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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第2章 町へ
32/159

第32話 マイホーム

こんにちは。

アクセス数5000PV突破しました。ありがとうございます。


 翌朝、目を開けるとレアはもう服を着替えていた。


【賢者】ジリリリリリリリリリ!


「ユウそろそろ起きて! ギルドに遅れるよ? アリスちゃんを待たせちゃうよ!」


「はぁ……い」


【賢者】ジリリリリリリリリリ!


 寝ている頭に賢者さんが軽快に目覚ましを鳴らしながら支度をする。


 賢者さん、もう大丈夫。起きたよ。


【賢者】はい。


 しかし賢者さんの目覚まし、ウケるな。


 さっそく支度をして宿を出る。ギルド前に着くと、アリスは入口の扉の横で待っていた。相変わらず黒づくめだ。


「おはよう。ごめんねアリスちゃん。ユウが全然起きなくて」


「ふぁ…………間に合ったんだからいいだろ?」


 そもそも大体で待ち合わせしてるんだし。


「おはよう。あたしも今来たところだから気にしないで」


 アリスはニコッと答えた。アリスとのやり取りにはまだ少し距離を感じる。そこがちょっと寂しい。


「…………おう」


「これから会議だね! 緊張するよー!」


 レアの元気がそんなもの吹っ飛ばしていく。


 ギルドへ入ると、いつもの騒がしさはなく少しピリピリとした緊張感が漂っていた。会議に出る冒険者は1階で待たされているようだ。


 おそらくこの後の会議で報酬が決まるため、牽制し合っているのだろう。あの戦いの時は見事な連携を見せたのに、まったく仲が良いのか悪いのか。普段はこんな感じで良きライバルなんだろうな。


 俺らが入ったところで、ルウさんから冒険者に向けて連絡が入った。


「皆さん、お待たせしました。先日の火竜討伐の関係者は2階、大会議室へお越しください」


 というわけでゾロゾロと皆で会議室に入る。

 中には30名ほどが座れる大きな円卓が用意されていた。リーダーが座り、他メンバーがついてきているパーティは、その後ろに控える形のようだ。俺と以前ソロだったアリスが隣同士で座り、レアが後ろに立っている。


 立たせてすまんレア。


 カートやリグルの姿があるなか、1つ空席がある。どうやらカイルのパーティ『赤鴉』が来ていない。


 来ている全員が席につくと、ギルド長がツカツカと会議室に入ってきた。あれから姿を見ていなかったが元気そうだ。あの時一番奮戦していたのがギルド長だったからな。


 そしてギルド長は席につき、両手を組むと話し始めた。


「皆、先日の火竜討伐、ご苦労だった。正直、死者が出ることも念頭にあった。だが誰も欠けることなく、無事に火竜を討伐できた。コルトの冒険者ギルドを代表して礼をさせてくれ。

 ありがとう。本当に助かった。お前たち1人でも欠けていれば、町は無事ではすまなかっただろう。感謝する」


 ギルド長はテーブルに手をつくと、座ったままではあるが深々と頭を下げた。


 しばらくして拍手が巻き起こる。


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!


 俺達だけじゃない。あんたも頑張ったからだ。皆、その意味合いを込めての拍手でもあった。


「さて、報酬の取り分を決める前に連絡がある。辺境伯より今回の功績に対し、1人当たり10万コルの報酬が上乗せされた」


「うおおおお…………まじかよ!」


「よっしゃあ!!」


 ところどころで歓声が上がる。


「元々の報酬額に加えると基本給は40万コルになる。これに各々の貢献度を考えよう。また竜の素材も報酬の対象とする」


 竜の素材も出るのか。これは高級素材が手に入る予感がするな。


「それでは、まず多数の重傷者を治療し、火竜に致命傷を与え、とどめをさした…………ユウ!」


 皆の視線が俺に集まる。


 いきなりか。


「ども」


「お前がいなければ、俺達は全滅しこの町は今頃灰にされていた。ユウが1番で異論のある者は?」


「あるわけねぇよ」


 何故か自慢気なカートがつぶやき、皆がコクコクと頷く。


「…………誰もいないようだな。ではユウには全体の3割を分配しようと思う」


「え、そんなに!?」


 この人数がいて、3割って多すぎだろ?


