第50話 2人の奮闘
こんにちは。いつもありがとうございます。
ブックマークや評価いただいた方、有難うございました。
世間ではコロナが流行しておりますが、皆さん大丈夫でしょうか。どこにも行けなくてもイライラせずに、こういう時こそ家でゆっくり物語でも読んでみてはいかがでしょうか。
今回はのんびりとしたお話になります。それでは、第49話よろしくお願いします。
「思ったより長いな」
ギルドの扉の真横で待つこと数分、
バタンッ!
扉が勢いよく開いた。
出てきたか?
「もう…………疲れた」
アリスだ。髪を払いながらうんざりだと言うようにふらふらと、そしてアリスを追ってレアとフリーが出てきた。ダンジョンの強者を倒したというだけでここまでもてはやされるなんてな。さすがダンジョンの町だ。大分長いことワイワイしてたみたいだ。
「にししし。まぁまぁアリスちゃん。なんか皆奢ってくれたし、別にいいじゃんねぇ?」
フリーがなだめている。てかフリーはだいぶ酒が入っているようだ。いつもより、数段ニヤニヤしている。何がそんなに楽しいのかわからないがニヤケ面が止まらないようだ。
「はぁ、そこはいいのよ。ただ、あの人たち姉御姉御って、あの呼び方なんとかならないのかしら」
「別にいいじゃん。自由に使える財布ができたと思えばいいのさ」
フリーお前、なかなかエグいな。おい。
「そんなことより、アリスちゃんはもっとグイグイ行かなきゃ!」
グイグイとグーの手で走るように腕を振るレア。
「ほらグイグイ!」
レアは元からあんな奴だから酔ってんのかわからん。
「いったい何の話よレア」
「しかしユウ1人だけ仲間外れというか、逃げ仰せたのは許せないねぇ。ねぇ?」
嫌な笑みを浮かべたかと思うと、フリーが扉の影にいる俺に気付いていたようでヒラヒラと手を振った。
「やほー。ユウ」
げっ、バレてた。
「お、おーす。おつかれさん。大変だったみたいだなぁ」
ヘコヘコと頭を下げて出ていく。
「ユウなんで逃げたの!一緒に飲みたかったのにぃ!」
レアがポコポコ俺を叩いてくる。
「だってああいう絡まれ方嫌じゃん?新たな舎弟とかできたらめんどいしよ。事実、できそうだったろ?」
「そりゃ、間違いなかったねぇ」
「だとしてもユウ、あたしたちに謝るべきじゃない?ねぇねぇ?」
俺を何度も指で俺の体を突っつきながら、ぐいっと顔を近付けてアリスが言う。
少し目が虚ろで顔が赤い気がする。アリス、ちょっと酔ってんのか?
「逃げてすみませんでした」
「おかげであたしたちがどれだけあの人たちに振り回されたと思って…………」
アリスのセリフの途中でポンポンと肩を叩かれ振り向くと
「こうは言ってるけどユウ、実はアリスちゃんはユウとも一緒に飲みたかったって言ってるんだよねぇ」
フリーはそう言い、途端にアリスの顔が固まった。
「そこのフリー、一回くたばってくれないかしら」
「あはは、どこのフリーだい?」
黙ったままアリスにガッ!!とアイアンクローをされ、凍り付いていくフリー。
ニヤケながら白目剥いてるけど大丈夫か。絵的にキツいからその顔やめろ。
「フリーさん!?」
凍っていくフリーにレアが慌てる。それをスルーしてアリスか続ける。
「どう落とし前つけてくれようかしら?」
そのセリフもう、ヤ○ザじゃん。もろヤク○だろ。
「ああもうわかった!お前らの頼みを1つなんでも聞いてやるから許してくれ」
「お、奮発するねぇ」
アリスにやられた氷をよっこらせっと、パキパキ落としながらフリーがノってきた。
こいつ、ほんとタフだよな。
いやでも、こいつらになんでもってのは不味かったかもしれん。フリーの目が光って見えたのは気のせいか。
「やたっ!」
レアも小さく喜んだ。
「待て待て!さすがにやっぱりなんでもってのは…………」
