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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第2章 町へ
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第27話 不審者

こんにちは。

いつもありがとうございます。


 カートたちが先に町へ入った後、門の前でレアがあることに気付いた。


「あれ? 今日はいつもの衛兵さん、いないのかな?」


「言われてみれば…………どこ行ったんだ? 休憩か?」


 普段、衛兵は日が落ちようが交代で常に警備をしていたはずだ。


 レアがまわりをキョロキョロと見回す。


「あ、あそこ!」


 レアが指差す先、門の魔石灯の照らす範囲に人の足の先端がギリギリ見えた。駆け寄ると、真っ暗闇の中いつもの衛兵さんが町を囲う壁にもたれ掛かかるように倒れていた。


「おいおい今日はどうなってんだ…………!」


 慌てて駆け寄って治療をする。思いの外傷は浅く、打撲と刃物による切傷だけのようで、すぐに意識を取り戻した。


「ん…………おお、あんたか。すまない」


 衛兵は頭に手を当てながら、ゆっくりと上半身を起こす。


「何があった?」



 ーーーー



 話を聞くと、暗くなってすぐ2人組に襲われたらしい。


「くそっ、町を守るはずの私がこうも呆気なく負けてしまうとは…………!」


 悔しそうに地面をグーで叩く衛兵。


 うーん、衛兵を襲って不法侵入するほどなのだから、犯罪者か、正体を明かせない者か…………それにしてもやり方がずさんな気がする。余程焦っていたとか?


「どんな奴らだった?」


 そう聞くと、衛兵は目を伏せて首を横に振る。


「わからない、フードを目深に被っていた」


 身分を証明するものを見せろと言った途端、示し会わせたように2人して襲いかかって来たらしい。会話らしい会話はなかったようだ。


「これからギルドに行く用事があるから、ギルド長に報告しとくよ」


「すまんな。俺も領主の耳へ入れておく。危険人物が2人町へ入ったとな。あんたたちも気を付けろよ? 奴ら、手練れだった」


「ああ」



◆◆



 魔物の森に現れたバケモノと、町へ入った2人の危険人物について報告するため、ギルドの扉を開く。開いた途端に溢れ来る音の嵐。


「なんだこれ…………?」


 ギルドの中は飲めや歌えやのお祭り騒ぎだった。

 ビールジョッキや酒瓶を持ち、高揚して叫んでいる者もいれば、テーブルの上に乗って踊っている者もいる。見たことのあるギルド職員も一緒になって呑んでいた。


「な、なんだろうね?」


 うるさ過ぎて耳を押さえながら混乱するレアと一緒にギルド内を見渡すも何があったかわからない。


 埒が明かないので、走り回るその辺の冒険者の襟首を掴まえる。


 ぐいっ!


「うおっ! お前ユウじゃねえか!」


 突然襟首を掴まれ、驚く男に聞いてみる。


「おい、これどういう状況だ? 何があった?」


「おいおい、知らねぇのかよ! カイルが()()()()()()んだ!」


 目を爛々と輝かせて興奮したように話す男。


「火竜を…………?」


 驚きの事実に混乱する。


「ああ、と言っても5メートルくらいの子供だ。だが火竜は火竜! まさか、生きてるうちにこんな出来事に出くわすとはな!!」


 冒険者はさぞ楽しそうに言った。


 それでこの盛り上がりか。そういや昼間カイルはギルドからの依頼でいなかったな。これだったか。

 しかし昼間の事件を忘れてこの騒ぎとは呑気な…………。


「カイルはどこだ?」


「カイルならあそこだ。もうかなり出来上がってる」


 男が指差す先を見ると、椅子とテーブルが積み上がった山の上でビール瓶から直接酒を飲んでいた。


 …………に、しては機嫌が悪そうだな。


「とりあえずギルド長のとこ行こうよ。あのこと伝えなくちゃ!」


 皆の楽しそうな光景に、耳をピクピク動かし目をチラチラ奪われて混ざりたそうにしながらレアが言った。


「そだな」


 レアと共に受付に行くと、


「あ、ユウだー!!」


 受付カウンターに仰向けに寝転んだルウさんが、俺を指差して無邪気に叫んだ。真っ赤な顔をして酒臭い。



「「だれ?」」



 思わずレアとハモった。


「わたし! ルウに決まってるでしょー! だははー!」


 受付カウンターには酒瓶が、10本以上転がっていた。ルウさんがカウンターからその豊満な胸を押し潰しながら、身を乗り出してこちらに来ようとしている。


 俺の知ってるルウさんはどこ??