 周りを見回すが誰も異論はないようだ。さも当然だといった顔で頷いている。


「ええと、3割って言うと、どれくらいだ?」


「あの火竜は特別大きな個体だった。まるまる1匹で1億5千万コルはくだらない」


 火竜の金額にざわめきが起きる。


「その3割というと4500万コルだ」


「よ、よんせんご…………」


 想像以上の金額に、動揺して横のアリスにアイコンタクトでヘルプを求める。


「黙って貰いましょう。多分だけど、断る方がもめるわ」


 アリスがコソコソと返答をした。


「そ、そうだな。わかった」


「素材で渡すこともできるが欲しい部位はあるか?」


 なるほど。


 賢者さん、どこがいいと思う?


【賢者】特に価値があるのは牙と魔石です。ですが爪も加工すれば武器になりますし、鱗も相当防御力に優れているとされます。


 そりゃあれだけ俺たちの攻撃を防いでくれたもんな。魔石は今のところ必要ないかな。どちらかというと、いるのは現金だ。


「ああ、あとすまんが、火竜の最後のブレスの際、長い4本の牙以外は熱で溶けてしまっていた。牙は4本しか残っていない」


 逆にあのブレスで溶けていないなんてすごいな。その残った牙は絶対にほしい。


「ならその牙と鱗を少しずつほしい。牙は4本すべてもらえるか?」


「わかった。魔石はいらないのか?」


「今のところ使い道がないからな」


「よし、ではユウには現金2000万コルと2500万コル分の素材だ」


 素材だけで2500万コルにもなるのか…………。


 結局、火竜への有効打が認められたとしてアリス800万コル、レアは500万コルだった。レアだってあの場を支え続けていたからもう少しあると思ったんだがな。


 ちなみに他の冒険者たちはパーティに対し、報酬が与えられたが、俺らはもともと2人だったので活躍したことも含めてレアにも直接分配された。残りは他の冒険者たちだ。

 取り分の会議は普段ならここで乱闘の1つや2つはあるそうなのだが、俺たちの番はすんなりと終わった。


 そして会議中話に出たのだが、カイル率いる赤鴉は解散し報酬も拒否したそうだ。カイルに何か思うところがあったのかもしれない。そしてカイルは1人修行の旅に出たらしい。

 これで実質この町のAランク冒険者はいなくなってしまった。代理のAランク冒険者が来るまでは非常事態はギルド長が対応するそうだ。


 会議が終わり、ホクホク顔でギルドの外へ出た。ジャラジャラとなる大量の金貨はとりあえず革袋に入れて抱えている。牙はまた後日届けられるようだ。どうやら竜は解体に時間がかかるらしい。ちょっと見てみたいな火竜の解体。


 3人とも報酬を抱えてギルドを出た。


「凄い金額だったな! これだけあれば風呂付きの立派な家が買えるんじゃないか!?」


 ニヤニヤが止まらない。


「ちょっとあなた。声が大きいわよ。強盗に聞かれてたらどうするの!」


 アリスがひそひそ声で周りを見回しながら注意してきた。


「でも予想以上だったわ。火竜って1億コルを超えるのね」


「それだけ脅威だったってことだよ。聞いたところによると、Aランクを超えて、Sランク下位だったんじゃないかってウワサもあるんだって!」


 俺とレアは手に入った大金に、鼻息荒く興奮が治まらない。


「なるほどね。そこまでの怪物だったの。通りでしぶといわけよ」


 アリスが空に目線を向けて火竜を思い出していた。


「だな。まぁなんにせよ勝てて良かった」


「ほんとによくこの町の冒険者だけで倒せたよね。国家規模の軍隊が必要かと思ったくらいだよ」


 皆、少し前の激闘をしみじみ思い出した。


 そして、1つ問題が。


 パーティのお金の管理、どうしようか…………。


「なぁ、ちょっと相談なんだが」



◆◆



 3人でギルドの近くの路地を入った先にある喫茶店に来た。


 ノスタルジックで落ち着いた雰囲気で、ここもアリスのおすすめのお店だ。今日も町の外に出るつもりはないので3人とも私服できている。さすがにこういったお店にフル装備じゃ入れない。


