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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
40/159

第40話 父親

こんにちは。

いつも読んでくださり、ありがとうございます。


 さらに3日が経過した。

 大きな満月が爛々と夜の草原を照らす頃、見張りはレアだ。


 コンコン。


 夜中、夜営用に土魔法で建てた家の扉をノックする音が聞こえた。


「ん…………どうした?」


 ちょうど寝落ちしかけていたところ、レアが入ってきた。

 

「ユウ、ごめん。遠くの方で何か聞こえる」


「音? どんな音だ?」


「大勢の人の声。何て言ってるかはわかんないんだけど、何かこう、怒ってるような…………」


 レアが不安そうに言った。


「声ねぇ……」


 家を出て耳をそばだててみるが俺には何も聞こえない。聞こえるのはサラサラと草が擦れる音だけ。静かな夜だ。


「ほんとだよ?」


「ああ、レアは耳が良いからな。方角は?」


「あっちだと思う」


 レアが指差すのは、王都を向いて左手の方だ。


 賢者さん、あっちの方に何かあるか?


【賢者】探知をしたところ、4キロ先、多数の人間の反応があります。村かと思われます。


 俺の高位探知はアメーバ状に変形させて伸ばすことができる。それがこの超長距離探知範囲を可能にしていた。


「とりあえず、このバカとアリスも起こそう」


 俺は隣で寝ているフリーを見て言った。


ーーーー


 無理矢理起こされ、ゲッソリとした顔のフリーと眠たそうにしているアリスを前に相談する。


「それで、俺としては気になるんだが俺たち急ぎでもあるだろ?」


「いいえユウ。こんな夜更けに大勢が殺気立つなんて大事よ」


「ん~、僕としては余計なことに首を突っ込むべきじゃないと思うけどねぇ。完全に部外者じゃないか」


 フリーは首の後ろをポリポリとかきながら言う。


「レア、どうしたい?」


「私は…………助けが必要なら助けてあげたい。聴こえてきた感じだと、尋常な事態ではないはずだから」


 レアはぐっと手を握りしめた。


 耳の良い獣人族のレアは、直接声に乗った感情を聞いてしまっている。助けたいのだろう。



「レアちゃんが言うなら、さぁ行こうか」



「おい」


 レアに優しいフリーは一瞬で手のひらを返した。



◆◆



 真夜中、月明かりを頼りに馬車を走らせる。と言っても大きな月の光量はとても多い。馬車は青白く揺れる草原を猛スピードで突き進んでいく。


「うーんと、あれじゃないかねぇ」


 髪を風になびかせながら、フリーが指差す1キロほど先には、無数の松明の光があった。

 里山林の中、列をなして俺たちの視界を左から右へと進んでいる。彼らが来た道を目でたどると、大きめの村があるようだ。こんな時間でも家の光が漏れている。


「間違いなさそうだ。何があった?」


 馬車の速度を落として行進する人々へと近付く。


 どうやら林の中を歩いているのは剣や盾を手にしたフル装備の冒険者たちのようだ。しかし、よく見ると先頭から3割ほどが冒険者で、残りが村人のようだ。


「妙ね」


「うん、なんで村人まで混ざってるんだろう?」


 答えはわからず直接話を聞くことにした。きみまろを林の木に繋ぎ、馬車を降りて近付いていく。


「待って。この深夜にいきなり林の中から現れたら怪しまれない?」


「確かにそれは言えてるねぇ。特にユウは」


「お前もだろ」


 緊張感のないやりとりをしながら歩く。


「ならどうするの?」


 レアがスルーして聞く。


「ここは女の子の方が警戒されないんじゃないかい?」


 フリーが思い付きで人差し指を立てながら言った。


「名案だ。冴えてるな」


「でしょ?」


「ああ。ただの変態じゃなかったんだな」


「えへへ、賢い変態なんだよねぇ」


「馬鹿はほっといて……わかったわ。ここは任せて」


 アリスはクールに答え、レアも頷いた。


 緩い山の斜面をレアはひょいひょいと、アリスは木に掴まりながら降りていく。俺とフリーは少し離れて後をついていく。


「ほんと、美少女が2人もいるなんて幸せだよ」


 フリーが前を歩く2人の姿を見ながら言った。


「まさかお前、うちのパーティ来た理由って……」


「あはは、まさか。そうだとしても4割くらいしかないよ」


「いや、その数字リアル過ぎだろ」


「だって前のパーティなんて全員男なんだよ。ゴブリンのメスが可愛いく見えるくらいで…………環境は人を狂わせるというか」


 過去を思い出すフリーの目に光は消えていた。


「おま…………」


 無言でフリーの肩に手を置いた。


「残りの理由は、強くなりたいんだよねぇ」


 意外な答えに思わずフリーを見た。


「だって、『最強』はロマンじゃないかい?」


 ニカッと歯を見せて笑うフリー。


「まぁ、な」


 わかる。俺だって幼い頃はそういったものに憧れたものだ。


「それに師匠との約束だしね」


 フリーが少し寂しそうな顔をした。


「お前にも師匠がいたのか」


「師匠っていうか、恩人だね。一時期、一緒に暮らしていて、いつか『剣の理』になるって約束をしたんだ」


「『剣の理』……じゃあその師匠は相当強かったんだろうな」


 ザクザクと落ち葉を踏みしめる。


「いや、今思えばそこまで強くなかったねぇ。師匠は自分の壁を越えられなかった。でも師匠の剣にはどこまでも愚直な意思があった。それがすごくキレイに見えたんだよ。あの頃僕は目的もなく空っぽだったから、単純な強い意志に惹かれてたんだと思う」


