第35話 アリスの実力
こんにちは。いつもありがとうございます。
いつの間にかアクセス数がどんどん増えてきていて、ビックリしました。これからもどうぞ宜しくお願いします。
翌日、俺、レア、アリスの3人でギルドへ集まった。
アリスは屋敷を辺境伯がおごってくれたと言うとすごく喜んでくれた。辺境伯は信頼できる人物であり、本当にお礼の気持ちなんだろうとのことだ。
そして今日ギルドへ来たのは、依頼を受けるためだ。俺たちはまだ互いの実力をわかっておらず、このままでは連携を取るのが難しい。
ということで、他の冒険者たちでごった返す中、俺たちも壁際に並んで依頼を眺めていた。
良い依頼を探すため、毎朝ここは戦場となる。俺ももう慣れたものだ。
「ゴードン邪魔だって! でかいんだから後ろ行ってろ!」
「ぐぐぐ…………カートに頼まれた。いくら、ユウだとしても…………!」
互いの顔面を手で押し合いへし合いする俺とゴードン。
「……ん?」
ギルドの隅っこでこちらを一種の熱のこもった視線を送る集団を見つけた。密かに某怪盗そっくりの博打好きニックが、誰が勝つか賭けをやっていた。
「あいつら…………!」
振り返ると、テーブルの上の掛け金をかき集めて慌てて逃げようとする。
「バレたぞ!」
「こんの…………!」
ゴードンの二の腕を掴んで巨体を腰に乗せ、
「う、お、お…………!?」
そっちの集団目掛けてゴードンを投げ飛ばした。
ドカン………………!
「うぎゃああああ!!」
「ぐああ……!」
上から降ってきたゴードンに目を回すニックたち。
「あほめ」
後ろで起こるそんなことも素知らぬ顔でレアとアリスは依頼を探していた。
「アリスちゃん、良い依頼はありそう?」
「うーん、これとかいいんじゃない?」
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~クロコバークの討伐~
推奨:Cランクパーティ以上
種別:討伐依頼
場所:北の山近辺、ミズーリ村
詳細:ミズーリ村そばの湖でクロコバークと呼ばれるワニ型の魔物による被害が確認された。すでに村の漁師7人が犠牲になっており、早急の解決が求められる。
達成条件:クロコバークの討伐
依頼人:村長
報酬:10万コル
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「お、ちょうどいいな」
俺も横から話に合流した。
「ただ、ランクにしては報酬が少ないわね」
「あんまり裕福な村じゃないのかな?」
レアがそう言う。
「ま、今そこまでお金に困ってないしな。それにこの依頼、前からずっと残ってるだろ?」
そう、これは火竜討伐の前から見かけていた依頼だ。単純な討伐依頼なので皆一度は目を止めるが、報酬が安いためスルーされていた。
冒険者だって人助けじゃない。自分の装備のメンテナンスにも衣食住にもお金がかかるし、何より命懸けだ。
「それはいいんだけど、ただちょっと距離があるわね。こないだの火竜の住み処からまだもう少し先よ」
「だったら村で1泊させてもらおう」
「そうだね!」
そうして3人でルウさんの受付に受託の申請を持っていく。
「おはようございます」
ルウさんは今日も安定の美人だ。不安定なのは飲んだ時だけ。
「ユウさん。言いそびれていましたが、Cランクへ昇級おめでとうございます」
ルウさんがニッコリと笑った。アリスとレアも可愛いが、ルウさんは大人の女性の落ち着きがある。
「ども。今日はこれでお願いします」
そう言って依頼書をカタンとカウンターへとのせる。
「あっ、良かった。この依頼受けてくださるんですか」
ルウさんが依頼書を見て、パアッと顔を明るくした。やはりギルドの方でも気にしていたようだ。
「ああ、ちょうどいい討伐依頼を探してたんだ」
「そうだったんですか。ユウさんたちなら安心です」
とその時、ルウさんが俺の隣に立つアリスに気付いた。
「え? アリスさんも一緒にですか?」
ルウさんが驚いている。
「え、ええ。ここのパーティに入れてもらったの」
アリスが少し照れたように髪をいじりながら答えた。
「あ、あの、アリスさんが…………!?」
ルウさんが感極まって、両手で顔をおさえた。
「「「ええっ!?」」」
動揺する俺たち3人に、目尻に涙を貯めるルウさん。
「す、すみません。アリスさんは私が冒険者登録をした方なんです。あの時は確か10歳、でしたよね?」
「あ…………そうだったわね」
アリスも思い出したようだ。
「あの年齢で冒険者をやるっていうので、一度はギルドで揉めたんです。しかもパーティを組まないと言うので心配で…………」
ルウさんはアリスが冒険者登録しに来た当時を覚えていたようだ。それからずっと気にかけてくれてたんだな。
「アリス、ルウさんにまで心配かけるなよ」
ジロッとアリスを見る。
「ええっ? あ、あれは、仕方ないじゃない。あたしも子どもで…………」
いつもはしっかり者のアリスの目が泳いでいる。
「あの時は、えぇーっと必死だったし…………」
指でカウンターの木目をなぞっている。
「ふふっ、良かったですね。アリスさん。しかもユウさんのパーティだなんて」
ルウさんはアリスに微笑んだ。
「まっ…………まぁね。まぁまぁ、良かったんじゃないかしら」
アリスが下を向いて顔を隠しながら答えた。
おー、これは…………。
と思ってレアに目をやると、ニコニコと満面の温かい笑顔でアリスを見ていた。
レアもアリスがなんだかんだ良く思ってくれているのがわかって嬉しいんだろう。
「い、良いから、早くこの依頼を」