 レアは前に買ってやったオーバーサイズの白パーカーにホットパンツをはいている。パンツを覆うようにパーカーが被さり、パーカーから健康的なスラリとした脚が見えている。

 アリスは黒のスキニーパンツに白シャツ、フード付きの革ジャンに黒のチョーカーを首にしている。今日はロックなスタイルだな。日本ならこれにヘッドフォンをつけた1匹狼女子がいそうだ。


「それで、どうしたの?」


 席について注文してから、アリスが聞いてきた。


「いや、パーティの資金をどうするか相談したくてな」


「ああ、そだね。ホームを買うなら必要だもんね」


 うんうん頷くレア。


「そういえばそうね」


 アリスはソロでやってた分、まったく意識になかったみたいだ。


「考えたんだが、資金が必要な時に出し合うってのでいいか? どうも毎月徴収するってのも生々しくて嫌だしよ」


「良いんじゃない? 変にもめ事になるのもアレだしね」


 そう、パーティはこれがあるからな。人間関係でもめるのは避けたい。


「あ、ども」


 そこに皆注文していたものが到着した。俺は紅茶のみ。


「というか、そういうのわかんないから全部ユウに預けるよ?」


 パフェを食べながらレアがそんなことを言い出した。


「おいおい、それは丸投げって言うんだぞ?」


 いや、でもレアに会計係は難しいかもしれない。


「必要時だけ集めましょう。ウォーグレースにつぎ込んだりしないなら大丈夫よ」


 そのレースって、サリュが儲けたってレースだろ? ちょっと興味はあるけど。


「しないって」


「ならあたしもそれでいいわ」


「わかった。なら今後の報酬は3分割。必要な時に全員から同じ金額を集めよう。それと各人の貢献度は考えない。皆同じ、平等にいこう。決めるの大変だし、それぞれ役割も違うからな」


「ん…………でもそれじゃ、この中で1番強いあなたが損することにならない?」


 アリスが気にしてくれるが、ちょっと我慢すればめんどくさいリスクがなくなるのなら、俺は全然かまわない。


「そんなことない。異論はなし! なしったらなし!」


 強行突破。


「うーん…………」


 レアが腕を組んで首をかしげながら何やら悩んでいる。レアの場合、何を考えているか俺にもわからない。


「レア、なしだからな」


「んーと、なら私、ユウにいつでも好きな食べ物分けてあげるよ」


 そう言ってレアはパフェにのった甘酸っぱいポルクという赤い果実をフォークでとって俺の皿にのせてきた。


 いや、俺別にポルクが好きと言った覚えはないんだけど?


「お、おう。さんきゅ」


 試しに食べてみると、中からつぶつぶの果肉が溢れ出てきてかなり美味しい。


「うまっ」


「はいはい。あたしのもあげるわよ、ほら」


 アリスは自分のワッフルにのっていた同じものを俺の皿にのせてきた。


「お、ありがと」


 美味しい。美味しいんだけど、何してんの君ら。


「でも……その、お金に困った時は言いなさいよね」


 アリスが横目でぼそっと言ってきた。やっぱり気にしてくれてるようだ。


「ああ、ありがとな」


 俺がお礼を言うと、アリスがうつむいた。


「よし! 食べ終わったらホームを見にいこうか」


「あ、そうそう。私、知り合いが不動産やってるんだよ。紹介する!」


 ガタン! と勢いよくレアが立ち上がった。


「そうなのか? それは初耳だな。安くなるかな?」


「わかんない!」


 わかんないかぁ…………。



◆◆



 そうして、レアの案内で不動産屋へ向かった。


 到着したところは町の東側エリアで、立派な木造二階建ての建物だ。おもての壁には物件情報が書かれた羊皮紙がギルドの依頼の壁のように一面に貼られていた。


 レアが扉を開ける。紙や羊皮紙の香りがすごい。中に入ると、客対応用の木製長テーブルが2つ。今他にお客さんはいないようだ。その後ろに物件情報の資料だろうか。紙の束が壁一面の本棚に並んでいた。


