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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
41/159

第41話 ワーグナー

こんにちは。いつもありがとうございます。


 バケモノを仕留めてからちょうど1週間が経過した。


 今は夜営の準備を始める時間だ。夕陽が傾き、反対方向からは青白く巨大な月が顔を出そうとしている。御者をしながら、千里眼がスキルで長く影を伸ばす黒い馬車をとらえた。


「見えた!」


 その馬車は数キロは先だ。荷台でウトウトしていた3人に知らせる。


「起きろー。偽コリンズの馬車かもしれん」


 それを聞くともそもそと動き出して、寝起きの良いレアが俺の隣にぴょんと飛び移ってきた。


「当たりかな?」


 そう言いながら手のひらを目の上にかざして目を細め、遠くを見ようとする。


「たぶんな。レアにはまだ見えないぞ」


「むぅ~」


 そう言われて膨れっ面をする。


「あれだけ寄り道してたのに思ったより早かったくらいだねぇ」


 荷台から身を乗り出したフリーが言う。


「だな。よしとりあえず集合ー」


 馬車を止め荷台に集まり、皆真剣な顔を付き合わせる。


「それで、馬車はあいつらで間違いないの?」


「ああ、間違いなくコルトの町の馬車だ。衛兵所にあった幌馬車を見たことがある」


 ただの馬車ではなく、鉄枠で補強され、矢すら防げそうな馬車だった。シックな感じでカッコ良く、あわよくば欲しいと思っていたから間違いない。


「さっそく特攻して捕縛したいとこだけど、ちょっと想定外の事態が」


「どうしたの?」


「いやあいつら停車してるんだよ。待ち合わせてるのか、そこに別の馬車が2台向かって来てる」


 目当ての馬車は街道の合流地点に停車している。そこに脇道から現れた馬車が2台合流しようとしていた。


 賢者さん、探知で人数わかりそうか?


【賢者】はい。合流した2台の馬車には4人ずつ、計8人います。


 わかった。ありがとう。


「別の馬車?」


「ああ、2台で8人だ。何者だと思う?」


「確か伯爵の手下はコルトでフィルを勧誘したんだよねぇ。となるとそいつらは他の町で勧誘された奴らかもしれないよ」


 フリーがいぶかしげに言う。


「それはありえるわね。コルトだけとは限らないわ」


 その間にコルトの馬車から2人が降りてきた。


「お、降りてきた。なんだ……これ?」


「どうしたの? 偽コリンズはいた?」


「いや…………見えない。コルトの馬車には確かに2人乗ってるんだが1人だけ、俺の視界だと黒くなっていて見えない」


 何か妨害が働いている? 視界に鉛筆でぐるぐると書きなぐったような黒い丸が邪魔をしている。


【賢者】存在することは確かですが認知が難しく、私の知識にはない力が働いている可能性があります。


 思った以上に異質な存在だ…………それを除いたとしても、他人と同じ姿になれるなんてユニークスキルを持っている可能性が高い。


「なんなのそれ?」


「わからん」


 皆が首をかしげてうなる。


「とりあえず、もう少し様子を見る?」


「そうだな」


 その間に合流した2台の馬車からも人が降りてきた。


「他の馬車からも降りてきたが、4人は毛色が違う」


「どんな4人だい?」


「冒険者だな。1人は腰まである長い黒髪の……あれは男だ。色白で黒いローブを着ている魔術士みたいだ」


「黒の長髪の男魔術士って、まさかカーストかい……?」


 ポリポリと頭をかきながら唸るフリー。


「誰だ?」


「有名人だねぇ。コルトから2つ離れた町のAランク冒険者で、魔力だけならSランクにも届くと言われてる変人だよ」


「どうしよう。凄く強そうだよ」


 レアが困ったように耳を伏せる。


「強いに決まってるじゃない。相当厄介な相手よ」


 アリスが嫌そうな顔をした。


「あとの3人は?」


「1人は弓使いだ。金髪で、あの耳はエルフだな」


「じゃあそいつは『蒼弓のオーランド』で決まりね。弓の色は青じゃない?」


 目を凝らしてみると、透明感の強いエメラルドブルーの弓を背に持っているようにも見える。


「ああ」


「やっぱりね。そいつも別の町のAランク冒険者よ。3人てことはパーティで来たのね」


 これはなかなか王都の守護は難題となりそうだ。


「戦力的にここで叩くのはキツいな」


「そうね。カーストの相手は間違いなくユウじゃないと無理よ」


「それに偽コリンズの実力がわからない。Aランクが2人いるし、さすがにリスクが大きいねぇ」


 フリーも賛成できないようだ。


「私も今は無理だと思う……!」


 レアもブンブンと首を横に振る。


「そうだな…………やっと見つけたってのに」


「ねぇ、それより今はオーランドにも気を付けて。アイツの千里眼は4キロを超すわ。あまり近付くとバレるかも」


「わかった。だとしたらこの距離は少しまずい。下がっ…………!」


「どうしたの?」


 アリスが聞いてくる。

 千里眼で覗いている俺と、オーランドが一瞬目があった気がした。


「ん?」

 

 オーランドが何か呟くような動きを見せた。すると奴の前に氷の矢が現れる。


「まさか…………伏せろっ!!!!」


 一気に緊迫感が増す!