「確かに聞いたわよ?」
アリスはずいっと来る。
「いや、だったら俺の話をもっかい聞いて!?」
すると、レアがいらんことを言い出した。
「じゃあまずは明日、ユウはアリスちゃんをお詫びとして1日町を案内してあげてよ」
「「い!?」」
レアの提案に、アリスと俺の声が被った。
「だって今日は、僕たちをスケープゴートにして町を遊び歩いてたんだよねぇ?」
「そりゃ、そうだけど…………なんでアリスと!」
「ユウ!」
レアに呼ばれて振り返ると、
「何?」
良い顔で、黙って親指を立てた。
「いやもうめんどくさいな!?」
「ちょ、ちょっと待って!なんでよレア。自分で決めるわ」
「まぁまぁまぁ」
途中で止めに入ろうとしたアリスをレアが押さえる。手で口を押さえられもがもが文句を言っている。
まぁ、今回は俺が悪かったから、機嫌取りなら1日くらい付き合ってやるか。
「とりあえずアリスはそれで決定。僕たちの分はまた考えておくから、今日は各自解散にしようよ」
「1人1個かよ!?」
「「当たり前」」
「わー、わかった。もうなんでもいいや。俺は今日疲れたから帰るぞ?」
黒刀のせいで本気で疲れてる。あれだけ魔力を使ったのはいつ以来だろう。
「僕たちはもう少しブラブラしてから帰ろうかな?」
フリーがチラリとレアを見た。
「そうだね!」
「え?嫌でも……そろそろ」
アリスだけはあたし帰りたいみたいな雰囲気を出すが。
「行こうよ!アリスちゃん!」
レアがアリスの腕をがっちりとホールドする。
「え、ならユウは?」
「良いから!ユウは疲れてるんだから」
レアはアリスの背中を押して、どこかへ連れ去っていった。
「え? わ、わかったわ」
◆◆
そうして、3人は揃ってどっかに行ったみたいだ。俺は宿に帰ってから、水魔法で体を洗い、寝る用の服に着替えた。
ベッドに寝転がってゴロゴロする。
1人は気楽だが少し静かすぎる…………。今日もまったく濃い1日だった。
「ふう…………」
どれくらい経っただろうか。まだ夜は浅いというのに、知らないうちに寝てしまっていたみたいだ。がやがや声がすると思うとドアが開いた。
「…………お、おかえりフリー」
寝転がったまま声をかける。
「やぁ、ごめん起こしちゃったみたいだね」
「ふぁ……いんや。寝落ちしてただけ」
ぼーっとしていると、隣のレアとアリスの部屋からも、かなり賑やかな声が聞こえてきた。
そうしていると、フリーはふぅと言いながらベッドに座った。
「そういやユウ、明日のプランは考えてあるのかい?」
「プラン? あ~、なんも考えてない」
「それで大丈夫かい?」
「あー、今考える。アリスは女の子だし…………買い物?」
映画とかないし、町歩きしながら買い物でもできたらな。それにアリスなら何かを買ってあげても喜んでくれそうだ。
「お、さすが。何か買ってあげなよ」
「ああそうする」
「あとはそうだねぇ。この町には立派な教会があってね。そこは荘厳華麗ないい雰囲気みたいだよ?」
なんかフリーのやつ詳しい。教会か、良いな。俺も見てみたい。
「へぇ…………」
「シュタイン大聖堂ていうらしい。町の北側にあるみたいだから行ってみなよ」
そういやジャンも大聖堂が名物だって言ってたな。明日行ってみよう。
「そうだな。行ってみるよありがとう」
「明日に備えてそろそろ寝ようか。明日は頑張ってねぇ」
なんでアリスと買い物するだけで頑張らないとだめなんだよ……。
◆◆
次の日、町の広場の噴水前に落ち合うことになっているので、お昼前にそこに向かう。予定時間すこし前に噴水前に着いたがまだ誰もいないようだ。それから少しして、ベージュ色のベレー帽をかぶった色白の女の子が袖を引っ張ってきた。
「ユ、ユウ」
「ん、誰だ?」
なんで俺を知ってる?