「ミリア~?」


「はーい! どちらさん?」


 レアが呼び掛けると隣の部屋から女性の声がした。


 ガチャ。


「あれ? レアじゃない! 久しぶり!」


 扉を開けて出てきたのは、眼鏡をかけた小柄な女の人だった。


「えへへ~、久しぶりミリア。紹介するね。こちら仲間のユウとアリスちゃん」


「ども」


「こんにちわ」


 ミリアと呼ばれた女性は身長が140センチくらいの眼鏡をかけた、かなり小柄な女性だった。年齢は25歳くらいだろうか。その身長に丸顔で若く見える。肩までの長さの茶髪を後ろで1つに束ね、レギンスパンツを履き、上は長袖のTシャツだった。


「こんにちは。私はミリア。レアとは私がこの町に来てすぐ出会ったからもう2年の付き合いで、ご存じの通りここで不動産業を営んでるわ。この子ぼーっとしてて危なっかしいじゃない。なのに最近あんまり顔を出してくれなくて心配だったの」


「ははは、言えてるな」


 俺がそう言うと、レアがムッとして怒った。


「ぼーっとしてないよ!」


「はいはい。それで? 今日はどうしたの?」


 保護者のようにレアをなだめながらミリアは話す。


「も~! 今日はね、私たちワンダーランドのホームを見に来たんだよ!」


「あら、レアがまさかのお客さん? 凄いじゃない!」


「ふんっ、こないだ大儲けしたからね」


 鼻高くしていくレア。


「へぇ、そうなんだ。わかったわ! それならどんなのがいいの? ウチはこれでも町内1の不動産だからね。よりどりみどりよ。レアのパーティだし、おまけしちゃう」


 ミリアはノリノリでウインクしてきた。


「そうだなぁ。まず相場が知りたいんだけど」


「私のウインクが流された!」


 ちょっとめんどくさいなこの人。


「そうねぇ。広さや内装にもよるんだけど、だいたい500万コルもあれば4人家族で十分過ごせるくらいの一戸建ては買えるわね」


 思ったより家の単価は安いな。さすがは魔法の存在する世界。魔法を使えば建材も建築も安価なのか? でもそれなら安心した。


「予算と、最低限希望する内装は?」


「ん~、とりあえず予算は最大3000万コルくらいで考えてる。あと、俺は風呂とキッチンが欲しい」


 ミリアがペンにインクをつけて俺の要望をカリカリと紙に書き出していく。


「キッチンって、あなた料理するの?」


 アリスが意外そうな顔で聞いてきた。


「料理くらいするだろ」


「なんか意外ね」


 アリスが後ろで手を組んだまま、ふ~んと言う。


「失礼な」


「早くユウの作るお菓子食べてみたいなぁ」


 レアがワクワクしながら言った。


「うそあなた、お菓子も作れるの?」


「まぁな」


 アリスがどこか頭を働かせている。そして悪そうな顔をして言った。


「キッチン……いるわね」


「お前、食べる側にまわる気だろ」


「失礼ね。あたしも手伝うわよ」


 アリスが口をとがらす。


「へ? アリスも料理できるのか?」


「料理くらいできなきゃ生きていけないでしょ?」


 アリスはさも当然と答えた。


 そりゃそうか、アリスはずっと独りだったもんな。


「ねぇ、だったら3人で作ろうよ!」


「そうだな」


 確かに皆で料理するのも楽しそうだ。楽しみが増えた。


「で? 他にこれっていう条件はある?」


 ミリアが会話の隙間をぬって、話を本来の道に戻してきた。


「私は体を動かせる庭がほしいな!」


 確かにレアははしゃぎ回ってるイメージだ。


「あたしは、自分の部屋が欲しい…………かな。誰かとずっと一緒にいるのには慣れてないし」