 生えている木々を掴み体を支えながら斜面を下って行く。


「本当のことを言うと、僕がこのパーティに入ったのも強くなりたかったからなんだよ」


「なんでこのパーティだと強くなれるんだ?」


「いくつか理由はあるんだけど、まず単純にメンバーが強い。そしてその成長速度も群を抜いてるときた。強さを得るなら強き者のそばでいるのが一番さ。師匠との約束を果たすためにもね」


「なるほどな…………しかしフリーに師匠がいたとは、一度会ってみたいもんだ」


「それは無理だねぇ」


「なんでだ?」


「蒸発しちゃったからねぇ」 


 あははとフリーは笑う。


「蒸発…………?」


「あ、そろそろだよ」


 アリスとレアが松明を持って歩く列に接触した。俺たちは木の影に隠れて様子を見る。


 初めは近付いてきたレアたちに警戒し武器を向けるも、女の子2人だとわかると武器を下ろした。


 2人が状況を伺うと、しばらくしてアリスが振り返って俺らを手招きした。俺らが出ていくと、自然と注目が集まる。


「こっちがユウで、こっちがフリーよ」


 アリスが俺らを紹介する。


「ども」


 適当に会釈する。男たちの顔には不信感が隠しきれていない。


「アリス、どういう状況なんだ?」


「それが…………」


 アリスによると、今村人たちは魔物を討伐しに行く途中とのことだ。


 2ヵ月ほど前から子供が行方不明になる事件が多発しており、近くの林で怪しい魔物の目撃例があった。話では身長3メートルほどの長身の生き物で、痩せ細った長い手足を持っていたそうだ。目撃した村人はその気味の悪さにすぐさま村に逃げ帰ったらしい。

 同日、村の冒険者が調査に向かったところ一向に戻らない。そしてつい先程、さらに5人の子供が行方不明になった。我慢の限界を迎えた村人たちは、村をあげて討伐隊を組んだ。


