第34話 空間魔法
こんにちは。
いつもありがとうございます。
夕方、ギルドに戻ってオーク集落のことを報告すると、大変な衝撃だったようだ。
「オ……オ、オ、オ、オオオオオクジェネラル!?」
ルウさんが大声で驚くと、その声が聞こえた冒険者たちやギルド職員たちもバッ! と振り向いた。
「なんてこと! 早くギルド長に!」
ルウさんが血相を変えてカウンターを出ようとするが、カウンターとフロアの段差に転びそうになり俺が支えた。
「ルウさん待って!」
動揺するルウさんの前にレアが立ち塞がって落ち着かせる。
「し、しかし…………!」
「オークジェネラルはユウが倒したから大丈夫なんだよ!」
「え?」
ルウさんが歩き出そうとする格好でピタリと止まった。
「ああ。これが魔石、牙、それと剣」
ゴト、ゴト、ゴトン…………。
横のカウンターの上へ、担いできたオークジェネラルの素材を並べて置いた。
「へ…………どうゆうこと、です……?」
「ちょっとあなたたち。混乱させちゃだめじゃない」
アリスに怒られた。
その間にオークジェネラルの素材と俺とを目線で行き来させたルウさんは状況を理解したようだ。
「はぁ…………すみません、取り乱しました。話を伺いたいのですが一度ギルド長までよろしいですか?」
「行かないとダメか?」
あの人、苦手なんだよ。
「ちゃんと説明しなきゃだめだよ」
レアが背中をぐいぐい押してくる。
「そうね」
アリスに促されるまま階段へと向かう。
「はぁ、わかった。2人は休んでてくれ」
ルウさんのスラリと伸びた美脚を眺めながら2階へと上る。
「入れ」
ドアを開けてギルド長室へ入ると、
「…………またお前か」
机の前ではゾスが左手で頭を抱えていた。
「悪いかよ。俺だって好きで来たわけじゃない」
思わずムッとして口を尖らせた。
「はぁ……それで次はいったいどんな問題を持ってきたんだ?」
「それが、森にオークジェネラルが現れたそうです」
ルウさんが冷静に答える。
「オークジェネラルだと!?」
ガタン!
ゾスが机に手をついて立ち上がりながら驚いた。
「まぁまぁ、落ち着いて…………」
◆◆
「…………つまり、お前たちが集落を発見し、そのまま殲滅。オークジェネラルも一緒に始末したと」
そうギルド長はため息交じりで言った。
「そんなところだ。なんなら物的証拠もある」
「わかった。集落が存在する可能性があることは掴んでいたが、そこまでの規模だったとは。こちらで確認しておく」
「ああ、よろしく」
冒険者って、この面倒な報告がなけりゃなぁ。
そう思いながら帰ろうとすると呼び止められた。
「……まぁ待て。ユウ、オークジェネラルがどれほどの魔物なのか知ってるのか?」
「さっき聞いたよ。Aランクなんだろ?」
「それはそうだが、軍隊指揮に適した魔物だ。あいつが率いた軍はステータスが底上げされ、ジェネラル自体の能力もAランクの中じゃ中位に位置する」
てことは、あの兵隊オークたち強かったのか。正直わからなかった。
「それを3人で全滅させた? こないだのでレベルが上がったにしても、お前の成長率は異常だ」
「それは俺が天才だっただけだと思うが」
探るつもりで聞いたのだろうが、特に言うつもりはない。まぁバレたところで真似できるものでとないが。
「なんにしろ、こうもAランクが立て続けに現れるとは。魔物の森も活性化してきているのかもしれん」
「そういうことがあるのか?」
「原因はわからんがな。強力な魔物が森の奥地から流れてきたとかそんなだろう。ダンジョンの氾濫とは原理が違うからな。他に何か気付いたことはあったか?」
「ああ、そのオーク集落に3人の女性がいたそうなんだが、すまん。3人とも助けられなかった」
俺はその3人を直接見たわけではないが、悲惨な最後だったのだろう。もし彼女らが、自分の恋人や娘だったと考えたら、とてもじゃないが我慢できない。彼女らの苦しみやその親族の悲しみは想像できるものではない。
