第29話 アリス
こんにちは。
いつもありがとうございます。
火竜討伐に向け、俺たちはすぐにギルドを出発した。
今は昼過ぎ。常にカツカツの暮らしをしている俺たちに馬車などあるわけがない。ギルドの馬車はRPGのゲームでよく見られたキャラバン隊のような幌馬車だ。曲線の屋根が防水布で覆われている。ちなみに馬車を引くのは馬だったり、魔物だったりする。
「おいユウ、レア! 乗ってけよ」
青空の下レアと歩いていると、町の門を通過した頃カートの声がした。
「ん?」
見上げると、幌馬車の中、日陰にのんびり座るカートたちがいた。
「へ? お前らそんなの持ってたの?」
くそう。うらやましい。
カートたちはちゃっかり馬車を持っていた。
「お言葉に甘えて…………」
俺とレアにプライドなどない。
カートたちの幌馬車は広く、俺達が乗っても十分なスペースがある。ちなみにゴードンは徒歩だ。さすがに馬車には乗れなかった。巨人族は人間よりも遥かに体力があり、これくらい平気で歩けるそうだ。
「良くこんなの持ってるな。いくらしたんだ? Bランクでも持ってるやつ少ないだろ」
「ああ、これな。サリュが昔ヴォーグレースで1発当ててな」
「いいじゃない。おかげで助かったでしょう?」
どや顔のサリュにカートたちがなんとも言えない顔をした。
冒険者の集団は、ギルド長の乗る馬車を先頭に列をなして進んで行く。
町のそばは草原で気持ちいい風が吹いていたが、進むにつれ石ころが転がる荒野になってきた。雨が皆、山の向こうに降ってしまうのだろうか。ちなみに魔物はカイルの機嫌が悪く威圧しっぱなしなのでまったく寄ってこない。
「カートたちは竜と戦ったことあるのか?」
ふと気になったので聞いてみた。
「あるわけないだろ? 竜は出会ったら逃げるべき相手だ。お前と一緒にされたら困る」
「俺だって逃げるわ。あ、でもワイバーンなら前にいっぱい狩ったな」
ジズのところで出会ったワイバーンの群れを思い出した。
「ワイバーンをいっぱい? 漁でもしてたのかお前」
「まぁ、そんなとこだ」
害獣駆除兼、ジズの食糧確保としてだけどな。
「ワイバーンでも空を飛ばれちゃ、機動力で圧倒的に不利だから俺たちも相手できて1匹までだな」
「へぇ、そうなのか。じゃあ今回の成竜となるとどうなんだ?」
「大きいやつで翼を広げると20メートル。鱗は硬くめったな攻撃は通さない。爪や牙は盾を貫き、火竜のブレスは岩をも溶かす。まともに喰らえば生きてはいられない。でなくても何人喰われるだろな……」
「そんな奴を相手によくこの人数が集まったな」
皆明るく振る舞っているが、緊張の色が見え隠れしている。
「竜を倒すと箔がつく。もう一段階上に行ける可能性が出るからな。皆それが狙いだろう」
「もう一段階上ねぇ」
種族レベルを上げることは重要だ。カイルと戦って実感した。
「後は…………皆町を守りたいんじゃないか?」
「町を?」
俺が疑いの目を向けると、カートが怒ったように答えた。
「おいおい、冒険者なんて荒くれ者の集まりだと思うかもしれないが、拠点の町にはやっぱり愛着が湧くさ」
「なるほどな。キースたちもか?」
馬車に乗っているキースやサリュにも聞いた。