「これ、あの3兄弟が言ってた事件じゃないか?」


「そうよ。まさか本当に当事件に出会うなんてね」


「だとして、村人たちじゃ危険すぎるだろ。相手の強さもわからないのに」


「そうなの。さっきそう言ったんだけど…………」


 アリスがチラリと目線を送った先。


「余所者が邪魔するんじゃねぇ!!!!」


 肩をすくめてほらね? みたいなリアクションをするアリス。


 威勢の良い大声で怒鳴り込んで来たのは、筋骨隆々スキンヘッドの大男だった。身長は2メートルを超えてる。


「そうだな。助けがいらないようなら帰るよ」


 様子からして、あまり部外者が関われる案件ではないかもしれない。


「おう、さっさと出ていけ!!!!」 


 スキンヘッドが頭に血管を浮かべて叫ぶ。


 帰ろうかとフリーたちに言おうとした時、


「ちょっーと待ってー!? 待って、待って待って! ごめん、帰らないで!」


 俺たちとスキンヘッドの間にズザザとヘッドスライディングで滑り込んできたのは坊主頭の優男だ。


「待ってくれ、戦力は多い方がいい!」


「こんなどこの馬の骨とも知れん奴らが役に立つか! 子供たちの命がかかってるてのに、足を引っ張られるだけだ!」


「ダヴィ、感情で物を言わない」


 優男がダヴィと呼ばれたスキンヘッドのデコをペシッと叩く。


「僕はロレンゾ。村の冒険者だよ」


 手を差し出してきたので握手を返す。

 優男かと思えば手のひらは硬くゴツゴツとしていた。


「大方話はアリスさんから聞いた。近くで夜営してたら声が聞こえて駆け付けてくれたんだってね」


 ロレンゾはアリスから話を聞いて、列全体に集まるよう連絡しに離れていたようだ。


「ああ。ほらこれで身分証明」


 俺たちはギルドカードをロレンゾに見せる。


「すごい! Bランクに、Cランクかい!?」


「しかし大変だな。子供をさらう魔物か」


 じろっとダヴィと呼ばれてたスキンヘッドを見ながら言う。


「俺じゃねぇ!」


 地団駄を踏むダヴィ。


「村で唯一のBランクパーティが戻らず被害者は増えるしで、なりふりかまっていられない状況なんだ。今は少しでも戦力がほしい。一緒に来てくれるかい?」


「まぁ元からそのつもりだ」


「良かった! 僕らはCランクパーティ『水竜の集い』だ。メンバーは僕とダヴィの他に2人いる」


「そうか。これも何かの縁だな。よろしく」


「こちらこそお願いする」


 ロレンゾと握手をかわす。


 そのまま激情するダヴィをロレンゾが他の場所へ連れて行き、俺らも列に混ざって歩く。

 どうやら今この村に滞在している冒険者の中では、この坊主ロレンゾのパーティがトップらしい。


「でも、村の人たちまで同行させちゃダメだろ」


「僕も言ったんだけど聞かなくて」


 ロレンゾは困ったように笑った。


「ま、何かあったらダヴィの治癒魔法もあるから大丈夫」


「ち、治癒魔法? この見た目で!?」


「本当かい? あはははは!」


 フリーは悪びれもせずに笑う。


 ダヴィを見てみるが、肩当てはしているが上半身はほぼ裸。世紀末の人たちみたいだ。松明の明かりがその筋肉の凹凸をさらに立体化している。


「てめら…………笑ったな!?」


「ダヴィ仕方ない。君はどう見てもパワーファイターだ」


「だな! それにカモフラージュは完璧だ。治癒士はまず初めに狙われるからな」


「確かに誰も治癒士だとは思わないだろうねぇ」


 ダヴィをからかいながらたどり着いたのは、林を抜けた先にある山の斜面に、くり貫いたようにポッカリと空いた洞窟。入り口の大きさは直径3メートルほどで、よく出入りしているのか地面の雑草に擦れた後がある。


「拐われた子供の年齢はいくつくらいだ?」


「だいたい、3歳~5歳くらいかな」


「行方不明者に大人は1人もいないのか?」


「ないね。討伐に向かった冒険者たち以外は」


「標的を絞ってる…………やはりただの魔物じゃなさそうだな」


 レアが俺の服の裾を引っ張った。


「ねぇユウ、嫌な感じがするよ?」


 レアが眉をひそめた。


「嫌な感じ?」


「うん。あの時みたい…………」


「ユウ、僕もレアちゃんに同感だねぇ。この、胸焼けするような変な感覚……あのバケモノに似てる」


「あいつか…………」


 コルトの近郊に現れたバケモノで、カートたちが襲われ殺されかけた。そして、フリーですら勝てなかった。


「これは、村人たちには荷が重い」


「そうだねぇ」


 フリーも同意する。


「…………ロレンゾ!」


 ロレンゾに聞こえるように呼ぶ。


「どうしたんだ? 何か知ってるのか?」


「これの同類とコルトで戦ったことがあるが、村人たちじゃまず無理だ」


 聞こえていたのか俺の言葉にダヴィが激昂した。


「何を知った口を利いてやがる! 拐われた子供たちは今もこの洞窟の中で泣いてるかもしれねぇ…………子供は村の宝だ! 犯人は絶対にただじゃおかねぇし、あの子たちは絶対に助ける!」


 さっきの軽い怒り方ではない。ダヴィは本気で怒っている。


「そうだ!」


「余所者が口出しすんじゃねぇ!」


 さらに村人たちが同調しだした。


「げ…………」


 あ…………そうなるか。



「娘を取り返すんだ! 邪魔すんな!」


「帰れ!」


「帰れ!」


「帰れ!」



 そうか、ここには拐われた子供たちの親も入っているのか。


「すまん。悪かった。でもこの相手は普通じゃない。被害が増える前に俺らに任せてくれ」


 謝罪とお願いの意を込めて頭を下げる。


「赤の他人に任せられるわけがねぇだろ! 俺たちは命を捨てる覚悟でここにいる!」


 感情論で訴えられ、アリスはやれやれと肩をすくめる。


「で、でも! このままだと、皆やられちゃう!」


 レアがこういうことは苦手だろうに必死に訴えようとする。


「黙れ余所者!」


 だが一蹴され、レアがしゅんとなった。耳がペタリと寝そべる。


「ユウ、すまない。でも危険は初めから承知。止めようとしても無駄だ。皆、我が子のためなら命なんて惜しくない。邪魔は…………しないでくれ」


 穏やかだったロレンゾに一瞬だけ、怒りの表情がちらついた。



◆◆



 俺たちが見てる前、村人が武器を手に続々と洞窟になだれ込んでいく。


「ユウごめん…………」


 猫耳がしゅんとなっている。


「いや、レアは悪くない。悪いのは俺だ。言葉を選ぶべきだった」


「でも助けるんでしょ?」


 アリスは気にする様子もなく言う。


「もちろんだ。問題はバケモノをどう倒すか。アリスは見たことないのか?」


「ないわね。話には聞いていたけど、そんなにヤバイの?」


 アリスは腕を組みながら首を傾げた。


「ああ。コルトじゃ、近接トップクラスのフリーが負けてるんだぞ?」


「いやぁ、それほどでも…………」


 フリーがニヤニヤしながら頭に手をやって照れてる。


「うるさいそこ。だから、最初から俺が相手しようと思う」


 そう言うと、



「ユウ、それは違うんじゃないかい?」

 