「あたし。あたしよ」
「なんだあたしあたし詐欺?…………っておまえ、アリスか!?」
アリスは白いゆるふわのロングスカートにパステルカラーのボタン留めのシャツを着ていた。そして化粧をして、いつもの何倍も可愛くなっていた。ロングスカートとヒールを履いているのかスラッとさらにスタイルが良く見える。まるでモデルのようだ。そのためか、かなり印象が変わって見えた。さらに少し赤みがかった口紅で艶のある唇が大人っぽい。
「ど、どう?」
そんなアリスが上目使いに聞いてくる。可愛くないわけがない。
「めちゃ可愛い……」
つい素直に出てしまった。
「ほんとっ!?」
「あ、ああ」
「っし!」
アリスが嬉しそうに小さくガッツポーズをした。やっぱ可愛い。
あ、そういうことか。やっとフリーが頑張れって言った意味がわかった。初めからこれ、計画してやがったな?
「まぁ……飯でも食うかぁ」
「ええ」
まずは2人でお昼ご飯を食べに行った。ただ並んで歩いてるだけなのに、いつもと違うアリスに距離感が難しい。店はいつの間にかリサーチしていたフリーに教えてもらったパウエルというパスタ屋だ。今日の流れは朝方何故かフリーに叩き込まれた。
店内はシーリングファンが回り、冒険者の町には珍しく落ち着いたカジュアルさとアーティスティックな感じを混ぜた雰囲気のお店だ。木造の温かみある空間で外の喧騒を遮断し、お洒落でアリスも気に入ったみたいだ。
「あたし、こんなお店初めてくるわ」
「まぁな。ここはチーズとベーコンのパスタが上手いぞ?」
というフリーからの情報だ。
「じゃ、あたしはとりあえずそれで」
それからフリーやレア、そしてアリス自身のことについて、他愛ない話をしてからお店を出た。どうやらアリスは物語を読んだり、絵を見たりするのが好きらしい。俺と似たようなところがあるようだ。アリスは小さい頃から魔力を制御できずに人から離れて育ったからだろうか。今までそういう話はしたことなかったな。
「美味しかった!またフリーとレアも呼んで4人で来ましょう?」
「だな」
相当美味しかったのか、アリスのテンションが高い。店を出てくるくると回りながら言った。スカートの裾がふわりとなる。
そこまで喜んでくれるとこっちまで嬉しい。いつも険しい顔で何かを考えているアリスがここまで楽しそうにしてくれるともっと喜んでもらいたくなる。
「はははっ。そんな気に入ってくれるとはな。よし、次行きたいとこあるか?」
珍しくはしゃぐアリスを捕まえて聞く。
「そうねぇ。あたしこの町詳しくないから…………どこかいいとこあるの?」
いや、俺もそんな知らねぇから、ここはフリー先生だな。
「フリーに聞いたんだが、シュタイン大聖堂という教会があるらしい。この町一番の観光スポットになってるみたいだから行ってみないか?」
「ああ、昨日ギルドで話してたわね。まぁ神様とかは全く信じてないんだけど。ほらずっとあの先っぽが見えてるじゃない。あれ、気になってたのよね」
と、他の建物に隠れずに見えている塔の先端を指差してアリスが言う。
「ああ、確かにな」
この辺にいると、ちょくちょく目に入っていた塔の部分。屋根のそれほど高くない住宅や店舗に反し、めちゃくちゃ高い建物がニュッと頭を出していた。
「前から見てみたいと思ってたの。なんて言うか、大聖堂ってすごく雰囲気良さそうじゃない?神聖な感じがして」
「だな。よし、行くか」
フリーのやつ、やっぱりこれに合わせて情報仕入れてやがったのか?