アリスが恥ずかしさに顔を赤くしながらグイッとカウンター向けに依頼書を押した。
「わかりました。こちらの依頼、受領させていただきます」
ルウさんもわかってるのか、やたらとニコニコしている。
「あ、ありがと。じゃあ、早く行くわよ!」
アリスが片手ずつ俺とレアの手を握ってズンズンとギルドを出ていく。
俺もレアもニコニコしながら引きずられていく。
早くこの手袋が取れたら良いのにな。
手を引くアリスの手を見て思った。
「お気をつけて!」
◆◆
それからミズーリ村までの移動に備え、2日分の食糧を買い込んで町の北側から外へ出た。荷物はでかいリュックサックに入れて俺が背負っているが、まぁ重い。
町の外へ出る。今日も快晴で天気が良い。日本のように常に湿度が高いわけではなく、どちらかと言えば地中海性気候のようにカラッとしている。
「よし、そろそろアリスにも空間魔法のことを話しておこうと思う」
「何? …………クウカン魔法? どんな魔法なの?」
アリスがじとっと胡散臭い目を向けてくる。
「見ればわかる」
そう言って、右手を突き出して扉を作る。
ピキキキ、パキッ…………。
目の前にひび割れが走った。
「なにこれ…………か、かっこいい」
アリスは目をキラキラさせて呟くと、言わずとも興味津々で白い部屋へ足を踏み入れていく。
「ここは…………建物の、中? でも、今いたのは屋外だったし」
アリスは天井を見たり床を叩いてみたりと、キョロキョロしている。
「ここは俺が作った異空間だ。持ち運び可能な部屋だな」
「…………す、すごい」
口をパクパクさせて驚きを隠せないアリス。
「まるで幻のアイテムボックスみたい…………もしかして、これがあなたのユニークスキルなの?」
「そうだ」
「ユニークスキルでも特に異端ね。まさか空間に干渉するなんて…………!」
これでもう隠す必要はない。俺が背負っていたデカいリュックごと、2日分の食料などの荷物はすべて空間魔法へ収納した。
「ふぅ、これで軽くなった」
肩を回しながら、自分のユニークスキルの便利さを実感する。
「ま、あたしたちは初めから変わらないけどね」
「だね」
言われてみて気付いた。
「けっ、どうせ荷物持ちにしかわかりませんよ……」
拗ねながら歩いていると、ゴツゴツとした岩と赤灰色の酸化鉄の砂漠へと入ってきた。
3人で雑談をしながら、サクサクと歩いていく。主な話題はどんな家具を買うかだ。レアは部屋いっぱいのじゅうたんか、部屋いっぱいのベッドに寝転びたいらしい。
他の家具は?
俺が聞こうとすると、探知に反応があった。
「3キロ先に魔物の群れ。数は8で、あと10分ほどで合間見えるはずだ」
「了解!」
レアはすんなりと頷く。
「3キロ? そんな先の情報……確かなの?」
「もちろんだ。誰が行く?」
「私が行くわ。それが本当ならね」
アリスはまだ信じていないようだ。
そして、ちょうど10分後。前からギャーギャー歩く集団に出くわした。この荒野に珍しいが普通のゴブリンだ。馬鹿なゴブリンらしく、隠れることなく赤灰色の砂漠のど真ん中を騒ぎながら移動中だ。
「ほ、本当にいた……」
アリスが信じられないという風につぶやいた。俺らは岩影に隠れている。
「だろ?」
「あなたの探知スキルのレベルおかしくない?」
アリスがジロッと見てくる。
「全然……? ほらほら、どうするゴブリンだぞ?」
「わかったわよ。行くわ」
まだゴブリンたちはこちらに気付いていない。
アリスは5秒間ほどの短い呪文を唱える。そして岩影から姿を現すと、ゴブリンたちの方へ手を突き出し言った。
「アイスルーアロー!」
「ギャッ……!」
ドッ………パキパキ…………!
アリスから連続で放たれた8本の矢は、全てのゴブリンに同時に、そして正確に胸を射抜いた。ゴブリンたちの体は絶命すると共に、矢から溢れる冷気で凍りつく。
「すご…………」
予想を上回る正確さ。俺がやっても賢者さんがいなけりゃ1匹くらい外すだろう。よく生身でやれるな。
「もしかして、8体同時に刺さるように調整してた?」
レアがよく見ていた。
「癖なの。だって、順番に当たってたら後ろの奴に気付かれて避けられるかもしれないでしょ?」
なるほど、几帳面だ。おそらくソロでやっていたからだろう。一撃で仕留め、接近戦をさけるためか。
「なるほどな。この敵が凍るのは?」
「これは…………私がやるとこうなっちゃうのよ」
アリスが微妙な顔で返事した。
「ああ、なるほど」
そういうとこにも影響があるのな。
それから何度かアリスの戦闘を見て分かったことは、丁寧でまめな性格が魔法に現れており、コスパが良く無駄がない。だからソロでもやっていけてたのだろう。しかし、1人でいったいどれだけ練習したのか、想像もつかない。
そして、話しながら火竜が住処にしていた山まで到着した。そこからは山の東側へと進む。
「この辺りって意外と魔物少ないね」
俺もそう思っていた。おれの探知にかかるのも10匹もいない。
「レアもそう思うか?」
「うん。もしかしたら、こないだまでこの辺に火竜が住み着いてたから逃げたんじゃない? 例えばこの先の村まで」
そこまでレアが答えてから気付いた。
「「「あ…………」」」
◆◆
お昼を過ぎてしばらく歩けばミズーリ村へ到着した。湖からは1キロほど離れた人口60人ほどの小さな村だった。
火竜が来た時は、小さい村であるがゆえに運良く見つからなかったのだろう。
「こんにちはー」
鍬を持って畑を耕しているおじさんに声をかける。手を止めて会釈してくれた。
「ん、冒険者かい? どうしたんだい、こんなところまで」