 アリスは目をそらしながら言った。


「そりゃ当然だな。これ、皆の希望をきくとなると、結構大きめの家になるがあるか?」


「ん~そうね……あるにはあるんだけど、お風呂がなかなかくせ者だね」


 ミリアがパラパラと資料をめくりながら話す。


「いやそこは譲れないなぁ」


 今は毎日部屋で体を拭いたり、外で水を浴びたりしているが、日々の疲れをとるには温かいお風呂がいい。


「そうねぇ。あ、これとかどうかしら? とても大きなお屋敷で風呂も付いていて、部屋も多い。それに厨房まである」


「ピッタリじゃん!」


 俺とレアが顔を見合わせる。


「だけどね、()()に面してるの」


 ミリアは眉をハの字に曲げて言った。


「へ? 南区だとなんか悪いのか?」


「ユウ知らないの? この町の南区はスラム街なんだよ?」


「スラム?」


 この町にそんな地区があったなんて知らなかった。


「お屋敷の塀は高いんだけど、それでも毎晩のように泥棒に入られるし、騒音や匂いもキツいし、壁に落書きされるしで苦情が相次いでね。皆1ヶ月ともたないの。

 あの地区はジーク辺境伯もなんとかしようとしてくれてるんだけど、どうにもならないようでね」


 頑張ってくれよ辺境伯。


「へぇ、そこはいくらなんだ?」


「悪評で下がるだけ下がって、今は2000万コルよ」



「「「安っ!」」」


 

 ビックリしてアリスまで声を上げた。


「なぁ、一応内見させてもらって良いか?」


 想像以上なんだけど…………事故物件?


「いいけど、もう3年以上誰も住んでいないから荒れ果ててるわよ?」


 ミリアはむしろ困ったように頭をポリポリとかきながら言った。


「ああ」


「はぁ、わかったわ。まぁ、うちとしても売れてくれれば万々歳だしね」



◆◆



「「「うわぁ……」」」



 その物件へ到着した。並んで見上げた3人が声を洩らすほどの大きさだ。


 高さ2.5メートルの外壁が50メートル×70メートルの長方形の敷地をぐるっと一周している。屋敷は西区の端、かなり南区寄りに建っており、屋敷の裏が丁度南区に面しているようだ。


 これでも侵入できるなんて、逆にすごいな泥棒。


 入口には10トントラックが余裕で通れるくらい大きな金属門があり、中に入ると広い庭が現れた。人が住んでいなかったこともあり、庭は胸の高さくらいの雑草がうっそうと繁茂して荒れている。だが整備すれば綺麗な庭になるだろう。


 石畳を進むと噴水があり、その向こうに宮殿とも思える建物があった。噴水の水は枯れていたが、また魔石を補充すれば大丈夫だそうだ。


「すご」


「これだけ広かったら外で遊べるね!」


 レアが純粋に嬉しそうだ。猫耳がピコピコ動いている。


「だな。ちょっとした訓練もできそうだ」


「ねぇこれ、あたしたち3人で住むの?」


 屋敷を見上げながらアリスが言った。


「ま、今のところはな」


「なるほど、今のところね」


 納得した様子のアリス。


 そう、将来的に人数が増えてもここで全員暮らせるようにしたいと考えている。


「よし、中を見せてくれ」


「了解」


 玄関の真っ白で重厚な扉を開けると、パーティでも開けそうな大きなエントランスが現れた。


「すごい…………!」


 まるで映画のセットのようだ。


 声が響くほどの広さで、左右の階段から2階へ上がれるようになっている。上にはホコリでくすんだ大きなシャンデリアがついていた。1階ダイニングには豪華なシャンデリアがあり、立派なダイニングテーブルもある。