 ふざけていたはずのフリーだが、目が笑っていない。


「え?」


「僕らはパーティだよ? ユウだけ危険な目に合うつもりかい? 少なくともカイルは皆で戦ったねぇ。そんなことしてたらいつまでたっても僕らは弱いままだ」


「あ…………」


 確かに……その通りだ。言われてみて初めて気が付いた。


「そうね。ユウがいつも一緒とは限らないし、弱いままじゃいられない。あたしも出るわ」


「うん、ユウが私たちを大事にしてくれてるのはわかるけど、私も戦うよ」


「ああ」


 俺は皆を無意識に危険から遠ざけようとしていたのか。こんなの確かにパーティじゃない。フリーが入ってくれて、言ってくれて良かった。


「悪かった」


「ううん、いざという時は頼りにしてるよユウ!」


 方針の決まった俺たちは洞窟に入ったロレンゾたちの後を追う。


 まだ奥に松明の明かりがゆらゆらと揺れているのが見えた。それほど離されてはいない。

 すぐに追い付くも、気まずさもあり、少し距離を開けて後ろをついていくと、ドーム状の広い部屋に出た。ここで行き止まりのようだ。


 先に部屋に入ったロレンゾたちが部屋の中を見回している。村人の列に続いて俺たちも部屋に入ってみる。部屋は松明の明かりだけだとさすがに暗い。驚かせないよう、徐々に光魔法で光源を作り出していく。


「魔物は留守か?」


「子供たちはどこだ!?」


 村人たちが騒ぎ始める。


 確かに、子供たちが生きているならばここにいるはずだ。ドーム状の部屋の中は大きめの岩が転がっており、遮蔽物も多い。





「パパ?」





 声のした方に村人たちが駆け寄ると、部屋の奥、壁に沿って地面に掘られた穴の中に20人ほどの子供たちがいた。穴は深さ3メートルほど、子供たちがいる底は全員が横になっても余裕があるほどだ。だが、その穴には鉄製の柵がフタをしており、硬く閉ざされていた。


「パパぁ~!!!!」


「レミー! 今出してやるからな!」



 ガシャアアァン!



 ダヴィがすぐさま柵に手をかけ、顔を真っ赤にして力ずくで柵を枠からはずそうとするも、びくともしない。


「くそ! おい皆も力を貸してくれ!」


「おお!」


 冒険者や村人が群がっていく。


「まだかかりそうだな。俺らは周囲を警戒し…………ん?」


【賢者】ユウ様、来ました。例の魔物が近づいております。


 早速か。


 通路に意識を集中して様子を探る。急に黙った俺にフリーが聞いてくる。


「ユウ、どうしたんだい?」


「来た」




 コツン…………コツン…………コツン…………!




 俺たちが入ってきた通路から規則正しい音がする。フリーたちの注意が通路へ向く。


 俺たちは村人たちを背にして守るように横一列に並んだ。


「この気配……間違いない。似てるよあいつに…………!!」


 フリーの刀に添える手に力が入る。


「ほんと……気持ち悪いわね。こんなの初めてよ」


 アリスが肩を抱いて通路の方を見つめている。


「だから言ったろ。油断するなよ。あの時の同じなら、魔物は異常な再生能力と進化速度を持っている」


 強い弱いとはまた違うベクトルのむせ返るような気持ちの悪い気配だ。


「進化速度?」


 フリーが苦笑いで聞いてきた。


「ああ」


「このバケモノが現れたのは2ヶ月前だってね……?」


「そうか……2ヶ月も経ってるのか。まずいな」


 逆にこのタイミングでもこいつの存在に気づけて良かった。気付かず放っておいたら最悪の怪物になっていただろう。いや、もうなっているかもしれない。

 バケモノの討伐というだけでも、ここに来たのは意味がある。


「まったく、どれだけ進化してるんだろうねぇ」


 フリーがタラリと汗を流して呟く。


 足音が近い、すぐそこだ。


「来るぞ!」


 まず見えたのは手。光の届かない通路の暗闇から手がにゅっと生え、通路の縁を掴んだ。

 その手は、細く干からびていた。薄い黒色をし、まるで老人の手のようにシワだらけだ。


 そして、暗闇から出てきた頭部に光が当たった。


 頭は予想以上に高い位置からの登場だった。確かに身長3メートルはある。そして、その顔面は仮面に覆われていた。特に何を示すでもない、ただ単に顔を隠すためであるかのように武骨に削った木で作られていた。


 コツン…………!


 この音の正体は長い刀だった。いや、刀と薙刀の中間のような。刃渡り1メートル50センチ、柄の長さも1メートルほどある。それを杖のようにして歩いている。


 続いて全身があらわになった。

 まず肩幅が成人男性の2倍ほどあり、異様に猫背で背中の方が頭より上にある。全身がボロボロの黒いローブに覆われており、シワシワなのは手だけではなく、動いた際に時おり見える腕や足も同様だった。そして、ローブでハッキリと見えないがその手足も相当長い。

 コルトで見た奴とは全然違う。でも同類だと感じられる。


 こいつが入ってきた途端、その異様な存在感に村人と冒険者たちが静まり返り、全員がこの気味の悪いバケモノを凝視した。


「ギ、ギギギ……ギ」


 まるで壊れたブリキの玩具のようにぎこちない動きでアリスの方を見た。そして、左腕を後ろに引き絞るように引いていく…………?


 シュッ…………!!!!


 バケモノが手を伸ばすと、とたんに腕が何メートルも伸びていく…………!!


