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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
42/159

第42話 フリーとの繋がり

こんにちは。いつもありがとうございます。

減らそうとしたのですが、結局文字数が多くなってしまいました。読みにくかったらすみません。

宜しくお願いします。

 町を出て馬車で10分ほどでダンジョンの前に着いた。ダンジョンは草木の生えていない黄土色で岩がむき出しの地面に、下向きにぽっかりと開いた洞窟のようだ。穴の大きさは直径5メートルほど。冒険者たちが蟻のように出入りし、周囲には屋台もチラホラ開かれている。


「さて、どれが受付だ?」


「あれじゃないかな?」


 レアが指差す先に、ポツンと建つログハウスのような小さな小屋があった。10人ほどの人だかりができていた。そこへ向かう。


「こんにちは。ダンジョンへ行きたいんだけど」


 小屋には中から直接外の冒険者と応対できるカウンターがあり、そこで手続きができるようだ。受付をやっている若い男のギルド職員が返事した。


「はい、そしたらここにメンバーと滞在予定期間を書いて。字は書けますか?」


「ああ」


 賢者さんが俺の頭に浮かべてくれた文字をインクのついた筆でなぞりながら、後ろの皆に聞く。


「滞在期間は、まぁ今日は様子見だから半日でいいか?」


「そうだね。いいんじゃない?」


 レアが応えた。アリスは先ほど泣いてしまった手前恥ずかしいのか黙っている。書き終えた紙を職員に渡した。


「ありがとうございます。地図はいりますか?まだこのダンジョンは26階層までしか進んでいませんが」


 まだ踏破されてないのか?


「そうだな。頼む。とりあえず5階層で」


「はい。じゃ5000コルになります」


「まじ?……高くない?」


 思わずギルド職員の前で言ってしまった。職員の笑顔が一瞬固まる。そこにフリーが小声で補足してくれた。


「ユウ、ユウ!ダンジョンの地図は高いんだよ。それだけ冒険者が命をかけて作ったからね」


「なるほど。すみません。それで頼みます」


 空間魔法からコルを取り出し、ギルド職員の手に乗せる。こういうのがギルドの収入になっているんだろな。


「では、これが地図になります」


「ども」


 そう言いながら、羊皮紙でできた地図を5枚受け取った。



◆◆



 そうしてダンジョンの入り口に着いた。


「いやぁ、初ダンジョン楽しみだねぇ」


 フリーが嬉しそうにニヤニヤしながら言った。


 こいつ、結構戦闘狂だよな。


「アリスちゃんも初めてなんでしょ?」


 レアの問いにアリスは静かにコクッと頷いた。


 そんな初心者丸出しの俺らを回りの冒険者はじろじろと馬鹿にする訳ではなく、温かい眼差しで見ていた。やっぱりダンジョンが名物の町だと、ダンジョン目的の奴らが来ると嬉しいのだろうか。


「さて、いくか」


 入り口は階段になっていたが、それは初めだけで、中に入ってみると、あとは天然の洞窟のようだ。通路は一定の太さではなく、広かったり、天井が極端に低かったりと入り組んでいる。テレビで見た鍾乳洞のイメージだ。壁が濡れてテカっており、湿った濡れた空気にカツカツと足音が良く響く。

 特に自然の洞窟と変わりはない。強いて言うなら、多数の冒険者と魔物の反応があることくらいだろうか。


 1階層の初めの通路は、幅6メートルくらいで他の冒険者たちとも余裕をもってすれ違うことができる。そして、外の光は届かないはずなのに壁が淡い黄緑色にぼんやりと光っていた。場所によっては青白かったり、オレンジ色をしていたりと様々だ。


「きれいだな…………。これ明かりはどうなってるんだ?」


「これはね、壁に生えているヒカリゴケのおかげなの。色は種類によって違うらしいわ」


 良く見ると確かにモサモサの苔が発光しているようだ。というか久しぶりにアリスが喋った。


「お、アリスが復活した」


「なによ」


 アリスがじろっと睨んできた。先程泣いたことが恥ずかしかったのか、まったくしゃべってくれなかったからな。


「ははは、アリスはやっぱそうじゃないとな!」


 アリスは目をそらして咳払いをした。そして歩きながら続けた。


「いい?ここは悪魔の庭って言うとおり、悪魔系モンスターの巣窟よ。一階層くらいならE~Dランクだろうけど、深く潜るとどんどん敵は強くなる。Bランクダンジョンってのは、あくまで予想よ。もっと奥の深層まで踏破されればダンジョンの危険度が上がることもあり得るわ」


 アリスが人差し指を立てて強調した。


「でもただの洞窟と変わらんだろ?」


「違うわ。凶悪な罠だってあるだろうから下調べもせずにいきなり深く潜ろうとすると危険よ。それにダンジョンは『ダンジョンコア』と呼ばれるダンジョンのエネルギー源があって、それを守る『ダンジョンボス』がいるの。ダンジョンボスはある程度の知能がある魔物で、ダンジョンコアを使ってダンジョンそのものを進化させるわ」


「ボスはダンジョンをコントロールしてると?」


「まぁそうね。それにダンジョンコアはダンジョン内の魔物が人間を殺して強くなればなるほど力を増していくわ。だからダンジョンを弱体化させるには、魔物を減らすのが一番。だから定期的に人が入って魔物を間引く必要があるの」