 皆が草原に伏せ、前面に結界を配置する。

 途端、爆風を起こし大気を切り裂く青色の透き通った矢が飛来する音が徐々に大きくなる。


 ゴオオオオオォォォ…………………………!


 そして、3秒後に俺の結界と衝突した。




 ……ズガンッッッッ!!!!



 ガキガキバキバキ、バキバキパキ……!!




 俺の結界を半ばまで矢が貫通した。しかも結界の背後を除いた周囲を凍結するというおまけ付きだ。


「あの距離から放った矢でここまで……下がるぞ!!」


「りょうかい!」


「ユウ、完全に気付かれたのかい?」


「いや、確信はないと思う。なんとなく気配を感じて撃っただけだろう。もうあっちは王都へ向け出発したみたいだ」


「そうかい、やれやれ良かったよ」


 ホッとした皆。


「どのみち弓使い相手にこの距離は不利だ。一度下がって体制をたて直そう」



◆◆



「さて、今あいつらを追うのは得策じゃないねぇ」


 フリーの言う通りだ。このまま戦闘になればこちらに被害が出る可能性が高い。下手すれば誰かが死ぬ。


「そうだな。このまま追うわけには行かない。どうしたい?」


「あるとすれば

 ①一定の距離を空け追跡する。

 ②ダンジョンで時間をつぶす。

 ③奇襲をかける。

 くらいかしら」


 アリスが3本指を立てて案を出した。


「③はないぞ?」


「冗談よ」


「冗談かよ……!」


 真顔で言うな。


「アリスちゃん、近くにダンジョンがあるの?」


 レアがアリスに問う。


「ええ、Bランクダンジョン『悪魔の庭』ね」


 ダンジョンってあのダンジョン?


【賢者】ダンジョンコアをエネルギー源とした魔物を生み出すエリアです。数種類の形状がありますが、この度のものはメジャーな地下洞窟のようです。


 へぇ、じゃあボスとかもいるのか?


【賢者】はい。複数おりますが、特にダンジョンコアを守るボスモンスターは非常に強力です。


 なるほど。俺の認識通りみたいだな。


【賢者】ダンジョンはボスモンスターによって系統が決まります。植物系のボスであればダンジョン内は森に、水系統であれば大きな湖や川があります。それに伴い現れる魔物の系統も変化します。


 ボスモンスターでダンジョンが決まるのか。それは知らない情報だ。


 でも、ここでダンジョンはちょうどいいかもしれない。


「②だな。俺たちはまだまだ力不足だ。辺境伯には悪いが、今偽コリンズを追うのはリスクが高い。それに伯爵がまだ冒険者を集めている段階なら、まだ数ヶ月以上余裕があるはずだ」


 続くかたちでフリーも手を上げた。


「同じく。僕なら正直さっきの矢を防ぐことは出来ても1発が限界だよ。もっと近くから撃たれていたら死んでたと思う。僕らはもっと強くならないと」


 フリーは一部のジャンルについては夢を見ているが、他については現実的だ。


「私も②だよ。ユウに守られてばっかりじゃなくて、守れるくらいにならないとね!」


 レアは頼もしい。いつかそんな約束したもんな。


「あら、皆同じじゃない。大切なのは国を救うこと。道半ばで倒れる可能性が高いなら、勝つために寄り道すべきよ」


 というわけで全員一致で目的地が変更になった。

 目的地は、そのダンジョンへ向かう冒険者が集まって発展した町、『ワーグナー』だ。



◆◆



 その町は、2日ほど馬車で走った場所で、コルトから王都を向いて左側、北の方角にあった。


「やっと見えてきたな。初めてのダンジョン、楽しみ…………いや長い寄り道になりそうだ」


「あ、ちなみにオーランドはこの町出身だから、ある程度彼の情報を得られるかもね」


 町が近づいて来るとそびえ立つように町を取り囲む高い壁が見えた。


「あの壁、高すぎないか?」


「そりゃ、ダンジョンの近くにあるんだもん。魔物を防ぐのに必要だわ」


「へぇ、魔物が町まで来ることもあるのか」


 近くで見ると壁はかなりしっかりとした作りになっている。50~100センチはある大きな石を積み重ね、魔法でさらに強化してあるようだ。高さは4メートルほどで、見上げるデカさだ。


