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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第3章 ダンジョンの町ワーグナー
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第38話 王都へ

 新年明けましておめでとうございます。お久しぶりです。今月から連載を再開していきたいと思いますので、今年も何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 王都へ向け出発と意気込んで言ったはいいが、全員が幌馬車の荷台に乗り込んでいた。

 これじゃ馬車を運転する御者がいない。後ろからはジトッと無言のギルド長の視線を感じる。


「じゃ、アリス。御者よろしく」


「なんでよ。出来るわけないじゃない」


 驚くアリス。


「なんでそんな自信満々で言えるんだ……じゃあレアは?」


「へへっ、ごめんねユウ」


 レアが自分の猫耳を触りながら舌を出した。


「そういうあなたはどうなのよ」


 アリスの視線が痛い。


「…………むりです」


「入るパーティ間違ったかもねぇ」


 フリーが苦笑いで御者席に座り手綱を握った。



◆◆



 ともかくフリーのおかげで、馬車はようやく町を出ることができた。

 乗っている馬車は幌馬車だ。布地をトンネル状に張り、雨風をしのぐようになっている。詰めれば4人ずつが向かい合って座れるくらいの広さはある。ギルド長はなかなか良い馬車を貸してくれたみたいだ。馬車の運転はウォーグが頭の良い魔物だったので、全員がすぐにできるようになった。