「町を守りたいのもあるっすけど、俺達の目標は竜を狩ることなんすよ。それが思ったよりも早くなっただけっす!」
キースが言う。
「そうだ。俺たちは竜の首をとって上に行く。火竜を倒すんだ」
「「「「おう(ええ)!」」」」
馬車の外からゴードンも返事した。
ほんと良いチームワークだ。俺も今はレアだけだが、もっと人数を増やして世界に名を轟かせられるパーティにしたい。
「レア、俺達だけだとさすがに火竜は厳しいか?」
隣に座るレアに聞いた。
「それは無理だよ~」
レアは猫耳をペタンと寝かせて首を横に振る。そして続けて話した。
「せめて2人ともAランクに上がってからじゃないと。今回、ギルド長は数の力で押し通すつもりなんだろうけど、通用するかはわからないよ。竜が相手だと人数に意味はないの。ブレス1発で全滅しちゃうこともあるから」
「なるほどな。そこまで言うなら今回は無茶はしないでおこうかな。下手すりゃ死にそうだ」
「うん、焦る必要はないよ」
◆◆
暫くして日が傾き出した頃に夕食となった。各々馬車の中や外に出て、干し肉やパンをかじっている。この辺りは大きめの岩がゴロゴロした岩石地帯になってきている。
そこで、調度良いタイミングなのでレアを誘ってみた。
「レア、アリスのとこ行ってみるか?」
「そうだね。行こう!」
アリスはギルドの馬車に乗っていたようだが、今は1人離れた場所で岩に腰掛け、パンをかじっている。
「よぉ」
「ん…………なに?」
近寄って声をかけると、アリスが顔を上げた。
アリスは黒色のブーツにニーソックス、黒のショートパンツに黒のシャツ、その上から大分ゆったりとしたこれまた黒のジャケットを着て黒い手袋をしている。黒ばっかりだ。
胸は控えめだが脚は細く、ニーソックスの間から見える太股は白くきれいだ。サラサラストレートの黒髪はショートカットのセンター分け。目は大きいが少し目付きが悪い。全身黒コーデなのが肌の白さを際立つ。身長は160センチくらいだろうか。しっかりしてそうで、声が少し大人びた感じをしている。
「俺はユウ。そんでこっちが」
俺がレアに目線を向ける。
「レアだよ!」
レアはニコッと元気満点に笑う。
「そう。あたしはアリス。それで何のよう?」
そっけない返事で、絵に描いたような無愛想だ。
人を避けようとしてるのかもしれないが、きちんと名乗り返してくれた。よくわからない人だ。それが第一印象。
=======================
名前 アリス 15歳
種族:人間
Lv :48
HP :572
MP :2752
力 :380
防御:321
敏捷:695
魔力:2996
運:17
【スキル】
・剣術Lv.3
・探知Lv.5
・魔力感知Lv.7
・解体Lv.4
【魔法】
・水魔法Lv.5
・風魔法Lv.3
・氷魔法Lv.7
【耐性】
・痛覚耐性Lv.6
・恐怖耐性Lv.5
・混乱耐性Lv.4
・打撃耐性Lv.2
【補助スキル】
・魔力回復速度アップLv.4
【加護】
・氷の加護(制御不能)
=======================
なんだこのステータス。
異常なほど魔法特化型で、しかもレアと同じ加護持ち。
ただ、『制御不能』とはどういうことだ? しかも剣術スキルも持っている。いったいどんな戦闘スタイルだ?