「受付行くわね」


 町には門番に冒険者カードを見せ、アリスが受付を行ってくれている。この辺はダンジョン目当ての冒険者だらけだからこういう手続きも簡単なものらしい。

 門の外から見える町はコルトの町並みによく似ているが、冒険者が目立つ。


 そうして町の外で手続きが終わるのを待っていると、門の向こう側、町に10歳くらいのかなり華奢な女の子が目に入った。ノースリーブのような肩の出た服に紺色のキャップを被っている。その子がキョロキョロとあたりを気にしていた。


「なぁ、レアあの子…………」


 レアの肩をつついてあごで女の子の方をしゃくる。


「どうしたの?」


 その瞬間、目の前の屋台の積まれた黄色い星形の果物を少女が盗って行った。あまりの早業に店主は気付きもしていない。


「やっぱり……」


「ユウ、余計なことに首を突っ込んじゃダメだからね。アリスちゃんに怒られるよ?」


「わ、わかってるって」


 お前はお母さんか。


 少女は何事もなかったようにすました顔で歩いてその場を離れようとしている。


「おい! 今そいつ果物を盗みやがったぞ!!」


 だが通行人の冒険者が少女を指差して叫んだ。


「ちっ!!」


 少女は一気に加速すると、ジャンプしてそばの屋台の屋根に飛び乗った。そしてそのまま隣接する民家の壁をダダダダンッと交互に蹴り上がると、屋根まで壁を垂直にかけ上がった。後を追っていた店主もそこまでは追いかけられない。


「くそっ! 次見つけたら牢屋にぶちこんでやる!」


 店主が悪態をついた。


 なんだあの子の身のこなし。


「わぁ、すごい子だね」


「一般人じゃないかもな。ひょっとすると冒険者?」


「あの年で? それはないんじゃない?」


「どうだろうな」


 話していると受付が終わったようだ。馬車が動き出した。

 門をくぐって町に入ると、ダンジョンで発展した町というだけあって冒険者が多い多い。コルトとの違いは、武器屋や防具、アクセサリーショップも数多くあるがどの店も、店員すらもいかついことだろうか。


 賢者さんによると人口は約5000人ほど。ただしパッと見でもわかるくらいに戦闘員が多い。


【賢者】ダンジョンは内部の魔物数が一定を超えると魔物が外に一斉に溢れ出す『氾濫』という現象が起きます。そのため、ダンジョンが近い町には防壁が建設されます。


 通りで固そうな防壁だ。Bランクダンジョンの氾濫ともなれば、相当な規模なんだろうな。


【賢者】ちなみに氾濫の時期は周期的で、このダンジョンも氾濫が近いそうです。現在冒険者総出で魔物を減らしているようですが、魔物のレベルが高く芳しくないとのことです。


