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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
39/160

第39話 3人の泥棒

こんにちは。

いつも呼んでくださり、ありがとうございます。


 魔物に襲われている商人の馬車を目指し、全力で飛ぶとおよそ30秒でその馬車へと到着した。

 まずは、魔物に見つからないよう50メートルほど上空から見下ろして観察する。


 どうやら商人らしき人物とその護衛の冒険者2人が9匹の魔物の群れに襲われているようだ。

 うち1人の冒険者の小太りの男は既に草原に顔を突っ伏し倒れており、1匹の魔物がその男の背中に尻尾を突き刺したまましがみついている。もう1人の冒険者は荷台の入り口を守りながら現在も戦っており、商人は荷台に隠れているようだ。

 魔物たちはカラスのように上空を円を描いて飛びながら隙を見て急降下し攻撃を仕掛けている。


 魔物は鷹のような翼にコウモリのような顔と悪魔の細長い尻尾のようなものを持ち、尻尾の先は鋭く尖っている。大きさは翼を広げて1~1.5メートルくらいだ。


 賢者さん、あれはなんて魔物だ?


【賢者】あれは『イゴール』というEランクの魔物です。尾には弱毒があり、少量では体を麻痺させる程度ですが、多量に注入されると死に至ります。獲物にしがみついて毒を注入するための強靭な脚力を持ちます。


 多量の毒…………あの草原に倒れたままの男、危ないかもしれないな。まさに毒を入れられてるところだ。


 少し離れたところに降り立ち、駆け寄りながら戦っている冒険者に声をかける。


「助太刀する! 必要なければ断ってくれ!」


 これはアリスに教えてもらったことだ。冒険者は自分の獲物を横取りされることを嫌う。後々問題になったら面倒だからな。


 傷だらけの冒険者の男が2匹のイゴールの相手をしながら、俺に気付きこちらを見る暇もなく叫んだ。


「も、もう限界だ! 頼む!!」


「了解!!」

 

 すぐさまイゴールに向け、威力を抑えたファイアバレットを9発撃つ。



 ダダダダダダダダ! ダン!!



 全弾きれいに命中し、ボウッと空中で燃え尽きた。毒を注入されていた男のイゴールも吹き飛んだ。


 同時に、戦っていた冒険者は気が抜けたのか地面に尻餅をつく。


「しゅ、瞬殺…………? いやすまん、助かった」


 息も絶え絶えだが、すぐに立ち上がった彼が近づいてきてお礼を言った。体には多くの引っ掻き傷があるが、大した怪我ではなさそうだ。


「いや、いいんだ。それより彼は?」


 起き上がってこない小太りの男に目線を送る。ハッとした彼は慌てて倒れたままの男に駆け寄る。男の脇腹には革の防具の隙間から刺された跡があり、紫色に周辺の皮膚が変色している。