 そうして晴天の中、ゴトゴトのんびりと東へ馬車を進めていく。

 見渡す限りの平原に街道が地平線まで延びており、眺めも見通しも良い。ただ、今のところ前を行く馬車は見えない。



ーーーー数時間後。



 御者をしながら後ろを振り返ると、荷台ではゴトゴトとゆったりとしたリズムの揺れの中、アリスたちがうつらうつらし出している。


 目の前で一生懸命に幌馬車を引くウォーグという魔物、確かに足は速いが走り方がドタバタとブサイクだ。

 そのせいかどうも揺れが酷く、お尻が痛くなってきた。


 よく寝れるな3人とも…………。


「あ、そうだ」


 俺は手綱を引いてウォーグに止まるように合図をし、馬車を止めた。もう御者も手慣れたもんだ。


「どうしたんだい?」


 急に止まったことに皆が目を覚まし、荷台からフリーが聞いた。


「いや、ちょっと試したいことがあって……皆降りてくれ」


 レアとアリスは寝起きで頭が働かずか、言われるがままぼーっと荷台から降りる。それから俺がしゃがんで荷台を調べ出すと、フリーが声をかけてきた。


「珍しいねぇ、ユウは幌馬車に興味があるのかい?」


「いや、興味というか、まぁ……」


 車輪と荷台をガコンと取り外し、重力魔法の斥力を使って車輪から荷台を少し浮かしてみた。常に荷台がフワフワと浮いているので、揺れは皆無だ。


「これでよし。少し走らせてみるから待っててくれ」


 御者の席に座り、ウォーグに合図する。


「どうだ? お前もこの方が軽いだろ?」


 重さが激減した荷台に、ウォーグが後ろをチラチラと気にしている。本当に賢い生き物だ。


「大丈夫、大丈夫。気にすんな」


 そう言いながらヴォーグのおしりをペシペシと撫でてやり、皆を荷台へ乗せ再出発。


「すごい、快適じゃない」


「おもしろーい!!」


 三者三様の反応だった。


「ヘンタイだねぇ」


「ヘンタイではない!」



 それから魔物に出くわすことなく2~3時間走ると日が落ちてきた。街道は人の往来も多く、魔物は自然と駆逐されるらしい。

 馬車を道の側に止め、本日1番の功労者であるウォーグにエサを食べさせると、宣言する。


「ここをキャンプちっ…………!」


「ユウ頼むわね」


「はい」


 夜営で重宝されるのは土魔法だ。


「んー風呂とトイレは1階、寝室2部屋を2階に作って、3階は見張り台で…………窓は小さめと」


 塔型の簡易な砦をイメージしながら、地面をボコボコと盛り上げ、有り余る魔力で土に圧力をかけ丈夫にしていく。

 おかげでオーガの全力の攻撃にも耐えられ、高さ20メートルで重厚感のある塔が出来上がった。街道の脇に。


「うわぁ、こんな野営地初めて……これなら魔物が攻めてきても大丈夫だね!」


「これはもはや立派な要塞だねぇ」


 レアとフリーが出来上がった家を見上げて感心し、拍手してくれた。


「だろ?」


 素直に褒められて得意気になりそうだったが


「ちょっとユウ、あなたねぇ」


 アリスが物腰穏やかだが、圧を感じる声色で問いかけてきた。それで言いたいことはわかった。


「少しやり過ぎ……ましたかね?」


 おずおずと聞くと


「そうよ」


「いやいや、この建物を残して行けば他の人達の移動も安全でラクになっていいじゃないかい?」


 ポンポンと俺の肩を叩きながらそう言うフリー。


「お前は俺の味方だと思ってたよ!」


 キラキラした目でそう言うと


「フリー、馬鹿をのせないでよ」


 アリスが冷たく突っぱねた。

 

「きちんと管理するならまだしも、魔物や野盗が住み着いたらどうするのよ。それに派手に行動して伯爵に私たちのことがバレたらことでしょ?」


「「すみません」」


 すでにアリスに手綱を握られつつあった。


 そこから焚き火を囲みながら、俺が鞄に入れてきた屋台の食べ物をみんなで食べ始めた。

 焚き火のゆらゆら揺れる炎でみんなが赤く照らされているのを眺めるのもオツなものだ。


 そこでフリーが気付いた。


「これ、どうしてまだ湯気がでてるんだい? それ、本当にただの拡張鞄だよねぇ?」


 そう疑いの目で俺の鞄を見てくる。もちろんそんな鞄ではない。むしろ、なんのへんてつもない、ただの俺のお気に入りの鞄だ。


「そうだぞ? 飯は俺がさっき温めたんだ」


「へぇ、そうなんだねぇ」


 そう言ってフリーは自分の汁物の入った器に目線を落とす。


 納得してくれたか。そう油断した時、フリーが俺のそばに置いてある鞄をスッと奪った。


「あ」


「やっぱり、中は空じゃないか」


 フリーが鞄の中を覗き込んでいた。


「どういうことだい?」


「黙秘権」


 横を向いて目をそらすが、フリーは目の前に回り込んできた。


「それは許されないよねぇ?」


 アリスに助けを求める視線を送るが、彼女は目を伏せて首を横に振っていた。


 多分、フリーはうさんくさいだけだ。周囲からは何を考えてるかわからないと言われるが、実は何も考えてないタイプ。


「もういっか、フリーには黙ってたが…………」


 その後、俺の空間魔法のことを話した。


「やっぱり僕が見込んだ男だねぇ……だ、だとしてもこれは想定外だけど」


 あんぐりと口を開けたままになったフリー。あの糸目も少し見開いている。


「まぁそうね。こいつは結構すごいのよ」


「うんうん」


 どこか自慢気なアリスとレア。


「というわけで、荷物はすべてその鞄じゃなく、俺の魔法の中だ。容量は気にせず預けてくれ」


「承知しました! ボス!」


 フリーがふざけて敬礼した。


「お、俺がボスか?」


 そういや、正式にリーダーは決まってなかったな。


「そうだよ! ユウしかいないじゃん!」


 レアがそう言うとアリスが続いた。


「そうよ。普段は馬鹿だけど」


「一言余計だ」


「まぁ、ユウ自身も自分が何者かわかってないからね」


「だから馬鹿だってか?」


「うん!」


 ニコニコとトゲを刺してくるレア。


 そんなこんなで焚き火を囲んで賑やかに夕食はすんだ。



◆◆



 それから水魔法と火魔法で沸かした風呂に1人ずつ入り、その後順番に見張りを行いながら、寝ることになった。


 アリスとレアの風呂を待ってる間、風呂の様子が気になるが、凍らされた後風で切り刻まれそうだ。煩悩と戦いながら街道脇の石に腰かけていると、フリーが良い笑顔で話しかけてきた。