「へぇ」


【賢者】補足するならダンジョン内で死んだ冒険者の存在値をダンジョンコアは一度吸収し増幅します。それを魔物へと還元しています。そのため、ダンジョンの魔物は一般的な魔物よりも強くなります。


 なるほど。


「詳しいなアリス」


「うん、一度来てみたかったの。だってダンジョンと言えば、ダンジョンに落ちてる強力な武器やアクセサリーだから。夢があるじゃない?」


 そうアリスはワクワクした子供のように言った。


「なら1つくらい見つけて帰るか」


「そうね」


 アリスが嬉しそうに返事をする中、前衛のレアとフリーが前に並んでテクテクと進んでいく。あちらはあちらで何か雑談をしているようだ。


「なぁ、さっき町で小耳に挟んだんだけど氾濫ってのは?」


「氾濫は原因は正確にはまだよくわかってないみたいなんだけど、魔物が増えてダンジョンの外に溢れ出すことを言うわ」


「ダンジョンの外にねぇ……」


 しゃべりながら進んでいると、俺らのいる通路の正面からこちらに向かってくる気配がある。


「来たな」


 グラックルと呼ばれるコウモリのような翼を生やした狼の魔物だ。いきなり3匹現れ、走ってきた。


「俺はひとまず下がってる。頼んだぞ」


「「「了解!」」」


 そう返事すると、3人がザッと前に出た。


「初ダンジョンの初魔物だよ!」


 そう言いながらレアが魔物に向かって素早く走り出す。

 まず飛び掛かってきた一匹目をレアが躱しながら、すれ違い様に下から上へと剣を振り上げ首を落とす。


「ほっ!」


 スパンッ……!


 もう馴れた手つきだ。グラックルは防御力も高くないようで、雑魚だ。


 一番奥にいた魔物の口がにじみ出るように赤く光ったかと思うと、


「バウッ!」


 炎の塊を吐き出した。20センチほどの炎塊は豪速球のようにレアめがけて飛んでいく。


 今度はアリスが動いた。


「これくらい2人には必要ないだろうけどっ……!」


 そう言いつつ後衛のアリスが2人の前に水の柱を作り出す。



 バシュゥッ…………!



 それに衝突すると炎の塊は呆気なく散った。フリーは水柱の影から走りよると、残りの2匹を横薙ぎに1振りで背中と腹に斬り分けた。


「順調ね」


 横たわる魔物の残骸を見ながらアリスが言った。


「ダンジョンと言え、こんなもんかねぇ」


 物足りなさそうにフリーが刀をしまいつつ言った。


「まぁここは1階層だからな。これからだぞ?」


 それからさらに進み始めた。パーティの並び順はレアとフリーが一番前、真ん中にアリスで俺が一番後ろだ。もし、3人で対処できない敵が現れたら俺が相手する。まだ一階層目だからか他のパーティも多く、よく探知にかかるから避けるのがめんどくさい。


「あ、みんな、ここなんか嫌な感じするから踏まないでね」


 獣人の勘だろうか。罠の場所がなんとなくわかるようだ。よく見ると確かに色がうすく、そこだけ色の違う石だ。


 悪魔の庭と言いながら序盤だからか、普通の魔物も現れるようで、オークや、ゴブリンの上位版ゴブリンソルジャーを撃破しながら進んでいく。アリスも後衛だけでなく、フィルに作ってもらったブルーボアの牙からできたアイスエッジを使って、魔物を切り裂いていく。

 まだまだ俺の出る幕はなさそうだ。倒した魔物の核は俺の空間魔法に保管している。素材としてめぼしいものもまだないな。




◆◆




 2時間が経過した。


「なにか来るぞ!」


 横の壁が振動している。


「伏せろ!!」


 そう言った瞬間



 ボゴオオオオ…………ン!!



 進行方向右側の壁を突き破り、丸太ほど太い暗緑色の腕が現れた。壁を突き破った勢いのまま、レアを掴もうとする。


 だが、


「ゴアアアア!?」


 魔物が悲鳴をあげた。その魔物の腕は細切れになり、地面にバラバラに落ちていた。魔物は肘から先を失い、血が滴り落ちている。


「もう!危ないじゃんか!」


 レアが捕まれる瞬間斬っていた。すごい反射神経だ。


 魔物が開けた穴から魔物の顔が見えた。体長5メートルはあるような暗緑色の皮膚をしたオークのような生き物、あれはいわゆるトロールだろうか? 


「僕がやるよ」


 フリーが刀を抜き、斬撃が壁ごと向こうの魔物を斬り裂く。


「ブッギャアア…………!!」


 ピシッ…………ガラガラガラ。


 壁の向こう側には大きく腹を切り開かれたトロールの死体があった。壁越しに斬るなんて、フリーの剣の腕はもはや達人だな。


「あれ?この部屋…………なんだろう?」


 そこは鍾乳洞とは違う、暗緑色した石が敷き詰められた部屋へと来た。キチンと壁と床、天井までも石が組まれており、壁には松明がつけられている。いかにも人工的でまだこの先も続いているようだ。


「さっきまでとは雰囲気が違うな」


「隠し部屋かしら?それか罠か。こんなのここのダンジョンで聞いたことないわね。わからないわ」


「進むべきか、止めとくべきか…………」


「面白そうだし行こうよ!こんなところにこそ、お宝は眠ってるんだよ!」


 レアが目を輝かせて言った。


「確かにな」


 レアの一声で皆は瓦礫を踏み越え、石造りの通路へと進みだした。だが、すぐに違和感が来た。


 なんだろう体が重い?