 へぇ、それはまずい時期に来たかもな。


 それから馬車に乗ったまま、町中を見ながらギルドを目指す。こうしてのんびり馬車の荷台から見ていても、1分に一度は怒鳴り声が聞こえてくる。治安はなかなかだ。


「アリス、レア。気を付けろよ? 危ないところへは行くんじゃないぞ?」


「うん。ありがとうユウ」


 レアは素直にお礼を言った。


「なによ。あたしはこれでもBランクよ?」


 アリスの癇に触ったのかもしれない。一匹狼で生きてきたからか、ナメられることに敏感だ。


「違う。心配してるんだ。万が一ってことがあるからな。背後から気絶させられたりしたらどうするんだ」


「ごめん、わかったわよ。ありがとう」


 アリスは口を尖らせて言った。


 ここはコルトとは違う。うちのパーティはキレイどころが2人もいるから心配だ。


「というか屋台が多いな」


 食べ物の屋台から武器、防具、衣類まで、まるでナイトマーケットのように屋台が並んでいる。すべて冒険者が客なんだろう。


「面白そうだね。今度皆で回ろうよ」


 フリーがワクワクしながら言い出した。


「楽しそう! 私も新しい武器が見たい!」


 レアが目をキラキラさせながら屋台を眺める。


「レアちゃん、そこはお洋服を見たいとかねぇ……?」


 フリーが苦笑いしながらレアに言う。


「あたしはアクセサリー。ちゃんと効果の高いやつね」


 淡々とアリスが言う。


「はぁ~、なんでうちの女の子たちは美少女揃いなのにこうもファッションに興味がないんだろうね?」


 フリーが悔しそうに言った。


「同感。宝の持ち腐れって言葉、まさにピッタリだよな」


「あんたたち、聞こえてるわよ」


 そんなことを言いながらギルドへ馬車を進めた。


 ギルドは木造でとんでもなく大きかった。2階建てだが敷地が広い。それだけ冒険者の数も多いのだろう。


「馬車は…………」


「そこね」


 アリスが指差す先のギルドの建物の前、他の馬車が4台ほど並んでいるところに停める。


「遠かったねぇ」


 フリーがぐぐっと伸びをした。


「到着うううう!」


 レアが元気良く馬車から飛び降りる。


「きみまろ、お疲れ様。すまんがここでしばらく待っててくれ」


 撫でながらエサをやると「ゴォウ」と低く鳴き声で返事をしてくれるようになった。


「さて、いくかぁ。初めての町のギルドは緊張するな」


 扉を開けると、笑い声と怒鳴り声が入り交じった騒音が耳を突き破るような音量で聞こえてきた。


「耳が~!」


 後ろではレアが耳を押さえている。


 中は酔っぱらいが大声で談笑し、食器が飛び交うケンカが起きているかと思えば、その真下の床で腹を出して寝ている者もいる。


「コルトよりちょっぴりだけ荒れてるかもな。とりあえず受付でダンジョンについて聞いてみようか」


 4人で受付へ向かおうとした時、1人の酔払いが声を掛けてきた。モヒカンだ。この世界にもこんな髪型あるんだな。20歳代くらいで手足が長く、整った容姿をしたイケメンだ。


「ん? おおい。お前らどこから来たんだ? 見ない顔だな。ここはBランクダンジョンに向かう猛者たちの町だぞ? 田舎者は帰んな」


 モヒカン男はイスにふんぞり返って座ったまま言った。


「「「ぎゃっはっはっは!」」」


 周りが合わせて笑う。


 まったく、ギルドに来たらこれだ。でも俺だって大分我慢できるようになった。伊達にコルトで絡まれるたびにボコボコにしてたわけじゃない。


「ほっといてくれ」


「ああ? こっちは親切心で言ってやってんだ。俺の言うことが聞けねぇのかぁ?」


 そう言いながら立ち上がると、めんたまをひんむいて顔を目の前まで近付けてきた。ヤンキーみたいだな。


 酒臭っ!


 思わず顔を避けると、男はビビったと勘違いしたのか満足したような顔をした


「ふんっ、おまえランクは?」


「Cだ」


「へっ、まぁまぁだな。だがよ。冒険者って職業は男がやるもんだ」


 そう言って男は、俺の隣に立つアリスとレアにチラリと目をやった。


「そこの弱そうな女の子2人は止めときな。ダンジョンなんかに入ったらすぐ死んじまうぜ?」


 男がモヒカンを撫でながらカッコつけて語る。2人の可愛さに気付き、『俺心配だぜオーラ』全開だ。


 種族レベル1の中では最強ランクの2人を見た目で判断するとは、三流もいいとこだ。


「へぇ……何? あたしらが入っちゃダメなの?」


 アリスが聞くと、男は腕を組んで偉そうに言った。


「ダーメだ! 俺はお前らの心配をしてやってるんだぞ?」


「そんなのいらないよ」


 レアが無感情に言った。


「こっちは親切心で言ってやってんだ! せいぜいその辺でスライムでも狩ってレベル上げてこい!」


「大丈夫だねぇ。スライムくらい100匹でも1000匹でも狩れるし、君こそスライムみたいな顔面して。狩ってあげようか?」


 珍しくフリーが言い返した。こいつ、絶対このモヒカンがイケメンなの気に入らなかったんだな。


「あはは! スライムみたいな顔って!」


 レアのツボに入ったようだ。


「この糸目野郎…………!」


 笑われたモヒカン男は機嫌を悪くする。


「てめぇも、いい気になんなよ?」


 俺を指してきた。


「俺?」


「そーだ! なかなかそいつらは可愛いがよ」


 フリーがそこだけすごく頷いている。


「特にその子はここのダンジョンにはふさわしくねぇ!」


 男がアリスを指差した。


「へぇ、ふさわしくない?」


 アリスが一歩前に出る。


「おい、やめとけ。お前死ぬぞ?」


「ああ? おい聞いたか? 俺が死ぬんだってよぉ!」


 モヒカン男は周りを見回しながら煽って盛り上げる。他の冒険者たちも酒がまわっているのか、ニヤニヤした顔でヤジを飛ばし騒ぎ立てる。


「絶対その女良いとこ育ちだろ! ゴブリンも見たことねぇみたいなキレイな顔しやがって! ハハハッ!」



 どっ!!!!