「伸びるのかよ……! 速い!」


 アリスの方へと駆け出し、アリスは何も出来ずに目をつむる。



 間に合っ……た!



 何とかアリスの前に滑り込むことができた。地面に膝をついた状態でバケモノの手が届く前に結界を張る。

 だが、伸びた手はアリスの頭上を通り過ぎ、村人の1人の男性の胴体を鷲掴みにした。


「なっ!」


 バケモノはアリスを見てたんじゃない。子供を救出している村人を見てたのか…………!


 そして、腕を縮ませながらそのまま自分の顔の前へと運んでくる。村の男は手足をバタつかせ、必死に抵抗するも意味はないようだ。


「はっ、離せ!!」


 仮面の下、人の頭すら飲み込めそうなほど大きな口が開いた。ギザギザの歯が並び、上下の歯と歯をつなぐようにねばぁっと唾液の糸がひいている。


「ひっ!!!!」


 村人の顔が恐怖に歪む。


「たっ、助け…………!!!!」





 ボリッ…………!





 その村人の脇腹をかじりとった。


「え、えっ…………え…………え、え…………」


 自分の身に何が起きたかわからず、意味のない声を出す村人。


 大きく開いた腹からボトボトと腸が、重力に引きずり出されるように連なってこぼれ落ちてくる。骨ごと深くかじりとられ、断面には背骨が見えている。


「い……痛゛いいいいいい!!??」


 誰もがそれをあっけにとられ見ていた。男はビクンと痙攣すると、グリンと目玉が白目をむいた。


 あれはもう、助けられない…………。


「ふっ!」


 いつの間にか走り出していたフリーがバリボリバリボリと男性の肉体をむさぼるバケモノの細腕に斬り込んだ……!!


 ずぐっ…………。


「なに?」


 険しい表情になるフリー。

 見事なキレのある振り下ろしだったが、腕にめり込むだけで斬ることはできなかった。まるでゴムの塊に殴りかかったよう。


 ぐんっ…………!


「いっ……!?」


 フリーは腕を振るわれ、腕力だけで後ろに飛ばされた。


「ははっ、これは想像以上だねぇ。まさか傷すらつけられないなんて、剣士の名が泣くよ」


 フリーの頬に汗が伝う。


 危険度が高い。賢者さん、村に人たちに結界を頼む。


【賢者】承知しました。


 賢者さんが村人たちと俺達の間に結界を張る。


「な、なんだこれ!」


 ロレンゾが突然現れた透明な壁に気付き、困惑する。


「こいつはあんたらの手に負えない」


 結界越しにそう話すと


「ふ、ふざけんな!」


 ガンッ!


 ダヴィが俺の結界を殴り付けるがびくともしない。


「1人喰われて理解できねぇのか。早く子供たちを助けてとっとと消えろ!!」


 村人たちが何か言っているが、俺の結界1枚にも歯が立たないようならまず無理だろう。


 そうしていると、フリーが俺の真横に立って言った。


「ユウ、今のはダメだったけどね、僕たちもあれから成長したんだよ。3人だけ倒してみせるから任せてもらえるかい?」


 俺に頼るだけではないと、実力を示そうとしてくれてるようだ。


「……わかった。俺は村人を守ってるから後ろは気にせず存分にやってくれ」


「それは助かるねぇ。さぁ、やろうか」


 フリーは強く刀を握りしめた。

 

「はい!」


「ええ」


 レアが風を纒い、アリスが魔力を込めた。


 とりあえず、今のうちにステータスを確認するか。


=======================

 Unknown

 種族:不明

 Lv.138

 HP :2680

 MP :350

 力 :3430

 防御:2850

 敏捷:2602

 魔力:329

 運:50


【スキル】

 ・探知Lv.5

 ・剣術Lv.7

 ・縮地Lv.8

 ・思考加速Lv.7

 ・予知眼Lv.6


【耐性】

 ・苦痛耐性Lv.9

 ・斬撃耐性Lv.8


【補助スキル】

 ・再生Lv.7

=======================



「強い…………こんなの、あいつらでも……」


 フリーが斬れなかったのは防御が高いのもあるが、斬撃耐性が高いこともあるだろう。ステータスのバランスが良く、剣術に長けている。

 そしておそらく、この魔物も()()()()だ。


「さっきのが本気だとは思わないでよねぇ」


 フリーが刀を手に突っ込む。


「射殺す…………!」


 フリーに合わせてアリスが牽制の氷魔法を放った。アリスは10本の氷の矢が同じタイミングで被弾するように発射している。


 だが、バケモノはゆっくりとした動作で右前に一歩踏み出し半身になった。


 ガガガガガガガガガガッッッッ!


 それだけでアリスの魔法を全てかわした。


「予知眼……」


 アリスの魔法は正確であるがゆえに読みやすいのかもしれない。


 そしてバケモノは余裕を持ってフリーに相対した。

 フリーは動揺することなく進み、右上から袈裟斬りに刀を振る。さっきよりも更に鋭い、速度の乗った一撃。


 ドッ…………!