見えてる塔に向かって歩き始める。近そうに見えて歩けばけっこうかかりそうだ。
すると、また人を呼ぶような声が聞こえた。
「喧嘩だよー!」
バタバタと人々が2つ先の角を右へ曲がった方へと走って集まっていく。
どっかで聞いたことある声だな。
「なんだ?」
「多いわね。この町は」
覗き込むと、人だかりが出来ていてその奥では喧嘩が始まりそうな感じだ。誰と誰がやるのかは人で見えない。
まぁ、今回は関わるのは止めとこう。
また、スルーして歩き始める。
「アリスは昔コルトの町を出ようとは思わなかったのか?」
「うーん、そうねぇ。ソロでやってるといろいろと限界があってね。レベル的にもあの町でも十分だったし。それこそ何かをしたいっていう欲求があまり起きなくて惰性的だったの」
「へぇ、町を出てみてどうだ?」
「良かったわ。なんて言うか、開放的になれた気がするの。もっといろんなことを知りたい。そう思えるようになったわ。せっかく生まれたんだもの。世界中を見てからじゃないと勿体なくて死ねないわ」
「ああ、この世界には想像もしていなかったものがたくさんある」
「そうね。あたしは、あたしが見たいものを見て、知りたいことを知って、やりたいことをやって死ぬわ。だってそこに生まれた意味があるもの」
「まぁな。他人を気にせず、自由に生きてこその人生だ」
「ええ。だからあなたに着いていくわ。あなたといれば退屈はしないでしょう?」
「まぁな。何故かは知らんが」
「あなたって結構バカそうに見えて、いろいろ考えてるものね」
「おい。俺は絶対バカじゃねぇよ」
「あはは。ごめんなさい。あ、ほら見えてきたわよ?」
アリスが見上げるそこには、ドイツのケルン大聖堂を思わせる壮大な教会がそびえ立っていた。普通の中世の町並みに突如現れた。巨大なゴシック様式の石でできた重厚感のある建築物だ。これだけのものだ。この町の歴史もかなりのものなんだろう。正面の入り口上の壁には10メートルは有りそうなステンドグラスの窓があった。
「すご……でかすぎてなんというか、存在感がありすぎる」
「……ただただ圧倒されるわね。人間ってこんなものも作れるの?上を見ようとしたら首が痛いわ」
この大聖堂の左の塔は鐘塔になっているらしく。ジャンと行った大時計台とこの鐘塔で町中に時間を知らせ、かつ外に出ている冒険者にも音色を届かせる役目を持っているらしい。
見上げていると、鐘塔の方に小さな人影があった。
鐘を鳴らす人?みたいなんがいるのか?
「どうだ?入ってみるか?」
「入りたい!」
巨大な入り口をくぐると内装もすばらしく、ステンドグラスや彫刻が施された何トンあるんだろうという屋根を支える巨大な17本の柱、壁の絵画など、さらには天井にまで絵が描かれている。印象的なのは大きなステンドグラスから取り込まれる太陽の光で、聖堂内が色鮮やかな空間に染まっていたことだ。
「「うわぁ…………」」
2人とも内装とその空間の雰囲気に息を呑まれた。
そして、ちょうど外が快晴になったのか、強い光がステンドグラスを通過して射し込み、堂内がカラフルな色に包まれる。
「すごい……神様が祝福してくれてるみたいだ」
俺らが入った直後、まるで狙ったかのような完璧なタイミングだった。
ん、人影?
一瞬だが、ステンドグラスに人影が写った。
そんなわけないか、あんなとこに登る馬鹿はさすがにおらんだろう。
「ここ、絶っっ対に来るべきね」
「来ないと人生損してるな」
それから聖堂内を2人で見て回った。
「ねぇねぇ、この絵、凄く引き込まれない?」
アリスが言う絵は壁の隅に掛けられていた。
そこには貴族を思わせる裕福な格好をした女性に、孤児の男の子がりんごを渡そうとしている絵だった。時折、立ち止まり絵を見ていく人もいるようだ。近付いて見上げてみると、貴族の女性はリンゴと引き換えに積み上げた金貨を渡していた。2人とも優しい表情をしている。
「これ、でもどういう意味なのかしら?」
「ものの価値は人それぞれだってことだろ?例えば100コルしか持っていない人の50コルと、100万コル持っている人の50コルは、2人からすれば全く価値が違う」
「つまり、どういうこと?」
「貧乏な少年はリンゴが全財産なんだとしたら、この貴族の女性はこれだけの金貨を持ってリンゴを買う。人によって価値観は全く違うってことじゃないか?」
「なるほどね。そんな世の中だったら皆が優しくいれるのに」
「うーん、それはそれで大変だと思うけどな」
とか言いつつも俺は元々は無宗教だからよくわからない。
