第30話 火竜戦
こんにちは。いつもありがとうございます。
思ったより長くなってしまいました。
ギルド長の声に全員武器を構える。火竜が首を持ち上げ顔を上げていた。だが幸い頭の向きはこちらとは反対側を向いている。俺たちには気づいていないようだ。
「しっ! 音を立てるな!」
ギルド長が風魔法に音を乗せ、冒険者にだけ聞こえるように指示をした。
そう、俺たちの作戦は初撃で可能な限りの大ダメージを与えることが前提にある。このまま火竜がこちらに気付き戦闘開始となると、勝率はグンと下がる。だからこの場は隠れてやりすごすべきだ。
冒険者たちは呼吸を止めて、頭を低くした。
「「「……………………」」」
汗がたらりと頬を伝う。
「グラララ!」
火竜が背に折り畳まれていた翼を広げる。徐々に伸ばされていくその堂々とした優雅な動きに冒険者たちは目を奪われ、そして、おそらく誰しもが思った。
「…………でかすぎだろ」
カイルの声が皆の言いたいことを代弁していた。
まるでジャンボジェット機サイズ。一般的な成竜の大きさ、20メートルなんてものじゃない。
ゴウ……!!!!
ゴウッッ…………!!!!
火竜が数度羽ばたき、これだけ離れていても風が吹き荒れ、砂や小石が飛ばされてくる。
「ぐっ……!」
皆、腕で自分の目を守る。
「グゥラララララララララ!!」
俺たちの予想とは裏腹に、火竜は吠えながら飛び上がると、町とは反対側へ飛び去っていった。
「ふぅ……!」
緊張で張りつめた空気が一気に弛緩した。
「で、どういうこと?」
「…………巣へ帰ってくれたのか?」
「どこへ行くつもりだ!?」
皆が混乱している。
「帰るって感じじゃなかったよな? なんとなくだが」
「うん。どちらかと言えばお腹すいたに近いような感じだったよ」
レアのこういう野性的な勘はよく当たる。
そして皆の疑問にギルド長が答えた。
「あちらは竜の巣の方角とは違う。餌を探しに行ったと見るべきだろう。だが、飛び去った方角からして、幸い私たちの町の存在はまだ気付かれていない」
「おいおい、ならどうすんだ? ここで帰りを待つか?」
カイルが拍子抜けしたように聞いた。
「いや、火竜は平気で1週間以上飛び続けられると聞く。今晩戻ってくるとは限らない」
まじか。それはめんどくさいな。
「ならどうすんだよ!」
「そうだな…………」
ギルド長が考え込んだ時、
「それなら俺たちがここに残って火竜を見張ろう」
そう言い出したのは、リブロ兄弟だ。
「軽装だから音を立てることなく見張りが出来るし、俺たちだけならいざという時逃げ切れるかもしれん」
「…………そうだな。確かにお前たちが適任だろう。火竜が町に向かったときはこれを使え。常にギルドではこの信号を監視している」
そう言って、ギルド長は2人に黒い煙筒のようなものを渡す。
「わかった」
「危険な任務だ」
「危険は承知だ。これも冒険者の仕事だろ? その代わり報酬の方は頼んだぜ?」
リブロの兄が人差し指と親指で丸を作りながら言った。
「仕方ないな」
それから俺たちはリブロ兄弟に数日分の食糧を渡し、町のギルドへと帰還した。
◆◆
「どうも不完全燃焼だな」
「ふぅっ……。だね、皆あれだけ意気込んでたもの」
俺たちは一度ギルドの1階、テーブルをすべて端に寄せて真ん中に全員が集合していた。
「さて、ひとまず帰ってきたわけだが、まだ町は変わらずいつ火竜に襲われてもおかしくない状況だ」
町に帰ってきたことで緩んだ顔をしたやつに対し、ギルド長が釘を刺した。
「ただ今日は気を張りつめて疲れているだろう。今晩はギルドが火竜の警戒をする。だから休め」
「待ってくれ。住民の避難はどうなってるんだ?」
そう。帰ってくる時、まだ避難している住民は見られなかった。
「まだだ。隣町までは馬車で1週間。その分の食糧や馬車を用意するのには、さすがに辺境伯でも時間がかかる。避難が開始できたとしても明日の朝だ。それに…………全ての住人を受け入れる余裕が隣町にあるとは思えない」
そうだよな。ただ町の外に逃げるだけじゃ他の魔物に襲われる。
「状況は厳しいな…………」
そう隣にいるカートにぼやいた。
「まぁ、当然と言えば当然だ。コルトは人口8万人の町だからな」
「だが、あの辺境伯なら必ずなんとかしてくれる。彼を信用しろ。我々はとにかく火竜討伐を最優先に行う。町は我々にかかっている。いいな…………?」
「お、おう」
皆、各々頷いたり、気合いの入った返事をしたりと様々な反応を見せる。
「よし、何かあればギルドが警鐘を鳴らす。その時はすぐに動け。火竜が町の中に現れたら外へと追いやり、町の外に現れたら町から注意をそらせ」
「なるほど。分かりやすい」
「町を戦場にすることだけはとにかく避けろ。では解散だ」
そうギルド長は締めくくった。
ギルドを出ると、すっかり夜になってしまっていた。皆、ゾロゾロと帰路についていく。俺とレアも歩いて宿へと帰る。
「休めと言われて休めるもんじゃないよなぁ。寝て目が覚めたら竜の腹の中とか勘弁だし…………」
「あはは。寝てる間も警戒しないといけないなんて、魔物の森にいた頃を思い出すね」
レアが笑いながら言った。
「そうだな。あの時は今よりもずっと大変だった。火竜くらい、あのウワバミからしたら全然大したことないさ」
そうだ。あのウワバミの方がずっと強いはずだ。あいつと戦って生き残れたなら火竜だって大丈夫だ。
「そうだね。今日は頑張って寝よっか」
そうして、すぐに起きて対応できるよう装備を整えた状態で2人ベッドに入った。隣からはすぐにすー、すー、と寝息が聞こえてくる。
「はや…………」
レアのやつ案外大物だよな。そんなことを思いながら眠りに落ちていった。
【賢者】……。
【賢者】……っ!
【賢者】…………まっ!!
【賢者】…………ユウ様!! 起きてください!!!!