 ギルド内がアリスを馬鹿にした笑いに包まれる。酔っぱらいが笑うとなぜこうもうるさいのか。

 ただ幼少期、親に捨てられたアリスに温室育ちは禁句だ。そんな暮らしとは正反対の人生を歩んできたアリスには。


「お、おいアリス…………!?」


 しばらくして、徐々に酔っぱらいたちの笑い声がしぼんでいく。そして、1人が気付いた。


「なっ、なぁ! なんか寒くないか?」


「え?」


「ホントだ! てか息白っ!?」


 各々が肩を抱いたり、腕をさすったりしだす。


 あ、これやばっ…………。


 俺がそう思った時、静かな、そして冷えきった声がギルド内に響いた。





「誰が弱いって……誰が、良いとこ育ちだって…………?」





 周囲の気温がどんどんと下がり始めた。ギルド内の全員が異変に気がつき出した。


 ギルドの窓は白く曇り、外の景色が見えなくなった。天井のシーリングファンは徐々に凍りつき、動きを止めた。


「冷たっ!」


 鉄でできた取っ手のジョッキを持っていた男は、あまりの冷たさにジョッキを落とす。


 ゴトンッ!


 だが、中の酒すら凍りつき、中身がこぼれることはなかった。ついでに言えば、凍り付いた指がジョッキにくっついたままだ。


「お、俺の指がああああ!」


 アリスのそばにあるテーブルに霜が付き始める。


「ひぃっ!」


 ようやく、この原因がアリスだと皆が気づき始める。


「落ち着けアリス…………!」


 目が光が消えているアリスの肩をガッと両手で掴む。


 いっつ…………!


 アリスに触れた瞬間、手の感覚がなくなり、霜が手の甲を覆う。だが、


「はっ!?」


 アリスに表情が戻った。


「ゆ、ユウ? ああ…………ごめんなさい」


 やってしまったとばかりに自分の服の裾を掴み、下を向いて表情を暗くするアリス。同時に気温が元に戻り始める。


「いや、アリスは悪くない。悪いのはこいつらだ。大丈夫、俺が代わりにあいつらをしばいてやる」


 さすがに黙ってられない。こっちのことを知らない以上、勝手に決めつけて批判してきたのはコイツだ。しかも、アリスに心の傷を思い出させ、傷を深くした。フリーとレアからも殺気が抑えきれずに漏れ出している。仲間を侮辱されて、はいそうですかで済ませられるわけがない。


 許せない…………!


 寒さに震えていたモヒカン男を振り返った。


「心配してくれなくてけっこう。この2人は少なくともてめぇよりか遥かに強い」


「はっ、ははっ! 馬鹿言うなよお前……! な、なぁ皆もそう思うだろ!?」




「は、ははは………………」




 もはや男に同調するものはなく、カラカラと乾いた、まだ言うぜこいつという、男を哀れんだ笑い声だけが聞こえた。それがよっぽど気にくわなかったのか、彼のプライドを傷付けたのか。男は逆上しだした。

 

「おいおい、俺はBランクだぜ!? 俺がそこの2人に負ける? 馬鹿も休み休み言え! じゃあなんだ? 俺より強いそいつらはなんだって言うんだ? お前の護衛か? それとも奴隷か?」


 ブチキレたモヒカンが酔いと怒りで何を言ってるのか頭では理解できてないのかもしれない。でも確かにこいつは、レアとアリスのことを『奴隷』と言った。そう、確かにそう言った。




「…………奴隷? ……ふたりが?」




 自分でも驚くほど冷たい声が出た。普段は押さえてたLv.2の存在感が溢れそうになる。何人かは異変を感じ俺から距離をとって下がっていった。


「図星かよ! ぎゃっはっはっはっは!! いいご身分だな! 性奴隷を2人も従えてさぞ毎晩お楽しみだろうよ!!」


 男は手を叩いて大げさなリアクションをとる。



 頭の中で、



 『ブチッ』



 そんな音が鳴った。



「性、奴隷…………?」


 お前、さっきまでのは許せてもそれはダメだろう?