とりあえずアリスの前に胡座をかいてレアと座る。アリスは露骨にイヤそうな顔をするが、無視して気になっていたことを聞いた。
「なぁ、どうしていつも1人なんだ?」
「別になんだっていいでしょ?」
アリスはそっぽを向いてパンをかじる。
「いや、複数で行動した方が安全だし楽しいぞ?」
楽しいってな…………うーん、俺がこんな誘い方するとは思わなかった。だが、まぁ、嘘ではないな。
「そんな子供みたいなこと言わないで。後衛職を探しているなら他を当たってよ。あたし、パーティを組むつもりはないから」
アリスは俺たちに目を合わせずにシッシッと手で追い払おうとする。
「お前、魔術士がいつまでもソロでいけるわけないだろ」
「それはあたしが決めることよ。あたしは1人がいいの。それに…………1人の方が安全なのよ」
最後、アリスは付け足すように小さく言った。
そんなわけない。俺はデリックやレアがいなきゃ、とっくに死んでた。
「それは違う。俺は仲間に助けられたから生きてこられた」
「わかってないわね」
アリスがイライラしだした。
「どういう意味だ?」
「違うわよ…………あなたが言いたいことくらい、あたしだってわかってるって言いたいの!」
アリスは落ちていた石を俺に向かって投げつけた。まともに顔に飛んできたのでヒョイと避ける。
「それができたら、あたしは今までどれだけっ…………っ! うるさい…………っ! もういいわ時間の無駄。とにかく、あたしはあなたとは違うの。ほっといて」
アリスは泣き出しそうなくらい辛そうに、感情的にそう言うと立ち上がった。
「アリスちゃん……」
レアが立ち去ろうとするアリスに話しかけようとするも、言葉が出ない。
ふむ、やはり何か理由がありそうだ。
「お前、そんなんじゃいつか死ぬぞ」
俺たちから逃げようとするアリスの背にそう言うと、アリスがピクッと反応した。
「いいのよ。誰もあたしの辛さなんてわかってくれない」
アリスは首を横に振る。
「別にお前が何かしたわけじゃないんだろう?」
「…………さぁね。あたしはただ生きているだけ。でもね、知ってる? 人は生きているだけで誰かを傷つけるのよ」
アリスが振り替えると、自虐的に鼻で笑いながら答えた。
「そんくらい俺らくらいの年になりゃ、わかってるつもりだ」
「あなたとあたしじゃ進んできた人生の重みが違うの。何もかも。あたしはもう、他人といることに疲れたのよ」
アリスはため息をつきながら言った。
「重みねぇ…………それは、お前が魔法を制御できないことと関係があるのか?」
「っ!?」
アリスがハッとして顔を上げる。
「俺のスキルでちょっとな」
アリスがギロッと睨んできた。
「はっ、そうなの。だから何?」
アリスが吐き捨てるように言い、すぐに目線を反らす。
「何ってわけじゃないが……」
俺が話そうとすると、被せるようにアリスは言った。
「ぁあ、あたしは…………気を抜けば触ったものが何もかも凍ってしまうのよ! もう小さい頃から誰にも触れられてないの! 誰の、ぬくもりも…………」
「そういうことか。ソロにこだわる理由、納得したよ」
アリスは優しいんだろう。
「あそう! それで!? 納得できてよかったわね! 話はこれでおしまい、さようなら!!」
声を荒らげながらアリスはまるで凍えているかのように自分の肩を抱くと、また立ち去ろうとする。
おそらく加護により強すぎる魔力が垂れ流しにされていることが原因だ。『魔力操作』を取得してレベルを上げていけば制御できる可能性は高い。
「聞いてくれ。俺ならなんとか出来るかもしれない」
アリスの目を見て、訴えかけた。
「嘘よ。あなたみたいな人は今まで何人もいたけど皆そう……お金を取るだけ取って、呪いだなんだと言って結局は匙を投げるの。挙げ句の果てにはあたしを疫病神扱い」
俺を見るアリスの目は、誰も信じていない。俺を見てるようで誰も見ていなかった。
「いや、お前のそれは呪いなんかじゃない。むしろ…………」
「聞きたくない!」