「はっ…………!?」
賢者さんの声でベッドから飛び起きた。
「なっ、何事…………いや、そうか」
今は夜中の2時を過ぎた頃だ。俺以外、誰も起きていない。物音ひとつなく、宿の中も静まり返っていた。
少し月が出てきたのか、窓からは月明かりが差し込んできている。
…………来たか?
【賢者】はい。今先程、この町の遥か上空を横切りました。おそらく町の存在に気付いたかと。
そうか。
眠い頭を一気に切り替え、壁に立て掛けていた刀を手にする。幸せなベッドの中から、生死を分ける状況に引っ張り出され、少なくないストレスを感じる。
「レア起きろ!」
「ふわああ…………? …………あ、火竜?」
レアも眠りは浅かったようですぐに目を覚ました。おそらくこの状況でよく眠れていた人間は町にいない。
「そうだ。まだ襲われちゃいないが、上空を飛んだらしい。すぐに出るぞ!」
「わかった!」
一瞬で準備して宿の2階の窓から2人で飛び降りる。
タタン………………ッ…………ッ!
着地する音が無音の町に響いた。
「静かだね」
「だな…………」
ギルドへ向かって夜の町を走り出すと、2人の足音が建物の壁に反響する。夜空は快晴。目の前いっぱいに迫る巨大な月が町を青白く照らしている。
広場へと通じるメイン道路を横切るも、昼間の活気はなく人は誰もいない。
「火竜はどこだ?」
空を見上げてもまだ火竜の姿は確認できない。だが腹を空かせた火竜は確実にこの町を襲う。それは断言できる。
「ギルドはまだ気付いてないの!?」
街灯の消えた路地の間を、月明りを頼りに走り抜けながらレアが焦って聞いてきた。
「まだなんだろうな。早く知らせないと…………!!」
寝静まった町が逆に焦る気持ちを加速させていく。
無理もない。あの高度を飛ばれちゃ、地上からは鳥と見分けがつかない。気づけないはずだ。ギルドへは、走ってあと5分ほどか…………。
そう考えをめぐらせながら路地裏を走っていたその時、
【賢者】ユウ様また来ます!! さっきよりも低いです!!
「レア! 近いぞ!」
空を見上げると、路地裏の屋根に遮られた狭い夜空を巨大な影が横切って行くのが見えた。とっさに後から来た突風に俺とレアは立ち止まり身を屈める。
ガラガラ……ガシャ、ガシャン…………!!
通り過ぎた際の猛烈な風が町の屋根瓦を巻き上げ、吹き飛ばす。
「ユウ、今の見た!?」
「ああ」
町の人たちもさすがに気づいたようだ。窓に魔石灯の柔らかなオレンジの光が灯り、ざわざわと喧騒が広がり出す。
アラオザルの時とは違う。多数の弱小ゴブリンよりも、強大な1体の成竜。町の人たちは、抵抗する気力すら起きずにパニックになるはずだ。
そうなる前に何とかしないと…………もうあんな光景はごめんだ。
その時、
カンカンカンカンカンカンカンカン!!!!
ギルドの警鐘が夜のコルトの町にけたたましく響き渡った。町がかつてない脅威に強制的に叩き起こされる。
「急ぐぞ!」
「うん!」
さらに速度を上げる。その時、誰かの声が聞こえてきた。
「…………くるぞーーーー!!!! 伏せろおおおお!!!!」
その声に住人たちの悲鳴が大きく上がる。
…………ドゴオォォォォ………………ォォォォォンンンン!!
低い地響きが町をガタガタと揺らした。
ガラガラ、ガラガラガラ………………!!
一瞬、息を吸うために静まり返る町。そして
「「「「火竜だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」
火竜が飛んでいった先で建物の崩壊する音と土ぼこりが巻き起こっている。ギルドを挟んで向こう側、町の西側に建物を踏み潰して火竜が着地したようだ。
「きゃあああああああああああああ!!」
「に、逃げろおおお!!」
人々の叫び声がこだまする。
「まずい! 誰か近くに戦える者はいるのか!? このままだと町の人達が火竜のエサになる!」
すると町中に響き渡る声が聞こえてきた。
「火竜が町の西側へ強襲した! Cランク以上の冒険者はすぐさま対象の排除へ移れ! その他の者はできるだけ町の西側から離れろ。なんとしても火竜を町の外へ追い出せ! 町を戦場にはできん!」
ギルド長の声だ。風魔法にのせ、町全体へと緊迫した声を届けている。
「レア、先に行ってるぞ!!」
「うん行って! すぐに追い付くから!」
俺は走りながら身体強化しさらに風魔法を纏い、速度を上げた。もう町が壊れることも気にしない。1回のジャンプで屋根の上に飛び上がる。
「いた!!」
まだ遠いが火竜を視界に捉える。屋根の上を走れば30秒とかからずに接敵する。腹を空かせた火竜は目の前のエサ場に歓喜の声をあげていた。だがその目には我が子を奪われた憎しみも燃えている。
「私が押さえる!!」
火竜の目の前に1人、空中に浮かび、立ちふさがる長髪に緑色のローブ。ギルド長ゾスの姿が見えた。
ダメだ! いくらギルド長でも1人じゃ殺される!
ギルド長が魔法を放っているように見えるが、まず魔術士が正面からやり合うのは無茶だ。
「俺が到着するまで、もう少し耐えてくれ…………!」
しかしギルド長は火竜に尾で叩かれ、弾き飛ばされるがまま民家に突っ込んだ。窓を割って中に入って見えなくなる。
大丈夫、あの人なら死んじゃいないはずだ。
止めるものがいなくなった火竜が翼をはためかせて再び飛び上がる。至近距離で暴風を浴びた建物がガラガラと何十棟も崩壊していく。
ブレスを町へ向けて放つべく、火竜の魔力が高まる。
「ブレスか! くそっ、間に合うか………………んんっ!?」
だがその時、屋根の上を走る俺の、さらに頭上を巨大な影が横切った。
「なにっ! また火竜か!? いや…………!」
即座に顔を上げて備えるも、目に入ったのは火竜を越える大きさの楕円形をした巨大な氷塊だった。
「な……なんなんだこれ…………!」
ゴゴゴゴ…………ゴゴオオオオオオオオウウウウッ…………!!!!
目に見えるほどの冷気をまとった氷塊が螺旋回転しながら弾丸のように凄まじい速度で夜空を突っ切る! そして、ちょうど飛び上がりホバリングしている火竜へと突っ込んで行く。
火竜へと直撃した!!