「……そうか。それはお前の責任ではない。その3人の方もこちらで調べておこう。行方不明だった者たちの可能性が高い。また町の危機を救ってもらったな。助かった」
ゾスが頭を下げてきた。
「いいんだ。たまたまだしな」
「また後日報酬を出しておこう」
「ああ、期待しとく」
それから3人でギルドを出た。
そこで、心配だったのがレアとアリスだ。同じ女性としてそういう目に遭った人を見るのは辛かっただろう。少し2人とも疲れているように見える。
「なぁ、あの…………その、いろいろと大丈夫だったか?」
声を掛ける。
「なんというか、まぁ大丈夫だよ」
レアも珍しく元気がない。
「私は前にも同じようなのを見たことがあるから…………」
アリスは俺なんかよりずっと冒険者歴が長いもんな。でも、やはり辛そうだ。
「そうか。今日はこれで終わりだな。明日1日休まないか?」
「そうね。あたしは魔法の練習もしたいし、依頼は休ませてもらうわ」
「レアは?」
「私は明日は部屋でゆっくりするよー。さすがに疲れちゃった」
あはははと空元気で笑うレア。
「まぁな。よしそしたら今日はここまでだ。お疲れ」
「ええ、お疲れさま」
アリスと別れ、宿に戻ってすぐにベッドに入った。そして、今日のことを思い出した。
俺の仲間があのような殺され方をしたらと思うと、とても耐えられる気がしない。その時はデリックと同じように復讐に燃えるのだろうか…………。
いや、そうならないためにもっと強くなろう。皆を守れるように。
◆◆
次の日、レアは部屋にいるそうなので、俺は1人朝からフィルのところへ向かった。背には昨日の肉切り包丁と火竜とオークジェネラルの牙を背負っている。肉切り包丁は2メートルもあるので持ち運びが大変だ。
「フィル、いるか?」
入ると同時にフィルが奥からのそのそと出てきた。腰に手を当てている。やっぱりまだ調子悪そうだ。
「おお、お主か」
「フィル、体調は大丈夫なのか?」
「ちょい腰をやってしまっての。昨日は丸1日動けなかったんじゃが、今日はもう大丈夫じゃ。まだ少し痛みは残っておるがの」
トントンと腰を軽く叩くフィル。
「ん…………フィル、ちょっと横になってくれるか?」
「ええんじゃええんじゃ、こんなジジイにもったいないわい!」
頑固に拒むフィルだが、そうはいかない。
「いいから、いつも世話になってる礼だ。ほら!」
「お、おお……」
フィルに手を添えて半ば無理矢理にテーブルの上に寝てもらった。
「……神聖魔法」
フィルの腰から背中が淡く光る。
「おお~気持ちええのぉ」
フィルが気持ち良さそうな顔をする。それから膝や首など、疲労が蓄積してそうなところに魔法をかけていく。ほんの30秒ほどだ。
「はい、終わりだ」
「ん、おお。腰どころか、全身の調子がいいのぉ」
フィルは体の調子を確認するように伸びをする。
「少しは若返ったか?」
「そうじゃな。じゃが元々現役じゃぞ?」
フィルは不服そうにそう言った。
「その意気だな。それで本題なんだが…………まず謝らせてくれ。すまん、火竜討伐の時にフィルにもらった刀を折ってしまったんだ」
深く腰を折る。だが、フィルが怒ることはなかった。
「ふぉっふぉっふぉっ。思ったより早かったのう。気にするな。あれは切れ味を追求するあまり、耐久性はあまり持ち得ておらなんだ。はて、どんな最後じゃった?」
「火竜の首を落とした時に折れた。火竜のブレスを斬った時にヒビが入ってもうダメかと思ったが、最後までもってくれた。あの刀がなければ、俺は死んでたよ」
「それは大往生じゃの。何より町を救ったんじゃ。文句はあらんよ」
フィルは腕を組んでうんうん頷いている。満足そうだ。鍛冶士としても、自分の打った剣が町を救ったことは誇らしいのだろう。良かった。怒られなくて。