「覗き、いくかい?」


 くいくいと親指で指すフリー。


「行かねぇよ!」


「やれやれ、ユウは何フェチなんだい?」


 そう言いながら真横に座ってきた。


「なんだお前」


「やっぱり男同士親睦を深めるなら下ネタさ!」


 キラキラの笑顔。


 ああ、好きなんだなぁ。


「じゃあまずフリーは何フェチなんだよ?」


「僕はねぇ。昔はパンチラ派閥だったけど、今は未来パンチラ派閥だねぇ」


「何だよそれ」


「僕はある日、パンツが見たくて、色んな角度から道行く人のパンツを覗いてたんだ。逃走のために必死で敏捷値を上げた」


「お前、すごい馬鹿なんだな」


「でもある日、パンツを見た時、どこか気持ちが萎えているのに気付いたんだ。どうして、どうして僕は……」


「はぁ……」


「そしてわかったんだよ。目的を達成するとワクワク感がなくなる。夢に向かってる時が一番楽しいんだねって」


「ああ、だから未来がついてるんだな」


「そう、ぼくはパンツが見える0.5秒前が好きなんだよねぇ」


「…………」


「わかるかい?」


「ま、まぁ、わからんこともない」


 するとフリーは神妙に呟いた。



「『エロの理』」



「ん?」


 まさかこの話で『理』という単語を聞くとは思わなかった。


「ぼくが目指すのはそれさ」


「だまれ」




ーーーー夜が来た。



 見張りは2時間交替。初めは俺だ。

 3階の見張り台は、凸凹のある石塀で囲んでいる。ここで夜風に当たりながらの夜警も1人の時間があって良い。

 平原を見ると町から離れるとすっかり人工的な灯りは消え失せ、巨大な月が存在感を表している。だが、この世界は月明かりのおかげで夜でもそれなりによく見える。


「少し冷えるな……」


 夜は気温が下がって少し肌寒い。


 フリーのヘンタイ度合いが想像以上だったことを除けばここまでは順調だ。追い付くにはもうしばらくかかるだろうが、これほど開けた平原じゃ見逃す方が難しい。


 魔力操作の鍛練を行っていると、すぐに交替の時間が来た。途中、4体のアナグマのような魔物が探知範囲に入ったが、この近くまで来なかった。

 そうしてフリーと代わり、ぐっすり就寝した。



◆◆



 次の日、健康的に朝日とともに目が覚めた。同室のフリーは静かに寝ているが、まだ予定していた起床の時間ではない。

 今から二度寝するほど時間もないので階段を下り、外に出る。まだ早朝。外の空気はひんやりと冷たい。


「さむっ」


 反射的に二の腕をこする。

 朝日に照らされた平原は遮るものが何もない。沈みゆく月とは反対、朝日がずっと向こうの地平線から大地を赤く染めながら現れる。青白い光と赤黄色の光のグラデーションに散りばめられた星空がどこまでも幻想的だ。


