専門の冒険者たちで戦場を抜けヒュドラへ一直線に突っ込む。そしてヒュドラへ決定的な攻撃を与えられる距離まで来たら、皆で円陣を組んで俺を魔物から遠ざけてくれ。そうすれば俺がヒュドラを仕留められるだけの攻撃を用意して放つ。勿論先頭は俺が行く。あと、地上で戦いながら指揮をとれる人間がほしい。俺はその点に関して…………あまり経験がない」


「それは…………でもそうだね。それしかないか。なら僕も一緒に行くよ」


 ジャンに手を突っ張って止める。


「待て待て待て。ジャンが降りたら誰が全体の指揮を取るんだ?」


「うっ…………」


 皆は、ぐぬぬ…………と考えている。


 それから数秒間、静まり返った。さすがに魔物の海に飛び込めるほどの奴はいない。すると、ガランが声を上げた。


「俺が行こう」


「おっさん。下手すりゃ死ぬぞ?いいのか?」


「俺を誰だと思ってる。俺が死ぬか!」


 いつものニッとした人懐っこい笑顔でガランは言った。


「俺も行く」


 ぶっとい腕を組み、ふんぞり返りながらモーガンがしゃべった。


「…………モーガン?」


 言葉を交わすのは、町で決闘をしてぶっ飛ばして以来だ。


「勘違いするなよ。この町のためだ。それにお前の強さは直接戦った俺がよくわかってる」


「ありがとう」


「すまないねユウ」


 ジャンが謝る。


「いいんだ。なら後はその時の状況によって数人下の者を募って行くか」


「そうだな」


 これで決まったかと思いきや、そこでも待ったをかける人物がいた。


「待て。この作戦には問題がある」


 タロンのじいさんだ。珍しく普通に発言した。


 まったく。またこいつか…………!


「帰りはどうするんじゃ。ヒュドラを倒し、再び魔物の海を掻き分けて戻ってくるのか?」


「当たり前だ。それしかないだろう?」


 そう答えると、ふぅっとタロンが息を吐いた。


「戻ってくるまで堀を繋ぐ橋はどうするつもりじゃ」


「あ…………」


 放っておけば、橋から魔物が防壁を登るだろう。なら、壊すか?いや、ダメだ。もし万が一俺がヒュドラに破れたなら、魔物ひしめく戦場に土魔法で橋をかけ直せる魔術士がいない。俺が死ねば着いてきてくれた奴らは防壁に戻れず、無惨に魔物に殺されるしかなくなる。


 俺が黙り込み考えていると、タロンが発言した。


「そのガキがそこまで命をかけるってのなら年寄りのわしが何もせんわけにはいくまい。わしのクランが貴様らが無事に防壁に戻るまで、その橋を死守してやるわい」


「へ?」


 耳を疑った。何て言ったこのじいさん。


「待って。それはさすがに看過できない。進んで行くユウたちよりも、留まり魔物を食い止める方が遥かに危険だ。必ず魔物に集中砲火を浴びることになる」


 ジャンも止めに入った。


「何を言う。ヒュドラを相手に戦うと言うのじゃぞ? こやつらがもっとも命を懸けておる!」


 タロンはこの場にいる全員をギロリと睨み付けた。


 なんだ、あんた本当はわかってくれてたのか…………。


「そ、それは…………」


 ジャンも部外者である俺に頼み過ぎだと思っているのかもしれない。


 沈黙が起きた。つまり、そういうことだ。


「有難い。助かる」


 タロンの対応は素直に嬉しい。認めてくれたってことか。ヒュドラに不安は残るが胸のつっかえは取れた。


 会議は、あと細かい部分で質問が出て終了となった。


 今回で犠牲がどれだけでるか。どれだけの規模の氾濫かわからない。でも俺はアラオザルの町のようにするつもりはない。あの湖に映る燃える町の光景は今も脳にしっかりと焼き付いている。