なんだかおじいさんの顔に疲れが見え隠れしている。
「クロコバークの討伐依頼を受けてきたの。依頼主はどこかしら?」
アリスがそう言うと、おじいさんはパァっと顔を明るくした。
「おお! やっと受けてくれたか!! 村長のところへ案内するから着いてきてくれ!」
村の中を通り、村長宅へ案内される。村はとてもじゃないが裕福なようには見えなかった。ポツポツと村の中には家屋が建っているが、小さい一軒家ばかりだ。村内の道は土がむき出しで整備もされていない。
3人の子供たちが珍しいもの見たさか、俺たちの後をキャッキャ言いながら着いてきていた。だが袖から見える腕は痩せている。そして、村全体にはどんよりと暗い雰囲気が流れていた。雰囲気からそう感じるだけかもしれないが、家屋もボロ屋のように見えた。
「はじめまして。私がミズーリ村の長をしております。カシア、と申します」
「俺はユウだ」
「この度は依頼を受けてくださりありがとうございます。長旅でしたでしょう? 本日はお休みになられますか?」
村長は物腰のやわらかそうな60歳くらいのおじいさんだった。色の地味な麻布のようや服を着ている。隣には奥さんらしき女性が控えていた。
村長宅といっても、コルトの町の民家と変わらない。むしろ、言い方は悪いが少しみすぼらしい。
「いや、先に魔物について聞かせてもらえるか?」
「かしこまりました。クロコバークが出たのはもう2週間ほど前です」
村長は声のトーンを落として話し始めた。
「初め、湖へ漁に出かけた者が4人、夜になっても帰ってこなくなりました。心配した村の者が夜中、湖へ様子を見に行くと、大きくかじられた舟と、1人の漁師の腕だけが残されていたそうです」
外で話を聞いていた村人たちから2、3人の泣き声が聴こえた。
「改めて原因を探しに昼間に湖に私を含めた数名で向かいますと、大きなワニのような魔物が襲いかかってきまして、私達は命からがら逃げ出しましたがそこでさらに3人が犠牲になりました」
村長は悲しそうに話す。疲れからか老けて見えるが本当は50才くらいなのかもしれない。
「正直うちの村は漁業なしではやっていけません。ですがあの魔物が居座っている以上、そうもいきません。お願いします。奴を退治してください」
なるほど。魔物を退治すれば少なくともこの村は漁が再開でき、少しはこの暗い雰囲気も良くなる。
「わかった。任せてくれ」
「ありがとうございます!!」
村長がホッとしたように喜んだ。
「ねぇ、ちょっといい?」
と、そこでアリスが割って入った。心なしか少し怒っているようにも見える。
「どうした?」
「話を聞いていると、クロコバークが2日に渡って7人もの村人を食べたことになるわ。あの魔物はCランクだけど大きさはせいぜい5~6メートル。元々頭部が体の半分を占める魔物だから、それほど食事が必要だとは考えられないのよ」
アリスの言葉に周りで話を聞いていた村人たちは揃って下を向いたままだ。
「それは、ええと…………」
アリスの強い視線に村長はしどろもどろになる。そしてアリスは続ける。
「本当はこうじゃない? 実際は湖にはクロコバークよりも大きな魔物がいた。でも、そうなると依頼のランク自体も上がることになり、この村では報酬が払えない。だからCランクの魔物としてギルドに依頼した……違う?」
あ、確かに。言われてみればそうだな。下手したら騙されてどえらい魔物を相手にするところだったかもしれない。
「さすがアリス…………ま、俺もわかってたけど」
「そ、そうだよね!」
俺とレアが話してる間も話は進んでいる。
「村長、もうバレておる。諦めよう。うちの村はもう終わりじゃ。ギルドにも見放される」
さっきの農業をしていたおじいさんが言う。
「だから仕事道具を売ってでもお金を作るべきだって言ったんだ!」
別の男性が言った。
「いや。それじゃ退治してもらった後で村が潰れると言っただろう…………」
「どのみちもう村を捨てるしかない」
「…………そう、だな」
完全にお通夜の空気。
正直CランクもBランクも、俺からしたら変わらんからやってあげてもいい。
「騙そうとして、申し訳、ありませんでした。もう、今回の依頼はなかったことに…………」
村長が下を向いて言う。そこに再びアリスが待ったをかけた。
「待って」
アリスは村長の肩を掴んだ。
「はい?」
困った顔をする村長。
「それとこれとは話が別よ。受けないとは言ってないわ。多分だけど、湖にその魔物が現れたのは例の火竜に生息域を奪われたから。私達はそれに関わっていたわ。だから後始末をつけなきゃならない。だから、その…………受けてあげる」
アリスは元々依頼を受けてあげるつもりだったんだろう。
「なんと!」
村人たちも驚きの声をあげる。
「アリス」
「ごめん、勝手に決めちゃ…………ダメだった?」
アリスに声をかけると、申し訳なさそうにうつむき加減で聞いてきた。やってしまったかと気にしているみたいだ。
「いや、見事な上げ下げだな」
俺がサムズアップすると、
「どういう意味?」
アリスはキョトンとした。
「お前が優しい奴だってこと。ま、依頼は予定通り受けるよ。ギルドには魔物が成長していたとかなんとか言っておくから気にすんな」
ポンポンと村長の肩を叩くとパアッと顔を明るくした。
「よろしいのですか?」
「ああ、問題ない。よし、ならさっさとやるぞ。アリス、レア」
「ええ」
「はーい」
俺たちは村人が見つめるなか、村長宅を出て湖に向かって歩き出した。
「しかし、本当にアリスが入ってくれて良かったよ」
もちろん悪人をパーティに入れはしないが、仁義の欠片もない人は俺も好まない。