「ユ、ユウ…………? 私たちは大丈夫だから、抑えよう?ね? ね?」


 レアが後ろから引っ張ってくる。


「そうよ。あなたが怒ることないわ。落ち着きなさい。ね?」


 落ち込んだままのアリスも声を潜めて俺を押さえようとするが、大勢の前で2人を性奴隷呼ばわりされて黙ってられるほど俺の器は大きくない。


「ははははっ! やろうってのか? そこの2人を盾にして逃げた方がいいんじゃねぇか?」


「お、おいもうやめとけ! ブルート! 早く謝れ!」


 とっくに酔いの冷めてしまった周りの男たちがモヒカンを止めようとする。


「皆すまん」


 後ろからため息をついたような音が聞こえてきた。


「ユウが殺らなきゃ、僕が斬るよ?」


 フリーも珍しくキレている。



「ふん、おめぇら、なに言ってぇええええええええええごがががががががが!!!!!!!!!!!!」



 上から斥力で押し潰してみる。一瞬でモヒカンが地面に叩きつけられる。まだ終わりじゃない、ここからだ。



「あががががご…………!!」



 ボコオオオンッ!



 ミキャッ! バキッ、バキッ、バキバキバキバキ!



 ギルドの床板ごと男が入る範囲で陥没する。湿った硬いものが数本折れる音が聞こえ、そいつの手足の関節は一瞬で倍ほどに増えた。 

 大丈夫。理性はまだある。殺してはいない。たぶん。


「2人が、なんだって? もっかい言ってみろ」


「あ…………ああ。す、すみま……せ」


 モヒカンはぶくぶくと泡を吹き始めた。



「お前、自分が何を言ったかわかってんのか?」



 気が付くと、ギルド内はしーーんと静まりかえっていた。


「あと、さっき俺らを笑ったやつ。出てこい」 



「「「「「……………………っ…………!!」」」」」



 誰も出てこない。むしろ皆下を向いて目を合わせないようにしている。ギルド職員も動かない。


「なら聞くが、実力がないのはどっちだ?」


 何も答えない。


 誰かが苦しそうに唾を飲み込んだ。


「仕方ない。2人に謝らせながら1人ずつ潰していくから。お前らは強いんだろ? 悔しかったらかかってこい。じゃないとこいつみたいに骨の関節増やしてやる。何倍がいい?」


 全員冷や汗をかき、身動きひとつしない。ここで目立ったやつは殺されてしまうかのように呼吸にすら気を使い、できるだけ気配をなくそうとやっきになっている。ごくっという生唾を飲み込む音が聞こえてくる。


 ドタドタドタドタ…………!!


 その異様な静寂の中、2階からドタドタと1階まで響く足音が聞こえてきた。


「す、すまない!! 冒険者たちが申し訳ないことをした! 謝る! この通りだ! 許してくれ!!」


 まじめそうな男が慌てて階段を踏み外しそうになりながら降りてきた。誠実そうな印象だ。少し顔長でメガネをかけた黒髪のオールバックだ。


「「「ギルド長!!」」」


 ギルド職員や冒険者たちが降りてきた男の顔を見るなり、ホッとした顔をした。



「おまえから死ぬ?」


 

 俺の言葉に再び場が凍り付いた。


「ま、待ってくれ!!私はこの町のギルド長のジャンだ!」


 ずり落ちそうなメガネをなおしながらそう言った。


「だから?」


 俺がそう言うと、ジャンと名乗った男は、俺の前まで堂々と歩いてくる。自然と冒険者たちが道を譲った。


「そこでのびているブルートに代わって謝る!大変失礼なことを言い、申し訳なかった!!許してくれ!!」


 そこでビシッと頭を俺に向かって下げた。


「おい、頭を下げるくらいなら誰でもできる。それに、謝る相手は俺じゃねぇだろ?」


「わかってる!」


 そう言うと、ジャンはアリスとレアの前へと歩き、2人へと向き直った。


「うちの冒険者が、失礼なことをした!謝ってゆるされることではないと思う!」


「い、いえ、そんな…………!」


「だが、無理を承知で言う!これで許して欲しい!!」


 言い終わると、ジャンはレアたちを遮って、そばにいた冒険者の剣を勝手に抜くと、左腕をまくってテーブルの上に伸ばして置いた。仰向けになった拳は強く握られている。そして、


「まさか!」


 レアが何をしようとしているか気付いた。


「大丈夫もういいわ!十分よ!」

 

 だが、アリスとレアが止めるまもなく、ジャンは剣を自分の左腕目掛けて振り下ろした!

 

 

 キィ……ン!!