◆◆



 会議が終了して、リーダーたちも自身のパーティの準備に動き始めたので俺も宿屋にいるフリーたちの元へ帰る。自分の部屋に入るとフリーが刀の手入れ用油を拭き取っているところだった。念入りに自分の武器を手入れしている。フリーも真剣だ。

 心配なのはこいつらはヒュドラの討伐まで着いてきてくれるのか。それだ。


 それからアリスたちをこっちの部屋に呼ぶと、ヒュドラの話をしても3人とも変わらず俺に着いてくると即答してくれた。


「そんなの当たり前じゃない。あたしらはパーティでしょ?」


 アリスがそう言いながら首を傾げる。


「いつものようにユウが敵をボコボコにしてしゅーりょーだよ!」


 レアはシュッシュとシャドーボクシングをしながらそう答えた。


「ユウ、もっと信用してくれていいんだけどねぇ」


 フリーには怒られた。というか3人ともムッと怒っている。


「悪かった。俺もお前らを信じる」




「「「なら良し!」」」




 アリスはニコッと、レアはニッと歯を出して、フリーはいつものニヤニヤ顔で言った。


 ちょっと安心した。1人で抱え込む必要はないんだな。こいつらが俺の家族だ。



◆◆



 久しぶりに4人揃って武器屋へ向かう。強敵に備えて、武器のグレードアップも必要だからな。皆かなり多めにコルを持って宿を出る。良い武器は大金をはたいてもほしい。目的地は毎度世話になってるおっさんの店だ。あそこならもう間違いない。


 宿を出て歩き始めると、町にはやはり普段と変わらないくらい多くの人間が残っていた。元々この町の人達は引退した冒険者が多く、あわよくば町にまで来た魔物は自分が蹴散らすと息巻いているそうだ。それに町から避難するにしてもここから隣の町まで行くのに危険が伴う。だから町に冒険者を信じて町に残る人達は多かった。だからこそ、一枚岩となって氾濫に立ち向かっているのだろう。


 だが、いつもよりピリついた空気が漂っていた。町を歩く冒険者たちも、気合いが入っている。それはわかるが今からこんな状態で明日の昼までもつのか。


 屋台の多いこの通りもいつも以上に冒険者たちで賑わっている。武器屋に到着した。いつものようにおっさんは屋台の店前に立っていた。


「おす、オッサン。まだいたのか」


「おお、ユウ。よく来てくれんな~!なっはっは!」


「大丈夫なのかおっさん。家族は?」


「娘と嫁は早くから隣町へ逃がしてある。なに、冒険者たちが命をかけてくれるんだ。俺も最後までサポートしてやりたくてな」


「なら、必ず生きて家族に会わせないとな」


「はっはっは。頼むぜユウ!」


 おっさんはバシバシと俺の肩を叩く。


「紹介する。うちのパーティメンバーだ」


 そしてレア、アリス、フリーと続けて紹介した。


「そこの黒髪の嬢ちゃんは前に会ったことがあるな。宜しく。お前さんらも大変だろうが、こいつを頼む」


 そうニッと笑っておっさんは言った。


「逆だろ!?」


「任せてください」


 アリスがそう答えた。


「うちのリーダーもたまに抜けてるからねぇ」


「ユウは強いんだよー?」


「はっはっは!」


 おっさんはケタケタと笑った。


「で、今日はどうした。氾濫の準備か?」


「ああ。今はできるだけ武器がほしい。剣と刀だな」


「ちょっと待ってくれよ。刀は一昨日届いたところだ」


 そう言いつつ、おっさんは屋台の棚を開く。


「しかし珍しいな。お前のパーティにはユウ以外にも刀を使うやつがいるのか」


 そうブツブツ言いながらがちゃがちゃと5本の刀を出してきた。刀は表に出していなかったようだ。


「ああ、こいつ用だ」


 ちょいちょいとフリーを指差す。受け取って1本1本、刀を抜いて確かめていく。フリーがおっさんが出してくれた刀を真剣に眺めている。


「ふーん。おっ、いいのがあるねぇ。これがいい」


 フリーがある刀を手に取った瞬間、そう言った。


 おっ!


