第31話 2人目
こんにちは。
いつもありがとうございます。火竜討伐後の話になります。
「⬛⬛⬛⬛ー?」
名前を呼ばれた。
だれだ…………あぁ、そうだった。俺のことだ。
「ん? どした?」
「見て! ほらあれコアラ! 抱っこして一緒に写真撮れるんだってー!」
興奮した彼女が指差す先にはphotoの文字とコアラを抱きながら、さぞ練習したであろうにこやかな笑顔を向ける白人女性が写っていた。
「げ…………22ドルもすんじゃん」
「いーじゃん! こんなときくらいだよ?」
「うえー」
そうだ。この時は結局彼女だけ写真を撮ったんだった。その後、俺は肩に飛び乗ってきたオウムにかじられたのを覚えている。
確かオーストラリアに3連休を使って弾丸ツアーに行った時だった。睡眠時間が飛行機の中しかなかったから初日はスゴく眠かったのを覚えている…………。
◆◆
…………目が覚めてきた。
まどろみの中、今見ていた夢が消えていく…………。
「ん…………」
見ていた夢の内容は覚えていないが、切なく寂しい感覚だけが残っている。
意識がぼんやりと覚醒してきた。目が覚めると宿屋の中だった。どうやらベッドに寝かされているみたいだ。横からはすーすーと寝息が聞こえてくる。となりに置いたイスからベッドに寄りかかって眠っているレアがいた。
人のベッドにさんざんヨダレを垂らしてくれている。こう、無邪気な感じがなんだか懐かしい。
ポタッ…………。
レアの頬にしずくが落ちた。
「へ?」
触って確かめると、俺の頬から顎にかけて涙がつたっていた。
「な…………なんで?」
わからないが、レアの寝顔を見ていると安心できた。そうやって寝顔を見ながらレアのくせっ毛を触っていると、目を覚ました。
ガバッ!
「ユウ!?」
レアが勢いよく顔を上げ、目を見開いた。
「そ、そうだけど?」
口をグッと結んだレアの目にうるうると涙が溜まっていく。
「ユウーーー~!!」
レアが飛び付いてきた。
「すまん、心配かけたな」
俺は抱き付いたままのレアの頭をポンポンとする。
「うううん。心配してないよ。ユウなら戻ってくるって分かってたからね!」
俺は他に視線を向けながら聞く。
「お、おう」
なんだかレアの信頼がこそばゆい。
「そ、そうだ、あれからどうなった?」
「えっとね、ユウが倒れてから火竜の死亡がきちんと確認されたの。町もみんなも誰1人死ぬことなく無事だったよ! ユウのおかげ! ありがとう!」
レアが顔を上げて笑顔で礼を言ってきた。
「いや、レアもいたからだろ」
「うううん」
レアは神妙に首を横に振った。
「最後の火竜のブレス…………あれを防げる人はユウしかいなかった」
「…………そうか」
あのブレスは火竜の全存在をかけたような威力だった。否定はできない。
「それより死者はなしか。良かった良かった」
「最初火竜に町に降りられた時は人や建物に被害がけっこう出たんだけどね。すぐにギルド長が文字通り飛んできて、火竜を単独で押さえてたくれてたから」
「あの人も大概だな。てか空飛べたのか」
「ギルド長だからね」
さらっと言うレア。
「いや、世界のギルド長がみんな空飛べるわけじゃないと思うぞ?」
「またまた嘘だぁ」
ニコニコと手を横に振ってレアは否定した。
「それで…………あれからどれくらい経った?」
レアは今、白いゆったりした薄手のワンピースを着ている。冒険用の装備じゃないから宿でゆっくりしてたんだろう。結構時間が経ってそうだ。
「んーと、1日半くらいかな」
「げ…………そんなに寝てたのか」
窓から見える外の町の景色は夕日色に赤く染まっていた。
「火竜の素材はギルド副長と職員総出で回収しに行ってるみたい。一緒に戦った皆も昨日1日休んでると思うよ」
「ふーん」
そらそうだわな。命をかけた総力戦、疲弊してない方がおかしい。
「レアは怪我してないか?」
「私は風を纏ってたからね。かすり傷だよ!」
ニシシと笑顔をつくるレア。
「…………嘘つけ」
火竜の尾をまともに受けて、それですむわけがない。
「ちょっ!」
レアの右腕を掴むと、自分の方に引き寄せ半袖の袖をまくる。
「やっぱり」
レアの二の腕は紫色に変色していた。1日経ってもまだ腫れている。
「やせ我慢するなって。ほれ」
「あはは、バレちゃった」
あちゃーという顔をするレアを無視して回復魔法を使うと一瞬で腕が元に戻った。
あれ? なんか前より魔法強力になってない?
「他は?」
「も、もうないよ?」
目をそらすレア。
これはあるな。思い出せ…………あの時は右腕ごと火竜の尾に殴り飛ばされてたから、右側ろっ骨か? いや、岩にもぶつかってたか。
「ええい、もう全部だ」
探すのがめんどくさくなってレアごと治療する。
「あははー。ありがとうね」
お礼を言うレア。
「礼なんかいらん。仲間だからな。それで、あの後ギルドはなんて?」
「あ、そうだった。また明日、報酬の取分をギルドで決めるから絶対に来てだって」
「明日か、わかった。そしたら今日はゆっくりできそうだな」
「そうだね。ユウはしっかり休まなきゃ!」
レアが俺を心配してか、こぶしを握って力説する。
ただまぁ俺は疲労で倒れたという感じではない。むしろ、前より遥かに体が軽く感じる。
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名前ユウ16歳
種族:人間Lv.1→2
Lv:94→1
HP:1630→3350
MP:4500→8930
力:1410→2980
防御:1260→2820
敏捷:1880→4270
魔力:4990→10075
運 :150→170
【スキル】
・剣術Lv.8
・高位探知Lv.3
・高位魔力感知Lv.2
・魔力支配Lv.2→3
・隠密Lv.9
・解体Lv.4
・縮地Lv.3→4
・立体機動Lv.3→4
・千里眼Lv.4→5
・思考加速Lv.3
・予知眼Lv.1NEW!