「こっちがキッチンね」


 ミリアに案内されるがままついていくと、1階には火をかけられる魔石式のコンロが4つあり、ピザも焼けそうな大きな窯がある厨房があった。また倉庫くらいの大きさの魔石式の冷蔵庫も完備されている。


「これ、お店の厨房みたいじゃない」


「ホントだよな」


 さらに風呂場は20人は1度に入れるほどの大きな浴場だった。すべて魔石で水を出す仕様になっており、おしゃれなゴシック調の造りでお金がかかってそうだ。


「なんてこった」


 個人用の浴槽じゃなくて、もはや銭湯、いわゆるテルマエだな。


「どう? 満足していただけそう?」


 ミリアが自慢気に振り返るが、文句のつけようがない。


「最高」


 サムズアップ。


 良いとこだらけだが、どこもクモの巣があったり、ホコリが被っていたりと、今はまるで幽霊屋敷だ。これをすべて掃除しようとするだけでもかなり大変だろう。でもそれを除けば素晴らしい物件だ。


 ということで俺の心は決まった。



「ここに、しよう……!」



「「もう!?」」


 2人がハモった。


「これ以上の物件なんてないだろ? しかも格安」


「確かに素敵だけど、1番の問題はどうするのよ。さすがに毎晩泥棒に入られるとか嫌よ?」


「私もさすがにそれは怖いと思うなぁ」


 レアも苦笑いしている。


 まぁ、2人とも女の子だしな。


「でも他は完璧だし、スラムの問題はなんとかするから、そこをなんとかお願いします……!」


 両手を合わせて懇願する。


「うーん、そこまで言うなら…………」


 アリスは納得してくれた。


「えー、でも大丈夫かなぁ?」


 いつもは楽観的なレアだがさすがに慎重だ。


「ダメならまた火竜でも狩って、引っ越したらいいだろ?」


「まぁそうだね。わかった! いいよ!」


 レアも納得してくれた。それに、この2人なら強盗に襲われたとして容易に撃退できるだろう……そんな計算もある。


 俺らがそう話をする傍らで


「…………火竜って、そんなすぐ狩れるもんだっけ?」


 ミリアが腕を組みながら首を傾げていた。


「よし! そしたらお金払うぞ。ほれ」


 そう言って、さっきギルドでもらったコル袋を渡そうとした。


「いやいやこわいこわい! すぐ住みたいのはわかったけど、そんな大金こんなところでほいと渡されても困るわよ! 一度お店に戻りましょう!?」


 そう言って突き返された。



◆◆



 ミリアのお店に戻ってきた。


「ふぅ、そしたらあの屋敷で本当にいいのね?」


 ミリアは息を落ち着かせながらデスクに腰を下ろした。


「ああ」


「わかったわ。ただし屋敷の掃除をさせてちょうだい。うちだってプロとしてあのまま引き渡すわけにはいかないわ。10日は待ってほしいの」


「冗談言うなよ。そんなに待てるわけ…………」


「値段上げるわよ?」


「すみません」


 横暴だ。でもまぁ落ち着いて雑草だらけの庭やホコリを被った寝室を思い返せば、確かにその方がありがたい。


 すると、その時レアがひらめいた。


「あっそうだ! ねぇねぇ、だったら私たちも手伝おうよ!」


「手伝うって何を?」


「屋敷の掃除! そしたら早く住めるようになるでしょ?」


「確かに! 冴えてるなレア」


「一理あるわね」


「でしょ~?」


 レアは嬉しそうだ。


「どうだミリア。俺らが手伝えば少しは早くなるぞ?」


「本気? まぁ、別に悪くはないけど……そうねぇ。そうしてもらえると正直うちも助かるわ。あの広さだしね」


「よし。それで、掃除はいつやるんだ?」


「明日からよ。また朝に屋敷の方へ来てもらえる?」


「わかった」


「なら、今日はそれまでに家具を揃えましょうよ」


 アリスが人差指を立てて、良い提案をしてくれた。


「そうだな。まぁ最低限必要なものは揃ってたから、個人の部屋用だな」


「そうだね。そういやどの部屋にするか決めてないよ?」


「あ、そうだった。俺は特にこだわりはないな。2人はどうする?」


「私は日当たりが良い南向きの部屋が良いな。アリスは?」


「あたしはどこでもいいわよ」


 ミリアに見取り図を見せてもらうと、部屋の間取りは大体同じで、1室25㎡くらいだ。少し大きめのホテルのファミリータイプの1室くらいはある。ちなみに1階はダイニングが3分の1を占め、残りは風呂場とキッチン、そして空き部屋が3部屋だ。