「レア、これは知らない人だ」


「…………そだね」


 レアの目のハイライトが消えていた。多分俺のハイライトも消えている。


 無視して勝手に2階への階段を上る。


「ちょっとー! 無視しないでよーー!」


 後ろから追いかけてくるルウさんの声を無視してドアをノックする。


 コンコン。


「ギルド長いるか? ユウだ」


「…………入れ」


 がさがさの声に呼ばれドアを開けると、ギルド長が左手でこめかみを押さえていた。


「どうした? 飲み過ぎたか?」


「違う!」


 その声には苛立ちがパンパンに詰め込まれていた。


「お、おう。すまん」


「ご、ごめんなさい」


 普段の無愛想さが悪化し、眉間にシワのよったその剣呑な雰囲気を見ると、単純に苛立っているようだ。何百年も生きたエルフもイライラするんだな。


 怒られ慣れていないレアがこっそり俺の陰に隠れた。


「まったく、問題は山積みだというのにバカどもが…………!」


 心の声が物理的にぶつぶつと聞こえてきた。これ明日ルウさんたちしぼられそうだな。ドンマイ。


「お、お疲れのとこ悪い。フリーたちがやられた魔物の件で話がある」


「ああ、どうだった? 何かわかったんだろうな?」


 ギルド長がギロッとにらむ。


 な、なんで俺がこんなプレッシャーを受けないとダメなんだ…………。


「何者なのかはわからなかった」


「はぁ…………」


 ため息ついて頭を片手で押さえた後、キレながら俺を睨んで言った。


「なら、そいつは今どこで何してる?」



「…………死んでるよ」



◆◆



 それから、カートたちが襲われていたこと、バケモノの異形の見た目、異常な進化速度について話をした。


「それとこれは個人的な印象だが…………」


「なんだ?」


 ギルド長が興味深そうに俺を見た。


「あれは…………人間だったのかもしれない」


「おい、頭でも打ったか?」


 ギルド長が眉をひそめて言った。


「打ってねぇよ。アイツに止めを指す瞬間、空耳かもしれんが『いやだ……』と言ったように聞こえた」


「そんなわけあってたまるか。人間と魔物は構造が決定的に違う。馬鹿馬鹿しい…………!」


 ギルド長は座ったまま机をバンッ! と手で叩いた。


「だがな、俺がそう思った理由はもう1つある。…………ステータスが、まるで人間のようだった」


「む…………」


 ギルド長は立ったまま、黙って口元に手を当てて考え込んだ。


 ちなみに聞いてはこないが、これで俺がステータスを確認するスキルを持っていることがバレただろう。まぁ隠すつもりもないからいい。


「…………もし、そうなのだとしたらこの町のギルドだけでは手に負えん。そいつの死体はどこだ?」


 あー、やっぱりそうなるよな。


 頭をポリポリかきながら、目線を反らして答えた。



「……………………ない、です」



「ない? おい、どういうことだ? 殺したんだろ?」


 ギルド長が詰め寄ってくる。


「それは間違いないんだが…………取り逃がすリスクを考えたら倒した方が良いと判断して全力で潰した。まぁ、シミくらいは残ってるかもしれんが、すまん」


「…………いや、そうか。そいつがいなくなっただけでも良い。少なくとも町の脅威はなくなったからな。そうか、そうか…………」


 ゾスの抱える問題が減ったのか、心なしか眉間のシワが薄くなり、肩の力が抜けたように見えた。


「すまんな、ひとまず町の危険は去ったようだ。礼を言う。助かった」


 うへぇ、そんな顔されたら次が言い出しにくい…………。


「あー、えー、ただ…………別件で町が安全かどうかは怪しい、かな?」


「別件? もういい。早く言え」


 うんざりしたようにギルド長は頭を乱暴に右手でかきあげた。


「ついさっき…………魔物の森側の入り口の衛兵が、何者かに襲撃された。衛兵は無事だが襲った2人組の男が町に潜り込んだらしい」


 ダンッ!


 ギルド長が机を力任せに今度はグーで叩いた。俺の後ろでレアがビクッとなる。


「なっ…………なぜこうも問題が立て続けに起こる…………!?」


 ギルド長が再びこめかみに手を当て考え込む。


「まぁいい、いやよくはないが、町の治安に関しては辺境伯の管轄だ。それはあちらに任せよう」


 そこまで言うとギルド長はトサッと椅子に腰を下ろした。


「ま、まぁ俺の報告はこんなもんだ。あと、こっちも聞きたいことがある」


「なんだ?」


「カイルが殺した火竜についてだ」


「ああ、それか」



ーーーー



 ギルド長いわく、カイルは魔物の森で、魔物の動向調査を行っていたそうだ。そこで発見したのが子供の火竜。カイルは1人で突撃し、見事に火竜を討ち取ったとのこと。


 確かにそれは凄いことだ。子供と言えど火竜は強いだろう。だが問題はそこじゃない。


「なんで子供の火竜が魔物の森に?」


 ここから一番近い竜の巣でもかなりの距離がある。竜と言えど、子供だけで巣を離れるだろうか?