 ゴロンと仰向けにひっくり返すと、意識はあるが目の焦点は定まっていない。


「だめだ。助からない。イゴールとは言え、あれだけ毒をくらっては…………」


 男は悔しそうに唇を噛み締める。


「いや、大丈夫。俺は治癒魔法が使える」


 所詮は人間界の毒。この程度は朝飯前だ。


「ほんとか!? いくらでも払う! やってくれ!」


 肩をがっと掴まれて頼まれた。


「ああ」


 冒険者の体が光り、辺境伯の時と同じように毒の成分か何かが体から空気中に浮かんでは消えていく。肌の変色も目に見えて肌色が戻ってきていた。


「よし。これでしばらくしたら目を覚ますはず!」


 男の胸が上下し、落ち着いた呼吸ができている。


 こうやって人を救えるのは良いものだな。


「すまん! 本当に助かった!」 


 男は90度に深く腰を折り、頭を下げる。


 冒険者にしては珍しく丁寧な人……いや、仲間を大事にしているだけの良い奴だ。


 すると、幌馬車の荷台から顔を出して安全を確認した細身の商人が馬車から下りてきた。縦じまのズボンにシャツにワイシャツを着たいかにも商人という風貌の男だ。


「あ、ありがとうございました! 私、商人をしております。ノーブルと申します」


 ニコニコしながら礼を言われた。


「ああ」


 なんか、少し演技がかったように感じた。


「遅れてすまん。俺は冒険者のヒューズだ」


 最後まで戦っていた冒険者だ。ヒューズと名乗る彼は身長170センチくらいの中肉中背で頭に赤いバンダナを巻いている。


「毒でやられたのはモッシュです。あなたはもしや冒険者ですか?」


「ああ、俺はユウ」


「「ユ、ユウ!?」」


 ユウと聞いてノーブルとヒューズの顔色が悪くなった。


 ん? なんでそんな反応を?


「俺を知ってるのか?」


 商人と冒険者が揃ってそんな反応を? こいつらの職業、本当か?


【賢者】不自然です。


 だよな。少なくとも俺は町を救いはしたが、嫌われるようなことは…………。


「あのコルトで火竜を倒したユウさんでしたか! 通りで!」


 取り繕ったように笑顔を見せるノーブル。


「知ってるのか。あんたらもコルトから?」


「はい、私らもCランク冒険者をしております」


 Cランク冒険者がEランクのイゴールに苦戦か……それに聞いたことのない名前だ……もしかしてこいつらが標的の馬車だったりするか?


 ちらりと馬車の方へと目をやる。だが積み荷にフィルから奪った武器らしきものはない。


「で、今回は商人の護衛で?」


「ええ、工芸品移送の護衛です」


 空間把握で覗き見すると、積み荷の中身は本当に工芸品のようだ。


「あ、あの。先ほどモッシュを助けていただいたお礼なんですが…………」


 おずおずと商人が話し始めた時、レアたちが追い付いてきたようだ。



「ユウ~! ユウのバカー!! 置いていくなんて!」



 ちょうど良い。3人にも相談しよう。


 レアが風を纏ってるのか、めちゃくちゃ速い。走ってきた後は草が吹き飛び、道ができている。色んなものを吹き飛ばしながら急ブレーキをかけ、俺の前で止まった。急停止の余波でものすごい風がブオンと俺の顔を叩く。


「いや、先に行くって言ったろ?」


「だってぇ~!」


 レアが無意識に上目遣いで俺を睨む。


「うぐっ!」


 そんなことしても俺がその可愛さに悶えるだけだ。


「ユウ~!」


 声がした方を見ると、御者をしながらアリスが手を振っている。フリーも一緒だ。アリスは商人の馬車の真横にきっちりと俺らの馬車を停めた。


「ユウ、この人たちがそうなの?」


「ああ」


 フリーが俺の横に肩を並べて事情を聞きに来た。そこで、これまでの経緯を説明する。聞くにつれ、フリーとアリスの表情が怪しくなる。


「へぇ……? あなたたちコルトの冒険者なのね」


 そう言いながらアリスはじろじろと3人を見る。


「フリー、あなたも冒険者歴長いわよね。この人たち知ってる?」


 アリスがフリーに尋ねた。


「ん~、それが見たことなくてねぇ」


 フリーは腕を組んでニヤニヤしながらアリスの問いに答える。見れば、ノーブルとヒューズは頬を汗が流れ、焦った様子で顔を見合わせている。

 

 だがまぁ、これ以上は、うまい言い訳を考えられるかもしれない。





「お前ら、盗賊だろ?」





 ビッ……クゥッ!!