アリスと歩く。聖堂内は静かで、歩くとコツ、コツ…………と足音が響く。身が引き締まる荘厳な空間だ。
「ん?」
数十メートルは上の天井の方から視線を感じた。
「どうしたの?」
いや、気のせいか。
「うううん、何でもない」
正面奥には、長椅子が並べられており、最奥には頭からローブを被り、両手を胸の前で合わせた女性の像があった。その像には背から3対の白い翼が生えている。礼拝はその像に向かって行うようだ。
「救魂者ミリム」
像にはそう名前が掘られてあった。
「良き行いは魂を救い、悪しき行いは魂を汚すね。ふーん。なんと言うか…………」
「わかりやすいけど、ちょっとありきたりだな」
「あはは。言っちゃったわね」
アリスも神は信じていない。神様はこういう世界だからいるのかもしれないが、それにしてはこの世界は苦が多過ぎる。
それから礼拝を行った。毎日14時には讚美歌が歌われるようで、それも見ていった。子供たちの歌声が教会内に響き、鳥肌が立つ。純粋にきれいだと思った。
アリスも感動して涙ぐんでいた。アリスも迫害を受けた幼少期、こういうところに救いを求めなかったんだろうか。絶対に心に響くところがあったはずだ。
「良かったな」
「うん」
礼拝が終わってから余韻に浸り、教会を出る。すると、アリスが何かを見つけた。
「ユウあれ!あれ見ていかない?」
アリスが指差すのは協会前の広場で行われていた火のついた棒でするリンボーダンスだ。
「おう!」
人だかりの隙間から覗くと、小太りの男とひょろ長い男が棒を持ち、もう1人中肉中背の男が上半身を反りながら少しずつくぐっていく。全員白塗りで丸い赤っ鼻でピエロのメイクをしていた。
「あっ、もう少し」
そして、背中を地面すれすれにまで反らし、ついにのけ反った状態でアゴ先が通った。
「「「「「おお~!」」」」」
パチパチと声援が上がり、置かれたシルクハットにコルが投げ入れられていく。
「はい、全く魔法を使用しない、純粋な技がなすこの妙技。いかがだったでしょうか!」
背の高いピエロがしゃべり慣れた様子で解説をする。
「さて、次は…………この火のついた棒をわたくしが飲み込んで差し上げましょう」
そしてピエロは上を向き、大きく口を開ける。
「ほぉ」
「ねぇ、どうすると思う!?」
アリスが楽しそうに聞いてくる。
「どうってなぁ、それがわかりゃ俺がやって…………ん?」
口を開けたままのピエロと目が合うと、固まった。そして、慌てたようにピエロはずぼぉっと飲み込むと
「「「早っ!」」」
観客たちが口を揃えた。
「はい、ありがとうございました。申し訳ありませんが私どもは急用を思い出しましたので、こちらで失礼します」
そう早口でまくしたてた。
「えーーー!?」
驚く観客たちと事情がわからない他2人のピエロたち。
「ああもう今度はあいつらかよ!ヒューズ、モッシュ!」
そう言って荷物を鞄に詰め、走り去った。
「今、ヒューズって言った?」
「言ったな。確かに…………」
「あはは、ピエロってあの3兄弟だったのね」
「芸達者だなーあいつら」
まだ夕食までは少し時間がある。走り去ったあいつらを見送りながらアリスに聞く。
「なぁ」
「なに?」
「遅くなったけど、アリス。魔力のコントロール大分上手くなっただろ?お祝いに欲しいものはないか?服とかアクセサリーとか」
「うーん、いいの?」
と嬉しそうに見上げてくる。
「ああ、遠慮なしで」
「そうねぇ。じゃあアクセサリーで。ちゃんと効果のついたやつね!」
「了解!」
アクセサリーで、しかも戦闘でも使える方が良いとなれば……。
◆◆
「おい、オッサン。また来てやったぞ」
俺たちは町をうろうろしながら、ウォーズ通りのあのオッサンの屋台へ来ていた。相変わらず同じ場所に陣取って商売しているようだ。
「おお昨日はありがとうな!もう来てくれたか!ははは!」
「今日はアクセサリーがほしい。ちょっと見せてくれ」
「おう、ちょっと待っとれ」
おっさんが店にあるアクセサリー棚を見やすいようこちらに移動させようとしてくれている。と、アリスに肩を叩かれた。
「お店の人、知合いなの?いつの間に?」
「昨日、他の客に絡まれてるところを助けたんだ」
「あなた、どこへ行ってもいろんなことに巻き込まれるのね」
アリスが心底気の毒そうな目で見てくる。
「わざとじゃないんだけどな……」
そうしているとおっさんが戻ってきて口を開いた。
「ん?そういや、今日はキレイな嬢ちゃん連れてるな。コレか?」
小指を立てるおっさん。シバいたろか?