 鈍い音がした。


 それでも斬れない。バケモノはグーに握った左腕を横向きに突きだし、手首で受け止めていた。


「ギ、ギギギ…………ギギギギギギ!!」


 まるで馬鹿にしたかのような気味の悪いバケモノの笑い声。


「なめないで、ほしいねえ!!!!」


 フリーはバケモノの腕で止まった刀を自分の胸に引き寄せ、身体を引いた。


 スッ…………!


 バケモノの左手首を撫でるようにフリーの刀は、やつの肉を斬り裂いた。


 ボタ…………ポタポタ。


 地面に3滴ほど、ドロドロの血が滴り落ちる。


「……………………」


 バケモノは無言でしばらく血の出た眺めている。


「次は斬り落としてみせるよ」


 フリーの挑発にも反応がないかと思えば、バケモノはだらりと垂れたままだった右腕を予備動作もなしに振り上げた! 

 その手にはもちろん、バケモノの刀が握られている。そのあまりにも予感を感じさせなかった腰の入っていないひと振りは、フリーの初動を鈍らせた。


「まっ…………!」


 フリーは顔を歪ませながら刀を間に差し込む。今の速度に間に合わせたフリーを誉めるべきなのかもしれない。

 しかし、いとも容易くフリーの刀を弾き飛ばすと、まだ勢いの衰えない刀がフリーの肉を斬り裂いた。


 フリーは胸を斬られ、吹っ飛んでいく。



 ドガガンッ……!



「ぐっ…………!」


 フリーは俺たちの後ろに張った結界に衝突し止まった。結界がビリビリと激しく振動している。

 フリーが近くに来たので空間把握で傷を確認するも、斬り傷は内臓までは達してはなさそうだ。


 このバケモノ……人間に背格好は似ているが、人間には到底できない動きをする。


「やああああああ!!!!」


 今まで用意していたレアの風魔法だ。

 フリーでも斬れなかったことを考えてか、貫通力を意識し、圧縮された風の弾丸。対物ライフルのような貫通力がバケモノの腹に風穴を開けようとした。



 ドパァァァァンッ…………!!



 バケモノは上から下に刀を振り切った格好でピタリと止まっていた。まったく無傷。


「嘘…………」


 完全に技量の差だ。真っ二つに斬られたレアの風の弾丸は、俺の結界に衝突し激しい音を立てた。


「くそっ!!」


 フリーが刀を支えにして起き上がった。俺の治療で怪我は完治している。


「下がって!」


 アリスの足元から大小様々な白銀の氷の結晶が現れた。鋭く尖った切っ先をバケモノの方に向け、波のように流れて迫る……!



 ガシァァァァアアアァァァァン…………!!



 大量のガラスが割れたような耳をつんざく大音量が鳴り、氷の鋭利な先端がバケモノの腹を貫いたかに思えた。


 パキキキキン!!


 腹に突き立っていたように見えた氷は、全て半ばで刀によって切断されていた。

 そこに、レアとフリーが2人合わせて斬り込む!


「やぁっ!」


「いい加減に…………!!」


 奴はボロボロのローブを翻しながら優雅に刀を振るい、フリーとレアは何度後ろへ弾き飛ばされても向かっていった。

 フリーと奴の剣の技量はフリーの方が上だ。さらに、レアも全力で風の魔力を纏っている。


「ギギギギギ…………!」


 それにもかかわらず、2人は押されていた。


「これなら……!」


 焦ったアリスが数百にも及ぶ氷のつぶてを生み出し、奴の背後から発射した。しかし、


 クンッ!


 バケモノは後ろを振り返りもせずに刀の柄で氷の軌道を変えた。


「うそ……!?」


 そして、弾いた氷でレアたちを攻撃した。


 ドドッ!


「うっ…………!!」


「きゃああっ!」


 フリーとレアが地面に転がった。

 氷のつぶてだとしても、アリスの大魔力で作られたものだ。ダメージは大きい。


「ごっ、ごめんなさい!」


 動揺したアリスが隙だらけだ。遠距離攻撃手段を持つアリスから仕留めようと足を踏み出すバケモノ。



「待ち…………なよ、ねぇ」



 ヨロヨロと刀を杖にして立ち上がるフリー。その声を聞いて奴は、再びフリーの方へ向き直った。


「レア、僕が本気の一刀で隙を作る。そしたら斬り込んでくれないかい?」


「りょうかいです!」


「アリスちゃんは、僕の攻撃後スキができるからフォローをお願い」


「わかったわ」


 フリーは刀を抜いてゆっくりと歩き出し、奴の間合いにあと一歩というところで動いた。

 今までで最速の突きだ。フリーは右腕を伸ばしきり、最長のリーチでバケモノの仮面、その奥の眼球を狙う。


「どんなに皮膚が硬くても、目は柔らかいよねぇっ!」


 バケモノがフリーの狙いに気付き、首を傾ける。フリーの刀はバケモノの仮面に傷をつけ、そして仮面をふっ飛ばした。


「くっ…………もう少し!!」


 仮面を外しただけで傷は負わせられていない。だが、この場の全員の視線がバケモノの仮面の下に吸い寄せられた。


 カラン……………………。




「「「「え…………?」」」」




 仮面が落ち、顔面が露になった。

 上アゴから上は完全に人間の顔のままだ。30代くらいの男性だ。目は半分ほどしか開いていなかったが、しっかりとフリーを目で追っている。


 仮面の下の顔に、フリーが動揺が走る。


 フォンッ…………!!!!