ドッッッッ……………………!!!!
鈍い音を立て、氷塊は火竜へ衝突した。正面から激突された火竜の胴体はもろに衝撃を受け、そしてブレスを放つべくのけ反らせていた頭部を反動で振るように氷塊に打ち付けた。
「ガフッ……カッ…………!」
火竜は痛みに思わず声を漏らしたように聞こえた。
すげぇ。かなり効いたんじゃないか?
まだその巨大な氷塊の勢いは衰えていない。そのまま意識をもうろうとさせた火竜を巻き込みながら、町の外へと突き進み消えた。
そして、
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン…………!!!!!!!!
バキッ、バキバキ、パキパキパキ……バキバキ…………!!!!
巨大氷塊は火竜を押し潰す形で町の外の地面へと着弾したようだ。火竜と氷塊、2体の大質量に町を揺るがすような振動が響き、火竜に崩された屋根瓦が屋根から落ちる。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
明らかに悲鳴とわかる火竜の鳴き声が町に響き渡った。
「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」
町が歓声を上げる。
「あのレベルの氷魔法が使えるやつなんて…………」
氷が飛んできた方向を振り返ると、民家の屋根の上に1人ポツンと立つ小さな人影が見えた。ここからでもけっこうな距離がある。千里眼で見てみると、強力な魔力の残滓をメラメラとまとった少女アリスがいた。
「…………さっさとくたばれ」
火竜に向け、口もとがそう動いていた。
「「「うおおおおお!! アリスねぇさん!!」」」
盛り上がる冒険者たち。
「うるさい」
アリスは露骨に嫌そうな顔をして言った。だが、全力の一撃だったのだろう。ふらつく足元は立っているのも辛そうだ。
「ナイスだ…………」
俺も思わず呟いた。やはりあの魔力は伊達じゃなかった。
そうしているうちにレアも俺に追い付いてきた。
「し、信じられない! 見た!? 今の魔法!!」
レアが口をパクパクさせて驚いている。
「ああ。だがまだ火竜は生きてる! 行くぞ!」
「うん!」
町の外まで火竜を追いかける。
同じように吹き飛んだ火竜の様子を確認するためか、次々と町の外へ走っていく冒険者たちの背中が見える。さらに次々と建物の影から冒険者たちが現れ、どんどん合流しその数を増していく…………。
そんな光景を見て、どこかホッとした。
そう、今回は俺たちだけじゃない。あのアラオザルの町を守るには圧倒的に人数が足りなかった。でも、今回はこれだけの冒険者たちがいる……!
走っていくと、町の西門に差し掛かったところで、一際速く、そして燃えながら走る者がいた。
「あれ……カイルさんだよ!」
「間違いないな。おいカイル!」
走りながら燃えるカイルの横に並んだ。
「ん? ユウとレアか。早く止めを刺そうぜ! 行くぞ!」
味方になれば、これほど頼もしいことはない。
「ああ」
カイルと3人で門をくぐり、未だ土埃のたつ火竜の元へと走る。
「あれか? …………ははっ! まじかよ、すっげぇなアリスの魔法は!!」
カイルが感心するのも無理もない。
アリスの氷魔法は火竜ごと平原を押し潰し、直径30メートルほどのクレーターを形成していた。さらに火竜を中心に、巨大な白く透明な氷の薔薇の華が咲くように、周辺を氷付けにしている。
近付けば、高さ数メートルにもなる氷柱が無数に形成され、火竜はその中心で凍らされているのが見える。周囲を冷気が覆いつくし、アリスの魔力の強さがわかる。
「なんて威力……これがBランクの力だなんて…………!」
レアが呆然とつぶやいた。
さすがは加護持ち。アリスが10歳の頃でもかなり強力な魔法が使えたらしいが、5年でここまで成長するのか。
他の冒険者たちも集まってきた。今火竜が氷付けになっている場所は町から200メートルほどしか離れていない。町中よりはマシだが、ここで戦闘を行うのは気が乗らない。
「ユウ!」
カートたちのパーティにフリー、ギルド長も到着したようだ。息を切らしながら、すぐに指示を飛ばす。
ギルド長、やはり無事だったか。
「これぐらいで奴は死なん! はぁっ、むしろ怒りを買ったと言える! 各自距離をとれ!」
額から血を流しながらもギルド長は場を仕切る。
「ははっ、まさか。これで生きてるとかあり得ないって」
誰かがそう言ったその時、
「ガアアアアアアアアアアアア!!」
火竜の声とともに氷が紅く光ったかと思うと、一気に融解し吹き飛んだ!
ガシャアアアアアアアアアアンンンンン…………!!
氷を貫くように炎が天に向け放たれたのは、火竜のブレスだ。ただの炎とは違い、密度と粘度が高くネットリとしている。
アレを受ければ炙られるというより身体にまとわりつかれて焼死するだろう。町中で放たれなくて本当によかった。
ガシャン! ガシャガシャ!!
遅れて砕かれた氷が辺りに降り注いだ!
「まじかよ!?」
火竜は大口を開け、怒り狂っている。氷をはね飛ばしながら、そのまま飛び上がった。大きな氷柱がバキバキと倒れていく…………。2、3度羽ばたいただけで突風が吹き荒れ、小石が飛び、草原が波打つ。
「なんだよ…………これ」
近くで見ると、想像以上の体躯…………!!
30メートルはある。見た目は西洋のドラゴンに近い。前足は力強く、後ろ足はがっしりとしている。筋肉質の火竜が翼を広げた迫力はすさまじい。目は血走り、怒りの表情が読み取れる。
そして、空中で俺たちを見下ろしながら後ろに仰け反るような動きを見せる。
「来るぞブレスだ! 町に当てるな止めろ!」
ギルド長が叫ぶも、そんなもの普通の冒険者には無理だ。
「おいおいおいおい!」
火竜のブレスの直撃は鋼鉄のタワーシールドでさえ容易に溶解させるほどの熱量を持つ。
冒険者たちは止める余裕など到底なく、凶器となって降り注ぐ氷塊の破片と、凶悪なブレスから逃げるので精一杯だ。
俺が動こうとすると、その前に俺達の陣営から黒く燃える男が飛び出した!