「それだ。火竜には壊れた拘束器具が付いたままだったそうだ。どこかで囚われ、逃げ出したところをカイルが討伐したのかもしれん」


 火竜が拘束されていた? それはつまり何者かが竜を捕らえてたってことか。


「なんで火竜なんか、捕まえてたんだ?」


「その目的を今調べている」


 ギルド長は背もたれに深く腰掛け、ふーっと息を吐いた。


「なるほど。…………まぁ、こっちでもわかったことがあれば報告するよ」


「助かる」


「おう、ほんじゃ」


 俺とレアは騒ぐ冒険者たちをスルーして、宿に帰りながら考える。


「なぁ、レアは話を聞いててどう思った?」


「うーん…………わかんない!」


 レアは可愛くテヘッと言った。


「わかんないかぁ。ておい」


「ユウはどう思うの?」


「わからん。ただ思うのは、最近魔物の動きがおかしかったのは火竜の子供が来たからじゃないのか?」


「うーん…………。あ! 確かにサラマンダーにすごくおっきな爪痕がついてたよね?」


 レアがピンッと人差し指と耳を立てて思い出したように言った。


「そうだな」


 すごくおっきな爪痕…………?



◆◆



 ドンドン、ドンドン!


 次の日、宿のドアを強くノックする音で目が覚めた。



「失礼する! ユウという冒険者がここにいると聞いた!」



 ドア越しに凛々しい女性の声が聞こえた。


「ん?」


 今日は珍しくレアが眠ったままだ。昨日の疲れが溜まっていたのだろう。


「いるんだろう!?」


 ガチャ、ガチャガチャガチャ。


 強引な奴だ。鍵が開いていないのに無理やり開けようとしている。


「待ってくれ。今出るから…………」


 ガギッ、ゴトン…………!


 部屋の内側のノブが取れて床に落ちた。


 げっ! 壊しやがった。


「なんだ、開いてるじゃないか! 何故返事をしない!」


 バタン!


 お前が壊したんだろうが…………!


「おい勝手に…………!」


 暑かったので上半身だけ裸の俺がベッドから立ち上がって向かおうとすると、


「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 耳を真っ赤にして両手で恥ずかしそうに顔を隠す女性がいた。冒険者じゃない、立派な鎧に剣を背に装備している。キレイな明るい金髪を後ろでポニーテールにしていた。


「へ?」


「き、きききき君らはいったい朝から何をやっているんだ!!」


 プルプルと震えながら興奮したように怒鳴る女性。顔を隠し、指の隙間からきっちりと目だけが見えている。


「何って寝てただけ……」


 本当に寝てただけだ。もうレアは家族みたいなもんだし。


「で、でも2人で寝るなんて!」


「俺ら金欠で1部屋しか借りられねぇの!」


 俺が騎士に怒鳴った時、レアが目を覚ました。


「ユウ、うるさいよ~。…………何騒いでるの?」


 騒ぎにレアがベッドから起き上がり、片手であくびを押さえながらぐぐっと伸びをした。

 その細い体と大きめの胸に獣人のしなやかさが相まって、すごく艶かしいポーズだ。ただしちゃんと部屋着Tシャツを来ている。まぁ胸がパツンパツンに強調されているが。


「やっぱり! あなたもそんな格好じゃないか!」


 わなわなと震えながらレアを指差す女性。


 レアも暑がりで寝る時は下着が普通らしい。よってレアの下はパンツだけだった。


「レア。ズボン履いてくれ」


「あ」



◆◆



「で、あんたは誰?」


 俺らはきちんと服を着てから来客に宿のテーブルを挟んで向き合っていた。


「わっ、私はこの町の領主様に仕える騎士のアニーだ」


 アニーという騎士様は今更取り繕うと、凛々しい顔でそう言った。


「へぇ、可愛い名前だな」


「かっ、可愛いだと!? 貴様、騎士に向かって無礼な!」


 派手なリアクションで、耳を赤くした騎士様の長いポニーテールが揺れる。


 髪はサラサラキレイで、顔もキリッとしていて美人なんだけど、そうなんだけど…………めんどくさそうで残念そうだな。この人。


「はぁ、勝手に来た挙げ句に」


「ぐっ…………」


「勝手にドア壊してー」


「ぐぅっ…………!」


「勝手に部屋に入ってー」


「ぐうう……」


「勝手に悲鳴を上げて騒いだアホな騎士様は何の用だ?」


 俺はテーブルに頬杖をついて聞いた。


 俺が言葉を重ねる度にダメージを受けていくのか面白い。


「…………じ、ジーク様が貴様のことを呼んでおられる。今から一緒に来てもらおうか」


 ジークってこの町の領主の名前だったよな? 俺なんかしたっけ?