 一瞬音が聞こえたかと思うと、隙を見せたフリーの刀は弾かれて宙に舞う。さらにその衝撃でフリーは後ろにすっ飛んだ。

 だがバケモノの背後には本命、魔力全開のレアが迫っている。しかし、それには気付いていたようだ。そのまま振り返り一歩踏み込むと、縮地を使ってレアに向け目にも止まらぬ速さで斬りかかった。


「っ!!」


 レアは歯を食い縛って、バケモノの刀の軌道を読もうとするが速すぎる。その姿すらレアには霞む程度にしか見えていないだろう。


 レアがとっさに剣を前に突き出すが、


「あっ…………!」


 剣が弾かれレアの手を離れていく。そして、バケモノの刀がレアの首もとに左から迫った。レアはそれを勘で読み取り、左側に風を収束させる。


 ゴウッ……!!


 レアの風と衝突した瞬間、バケモノもレアも吹き飛んだ。


「ぐう…………」


 反動を受けたレアはなんとか着地したものの、膝をついた。奴の方はと言えば、すでにレアに向かって歩を進めている。

 そしてレアを唐竹割りにしようと刀を振り上げた。



「そこまで」



 俺はレアとバケモノの間に入り、右手を掲げて結界でバケモノの刀を受け止めた。


 こいつ…………!


 二重に張っていた結界は1枚斬り裂かれ、2枚目で刀を食い止めていた。


 賢者さん、一応村人たちとの間の結界三重にしといてくれ。


【賢者】かしこまりました。


 バケモノの腹にヤクザキックをぶち込む。



 ズドンッ…………!!



 バケモノは残像を伴う速度で体をくの字に曲げて吹っ飛ぶと、村人たちの反対側の壁へと衝突した。


 硬っ…………!


 弾性のある硬質な感触が足の裏に伝わった。


「ここからは俺が」


「ここらが限界のようだね…………」


 フリーは悔しそうに後ろに下がった。


 ただ、今は剣がない。フィルが刺されてから武器を買っていなかった。今のは不意打ちだったから良かったものの、体術だけでは不安が残る。


「ならば、土魔法で…………!」


 俺の足元の地面がボコボコとうごめき出す。そして、黒い刀が伸びてきた。


 刃渡りは1.5メートルほどで鍔はない。一見ただの真っ黒の棒のようだが、きちんと反り返りもある。


 こんなイメージしたか…………? まぁいいか。


 イメージと違うものだったが、刀を掴むと良く手に馴染む。これならあれとも打ち合えそうな気がする。


 顔を上げるとバケモノはこちらへ向かって歩いてきていた。

 

「さて、やろう」


 腕をぐるぐる回して準備運動をし、ゆっくりと右足を蹴って前へと踏み出す。俺がバケモノに向かって走り出すと、向こうも走りだした。互いに加速し、一瞬で衝突。

 




 ギィ…………ン!





 2人の袈裟斬りが中央で衝突した。俺たちから円状に広がった衝撃波で結界がビリビリと振動する。村人たちからは悲鳴が上がった。


「うおっ…………!?」


 ぐんっと押し込まれる。


 速度では勝っているものの、筋力は向こうの方が上。


 さらにバケモノが両手で刀を持ち直し、体重をかけてきた。俺の上体が後ろに反っていく。そして奴の顔が近くに迫る。


 バケモノの口内には人間部分は残っておらず、鋭くとがった恐竜のような歯が見える。先ほどかじった村人の服の切れ端が挟まっており、むわぁっと血生臭い息が俺の顔をなでる。


「くさっ…………!」


 思わず顔を背ける。



 ガチィン!!!!



「ユウ!!!?」


 アリスの悲鳴が聞こえた。


 あぶなかった!! 息の臭さに顔を背けていなければ、バケモノに顔の肉を食い千切られていた。


 刀を持つ腕の力を抜き、相手の重心を前へと崩す。そして自然な流れで倒れ込むように抜き胴。胴体を横凪ぎに斬る!

 そのままバケモノの真後ろに抜けた。


「斬った感触はあった……」


 振り返ると、バケモノは刀を地面に突き刺し支えにしながらも膝をついていた。だがそれも一瞬、すぐに何もなかったかのように立ち上がった。


「ギ…………ギ、ギギギギ」


 この程度では大したダメージにならない。

 身体強化しないと無理だな…………こいつは、ここで確実殺さなければならない。これ以上進化されれば手がつけられなくなる。


「様子見は終わり」


 魔力を全身へ通し身体強化をする。そしてバケモノが知覚できないほど一瞬で目の前に現れると、思いっきり、刀を真上から振り下ろす…………!!!!



 ズバンッ…………!!!!



 鉄でも斬ってるかのような硬い手応えを感じた。下まで刀を振り下ろすのに腕をやりそうだった。


 縦に真っ二つに分かれ、左右に倒れていこうとする体を今度は真横から胴体を半分にする。


「しっ…………!」


 4つに分かれた体を更に斜めに複数回斬り、上半身を横凪ぎに、頭を飛ばし、腕を飛ばし、足を飛ばす!!