「任せろ……!」
カイルだ。その身からは見たことのない黒い炎が吹き出し、燃え盛っていた。
「離れろーーーー!!!! カイルが本気だ!!」
カイルの身に纏う黒い炎に撫でられた草木は火がつくことなく一瞬で枯れ、死に絶えた。
「馬鹿、正面から行くな!! 援護する!」
俺が動こうとすると
【賢者】待ってください! 危険です! あの黒炎は生命力自体を燃やします。
は? それ、触れるとどうなるんだ?
【賢者】相手の生命力を消費してさらに火力を増し、対象は瞬時に焼死もしくは衰弱死します。
なんだよそれ…………どうするつもりだアイツ!
【賢者】燃焼効果は魔法に対しても効果があり、魔法の生命力といえる魔力を燃やし尽くします。
そうか…………! ブレスだって魔力を使っている。つまりはブレスを燃やし尽くすつもりか。ならばここは信じて任せるしかない。
ガンッ!
カイルは岩を蹴りつけ、空中にカイルが飛び上がった。岩がカイルのジャンプの衝撃で半分に割れる。
「ぅおらあああああああああああああ!!!!」
そして真っ直ぐ火竜に向かって飛ぶカイルとブレスが衝突した。
ゴッ…………!!!!
その瞬間、衝撃波がもたらされた。カイルの黒炎と火竜のブレスが周囲に撒き散らされる! 火竜のブレスもそうだが、カイルの黒炎の火花ですら俺たちには命取りだ。
冒険者たちは衝撃で吹き飛ばされないよう地面に踏ん張る。
黒炎とブレスは拮抗している。黒炎がどんどんと火竜のブレスを燃やすも、火竜から追加される際限ない炎が黒炎を押し返そうとする。
だが、そもそも人間と火竜じゃ元々持っている魔力の量が違う。カイルが押され出している。
「やるじゃねぇか…………ぅおりあああああああああああ!!」
カイルが叫ぶと刀に力強い炎が溢れた。渾身の刀の一振りでブレスが左右に割かれていく。そしてカイルはブレスを斬り裂ききった!
さすがAランク! いや、Aランクだとしても、この火竜の攻撃を単独で凌ぐなんて並大抵な実力じゃできない。向こうの攻撃力はカイルより遥かに上だ。それを力と技術で流れをコントロールし、斬り裂いたのはさすがだ……!
空中で火竜と擦れ違ったカイルが地面に着地する。
ダン…………ッ!
「ぐっ…………はぁはぁ…………!」
カイルがそのまま崩れるように膝をついた。さすがに今のはカイルだって全力の一撃だったのだろう。すぐには動けそうにない。
「逃げろカイル!」
火竜は上空からカイルへ向かって追撃を始めていた。
カイルへ、人間ほどの大きさに開かれた火竜の両顎が迫る。
「団長っ!」
フリーが援護のために火竜の翼を狙って、横から火竜へと急襲する!
ガキィン!!
だが、やはり鱗が硬いようだ。フリーの刀は鱗に傷をつけただけだった。だが、竜の気をそらすことは出来たようだ。その隙にカイルは持ち直し、火竜の牙を避ける。
ガチンッ!!
火竜のアゴは空をきった。そのままカイルを通過し、火竜はまた空へと飛び上がった。
「また戻ってくるぞー!!」
今ごろになって、カイルとぶつかったブレスの欠片がぼとぼとと火花を落とし、この辺一帯を赤と黒の炎で染め上げていく。
「退路も作っとかないとな……」
危なそうな黒い炎は俺が風魔法で外に流した。
「助かったフリー!」
「ええっすよ!」
カイルのおかげで火竜はブレスを放っても効果がないと考えるかもしれない。
カイルが一呼吸、息を整えているうちに、もう火竜が旋回して戻ってきた。遠くに小さく見えていた影が大きくなる。
「おい! 飛び回られたら、らちが明かん! 打ち落とせ!」
消耗したカイルが刀を片手に叫ぶ。まだまだやる気のようだ。
「「無茶言うな!」」
その無理難題に、皆が突っ込んだ。
あの巨体でありながら、飛行速度は俺たちの敏捷を遥かに越える。あれに攻撃を当てるなら、こちらに向かってきた時だ。現に数々の魔法が竜に向けて飛ぶが掠りもしない。
「俺もやるか…………」
賢者さん。
【賢者】はい。
左に5個、右に5個。計10個の魔鼓を展開し、火竜用にアイスバレットを用意する。
【賢者】ターゲットの進行方向を予測…………完了。撃ちます。
「いけっ!」
10個の砲筒からガトリングガンのようなアイスバレットが一斉に放たれた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……!!!!
改良して貫通力と速度をさらに増しているが、距離が遠い。そのため賢者さんの補正で当たりはするが、失速したバレットでは撃墜するに威力が足りないようだ。
やはりアリスほどの魔法でないと地面に落とすことは出来ない。だからと言って、あのアリスの魔法が飛んでいる竜に当たるとは考えづらい。なら、あとは来るのを待つしか…………。
火竜を目で追っていると、時折火竜と町の灯りが同時に視界に入る。その度に町に向かわないかヒヤヒヤとした。
とその時、火竜が方向を変え、こちらに向かって飛んでくる。地面すれすれを滑空しながら、勢いをそのままに巨体を叩き付けてきた!
「ここだレア! 止めるぞ!!」
「うん!!」
レアも度胸が据わってきた。大質量が猛スピードで迫る恐怖の中、俺もレアも魔力を高める。
「ん…………?」
ギルド長が冒険者たちを背に、火竜の目前に立ち塞がった。
「全員攻撃準備! 私がやる…………!」
ーーーーとてつもない魔力が、彼の体からほとばしる…………!
ギルド長にぶつかる手前で、突然火竜が上から何か巨大なものに殴られたかのように地面に叩き付けられた!
ドッ!! …………ドガッ、ズガガガガガガガガ!!