そう言ってアリスは両手で耳を塞いだ。そして、俺が首から下げているギルドカードに気付いた。
「…………はっ! というか、あなたEランクじゃない。無能に私の体質を治せるとは思わないわ。早く逃げ出したらどう?」
その言い方にはカチンと来た。
「おい、ランクは関係ないだろ……」
「あるわ。実績のない人が何を言おうと今までのペテン師と同じよ」
「…………わかった。俺はこの遠征で手柄を立ててCランクまで上がる。そしたら考えてくれるか?」
ギルド長とは元々その約束だ。
レアが俺の肩を引っ張っている。
「そんなの無理に決まってるじゃない。ギルドだってそこまで易しくないわ。バカじゃないの?」
アリスは俺の提案を鼻で笑った。
「無理かどうかはお前が決めることじゃないだろ?」
「ふんっ、わかったわ。その条件飲んであげる。やってみなさいよ。できるもんなら」
「言ったな。約束だ。待ってろよ」
「ど、う、ぞ、お好きに」
◆◆
半ばケンカ別れのようになってしまった。やってしまったかなと思いながらカートの馬車へ戻って来ると
「ユウ! なんでケンカになるの!!」
珍しくレアに怒られた。
「う…………すまん。でもこれで話は進んだろ?」
「その代わりユウは絶対にCランクにならないといけなくなったよ?」
レアが頬を膨らましながら上目遣いでじろーっと見てくる。
「まぁなんとかなるだろ。元々目指すところだしな」
「はぁ~~」
ため息をつくなレア。幸せが逃げるぞ。
「あら、あなたたちアリスを仲間に誘ったの?」
アリスの話をしていたら向かいに座っていたサリュが話しかけてきた。
「そうだけど…………何か知ってるのか?」
「昔ちょっとね…………あの子は強いの。強いんだけど、いつも助けを求めてる」
「わかる気がするな」
「昔、ソロで依頼をこなしてる女の子がいるって聞いて、心配だから一緒にパーティを組もうとしたことがあるの。その時、彼女は10歳くらいだったのかな? そんな歳でしかもソロでなんて、正気の沙汰じゃない。だから一度だけゴブリン討伐の依頼を一緒に受けたの」
「ああ、あれはまだ俺がDランクの時だったな」
カートも会話に入ってきた。
「俺が前衛で、サリュとアリスが後衛の3人だった。そして俺は死にかけた」
「死にかけた? ゴブリンの討伐で?」
いや、まぁ俺も人のことは言えないがDランクで3人もいて、この辺のゴブリンに手こずるとは考えにくい。
「そう。始めは順調で、あの子カートが出る暇もないほど圧倒的な魔力で魔物を駆逐していったわ」
「ああ、本当に天才っているんだなと思った。嫉妬するほどにな」
カートはそう言って苦笑いをした。
「ホントにね。だけど…………」
途端、サリュは暗い顔で続けた。
「あの時、彼女は口癖のように『近付かないで』、『触らないで』と言ってたの。その時はなぜかわからなかった」
それがさっきアリスが言っていた触れると凍るという症状なんだろうな。
「討伐も完了して帰ろうとした時、レッドボアに襲われてる冒険者パーティを見つけた。俺たちは加勢に向かうことにしたんだ」
「レッドボアか」
レッドボアといえば、一度倒したことがある。あれはDランクからしたら倒せるギリギリの強さだ。
「助けに入ったのはいいんだが、襲われてた冒険者がヘマをしてな。俺がとっさに庇おうとしてレッドボアの牙の前に身を投げ出したんだ」
まるで英雄譚のごとく語るカート。
「…………お前な」
思わず半ギレになるとカートは苦笑いをした。
「いや、まぁ今それはおいといてな。危ないと思ったのかアリスは何か強力な氷魔法を放った」
「あれは凄かったわ。ビシッて視界一面が氷に覆われたんだから」
「レッドボア相手に過剰だな。で、どうなった?」
「レッドボアは完全に凍り付いていた」
「なら良かったんじゃないか?」
ただの思い出話かと頬杖をついて聞いていると、
「…………凍ったのがレッドボアだけならな」
カートは苦笑いでそう言った。
「まさか…………な」
そう言ってカートを見る。
「そう、俺も凍った…………らしい。目が覚めたらベッドの上だった」