「それで、今日は新しい刀か?」
「そうだ。その前にこいつらを見てほしい」
そう言って、火竜の牙とオークジェネラルの牙をゴトリとカウンターの上に置く。
「ほう! なんと立派な牙じゃ!」
「オークジェネラルの方はまだ他言無用で頼む。火竜の牙も2本渡すから打ってもらえるか?」
「これだけのものがあれば十分じゃ! 任せておれ!」
素材に興奮するフィルは初めて見た。これは出来上がりが期待できそうだ。
「あと、ベースはこれだ」
俺は背中の肉切り包丁を抜いた。
「なんと、これはS級!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
チョッパー
ランク:S
属性:なし
特殊:筋力強化大
〈巨大な肉切り包丁。筋力増加大〉
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そのオークジェネラルが使っていた武器だ。俺が本気で殴っても壊れなかった。ただ、俺がそのまま使うにはデカすぎるからな」
「これを壊そうとするとは、お主狂っとるの。これだけでもかなりの業物じゃ。じゃがランクが高すぎて、加工するには高ランクの魔石が必要じゃ」
「ならこれを使ってくれ」
ゴトッ。
そう言って重量感あるオークジェネラルの魔石を机に置いた。
「おお、これは、これなら出来るかもしれん! 形状は刀か?」
「俺も最初はそう思ったが、やっぱり色々使ってみたい。それは任せる」
「わかった。期待して待っとれ。ふぉっふぉっふぉっ! 腕が鳴るわい!」
フィルが生き生きとた顔で腕まくりをした。
◆◆
フィルの店を出て、行く宛もなくブラブラと町を見て回っている。
この町には、まだまだ行ったことのない区画がある。俺は基本的に西区を拠点にしてるから、今日は南区画に行ってみたい。
「ん?」
そう思って屋台通りを歩き出した時、頬に水滴がついた。
上を見上げると、真っ黒な雨雲がこちらに向かってきているのが見えた。
「げ、せっかくの休みなのになぁ」
そうつぶやくと、
ポツ、ポツポツポツ、ザーーーーーー!!
「おわーーーー!」
大雨が降ってきた。
道の反対側の景色が霞むほどのスコールだ。屋根に打ち付ける雨が大きな音を立てる。慌ててそばにあった屋台に避難させてもらった。周りを見ると、他にも大勢の通行人が同じように屋台に逃げ込んでいる。
「ひー、ついてないな」
服についた水滴を払う。
「ひどい雨だな」
入った屋台のおっさんが話しかけてきた。口元は黒いバンダナで覆っていてあまり表情がわからない。
「まったくだ。この時期ってよく降るのか?」
「雨期はまだ半年先だな。こりゃ通り雨だろうよ」
「そうか。運悪いな」
「そうとは限らん。まぁこれも何かの縁だ。見てってくれよ」
なるほど、雨宿りをさせてもらった礼だな。
「そうだな。ところで、これは何を売ってるんだ?」
そこには何かの卵がたくさん並べられていた。蜂の巣のように細かく仕切られた部屋に大小様々な卵が入っている。
「ああこれはな。『魔物の卵』なんだ」
「魔物………………おい、大丈夫なのか? それ」
初めて見る珍しい屋台だ。
「問題ない。これを頑張って孵すと、その魔物が懐いてくれる。孵すまで時間がかかって大変ではあるが、1匹でもいると便利だぞ。冒険者にかなり需要があって卵を持ち歩いてる奴も多い。1つどうだ?」
「ふーん、面白そうだな。いくらだ?」
「1つ1万コルだ。好きなのを選んでくれ。何が当たるかはあんた次第だ。たまに凄い奴の卵があるらしいから慎重にな」
ガチャみたいなもんか。
「そうだな…………」
1つずつ見ていると。禍禍しい模様のものから、鶏の卵そっくりなものまで色々だ。
どれがいいかなんて、わからん。
とその時、珍しく賢者さんが自分から声をかけてきた。
【賢者】ユウ様、これにすべきです。
ん?