激しく地面に衝突しバウンドする火竜。
「グオオオ…………!」
火竜は石と岩を巻き上げながら冒険者たちの目の前で停止した。
「ギ、ギルド長すごい…………」
「かなり上位の風魔法だ。しかしまた先を越されたな」
俺たちは火竜に向かって走りながら話す。
「今だ…………いけ!」
ギルド長が肩で息をしながら発破をかける。
「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
墜落の衝撃で混乱している火竜に向かって冒険者たちが次々に魔法や、剣撃をくりだす。
火竜の鱗に傷が増えていくーーーー。
しかし鱗を割りその肉に刃を届かせた攻撃はまだない。それでも火竜の動きが鈍くなり始めた。皆の攻撃で徐々にではあるがダメージを蓄積してきたようだ。
「レア、一緒に風魔法だ……タイミングを合わせるぞ!」
「りょうかい!!」
2人で風魔法の準備を始める。魔力を練り上げ、竜の首を飛ばすつもりの強力な大鎌鼬を作り出す。
そして、レアと目を合わせて2人で頷いた。
「「いけっ!」」
刃は地面を抉りながら、暴れる火竜の首のつけ根に到達した。
ズッ…………バアアアアアアアアアアアアンッ!!
竜の血が空に舞う!
竜の鱗を豆腐のように切り裂き、この戦いで初めて竜に血を流させた! 骨にまで達したであろう深い傷だ。
「グオオオオ……!」
竜が仰け反り、痛みで悲鳴を上げる。
「「「「なっ、なにぃぃいいいいいいいいいいいいい!?」」」」
冒険者たちから驚きの声と歓声が上がる。
「あ、アイツらもすげぇぞ! これなら勝てる!!!!」
いい感じだ。士気も十分に高い。
俺が良い流れを感じた時。
………………………………ゾ……クッ。
一瞬寒気を覚えた。
「…………んっ!?」
この感じ覚えてる……! ウワバミやあのゴブリンと対面した時に感じたものと同じだ。だとするとこの場合は…………。
そう思って顔を上げると
…………火竜と目があった。
火竜はジッと俺を睨んでいた。
「まっず!」
その黄色く鋭い瞳にはっきりと燃えるような怒りを感じる。
「グガアアアアア!!!!」
ドガンッ、ドガンッ、ドガンッ!
キレた火竜が立ち上がり、俺を標的に、吠えながら突っ込んで来る! 土を巻き上げながら、ビルが走ってくるような迫力。地面が揺れる。さながら怪獣映画だ。
途中、巻添えを喰らった冒険者たちが吹っ飛ばされる。数メートル跳ね飛ばされた彼らはそのまま動かなくなる。
「体重差ありすぎだろ! くそっ、当たったらおしまいだ……!」
レアもいる。どこに逃げれば…………?
「待てやごらぁ!!」
この声はカイルだ。火竜の後ろからカイルが追っかけてきていた。
あいつタフ過ぎるだろ。もう復活したのか。いやむしろ助かる。あいつの速度なら火竜にも追い付ける!
火竜の背後からカイルが剣撃を放つ! 無論、黒炎を剣にのせてだ。
黒炎が火竜の纏う魔力を燃やし、翼の翼膜を大きくスパァン! と切り裂いた!
「グオオオンンンン!」
走りながらも大きくバランスを崩す火竜。
速度が落ちた! これなら…………!
火竜がもたついている隙に魔力を練り上げていく。
ーーーー発動するは純粋な重力。
「潰れろ…………!」
火竜に超重力が襲いかかった!!
ミシ、ミシミシシ…………!!
「ガアア!?」
異変を感じた火竜が足を止めたと同時
ドゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォンンンンン!!!!!!
火竜は立っていられず、全身を地面に押し付けられ、地面を陥没させる! メキメキと直径100メートルはあるクレーターを作り出した。冒険者たちも慌ててその範囲から離れていく…………。
「あ、あいつ…………化け物かよ!!!! 1人でこんな…………!」
「やべぇ……!」
「さすがだ!」
口々に冒険者たちが言うが、気にしてる暇はない。こちとら火竜を仕留めるために必死だ。
火竜の上に山塊を乗せるイメージで魔法を維持していく。
「ぐっ、ぐぐ…………」
俺とて、コントロールするのに精一杯。だが、これでは足りないらしい。
けん……じゃ、さん! まだいけるか!?
【賢者】可能です!
よし!
さらに重力を増幅させるために、山塊をもう1つ積み上げる。
ゴゴォオオオオオン!!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………………!!!!!!!!
バキ……バキバキッ!
火竜の骨が折れる音がする。火竜は顔面すら地面に埋め込まれていく。
「グオオ…………」
火竜が苦しそうに手足に力を入れてもがくも、もはや火竜は地面に縫い付けられて動けない。
「そのまま潰せユウ!!」
ギルド長が叫んでいた。
「言われなくても…………っ!!」
火竜は地面に押し付けられたまま息を荒くこちらをにらんでいる。
「フーッ!! フーッ!!」
まだ重力はかけ続けている。確かに効いているはず。
「にらんでも、ムダだ……!」
俺はそう火竜をにらみ返す。
だが、火竜が息を吸い込むような動作をした。
「…………んっ?」
その状態でどうやって!? 苦し紛れか?
火竜の頭は超重力で地面に押し付けられて地面に埋まり、首を上げることも出来ない。そんなことをすれば首の骨が折れる。
「おいおいおい! そんな、嘘だろ!?」
火竜は顔を地面に埋めながらも、俺めがけてブレスを吐き出した!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!
地面を溶解させ、土を、石を、地面ごと吹き飛ばし、掘り進めながらブレスが迫る!
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
火竜の怒号が鳴り渡った!
「むちゃくちゃしやがる!!」
全力で重力魔法を使って火竜を押さえてる現状、並列思考で他の魔法を発動する余裕がない!
「おいお前ら! ユウのフォローに回れ!!」
ギルド長だ。
「あんなもん無理だ! 人間に近づけるか!!」
【賢者】ユウ様、結界を! ユニークスキルである結界魔法なら今すぐにでも発動できます! 防いでいるうちに、タイミングを見て重力魔法を切って逃げてください!
そうか!!
「結界!!」
8枚重ねの結界を前方に作り出す!
ギリギリで結界が間に合った。結界を生み出した瞬間にブレスと衝突した。
ジュッ…………。
1枚目が、一瞬で蒸発した。
ど…………どんだけ魔力込めてんだ!!
2枚目も同様。3枚目からは少し勢いが落ちてきた。だがそのままどんどん突き進んでくる!
「レア! 先にお前だけでも逃げろ!」
重力魔法を切るタイミングはレアにはわからない。
「イヤっ!」
泣きそうになりながら必死に首を振るレアの顔が、ブレスの光に照らされて見えた。
「おいっ!?」
最後の1枚までブレスが迫るーーーー
目の前は光に埋め尽くされている。
やばっ……………………! 死っ!!!!!?