 進むにつれて徐々に重く感じるようになった。


「ねぇ」


 アリスが少し辛そうに言った。


「そうだな。わかってる。重いな」


「そうだねぇ。体重が増えたか、重力が強くなったみたいだよ。戻るかい?」


「いや、ちょうどここで行き止まりのようだ」


 通路の先は扇状地のように三角形に広がっており、かなりの広さがある。


「あいつは…………?」


 奥には湯船2杯分くらいの巨大なスライムがいた。透明に近い薄い水色だが、中にボーリングの玉のような黒い玉が4つ浮かんでいる。



=======================

 プロテスデモンスライム

 種族:スライム

 Lv.81

 HP:5

 MP:900

 力:305

 防御:808

 敏捷:490

 魔力:950

 運:1


【スキル】

 ・並列思考Lv.4

 ・隠密Lv.2

 ・消化Lv.6


【魔法】

 ・重力魔法Lv.6

=======================


 聞いたことないスライムだな。


 ん?


「フリー避けろっ!」


 フリーの背後から後頭部目掛けて何かが飛び掛かった。


「へっ?…………」


 ブオン…………!!


「おわぁ!?」


 何かが風を斬る音とともに、フリーがしゃがんでそれをかわした。


「あれは?」


 黒い塊は、そのままスライムの元へと飛んでいくと、中にペチャッと入った。そして、他の玉と一緒に中でふよふよと浮いている。


【賢者】あれはプロテスデモンスライムの核です。頑強で重量のある自身の核を重量魔法で操って攻撃し、弱らせた敵に覆い被さって消化しようとする珍しいスライムです。


 自分の核で攻撃してくんのかよ。自分の頭を投げてくるようなもんだ。



 ドッ、ドッ、ドッ! 



 スライムから3つの玉が射出された。それらは放物線を描いて上右左の3方向から先頭のフリーへ迫る。


「あの玉が弱点らしい。フリー斬れ!」


「斬れったってねぇ!体が重い…………!!」


 フリーは大きくバックステップをして3つすべてを避ける。だが、スライムの核は円を描いて再びフリーへと向かっていく。


「仕方ないねぇ」


 フリーは刀を正面に構えたまま、目を閉じて集中した。


「あれは……フリー、やる気だな」


 フリーだってこの数週間で成長した。魔力操作を取得し、身体強化は問題なくできるようになっている。


 そして、フリーの身体強化が完了したのか、目を開いた。


「せっ!」


 この重力の大きい部屋の中、フリーは普段以上の速度で刀を振った。


 正面からの玉を前に大きく一歩踏み出しながら縦斬りにし、フリーがいた空間を空振りする左右2つの玉を後ろから、追い付き上下に斬って分けた。


「さっすが」


 その間にレアもスライムの中にある核に剣を突き刺していた。核を斬られ、スライムはぶよぶよと痙攣すると、粘度を失ったように流れ落ちた。


「どうよっ!」


 レアがニッと剣を突き立てながらピースしてくる。


「よくやった」


 やっぱりレアは魔力操作の練度が2人よりも高い。


「んへへ。あれ?軽くなったね?」


 レアが肩をぐるぐると回す。


「体が重く感じた原因もこいつの重力魔法だったんだろ」


 そう言いつつ、スライムの死体を見ると、


「…………あれは?」


 水晶のような短刀がスライムの亡骸の中に転がっていた。水魔法でスライムのぶよぶよを落としてキレイにする。


「おや、これはダンジョンのお宝だね」


「へぇ~、キレイ…………これどんな武器なのかしら?」


 アリスが手にとってまじまじと見つめている。


「ちょっと待って」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

コールドエッジ

ランク:A

属性:氷


〈氷属性の魔力を吸収し、氷で刀身を伸ばすことができる。また斬った相手を凍らせる〉

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 おお!Aランクだと!?


 こんな一層目にあるとは、よく今まで見つからなかったな。


「ほお、見た目は短刀だが、氷属性の魔力を注げば刀身が伸びるんだと」


 まるでフィルに作ってもらったアイスエッジの上位互換だ。


「へ~、そうなの」


 アリスが透き通る刀身に見とれて、ものすごく欲しそうだ。というかアリスに向いた武器だろう。レアとフリーをチラリと見ると、2人ともうんうんと頷いていた。


「それアリスにやるよ。アリスにピッタリだしな。みんなも文句ないだろ」


「え、いいの!?」


 アリスが子供みたいに嬉しそうな表情をしている。珍しい。余程気に入ったんだな。


「うん、というかアリスちゃんにしか使えないしね!」


「だねぇ」


「やった!ありがとう皆!」


 アリスは嬉しそうにコールドエッジを腰のベルトに差した。どう使っていくか楽しみだな。


 今回、ダンジョンに潜ったのは様子見だ。初めてのダンジョンで、いきなりボス目指して進むには無茶だ。でも大丈夫、だいたいはわかった。ここまででいいだろう。


「さて、今日はこのくらいにしておこう。大体のダンジョンのイメージはわかったし」


「そうだね!アリスちゃんにも良い武器が手に入ったし!」


「うん、そうね」



◆◆



 それから夕焼け空に照らされる町に戻ってきた。


「とりあえず宿屋を探そう」


 そう、若干焦りながら言った。なぜなら、泊まる場所を確保し忘れていたからだ。

 町自体はそこまで大きくないが、冒険者に向けた宿屋は多くあった。その中でどれにしようか皆で見て回っていると、声を掛けられた。つい最近聞いたことのある声だ。


「アニキ!」


 その声に振り向くと4人の男たちがいた。


「その呼び方はやめろってんだろ?あと、お前誰だっけ」


 ボコボコにしたブルートというモヒカン男だ。


「いや、アニキにコテンパンにやられたブルートっす!」


「いたなそんなやつ。で?何の用だ?」


「アニキ!弟子にしてください!」


 と、4人揃ってお願いされた。


 またかよ!なんでお前らすぐ弟子入りする!?