 そういや朝日を見るのは久々な気がするな……。


 家を後ろに草原に座って、ぼーっと景色を見ていると、上で見張りをしていたアリスが気付いたようだ。アリスがトタトタと下まで降りてくる。


「何してるの? まだ早いわよ」


 アリスは見張りが寒かったのか白いマフラーをしている。吐く息が白い。


「いや、空が綺麗だったから見ておきたくて」


「ああ、あたしも上で見てたとこだったの」


 アリスが人差し指を見張り台に向けながら言った。


「だろ? まぁ後は俺が起きてるから眠たかったら少し寝てていいぞ?」


「ありがとう。でも大丈夫よ」


 黒のスキニーパンツを履いたアリスが俺の横にあぐらをかいて座った。

 黙って朝陽に照らされながら景色を眺める。


「あたし…………こうして1人じゃなくて、仲間と一緒に旅をする時が来るなんて夢にも思わなかった」


「だな。少し前のアリスならそうかも」


 そう言うと、アリスはふふっと笑った。朝日の赤みより青い色が強くなってきた。


「長旅になるけど、皆とやってけそう?」


「たぶん大丈夫よ。思ったより居心地悪くないしね」


 アリスがこっちを見ないで言った。


「それはどうも」


「これからどうなるかわからない。でも仲間は絶対に失いたくないし、失わせない」


「そうね。あなた結構抜けてるんだから、ユウばかりに任せてられないわ。あたしも頑張るわよ」


「ああ、ありがとう。フリーだってもう仲間だ。あいつは頼りになりそうだしな…………」


 昨晩のフリーの発言がよみがえった。


「あ、でも気を付けろよ? あいつヘンタイだから」


「ヘンタイ…………?」


 アリスが固まったので話を変える。


「ああ。そういえば魔力操作の方はどうだ?」


「それが、最近さっぱり行き詰まってて……」


 アリスが首を横に振った。


「初めに比べたら良くなってるから、アリスの場合ここからはコツがいるのかもな」


「ええ、今までの癖がそう簡単に直るとは思っていないわ。また今度練習する時付き合ってくれない?」


「いいぞ」


「ありがとう」


 アリスは微笑んだ。


「じゃあそろそろ2人を起こさないとね」


「ああ、俺はフリーを起こしてくる」


 そうして2人で立ち上がり、ズボンについた土をパンパンと払った。



◆◆



 2階に上がり、死体のように寝相の良いフリーをこれでもかと揺さぶる。


「フリー起きろー」


 が、全く起きない。


「ん、おーいフリー! …………フリー!?」


 ペシペシ顔を叩くも起きてこない。ちょっと焦ってきた。


「どうしたの?」


 アリスとレアが声を聞き付けて入って来た。


「フリーが全然起きないんだ」


「「え!?」」


 フリーのベッドに駆け寄り、揺するながら呼び掛ける2人。


「フリー朝よ!」


「フリーさん。朝ですよー」


 だが反応はない。


「まさか、死ん…………?」


 フィルの姿が頭をよぎるが、冷静なアリスがフリーの口元に手を当てていた。


「いいえ、生きてるわ。だって息してるもの」


「ということは…………物凄く起きないだけ?」


「ふざけんなよこいつ」


 思わず顔面をビンタした。


「レアちょっと下がってて?」


 アリスが短めの詠唱をすると、フリーの真上に拳大の大量の氷を発生させた。


 ガラガラガラ!!


「いたっ! いたたたっ! 冷たっ!!」


 目を擦りながら寝袋ごと起き上がった。



「ふぁぁぁ、ん? 皆どうしたんだい。それと氷……いやだねぇ。僕、寒がりなんだけど?」



「寒がりは聞いてないが?」


 なんて図々しいやつだ。


「あなたを起こすためですが?」


「フリーさん、寝過ぎですよ?」


 レアの静かな笑顔だった。


「は、はい。何かわからないけどすみません」


「はぁ、死んでるかと思った」


 胸を撫で下ろすレア。


「いやぁ、ごめんね。熟睡するとなかなか起きれなくてねぇ」


 伸びをしながら悪びれずに言う。


「いや熟睡とかのレベルじゃねぇ」


「はぁ、想定外の問題発生ね……次からどうやって起こしたらいいのかしら? 凍らす?」


 腕組みして思案するアリス。


「それだと余計寝るだろ。死なない程度に電気流そう。加減できないかもだけど」


 フリーの顔がひきつっていた。



◆◆



 2日目も順調だ。御者を交替しながらゴトゴトと進む。


 荷台は魔法で浮かしているのでウォーグも走りやすいのか食事の時以外、休憩は要らないようだ。ちなみにウォーグのエサはアリスが町の市場で大量に買ってきたサルトコと呼ばれる野菜だ。食物繊維豊富そうなゴボウによく似ており、お昼の休憩にウォーグにこれをやると喜んでムシャムシャ食べ出す。


 今日は快晴で空が高い。のんびり寛ぎながらも警戒は行っている、主に賢者さんが。


「いい天気だなぁ」


 今は俺が御者だ。ボーッと前を見ると、ウォーグのお尻と背中がある。御者の席は少し高くなっているが、前を見て走らせるので常にこいつが目にはいる。


「でかいケツ…………」


 足を動かすたびに動くケツが妙に可愛い。


「こいつの名前でも考えようかな」


 じっと見てみる。


「品格があって、格好良い名前にしたいよな。じゃあ……『きみまろ』か」


 そんなこんなでのどかに時間は流れる。

 後ろの荷台も、のんびりものんびりだ。レアとフリーは荷台で寝転がっている。フリーはまた死んだように寝ている。アリスだけは荷台の後ろに腰掛け、足をブラブラさせながら集中して魔力操作に励んでいる。