「ちげぇよバカ!」
そう言いながらもオッサンが目ぼしい物を持ってきてくれた。
「はっはっは!この辺のでどうだ?」
「いっぱいあるな。どれどれ?」
出してきてくれたのは、木でできたアクセサリー棚だ。全部で20種類以上のアクセサリーが棚にかかっている。
「可愛い!これなんていいんじゃない?」
アリスが指差すそれはシルバーのハートの右側が大きく膨らんだネックレスだった。アシンメトリーに出来ていて可愛い。
「おっいいな。でもまぁ待て。俺にも選ばしてくれ。…………なぁ、これなんてどうだ?アリスっぽいだろ?」
俺が見つけたのは透明な水色の雪の結晶の形をした、アクセサリーがついたネックレスだ。
「あたしっぽい?ふふっ、それも可愛いわね。なら、ユウが選んでくれた方にしようかしら」
「おーけー」
「ユウのはそうねぇ……あっこれ!」
そう言ってニコニコしたアリスが目の前に持ってきたのは、革のヒモを通した2つシルバーの指輪がついたネックレスだった。
「おお、カッコいいなこれ」
「でしょ!これにしてよ!」
アリスがふわふわのスカートを揺らしながら俺の目の前につき出す。
「わかったわかった。これとそのネックレスで頼む」
「毎度あり~!」
おっさんはニヤニヤとごきげんで袋に入れて、渡してくれた。何笑ってんだよ。
「そう言えば効果はどうなんだ?見てなかった」
おっさんが説明してくれる。
「ああ、嬢ちゃんのネックレスは火属性の攻撃の威力を少し抑え、氷属性の効果を高める。ユウのは魔力強化だったはずだ」
「へぇ、アリスにぴったりだな。おっさんありがとう!」
「おう!彼女は大事にしろよ!」
「彼女じゃねえ!」
「あははは!」
そう言う俺に、アリスは手で口を押さえながら笑っていた。
それからウォーズ通りをぶらぶら歩いて武器を見て回った。武器をデートで見て回るなんてどうかと思ったが、俺たちは冒険者なんだから仕方がない。それでも、アリスの女の子らしい白いロングスカートがこの通りじゃ浮いていた。
そして少し日が傾いてきた。夕日に照らされるこの通りもいい感じだな。徐々に仕事帰りの冒険者たちも町に溢れ出す。
「この町って物騒だけど、好きよ」
アリスがつぶやいた。
「物騒だけどな」
「昨日のギルドでの事も、あたし実は嫌じゃなかったの。今思えばけっこう楽しかったわ」
「ははっ、今さらかよ」
あたりは夕日が沈みだし、少し暗くなってきた。お店はブルートにおすすめの宿を聞いたときについでに教えてもらっていたこれまた、知る人ぞ知る路地裏にあるステーキのお店だ。店の外にまで香ばしいお肉の焼ける匂いが薫ってくる。
「もはや匂いが旨そうだ。いっぱい吸っとけよ?」
「何言ってんのよ」
お店に入ると、この世界に来てからは珍しい個室タイプのお店だ。席はフリーが俺の名前で予約してくれていた。
アリスと2人で入ると、なんとここからは夕日に照らされ、力強く紅く燃えるシュタイン大聖堂を見るベストスポットだった。
フリー、あいつなんでモテないんだろうな。
「きれい…………」
俺は夕日に照らされたアリスの横顔を眺めていた。
そうだ。
「アリス」
「なに?」
「ネックレス。着けてやるよ」
俺はネックレスを取り出すとアリスの後ろへ回る。黒く真っ直ぐでサラサラな髪を避けてやると、うなじが見えた。
アリスって首細いなぁ。
なんだか、すごく緊張してきた。手が震えそう。
ネックレスをアリスの前を通し、後ろで留める。
「よし」
自分の椅子に座ってアリスを見てみる。アリスと目があった。
「どっ、どう?」
アリスが目をチラチラ泳がせながら聞いてきた。返事を期待してるのだろうか?
