第5話 属性魔法
こんにちは。宜しくお願いします。
図書館へ行くために1階へ降りると、デリックは留守でミラさんがいた。
ミラさんは毎度俺の心配をしてくれる優しいお母さんみたいだ。もっともデリックには厳しいが。
「あら、今日も外出?」
俺に気付いて、おたまを片手に声をかけてきた。
「うんまぁ、今日は情報収集で図書館に行ってくるよ」
「頑張るわねぇ」
ミラさんは厨房の奥から微笑ましいように俺を見る。ホント子どもみたいな扱いなんだよなぁ。
「あ、図書館に行くならエルちゃんにこれあげて。ユウくんも一緒に食べてね」
そう言って、厨房からカウンターごしにカゴに入った揚げパンをくれた。
「ありがとう。ミラさん」
「いいのよ。あ、そうそう知ってる? 今日は年に一度、町をあげてのお祭りなの」
ミラさんは細く綺麗な人差し指を立てながら言った。
「祭り? あ、もしかして最近よく見る、屋台で売ってるお面が関係あったり?」
「そうよ。あのお面はここの湖の守り神とされている神様、『シル様』を表しているのよ」
「へぇシル様って名前なのか。…………て、なんで泣き顔?」
「あの顔は大昔に湖で、1人で寂しそうに泣く神様を見たって人の話から作られたの。どうして泣いているのかはわからないんだけど、捜し物をしているとか、誰かを待ってるとか、いろんな説があるわね」
「へえ。まぁ、俺はこの町じゃあ新参者だから、今回は遠目に見物させてもらうよ」
「あら、遠慮しなくていいのに。広場のステージで皆一緒に踊るからぜひ来てね?」
ミラさんが可愛らしくウインクした。
「はは、うん。どうだろう……」
俺は人見知りするし、皆と踊るなんてちょっと恥ずかしい。まだ町の中に溶け込むのはハードルが高いな……。
「ミラさんありがとう。そんじゃ!」
そうして、ミラさんの追撃から逃れるように店の扉を開けて広場に出ると、なにやら木材が大量に運び込まれ、中央よりの場所に50人は乗れそうなステージが組まれようとしていた。
トントン釘を打つ音や、指示を出す親方風の男の声、木材を運ぶ馬車や肩に荷物を担いだ男たちの賑やかな声がいつも静かな町の広場を盛り上げていた。
所々、広場に面した建物はランタンが飾られ、お祭りムード一色だ。広場の道に沿うように屋台が連なり、すでに泣き顔の面を被った子供たちが隅っこの方で遊んでいる。
町の大イベントみたいだ。
◆◆
準備に追われる人ごみの中を通り抜け、目当ての場所にたどり着いた。
扉を開けると、
「お兄ちゃん!!」
エルが笑顔で迎えてくれた。相変わらずの元気の良さだ。
「おっすエル。これ、ミラさんから」
そう言って揚げパンを手渡した。
「わぁ、ありがとう! ミラさんの揚げパンとってもおいしーの! お兄ちゃんも一緒に食べようよ!」
揚げパン1つでエルは目をキラキラと輝かせた。
それから図書館の中で2人で食べた。飲み物はちょうど祭りのためにやっていた屋台から買っといた。
「ほんとは中で飲食はダメなんだけどね!」
メッ! と注意するエル。
「いいのか司書」
「司書が食べたいんだもの。いいに決まってるよ!」
飲み物を飲みながらエルは言う。
お前が法か。
「それで、今日はどーしたの? 遊ぶ!?」
食べ終わると、エルが期待に胸を膨らませ、ニコニコと顔を寄せながら迫ってくる。
「今日は悪い。調べものをしたいんだ」
「なーんだ…………わかった! 何が知りたいの?」
エルは一瞬口を尖らせるもすぐに司書モードに切り替えてくれた。
「魔物と魔法についてだよ」
「それなら右奥の棚にどちらも並んでるよ! こっちこっち!」
そういってエルは手招きしながら、その本棚のところへ案内してくれた。
「『セルトレイスの魔法理論』、『初級魔法の使い方 その①』、『中級魔法の使い方 その①』、『魔力の本質』…………へぇ」
この世界では魔法について色々と研究されているようだ。まだ活版印刷の技術はないのか全て文字は手書きだった。複製が難しいから図書館がいるんだろう。
しかし、かなり古そうな本ばかりだな…………。
並列思考と組合せて片っ端から読んでいく。
1時間ほどで魔法に関する本はだいたい読んでしまった。