賢者さんが俺の視覚に表示してきたものを注視する。
ーーーーーーーーーーーー
魔物の卵
ランク:SSS+
ーーーーーーーーーーーー
「お…………こ、こいつだ!」
それはクリーム色をした手の平サイズの卵だ。鶏の卵のような楕円型じゃない。きれいなピンポン玉のような球体をしている。
「これでいいのか? 俺は長年この屋台をやってるが、正直それは小さすぎで期待できそうにないが…………」
「いや、そいつだ。それにする」
「はいはい、わかったよ」
店のおっさんはヤシの皮の繊維をほどいたようなものに卵をくるんだ後、小さめの木箱に入れて渡してきた。クッション代りだろう。ポケットから出した1万コルをわたす。
「どうやって孵化させればいい?」
「魔物だから魔力を勝手に周囲から吸収するから、特にないが強いていうなら持ち歩くことだ。こいつらはお前の身体から漏れでた魔力を吸収し、勝手に親だと認識するんだ」
「なるほど」
「ただし、強い奴ほど生まれるのに必要な魔力は増えるぞ」
魔物の森の洞窟で手に入れたアレは、ジズの50年溜め込んだ魔力をすべて吸い込んだ。さらに俺が有り余る魔力をつぎ込んでなお、生まれそうな気配がない。
「冒険者が一生かかっても孵せない卵も世の中にはあるらしいがな」
「まじか…………」
こいつのレア度はSSS+。俺が生きてるうちに孵ったら儲けもんくらいに考えとくか。
「ま、あんたなら大丈夫だろうよ。火竜殺しの英雄さん」
そう言って店主は笑った。
「ははっ、気付いてたのか」
「もちろんだ。おっ、雨も止んだな」
言われて見上げれば、雲の隙間から青空が覗いている。
「本当だ。じゃあ、いくよ。良いものを買えて良かった」
「おお、もし孵ったら、何が生まれたか教えてくれ」
「ああ」
本当に5分くらいの通り雨だった。辺りに水を吸った土の匂いが立ち込め、軒先から水滴がポタポタと落ちる。
「一期一会か…………」
凄い魔物が生まれることを期待しよう。
◆◆
水溜まりだらけの道路に、南区まで歩く気が起きない。仕方なく町の外に出て魔法の練習をすることにした。
「おう、ユウ今頃か。気を付けていってらっしゃい!」
こないだ怪我したところを助けた衛兵が町の門のところにいたて声をかけてくれた。
すっかり元気そうで良かった。
「ああ」
適当に手を振って町を出る。
さて、当てもなく外に出たわけじゃない。オーク集落を殲滅したおかげでまたステータスが上がっている。
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名前ユウ16歳
種族:人間Lv.2
Lv:1→11
HP:3350→4055
MP:8930→10500
力:2980→3650
防御:2820→3420
敏捷:4270→4635
魔力:10075→12030
運:170→178
【スキル】
・剣術Lv.8
・体術Lv.3NEW!
・高位探知Lv.3
・高位魔力感知Lv.2
・魔力支配Lv.3→4
・隠密Lv.9
・解体Lv.4
・縮地Lv.4
・立体機動Lv.4→5
・千里眼Lv.5→6
・思考加速Lv.3
・予知眼Lv.1→2
【魔法】
・火魔法Lv.8
・水魔法Lv.6
・風魔法Lv.8
・土魔法Lv.9
・雷魔法Lv.9
・氷魔法Lv.7
・重力魔法Lv.10
・光魔法Lv.4
・神聖魔法Lv.1
【耐性】
・混乱耐性Lv.6
・斬撃耐性Lv.6
・打撃耐性Lv.5
・苦痛耐性Lv.9
・恐怖耐性Lv.8
・死毒耐性Lv.9
・火属性耐性Lv.4
【補助スキル】
・高速治癒Lv.9
・魔力高速回復Lv.8
【ユニークスキル】
・お詫びの品
・結界魔法Lv.4
・賢者Lv.2
・空間把握Lv.3
・空間魔法Lv.1
【加護】
・ジズの加護
【称号】
・竜殺し
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種族レベル1の頃よりも上がりにくいが、それでもレベル11まで上がっていた。その分、1レベル当たりのステータスの上がり幅が大きい。ユニークスキル『お詫びの品』のおかげもあるのだろう。そしてスキルに体術が増えていた。素手で戦ったからだろう。
今日は時間があることだし、もて余していた空間魔法を考えてみようと思う。
町から徒歩10分ほどで見つけた岩場の上に、あぐらをかいて考える。周りに誰もいないので集中できそうだ。
何か使い方を見つけないとせっかくのユニークスキルがもったいない。他に空間魔法と言えばどんなことが出来るだろう?