 ドサッ……ドサドサドサ……………………ドッ!


 最後に高く飛んだ頭が地面に落下した。これで100個近くのパーツに分かれた。俺の刀はそこで限界が来たのか、パキンッと砕け散った。



「すご……」



 静まり返った洞窟内に村人たちの呟く声が聞こえた。


「まだだな」


 バラバラにした肉片から、ウネウネとミミズくらいの大きさの触手が大量に生えたかと思うと、しゃくとり虫のように地面を這い互いにくっつこうとする。


 気持ち悪っ…………。


 だが、途中で触手の動きが鈍くなり、パタリと地面に横たわった。


 すごい再生力だ。

 

 肉片を魔力操作で空中へ放り投げ、結界で覆うと強火力で火葬する。


 ゴォォウウウウ……!!


 こうでもしないと不安が残る。


 ハラハラとバケモノの黒い灰だけが舞い落ちた。それを自然と目で追うと


「…………ん?」


 足元にA5くらいのサイズのぼろぼろの紙が落ちていた。

 拾い上げてみると、子供の描いた3人家族の絵が描かれている。真ん中に女の子がいて、その手をお父さんとお母さんがつないで楽しそうにしている。



「気の毒に…………」



 バケモノが消え去り、村人たちは無事に救出できた子供たちと泣きながら抱き合っていた。


 さて、おい子供たちは無事か?


 ダヴィも一度に3人も抱き締めると、涙で濡れた顔を擦り付けていた。


「良かった良かった」


 そう言ってると、フリーたちがこちらに歩いてきた。


「ユウがどれだけ上にいるのか、ようやくわかったよ」


 フリーは燃え尽きたバケモノがいた場所を眺めた。


「なんで、3人がかりで勝てない相手をこうも一方的に葬れるのよ……」


 アリスがひきつった顔で言った。


「顔色悪かったの見ただろ? 下痢だったんだよ」


「それは無理があるよ……ユウ」


 レアが呆れたように言った。


「はい、じゃあそろそろトンズラしようか」


 喜びを分かち合う村人たちを残し、俺たちはこっそり元来た道を戻る。


 すると、先頭をゆくフリーが足を止めた。


「これ、あいつがやったのかな?」


 通路の途中であのバケモノが置いたのか、たくさんの魚や木の実が置いてあった。


「他にいないよな?」


 俺たちに若干の動揺が走る。


「子供にあげるつもりだったのか? もしかすると、あいつは子どもをさらっては、自分の子を探していただけだったのかも……」


「人間だった頃の記憶?」


「さぁな。でもこれ……」


 さっきバケモノを殺したときに拾った絵を取り出した。


「それ、もしかしてあのバケモノから?」


「ああ。あんな風になっても大切に持ってたみたいだ」


「人間だった頃、こんな顔して笑ってたのね…………」


 アリスが哀れみを含んだ細めた目で絵を眺めて言う。


 それは、幼い子どもが描いた絵らしく、目や鼻の位置はめちゃくちゃ、体のバランスもおかしい。でも明るい色使いで、両端の両親と真ん中の子どもの楽しそうな雰囲気が伝わってくる。だからこそ。


「辛いわね…………」


「ああ」


 謎は多い。何故あんな姿になったのか。あの人はどこの誰だったのか。自然現象とは思えない。必ず裏には黒幕がいる。一番の被害者はバケモノにされたこの父親だろう。


ーーーー


 林を離れ、ヴォーグを待たせていた場所まで戻ると、馬の足音が聞こえてきた。


「あれは…………ダヴィか」


 ゴリゴリのスキンヘッド治癒士のダヴィが追いかけてきていた。


「お前ら、さっきは邪険にしてすまんかった!」


 ダヴィは走る馬から飛び降りながら土下座で着地した。


「わぁ、すごいね!」


 レア、そうじゃなくて。


「いや、俺らもそっちの都合を考えずに悪かった」


 俺が申し訳なさそうに言うと、ダヴィは地面に手をついたまま、ガバッと顔を上げて言った。


「あやまることねぇ、あんたらが言ってたことは本当だった! 間違ってたのは俺たちだ! 頭に血が上ったままの俺らじゃ全員あいつに喰われてた! 皆、あんたらを歓迎したいって言ってる! どうだ? うちの村へ来てくれねぇか!?」

 

「いや、誘ってもらって悪いが、俺らも急ぐ旅なんでな。また今度寄らせてもらうよ」


「そうか…………なら、せめてこれをもらっていってくれ! きっと業物だ」


 ダヴィが渡してきたのはあのバケモノの刀だった。持ち手が長く、刀身も1.5メートルはある。


「ありがとうよ。じゃあな」


 俺は、空間魔法へしまうとヴォーグを走らせた。ほんの2時間にも満たない出来事だった。


読んでくださり、ありがとうございました。

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余裕で勝ったが、 顔面喰われそうになり運良く躱す主人公…… 予知眼とは一体何だったのか……
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