読んでわかったのは、この世界において魔法は呪文を唱え、魔力を魔法に変換するものであるということ。
だが俺は呪文を唱えずに魔法が使えた。なぜ? その答えは別の本にあった。
この世界ではスキル『魔力操作』の活用方法が知られていない。
どうやらこのスキル、普通は習得に相当時間がかかるもののようだ。何日も自分の魔力と向き合う必要があり、取得できたところで何の役にも立たない。そもそも呪文があれば魔力を自動で魔法に変換してくれるのだから必要がなかった。
俺はその常識を知らずに魔法を使おうとしたため、今の方法へたどり着いたようだ。
魔物についても調べた。今まで出会ったスライムやゴブリンにも様々な種類がいるようだ。オークにオーガやハーピィ、竜までいるようだ。竜にもなると人類でも相手できる者は限られる災害級の魔物になるようだ。
また、こないだ出会ったゴブリンで、弓を使っていたのはゴブリンアーチャー、剣はゴブリンソルジャーらしい。他にはゴブリンマジシャンやゴブリンロード等がいる。奴らは、数が増えて進化すると天災級のものが現れ、人の国を滅ぼしたことも過去にはあったそうだ。それにしてもこの図書館にはゴブリンに関する蔵書が多かった。
「なるほどな。エル、ありがとう助かったよ」
「いいってことよ!」
えっへんとエルが腰に手を当て胸を張って答えた。
どこでそんなセリフ覚えてくるんだよ。
「そうそう、エル」
「ほえ、なに?」
「ほら」
俺はエルに髪留めを手渡した。これは湖で俺が倒れたとき、目が覚めると手の中にあったものだ。大事なもののような気がしたが、男の俺には使いようもないし、エルにあげようと思っていた。
「いいの?」
「ああ」
「わーい! ありがとう!!」
エルはその場で何度も跳び跳ねて喜んだ。
「いつも俺と遊んでくれてるからな」
「うん! お世話してます!」
歯を見せてニッと笑うエル。
「はいはい、お世話になってますよ」
そんな偉そうなエルの態度を流しながら思い付いた。
「そうだエル、今日の夜空いてるか?」
「夜? 空いてるけど…………?」
エルが不思議そうな顔をする。
「いや…………なんだ。その、今日は祭りの日だろ? 一緒に回ってやろうかと思ってな?」
後頭部をかきながら言う。
「へっ?」
エルがキョトンとしている。
「子どもだけじゃだめでも、俺がついてたら大丈夫だろ? こないだ町長にも挨拶したしな?」
エルの顔がはっとする。両親が亡くなってからは祭りに行くこともできず、ずっと家にいたんだろう。今日が祭りの日だということも忘れてしまうくらい。
「…………い、いいの?」
エルの口がへの字に曲がり、瞳が潤み出す。上目遣いでエルは聞いてきた。
「いいぞ? 俺がついててやるから存分に楽しめよ?」
「うわああああああああああん!」
エルが俺のシャツに顔を埋めて泣いた。やっぱりこんな小さな女の子がひとりで暮らすなんて、やっぱり寂しかったんだろう。頭をポンポンと優しく叩く。
「おう、盛大におめかししてこいよ?」
「…………うん。うん、うん!!」
エルは俺のシャツをぎゅっと握りしめながら何度も頷いた。
◆◆
そこから俺は魔法の実験のために図書館を出て、町の外に来ていた。太陽は少し傾き始めた頃だ。
「なんだ…………? 今日は魔物が少ないな」
普段なら、もうスライム2~3匹に出くわしててもおかしくないのに…………まぁちょうど良いか。この辺で祭りの時間まで魔法を試してみよう。
町を出て10分ほど歩いたところに3メートルくらいの大岩があったので、それを的に実験してみることにした。
まずは掌を岩に向け、魔力操作で掌に魔力を集める。ザザザと体内の魔力が一斉に動く。そして火の玉をイメージする。
「ファイアボール!」
俺の場合、名前を言う必要はないが、つい言ってしまった。掌から10センチくらいの火が発射され、岩の表面を焦げ付かせた。
ん~これじゃあ、ゴブリンすら1発で倒せない。
しかし、詠唱魔法とは違って俺の場合は自由に魔法をアレンジできる強みがある。
次は指をピストルの形にして炎をギュンッと圧縮し、酸素を多めに加えてみる。炎は青白く燃え出した。さらに、螺旋回転を加えて撃ち出す!