 

 分かりやすく2人は肩を震わせた。


「そっ、そんなわけない、じゃないですよ!」


 ノーブルは顔をヒクつかせながら答えた。


「ほ、ほら見てください。仕入れてきたこの陶磁器の数々!」


 そう言ってノーブルはどうだとばかりに荷台の布をめくった。そこには白や青色の食器が並んでいる。


「それこそが盗品だったりして?」


 アリスが突っ込んだ。


「何をおっしゃしゃりますかぁ……」


 商人のノーブルが手をこねながら、笑顔を作ってごまかそうとする。


「ほら。よく見たらけっこう割れてるじゃない」


 いつの間にかアリスが荷台から食器類を取り出して見ていた。確かに半分に割れているものも多い。奪った時に割れたのだろうか?


「これって確かワーグナーかベニスの町の特産品でしょ? 街道の途中で奪ってこれからアジトに戻ろうって感じかしら?」


「ちっ、違います。返してくださいよ~!」


 商人がニコニコしながらアリスの手から皿を奪い取る。その時、小太りの男が目を覚ました。


「あれ、ここは?」


 そう言いながらよろよろと体を起こす。


「おお、モッシュ! 目を覚ましたか!!」


 タイミング良しとばかりにヒューズがモッシュに駆け寄る。ただ2人は本気で心配しているようだ。


「どうだ? 体の調子は!?」


「ちょ、ちょっとまだフラフラするけど大丈夫……」


 だが、そう言うなりフラついて俺たちの馬車に手をついた。その瞬間荷台がグワンと大きくスライドした。


 俺らの馬車は俺が重力魔法で浮かべているため車輪と接していない。もたれかかっただけで荷台だけ横滑りしてしまう。


「大丈夫か?」


 バランスを崩したモッシュと呼ばれた小太りな男を咄嗟に支え、治癒魔法をかける。


「今……その馬車何か変じゃありませんでした?」


 ノーブルが興味深そうに俺らの馬車を観察しながら話しかけてきた。


 げ……馬車のことが知られれば説明がめんどくさい。揺れない馬車なんて不思議がられて当然だ。

 するとアリスが機転を効かせてくれた。


「何すんなり話題を変えようとしているのよ?」


「ははは。いや、うちと同じ馬車だなぁと思っただけです。か、勘弁してくださいよぉ」


「お仲間が無事だったのは良かったわ。でもそれは別の話」


「は、はぁ」


「さっきの質問。あなたたち盗賊でしょ? はぐらかさないで」


「違います。それは断じて違います」


 ノーブルは断言した。


「本当に?」


 俺がしつこく聞くと、ノーブルが突然歯を食い縛った。


 ギリッ…………!!




「あんな…………あんな簡単に人が殺せる連中と一緒にしないでいただきたい!」




 ノーブルは拳を握りしめ、力のこもった声と目でそう言った。


 これは、さっきまでの表面上の言葉じゃない。本心のようだ。


「すまん、悪かった」


「…………ごめんなさい。それは申し訳なかったわ」


 アリスも今のは本当だと思ったのか素直に謝った。


「いえ、こちらこそすみません。命の恩人だというのに…………で、ではモッシュ殿も無事でしたし、私どもはこれで失礼します」


「ああ」


 ノーブルは馬車に乗り込むと、他の2人を呼んだ。


「ほら、早く行くぞ!」


「へっ、へい!」


 ポカンとしていた2人は慌てて片方の馬車へと乗り込むと、馬車は砂ぼこりを立てて走り去って行った。 



◆◆



「なんだったんだあいつら…………って、ん?」


 ポツンと残されたのは工芸品が積まれた方の馬車。


「あれ? あいつらのって、あっちの馬車だったか…………?」


「もしかして間違えたんじゃない?」


 そう、あの3人組は間違えて俺らの馬車に乗っていった。


「どうしよう追いかける? だってこの工芸品、絶対ノーブルさん困るよ……!?」


 レアが慌てながら言う。腕を構えて今にも走り出しそうだ。


「うーん、それもそうね…………ん?」


 そこでアリスがあることに気付いた。


「ねぇ、この馬車変よ? なにか傾いて…………ってあれ?  わっ! 車軸壊れてるわよ」


 アリスが覗く車輪は車軸に半分ほど切れ込みが入っていた。これで走れば車輪が外れ大事故だ。どれどれとフリーがその部分を確認する。


「ありゃ、これはスッパリいかれてるねぇ。まるで剣で斬られたような…………て斬られた?」

 