「あの時は大変だったんだから、私が慣れない火魔法で必死でカートを暖めながらギルドに運び込んだのよ」
サリュが苦労を思い出しながら話した。
「そ、それでアリスちゃんはどうしたの?」
レアが気になったのか聞く。
「それがあの子、魔法を使った途端、急にパニックを起こして叫びながら頭を抱えたの。そしたら、どんどん気温が下がって空が暗くなって雪が降って来たと思ったら、町と魔物の森の間の草原ほとんどが氷に覆われたのよ」
「「そんな規模……!?」」
想像以上だ。本気の俺でもそこまでは無理だ。
「そう、もはや天変地異…………もう少しで町も飲み込まれるところだったのよ」
「レア、今までそんな話聞いたことあったか?」
「うううん、知らなかった。私がこの町に来る前だと思う」
レアはフルフルと首を横に振る。
「それ、どうやって解決したんだ?」
「詳しくはわからないんだけど、3日3晩その状態が続いて最終的に今のギルド長が解決したって聞いたわ」
「そんなことが…………アリスは大丈夫だったのか?」
「身体はね? 私、カートの容態が落ち着いてからあの子の泊まってる宿の部屋まで行ったの。そしたら、扉越しにずっと泣き声が聞こえていて…………」
「そんな…………」
原因は魔力とあの加護だ。感情が高まったら暴走してしまうんだろう。…………ずっと辛かったろうな。
「それからは、俺たちがあの子の前に姿を現したら余計に苦しめるかもしれない。だから、声をかけられていない……」
カートが声を震わせる。横を見るとレアがボロボロ泣いていた。
「レア何泣いてんだよ」
「ひくっ、だって…………それ、アリスちゃんが悪かったわけじゃないんだよね? アリスちゃんだってカートさんを助けようとして…………」
「ああ。というかなんだ、やっぱりあいつ優しくて良い奴なんだな。むしろそんなピンチを招いたカートが全面的に悪い」
「お、俺か?」
急に矛先が向き、自分を指差しては驚くカート。
「そうだ」
「そうだよ!」
レアが珍しくカートに追撃した。
「す、すまん。あの時は仕方なかった。おかげで助けようとした冒険者も無事だったんだからな」
「ならまぁ、いいか」
「いいのかよ…………」
「その直後1ヶ月ほど姿を見なくて、久しぶりに見かけたと思えば誰ともパーティを組まなくなっていたの」
サリュは目を潤ませて話した。
「ん? でも最近は落ち着いて来たのか? こないだは噴水凍らせてアートしてるの見たぞ?」
「ああ! そう言えば!」
レアがポンと手をたたく。
「そうなのか? ならまだ誘えるチャンスはあるかもな」
「ユウ、レアちゃん。あの子を助けてあげて! ユウの馬鹿みたいな魔力なら、あの子の魔力だって防げたりできるでしょ!?」
サリュは俺の手を両手で握った。
「馬鹿て。まぁ出来なくはないかもな…………」
「ならお願い! あの子寂しいのよ! ずっと孤独なの!」
サリュは目に涙を貯めながら訴えかけた。
「わかったよ。だけど、まずはこの危機を乗り越えたらだ」
◆◆
しばらく先ほど聞いたアリスの過去について考えながらぼーっと馬車に揺られていると、
「よお」
急に隣から声がかかったかと思えば、いつの間にかカイルが腰かけていた。
「うおっカイル! びっくりさすなよ!」
こいつが急に現れると心臓に悪い。
「なんだよ。火竜にビビってないかライバルの様子を見に来てやったんじゃねぇか」
シュンとした、可愛げのあるカイル。
「ライバルじゃねぇ。そもそも、あの試合はお前に譲るって言ったろ?」
「うるせぇ納得いくか。あれが本当の殺し合いなら、お前は生きて俺は死んでた。助けられた身で勝ちを誇れるか」
「はぁ、もうその話は終わりだ。それよりカイル、今回の相手は火竜だ。お前の得意属性は火。ギルド長はああ言ってたが大丈夫か?」
「心配すんな。相手が炎を吐くなら、その炎ごと燃やしつくすまでだ」
手のひらから炎を出すと、カイルはそれを握りつぶした。おそらく2つ目のユニークスキル黒炎のことだろう。