「…………はぁ、ブルートお前、ランクは?」


「Bランクっすけど!」


「じゃあ無理だ。俺はCランクだからお前らの方が上だろ。それじゃ」


 手を振りお別れを言って進もうとする。


「待ってくださいっす!何か困ってるんですか?」


「別に困って…………ん?」


 フリーに腰をつつかれた。


「ユウ、こいつらこの町に詳しいじゃない?」


 フリーが言ってくる。


「ん~、まぁそうか」


 それは言えてるな。


「あー、実は宿を探してるんだ。どこか良いところはあるか?」


 断った手前、申し訳なく頭をかきながら言う。


「ああ!それでしたら知る人ぞ知る名宿があるんっす。こちらっす!」


 ブルートが案内してくれるらしい。張り切って案内し始めた。


「ところで、さっき聞きましたけどアニキはダンジョンを攻略に来たんすか?」


「攻略というか、まぁ修業だな」


「あれだけの強さを持ちながらなんて志の高い……!!」


 くぅ~と涙を流すブルート。こいつこんなキャラだったか?仲間たちも一緒になっている。出会い方は最悪だったが、そこまで悪いやつらでもないのかもな。



 そうしているうちに宿へ到着した。宿は確かに知る人ぞ知る感じだ。細い路地を進んでいくと、突如開けた広場が現れ、それの正面に位置する部屋数の少ない屋敷のような宿だった。


「ここは接客も丁寧な上に、値段も手頃でしかも、飯が上手いんっす!」


 ブルートは両手を広げて自信満々に紹介した。


「本当だろうな?違ったら次は口から内臓吐き出すまで潰すからな」


 ブルートがぎょっとした顔で


「アニキまじ怖いっす!じ、自信なくしそうっ…………で、でもここは絶対大丈夫っすから!」


 そう言いながらもブルートたちは宿に向かって手を合わせて祈りだした。


「冗談だって」


 そこまでしなくてもいいだろうに。


「冗談か、わかんないっすよ!」


 ブルートは懇願するようにツッコんだ。


 まぁ、実際ブルートは一度潰してるもんな。物理的に。


「すまん世話になったな。今度何か礼をしよう」


「いいっすよそんな!それじゃ、俺らはここで!」


 そう言ってブルートたちは帰っていった。


「ユウ、あなたまた舎弟が出来たわね」


「ちがーう!」



◆◆



 宿は確かにブルートの言うとおり、申し分のないレベルの高さだった。派手さを抑えた、アンティークな落ち着いたロビーがあり、飯も旨く、ベッドもふかふかだ。家族経営のようで愛想がよく、隠れ家的な要素が気に入った。今度誉めてやろう。

 晩ごはんの後は全員俺の部屋で今後について作戦会議だ。別室の女子2人もこっちの部屋に集まってきた。俺はフリーのベッドに腰掛け、レアとアリスは人のベッドにちょこんと座っている。


 というかレアのパジャマかわいいな。フワフワのホットパンツとパーカーだ。いつの間に買った?


 チラリと横を見ると、フリーがニヤリとした。


 お前か。


「ふっふっふ。こういうところはしっかりと抑えておかないとね?」


「くっ!」


 て、そろそろやらねば。


「さぁさぁワンダーランドの作戦会議始まるよー」


 棒読みで言う。


「なによそれ」


 アリスがいちいち突っ込んでくれる。


「楽しそうでいいだろ?」


「あなただけじゃない?」


 ぐっ……!


 心を矢じりで抉られる。


「じゃ、じゃあまずこの町に来た目的はダンジョンでレベルを上げて力を蓄えるでいいよな?」


 3人とも納得したように頷いた。


 厳しいかもしれんが、これはこの先必要だ。




「そこで、目標は種族レベルのレベルアップとしようと思う」




 皆が大きく目を開いた。


「無理だとは思わない。そのためには…………」


「わかってるわ。そのために必要なのは格上と戦って勝つことよね。このダンジョンで言うならボスよ」


 目がランランと輝くアリスさん。やる気満々だ。


「そうだね。ボスってどれくらいなの?」


 レアが聞く。


「ん~、BランクとされてるここならダンジョンボスならおそらくAランクよ」


「ということだ。なに、今のお前らならできる」


 そう、俺が手を出したら意味がない。


「そうだねぇ。次はあのバケモノの時みたいに無様なことにはならないよう頑張るよ」


「私も魔力をもっと上手く使えるように頑張るよ!」


「よし、それじゃ明日からはダンジョンの新しい階層目指して進むぞ!!だから情報収集をしっかりして、食料も買い込まないとな」


 皆やる気だ。


「それなら役割分担しない?」


 とフリーが言い出した。


「まぁそうだな。そんじゃ俺は空間魔法があるから食料調達で。大量に買い込んどくよ。目指すは攻略だから、とりあえず1ヶ月分とかでどうだ?」


「うん、そうだね。じゃあ僕とレアちゃんで情報収集。ユウとアリスちゃんで食料買出しでどう?適材適所でしょ?」


「そうだな。俺が情報収集でギルドに行ったらめんどくさそうだ」


 また騒がれたらかなわん。


「じゃそんなとこか」


 そうして、皆アリスとレアは適当にたむろしてから部屋にと戻っていった。


 ちなみに隣がレアとアリスの部屋だ。やたら楽しそうな声が聞こえてくる。アリスもレアと仲良くやれてるようでほんとに良かった。てか、今日は色々あったのにタフだなあいつら。