 というわけで、2階の南端の部屋がレア、俺がその隣、そして俺のとなりの部屋がアリスになった。


「じゃ、明日また掃除で」


 そうミリアに挨拶し、店を後にした。



◆◆



 翌日、俺達は屋敷の前に集合していた。


「あなたたち、早いわね…………」


 ミリアの呆れを感じさせる声がして振り返る。


「遅いよミリア!」


 結局、新居にワクワクを押さえられないレアが言う。


「時間通りよ」


 やってきたミリアの後ろには手袋とマスクをした男達が6人も控えていた。そして、ジロジロと覗くようにこっちを見ている。



「おい、あれまさかユウ?」


「すげぇ、本物?」


「あの火竜を一撃で屠ったっていう?」


「あれ? 師匠…………?」



 男達がウワサする。まったく有名人になったもんだ。6人の中にやたらちっこいのもいるな…………ん、師匠?


「て、ガブローシュ!?」


 つなぎを着た掃除用装備のガブローシュがそうじ軍団の中に混じっていた。口元には掃除用にバンダナを巻いているため、ギャングみたいだ。


「師匠!!」


 俺を見てガブローシュが嬉しそうにする。


「お前、なんでここにいるんだ?」


「仕事です!」


 ブラシが入ったバケツをガランと鳴らせて見せてくるガブローシュ。


「あら、知り合い?」


 ミリアがガブローシュに聞いた。


「師匠です!」


「あらそうなの」


 ミリア、お前よくそれで納得できるな。


「もしかして皆冒険者なのか?」


「そうよ。こういう仕事も冒険者ギルドに依頼できるの」


「なるほどな」


 確かにランクの低い冒険者には危険が少なく、体が鍛えられて良いかもしれない。


「ガブローシュ、エポニーヌとコゼットはどうした? 逃げられたか?」


「違いますよ! 2人は買い物です」


 ガブローシュは心外だとプンプン怒る。そしてレアに向き直った。


「レアさん、お久しぶりです」


「やっほー、久しぶり」


 ペコリとするガブローシュにレアはゆるく返事をする。


「ああ、そうだガブローシュ。こいつはアリス。新しい仲間だ」


 アリスを紹介すると、ガブローシュは慌てて挨拶した。


「こんにちは! ガブローシュと言います! 師匠の弟子やってます!」


「こんにちは」


 アリスがガブローシュに微笑む。


「はい!」


「ああそれと、ここ俺達のホームになるからしっかり頼むぞ」


「え…………ホントですか!? そんなことサラッと言わないでくださいよ!」


 驚くガブローシュを遮るようにしてミリアがパンパンと手を叩いて切り出した。


「はいストップ。話はそれくらいにして、さっさとやらないと終わんないわよ?」


 商売人はせっかちだ。


「りょうかい!」


 そうして、総勢10名で門をくぐる。


「うわぁ…………いざこれを掃除するとなると大変だな」


 目の前に広がる草原、いや見た目は耕作放棄地だ。


「だから言ったでしょ。魔法を使っても10日はかかるんだから」


 魔法? そうか、魔法でやればいいんだ。


「よし、それじゃ始めるわよ!」


 ミリアがヤル気満々で腕まくりをした。デスクワーク派かと思ったが、案外体力もあるのか。


「待ってくれ、俺が魔法で一気にやる」


「師匠の魔法!」


 ガブローシュが叫び、他の者たちもざわめいた。


「あら、魔法が使えるの? ならお願いするわ」


 ミリアたちはそろそろと後退する。


 よし、賢者さん!