「それに、火竜の子のこともあるしな。そいつの子がもし俺が殺した奴なのだとしたら、出ないわけにはいかねぇだろ?」
「…………そうだな」
するとカイルはズイッと顔を寄せてきた。
「というか聞いたぞ? 最近お前も妙な奴を殺ったらしいな」
「妙な奴?」
「どいつもこいつもバケモノだって騒いでた奴だ」
「ああ、あれのことか。何だったのかはわからん。とにかく被害が拡大する前に塵にしただけだ」
「うちのフリーがやられたが、それほどの奴だったのか?」
カイルのフリーに対する信頼は厚いようだ。
「ああ。再生能力といい、進化速度といい厄介だったな。あれはBランクには厳しい。再生を上回れる火力が必要だ」
「それほどか。そりゃお前がいて良かったぜ」
「まぁな。そういやカイル、関係あるかわからないが、町に不審者が侵入したのは知ってるか?」
「不審者? 誰だ?」
「それが分かりゃ苦労しねぇよ。2人組だそうだ」
「2人組?」
とたん、カイルが黙りこんだ。
「どうした?」
「いや、俺が火竜の子供を見つける前、その洞窟の近くでだな。顔を隠した妙な3人が襲って来たんだ」
「3人? 2人じゃないのか。そいつらはどうしたんだ?」
「いや、その時は盗賊かと思って1人斬ったら、怪我したそいつを背負って逃げていきやがった。斬った野郎は致命傷だったと思う」
「戦うつもりはなかったのか…………で、跡を追ったのか?」
カイルは苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振った。
「いや…………」
「おい」
「むしろその時は洞窟の奥の竜の気配が気になってたんでよ。そっからは飛び出してきた火竜と喧嘩だ」
なるほど。斬られた1人が途中で力尽き、残った2人組が町に逃げ込んだのだとしたら辻褄が合う。だとしたら、カイルに斬られた奴はどこかで死んだ…………ん?
「…………待て。お前はどんな風に3人のうちの1人を斬ったんだ?」
「ああ? 確か、こう…………胸に、左から右に若干斬り上げるように入った気がするな。胸骨も真っ二つだ」
カイルが無手で刀を振る格好をした。
賢者さん覚えてるか?
【賢者】はい。例のバケモノにも同じような傷跡がありました。
「レア!」
「うん。ということは…………! どういうこと?」
ガクッ!
「あの俺が殺したバケモノの胸にも同じ刀傷があった。あのバケモノはその3人のうちの1人だったんじゃ?」
「あっ、ほんとだ! てことはやっぱり、元は人間…………?」
「ああ。辺境伯の話と噛み合わせれば可能性が高い。確か、あれは帝国で開発されていた技術の副産物だと……まさかその3人は帝国の者か?」
「帝国?」
カイルが眉をひそめる。
「待ってくれ。これは先にギルド長に話を持っていかせてくれ」
俺は走る馬車から飛び降りると、先頭を行くギルド長の馬車へと走った。
ーーーー
「…………そうか」
ギルド長にそのことを伝えると、思ったより反応は素っ気ないものだった。
「おいそれだけか? ヘタしたらもっとヤバいことが裏にあるかもしれないんだぞ?」
「そこはもうあの領主の管轄だ。ギルドは国に依存しない。帝国のことは忘れ、今は火竜に集中しろ」
「ちっ、わかったよ」
「いや、すまんな。報告感謝する」
「ああ」
恐らく、ほとんど予想はついていたんだろう。となれば、とりあえず俺らは目の前の脅威に備えるだけだ。
戻るとまだカイルが居候していた。カートの馬車に無断で乗り込み、炎を文字のように動かして遊んでいる。
「…………しかしお前はとにかく炎が好きだな」
隣に座ってカイルに聞いてみた。
「俺は物心ついたころには火を操って遊んでたからな」
そう言いつつ、カイルは炎の小鳥を3羽作り出し、馬車の内と外をぐるぐる飛び回らせる。
「うおっ! あちいっ!」
火の小鳥から落ちた火花がカートに当たりビックリしている。
「ははは! まぁこんなところだ」
「ユニークスキルだよな?」
「そうだ。こいつのおかげでここまでこれたと言ってもいい。俺は産まれた時、すでにツイてた」