「それよりあの子供たち見た? 元気そうだったけど、ガリガリよ。あんなの、いつ病気になるかもわからないわ。見ていられないの」
アリス自身がそういう経験をしたことも理由にあるんだろうな。いままで苦労した分、人が優しくなるんだとしたらアリスはすでに聖女クラスだ。
「まぁ、俺も思うところがないわけではない」
「うん、私も」
俺らはボランティアグループではないが、目の前の状況を見放せるほど無情ではない。
「ねぇ、今回は私メインにさせてもらえない? 話を無理矢理つけちゃったのはあたしだし」
「わかった。でも相手はおそらくBランクだからレアも行ってくれ。俺は万が一に備える」
「わかったわ」
「りょうかい!」
◆◆
湖に到着すると、霧がかかっていた。直径は500メートルくらいでカボチャのような形をしており、浅瀬には葦のような植物が生えている。どちらかと言えば沼のようでもある。
「さて、探知…………お、いた!」
魔物は100メートルほど先の湖の中にいるようだが、霧でまだ姿が見えない。向こうはすでにこちらに気付いているようで、スーッと水中を滑るように近づいてきている。
「でかい! 10メートルはありそうだ」
「あはは、あの村長ったら…………!」
苦笑いをするアリス。
いや、これは怒っていい。
=====================
クロコバラム
Lv.35
HP:1580
MP:908
力:1332
防御:1796
敏捷:580
魔力:978
運:10
【魔法】
・水魔法Lv.3
【スキル】
・亜竜鱗Lv.3
・ウォーターシェルLv.5
・ジェットブレスLv.2
=====================
「おいおい、亜竜に進化してるぞ! 俺達じゃなきゃ死んでるとこだ、あのクソ村長!」
俺が悪態をついている間にも奴は迫ってきていた。頭部だけでも体の4割を占める、全身強固な鱗に覆われた巨大ワニだ。ただワニよりも胴体がまんまるで球体に近くフォルムは可愛らしい。
また、力や防御力が高いだけでスキルレベルは高くない。アリスとレアなら大丈夫そうだ。問題は防御を崩せるかどうかだ。
「やぁっ!」
レアがさっそく風魔法で小さな竜巻を起こし、あの巨体を水ごと巻き上げる。
「おお、やるなぁレアのやつ」
舞い上がったクロコバラムは手足をバタバタさせている。
ズンッ…………!!
地面に落とされた奴は頭を振り回し口を大きく開けて怒っている。口内にはびっしりと長い鋭く尖った歯がこれでもかというほど生えていた。舌と口蓋にすら生えている。
とそこにアリスが短剣のアイスエッジを杖のように奴に向け、周囲に浮かべた氷の槍を10本も発射した。
「いけっ!」
ガガガガガガガガガガ!!!!
槍は強固な鱗に阻まれ止まるも、少しはダメージが通ったようだ。やはり防御力が高い。
そして、今ので奴はアリスをターゲットに絞った。
クロコバラムの口の前に魔力が集まり、そこから高圧の水が発射された。石が切断されるほどの威力だ。
バシュウウウウ…………!!!!
それをアリスは読んでいたのか、クロコバラムがジェットブレスを打つ前に縦横2メートル、厚さ50センチほどの氷の分厚い壁を詠唱魔法で生成していた。とそこに、水のブレスが衝突する!
ブレスを受けて一瞬ヒビが入るものの、アリスが後ろから氷壁へ手を添えて重ねて詠唱することで修復される。
パキパキ……パキ。
氷の壁に衝突した水のブレスはぶつかった瞬間に凍り、さらに壁を厚くしていく。
その間に風を纏ったレアの一撃がクロコバラムの脇腹に決まった。
ズ、バンッッ…………!!
「グラ、ララララ!!」
クロコバラムの悲鳴と共に血煙が舞い、レアの斬擊の勢いで横転しそうになる。だが持ちこたえた。
胴体部分の鱗を切り裂き、内部の肉にも届いた。かなりの深手を与えたはずだ。レアの風を纏った剣の一撃は火竜の鱗すら斬り裂いた。亜竜程度斬れないわけがない。傷口からはドクドクと血が流れ出している。
だがその時、
ドワババババババババ……!
クロコバラムの表皮から大量に水が吹き出し、体にまとわりついていく。恐らくスキルのウォーターシェルだろう。みるみるうちに全身に水を纏い、水の殻に閉じ籠ってしまった。
「ひきこもったら、メッ!」
ズバンッ…………!!
同じようにレアが攻撃するも水が衝撃を吸収してしまい、本体までは届かない。
「…………うーん、どうしようアリスちゃん。あれを破るには時間がかかるよ!」
一旦バックステップで奴から距離を取るレア。
「いえ、相手が動かないならむしろ助かるわ。あたしが攻撃を通るようにするから、レアはさっきのをもう一度準備しておいて?」
アリスは防御氷壁の後ろから姿を現すと、詠唱を開始した。
「了解!」
レアはアリスの詠唱に合わせて剣に魔力を込める。その間、クロコバラムに動きはない、こちらをじっと見つめながら傷を回復させているようだ。
20秒ほどしてアリスの詠唱が終わった。アリスは両手をクロコバラムに向けて突き出すと、叫んだ。
「アイス…………ブレイク!!」
ピシッ…………。
クロコバラムは静かに、水の殻ごと凍りついた。見た目はラグビーボールのような真っ白で大きな氷の塊だ。一気に周囲の気温まで下がり、冷気が溢れ出す。
今更だが、アリスはすでにAランク以上の魔力を保有している。
「この魔法は体内まで完全に凍らせるの。今よレア。このまま斬って!!」
「おーけい!」
縮地を使い、10メートルの距離を一瞬で詰めたレアが剣を地面スレスレから振り上げる!
「ほりゃあ!」
ズバンッ…………!!