【賢者】はい。


 ギュルギュルと魔力を高めていく。まず、壁や建物を傷つけないよう、結界魔法で保護する。


「草をなんとかしよう」


 風属性に魔力を変換すると、俺が操れる風が生み出されていく。

 ビュウビュウという風の音が大きくなり、ミリアやアリスが髪を押さえる。そして雑草がざわざわと音をたてながら激しく波打ち出した。嵐の前のような光景だ。


 俺達を中心に円を描きながら渦巻くように風を集めると、一気に周囲へと解放する。


「いけっ!!」


 ゴウッ…………!!!!


 一瞬、風が吹き荒れたかと思うと、



 ザザァァンッ…………!!!!



 俺たちを中心に円形に放たれた風の刃は、地面を這いながら余すことなく草を一斉に根本から刈り取った。

 一斉に倒れ、周りの草が低くなる。驚いた小さな虫がたくさん飛び立った。


「次は」


 風の操作を手放すことなく、今度は立てた人差指をクルクルと回しながら竜巻をイメージする。


 すると、刈った草が風にあおられどんどんと空へと舞い上がって行く。


「うわぁああ…………すごい」


 舞い上がる草が空を駆ける。そして、ひとつ残らず空を旋回しだした。

 すべて残すことなく飛び上がり、庭の地面が見えたところで


「こいつだな」


 火魔法を手のひらからスッと風に乗せる。するとボボボボッと螺旋階段をかけ上がるように、炎がグルグル竜巻を駆け上がっていく…………!


 そして瞬く間に火の粉を撒き散らす炎の竜巻となった。


「よく燃えるな」


 竜巻の中、一瞬で雑草は燃え尽きた。燃え尽きたところで魔法を止めると、敷地内に大量の灰となって雪のようにヒラヒラ舞い降りる。

 放っておくと屋敷に積もりそうだ。


「よいしょ」


 1つ魔鼓を空中に浮かべると、そこから重力魔法を発生させた。舞い散る灰はそこにすべて吸い寄せられ、ギュッと凝縮。

 重力魔法を解いてから散らばっても嫌なので、氷魔法でまとめて凍らせる。


 ズンッ!


 50センチくらいの灰色の氷の玉が地面をへこまして着地した。


「おまたせ」


 パンパンッと手を叩いて完了の報告をした。


「あなた、いったいいくつの属性を…………?」


 声を震わせながらアリスが言った。


「たくさんだ」


 これからは皆が何をできるか把握しないとな。


「それじゃあ、普通に室内も掃除しよう」


 ビックリしたのか、ポカンと固まったミリアたちの背中を押して中に入る。切った雑草の根っこは地面深くに、集めた灰の塊は土魔法でこっそり地面に取り込んでおいた。

 そこからは手分けして建物内を掃除した。今日来ていた冒険者たちは普段からこういった仕事が多いらしく、手際が良かった。




 そして夕方、今日の作業はここまでだ。


「今日は助かったわ。というか、あなたがあの火竜を倒したユウならそう言ってほしかったわ」


 というかミリアは気付いてると思ってた。


「いや、ちゃんと名前言っただろ?」


「ええ、こっちの確認不足ね。まぁ、後は私達でやっておくから、また5日後くらいにお店の方に来てくれる?」


「了解」


「ガブローシュ! 今日は助かった。後は頼んだぞ!」


 振り返りながらガブローシュに手を振る。


「了解です! 師匠の魔法が見られて感激です! ホコリ1匹たりとも逃しません!」


 ビシッ! とガブローシュは敬礼をきめる。


「ああ、また落ち着いたらうちに呼んでやるよ。エポニーヌとコゼットにもよろしくな」


「はい!」


 ということで取り敢えず俺達の出番は終わった。



 入居が楽しみだ。


読んでいただき、ありがとうございました。

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※過去話修正済み(2023年12月28日)

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