 悔しそうな顔をしているところを見ると上手くいっていないようだ。俺も良いアドバイスを考えていたが、1つ思い付いたのがあった。


「アリス」


 悩むアリスを呼ぶ。


「何よ?」


「こっち来て」


「なに? 分かったわよ」


 アリスを御者の席に一緒に座ってもらう。


「魔力の操作のコツだけど、血管に流れる血と一緒に魔力が流されて全身の隅々まで行き渡るのをイメージするといいかもしれない」


「血ね…………なるほど。それだとイメージしやすいかも。やってみるわね」


 アリスが黙って集中する。


「あっ、ほんとね。さっきよりも動きやすくなった気がする!」


 パァッと顔を綻ばせて喜ぶアリス。


「良かった。良かった」


「うん、ありがとう」


 アリスは嬉しそうにそう言い、俺の横にちょこんと座ったまま練習し始めた。目を閉じて集中するアリスを見ると、やはりまだ手袋を外すことは恐いようだ。



 ゴト……ゴト……ゴト……ゴト………………。



 途中、俺が倒した2匹のゴブリンをきみまろがむしゃむしゃ平らげ、また馬車は進んでいく。


「暇だなフリー」


 フリーがやっと荷台で起き出したので御者台から振り返って話しかけてみる。


「良いことじゃないか。王国は今日は平和でしたってねぇ」


 フリーが荷台からダランと上半身だけ身を乗り出してきた。


「まだ犯人の馬車も先だろうし、これがまだまだ続くと思うと苦痛だ……」


「うーん、じゃあ王都でどう動くか考えるかい?」


「それね。というか考えないとダメじゃない」


 隣にいたアリスが話に入ってきた。


「そうだよな。じゃあまずは王都へ行く途中で偽コリンズを捕縛できたとしよう。その場合は…………」


「うーん、騎士団の人たちに引き渡すとか?」


 レアが伸びと欠伸をしながら話に入ってきた。


「良いと思うけど、騎士団にも伯爵の仲間がいるかもしれないわ。誰か信用できる人いるかしら?」


「あぁ。ゾスによると王都のギルド長は信用できるらしい。紹介状をゾスに書いてもらっているから、とりあえず捕まえられたらギルドに引き渡して、それから話を聞こう」


「あのギルド長に? あなたいつの間にそんなの貰ってたのよ。紹介状があるならそれが一番じゃない」


「言うの忘れてた。すまん」


「あ、そうだ。話は変わるけど、王都には裏社会を牛耳ってる『レオン』って人がいて王都の裏事情に詳しいみたいだよ。話を聞いてみるのもいいかもねぇ」


「へぇ」


 マフィアのボスみたいなものか。


「王都の有名人だと、騎士団長のダリル・オールドマンや副団長のミラ・ナイトレイ。2人ともSランク以上の実力らしいわ。王都にはコルトの町より遥かに上位ランクの人らが多いから注意が必要ね」


「そうだね。それにクルス帝国から密偵が入り込んでいる可能性もあるから気を付けないと」


 レアが心配そうに言う。


「そっか、確かに俺たちより強い敵もいるかもしれないよな……」


 そう呟くと、一瞬無言になった。


「「「…………」」」

 

「俺たちこのまま王都で戦えると思うか?」


「正直、今のままだと不安だよねぇ。ただ馬車に揺られてるのももったいないし、訓練しながら向かうかい?」



◆◆



 と、いうわけで御者以外は各自鍛練をすることにした。


 レアとフリーは馬車を降り、模擬戦をしながらついてきている。アリスは荷台の真ん中にあぐらをかいて座り、目を閉じてひたすら魔力を制御する練習をしていた。


 俺は走るきみまろの背に乗りながら魔法の改良を行う。きみまろの背中は鎧のような皮膚の上にふさふさの毛が生えており乗り心地も思ったより良い。温かい体温が伝わってくる。