 甲高い音とともに、剣が折れギルドの天井へと刺さった。


「誠意は伝わったよ。お前みたいなやつもいるんだな」


「許して、くれるのか…………?」


 ジャンが腕を置いたまま言った。


「今のは間違いなく本気だった。腕1本分の覚悟はわかった。2人もいいって言ってるからいいんじゃないか?」


 アリスとレアを見ると、コクコクとすごく頷いている。


「すまない……!ありがとう!!ありがとう!!」


 ジャンはまたしっかりと頭を下げた。


「もういいって」


 俺が落ち着いたのを見て、周りの空気もようやく緩んだようだ。ジャンもさっきの気迫の反動か、一瞬でかなり老けたように見える。


 この人、苦労してんだなぁ…………。


 そして落ち着いたジャンが聞いてきた。


「し、しかし、君は何者なんだ?さっきの魔力はまるで、え…… 」


「いらん詮索なら止めとけよ?」


 じろっとにらむ。


「あ、ああすまない。ところでこの町へはどうして?」


 ジャンはあわてて取り直し話題を変えた。これじゃあ俺が脅してるみたいだな。やり過ぎた。


「単にダンジョンがあるというので来てみたくなっただけだ。まさか、こんな絡まれ方するとは思わなかったが。俺たちはワンダーランドってパーティだ。俺はリーダーのユウ。よろしくな」


「ああ、よろしく」


 ジャンと握手をする。ペンを握るデスクワークの人間の手じゃない。これは武人の手だ。


「今日はダンジョンについて聞きに来ただけだが…………あんたにはこれから世話になりそうな気がするな」


「あはは、お手柔らかにね……?」


 ジャンがハンカチをズボンのポケットから出して汗をぬぐった。


「じゃ、俺らは用事を済ませたら出てくから」


 そして、そのまま受付に行く。受付嬢は相当びびっているようだ。


「ひっ!い、いらっしゃ、しゃいませえ!!」


 声が裏返りまくり、紙を持つ手はぶるぶると震えすぎて紙がしわくちゃになっている。


「はぁ……何もしないから落ち着いて」


「は!はいいい!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」


「仕事してくれ」


「は、はい!ほ本日はどう言ったご用件で?」


「今日はダンジョンについて聞きに来たんだ。入るのになにか規則とかはあるのか?」


「い、いえ特には、ただ入るときにメンバーの名前をもしくはパーティ名、そして探索期間の目安を名簿に書かせて頂きます。あ、あああまり長期間に渡って戻らないことがあればなにかあったと見なして、調査が必要になりますので」


 ものすごく早口でまくしたてた。


「なるほど。ありがとう助かった」


 そう言って受付を離れると、受付嬢が床にヘタりこんだ。後ろからちょろちょろと聞こえたが無視してさっき押し潰したモヒカンのやつのそばに行く。そいつは仲間たちに手当てされ、包帯が巻かれている。意識は戻らないままだった。


 俺に気付いた仲間であろうやつらが土下座しながら謝ってくる。


「「「すみませんでしたぁ!!!!」」」


「もう、もう勘弁してやってください!」


 仲間たちが涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら必死で頭を下げてお願いしてくる。俺が止めを差しに来たとでも思ったのだろうか。


「邪魔」


 魔力を操り、そいつらを持ち上げてどかす。宙に浮き、固定された状態のこいつらは指一本動かせないのがわかると、ガタガタ震えながら泣き出した。

 それらを無視してブルートと呼ばれていたモヒカンに回復魔法をかける。皆が見守る中、数分で手足も本来の位置を取り戻した。そいつが淡い光に包まれたとき、仲間たちは殺されるのだと諦めた顔をしていた。