「ああ、俺もそいつがいいと思う」


 フリーが選んだ刀はミスリルと呼ばれる魔法金属で出来た銀色の刀だった。


「そいつはあの超一級の鍛冶士フィリップが打ったものらしい。大変珍しく刀身から柄まで全てがミスリルで出来ている。軽く丈夫なミスリルだからこその1本だ。かなりの業物だぞ?正直、俺が売り物として取り扱った刀の中でも最上級品だ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

魔銀刀

ランク:A+

属性:なし

特殊1:斬るたびに切れ味が増す。

特殊2:魔力を通しやすい性質を持つ。


〈刀身から柄まですべてが純ミスリル製の刀〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 おお…………面白い特性があるな。俺の黒刀には及ばないものの、これも相当ヤバい刀だ。フリーじゃなきゃ、俺がもらってる。こいつはフリーがどう使いこなすか見ものだ。この店はほんと良い品物が多い。


「いくらだい?」


 おっさんが黙ってニコッと人差し指を立てた。


「1…………? あ、100万コルだね。それならちょうど…………」


 ガサゴソと着流しの胸元に手を入れコルを取り出そうとするフリー。


 んなわけあるか!


「違う違う。1000万コルだ」


 おっさんは真顔で言う。


「いっ!?…………わかったよ」


「これでも破格の値段だと思うぞ?」


 おっさんは自信満々で言う。


 それはそうだろう。俺ならもっと高く売る。


【賢者】素晴らしい刀です。実質2000万コルはくだらないかと。


 そんなに!?


 ふと気になり、フリーの耳元にヒソヒソ声で話し掛ける。


「おい、そんなに金あるのか?」


「あるにはあるけど、ちょっと足りないねぇ」


 ああ、さすがに少し足りないか。でもけっこう持ち金あるんだな。さすがに赤鴉の副長だっただけのことはある。


「ちょっとくらいなら貸してやるよ。いくらだ?」


「いいのかい?助かるねぇ。じゃあ990万コル貸してくれるかい?」


「全然ねぇじゃねぇか!」


 頭をスパァンとはたく。


 結局、10万コルだけ出してもらうよりも、とりあえず俺が全額負担することにした。仕方なく空間魔法から金貨10枚、1000万コルを取り出すと、フリーが感動したように両手を差し出してくる。渡そうとして手を止めた。


 待てよ。パーティー内と言えど、いくらなんでも甘やかしすぎか? 


 目が合うと、アリスも黙って首を横に振っている。


 ちらりとフリーを見ると、手を止めた俺を見てウルウルと泣きそうな顔になっている。


 はぁ、仕方ない。今回だけだ。


「フリー」


「な、なんだい?」


「…………ローン組むか?」


「ローン?」


 フリーが固まった。


 冗談はさておき、フリーが金貨を受け取りおっさんに手渡す。フリーからはきちんと徴収していこう。


「おお!ほんとに買ってくれるのか? まぁでもなんだ。お前らも防衛戦出てくれるんだろ? まけて950万にしといてやるよ」


「いいのかい!? ありがとう!」


 さっきのしょんぼりしたのは演技だったようだ。


 こいつ…………!