「ほんとだな」


 よく見れば疲労が蓄積したわけじゃない。明らかに力任せに斬られたものだ。


「ねぇこれ、わざとじゃないの? うちの馬車を奪った後、追ってこれなくするための」


 疑い深いアリスが眉を寄せてそう言うが…………


「まさか。うちの馬車には何て積んでないだろ? そこまでするメリットがない」


「うーん、工芸品失うのはあの3人の方だし…………やっぱり間違えたんじゃないかい?」


「確かに。このサイズの幌馬車は規格が似通っていて見分けがつきにくいんだよな」


 その時、腕組みして考え込んでいたアリスが何か思い付いたように言った。


「待って……あの馬車、もしかすると凄く価値があるかもしれないわ」


「いや、だから何も金目のものは積んでないって」


「違うわ。荷物じゃないの。馬車自体よ」


「馬車?」


「あ…………なるほどねぇ」


 フリーがわかったようだ。


「え? ああ、俺のせいか」


「あれは高いよ? 実用性が高いし、珍品好きの貴族様は喜んで飛び付くかもねぇ。揺れない馬車なんて1000万コルの値が付くこともあるんじゃない?」


 い、1000万コル!?


 内心そこに一番驚いていた。


「でもユウの魔法がなけりゃ、ただの壊れた幌馬車なんじゃないの?」


「そーだよな…………」


「でも乗ってないのに、いつ気付いたんだろうね? あの馬車の秘密に」


 レアが不思議そうに呟いた。


「多分モッシュって人があたしたちの馬車に手をついた瞬間よ。あの時、荷台が浮かんでいることに気付いたんじゃないかしら」


「すごい観察眼だな」


「あたしたち相手に工芸品を捨ててまで盗もうって、あの一瞬で判断したのね…………」


「それは素直に感心するな」


「ねぇ。もう車軸を直して、どこかの町でこの工芸品は持ち主に返却してもらえるようお願いしましょ?」


「うん、そうだな。今さら追いかけるのもめんどくさいし」


 そうして皆が馬車を修理しようとした時


「…………あ、思い出した!」


 フリーが声を上げた。


「何を?」


「いや、こないだギルドで聞いたんだけど、コルト周辺で商人の馬車が盗まれる事件が増えていたって」


「それがあいつらか?」


「うん、商人1人と冒険者2人になりすました3人組で、会話中に魔物が現れて、どさくさの中、ウォーグと馬車ごとすり替えられるって手口らしいんだよねぇ」


「状況は違えど似たようなものね」


「ウォーグと馬車ごと…………ん…………ウォーグ!? そうだ! きみまろは!?」


 このウォーグはきみまろじゃない、あいつがいない!


「「…………きみまろって??」」


 レアとフリーが首をかしげると、声を揃えて聞き返してきた。

 

「あたしたちの馬車のウォーグよ。ユウが勝手に名前をつけて可愛がっていたの」


 なぜかアリスが答えた。


「ななななんで知ってる?」


「はぁ、あれだけウォーグに話し掛けてたら分かるわよ」


 ため息混じりに答えるアリス。


「まじか……」


 ちょっと恥ずかしい。


「いやぁ、ウォーグは別に諦めてよくないかい?」


 冷血なフリーを一喝した。


「ばか野郎! きみまろはあいつ1頭しかいないだろ…………!」


 そうして俺を先頭に奴らを追いかけた。



◆◆



「ははっ! すげぇなこの馬車! 揺れがまったくしねぇ!」


 商人の格好をしたノーブルはまんまとすり替えが成功したことでテンションが上がっていた。


「こりゃ、オークションに出しゃ、いったいいくらの値がつくことやら」


 ノーブルたちは南の方角へと馬車を走らせて逃げていた。

 