その時、爆発音がした。
ボゴオオオオォォォン…………………………………………!!
ちがう、俺じゃない。
火竜の方で爆発音したかと思うと、急にブレスが止まった。
ブレスの光で失われていた視界が戻ると、火竜は白眼を剥いて口からモクモクと煙を吐いていた。
「ガ、ガ、ガガガ…………!」
そして、ゴードンがハンマーを抱えたまま空高く吹っ飛んでいた。
「ゴードン!?」
「ゴードンさん!?」
なにがあった!?
魔力操作で魔力を限界まで伸ばし、ゴードンの巨体を柔らかく受け止める。巨人族という頑強な体と、その巨体から素手で受け止めるには無理があった。だが、その体はひしゃげ、大きく焼けただれている。
「…………ゴードンお前、まさか!?」
「あ、あんたには……が、返しきれない恩がある…………これくらいなんてこと……ない」
そう言ってひきつった笑顔でサムズアップするゴードンの親指は90度あらぬ方向を向いていた。
とにかく急いで回復魔法を使い、その焼けただれ、骨折した体を回復させる。
よく見えなかったが、ゴードンはブレスを吐いている火竜の頭をハンマーでぶっ叩き、爆発させたんじゃないか?
俺の本気の重力魔法の中を火竜の頭部まで向かい、ブレスを放つ頭をぶっ叩く。その上ブレスの爆発に巻き込まれたのかもしれない。
「火竜すら潰れるあの重力場の中を歩いた…………のか?」
カートも歯を食いしばり、苦い顔をしながらもゴードンの身を按じている。この間の事件でゴードンは俺に人一倍恩を感じていたようだ。カートも断腸の思いで行かせたのだろう。
「大丈夫…………。もう、動ける。こんなの、あの時に比べたら…………!」
ゴードンは右腕を突っ張り、横たえた体を起こそうとする。だが、それを俺は魔力で押さえつけた。
「だめだ。まだ応急措置しかできていない。今は休んでてくれ」
「…………わかった」
ゴードンは悔しそうに返事した。
そうだった。ゴードンは地獄を経験し、俺が救った。下手すれば、俺のために命だって捨てるかもしれない。でも、そんなことは望まない。
「ゴードン」
「…………なん……だ?」
「助かったよ。だからもう無茶はするな」
そう言ってゴードンの肩に軽く拳をぶつけた。
◆◆
カイルに翼を切られていた火竜は飛べずに他の冒険者たちから攻撃を受け続けていた。ゴードンを回復させている間、レアも他の冒険者に混じり、得意の敏捷力を活かしながら、火竜の足を攻撃していた。
どうやら俺の重力魔法とブレスの爆発はかなりのダメージを与えられたようだ。しかも左目が白濁して見えなくなっている。これはチャンスだ…………!
「火竜の左から攻撃しろ!! さっきの爆発で左目が失明してる!」
戦場に戻るなり俺は皆に知らせるべく、そう叫んだ。
「ゴードン、よくやった!! 後はまかせろ!」
「男だぜ! ゴードン!」
「押してるぞ! このまま攻撃し続けろ!」
「「「よっしゃああ!!」」」
だが、そろそろ戦闘不能になる冒険者が増えてきている。残っているのは、カイルたち赤鴉のメンバー4人と後方からアリスにギルド長、あと20名程度の冒険者と俺達2人だけだ。カートたちはそれぞれが傷を負い、後方に下がって回復につとめている。
その時、火竜の後ろの方から走ってくる2人組が見えた。
「ギルド長! すまん今戻った! しばらくは俺たちが火竜を引きつける!」
「リブロ兄弟か! 頼む!」
「「おう!」」
戦闘に加わったリブロ兄弟はコンビネーションで標的を1人に絞らせないようにしながら、素早さで火竜を翻弄する。
動ける他の冒険者10名ほどで火竜を取り囲み、残りは体力を戻している。だがこのままでは先に体力が尽きるのは冒険者たちの方だ。何か手を打たないと。
その時、後ろから強力な魔力と冷気を感じた。振り返ると巨大な氷塊がパキパキと空中に形成されていくところだった。
アリスか!! もう一度アレを撃てるのか!?
「よし、今だ! 全員退け!!」
ギルド長の声を聞き、冒険者たちは全員火竜から一斉に距離をとる。
「いい加減、死になさい…………!!」
殺伐とした戦場にアリスの凛とした声がよく通る。そして、町で見せた氷魔法を発動させた。
ゴウッ! という風切り音とともに先程よりもひと回り小さい氷塊が火竜に向け、宙を滑る。
火竜も気づいたのだろう、避けようと翼を動かすが、片翼が破れているせいでうまく飛び立つことができない。バサッ、バサッと不恰好に羽ばたく。
「させん!!」
そこにギルド長が正面から強烈な風魔法をぶつける。
「グラアッッ!」
火竜が仰け反り、体勢を崩す。
俺たちから見ても、火竜の顔には『しまった』という表情が見てとれた。
「…………2回目」
アリスの呟きとともに、再び巨大な氷塊が火竜に直撃した。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォン…………!!
パキパキパキ……バキバキ…………!!
無言で火竜は氷塊に押し潰された。
「どうだ…………?」
もうこちらの冒険者は皆疲労困憊とした様子だ。だが幸い誰も死んでいない。
「もう起きあがるな……」
草原に膝をつくギルド長が苦虫を噛み潰したような顔で言った。しかし、氷から猛烈な水蒸気が上がりだす!
「くそっ…………!」
もう限界だとばかりに冒険者たちは火竜のしぶとさにショックを受ける。だが、そのことよりも下から現れた火竜の姿に、冒険者たちはたじろいだ。
「ひっ……………………!」
「まじかよ!」
火竜の左右の翼は折れ、体も傷だらけ。まるでドラゴンゾンビのようだ。だが、目だけは違う。
怒りに溢れ、すべてを呪い殺しそうだ。
「お、俺たちは…………!」
あの火竜は、我が子を探しに死物狂いでやってきたここで、子供を奪還することも叶わず殺されようとしている。
俺がやっていることは正しいのか…………?