【魔法】
・火魔法Lv.7→8
・水魔法Lv.6
・風魔法Lv.7→8
・土魔法Lv.8→9
・雷魔法Lv.8→9
・氷魔法Lv.5→7
・重力魔法Lv.9→10
・光魔法Lv.4
・回復魔法Lv.10→神聖魔法Lv.1NEW!
【耐性】
・混乱耐性Lv.6
・斬撃耐性Lv.6
・打撃耐性Lv.5
・苦痛耐性Lv.9
・恐怖耐性Lv.8
・死毒耐性Lv.9
・火属性耐性Lv.3→4
【補助スキル】
・高速治癒Lv.9
・魔力高速回復Lv.5→8
【ユニークスキル】
・お詫びの品
・結界魔法Lv.2→4
・賢者Lv.2
・空間把握Lv.3
・空間魔法Lv.1NEW!
【加護】
・ジズの加護
【称号】
・竜殺し
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「まじか…………」
開いた口が塞がらない。Lv.1の時の倍以上にステータスが跳ね上がっていた。
そりゃあ種族レベルが違えば勝てないよな。しかし魔力1万超えとはワクワクが止まらない。スキルや魔法の方も全体的に底上げされたような感じだ。というか上がり過ぎだ。ステータスだけで言えば素の状態でカイルと殴り合えそうだ。
何より嬉しいことに、新たなユニークスキルが発現していた。『空間魔法』だ。
空間って言うと、もしかして瞬間移動できたりするか?
【賢者】瞬間移動は現状のレベルでは難しいです。私のレベルもまだまだ不足しております。
なるほどな。賢者さんのレベルも必要なのか。
【賢者】はい。私のレベルアップは計算能力の上昇や、情報処理、判断能力の向上、また魔法の最適化、など様々に及びます。空間魔法で瞬間移動を行いたいというならば、私のレベルアップは必須になってきます。
わかった。空間魔法はなかなか扱いが難しそうだ。しばらく温めておこう。
引き続いてステータスを見ていると、回復魔法がレベル10を突破し、新たに『神聖魔法』に進化していた。凄そうだが根本的にどう違うのかわからない。
【賢者】ユニークスキルではありませんが、非常に珍しい魔法です。回復魔法の3倍以上の治癒力に加え、あらゆるものを浄化する力を持ちます。
浄化……なんとなくそんな気はしたが、いまいちピンと来ないな。だがまぁ回復魔法の強化版というだけでもかなり使えそうだ。
あと、残りの新しいスキル『予知眼』は、発眼させてみると動く物の先の未来が重なって見えるようになった。今はまだ0.5秒くらい先しか分からないが剣の勝負になったらアドバンテージは大きい。
「おーいユウ、どうしたの?」
俺が黙り込んでいるのを不思議に思ったレアが聞いてきた。
そうだな、レアにも報告しないと。
「あぁ、実はな。種族レベルが2になったんだ。しかもスキルが…………」
「え…………ええええええええええええええええええええ!!!!!?」
俺が言い終わる前に宿中にレアの声が響き渡った。近くで叫ばれ、耳がキーンとなる。
「もうっ!? もうレベル2になったのおおおお!?」
ベッドの上でレアがおでこがぶつかりそうなくらいに詰め寄ってくる。
ゴツンッ!
「「あいたっ!」」
詰め寄りすぎたレアとデコをぶつけた。
「いたた…………まぁそりゃAランク最高位くらいの火竜を屠ったらなるんじゃないか?」
鈍く痛むおでこを抑えながら答える。
「確かに、そうだけど……………ど、どんどんユウに離されちゃうよーーー!!」
レアがベッドのシーツを抱えては足をバタバタさせてもがいている。
「いや、レアも出会った頃に比べたらかなり強くなっただろ?」
「確かに、私もレベルは大分上がったけど…………」
レアがシーツを抱えたまま口を尖らせて言った。
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名前 レア 16歳
種族:獣人
Lv :21→51
HP :356→820
MP :687→1380
力 :223→595
防御:198→460
敏捷:845→1320
魔力:763→1708
運 :560→607
【スキル】
・剣術Lv.4→5
・縮地Lv.4→6
・立体起動Lv.2→3
・魔力操作Lv.1→5
・解体Lv.3→5
・探知Lv.3→5
【魔法】
・火魔法Lv.1
・水魔法Lv.1
・風魔法Lv.5NEW!
【耐性スキル】
・打撃耐性Lv.2NEW!!
・恐怖耐性Lv.2NEW!!