ゴトッ…………。
クロコバラムは真っ二つに分かれ、氷ごとゴロンと転がった。
◆◆
「おつかれー。余裕だったな」
駆け寄りながら声をかける。2人ともそれほど疲れはないように見える。
「余裕じゃないわよ」
素直じゃないアリス。
「まぁ防御力は高いけど動きは遅かったから、いずれは倒せてたかな? でもアリスちゃんがいたおかげでずっと早く倒せたよ!」
ガバッとアリスに抱きつくレア。
確かにレアなら実質1人でも勝てたかもしれないな。
「あたしは存分に魔法に集中できたから、やり易かったわ」
レアに抱きつかれながらも、気にしないふりをしてアリスはそう答えた。
確かに、さっき見せたアリスの魔法は発動まで20秒は必要だったからソロでは使いどころがなかっただろう。
「だな。ま、パーティでの戦いも慣れていってくれよ」
「ええ」
「それで、こいつはどうする?」
俺は、半分に分かれた氷漬けのワニに目線を送る。
こいつも気の毒なやつだ。火竜に住み処を追い出された挙げ句、新しい住み処で殺されるなんて。まぁ人を食ってるんだから同情はしないが。
「それなんだけど…………この亜竜の素材、村の人たちにあげない?」
アリスが手を合わせてお願いしてきた。
「うん、私もそうするのがいいと思う! 皆お腹すかせてそうだったし、絶対今すぐお金が必要だよ」
レアがアリスの隣に立って言った。
「そうだな。只でさえ働き手がこいつに食われてるんだ。それじゃ、とりあえず村へ報告に戻るか」
それから村長の家へ向かうと、村長がどんよりと暗い顔で迎えてくれた。
「ユウ殿、早かったですな。やはり倒すのは厳しい…………ですか?」
村長が重苦しい空気を背に聞いてくる。どうやら、俺たちの帰りが早すぎて討伐に失敗したと思ってるようだ。
「いや、魔物はもう倒したよ」
「そうですか。すごく大きいですもんね。やっぱりダメでしたか…………」
村長がタメ息を吐いた。
「いや、倒したんだって!」
「…………は? な、なんと! もうですか!?」
驚いてバッと顔を上げた。
「だからそうだって言ってるだろ?」
「こんなすぐにですか? ありがとうございます!!」
「ああ、あと…………」
「は、はい! お金ですね! 今しがたまとめておりました。報酬はこちらになります。村中からかき集めたもので、これだけしかありませんが」
そう早口でまくし立てた村長が渡してきた袋は軽かった。
カシア村長、まず話を聞いてくれよ。
「問題ない。ありがとう。助かる」
俺は村長にこれ以上気を使わせないよう、できるだけ丁寧に答えた。
「それで提案があるんだが」
「ど、どういった内容で?」
村長の不安な表情がより濃くなる。大金をふっかけられるとでも思ってるのだろうか。
「倒した亜竜なんだが、この村に置いていこうと思う」
村長が固まる。
「…………は? そんな…………え、ええと。何かあるのですか?」
何かってなんだよ。失礼な。どんだけ疑い深いんだ。
「ああ、実際これだけの報酬を払えば村の財政はかなり厳しいだろう? 素材を売ってちょっとでも足しにしてくれ」
村長が息を飲んだ。そして、答える。
「た、確かに…………正直、おっしゃる通りではあります。しかし、それではユウ様たちの報酬が」
「いいって。報酬はきちんと受け取ってるから」
ニッと今村長がくれたお金の袋をひらひらと見せる。
「それに…………うちの奴らが、あの子らにも腹一杯食わせてほしいってよ」
俺は窓の外からこちらを覗いている子供たちにチラリと視線を向けて言った。
「ああ…………」
村長も子どもたちを見て頷いた。
「分かりました! ありがたく頂戴します。このご恩はミズーリ村の者共々一生忘れません!」
村長は深々と頭を下げた。やっと不安が払拭されたのだろう。さっきまでの暗い雰囲気は消え去り、良い笑顔になった。10歳は若返ったように見える。
「あ、そうそう。亜竜はまだ湖のそばに置いてある。かなりの大きさだから村人を集めて運んだ方がいい」
「わかりました! すぐに用意します」
10分ほどして、手の空いている村人20人ほどと、3台のリアカーの様なものが集まった。皆なぜ集められたかわからない顔をしている。中には10歳くらいのあの子供たちも混じっていた。
「この方たちが湖の魔物を退治してくださった! さらに魔物の素材は私達に譲ってくださるそうです! 今から回収に行くので手伝いをお願いします!」
村長の言葉にざわめき、顔を見合わせる村人たち。徐々に歓声が上がり始めた。
「ほ、ほんとか!?」
「旦那の仇を、ありがとうございます…………!」
「む、村が、村が助かったんじゃ!」
次々と俺たちにお礼を言っていく。手を握っては泣きながらブンブンと振っていく人もいる。ここまで感謝されるとは思わなかった。
それから村人を率いて湖まで行った。氷はすでに溶かしている。
「大きい…………私が言うのも何ですが、よくこんなの倒せましたね」
胴体を真っ二つにされたクロコバラムを取り囲み、村人たちも興味津々といった様子だ。
「ああ、今回やったのはこの2人だがな」
俺は、親指でちょいちょいと2人を指差す。
「まぁ、こんなにお若いのに!」
「いや、冒険者に年齢はそれほど関係ないと思うぞ」
と話していると、あの子どもたちが寄ってきた。
「冒険者ってすごいんだね!」
「ふん。次は俺が冒険者になって、魔物を倒してやる」
「ねーねー。どーやってこんなに大きいのを切ったの?」
子どもの目線に合わせ、しゃがんで答える。
「このおねーちゃんが魔法で凍らせて、あっちのおねーちゃんが剣で真っ二つにしたんだ。すごいだろ」
「すごーい!」
「カッコいい!!」
「兄ちゃんは?」
「俺か? 俺はー、2人が怪我しないように見守ってた」
いや、事実だしな。
「えー? だっさぁい」