「さすが兄ちゃん、あの状況からすり替えるなんて、『火竜殺し』を相手に大した度胸だね」


 御者をしているヒューズは兄であるらしいノーブルを尊敬しているようだ。


「意図的だとバレなければ追ってこないだろうよ。それに、あいつらは俺らの荷物がもらえるんだからな」


「しかし、馬車はいいがウォーグはダメだな。言うことを聞きゃしねぇ」


 ヒューズが鞭を取り出し、きみまろを叩く。


「あの野郎…………!」


 重力魔法を解除しなくて正解だった。馬車が動かなくなって、きみまろに八つ当たりでもされたらかなわない。


「でもいいの? 兄ちゃん、俺あいつに命助けてもらったのに」


 小太りのモッシュが言いにくそうにノーブルに尋ねた。


 兄ちゃんか…………こいつら3人兄弟なんだな。通りで仲が良いわけだ。


「おいおい、俺たちの正体が盗人だってバレたら殺されてたかもしれないだろ?」


「どういうこと?」


 俺が誰だかわかっていないモッシュは頭にハテナが浮かんでいる。


「あの黒髪の男はコルトの『火竜殺し』ユウだ。それに細目はコルトナンバー2のフリー。俺らじゃ相手にならねぇよ」


「そんな凄い奴らだったんだね…………」


「だいたい3人だけで生きてくって決めた時から、俺ら以外は全員敵だと思えと言っただろ? 俺だって助けてもらってあいつには感謝してる。だけどな、恩に感じることはねぇ。俺らは俺らだ。あれはあいつが勝手にしたことだ」


 ヒューズが語った。


 話を聞いていると、こいつらなりに芯を持って生きてるようだ。俺だって別に恩を着せたかったわけじゃない。


「とにかくアジトまで行けば安全だ。あそこは絶対にバレない。それに、あいつらに残してきた馬車じゃ追い付けねぇさ」


 そうしてノーブルたちは森の奥へと入っていく。

 しばらくして水が流れる音が聴こえてくると、突然森が開け、清流が現れた。ゴツゴツした岩の間を水が白い泡をたてながら勢いよく流れている。


 馬車が丸い石だらけの河原の上を進むも、まったく揺れがない。なぜなら重力魔法で荷台を数センチだけ宙に浮かせているからだ。


「これがあれば手抜け金がすぐに払える! あいつらからやっと解放されるんだ! もうあんな鬼畜連中とはおさらばだ」


 ヒューズは嬉しさと怒りと悲しみがない交ぜになった声で叫んだ。


「見えてきたよ。もうすぐだ!」


 モッシュがそう言った先には20メートルほど上の崖から流れ落ちる幅4メートルほどの大きな滝があった。なかなかの水量に水しぶきが霧のように舞っている。


 そこに速度を落とさずに馬車ごと突っ込むと、滝の裏側には洞窟が、その奥には両開きの扉があった。そこから更に奥へと進んでいくと、魔石灯が灯り、オレンジ色に明るくなった生活スペースが広がっていた。