「さて、と」


 重力魔法のレベルがこれだけ上がったんだ。もっと他にも応用できるはず。


「うーん…………重力、と言えばブラックホールとか?」


【賢者】ユウ様。ブラックホールの作成にはまだまだ魔力が足りません。


 だよな。途方もない魔力が必要そうだ。


 あと、ずっとやってみたかったことがある。火竜戦の時、ギルド長が空を飛んでいた。ギルド長は風魔法のようだったが重力魔法でもできるんじゃないかと思う。


「まずは…………」


 魔鼓を作り、そこに重力を発生させると、魔鼓が小さな黒い塊となった。


 そっと手を伸ばすと、グッと力強く引き寄せられるのを感じる。そのまま魔鼓を上へと動かすと、全身が強く持ち上げられそうになる。


「これはいけるかも…………」


 一個だけだとバランスが悪いから、5つほど体の回りに展開して…………。


「いだだだだ!」


 重力を強くし過ぎて、手足が千切れそうになった。きみまろが何事かと立ち止まり、心配そうに上に乗る俺を見上げる。


「大丈夫大丈夫」


 背中を撫でてやると、また大人しく走り出した。


 今度はさっきよりも弱め、そして魔鼓の距離が変わらないように慎重にゆっくりと持ち上げてみる。


 徐々に足がきみまろの背中を離れ…………20センチほど浮けた。


「よし…………よし!」


 足をブラブラさせても問題ない。


 この状態で魔鼓自体を魔力操作で上に動かすと


「お…………おおおおおおお!」


 どんどんと地表から離れていく。俺たちの馬車が小さくなり、逆に遠くまで伸びる街道が見渡せるようになる。50メートルは上っただろうか。


「こ、こわ…………」


 少しコツがわかった。

 重力球に俺がくっつかないよう、魔力操作で常に引っ張り続ければいい。普通は難しいだろうが、俺には賢者さんがいる。重力球の力場と距離の計算は賢者さんに任せておけば問題ない。むしろ自分でこれを使いながら戦闘しようものなら脳が10個は必要だ。


 頼む賢者さん。


【賢者】お任せください。


 とりあえず練習がてら思いっきり飛んでみよう。


【賢者】承知しました。


 賢者さんが俺の脳裏に描いたイメージを演算すると、その通りに重力球を操作し、俺の身体がギュンッ!! と加速する。


 空気を裂き、高く…………高く…………上昇する。


 雲を突き抜け、雲を引き連れながら天に昇る。雲で服が湿り、若干の寒さを感じる。


 鳥すら眼下に見える。

 頭上には、いっっっっぱいの青で埋まり、ギラギラとした太陽がプレッシャーを感じさせるほどの存在感を発していた。


「ははははは! まぶしっ!」


 飛べた! まさか自分が空を飛ぶ時が来るなんて……! 凄いよ賢者さん!


【賢者】ありがとうございます。


「これが空…………!!」


 どこまででも高いところへ昇れる。白い雲の隙間から見える緑の地面に点々と町のような物が見える。地面と空の境は混じり合っている。 


 気持ちいい……!


 風が耳元でゴウゴウ音をたて、時速800キロくらい出ている。

 飛べたことに夢中になっていると、


「あ…………俺たちの馬車は?」


 我を忘れ、この年で迷子になるところだった。探知で馬車の位置を探そうとすると、


「ん?」


 たまたま視界の端、王都へ向かう道の先に馬車が見えた。


「あれは…………俺らの馬車とは別だよな」


 千里眼を使うと、商人らしき馬車が空を飛ぶ魔物に襲われている。見たことない奴らだ。


 あれは魔物の数が多い…………。急いだ方が良さそうだ。賢者さん、一旦戻るぞ!


【賢者】わかりました。


 今度は地面へ向かって飛ぶ。


 この世界の重力へ引っ張られ、一瞬で地面が迫る!


「け、賢者さん! ブレーキ! ブレーキ!」


【賢者】問題ありません。


 地面ギリギリで止まると、フワリと着地した。


 すぐさま3人が集まってきた。どうやら急にいなくなった俺を探していたらしい。


「ユウ、どうやって飛んだのーー!?」


「あ、あなた……何者?」


「まさか、空から湯浴みを覗こうってのかい?」


 皆口々に言う。いやフリーだけは違う。お前だけなんの話だ。


「ちょ、ちょっと待って、待ってくれ。話は後だ。向こうに魔物に襲われている馬車を見つけた! かなりピンチみたいだから、ちょっと行ってくる!」


 そう言い残し、また空を飛んだ。



 読んでいただき、ありがとうございました。

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