「ふんっ、実は弱いんじゃないの?」
「ダサくも弱くもないぞ。ガキどもが~!」
「うわぁああああ! うひゃひゃひゃひゃ!」
3人を順番に捕まえくすぐっていくが、でもその時にわかった。やっぱりガリガリだこの子ら。
「お前ら、名前は?」
「俺? ユーリ!」
「僕はサッチ」
「私はミリナよ!」
この村の悪ガキ3人組らしい。こいつらがまだ元気なうちで良かった。
「そうか、お前らも良く頑張ったな」
頭を乱暴にワシワシ撫でてやると何のことかわからない3人は笑っていた。
それからようやく亜竜の解体が始まった。この村周辺はもともと魔物が少ないため、村人に魔物の解体技術などない。仕方ないので俺たち3人が教えることでなんとか進めていく。
そして亜竜の解体が3時間かけて終わった。恩人にさせるわけにはいかないと、村長がごねたために余計に時間がかかったのはここだけの話だ。
「よし、これで全部だな」
内臓類は乾燥させて漢方薬に、鱗や牙、爪、魔石は素材として、肉は村で食べることになった。もともと大きかったので荷車には乗りきらず、残りは村人が担いで運んでいる。
「あなたが空間魔法で運んであげたらいいじゃない。それくらい出来るでしょ?」
帰り道、ウンウン言いながら苦労して運ぶ村人たちを見て、アリスがこっそりと言ってきた。
「出来るけども面倒を見すぎるのも良くないだろ? これくらい自分たちで出来てもらわないと、この村の今後が不安だ」
「なるほど。そういうことね」
過保護は人のためにならない。後でもっと苦労するのはこの村だ。
◆◆
その晩は村へ泊まらせてもらうことになった。そして村の広場で宴だ。
広場は特になにがあるわけでもないが、村長が挨拶をするための朝礼台と思わしき台と、秋には綺麗な花が咲くらしい木が広場を囲む形で植えられていた。
俺たちは村長に言われ、一緒に台の上に乗る。そして、村長が話し出した。
「今日は村を救ってくれた救世主ワンダーランドのユウ様、レア様、アリス様の3名に感謝を込め、宴を開かせてもらう! 本当に、本当にミズーリ村一同感謝しております。ありがとうございました」
村長が改めて腰を折り、挨拶した。
救世主ってそんな大げさな。と思っていると
「「「「ありがとうござきました!」」」」
村人たちから一斉にお礼が言われた。
「それでは、ワンダーランドと今後のミズーリ村の発展を祈って乾杯!!」
「「「「かんぱーい!!」」」」
そこからは飲めや歌えやの大騒ぎだった。この村の特産のシイナという果物から造る酒は白ワインに似た風味で美味かった。
その後は皆酔いが回ってきたのか、陽気な音楽に合わせ、村人たちと踊った。
「良かったな。これが本来の村の明るさなのかも」
「そうだね!」
そう3人で椅子に腰かけてのんびりと楽しそうな村人たちを眺めて果実酒を飲んでいると、
「さぁさぁどうぞこちらへ!」
村人たちに台の上に引っ張り出された。
「え? 何々?」
なぜか芸をせがまれ、魔力で火の玉をジャグリングをすることになったが案外ウケが良かった。
◆◆
「…………ん、ここは?」
気が付くと見知らぬ部屋。
身体がダルい。そしてなんか心なしか寒い…………。
昨日は、ミズーリ村へ来て…………そう、宴だ。絶対あれのせいだ。あれだ飲み潰れたんだろう、ここは村のベッドだ。
「あ、しまった…………」
ポリポリと頭をかく。宴の後半の記憶がない。だが胃の奥深くにはしこたま飲まされた感覚と、頬が痛いのと、なぜかなんか寒い…………。
「何もやらかしてないよな…………?」
何も無かったことを祈りながら、きしむ部屋の扉を空けるとちょうど部屋の前でアリスとバッタリ会った。入ろうとしていたらしい。
「ユ、ユウ、昨日はごめんなさい」
アリスはすぐに申し訳なさそうに言った。
「ん? なんのこと…………悪いけど、昨晩の記憶が」
「あら、覚えてないのね」
アリスは申し訳なさそうな表情をやめ、ふふふと意地悪そうに笑った。
「だったらいいわ。何もなかったから」
「いやそれ絶対何かあっただろ」
「はて、ユウ殿昨夜は大丈夫でしたかな?」
そこに村長が現れた。アリスはスッと顔を背ける。
「気にしなくても、皆すでに飲み潰れておりましたから見ていたものは私くらいです。わっはっはっは!」
「…………え?」
村長によると、泥酔した俺は一向に皆の輪に入ろうとしないアリスにちょっかいをかけ続けた結果、本気で怒ったアリスに手袋を外した素手でビンタされ、俺は文字通りに凍り付いたそうだ。
いや、俺ダサすぎ…………。
「わっはっはっは! いやー、久しぶりに楽しかったですな」
「「…………」」
いつの間にか来ていたレアが無言で俺の肩にポンと手を置いた。多分、レアが俺を介抱してくれたんだろう。
そうして、村を出発するときが来た。村人のほとんどは二日酔で起き上がることが出来ずに、這いながら見送りに来てくれた。
コルトのギルドといい、この世界にはつぶれるまで飲む習慣があるのだろうか。
「それじゃ、世話になった。また来るよ」
「復興頑張ってね!」
「本当に助かりました。次ユウ様たちが来られる際にはもっと立派な村にしておきます!」
「おお、そんくらいじゃなきゃ、あの亜竜返してもらうからな!」
村長は苦笑いだ。
「ユウ! 俺らも最強の冒険者になるからな!」
「あんたなんかすぐに抜かしてやるううう!」
「おうおう、せいぜい頑張れ。そん時は手助けくらいしてやる」
そう言うと、ニィっと3人が笑った。
「「「ありがとうございました!」」」
最後に村一番の笑顔が見られた。
◆◆
「なかなか良い旅になったな」
「うん、村の人たち、助けられて良かったね」
「あとはあの人たち次第かしら」
団結力のある村だ。今後はうまく立ち直っていくだろう。
それから3人でコルトへ向かってブラブラ歩く。いい天気でのんびりできて最高だ。