「ここまで来ればもう大丈夫。いくらあいつらでも見つけられはしないだろう」


 そう言うノーブルの声を聴きながら、俺は隠密を切った。


「さてと…………」


 荷台の屋根の上から洞窟の地面へと降りる。




「さぁ、それはどうだろうな」




 俺の声が洞窟の中に響いた。


「なっ!?」


 商人姿のノーブルがビクッと驚きこちらを向く。


「お、お前! どうやってここが!」


 ノーブルは顔面蒼白にして俺を指差した。


「どうもこうも、荷台の上に張り付いてただけだ」


 そう。重力魔法で空を飛び奴らの馬車を見つけた俺は、屋根の上に隠密を使いながら寝そべっていた。おかげでこいつらがどういう奴らなのかもよくわかった。


「くそ!!」


 ヒューズが剣をこちらに向け、戦う意思を見せる。


「止めとけ」


 俺は雷魔法で磁力を発生させるとヒューズの剣を巻き上げる。


「な、なんだ!?」


 ヒューズの剣が宙を舞い、俺の目の前にピタリと停止した。剣は持ち手にまで装飾が施されている。高価そうな剣だ。


「良い剣だな。これも盗んだのか?」


 ヒューズが、苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「…………悪いか?」


 まるでお前も馬鹿にするんだろう? という意味がこもっているようだ。


「いや、俺だって平和ボケしてるわけじゃない。持ち主が油断していたのが悪い」


「…………」


 ヒューズは無言で俺を睨み付ける。


「そして、お前らを捕まえて持ち主に返すというのは憲兵がやることだ」


「どういうことだ? お前は何をしに来た?」


 ヒューズの顔は俺の答えに困惑しながらも、少しの希望を抱いたようだ。


「俺はお前らをぶっ潰しに来ただけだ」


「いっ、今それは憲兵がやることだって!」


「俺は憲兵じゃない。でもな、きみまろの持ち主の俺は、当然お前らにやり返してもいいだろ?」 


「き、きみまろ!?」


「そいつだよ」


 俺は馬車を引いていたきみまろを指差す。


「…………そっ、それくらいならすぐに返してやる! だからここは穏便に行ってくれ! 頼む!!!!」


 そう言ってノーブルは抵抗する気もなく、即座に土下座した。


「いいのか?」


「あ、ああ。馬車も悪かった! 返す! 返すから許してくれ!!」


「兄ちゃん! それじゃ、ゲルトナーとの取引に……」


「うるせぇヒューズ! 黙ってろ!」


 兄弟喧嘩が始まりそうだったその時、



 ドゴオオオオオオオオォォォォォォ…………ン!!!!



 洞窟が揺れ、後ろの扉が吹っ飛んだ。振動でパラパラと洞窟の天井から砂が落ちてくる。


「なんだ?」


 振り返ると、片眼に黒の眼帯をして長髪を後ろに束ねた40歳くらいの男が後ろに仲間を従えて立っていた。


「おいノーブルゥ、約束の金は用意できたか……………って、あ? 誰だてめぇ」


「お前が誰だ」


「げっ、ゲルトナー…………」


 ノーブルが顔を伏せて呟いた。


「なんだお前の知り合いか?」


「お、俺たちの取引相手だ」


 さっき解放されると言っていたのは、こいつらからか。


「そうだノーブル。俺らの組の足抜け代500万コル、約束通り回収しに来てやったぜ」


 俺が首を突っ込んでいいかわからない。とりあえず壁際に避けてテーブルに腰かけ、右手を空間魔法へと突っ込み茶を出す。

 成り行きを見守ろう。


「待ってくれ! 期日まではまだ10日あるはずだろう!?」


 ドガン!


 ゲルトナーと呼ばれた男が俺たちの馬車を蹴った。車輪が外れ、荷台がバランスを崩して横倒しになる。


 おいおいおいおい…………!!


「戯れてんのか!! 俺らがどんだけ待ったと思ってる!?」


 その迫力にノーブルたち三兄弟はビクッとなる。そして蹴られた馬車は俺のだ。


「お前、俺らの馬車に何してんだ」


「ああ? そういや、てめぇ誰…………」


 俺はゲルトナーの前まで一瞬で移動した。

 奴は何も目で追えていない。そして右手で首を掴んで持ち上げた。


「かっ…………か……!!」


 ゲルトナーは苦しそうに足をバタバタさせてもがく。



「「「「ゲルトナーさん!!」」」」



 後ろの部下たちが剣を抜いて殺気全開で走ってきたので、ゲルトナーをそっちに投げつける。


「ほいっ!」


 ゲルトナーを投げつけられ、盗賊たちの足が止まった。


「げほっ、げほっ! はぁ、はぁっ…………や、やつを殺せ!!!!」


 ゲルトナーは片ヒザを地面に突き、手で喉を押さえながら部下に言った。



「「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」



 部下の盗賊たち8人がカトラスを振り上げ迫ってきた。


「ご苦労さん」


 立てた人差し指を軽く下へ振り、重力魔法でゲルトナーもろとも上から押し潰す。




 ゴッッッッ……………………!!!!