「…………空間、空間。…………あ、異空間か?」
これなら可能性はある。作ってみよう。
とにかくイメージ、イメージ。
頭のなかに何もない真っ白な部屋を想像し、そこに繋がる扉をつくる。
ビキ、ビキキキ…………!
「なんっ…………でた!」
目の前の空間に長さ50センチくらいのひび割れが生まれていた。
向こうの景色がひび割れて見える。ひび割れを触ってみると、透明な厚さ1センチほどの欠片がこぼれ落ち、薄くなって消えた。この欠片ってどういう物質なんだろうか。まぁ今はそこじゃない。
「中はどうなってる?」
覗き込んでみると、欠片が落ちた向こう側は真っ白の何もない空間のようだ。
無理やりひび割れに指をかけ、メリメリとめくって入ってみる。
バキ、バキバキ。
中はイメージ通りの空間だった。大きさは3メートル四方だろう。部屋自体が発光しており影ができず、寒くも暑くもない。ちょうど良い温度だ。
なら今度は、もっと広くはできないかな。
広いイメージをしてみる。
バコンッッッッ……………………!!!!!!!!
「うお!」
ビックリして大声が出た。
爆発したかのように、一瞬で奥行きができた。
「やっほーっ…………」
声を出すとやたらと響く。完全に密室のようだ。探知で調べてみると、今ので1辺500メートルほどの広さがある。魔法の練習や倉庫として使えそうだ。
そして、再び空間魔法を使うと、またひび割れが広がり、その向こうに草原が見えた。
「おお、行けた!」
外に出るも、さっきと太陽の位置は変わらない。異空間の中でも外と時間の流れは変わらないようだ。
それからいろいろ試してみると、異空間の大きさは俺の魔力量に比例しているようで、今なら最大2キロメートル四方のものができた。最悪の場合の避難場所としても使えそうだ。
ということで、とりあえず荷物になるものは空間魔法に収納することにした。今は2つしか空間を分けて作れないようなので、1つは収納用、もう1つは、
「こいつらだな」
小さめの異空間を2つの卵の部屋として、ポケットから取り出した2つの卵を入れた。この空間の中には俺の魔力を満たし、絶えず注ぎ続ける。卵の吸収量と俺の回復量を考え少し回復が上回るくらいだ。
ついでに魔力回復のスキルレベルが上がってくれれば儲けものだ。
とても便利なスキルを手に入れた。他にも使い道がないか考えていこう。
◆◆
バタンッ!
空間魔法の使い方を見いだし、ご機嫌で部屋に戻ると、レアがベッドに腰掛けながら布で剣の手入れをしていた。おおざっぱに見えてレアはこういうところはまめだ。
そして淡いピンク色のゆるふわ半袖にショートパンツの部屋着で剣を持っているのは、なんか逆にアリだ。
「レア、聞いてくれ!」
レアがビクッと飛び跳ね、剣を落としそうになっている。
「びっくりしたぁ。どうしたのユウ?」
と言いながらレアは剣を置く。
「見てろ?」
目の前に手のひらを向け、空間にヒビを入れる。
ビシシッ…………!