 フリーは…………もう寝る体制でベッドに横になっている。俺もそろそろ寝ようか。明日は準備頑張ろう。




 明かりを消してスプリングの良くきいたベッドに横になる。眠気が襲ってきて、ぼんやりとまぶたが重たくなってくると 


「ユウ、起きてるかい?」


 珍しくフリーから話しかけてきた。


「……なに?起きてるよ」


「いや、久しぶりにきちんとした宿に落ち着いたからね。前から聞きたかったんだけど。ユウのことだよ」


 ん?まじめな話しっぽいな。


「いいぞ」


「記憶喪失ってのは本当かい?」


 ああ、そう言えばフリーにはきちんと話したことなかったな。今までよくこんな、記憶喪失という怪しげな奴に着いてきてくれたもんだ。

 

「ああ、本当だ。俺はここ数ヵ月間ほどの記憶しかない」


 日本にいたことは言わない。


「ふーん、不思議だね。一番古い記憶は?」


 真っ暗の部屋にフリーの声が聞こえる。


「草原だ。草原の中、大きな湖のある町の近くで目覚めた」


 そう言って久しぶりに思い出した。目が覚めたら、草の中に仰向けに寝てたんだよな。


「んー…………そんな町、コルトの辺りにあるかな?」


「いや、あるよりもあった…………というのが正しいな。もうなくなったんだ」


「なくなった?どういうことだい?」


 興味が湧いたのか、フリーがこちらを見るためにベッドがきしむ音がした。



「ゴブリンに襲撃されて滅んだ」



 今でも鮮明に思い出せる。燃え盛る本棚にもたれ掛かり、自らの小さな胸にナイフを突き立てるエル、俺の背中で力が抜けていくデリック、そして湖に映った燃えるアラオザルの町。思い出せば出すほど、どうしてという後悔が込み上げてくる。


「…………?そんなはずないよねぇ」


 フリーの声に現実に引き戻される。


「ん?」


「今時そこらのゴブリンにやられるような町はないし、最近町が潰されたことも聞いたことない。それ、本当なのかい?」


「疑ってるのか?」


「いや、ユウのことは信用してるよ。でもあまりに荒唐無稽な話だから」


 まぁそれもそうか。俺がフリーだったとしても疑う。


「お前みたいに胡散臭い奴に言われたくねぇよ」


「ははっ、何だろうね?よく言われるよ。そんなつもりないのにねぇ」


 少し拗ねたような声がする。そして、まじめなトーンに切り替わった。


「なら、その町があったという証拠はあるのかい?」


「証拠は……ないな。町があった場所まで行ってみたらわかるが、簡単には行けないし、行けば命の保証もできない」


「命の保証?どういう……?」


「俺が目覚めたそこはアーカムだったんだ」


「アー、カム…………?」


 フリーが聞いたことのある言葉に、なんだったか思い出そうとしている。


「アーカムって…………え、嘘でしょ!?」


 フリーがガバッと起き上がり、こちらを見た。その目ははっきりと開かれている。


「なら今、その町の人たちは!?」


「死んだ。俺以外を除いてな。あの人たちは、あの魔物に囲まれた土地で静かに暮らしていたんだよ」


 あまり大勢と関わることはできなかったが、俺が生きていられたのはデリックやミラさん、エルがいたおかげだ。


「ゴブリン王に人間の国が滅ぼされた3000年前、魔物を寄せ付けなかった不思議な湖があった。当時、人間界へ逃げられずに生き残った人たちが身を寄せあって築いた町がアラオザルだ」


 そう説明しながら俺も体を起こした。


「そんなまさか…………。3000年間も続いていたというのかい!?」


「そういうこと。俺だって最初は信じられなかった。でも目の前にゴブリンの大軍が迫っていれば信じられずにはいられなかった」


 いや、初めにそのことを理解したのは俺だ。町の人たちはわかっていながらも目の前の光景を信じなかった。


「嘘、じゃないみたいだねぇ…………」


 フリーはベッドにバタッと倒れ込み、天井を見ながら言った。


「そんな人たちがいたなんて…………」


「信じるかどうかはフリー次第だ」


「信じてみようかな。そんな幻の町、伝承として語り継がれるべきだよ。いつかその町があった場所にも行ってみたいねぇ」


 ふふっと、フリーは笑いながら言った。フリーは信じてくれたようだ。


「おう、キレイな町だったぞ?湖も信じられないくらい澄んでた」


 町が滅んでも、今も変わることなくキラキラと陽光を反射する湖が目に浮かぶ。


「俺はその町である人に最後まで助けられた。そのおかげで俺は生きてる」

 

「そりゃ大恩人だねぇ。ユウはその町にどのくらいいたんだい?」


「少し、1週間くらいだったかな。右も左もわからない俺をあそこの人たちは温かく迎えてくれた」


「でも、ユウ以外は皆、その…………亡くなったんだよね?その恩人もかい?」


「そうだ。そう言えばあいつ、元コルトの町の冒険者だと言ってたな」


「え、コルトの冒険者だったのかい?」


 フリーが跳ね起きると、座って俺に向き直る。


「ああ、だがその人だけ特別だ。数年前に偶然たどりついたらしい」


「数年前、数年前にいなくなったコルトの冒険者…………もしかして知ってる、かもしれない」


 …………知ってる?