「顔真っ赤じゃん」
「もう…………!」
アリスが怒ったように下を向いた。
「すごい似合ってる」
そう言うと、アリスが顔を上げる。
「あはは。うん、ありがとう」
最高の笑顔だ。
互いに恥ずかしくなり、少しぎこちない雰囲気の中、黙って窓から外を眺めていると、扉をノックする音が聞こえた。
「はーい」
ウェイターだ。料理が運ばれてきた。熱々の黒い石の上に置かれた肉は分厚く、肉汁が流れ出している。肉は大して力を入れることなく切れ、なかはレアでジューシーだった。
旨すぎて、さっきの恥ずかしさも忘れて夢中でステーキを頬張った。
食べ終わると、アリスの方が先に食べ終えていて、また顔を赤くしていた。
おいおいまったく…………。
「ユウ、こっち来て?」
急にアリスに呼ばれた。
「なんだ?」
席を立ち、アリスのそばにしゃがむとアリスが俺に近づいて、ネックレスをかけてくれた。俺の鼻をくすぐるアリスの髪から良い匂いがする。
そして、離れぎわ、頬に柔かな感触があった。
◆◆
そうして宿屋へ戻った。アリスは自分の部屋へと戻っていった。宿屋へ戻るとレアとフリーが汗だくで部屋にいた。
おい、なんでレアまでこっちにいる。
「やぁ……おつ、かれさん」
「おお、お疲れだよー」
「なんでそんな息切れしてんだ」
「いやぁ、ちょっと軽いトレーニングでね。町中を走り回りながら観光してたんだよ」
「へぇ、そうかそうか」
やれやれと手でパタパタ仰ぐフリーとレア。
「……………………お前ら、俺らの後着けてただろ?」
ビクッと反応した2人は、そっぽを向いて、鳴ってもいない口笛を吹き出した。
「「ふゅ~、ふゅ、ふー!」」
ドゴン!
とりあえずフリーは1発デコピンしておいた。壁に頭が埋まった人間のオブジェが出来た。
「はわわわわわわわわわわわわわわわわわわ!」
レアの目が泳ぎまくっている。
「ま、お前らのおかげで楽しめたこともあるし、これくらいにしといてやる」
「わ、わははー!そだよー、私らだって頑張ったんだからねー!」
開き直りやがって。
「何してたんだ?」
「えーとぉ、まずは昨日アリスちゃんの可愛い系の服を買いに行ったでしょー?」
やっぱりあの後3人でどっか行ったのはそういうことか。アリスは何も言わなかったが、どうせ昨日の飲みの席でそんな話でも出たんだろう。
「で、今日はアリスちゃんをナンパしようとずっと後ろを着けてた2人組がいたから、フリーさんが決闘を申し込んでボコボコにしたの。見つかりそうだったから、私が頑張って人を集めて見えないようにしたんだよ?」
「あれ、フリーだったのかよ!?」
「あとは他の場所でやっていたあの3兄弟の芸をこれでもかと邪魔して大聖堂の広場まで追いたてたりー、夕食の窓側個室の席を確保するために予約客を買収したりー、料理は私達が扉の前でウェイターさんを留めてたからあのタイミングで運ばれたんだよー?完璧だったよね!あぁ楽しかったなぁー」
久々にこんなにしゃべるレアを見た気がする。
「ほほぉ?」
「しかも聞いてよユウ!大聖堂でユウたちが中に入った途端、フリーさんなんて急に大声出して外から大聖堂に登りだしたと思ったら、ステンドグラスの前で苦手な光魔法を使って太陽の光を強くしたんだよ?中はどうだった?絶対キレイだったよねー。戻ってきた時なんて、無理に魔力の出力上げたからか鼻血がスゴかったんだよ?」
「あいつ…………あほか」
壁に埋まったフリーを見る。
魔力の訓練の成果そんなとこに生かすなよ。いや、今日はお前らのおかげなのかもな。
「私も中で見たかったなぁ」
「お前ら、最後まで着けてたのか?」
「うううん。先に宿に戻らなきゃいけなかったから、途中までだよ。どうだった?アリスちゃんとは仲良くなれた?」
良かった。あの時まではいなかったんだな。
「よしレアそこになおれ」
「へ?」
ビリィ!
「あばばばばば!」
レアの尻尾の毛が静電気で逆立つ。
雷魔法で強めの静電気を発生させ痺れさせた。床にコテンと横になるレア。
「ひ、ひどいよユウ~」
「うるせ、早く寝ろ馬鹿」
読んでいただき、ありがとうございました。
皆さん、お体には何卒お気をつけください。
いつの間にやらもう50話です。今後とも頑張って更新していきますので、『ワンダーランド』をよろしくお願いします。