「わっ…………な、なんなのこれ?」
レアが目を丸くしてヒビをのぞきこんだ。
「異空間だ…………!」
「イ、クウカン?」
レアは首をかしげている。まだコレの凄さが伝わらないようだ。
「とりあえず入ってみてくれ」
入り口を広げるイメージをすると、入り口が広くなった。そこにレアを招き入れる。
レアは部屋着のまま、おそるおそる裸足の足を異空間へとペタリと踏み出す。
「何ここ、真っ白だよ! 宿の部屋はどこなの?」
レアは声を反響させながら、キョロキョロと空間内を見回す。
「ここは俺が創った空間だ。言わば俺の魔法で作った部屋だな」
レアは理解が追い付かないのか、固まったままだ。
「真っ白なこの部屋そのものが、ユウの魔法…………?」
「そう」
「す、すごいけど…………これって何に使えるの?」
ズッコケそうになった。
「なんでだよ」
「むぅ、なら教えてよー」
レアが頬を膨らませる。
「例えば、長旅の時、荷物はどうする?」
「そりゃ、おっきなかばんに詰めて背負ったり、馬車を借りて運んだり…………あっ!」
「そう、これがあれば手ぶらで行ける。しかも、火竜みたいな大物もここに入れてしまえば簡単に運べるんだ」
「すごいね! ユウ!」
やっとこの魔法の素晴しさが伝わったようだ。
よくよく聞くと、この世界にもアイテムボックスのようなカバンが超高価格で僅かに取り引きされているが、俺のような大きさはないらしい。
この魔法は秘密にした方が良さそうだ。
◆◆
そうして、ベッドに寝転がりながら空間魔法の使い方を試行錯誤していると、日も傾いてきた頃、宿の扉をノックする音が聞こえてきた。
ドンドンドン!
「ジーク辺境伯の使いで来た。私だアニーだ」
アニーって誰だっけ?
レアと顔を見合わせる。
(「知ってる?」)
(「知らない」)
レアはブンブンと頭をふる。
アニー? 聞き覚えがな…………あ、もしかしてジーク辺境伯のアホ騎士か?
「アニーという人は存じておりません。お引き取りを」
「なっ! おい、知ってるだろ!? こないだ会ったとこだろ?」
「以前お会いしたのはアホ騎士様でございます」
「誰がアホ騎士だ!」
ダンッ!
ドアがきしむ。
分かりやすいな。また宿のドアを壊す気か?
「なら知らない人です。帰ってください」
「アニーだぞ! 貴様、絶対分かって言ってるな!?」
「人違いでは? 早くお引き取りを」
「おいって!」
さらに扉を激しく叩く。
レアがジェスチャーで扉を指差して、出た方が良いか聞いてくるが、首を振った。
どうせ、あいつが来たってことは辺境伯絡みだ。ならあんな態度をとるアホ騎士の方が礼儀がなってなくて悪い。
「聞けよ!」
しかし、この人やたらと声が馬鹿でかい。
「ご近所迷惑です。ここは宿屋ですよ?」
「うるさい!」
「お前がうるさい」
「いや、おまっ」
「うるさい」
「おいっ!」
「黙れアホ騎士」
「う…………」
お、静かになった。前に扉を壊したこと気にしてるのか?
「………………………………………………………………グスッ」
てか泣いてる?