「おいっ!?」
直ぐに考えるのを止めた。火竜の魔力が動き始めた。そして、全ての濃密な魔力をブレスに還元しようとしていた。その視線の先には、俺たちの町がある。
「やめさせろ!! 町を狙ってる!!」
ギルド長が叫びながら、自身も風魔法を使い火竜を攻撃する。だが、もうギルド長も限界を越えている。ついに鼻血を流しながら地面に膝をつき、一歩も動けなくなった。
「とぉまれえええええええええ!!!!」
倒れていた冒険者たちも起き上がり、必死に魔法を撃ち、斬りかかる!! 群がる冒険者たちに対し、火竜は尾を振り回し、翼で殴りかかる。
どちらも必死だった。
「ユウ!」
レアが風を纏う! 俺もゴードンの治療を終え、身体強化を施し参戦する。俺の身体強化した状態なら、普通の冒険者が一度剣を振る間に10回は斬れる。そして、火竜を斬り刻む!
ズバババババババッ…………パァン!
俺とレアで火竜の両側のわき腹に深い切り傷を刻んだ。
「グガララア…………!!」
火竜から悲鳴が上がる。
ゴボォ…………ビシャビシャ…………!!
火竜が口から血を吐いた。牙の隙間から血が流れ落ち首もとをつたって地面に大量の血だまりができる。
「フッ、フッ、フッフーッ!!」
息をするのも辛いのか、火竜が苦しげな表情を見せる。だが、それでも火竜は止まらない!
「避けろ!!」
誰かが叫んだ。後ろから迫る尻尾を屈んでかわす!
ブオンッ!!
「ぐぎゃあ!!」
頭の上を風が通過していった。今の攻撃が冒険者2人を直撃し、吹き飛ばす。この火竜だと、足すらも大木並の太さだ。直撃を受ければさすがの上級冒険者たちも重症を負う。
焦りからか大怪我をし戦線を離脱するものが増えてきた。
とその時、火竜の尻尾から弟を庇ったリブロ兄が尻尾を弾いた格好のまま無防備になった。
「アニキッ!?」
「しまっ…………!!」
火竜の右腕の爪がリブロ兄の脇腹を貫いた。血が線を引きながら、吹き飛んでいく。
「「「リブロッ!!!!」」」
「あれはまずいっ! レアここは頼む!」
コクンと頷くレア。
「…………せっ、やぁああああああああ!!!!」
レアの剣技が炸裂した。
岩をバラバラにした技だ。風を纏った全力のレアの攻撃は火竜の腕を切り落とすまではいかずとも、表面と内部をズタボロにした。
だがレアをもってしても致命傷を与えるには足りない。
「グガアアアアアアアアア!!!!」
レアの攻撃に火竜は悲鳴を上げる。
健を斬られたか、もはや両腕がダランと垂れ下がり、血が滴り落ちている。頭だけ必死に首を上げ前を向いているが、腕をまったく動かすことができないようだ。その隙にリブロ兄を戦線の脇へ引きずっていく。
レアは残りほとんどの魔力を今の一撃に込めていた。もう長くこの場を抑えることはできないだろう。
「おい! 生きてるか!?」
「アニキ! アニキィ!!」
意識がなく、腹には小さく向こう側の景色が見え隠れする。
「おい! 今から全神経を集中してお前の兄の治療を行う! 火竜の攻撃が来たらなんとかしろ!!」
「わかった。俺が命を懸けて止める! だからアニキを頼む!!」
リブロ弟が火竜に向けて武器を構える背後で、俺は傷口に手を添えて叫んだ。
「…………治れぇえええええええ!!」
リブロはまだ生きている。その証拠に周囲の肉がザワザワと動きだし、再生し始めた。貫通はしているが、幸い背骨や肝臓に傷はついていない。ただ、肋骨と太い血管が何本も破れている。賢者さんも導入し最速最善の治療を行う。
まだか…………!?
だが焦りは禁物だ。集中力を欠いてなんとかなるほど命は軽くない。
重要箇所に並列思考で意識を向け、回復魔法で細胞分裂を急激に促進。血管の縫合と洗浄・殺菌を行い、失われた血液の製造を働きかける。
「よし!」
まだ皮膚組織の再生は済んでいないが、ここまでこれば大丈夫だ。心臓も動いており、呼吸もある。
「なんとか、なったか…………!」
汗を拭いながら言った俺の声を聞いて、リブロ弟が振り返った。
「ユウ、すまねぇほんとに助かった!! てっきりもう手遅れかと…………! こ、この恩は一生忘れねえ!!」
リブロ弟が兄に覆い被さりながら泣いた。
「しっかりアニキを守ってろ!」
そう言い残して再び走った。
1分ほど離れただけだったが、復帰してみればもはやレアとカイル、フリーしか最前線に残っていない。それに、レアは怪我こそないが魔力がほとんど空っぽだ。ちょうどその時、火竜の尻尾がレアを直撃した。
「うぐ…………っ!」
レアは吹っ飛ばされ、岩に激突して止まる。
「レア!」
纏っていた風がクッションとなり、それほど傷を負ったわけではなかった。だがレアももうリタイアだろう。
「ユウ、私まだ行ける……よ!」
レアがまた剣を片手に、笑顔を作って起き上がろうとする。だが、肩がプルプルと震え、全く力が入っていない。
「もう十分だ。魔力ももうないんだろ? おかげでリブロは助かった。そこで休んでろ」
「助かったの!? 良かった…………死んだかと! 後は、頼んだよユウ!」
レアはホッとしてその場にへたりこんだ。
「ああ。まかせとけ」
暴れまくる火竜に目を移す。
「がっ…………!」
ちょうど、フリーが火竜の尾に真上から叩かれ、気絶しながら地面に沈んだ。
「おいおい、今の生きてんのか!?」
いや、よく思い返せば間に刀を挟んでいた。死にはしないはずだ。
「クソッ」
カイルが悪態をつく。前線に残るはカイル1人だ。そういうカイルもすでにボロボロだ。左足ふくらはぎからの出血が酷く、脇腹からは絶えず血が流れている。
対する火竜も全身ボロボロの血まみれだ。鱗は剥がれ、肉どころか骨まで露出している。だが、死んでもこのブレスを撃つと決めたのか、一向に止まる気配がない。
ついに、ブレスを吹くために体をそらし始めた。
「ブレスくらい、俺がもう一度斬ってやる!!!!」
残ったカイルが、ガス欠寸前の状態で前へ出る。
「無理だカイル! さっきとは違う!! 下がれ!」
ギルド長がカイルを下がらせるが、それでも戦おうとする。怪我で下がっていた冒険者たちも再び起き上がり、地を這いながらも死に物狂いで止めようとしている。
なぜなら、このブレスのコースは町を直撃するからだ。
火竜は残る全ての魔力をブレスへと還元している。このままじゃ、俺たちが全滅するどころか、町まで大きな被害が出る。
「私が、命を賭してでも止める……!」
ギルド長が、両手を広げて町と火竜との間に立った。
いくらなんでもギルド長も限界を超えている。無茶だ。
「俺が…………」
やるしかない。ここを防がないと、何千、何万人という人間が死ぬ。
だが俺に…………できるのか?