【加護】
・風の加護
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さすがは加護持ち。格段に強くなっている。特に風魔法はゼロからのスタートだったのにこの短期間でもうレベル5にまで達している。しかも、俺がレベル1の時よりも敏捷が高い。
【賢者】きっかけさえあれば種族レベル2もすぐです。
おお、そりゃ朗報だ。
「すごいぞ。レアももう少しで壁を超えられそうだな」
「ホント!? やたっ! 良かった~!」
レアは心底嬉しそうだ。
「と、いうことで俺の心配は無用だ。むしろレベルアップして体力が有り余ってるくらいだな。どこか出かけないか?」
「それなら…………とりあえずギルドに顔出さない? 皆ユウのこと心配してたよ。あ、それにアリスちゃんとの約束もあるじゃん!」
「あ、そうだった。行ってみるか」
◆◆
朝飯という名の夕食を食べてからギルドへ向かって歩き出す。町は昨日火竜が町を襲ったというのに、もう普段の様子を取り戻していた。火竜が降りた辺りは今頃再建してるのだろう。
さすが、この世界の住人はたくましい。まぁ、ちょっとは俺が頑張ったおかげでもあるのかな。そんな風に少し自分が誇らしく思えた。
ギルドの前に到着すると、いつもならガヤガヤと騒がしいギルドがやけに静かだ。
「あれ? ギルド静かだね? やってるかな?」
「ほんとだな。休みか?」
そっと扉を開けて覗き込んでみると、
「うっ!」
物凄い酒の湿った匂いが立ち込めてきた。
中を覗き込むと、ギルド職員と冒険者たちが飲み潰れて床で眠っている。
「これは…………」
泥酔し椅子にもたれかかって仰向けになっているカートのパーティの魔術士サリュと目があった。
「ん……?」
サリュのとろんとした目と口が徐々に、そしてゆっくりと開かれていく。
「…………ユウだああーーー!!!!」
「え?」
なんで叫んだ…………。
「え? ユウ?」
「あいつもう大丈夫なのか?」
「俺達の命の恩人だ!」
「英雄だ!」
「救世主が戻ったぞーーーー!!!!」
ーーなにぃ????
ガバッ!!!! と全員が起き上がり、俺を振り返った。
ーーーーバタン。
恐怖で扉を閉めた。
「ユウ何してるの! みんな待ってるよ!?」
行こうよ、と入り口を指差すレア。
「いや、だって恐い…………」
「行くの!」
レアに押され、扉を再び押し開けると、入った瞬間ひょいっとゴードンに抱えられ、肩に乗せられる。
「お、おい!」
困惑する俺を無視して聞いてきた。
「ユウ、体は大丈夫なのか?」
「いや、俺なんかよりも…………」
チラリとゴードンの怪我を見るも、完全に治っているようだ。その俺の視線に気付いたのか、ゴードンもニコッと微笑んだ。
「オイラももう完全復活だ。ギルドが良い治療士を呼んでくれた。でもあの時ほとんどユウが治してくれてた。ありがとう」
「いいんだって」
そしてゴードンはご機嫌で言った。
「みんな! ユウが来た!」
皆の真ん中に下ろされると、囲まれ、もみくちゃにされた。皆が笑顔だ。
カートが酒瓶を片手に叫ぶ。
「よっしゃ! ユウも来たことだし2回戦だーーーー!!!!」
「はははっ! みんな無事で本当に良かった!」
その後胴上げされ、俺も一緒に飲むことになった。
というか、こいつら全然飲む体力残してたんじゃねぇか。それなら火竜にもう一撃くらい入れられただろ……!
◆◆
結局、深夜まで飲み続け…………さらに翌朝出直すことになった。
今日はギルドがきちんと機能していることを祈り、そっと扉を開けてみる。
すると、そこには地獄絵図が広がっていた。床に寝転がされた冒険者たちは、ゾンビのようにうなされている。
「み、水を」
「もう飲めない…………」
「酒なんか、見たくもねぇ……」
「おぼろろろろろろろろろろろろろろろろ!」
「あ、ユウさーん!」
ルウさんが明るく声を掛けてくれた。
「…………疫病か?」
「いえ、恥ずかしながら昨日の飲み会の結果です」
ルウさんが呆れたように言う。
「それでなんですが、報酬の割合の取り決めの件、参加者がこの状態なので明日に延期となりました。申し訳ありません」
ルウさんが深く腰を折った。
「まぁ…………仕方ないな。ギルドの責任でもないし」
「申し訳ありません」
今回ルウさんは飲んでいなかったんだな。ほとんどの冒険者がこの調子だからさすがにギルド職員は控えたのか。それか、ルウさんは酒が馬鹿強いかどっちかだ。
「ねぇねぇ、そしたらアリスちゃん探そうよ!」
「そうだな」
レアに引っ張られて辺りを見回すと、壁に張られた依頼書を眺めているアリスを見つけた。最近は冒険者たちが火竜とバケモノにかかりっきりだったせいで、未処理の依頼書がところ狭しと張られている。
「あ、あいつ……この死屍累々の中で平然と依頼を受けようとしてやがる」
「いや、動けない皆の分も頑張るつもりなのかもしれないよ?」
「ん~、そんなタイプか?」
とりあえず寝転がっている冒険者たちをまたいで、アリスの元へ向かおうとする。
「おい、英雄…………たすけてく、れ…………」
カスカスの死にそうな声が聞こえてきたので下を見ると、青白い顔をしたカートだった。
「はぁ…………おいおいイケメンが台無しだ」
「お゛、お前に飲まされたから、だろうが…………」
カートは息を吸いながらしゃべったような声で言った後、力尽きた。
「え? 記憶にないんだが……」
レアが苦笑いしていた。這いつくばるように気絶したカートに水魔法をぶっかけてからアリスの元へ行く。
「よっ」
後ろから声をかけると、アリスがビクッとさせた。
「あぁ、あなたたちね。もう大丈夫なの? 火竜の時もそうだけど、昨日もね」
「俺は平気だけど、それより意外だな。お前昨日の宴会に来てたのか」
そういうところに顔を出すタイプには見えないが。
「あたし、人がバカみたいなことしてるのを見て笑うのが好きなの」
「…………そ、そうか」
こいつ怖いやつだな。パーティに誘うのやめとくか?