「ガフッ…………!」


 盗賊たちは一斉に地面にひれ伏した。弱めにしたからあばら骨の1、2本はしか折れていないはずだ。


「す、すげぇ」


 後ろからモッシュたちの感嘆の声がし、振り返ると『ひっ!』と悲鳴をあげられた。


「て、てめぇ…………俺ら『銀嶺の盗賊団』を敵に回すつもりか?」


 うめき声をあげる部下を後ろにゲルトナーが震える腕を地面に突っ張り上半身を起こした。


「いや? 俺は、お前がうちの馬車を壊したから怒っただけだ」


「馬車……………………これか?」


 ゲルトナーは地面に横たわる馬車を指差した。


「そうだ」


「そ、それはすまんかった。この通りだ」


 そう言って頭を下げた。


 案外盗賊のくせに話の分かる奴だ。なら誠意を見せてもらおうじゃないか。


「…………直せ」


「へ?」


「今すぐ直せ」


「直せったってお前…………俺らは盗賊…………」


「出来るだろ? やれ」


「いやだから!」


「出来るよな?」


「はい出来ます」


 ゲルトナーは倒れた部下を振り返り言った。


「お前ら! い、いつまで寝てやがる! 殺される前に早く馬車を直せ!」


「「「「へ、へい……!」」」」


 ぼろぼろの体で立ち上がると部下たちで馬車を持ち上げ、ゲルトナーが荷台を接続しようとする。そこへと話しかける。


「で、銀嶺の盗賊団って言ったか?」


「ああ」


 ゲルトナーが荷台の下に潜り込みながら答えた。


「目的はこいつらの足抜け代だってな」


「それはお前が首を突っ込むことじゃないんじゃないか? …………はい直ったぞ」


 その言葉通り、馬車は俺の改造部分まで元に戻り、きっちりと修理されていた。


「お前やるなぁ。修理屋の方が向いてんじゃねぇか?」


「うるせぇ!」


「まぁ、こいつらに関しちゃ、話を聞いてるとあまりに理不尽でな。おせっかいだとは思うが、せっかく足を洗おうとしてたんだ。待ってやれよ」


「何勝手なこといってやがる!」


 話を聞いていたヒューズが声をあげた。奴のプライドにさわったようだ。


「お前さん、善人気分で言うのも感心しねぇな。あんまり調子にのってりゃ、お頭が黙っちゃおかねぇぞ? 俺らはこの一帯で最大の盗賊団だ」


 ゲルトナーがすごむ。


「だからどうしたよ」


「…………わかった。そこまで言うならお前は代わりに何を差し出す?」


 どうやらメンツを気にするようだ。確かに、何もなしに帰れば今度はゲルトナーが悲惨な目に合うだろう。


「考え方を変えてみろよ。俺はさっきお前らを殺さなかった。つまり、お前らの命と引き換えでどうだ?」


 ゲルトナーの額に青筋が浮かぶ。


「おいおい、それじゃあ面子が立たねぇんだよ……!」


 その時、レアの声が遠くから徐々に聞こえてきた。


「ん?」



「ユ……ウゥゥゥウウウウウウウウ!!」



 ドゴォン……!