 そうか!フリーとアリスはコルトで冒険者をして長い。なんで気付かなかったんだろう。


 フリーがただじっと床を見つめている。何かを思い出そうとしているかのように。


「その人の、名は…………?」





「デリック」



 


 フリーは、ハッと息を吸い込んだ。


「嘘だ…………!!」


 突然フリーが小さく呟くように叫んだ。


「な、なんだ…………?どうした?」


 いつものんびりとしたフリーの豹変にビックリする。


 本当に、デリックはフリーの知り合いだったのか?


「そ、その人の…………特徴は?」


 立ち上がり俺のガシッ両肩を掴んできた。フリーと目が合う。小刻みに揺れるフリーの瞳からは、明らかな動揺が見てとれた。


 どういう関係だ!?


「ひ、左目の下に縦に傷があった。40歳代くらいで髪の毛は灰色だ」


「まさか、生きてた!?」


 普段の飄々とした感じからは考えられないほど、フリーがうろたえる。そして、泣きそうに口がへの字に曲がっていた。


 やっぱりデリックはフリーの…………。


「今…………その人は?」


 フリーが泣きそうな目で俺を見た。


 残酷だ。


 さっき生き残りは俺だけだと、そう言った。それを信じたくないのはわかる。だからこそ、ハッキリ言おう。


「言ったろ?死んだんだよ。命がけで俺をその町から逃がして」


「…………そう…………か……」


 フリーは遠い目をして、力が抜けたようにドサッとベッドに座り込んだ。


「ユウ、ユウにはこないだ僕に剣の師匠がいたって言ったよね?」


 察しはついていたが、やはりそうか。


「それがデリックか」


「そう」


 そしてフリーは語りだした。


「昔、僕が幼い頃両親は商人していたんだ。色んな町を回って商品を仕入れて、それを王都で売ってた。小さかった頃、僕も一緒の馬車に乗って両親と一緒に王国中の町を回ってた。

 でも、よくある話。事件が起きた。それこそ王都からコルトへ向かう途中、僕を連れた両親の馬車が盗賊に襲われたんだよ。護衛の冒険者たちは殺され、僕だけでも逃がそうとした両親も殺された。そして、その時に通りがかって助けてくれたのが、デリックおじさん」


「ははは、いろんなとこで人助けてるのか、あいつは」


 思わずため息が漏れる。でも、そのことがどうしてか誇らしく、嬉しいと感じる。


「しかも助けてくれただけじゃなく、行く宛のない僕の面倒を見るって言ってくれたんだねぇ。じゃなかったら、僕は町でのたれ死んでいたかもしれない」


 昔から変わらず優しいデリックが誇らしい。


「そう、だな。デリックはそういうのほっとけ無さそうだ。それくらい良い奴なんだよ」


 デリックは誰よりも苦しんでたはずなのに、なんでそこまで優しくなれるんだろう。あの陽気な笑顔が目に浮かぶようだ。

 

「おじさんに引き取られてから、あの頃、それはもうひどくて、ぶっちゃけ僕は壊れてしまったんだよねぇ。ショックで何も感じなくなっちゃったんだよ。味覚も聴覚も、痛みさえ」


 幼い頃に両親を失った苦しみは計り知れない。でも、今のフリーにそんな面影はこれっぽっちもない。


「今は?」


「今はもうとっくに治ったよ。おじさんのおかげ。初めの頃はものすごく迷惑をかけたねぇ」


「まぁ、デリックのことだから迷惑だなんて思っちゃいないだろうけどな」

 

「かもね」


 フリーはふふっと笑った。


「それで、ぬけがらのようになった僕を見かねて、剣を教えてくれてね?最初は興味が湧かなかったんだけど、ある日おじさんの剣を見ていて思ったんだ。ただ、そう、一心不乱に打ち込めるおじさんがうらやましいなっ、て」


「その時か」


「だねぇ。何もかも失った僕は、何か夢中になれるものがあることが羨ましくてね。それからはおじさんに教えを乞うて、必死で剣の腕を磨いたよ。おかげで僕の病気は良くなった。でもその頃、おじさんはすごく思い詰めてたかと思えば、急にいなくなったんだよ」


 その頃か、デリックが自分の限界に気付いたのは。


「おじさんは僕の師匠であり、血は繋がってないけど、もう一人の父親だった。僕はあの人を目指していた」


「いなくなって、辛くなかったか……?」


「置いてかれたとか、そんなショックはなかったよ。むしろよく今まで面倒を見てくれたと思った。だから、いなくなる前に何か恩返しをしたかった。せめてなんでかくらい、言ってほしかった……ね゛ぇ」


 ショックが抜けきらないのか、絞り出すようにフリーが言った。


「出ていった理由、多分知ってる」


「え?」


 フリーが俺を見つめてきた。


「デリックは過去に魔物に家族を殺されてた。あいつが冒険者になったのは力をつけるためで、いなくなったのは自分の力に限界を感じ、やけを起こしてアーカムへの復讐に踏み切ったからだ」