「ああぁっ、そうじゃなくて……ええと」
なんだか失敗したようで、アリスは下を見てモジモジしている。
「あ、あの時はありがとう。あなたのおかげでみんなの命が救われたわ。あたしも含めて。本当に感謝してる…………」
ニコッと自然な笑顔で笑った。
こいつ、こんな顔も出来るんだな。
いつもキツそうな恐い顔をしてるからか、たまに出る笑顔は破壊力抜群だ。長いまつげで目が大きく見え、キレイと可愛いの両方の面を持っている。
「え、お、おう、気にすんな。それで、前した約束の話…………」
「ええ、あの約束ね。火竜を倒すほどの力見せられたら信用するしかないじゃない」
「そりゃ、さんきゅ」
あれだけ張り合っていたのに、案外すんなり信用してくれた。頑張った甲斐があったみたいだ。
「で、今から依頼か?」
アリスから目線を依頼書の張られた壁へと向ける。
「いえ、昨日の調子じゃ、あなたも酔い潰れてるだろうから、今日は会えないと思ってたの。依頼はその暇潰しに見ていただけだから気にしないで」
酔った俺って、そんな有り様だったのか? 記憶がないから今さらながら恐くなってきた。
「な、ならいいんだが」
「ねぇ。それじゃあ、まずあたしはどうしたらいいの?」
アリスが期待を込めた表情で聞いてくる。
ああ、そうか。アリスは今すぐにでも治したいんだ。それがよくわかった。
「町の中じゃなんだ。外へ行こう」
◆◆
ギルドを出て、3人歩いて町の外を目指す。
アリスは少し先を黙って早足でテクテクと歩いていく。友達と喋りながら歩くことに慣れていないか、もしくは抵抗があるのかもしれない。
というか今日も黒い。全身黒コーデでブーツにニーソ、パーカーまで黒だ。ただし見える絶対領域はとてももち肌色白で、透明感がある。
ブンブン…………!
頭を振って忘れることにした。可愛い女子が2人いると大変だ。
そうして町から少し離れた草原に到着した。
サラサラと風に揺れる草原に立ち止まって訓練を始める。レアはそばにあった石に腰かけて、のんびりと眺めている。
「よし! それじゃあアリス、まずは魔力を動かすことからだ」
「魔力を、動かす…………?」
アリスがいぶかしげに首を傾ける。
そこから『魔力操作』について簡単に説明をした。
「へぇ、そんなスキルがあったのね。知らなかったわ。でもそのスキルとあたしの症状、何の関係があるの?」
「大アリだ。まず自分の魔力は認識できるか?」
「ええ。それくらいなら問題ないわ」
アリスの魔力感知はLv.7とかなり高い。そこは問題なさそうだ。
「よし、そこからゆっくりと認識した自分の魔力を動かすんだ」
「…………動かすのね。わかったわ」
アリスが目を閉じて、集中する。
だが…………うまくいかない。
うーん、アリスならすぐいけるかと思ったが…………長いこと魔力操作を意識せずに魔法を使い続けていたためか、動く気配がまったくない。アリスが動かそうとしているのはわかるし、やり方も間違ってはいない。シンプルに動きが固いんだろう。
「…………どう?」
アリスが目を開いて不安そうに聞いてきた。
「そうだなぁ。アリスは魔力が流れそうな感覚はあるか?」
「うーん、その感覚がわからないのよね。本当に必要なのこれ? そもそもだけど、詠唱があれば魔法は使えるじゃない」
それもそうだ。そこの認識が違うんだよな。
「ああ。それは間違ってないんだが、魔法を使うには詠唱以外の別の方法があるんだ」
「別の方法?」
アリスがキョトンと首をかしげる。
「それが『魔力操作』を使った方法だ。これなら呪文は不要だし、自分がイメージした通りの魔法が使える」
「ふぅん、そんなの聞いたことないわよ?」
胡散臭そうに俺を見て、信じていないアリス。百聞は一見にしかずだ。
「レア、見せてあげて」
「わかった!」
レアは座っていた岩から飛び降りると、自分の体に風を纏う。そして、そのまま剣を軽く振った。
「はぁっ!」
ズバンッ! ズバンッッ……バラバラバラバラ。
近くにあった岩がひと振りで真っ二つになり、一瞬の間をあけて、次の瞬間なぜか格子状に細切れになる。
お、おい、なんだ。あんなの俺も知らないぞ?
どんなもんだとばかりにふんぞり返るレアに動揺を悟られないように普通を装う。
「うそ…………!? なに今の、魔法? しかも本当に詠唱なしなの?」
アリスがレアの魔法に驚いている。ちなみに俺もだ。
「だ、だろ? この方法だと詠唱も要らないし、自分でオリジナルの魔法が創れる」
「詠唱なし? オリジナル? なにそれ凄い…………魔法の革命じゃない!!」
アリスが興奮しながら驚愕した。
「で、でもそれがどうしてあたしの問題の解決に繋がるって言うの?」
「俺の見立てでは、アリスは魔力を制御できていない。だから魔力操作を鍛えれば、自分の魔力をコントロール出来るようになるんじゃないか?」
アリスも気付いたのか、驚いた顔になった。
「たっ、確かに! 理にかなってるわ。まさかこんなスキルがあったなんて……! これができたらあたしの、この力だってなんとかなるかも!」
「ああ。ただ詠唱魔法に慣れてしまってるようだから、時間はかかるかもしれない。だから練習に付き合ってやるよ。俺だって魔力感知で動きを見れるし、事情を知ってるやつも少ないんだろ?」
「いいの…………!? ありがとう!」
アリスが両手を胸の前で合わせてパァっと顔を綻ばせる。
「う、うん。とりあえず魔力も少しは動くようだから、もっとスムーズにできることが目標だな」
「ええ、やってみる」
アリスは真剣な表情で再び集中し始めた。
それから日が暮れるまで繰り返し繰り返し練習した。
少しは良くなった気がするが、グッと進めるためにはコツをつかむ必要があるかもしれない。
「ありがとう。まだまだかかりそうだけど、この症状を治せるきっかけが見つかっただけでも大きな進歩よ。これから毎日練習するわ」
そうしてニッコリと笑った。
◆◆
それから3人で夕食を食べにアリスおすすめのレストランに行った。アリスへ本題について話をするためだ。