「持って生まれた才能ってやつか」
そう言うと、カイルは少し複雑そうな表情で上を見上げた。
「はっ、そう言うと聞こえは良いが、実際は良いことばかりじゃない。むしろ子どものころは酷かった……。村の奴らに鬼だ、悪魔だなんて言われてな。それでも俺の両親は俺を見捨てなかった。とにかく情に厚く、周りの人間に蔑まれながらも俺を人間として大切に育ててくれた。何度か火傷させちまったが、そのおかげで今の俺がある」
なるほど。カイルは良い両親に恵まれたんだな。
カイルは火の鳥を指に止まらせながら続ける。
「それに、冒険者になればこの力は非常に役に立つ。まさに天職だと思ったよ。俺は世話になった両親への恩返しのためにも冒険者で最強になる。オメェには負けられねぇ…………」
そう言ってカイルは俺を見た。
「…………お前、恩とか感じるタイプだったんだな」
グーの拳が飛んできた。
◆◆
陽が沈み、辺りは月明かりが照らす。だが、時おり大きな雲が月を隠し暗闇が訪れる。
目的の山が見えてきた。山肌に木はなく、赤茶色の砂と岩がむき出しになっている。標高は500メートルくらいか。それほど高くはない。
「この先馬車は無理だ。徒歩で向かう! 外へ出ろ! それとここから私語は厳禁だ。火竜に気付かれる可能性がある」
外からゾスの声が聞こえてきた。
「レア、降りるぞ」
「うん」
皆ぞろぞろと馬車の荷台から飛び降り、歩きで山頂を目指す。これだけ大人数だと嫌でも目立つし、鎧を着ていれば音がする。竜に気づかれていないか心配だ。
忍び足で歩いていると、レアが肩を叩いた。
「なんだ?」
「あれ」
レアが指差す先、山頂には赤い固まりが見えた。
「ん…………?」
千里眼を使うとそれは首を丸めうずくまって寝ている火竜だとわかった。
「おいおい…………聞いてた以上にでかくないか?」
翼を広げると、20メートルはゆうに超えているだろう。
「チャンスだ。奴はまったく警戒していない。強者のおごりだな。このまま慎重に射程圏まで近付くぞ」
ギルド長が冒険者たちに合図し、皆身を潜めながら速度を上げて進む。さすがに緊張感が高まっていく。
横にいるカートたちは皆一言も発さず、その顔は泣きだしそうなくらいに強ばっている。
「おいお前ら大丈夫かよ」
ヒソヒソ声でカートたちに話し掛ける。
「大丈夫かって!? 相手は成竜だぞ? 大丈夫なわけないだろ!」
カートが小声なのにキレ気味で返してきた。
そんなになるなら町で待っていれば良かったのに…………。
「やっぱ俺たちには早かったんだ。あのバケモノで身の程を知るべきだったんだ」
キースがぶつぶつ言っている。カートたちだけじゃない。やけに鼻息荒い者、からだの震えで着ている鎧をカチカチ鳴らす者、家族に向けて何かつぶやいている者、他のやつらも緊張感が高まっている。
「おいおい大丈夫かな。こいつら」
「仕方ないよ。竜が相手じゃ、私だって恐いもん」
そう言うレアは案外けろっとしており、スタスタ歩いている。
「レアはそれほど恐がってないように見えるけどな」
「まぁ、私にはユウがいるからね」
レアがニシシと笑いながら答えた。
「まぁ俺自身、不思議となんとかなるだろうとは思ってる」
なんというか、それほど不安には感じてない。そして今のカートたちは緊張し過ぎだ。
「大丈夫だカート。死にかけたらまた治療してやるよ。だから俺を死ぬ気で守ってくれ」
そう言うとカートは軽く俺の肩を小突いた。
「ははっ、馬鹿野郎が。…………いや、そうだな。こっちにはお前がいるんだ。縁起でもないがその時は頼むぞ」
「ああ。緊張しててもいざというとき体が動かないだろ? 肩の力を抜け」
「はぁ、確かにそれは言えてるな。ありがとうよ」
カートはフッと笑った。
その時、
「全員、構えろ…………!!!!」
ギルド長の声が響き渡った。
読んでいただき、ありがとうございました。
火竜との戦闘は次回になります!次回もよろしくお願いします。
※過去話修正済み(2023年11月30日)