「すまん、もうアホ騎士でいいから開けて…………」
「仕方ないな」
ガチャ。
ドアを開けると下に金髪ポニーテールの立派な鎧を着た騎士が女の子座りで泣いていた。だが、俺を見るなり腹から声を出した。
「お、ま、ええええええええええええ!!!!」
目付きが変わったかと思うと座った状態からのジャンピングアッパーカットが俺の顎にヒットした。
「おげっ…………!」
◆◆
その後、なぜか床に正座させられた。
なんで俺が…………まぁいい。ちょうど暇だったし今はこいつで遊ぼう。正座程度いくらでも耐えてやる。俺に苦痛耐性はこういう時のためにあるからな。
「すみません…………つい面白くて」
とりあえず謝罪した。
「なんだその言い方! 何が面白くてだ! 私は面白くなんかないっての!」
分かりやすく地団駄を踏むアニー。
「当たり前だ。なんでお前を楽しませないといけないんだ」
「え? そ、それもそうか。ごめん」
そこは納得するのか。
「で、何の用で来たんだ? 早く言え」
俺とレアを正座させたアニーを腕を組みながら見上げる。
「お前、怒られてるのになんでそんな偉そうなんだ?」
「そんなことない。反省してる」
「どこがだ!」
「正座してるだろ」
「それを上回る態度のでかさがおかしいって言ってるだろ!」
「いいから早く要件を言え」
「はぁ、もういい…………」
疲れた様子で肩を落とすアニー。
「大丈夫か? まぁ座れ」
ベッドを指差す。
「……………………座る」
アニーは本当に疲れたのか、とぼとぼと言われるがまま座った。
「おい、汚いケツで座るな」
そう言ってもアニーはスルーした。
「領主様が呼んでるんだ。夕食でも一緒にどうか、だと。貴様なんかを夕食に誘うなんて、ジーク様も何を考えてなさるのやら。はんっ」
へこんだのかと思えば反撃してきた。
「お前、今アホ騎士のくせに鼻で笑ったな?」
「アホ騎士のくせに」
レアが俺に続いた。
「ふんっ、貴様に敬意を払うのがアホらしくなってきたんでな!」
「ほう、言うじゃねぇかアホ騎士の分際で」
「アホ騎士」
レアが俺に続いた。
「アホ騎士じゃない! この…………! この、この…………!」
「この?」
「こんのおおおおお!!」
「こんの…………?」
「アホーーーーーーーーッ!」
アニーは叫んだ。
人は普段耳にする言葉が無意識に言葉に出ることが多い。
◆◆
領主邸。
アホ騎士に連れられて通されたのは前とは違う大きなシャンデリアが吊るされた長テーブルのある部屋だ。
中に入るとニコニコとしたジーク辺境伯が長テーブルの誕生日席に座っていた。相変わらずボサボサ頭だ。案内されるがままに辺境伯の両サイドに座る。高そうな大理石のテーブルには皿やナイフが用意されていた。
「いやぁ、よく来てくれたね。急に思い付いたもんだから来てくれるか心配だったんだよ」
心配だったなら案内役、考えた方が良いんじゃないか?
「いえ、こちらこそ、このような食事にお招きいただきありがとうございます」
レアと一緒に頭を下げる。
何の用だ? 火竜か? オークか? それとも町中で竜巻を起こしたことがバレたとか?
いろいろやっているので内心はドギマギしている。
「うちのアニーとも大分打ち解けてくれたようで何よりだよ」
「…………そうですね」
あれを打ち解けたと言っていいのか?
扉のそばに立つアニーをチラリと見ると、ニコニコしながらこめかみに青筋が浮いていたので目をそらした。
「で、今日はどのような用件で?」
「そうだねぇ。君たちに町を守ってもらったお礼がしたかったんだけど、とりあえず夕食でも食べながら話そうか。はーい、よろしくー」
ジークがパンパンッと手を叩くと、ドアが開き次々と料理が運ばれてきた。
食前酒に前菜、スープと、豪華で高価であろうものばかりだ。実際、見慣れない食材ばかりでいくらするものなのか検討もつかない。
「まず、君たちには正式にお礼をしたいと思う。例のバケモノから始まり、火竜の討伐、最近ではオークジェネラルとその集落の壊滅等、君たちがいなければこの町はどうなっていたやら。ここに感謝の意を示したい。ありがとう! 君たちのおかげで我々はここに生きている!」
言葉だけ聞けばなんて熱い人なんだと思えるが、口に焼きたてのパンをいっぱいに詰めたまま言われるとあんまりありがたみがない。
それか、緊張させないようにしてくれてるのか?