町の広場までは入口から歩いて30分くらいだが、そこにあった。ちなみに町の広場には大きな噴水があり、観光名所であり、待合せ場所にもなっている。
お店はダリル亭といい、ここのビーフシチューは町中でも有名だそうだ。
丸いテーブルに座り、ウサギ耳の店員に注文する。
「ビーフシチューを3つとハチミツ酒2つ。アリスは?」
「あたしはブドウ酒で」
「かしこまりました」
ペコリとお辞儀をする店員さんの制服はメイドさんみたいで可愛い。
「今日は本当にどうもありがとう。前は冷たい言い方をしてごめんなさい」
アリスがそう切り出した。やっぱり話してみると、丁寧で優しくてすごく良い子だ。
「まぁあの時は信用なくて当然だよな」
「アレじゃあね」
そう言ってレアが笑った。
「なぁアリスが言う、実際の症状を見たことないんだが、どうなるんだ? いや、無理にとは言わないが」
触れにくい話題だけにどうも歯切れが悪くなってしまう。
だが、アリスは気にする様子もなく答えてくれた。
「そうね。治療を手伝ってもらってるのに見せないわけにはいかないしね」
そう言ってアリスは手袋を外した。アリスの手は女の子らしく細くきれいだ。アリスは店員に出されたコップに入った水を手にした。俺とレアはそのコップに注目する。その途端、一斉にコップの表面に霜がつき、
パキパキ、パキパキ…………。
中の水が凍り付いた。
「「おわぁ…………」」
コップを見つめる2人から思わず声が漏れた。
「凄い! キレイだね」
純粋なレアが感心したように言う。
「とまぁ、こんな感じなの」
アリスはすぐに手袋をした。
思ったよりも症状は深刻だ。凍ったコップを持ってみると、当たり前だがかなり冷たい。逆さまにすると、ゴトンと中身の氷がまるまる滑り落ちてきた。表面だけが凍り付いたわけじゃない。完全に内部まで凍っている。
「これ、人を触るとどうなるんだ?」
「氷像になるわ」
アリスは真顔で言った。
恐っ。
「うん、早く治そうか」
俺もつい無表情になる。
「そ、そうだね」
レアもビビっている。
「でも、いつからなんだ? 生まれつき?」
言われてアリスは少し暗い顔でテーブルに目を落とす。
「生まれた時はなかったんだけど、物心ついた頃からかなぁ。一度、些細なことでケンカして村の友だちを氷付けにしてしまったの。その時は大騒ぎだったなぁ。隣の大きな町から魔術士を呼んで、その友達はなんとか蘇生できたんだけど、その事件からはあたしは悪い魔女扱い。村を追い出されちゃった」
アリスは、あははと眉をひそめながら渇いた笑いをした。
無理矢理になんて笑わなくていいのに。思い出させて悪い。
「それ、いくつの時なんだ?」
「当時は5歳ね」
「「5歳!?」」
いくらそんな症状があったからって、5歳の女の子を放り出す親って…………。それほど恐れられてたのか。
「それから数年は町を転々として、色んな人の家にお世話になったんだけど、やっぱり私の症状を知ると怖じ気付いて追い出されるの。一時期はゴミ箱をあさるときもあったわ。で、10歳になってから冒険者登録をして、1人でずっと戦って来たの。だって仲間の人がいたら凍らせちゃうかもしれないでしょ?」
「そんな年齢から独りきり…………」
そこから今までずっと1人で…………。寂しかっただろうな。いや、寂しいなんてもんじゃない。
普通の家庭なら、温かい部屋で両親と楽しく料理を食べているはずなのに、小さいアリスが寒い中、泣きながらゴミ箱を漁って、生きるために必死に食べ物を探している光景を想像したら胸が締め付けられる。
今でもそうだ。冒険者たちが仲間同士でワイワイ楽しそうにしてるのを見て、アリスはどう思ってたんだろう。悔しかったんだろうか。自分の両親を、その力を恨んだんだろうか。
「慰めはいらないわ。あたしにしかこの辛さはわからないもの」
アリスは目を伏せてそう言った。
「そりゃそう……だよな。ぶしつけに聞いてすまんかった」
「良いのよ。気にしないで」
ズビッ…………ズルズル………………!
アリスの言葉を遮るように横でズルズル鼻をすする音が聞こえてきた。
「レア…………お前泣きすぎじゃないか?」
レアは鼻水と涙で顔がえらいことになっている。平然としようとしているんだろうが、顔が作れてない。
「え? 泣゛いてないよ?」
「うそつけ!」
「ねぇユウ、アリスちゃんうちのパーティに入れない?」
レアが唐突に切り出した。
「へっ…………!?」
アリスが目を丸くした。
いや、そのつもりだったけどよ…………。
「レア、順序ってもんがあるだろ?」
「ごめん。だって……!」
レアが怒られたように、耳をしょんぼりさせた。
「いやわかるよ。言いたいことは」
アリスを放っておけるわけがない。
「ま、そういうわけだアリス。どうだ? うち前衛ばっかだし。うちに来いよ」
「え? いや……待って!! 話聞いてた!? そんなことしたら、あたし、あなたたちを傷付けてしまうかもしれないの!」
急展開にアリスが慌てる。
「アリスが俺たちを心配してくれてることはわかってる」
「う…………いや、でも…………だったらどうして!?」
「そうだな。俺は魔力操作の上位スキル、『魔力支配』を持っている。これは他人の魔力にも干渉できるスキルだ。アリスの魔力だって俺ならおそらく抑えられる」
ぶっちゃけ強すぎるスキルだ。その辺の魔術士なら、相手が放った魔法や魔力すら操れる。
「そんなことできるわけ…………いえ、そうね。信じるわ。だとしたら、あなたはいったい何者なの?」
「さぁな」
「教えなさいよ」
ムッとしたアリスがジト目で見てくる。
「それに、レアだってそこらの冒険者より遥かに強い」
「なめないでほしいよね。フンッ」
レアがどや顔で言った。
「あとお前、火竜の時俺の力見ただろ? そんくらい大丈夫だ。それに一緒にいた方が魔力操作の練習もしやすいだろ?」
「だめよ! なにかあってからじゃ取り返しがつかないもの!」
バンッ!