火竜が命を棄ててまで放つブレスを、1人で止めることができるのだろうか?
そびえ立つ火竜の身体はあまりにも巨大で、ちっぽけな俺とは比べ物にもならない。
「いや、そうだな……」
ここで俺が町を見捨てれば、あの世でデリックに勘当されてしまう。そう思うと、やるしかないと思えてきた。
火竜に立ち塞がるギルド長の肩を後ろから掴む。
「…………退いてくれ」
「お前、防げるのか?」
ギルド長が問う。
「わからん。でも、この中でまだ余力があるのは俺だけだろ?」
魔力だけには自信がある。それにゴードンの働きや、負傷者の治療で下がることもあったため、俺はまだ無傷だ。
隣ではアリスが尻餅をつきながら、ポカンとした顔でこちらを振り返っていた。まるで『Eランクが何を言ってるのよ』とでも言いたげだ。
アリスの魔力はあの2発の大魔法でとっくに底をついていた。
「ああ勝手にしろ!! 失敗したら私がお前を殺すからな!」
ギルド長はそうキツイ言葉を使いながらも、目は俺をしっかりと見ていた。
「ああ」
火竜の口内が光りだした。すさまじい光だ。その熱量からか火竜の歯がピンク色に光り、溶け出している。
「ユウ、なんとかしてくれ!!」
「ユウ!!!!」
「町を頼む…………!!!!」
地面に這いながら冒険者が叫ぶ。
「まかせろ」
そう返事を返し、全部の冒険者たちの前に立った。
後ろにはレア、カート、ゴードン、サリュにキース。アリス、ギルド長、リブロ兄弟…………そのずっと後ろには町の皆がいる。
ドッッッッッッッ…………!!!!!!!!
火竜から衝撃波を発生させるほどのブレスが放たれた。
もはやブレスとは言えない、白い光のレーザービーム。
月明かりを上書きし、何もかもを照らしながら、音速を越えたブレスが迫る……!
眩しくて目を開けるのがやっとだ。大量の魔力を一度に刀に圧縮する。魔力が吸いとられる感じがする。
刀が揺らぐ。そして振動が始まった。
なんとなくわかる。もうこの刀はダメになる。
無視して魔力を込める。一度にごっそりと魔力が抜け、体が震え出した。前にもあった感覚だ。
胃の中の物がせり上がってくる。気持ち悪い。目の前が真っ赤に染まる。
「目から血が……!!」
レアが心配の声を出す。それでも魔力を込める。
込める。
込める。
込める…………!
レーザーが迫り、眩しくて何も見えない。だが、空間把握内を超高温が突き進んで来るのを感じる。
「ここだ…………!」
刀を真上から振り下ろした…………!!!!!!!!
ゴゥッッ…………!!
一瞬で、体の両脇を豪風と灼熱が通り過ぎていくのを感じた。
斬った………………………………。
ブレスは真っ二つに別れ、地面に真っ赤な擦過痕を残しながら、後方へと飛んだ。直撃した木々は一瞬で灰となり、幅20メートルほどの炎の道がどこまでもできる。そのまま一瞬で彼方へと消え去った。
「はぁっ! はぁっ、はぁっ…………」
再び訪れた暗闇に目が慣れてから振り返れば、皆も、町も無事だった。
そして、目の前の融解した地面の後を目で辿ると、右肩から先と、右足太腿、翼を半ばから断ち斬られ、血の海の中、地面に倒れ伏す火竜がいた。
「フーッ、フッー、グラッ…………」
そんな状態でもあるに関わらず、信じがたいことにまだ息がある。竜の生命力はすさまじい。
ブレスの勢いに太刀筋がずれたか…………。
俺の斬撃は確かにブレスを斬り裂き火竜へと直撃したが、命を刈るまではいかなかった。
呆然としていた冒険者たちの意識が現実に戻ってきた。盛大に歓声が巻き起こる。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!」」」」」
皆が武器を握ったままガッツポーズをする。
「まじでやりやがった!! 本当に…………斬りやがった!」
立ち尽くしたカイルが、ボソッとこぼす。
火竜の元へ歩きたいが、魔力の使いすぎか足元が覚束無い。
ピチャピチャ…………。
火竜の血溜まりを踏んで、フラフラと火竜のもとへ歩く。
火竜はもう起き上がる気力もないのか。身じろぎもしない。傷口からは絶えず血が流れ続けている。だが、目だけは睨み付けるように俺を捉えていた。
「お前、悔しいのか?」
何も反応はない。ただその瞳はじっと、俺をとらえていた。
「すまん。お前の子供を殺したのは俺たちだ」
ボロボロの火竜の目から涙が流れた。
どれだけ悔しいか。辛いか。想像もできない。同じ立場なら俺は怒りに狂ってるだろう。
「お前の子をさらった元凶は俺が責任を持って罰してやる。だから、ゆっくり休め」
再び刀に魔力を込める。
「…………っ」
ゴトン。
火竜の首が地面に落下した。
その瞬間、再び歓声が山中に響き渡った。
…………バキンッ!
半ばまでヒビが入っていた刀は限界が来たのか、折れてしまった。
後ろでは冒険者たちの歓喜の声が鳴り続いている。
そうか、俺、町を守れたんだ。
「ははっ! あはははは」
素直に喜べることが嬉しく、自然と顔がほころぶ。
アラオザルのようにはさせなかったぞ、デリック!
皆の方を振り返ろうとした時、
「んっ…………?」
頭がぼうっとするような…………。
視界が安定しなくなってきた。
少し体が揺れるだけで大きくぐわんと動く。
右にふらつき、踏ん張る。
あれ? 変だな…………。
気付くと、目の前に地面があった。
読んでいただき、ありがとうございました。
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※過去話修正済み(2023年12月10日)