 フリーの病気も良くなり、もう大丈夫だと思ったんだろう。そうか、フリーの存在がストッパーとなっていたのか。でも、結果的におかげで俺はデリックと出会い、助けられた。


「ほんとなのかい!?それは」


 フリーが詰め寄ってくる。


「ああ、デリックが死ぬ間際、涙を流しながら語ってくれた。また前と同じように自分の町が滅ぼされた……と。本当あいつがどれほど悔しかったか、想像もできん」


「ああ…………そう言うことか。ほんと、なんで言ってくれなかったのかねぇ」


 フリーが天井を見上げて言った。


「当たり前だ。巻き込みたくなかったんだろうよ。自分の復讐にな」


「……最期は見届けたのかい?」


「化け物みたいな強さの甲冑を着たゴブリンに襲われて、デリックは瀕死の重症を負った。だが、俺たちはなんとかその場を逃げ出したんだ。その後、傷を負ったデリックは俺が背負って運んでいる途中に息絶えた」


 あの時、せめて俺に今くらいの力があれば、デリックの傷だって治せた。


 そう思うと、自然と手に力が入った。

 

「そうか…………」


 フリーが子供の頃を思い出しているのか、そんなピントの合っていない遠く深い目をしている。そして目尻から一筋だけ、こぼれ落ちた。




「なぁフリー、このパーティの目的を知ってるか?」


「…………ん?平和な世の中を創ることだったよね?はは、まったく夢物語だねぇ」


 フリーは今更だとでも言うかのように笑った。


「夢物語か、だからワンダーランドって言うんだ。ちなみにその夢はな?死ぬ間際に吐き出したデリックの最後の願いだ」


 月空の下、あの時、俺の背中で泣きながら語ったデリックの言葉を思い出した。



『ユウ、おまえ……こんな、罪もない人間が、苦しみ殺される。こんな世界が正しいと思うか?』


『俺の代わりにっ、世界を……変えてくれ。俺を救ってくれ!!!!』


『でないと俺は死んでも死にきれんっ!!!!』




「デリックは奴が生きた人生で、苦しむ人々を自分も含めて見てきたんだ。俺はデリックの最後の言葉に、夢を叶えることを約束した」


「なるほどね…………そう繋がるのか。まさか、このパーティの目的がおじさんの願いを叶えるためだったなんて」


 そうだ。やっとわかってもらえた。


「俺はもっと強くなったら、もう一度あの町へ行って、デリックと友人をきちんと埋葬してやりたい」


 時が来て行動するならまずそれだ。なんとしてもあの人たちにお礼を言いたい。


「…………」


 フリーが黙りこんだ。


「おじさんは命をかけてユウを守ったんだねぇ…………」


「ああ。ほんとに陽気で人の良い奴だった」


「復讐の鬼になっても、すべてを諦めても、そこは変わらなかったんだねぇ」





「決めた」





 フリーは立ち上がると、はっきり俺を見た。


「僕はユウと一緒に、おじさんに恩返しをする。僕は、君についていくよ」


 そうして、右手を差し出した。


「いいのか?」


「ふふっ、もちろん。それにユウは心の友だからね」


「ははは、あぁ宜しく頼む」


 俺は、フリーの手をがっしりと握った。そして、俺たちはニヤッと笑った。




◆◆




 朝起きたとき、フリーはもういつも通りだった。昨日のショックは受け入れられたのか、問題なさそうだ。



 そして、今日は買い出しの日。フリーはレアとダンジョンの情報収集に、アリスと俺は買い物に出掛けた。この町ワーグナーにも、屋台が連なる通りがあり、そこで片っ端から買い込んでいく。買った食料はどんどん俺の収納に入れていった。


「しかしあなたの空間魔法どこまで大きいのよ」


 アリスが屋台で買った串焼きがどんどんと消えていくのを見ながら言った。


「さぁ、どうだろうな?」


「把握しといた方がいいんじゃない?」


「そうだな」


 実際、自分で俺の空間魔法の中に入って確認したんだが、広すぎてどれだけ広いかわからなかった。


「ん?あれは?」


 見ると、人一人が隠れられるほど大きな藍色の盾と大剣を背負ったギルド長ジャンが前から歩いてきた。その横には、仲間とみられる男たちが3人並んでいる。


「ジャンー!」


「おっ!ジャンだ!」


「ジャンこれ食べてくれ!頑張ってこいよ!」


 町の人々がジャンに声をかけていく。屋台のおっちゃんたちは自分の店の売り物をあげている。ジャンはそのたびにヘコヘコ頭を下げてお礼を言いながら受けとる。

 ほんと腰の低いやつだ。どうやらギルドから出発するにはこの通りを通らないといけないようだ。というか、仕事に出かける冒険者を狙ってこの通りが出来たのだろう。道の両脇にはギッチリと食べ物屋や鍛冶屋などの屋台が並んでいる。