言葉とともにアリスがテーブルを両手で叩いて立ち上がった。テーブルに置いたぶどう酒が揺れる。
やはりアリスが拒む理由は俺らがアリスの症状に対処できるかどうかの問題じゃない。幼少期の経験はアリスの心にトラウマを刻んだようだ。それに、この町に来てからのカートたちとの件もある。あほカートめ。
アリスはキツく口を結んで目が揺らいでいた。
「だったらアリスが早く治せばいい話だろ? それを手伝ってやるって言ってんだ」
当然のことだ。淡々と言った。
「なっ! そんな…………そんなに簡単に言わないで!! あたしがいったい、どれだけ悩んで、苦しんできたと思ってるの!?」
アリスが声を荒げる。
「そんなの関係ない。お前を助けたいって言ってるんだ」
「関係ないことない! …………あなたたちをあたしは、こ、殺してしまうかも、しれないのよ!?」
今にも泣き出しそうだ。
そう、アリスが恐がっているのはそれだ。自分が相手を傷付けてしまうことが何よりも恐い。でも、ここは再び一歩踏み出してもらうしかない。踏み出さなきゃ、絶対に変わらない。変わることも、治ることもない。
「はっ! 馬鹿にすんな。俺たちがお前ごときにやられるか」
だから、押し通せ。
「そうだよ! 私だって強くなったんだし! それに私…………アリスちゃんと冒険がしたいもん!」
「そうだ。単に後衛がいないからじゃない。お前は優しくて良い奴だ。今の話を聞いてわかったよ。火竜の時も町の人達のために危険で大事な役目を担った。だからお前を仲間にしたいし、助けたいんだ」
「…………」
アリスがぎゅっと強く拳を握りしめて、下を向き立ったまま黙りこんだ。
「わかるか? 俺たちはお前と一緒に冒険がしたい」
「アリスちゃん…………!」
2人でアリスに訴えかける。
「お前、この先いつまでソロでやるんだよ。そんなの…………寂しいだろ?」
アリスが唇を噛んだ。そして決壊した。
「あたしだって…………! あたしだって1人は寂しいわよ!! あたしが今まで何も思わなかったと思うの!? 手を繋いで歩く母と子どもを見て、なんであれがあたしじゃないんだろうって! なんであたしの手は両親の手じゃなくて、武器を握ってるんだろうって! なんで世界はこんなにも理不尽なんだろうって!」
アリスの目から涙がこぼれた。
「あたしが今まで何度、そう思ったかわかる!? でも、どうしようもなかった。なぜならあたしは両親に捨てられたから!! 誰にでも恐がられ、嫌われ、ずっと独りで生きてきたから! 誰の手を握ることも出来なかったから! 辛かった…………! 本っ当に、辛かった……! もういい、死んでしまいたいって!」
「ああ」
一通り感情を吐き出して、アリスは静かになった。そしてポツポツと話を続けた。
「…………もう、死のうって考えてたの。そうしたら、火竜が町に現れた。だから、ここだと思った。ここで出来るだけ皆の記憶に残って死んでやろうって思ったの。だから、死ぬ気で魔法を撃った…………」
アリスはうつ向いたままギュッと拳を握った。その手は震えていた。
「でも、生き残ってしまった?」
「そう」
「生きるのは良いことだ」
「違うわ。辛いだけ。でも、あなたに邪魔された」
顔を上げ、赤くなった目で俺を見るアリス。
「俺のせいにするな」
「違うわ。意味なく死ぬのが嫌だったの。あたしはあたしがいたことを誰かの記憶に刻んでやりたい。じゃなきゃ、何のために生まれたのかわからない」
あまりに重たい話で、レアは何も言わない。
「…………自殺の真似事だけはやめろ」
「ええ。死ぬのは諦めたわ」
「そうか…………て、ん?」
諦めた?