「ん?あれ?お前らなんで泣いてんだ?」


 モヒカン男はぼけっと目を覚ました。


「ブルートお前生きて!?」


 仲間たちは揃って驚いた。


「はぁ?なんでそんなこと…………あっ!ああああああああああっ!!」


 前に立って見下ろす俺に気付いて思い出したようだ。


「……あ、あんたは!!!!」


 尻餅をついた状態なのに、椅子をぶっとばし一瞬で5メートルは後ずさった。


「ブルートっつうのか。お前次、2人にさっきみたいな口聞いたらきちんと殺すからな」


 軽く威圧する。ブルートは膝が震え、ズボンにシミが広がっていく。


「すっすみませんでした!!」


 見事な土下座だ。自分の尿など気にせずに頭を床にすり付けている。


「わかったらいいんだ。じゃあな」


 そう言って、後ろを振り向くとザァッと人垣が割れた。


「よし、じゃあ行くか」


「え、ええ」


 ギルドを出るとき、何故か冒険者たちが総出で送り出してくれた。


「偉そうな口聞いてすみませんでした!!」


「申し訳ありませんでした」


「お疲れ様でした!!アニキ!」


「ダンジョン、楽しんで来てください!アニキ!!」


 などなど、


「アニキってなに……?」


 不機嫌そうにそう言うと、また静かになった。



◆◆



 まだ若干くすぶる怒りに身を任せてギルドを出て、とりあえず歩き出すとフリーが爆笑し出した。


「あはははははははは!」


 腹を抱えて、腰を曲げて笑っている。


「なんだよフリー」


 口を尖らせてそう言うと、フリーは涙をこらえて言った。


「ユウ僕生きてて一番すっきりしたよ!最高だったねぇ。あははは!!」


「確かにめちゃくちゃ気分が良かったよ!」


 アリスとレアは、あいつの暴言を気にしていない。俺が1人突っ走っただけか。


「でも、ユウがキレてあれくらいの被害ですんだのが奇跡だよ。少なくともギルドが吹っ飛ぶと思ったもん」


「いやいや!俺だって節度ってもんは知ってるよ!」


「僕は町がなくなるんじゃないかと心配になったけどねぇ」


「おいフリー、お前も斬ろうとしてたくせに何を言う」


「あははは」


「でも久々だったね。あんなピリピリしたユウを見るなんて」


 レアが懐かしそうに言った。


「そうか?」


「うん、私と出会った頃は常に周りを警戒して殺気すら出てたこともあったし、もっと堅苦しかったよ?」


 そりゃ、あの頃は自分の身を落ち着ける場所もなければ、町が滅ぶ事件の後だったからピリピリするのも当たり前じゃないか。確かに今は昔に比べるとずいぶんと余裕ができた気がする。それもこいつらのおかげか。というか、なぜ、お前が俺の保護者的な立場で話してるんだよ。


「でも今は違うのアリスちゃんや、フリーさんが仲間になってくれて、すごく雰囲気が柔らかくなったの。ありがとうね2人とも」


 レアがふふふと笑った。


「まぁ……そうだな。ありがとうよ」


「ユウはホントに仲間を大事にしてくれるんだねぇ」


「さぁな…………」


「ユウは奴隷が嫌いなの?」


「奴隷が嫌いじゃない。奴隷っていう考え方がな。自分と同じ人間に価値をつけて物のように売り買いするのは理解できない。同じ人間なのに何が違うんだ?ましてやそれがレアやアリスだって?」


 この世に奴隷なんて人間はいないし、ましてや命の価値なんて比較しようとするのが間違ってる。人間は皆平等だ。


【賢者】王国に奴隷制度はありません。数千年前に廃止されたようです。ただ、残っている国はまだ多いようです。


 そうか。


 レアは俺を嬉しそうに見てきた。


「ありがとうね。私たちのためにあんなに怒ってくれて」


 レアが微笑みながらお礼を言った。


「いやまぁ、ムカついただけだし」


「……うん。ユウありがとう」


 アリスは嬉しそうにするも、すぐに表情が暗くなった。


「それと…………怪我させちゃってごめんなさい」


 アリスは俺の手を見て言った。これは、アリスがブチキレた時にアリスに触れたためにできた傷だ。


「いいからいいから、こんなのほっときゃ治る」


 バレないうちに治しとけば良かった。


「ほらな?」


 アリスの目の前で手を振りながら一瞬で傷を治す。


「ふふっ、そうね。ありがとう」

 

 アリスは無理に口角を上げて笑った。


「おう」


 まだ空元気な感じがする。あのカートを凍らせた事件がトラウマになっているのだろう。あほカート。


「アリスちゃん」


「なに?レア」


 レアがアリスの顔をじっと覗き込む。そして言った。




「アリスちゃんは大丈夫。ちゃんと成長してるよ?」




「なっ、なによ。もう大丈夫だって!」


 アリスはバレていないと思っていたんだろう。慌てて取り繕うとしたが、こらえきれなかった涙がアリスの頬を伝う。


「うっ…………見ないで」


 アリスが顔をそむけて手を突っ張って牽制してきた。


 そんなもん効かん。


「「「じーっ」」」


 3人でやるとキモいな。


「見ないでって!馬鹿っ!」


 アリスが後ずさりしながら、涙を服の袖でぐっとぬぐった。


「ほれ、泣いてないでさっさとダンジョン行くぞ!」


 アリスの手を引くと、俺の足をげしっと蹴って言った。



「泣いてないわよ馬鹿!」



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― 新着の感想 ―
主人公、全身に結界を纏うこと位できないのかな? 仲間の魔力暴走止める為とはいえ、触れるたびに凍傷負ってたらきりが無いと思うんだが? 地球出身なら簡単に思い付きそうなものだけど……
[気になる点] たった4時間先に出た馬車に追いつくのに何日かかってるんだか 相手は武器を積んだ普通の馬車に対して荷物無しで浮いてる馬車で追ってるのにね
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