「あの人、人気ね」


 アリスはつまらなさそうに言う。


「だな。この町、実質まとめてんのはあいつ、ジャンだろ?すごい奴なのな」


「見て。あの装備、多分ダンジョンに行く気よ?ギルド長が留守にしていいのかしら」


「それな」


 ジャンがこちらに気付いた。鎧をガシャガシャ言わせながら走り寄ってきた。


「こんにちは、ユウさん。アリスさん。昨日はすみませんでした」


 きちんと見かけたら挨拶に来るなんてできるやつだ。社会人みたいだな。


「いいって。な?アリス」


「あたしは元々そんなに気にしてないわよ」


 アリスは逆に不服そうに言った。


「だそうだ。あんたはこれからダンジョンか?」


「そうだね。最近ダンジョンの氾濫が迫っていて、それの調査も兼ねてるんだよ」


「お前がギルドを離れても大丈夫なのか?」


「まぁほんとは良くないんだけど、深層まで潜れるパーティは限られてるからね。もともとギルドを空けることが多かったから、職員たちは慣れてるんだよ」


「なるほどな。まぁ確かにあんたなら深部までいけそうだ」


 こいつは多分、レベル2に至っている。存在感を抑えてはいるが、秘めてる力は巨大だ。そんな気がする。


「うん、オーランドが居ればまだ良かったんだけど……」


「ああ、オーランドね」


 聞いていたアリスが反応した。


「あ、あいつな」


 王都へ向かう途中、氷の矢で俺達の馬車ごと凍らそうとした野郎だ。ということは、やっぱりこの町からも伯爵に引き抜かれたということか。


「知ってるのかい?」


「まぁ有名だから」


 いきなり殺しに来たことは言わない。


「彼の武器はここのダンジョン向きではなかったから」


 ジャンが寂しそうに言った。


「ああ、なるほど、確かに弓はな…………」


 あの狭い洞窟内じゃ、ほとんど使い道もないだろう。


「うん、それに最近ちょっと物騒だからね」


 ジャンが眉を潜め、疲れた顔をした。


「物騒?」


「うん、こないだ殺人事件があってね?」


「「殺人!?」」


 まさか、ここでも辺境伯と同じような事件が?いやでも、これだけケンカが頻繁に起きてりゃ殺人も起きるか。


「いや、殺人かどうかわからないんだけど、武器屋の店主が朝起きたら店の倉庫で血塗れで死んでる男を見つけたそうなんだ。でも、町の人たちは誰も男のことを知らない。それに店の店主も身に覚えがないときた」


「なんだそりゃ、謎だらけだな」


「ホントだよ」


 ジャンは困ったようにため息をついた。


「店主は刀が男を殺したっての一辺倒だけど、そんなこと信じられるわけがないしね」


「刀がね…………」


 面白そうだな。その刀に絶対なにかある。


「ユウ?あなたほしいとか思ってるんじゃないでしょうね?」


「ま、まままさか!」


 アリスがじっと見つめてくる。さっ、とジャンに目線をそらす。


「ま、今日は俺らもダンジョンへ潜るから中で会ったら宜しく」


 とジャンに言うと、ジャンが閃いたようだ。


「ほんとかい!?君らなら深部まで行けると思う!もしなにか異常を見つけたら教えてくれないか!?」


「いや、あのね。俺らダンジョン入るの2回目なんだけど?」


 そんなの比較できるかっての。


「何か気付いたことでもいいんだ。報酬は弾むよ」


 弾むのか。まぁ俺だけじゃないし、皆も賢者さんもいればわかるか。


「んー、わかった」



◆◆



 2人で片っ端から料理や食材を買いまくり、再びギルド前に集合した。


「買い出し班はバッチリだ。そっちはどうだった?」


「こっちは…………なぜか僕たちも兄貴、姉御って呼ばれちゃってね。まぁおかげでなんでも教えてもらえたけど」


 フリーはまんざらでもない様子で言った。


「まず、階層のモンスターは、5階層毎のボスを経て、強力になっていくらしい」


「今は25階層のボスをなんとか倒したんだけど、その先からはモンスターが強くて進めない状態なんだって。それに時間が空いたせいでまた25層のボスが復活したから手詰まり状態らしいよ」


「階層のボスモンスターって復活するのか?」


「復活するらしいよ」


「へぇ、それは楽しみだな」


「で、このダンジョンは下に潜っていくにつれ、フロアは狭くなるらしい。一階層は6キロメートル四方はあるみたいだねぇ」


「6キロ!?そりゃ広いなぁ。探索に時間がかかるわけだ。じゃあ魔物は?」


 レアも答えたかったのか、はりきって言った。


「魔物は始めこそ、色んなザコモンスターだけど、進むにつれ強力な悪魔系モンスターになっていくんだって。特に状態異常攻撃も増えてくるから注意が必要ってことだったので、キュアポーション買っておいたよ!」


「おお助かるレア。それはみな各自持っておこう。いざという時のためにな」


「えへへ~!」


 まぁ俺がいれば大丈夫だと思うが、念のためだ。


「あと罠は何でもあるそうだねぇ」


「おいおい…………」


「水責め、火あぶり、毒沼、落とし穴等々…………とにかくあやしいところは避けろ。らしい」


「無茶言うなぁ」


 まぁ、レアと賢者さんがいればある程度は大丈夫だろう。


「そんなとこだねぇ。細かいところはダンジョンの中で説明するよ。他に大した情報は手に入らなかったねぇ」


「おう、ありがとう」


「ユウたちは何かあったの?」


「あー、うん。俺らの方はジャンにダンジョンに異常があったら教えてほしいって頼まれた」


「へ?僕らほぼダンジョン初めてだよねぇ?」


 フリーがきょとんとして言った。


「そうなんだけどな。俺らくらいしか深層まで潜れそうな奴らがいないんだと」


「ギルドも人手不足なのよ」


 アリスがしんみりと言った。


 どこの業界も同じだなぁ。


「そんじゃまぁ、ぼちぼち行こうか」


 



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