「あなたのおかげで希望が見えたもの。あの方法は間違ってないように思うわ」
アリスの顔が心なしか明るくなった。
でも危なかった。ギリギリだったのか。
「な、なら症状が落ち着いても独りでいるのか?」
「そうよ。だって安心できない…………またやってしまうんじゃないかって。また誰かを傷付けて、皆に恐がられ、避けられるんじゃないかって、思うの」
「ははっ」
思わず声が出た。
結局はそういうことか。
「お子さまみたいだな」
馬鹿にされてムッとするアリス。
「なによ! あなたに何がわかるのよ!」
「理由はともあれ。そりゃ皆同じだ。誰もが人を傷付けたくないし、人に嫌われたくない。似たような悩みを抱えて生きてる」
「…………」
「強くなれよアリス。俺たちと一緒に来い。お前ならその力を必ず制御できるし、その不安も乗り越えられる。俺が保証するさ」
俺はアリスに手を差しのべた。
アリスは黙って俺の手を見つめるが、動かない。
ほんと、頑なだな。手を握りたくても、もはや本人の中でも後に退けなくなっているのかもしれない。
「アリスちゃん。私はアリスちゃんと一緒に冒険がしたいし、アリスちゃんのことが知りたい。ねぇ、ともだちになろう?」
アリスがレアの誘いにピクッと反応した。
「とも、だち…………」
「ああ。俺たちはともだちだ。そんで仲間だ」
アリスが口を開いた呆けた顔をして、力が抜けたようにストンとイスに座った。
「…………………………
……………………
………………
…………
……
……………………ほんとに、いいの?」
アリスは太ももで自分の両手を挟み、俯いたまま聞いてきた。髪で隠れて顔が見えない。
「ああ」
「ほんとに…………?」
アリスが上目遣いで見上げてくる。
「アリスちゃんうちに来なよっ!」
レアが力強く言った。
「いいから来い」
「…………ぐすっ。うぅっ……ありがとう…………ばか」
アリスはテーブルに顔を伏せて泣き始めた。顔を見られたくないのか、プライドがあるのだろう。俺らは黙ってアリスが泣き止むのを見守った。
◆◆
しばらくしてビーフシチューが運ばれてきた。少し遅かったが、アリスが泣き止むまで待ってくれたのかもしれない。
「ほらほら食うぞ。いただきまーす」
アリスが赤い目をこすりながら、シチューを口に入れる。
この真剣な話は一旦終わって、切り替えよう。
「というか、あれだな」
「な、なによ?」
アリスが泣いたことを弄られるのかと身構える。いくらなんでも、それはしない。
「うちのパーティも3人になったことだし、パーティ名がいるな」
「あ! そうだね! 何にしよう?」
待ってましたとばかりにレアが両手を合わせて喜ぶ。
「レアはこういうの好きそうだな」
「うんっ!」
元気に返事をするなりレアは長考に入った。
「いいんじゃない? あたし、長期間パーティに入ったこともなかったし…………ちょっとだけ、楽しそう」
アリスがサラサラのショートヘアを耳にかけながらニコッと答える。
少しは打ち解けてきたかな。良かった良かった。
「ねぇ早速だけど、3人の名前から取るのはどうかな?」
レアが切り出した。
「うーん、それだとメンバーが増えた時、名前変えなきゃならんのじゃないか?」
「あそっか。それもそうだね」
レアがさらに腕を組んで考える。
「そしたら『原罪の暗黒三人衆』ってのは? かっこよくない?」
アリスが言った。
「ちゅ、厨二か…………!」
この世界の人たちのセンスって、そっち寄りだよな。
「かっこいいわよね? ね?」
アリスが不安そうにレアに同意を求める。
「私はアリスちゃんのセンスにときめいたよ!」
レアがグッと親指を立てた。
あかん。レアもか。
「ま、まぁ候補だな。レアは他なんかあるか?」
ダメかもしれないが一応レアに助けを求める。
「私、実はこの時のためにずっと前から考えてたのがあるの」
こういう前振りがある時はロクな名前が出るとは思えないが、一応聞いておく。
「へぇ、なんだ?」
「『化血亜斧』だよ! 可愛いでしょ?」
「…………」
「いいわね。その殺伐としてて強そうな感じ」
アリスも腕を組んでうんうんと頷いている。
「とりあえず…………候補で」
「やったーー!」
レアがバンザイして喜ぶ。
「他は…………」
「はい」
アリスが手を上げた。
「はい、アリス」
「獄神旅団」
「…………あ、はい、候補で」
「吐露緋火流」
「朱斗呂紅莉亥」
暴走族か!
「あ、そうだ。このパーティの目的はどうする? それによってもパーティ名も変わるかもな」
「じゃあ、まずあなたの目的はなんなの?」
アリスが改まって聞いてきた。
「俺の目的?」
「そうよ。皆それぞれの方針を知りましょう」
「なるほど。一理あるな」
どのみち皆に知ってもらう必要はあるだろう。
「俺には…………殺したい奴がいる」
「殺したい奴って魔物? それとも人?」
アリスが俺の言葉に驚いて聞いてきた。
「いや、ゴブリンだ」
「ゴブリン? あなたが殺せないゴブリンってなんなの!?」
「ただの魔物じゃない。明らかな異常個体だ。そいつに町が襲われ、恩人が殺された」
まずはあのゴブリンの国アーカムを潰し、あの町を奴等から取り返すことだ。
「そんなゴブリンがいるなんて…………。なら、あなたの目的はそいつを殺すことなの?」
「それは第一目標だな。最終的には誰も苦しまない世の中を作りたい。これは俺の恩人の願いでもあった。俺はそれを継いだんだ」
「酷いくらい、夢物語ね」
アリスはそう言うが馬鹿にしているようではない。
「いいんだよ。それで」
「私はその夢を応援するって決めてるの」
レアは当然かのように言った。
「そう」
「アリスはどうなんだ?」
「あたし…………あたしはどうなのかな? そんなの考えたこともなかった」
アリスは黙って考え込んだ。今までの経験を思い起こしているのかもしれない。
「……この、世界は、正直好きじゃない。でもどうせなら、あたしみたいな思いをする人が少しでも減って欲しい」
「なるほどな」
「まだ、ハッキリした気持ちはないけどね。それと…………」
アリスは俺を見た。
「ん?」
「気に入ったわ。恩もあるし、あなたについていこうと思う。旅の途中でまたやりたいことが見つかるかもしれないしね」
そう言ってニコリと笑った。
「ああ、アリスが来てくれたら助かるよ」
「ふん」
アリスはそっぽを向いた。
予想外にアリスの俺の評価が高かった。純粋に嬉しいな。
「そしたらパーティ名にもそんな意味合いを持たせた方がいいな」
「そうね。何かあるかしら」
争いのない平和な世界、理想の世界、夢の国…………。
「『ワンダーランド』ってのは?」
アリスっていう名前から思い付いた。
「それってどういう意味なの?」
アリスが尋ねる。
「理想の国、夢の国って意味だ。それを目指すって意味でな」
「いいねそれ! なんだか可愛い感じもするし」
レアがテーブルに身を乗り出して同意した。
「そうね。ぴったりだと思うわ」
「よし! それじゃ、パーティ名はワンダーランドに決定だ!」
俺が飲み物のグラスを持ち上げて2人に目配せをすると、レアとアリスもグラスを持った。
「じゃ、今後のワンダーランドの活躍を目指して、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
カラァン!