「おいフリーしっかり働いて返せよ?」


「わかってるよー」


 もはや俺の話は耳に入っていない。フリーは刀を抜くと、鏡のようにきれいな刀身に目をキラキラ、口を呆けたように開けて見惚れていた。


「レアはどうするの? やっぱりあの剣?」


 アリスが1本の剣を指差してレアに聞く。フリーが騒いでいるのを他所にレアがじーっと眺めていた剣だ。


「そうだねー。だってこれ可愛いくない!?」


 その剣はどうやらこの屋台のイチオシらしく、一番目立つ場所に壁掛けされている。


「可愛いってなぁ…………そんなので剣を選んでどうする」


 だが、よく見てみると悪くなさそうだ。


「そこの細目の兄ちゃんも渋いが、あんたもお目が高いな。見てみるか?」


「うん!」


 おっさんが掛けられた剣を外し、レアに手渡した。


「へぇ」


 レアが大事そうに受け取り、じっくりと眺める。


「レア、抜いてみてよ」


「うん」


 アリスに促され、上品で柔らかな印象の緑色の鞘から剣をしゃらんと抜く。刀身は翡翠のような、いわゆる黄緑色の細い透き通った刀身の剣だ。


【賢者】その剣にすべきです。


 鑑定をしてみると、それはまさにレアにピッタリの剣だった。


 なるほどな。


ーーーーーーーーーーーーーーー

翡翠剣

ランク:A

属性:風

特殊:風との親和性が上がり、風魔法を使用する際に威力が上がる。


〈風に好まれる剣〉

ーーーーーーーーーーーーーーー


 こういう剣を見つけられるのもレアの風の加護のおかげかもしれない。


「それは600万コルでいいぞ」


 思わずぎょっとする。


 おいおい、Aランクだぞ。絶対そんな値段じゃないだろ。


「やった!はいっ!」


 レアがぽんっと金貨を渡す。


「毎度ありっ!」


 この人には世話になりっぱなしだな。というか、今思えばこれ程のランクの武器を個人で仕入れられるおっさんって、実は業界じゃすごい人なんじゃないか。どんなコネがあるのやら。

 で、あとはアリスか。


「なぁ、アリスはどうすんだ?」


「そうねぇ…………あたしは今2本あるし」


 そう言いながら、アリスは左腰に差している2本の短剣コールドエッジとアイスエッジを触った。


「まぁ予備をもう1本くらい持っとけよ」


「そうね。そうするわ。氷属性の短剣かナイフはある?」


「氷属性か…………ないことはないんだが」


 おっさんは木箱を漁り、中から白いナイフがきれいに等間隔に差してあるベルトが出してきた。


「これは10本セットの投げナイフだ。ここのダンジョン産でな、刺さると相手を氷付けにする。外しても刺さったところから氷柱が飛び出し、攻撃できる。一度使うと魔力がたまるまで数日必要だから注意しろよ?」


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ファントムエッジ

ランク:B+

属性:氷

特殊:1メートル前後の氷のツララを発生させる。


〈氷刺殺の投げナイフ〉

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 長さ20センチほどのツララのようなナイフだ。


「戦術の幅がひろがりそうね。いくらなの?」


「10本まとめ買いで150万コルだ」


「そう。これで」


 アリスは金貨2枚をおっさんに手渡し、おつりを受け取った。


「毎度あり!」


 購入したナイフはベルトに10本着いており、アリスは今のベルトと交差するように腰に巻いた。


「あ。ねぇ、練習用に同じ重さ大きさくらいのナイフある?」


「そうだな。じゃ、これはサービスだ」


 そう言って渡してきたのは、いつぞやウルが欲しがっていたナイフだ。いいのか?


「ありがとう!」


 アリスが嬉しそうにお礼を言う。


「ユウは?」


「俺は今ので十分過ぎる。おっさん、またいいのがあれば頼むぞ」


「…………おう、刀は大事に使えよ!」


 おっさんは頭をかいた。


「もちろんだ。じゃ、そろそろ行くよ」


「ありがとうな。死ぬなよ!」


「おう!」


 そして武器を新調したほくほく顔の3人とおっさんの屋台を離れた。



読んでいただきありがとうございました。


時間をもて余してしまう時、頭の中で物語を考えるといいですよね。いわゆる妄想です。本もスマホも何も入りません。なんてエコで経済的なんでしょう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白さ [気になる点] いつも思うが、氾濫前に土石流の様に大量の水と土を流し込み+高圧電流で鈍らせた上で凍らせたら少しは楽になりそうな? [一言] 続きが気になり過ぎてまう
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