ダァァンッ…………!
空気中に響き渡る音がした。岩には5センチほどの小さい穴が開いており、回りは少し溶けている。
「いい感じだな。名前はファイアバレットとしよう」
MPの消費量はファイアボールと同じで2だった。MPは5秒で1回復するようだ。指先から撃たなくてもできるが、気分の問題だな。
さらに何発か撃ってみる。岩は穴だらけになっていた。
「じゃあ、次は…………土魔法だ」
手のひらを上に向けて、そこに魔力を集め土塊をイメージする。
ボコッ、ボコボコボコ…………。
魔力が土に変換されていく。
「原理はわかってても、やっぱり魔力って不思議現象だよな」
手のひらに乗った土はボロボロと崩れてしまうほどに脆い。そこで、それをファイアボールのようにギュウウウウと凝縮させる。
手のひらに乗る量だったのが、パチンコ玉くらいの大きさになった。
「これを飛ばすには…………」
撃ち出すのは、土魔法ではできない。玉を作り出して火魔法で弾かないとダメなようだ。
「むっ、なかなか不便なんだな。こういう時は呪文があったら自動的にやってくれるのか」
そして土魔法は新たに土を生み出すよりも、地面の土を操作する方に長けているようだ。さっきの土塊を生み出すのと同じ魔力の消費量で、俺1人が隠れられるだけの土の壁を地面を持ち上げて作ることができた。
こんな感じで、魔法を地球の知識を交えてアレンジしてみた。
《水魔法》水の出口を小さくし、高圧の力を加えることでウォーターカッターのように物を切断できた。水は既存の水を扱う方がMPの消費量は少なくて済むようだ。
《風魔法》つむじ風や真空で物を切断できた。また真空の壁を作ったり、酸素濃度を変化させることもできそうだ。
《雷魔法》攻撃スピードは魔法の中では最速。さらに相手を麻痺させられるため使い勝手が良い。また電気が作り出す磁力によって金属を動かすことができた。
《氷魔法》氷を作り出したり、物を凍らせられる。土魔法と同様、壁を作ったりもできる。他の魔法と組み合わせも有用そうだ。
《光魔法》明かりを作り出すくらいしか使い道がわからなかった。物語によくある聖なる光とかは地球の科学知識にないのでよくわからない。光学迷彩とかできるならやってみたい。
各魔法はこんなところだ。
そして、的にしていた岩を最後に特大ファイアバレットで吹き飛ばした時、降ってくる岩の欠片を見て思い付いた。
「…………そうだ重力」
まるでニュートンのような思い付き方に笑ってしまった。
重力って言うと…………こうか?
自分から切り離した魔力の塊を、10メートルほど先の草原に置いた。
「ここで、重力属性に変える…………イメージは圧壊で」
ズン……………………ッッ!!!!
地響きがした。
「お、おお…………」
狙った場所の草原を見に行くと、直径5メートル、深さ5メートルほど、地面が綺麗に凹んでいた。
「あの魔力消費量でこの威力か…………これは使える!」
どうやら俺は重力属性に適正が高いようだ。そして、もちろん重力が使えるということは、『斥力』も扱うことができた。
そして、魔力操作を使っているうちに気づいたが、自分の後ろに雷様の太鼓のように円形の魔力を張らせて、円周上に等間隔に並んだ魔力の塊から魔法を打つことができた。これを雷様の太鼓の雷鼓からとって、太鼓に当たる部分を『魔鼓』と名付けた。これと並列思考で同時に複数の魔法の射出が可能になった。
さらにこの魔法の並列発動には今回の一番大きな収穫があった。それは魔鼓を合体させられたことだ。例えば、土と火でバレットを作ると、赤熱した弾丸を打つことができた。応用の幅が広がりそうだ。
そうこうしていると、大分太陽が傾いてきた。
そろそろ帰ろう。エルのやつ、どんな格好して来るだろうな。
読んでいただき、ありがとうございました。