グラスが打ち合わされ心地よい音が鳴った。
◆◆
「…………それで、今後の行動方針はどうするの?」
アリスがもぐもぐと食べながら話し出した。
「最終目標はさっきので良いとして、そのためにどう動くかってことね」
「そうだな。中期目標はとにかく力を蓄えること。そのためにまずは、アリスの魔力操作の上達とギルドランクを上げることだな」
「でもこないだの火竜の件であなたのギルドランクは相当上がるんでしょ?」
「ギルド長との約束ではそうなってる」
「そしたら明日の話し合い次第ね。むしろあんたみたいなのがEランクにいるのがおかしいのよ。後で聞いたんだけど、あなた、あのカイルと剣闘大会で引き分けたらしいじゃない。魔術士なのに!」
アリスがベリーが突き刺さったフォークで俺を指しながら話す。
「まぁ剣も使えるからな」
「この町最強の前衛と引き分ける魔術士って…………ねぇ聞いてもいい? なんでまだEランクなの?」
「そりゃ、冒険者になるのが遅かったからだ」
「遅かったって、それまで何してたのよ?」
不思議そうにアリスはベリーを口へ運んだ。
「俺、記憶喪失なんだ。ここ2ヶ月より前のな」
「記憶、喪失?」
アリスが食事の手を止めた。
実際記憶喪失なのは一部だが、そこは伏せる。必要があるときに改めて話そうと思う。
「ああ、魔物の森の奥で目覚めて、ウワバミに喰われそうなところをレアに助けられ、それでこの町に来たんだ」
「え、でもあなたの故郷がゴブリンに襲われたんでしょ?」
「記憶があるのはそこからだ。俺が目覚めてすぐ逃げ込んだのがそこの町だ。そして滅ぼされた」
今でも夢に見るエルの最後と燃え盛るアラオザルの町、そしてデリックの背中の重み。
アリスは思い出すように目を閉じて話す。
「あたし、情報通ってわけじゃないけど、最近でゴブリンに襲われた町なんて聞いたことないわ」
「町は存在する。いや、存在した」
俺は力強く断言した。アリスはあごに手を当てて考える。
「わかったわ。あなたがあったと言うならあったのでしょう。信じるわ」
「ああ、ありがとう。それで、しばらくはこの町を拠点にしたいんだが、異論はあるか?」
「ないよー」
「ないわ」
まぁ元々2人はこの町が拠点だったしな。
「それじゃまず家を買おう。明日次第じゃ、まとまったお金が入るはずなんだ。活動拠点があった方がいいだろ?」
「家かぁ…………いいわね。楽しそうだし。良いところがあればいいけど」
アリスはずっと1人で生きてきたからか、年齢に比べてかなりしっかりしている半面、仲間と騒いだりするのに憧れてるのかもしれない。
「さんせーい!」
レアもパチパチと手を叩いて賛成してくれた。
「よしっ、そういやアリスは今どこに住んでるんだ?」
「あたしはここの広場の近くに宿を借りてるわ」
「そうか。それなら家を買ったとしても移れるな。じゃ、当面の目標は、
①アリスの魔力操作のスキルレベル上げ
②俺のギルドランク上げ
③資金調達からの家購入
でいこう」
「「りょうかい!」」
話しているうちに全員食べ終わったようだ。
というか、ビーフシチューめっちゃうまかった。何時間煮込まれたのか、肉を噛むとほろほろとほどけるようだ。ちなみにここのビーフとはミノタウロスのことらしい。Cランクの魔物らしく、魔力も豊富で肉自体も濃厚な旨味があった。
「おいしかったよー! ここ絶対また来ようね!」
店を出るときレアが言った。
「そうだな。ほんとに絶品だった」
「ふふっ、そんなに喜んでもらえるとなんかこっちまでうれしいわ」
アリスが口もとを隠して上品に笑った。
「そしたら明日はギルド前に集合にするか」
「ええ。それじゃ、また明日」
「おう、またな!」
「またね~!」
1人宿へ帰っていくアリスに手を振った。アリスの足取りは軽く、どこか楽しそうだった。
こうして本日、2人目の仲間ができた。
読んでいただき、ありがとうございました。
以下は少し僕が思うことを書いてるだけなので別に読まなくてもいいです。
僕はこんなダークな話を書いていてなんですが、自殺は嫌いです。
中学生が自殺したとか、サラリーマンが自殺したとかニュースで見ていてしんどいです。死んでまで現実から逃げたくなる人は皆、追い詰められて視野が狭くなっているんだと思います。
進学校に行けば、勉強勉強、親がそればかりで、良い学校に行くことで頭がいっぱいになります。それだけが人生じゃないですからね。そんなに追いつめてあげないでください。
学校、死にたくなるまで行く必要あります?学校で勉強すること以外にもっと他にも楽しいことはあります。趣味を極めていけば仕事になることだってあるし、良い暮らしは出来ないかもしれませんが、地道に働けば不自由しません。
家族がいて、養って行かなければならない。だから仕事を辞めるわけにはいかない。でも、もう仕事は辛くて仕方がない。
なら辞めて良いです。家族だって死ぬまで働いてほしいと思ってるはずがありません。
自分には長年働いてきたプライドがあって家族にはそんなこと話せない?あほですか?死ぬほど辛い時にそんなプライド入りません。死ぬよりもそんなプライド捨てる方が簡単です。
しんどいときは逃げてほしいです。どっか旅に出るのも良いです。逃げることのハードル、高くありません。思い込んでるだけです。もっと自由に気楽に生きて良いんだと思います。