「なんだかんだあの子達はユウになついていたわね」
「そうか? 馬鹿にされてただけだと思うが」
「まぁそういうのもユウの良いところだよね!」
「羨ましいわね」
「それ誉めてる?」
アリスが俺の問いをスルーして続けた。
「それで、明日はどうする? 屋敷への入居はまだだし」
「そうだなぁ。最近依頼ばかりだったから休みにしよう。俺はフィルに頼んでた武器受取りに行かないといけないしな。アリスは予定はあるか?」
「いえ、特に予定はないわ。それよりそのフィルって人、有名な鍛冶士なのは知ってるけどどういう関係?」
ーーーーというわけで、さらっとフィルについて説明した。
「へぇ~、そんなすごい人なのね。あたしもお願いしたら作ってもらえるかしら」
アリスが両手を握って、ワクワクと期待を込めた目で見てくる。
「アリスも実力者だし、行けるんじゃないか?」
たぶん。
「本当かしら? 一度会ってみたいわね。一緒に行っていい?」
「いいぞ? 紹介するよ」
「ありがとう。レアは武器お願いしてないの?」
「わたしは今ので十分かなぁ。また物足りなくなったら頼むつもりだよ」
レアが自分の剣の柄を撫でながら言った。
◆◆
コンコンコン。
翌朝、コルトのいつもの宿で眠っていると、またドアを叩く音で目が覚めた。
「この感じ、アニーか?」
いや、ちがう。あそこまで乱暴な感じはしないな。
「アニーて誰よ。私はミリアよ」
「ああ、あんたか」
扉を開くと、身長140センチくらいの小柄な女性がいた。
「あら、あなたたち同じ部屋で寝てるのね。ふ~ん?」
ミリアが2つ並んだ枕を見てニヤニヤと言った。
「おはよう。どうかしたのミリア?」
レアがもそもそとベッドから出てきた。
「うううん、なんでもないわ」
「かなり早いな。何かあったか?」
まだ外は太陽が顔を出したくらいの時間帯だ。
「いえ、冒険者の朝は早いからね。出掛ける前にと思ったけど、早すぎたかしら?」
「いや、大丈夫……ふわぁ…………」
あくびをしながら答える。
「で、何の用?」
「昨日、あなたの屋敷の清掃をしていたらね、なぜかメイドがたくさん来て、一瞬で清掃を終わらせていったわ」
「メイド?」
メイドというと、まさか辺境伯のところか?
「しかもあなたの屋敷のお金を全額払って行ったの。領主のメイドだったわ。どういうことなのか説明してくれない?」
ミリアが眼鏡を上げてズイッと詰め寄ってきた。
予想した通りだ。
「いや、こないだの火竜の礼として領主が出してくれるんだとよ」
「ああ、そういうこと。それなら納得よ」
納得なんだ?
「それと、そのおかげでもう入居できるわ」
「うお、ほんとか!?」
話を聞いていたレアとパアッと弾けるような笑顔で顔を見合わせた。
「本当よ。いつ入居する?」
「「今日!」」
◆◆
「あれ? 前来たとき、こんなだったか?」
アリスも合流し、ミリアとともに屋敷へ到着した。
「違うわよ…………あの人たち、人間じゃないわね。新築よりきれいになってるじゃないの」
草が生えていた敷地を取り囲む壁は元のきれいな石造りの白色を取り戻し、庭には青々とした芝が生え揃っていた。
メイドって草生やせたっけ?
中央の噴水からは清涼感溢れる水が噴き出し、キラキラと陽光を反射させ美しい。屋敷の窓は朝日を反射するほどピカピカに磨かれており、屋根瓦も新しいものに張り替えられていた。
「メイドさんってすごいんだね!」
レアが目をキラキラさせている。
「レア、一緒にしたら世のメイドが泣くわ」
でももっとすごいのは屋敷の中だった。
「あたしたちじゃここまでは出来なかったわ。辺境伯に感謝するのね」
ミリアがそういうのも納得だ。
屋敷内は前よりもずっと明るく見えた。エントランスにあるシャンデリアは1つ1つが丁寧に磨かれ、前はくすんで分からなかったが屋敷を支える柱は大理石で出来ているようだ。エントランスや廊下には元々はなかったはずのレッドカーペットや壺、甲冑が新たに用意されていた。頼んでいない家具まで高級そうだ。
当然、ホコリひとつ残っていない。さらにどこで知り得たのか、俺たちが購入した家具はすでに運び込まれていた。
「これは、あの人に礼を言わないといけないな……」
辺境伯のことは嫌いではないが、あの人と関係を持つと将来争い事に巻き込まれそうでもある。
「それじゃ、あたしはこれで失礼させてもらうわ」
一通り見て回ると、ミリアがそう言った。
「ああ、ありがとう。世話になった」
「じゃあねミリア!」
「ええ。屋敷のことで何かあったら言ってね?」
「おう!」
エントランスで3人で手を振って、ミリアを見送った。
「ふう」
エントランスホールは大きなシャンデリアとレッドカーペットが豪華絢爛な雰囲気をかもし出している。
「すごいわね…………」
「だねー」
しばしの間、エントランスホールを見学していた。
「さて、俺たちは荷物ほとんどないから大丈夫だけど、アリスも今日は引っ越しできるのか?」
「ええ、でもあたし着替えとか取りに行かないと、少し荷物あるから」
「ん、多そうだったら手伝うぞ?」
「そうね…………。あ、ああ、でも大丈夫! あたしだけでも運べるから!」
アリスが両手を突き出してブンブンと首を振りながら言った。
「アリスちゃん、なら私が行くよ?」
レアが気を効かせた。
「う…………な、ならお願いしてもいい?」
「大丈夫だよ!」
良いなぁ女子同士って。ちょっと寂しい。俺も行きたかった。いろんな意味で。
「それなら、俺は寂しく自分の部屋整理しとくから」
「ええ、ごめんね?」
「いいんだ。それじゃまたあとで」
◆◆
自分の部屋に来てみるが、やることと言えばほとんどない。ベッドとテーブルは文句ない位置にメイドさんが配置してくれていた。
ぼふっ…………!