「そんな大層なことはしてないですよ。ムシャムシャ」
「あたしも、ユウについていっただけだし。モグモグ」
ジークを習って俺らも真似をすると、アニーがピキッとして剣に手を掛けた。
うん、やっぱり止めておこう。ダメそうだ。辺境伯は気にした様子もないが。
「聞けば、君らは西区の端の屋敷を購入するそうだね?」
「そうですけど、それがなにか?」
そう聞くとジークはピンッと人差し指を立てた。
「あそこは南区が近くて大変だろう。スラム街には私も頭を悩ましていてねぇ。あれは私の手腕が拙いことに原因がある。だからお礼も兼ねて、代わりに私があの屋敷の代金を払おう」
「「え…………ええええええええええ!!!!??」」
俺とレアは揃って目を丸くした。
「24時間警備もつける。どうだい? 受け取ってくれるかい?」
ズイッとテーブルに肘をついて前に出るジーク。
「い、いやぁ、そんなの、いいんですか?」
「ですか!?」
俺とレアがそう聞いてもニコニコと微笑むジーク。
「もちろんさ。ほらほら、私の気が変わらないうちに。さぁさぁ、どうする?」
急かしてくるジークに、レアは俺を見ながら玩具みたいにコクコクと永遠に頷くだけだ。
「それじゃあ、お願いします」
まぁ悪い話ではないどころか、願ってもないしな。
俺は頭を下げた。
「わかったよ。じゃ、これでこの町を拠点にしてくれるってことだね?」
なるほど、それが狙いか。まぁ元々そのつもりだったし問題はない。
「元からそのつもりですよ」
「それは助かるね」
珍しく辺境伯はホッと胸を撫で下ろしたように見えた。そしてメインディッシュが運ばれてきた。メインは肉だ。
肉汁をたっぷり蓄えて旨そうだが、なんの肉だろう。
「これはね。君たちが討伐した火竜のフィレ肉だよ。実はギルドから一部買い取らせてもらってね」
「「火竜!?」」
レアとハモった。
「そんな良いもの食べていいの!? …………ですか!」
レアが興奮したように叫んだ。だが俺はレアとは違う意味で驚いていた。
「え、竜って食べれるのか?」
あれってトカゲみたいなものじゃないのか。
「ユウ! 竜と言えば超超高級食材なんだよ!?」
そう言うのは口の端からよだれが流れ始めているレア。
「へ? そうなのか?」
「疑うんなら……じゅるっ、食べてみて!?」
「まあ、そこまで言うなら」
肉にナイフを添えると、スッと通った。断面はキレイにサシが入って透明な肉汁がじわぁと溢れてくる。
「ああ、竜の肉はね。弾力が強いからこれくらいに薄く切るんだよ」
と、ジーク辺境伯が見本を見せる。
焼肉屋で食べる牛タンくらいか。
「なるほど」
俺も真似して薄く切り、フォークで刺して口に運ぶ。
「うっ…………!?」
まず肉の味が濃厚だ。爬虫類の肉に近い弾力があり、噛めば噛むほど奥から奥から上質な味が染みだしてくる。
「うまいなこれ……いやうまいよ!!」
A5ランク黒毛和牛がスルメのように食べられ、しかも高魔力食材のためめちゃくちゃ濃厚な味だ。こんなことならギルドで肉ももらえば良かった。
「でしょ!? て、私も初めて食べるんだけどね」
ワクワクと肉を口に運ぶレア。
「おいしーーーーい!!」
レアは素でほっぺたを両手で押さえるベタなリアクションをした。
「ははは。そんなに喜んでもらえるなんてね」
そうして談笑しながら夕食を食べ終え、
「ところで、お願いというほどじゃないんだけどね」
「なんです?」
来たな。本題か? あんな屋敷を譲り受けといて断れるわけがない。
「こないだ町に侵入した不審者2人がいたのは覚えてるかい?」
あれは火竜を連れてきた奴等が逃げ込んだんだったな。
「ああ、そうですね。捜査の進展はどうですか?」
そう聞くとジークはやれやれと首を横に振る。
「それがね。まったく手掛かりがないんだよ。特に事件が起きた訳でもないから、もしかしたらもうこの町にはいないかもしれないけどね」
「ふむ、気持ちが悪いですね。妙な兵器を持っているならなおさら目的が知りたいです」
「この町の人口は3万人。この中に潜んだ人間を探すのは骨が折れるんだよ。もし分かったことがあれば教えてくれないかい? そこのアニーにでも言付けてほしい」
急に名前が出て、油断していたアニーが慌ててピシッと直立する。
「わかりました」
「よろしく頼んだよ」
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※過去話修正済み(2024年1月16日)