 今度飛び込んできたのは、フリー、アリス、レアの3人だ。3人は馬車を修理して追いかけてきていた。

 馬車に撥ね飛ばされ、盗賊が2人ほど飛んでいった。


「あ、轢いてごめんね!!」


 御者席から振り返って謝るレア。


「ん…………これは、どういう状況だい?」


 そう言いながら馬車から降りてきた3人を見て、ゲルトナーの顔色が変わった。


「ちっ…………わかった。お前に免じてここは引いてやる」


 苦々しい表情のゲルトナー。


「さすが、話が分かるね」


「ふざけた野郎だ…………行くぞ、お前ら!」


 そうしてゲルトナーたちは去っていった。



◆◆



「…………てわけだ。こっから先は俺らが口出しすることじゃないからな。きみまろも馬車ももどったことだし、王都へ再出発だ」


「はぁ、あの数十分でどうしてここまで話がややこしく…………」


 アリスが額に手を当てた。


「いや、俺は悪くないよな。盗られた物を取り返しに行ったら、盗人側が取り立てられてただけだ」


「何でなの……」


「で、この人たちの処分はいいの?」


 と言いながら、レアは洞窟の奥で大人しくしている3人に目をやる。


 可愛らしい外見のレアだが、こういう場面では結構厳しいことを言いがちだ。


「うーん、こいつら盗賊というより、ただの泥棒なんだよ。聞いたところ本当に人殺しはしてないみたいだ」


「いや ユウ、盗人の言うことだよ?」


 レアは3人を見下ろし、ふんぞり返りながら言う。


「ほ、本当だ! 信じてくれ!」


 ノーブルが両手を地面に投げ出して懇願する。


「だとさ。こいつら、そもそも人を殺したくなくて辞めたんだよ」


「へぇ、今時珍しいのね」


 アリスが驚いたように言った。

 悪人の人殺しに対するハードルが低いこの世界では確かに珍しい。


「うーん…………本当なんだとしたら、優しいって言うより不便だよ」


「でも芯が通ってるのは嫌いじゃない。見逃してやるのには賛成さ」


「まぁ、ユウとフリーがそう言うなら……わかったわ」


「うん」


 アリスとレアが折れてくれた。


「好き勝手言いやがって…………!」


 上から言われてヒューズが気に入らなかったようだ。それを遮るように小太りの男モッシュが尋ねてきた。


「お前ら、この先王都の方角へ進むのか?」


「ああ」


「せめてもの礼だけど、この先街道をしばらく行った先の村で村人が行方不明になる奇怪な事件が多発しているらしいよ。気をつけて」


 のんびりした雰囲気のモッシュは単純に俺たちのことを心配して言ったようだ。


「ん? ああ。そういやお前ら情報通なんだな。俺のことも知ってたし」


「ふん、どんな相手か知らずに盗みができるわけないだろ?」


 ノーブルが腕を組みながら不機嫌そうに言った。


「ははっ、そうだ。ならその情報はありがたく受け取っとく。情報通なら情報屋にでもなればいいのにな」


 ふと思い付いた言葉だったが、ノーブルは真面目に受け取ったようだ。


「……ふん、まぁ考えるさ」


 考えるのか。


「それじゃ。これ置いてくからちゃんと持ち主に返すんだぞ」


 アリスたちが乗ってきた馬車の工芸品も勝手に置いて洞窟を出発した。


「お前ら覚えてろよ!!」


 ヒューズが後ろから叫んだ。


「はいはい」


 感謝されてるのかわからない。

 なんか余計なことしただけだったかもしれないが、まぁ旅は一期一会。もう会うこともない。


 そして馬車を走らせるなり、向かいに座ったフリーがズイッと身を乗り出して切り出した。


「そう言えばユウ、知ってたかい?」


「何が?」


 するとフリーは人差し指を立てて言った。


「あのゲルトナーって盗賊、賞金首なんだよ。しかも賞金300万コル」



「さ、さんびゃ!? 捕まえればよかった~!」


読んでくださり、ありがとうございました。

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