ベッドに飛び込むと、大きく跳ねた。横になり天井を見つめる。
「ふぅ…………!」
まさかこんな大きなマイホームを買えるなんて思わなかった。感慨深いものだ。
時間もあるので広い屋敷内を探索してみた。
「…………なんだこの絵画」
歩いていると、エントランスホール2階正面の廊下の壁に絵画が並んでいた。額はかなり年代を感じさせるアンティークなデザインになっている。
廊下には、左から屈強な英雄に龍、毒々しいタラテクト種に妖艶な魔女の絵画が飾られてあった。なかなかの力作だ。タッチの力強さに竜の迫力や、かかれたものの雰囲気がまるで生きてるかのようにリアルに伝わってくる。
そういや、風呂はどうなったんだろう。これだけきれいに掃除してくれてたんだ。お風呂場も期待してしまう。
そう思って1階エントランスへの階段を下りようとした時だった。
「こんにちは…………」
突如背後から消え入りそうな女性の声が微かに聞こえた。
「ああ、こんにちはって…………ん?」
誰? 誰かいたっけ?
周りを見回しても誰もいない。
「こんにちは…………そこの君」
聞き覚えのない声。…………え、まさか?
「あんた…………か?」
見つめると、廊下に並んだ一番右端にある絵画の魔女が話し掛けてきていた。魔女は立派な革張りのイスに腰掛け、その色気ある脚を組みながら手を床に立てた杖に添えていた。整った顔に高貴な雰囲気を感じる。20歳代後半で、胸の谷間がセクシーだ。
「何、見てるの…………?」
バッと恥ずかしそうに胸を隠した。
「いや、あんた誰なんだ?」
てかなんで動けるんだ?
「わたくしは…………わたくしも、わからないわ」
魔女が困ったように頬に手を当てて答えた。
「へ……わからない?」
「数日前、気が付いたらここにいましたの」
「名前は?」
魔女は絵画の中で目を閉じて首を振る。
「何か思い出せることはないのか?」
「何もありません」
「ふむ…………なら、なんで絵の中にいるんだ?」
「わたくしが、描かれた…………からかしら」
「それは分かるのか?」
「なんとなくですけど、そんな気がしますわ」
自分が絵だという自覚はあるようた。
「なるほどな、ちょっといいか?」
「きゃっ!」
俺が近づくと、魔女は絵の中の椅子の後ろに小走りで隠れた。それをスルーして絵を観察すると、右下の隅っこにかかれたサインを見つけた。
「わからないな…………塗り潰されてる」
「それは、わたくしたちの製作者が自ら消したのです。そんな気がしますわ」
魔女が椅子の背後から頭だけ出して答えた。
「わたくしたち?」
絵画の魔女は自分の右側に並ぶ3枚の絵を指差した。
『魔女』
『蜘蛛』
『龍』
『英雄』
この4枚の絵はこいつと同じである可能性がある。
「でもなんで今なんだ? 古い絵だ。何か原因があったか?」
「わたくしが目を覚ました時、強力な魔力を感じましたの」
「魔力…………?」
それって、俺が敷地内で掃除に使った魔法か? それが原因でこいつが目を覚ましたと?
「ところであなたは、誰ですの?」
「俺はこの屋敷に住むことになったユウだ。お前が起きる原因になったのも俺だな」
「あなたが屋敷の主人でしたの…………通りで似ています。このたびはわたくしを目覚めさせていただき、誠にありがとうございます」
絵画の中で魔女は立ちあがり、ドレスの裾を持ち上げて優雅にお辞儀をした。
ということは、こいつらとも一緒に住むことになるのか。でも良く考えれば侵入者に対して良いセキュリティになりそうだ。
「ああ。これから、宜しくな」
「ええ、宜しくお願いしますわ」
◆◆
アリスとレアが戻ってきてから絵画の魔女を紹介した。2人とも初めは驚くものの、すんなりと受け入れてくれた。
「誰かのユニークスキルで描かれたのかしら……」
アリスは興味深そうに考えている。
「でも、絵画の魔女さんって呼びにくいね。何か名前はないの?」
俺たちは3人で集まって絵画の魔女の前にいる。
「ありませんわ。考えてくださる?」
魔女はニコニコと言った。
「そうだな。いい名前考えておこう」
「やった! 宜しくお願いしますわ」
絵画の魔女は絵の中で嬉しそうに微笑んだ。
それから、俺の部屋へアリスとレアを集合した。
「どうだ? 荷物の方は?」
「ええ、もう少しね」
部屋の配置は、エントランスから向かって2階一番左端がアリス、その右隣が俺、俺の右隣がレアとなっている。
「なぁ、このホームのルール決めないか?」
「確かに。あった方がいいわね」
一度俺の部屋に皆集まると、簡単なルールを定めた。
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・各人の部屋はノックをすること。
・ご飯は皆揃って食べること。
・絵画の魔女にもきちんと挨拶をすること。
・侵入者を察知したら迷わず全員を起こすこと。
・喧嘩は第三者に判断を委ねること。
破った者には厳しい罰が待っている。たぶん。
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これから気が付くことがあれば増やす予定だ。
改めてこの声を出せば響くほどの広さの屋敷には感動がやまない。でもまぁこれから慣れていくんだろう。
ちなみに、風呂場は水垢カビ1つ残っておらずピカピカにされており、楽しみで仕方なかったが、初日はバタバタしているうちにすっかり深夜となってしまい結局泣きながら部屋で体を拭いた。
読んでいただき、ありがとうございました。
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※修正済み(2024年1月26日)