「いきなり来て、今から来いはないだろ」


「そうだよー。私たちはこれから行くところがあるんだよ」


 レアも不服そうに可愛く頬を膨らませている。


 そう、今日はフィルのところにブルーボアの牙で頼んでいた剣を取りに行く予定だった。


「そうだぞ、アホ騎士」


「アホ騎士」


 レアも続いた。


「うっ…………ご、ごめんなさい。いや、扉のことはすまなかった」


 観念した彼女は落ちたドアノブを拾ってドアの前にしゃがむと、ガチャガチャと直し始めた。だが工具なしでは直せないとわかったらしくガックリとシュンした。

 だがポンッと手を叩くとすぐに立ち直り、ツカツカと歩いてテーブルの上に5000コルを置いた。どうやら宿に修理代を払ってくれるらしい。


「ども。律儀だな」


 するとアホ騎士は何もなかったかのようにビシッと切り替える。


「で、俺ら領主に呼ばれるようなことをした覚えがないぞ?」


「内容は私も知らん! と、とにかく一緒に来てくれ」


 そのように両手を顔の前で合わせてお願いしてきた。


「むちゃくちゃだ。どうするレア? アホ騎士がこう言ってるが」


 隣のレアに聞いてみる。


「うん、フィルさんのところはまた今度でいいかな」


「そうだな。てか領主って、貴族相手の敬語知らねぇぞ?」


「その辺は気にするな。ジーク様は懐の深い御方だ」


 領主のことが好きなのか、領主のことになるとドヤる。


「へぇ、そりゃ助かる」


「わかったならすぐに支度しろ」


「へいへい。アホ騎士」


 俺はベッドから立ち上がった。


「アホ騎士」


 俺に続いてこだまするように繰り返すレア。


「アホ騎士ではない! アニーだ!」



◆◆



 宿を出て、彼女について歩くこと10分、俺たちは巨大な屋敷の前に案内されていた。


「でか」


「おっきーねー!」


 3階建ての屋敷をレアと一緒に眺めていた。


 領主の屋敷はこのコルトの町の中心にあった。敷地面積2000坪以上。アニーと同じ格好をした騎士が2人入り口に立っている。中庭は芝生がキレイに整備され、常に掃除が行き届いているようだ。


「こっちだ」


 レアと感心しながら屋敷内をアニーに案内されるまま進むと、広い部屋の真ん中にポツンとソファーとテーブルが置かれた応接間に通された。壁一面の大きなガラス窓の外には綺麗な中庭が見えている。


「ここで待つように」


 屋敷に入って先程よりもさらにキリッと言うアニー。


「おう、ありがとうよ。アホ騎士」


 どうも呼びやすくて…………。


「アホじゃないってのー!」


 バタン!

 

 キレた彼女が勢いよく扉を閉めてすぐ、男が入ってきた。



「やぁやぁ、あんまりうちの子をいじめないでやってくれないかな」



 屋敷はキレイなのに、なぜかボサボサの髪で現れた男は、タレ目でのんびりとした話し方、それでいてつかみ所のなさがある種のカリスマ性を醸し出していた。年齢は30歳前半に見える。落ち着いた黒と紺色の服はいかにも高そうな生地で編まれている。


 へぇ、こいつがこの町の領主ねぇ。


 そう思いながら、どんな人物なのか観察する。


「ども」


 軽く会釈をした。


「私はジーク・F・ケインズ。この町の領主でこの国の辺境伯だ。よろしくね」


 そう短く言うと右手を差し出して来た。


「ユウです」


 がしっと握手をかわす。


「レアだよ! …………です」


 おい。


 無言でレアに目線を送るとウインクしながらチロッと舌を出した。


「まぁまぁ、座ってよね」


 そう良いながら、領主はのんびりとした動きで革製のソファに座った。勧められて俺たちもソファに座る。よく沈むふかふかのソファには驚いた。


「ユウさん、レアさん。この度は突然呼び出してすまなかったね」


 その声は柔らかく、こちらを警戒させない。


「いえ、そんなことありません。むしろ、このような豪華な屋敷に招待していただき、ありがとうございます」


 もう座ってしまっているので、レアと2人で座りながらもお辞儀をした。


 少し固くなってしまったが、これくらいの丁寧さでいいだろうか……?


「そんなご丁寧にしなくても気にしないよ。僕はね、気になった冒険者には唾をつけておきたい性分なんだ。特に君は剣闘大会ではあのカイルと引き分けたというじゃないか。レアさんだってかなりの実力者だって聞くよ」


 俺とレアへ交互に視線を送りながらジークは話す。


「はぁ」


「まぁまぁゆっくり君たちの冒険譚でも聞かせてくれないかい?」


 そうジークが言ったタイミングで扉が開き、メイドらしき女性が飲み物と茶菓子を運んできた。


「ユウ、君は最近急に名前を聞くようになったね。それまではどうしてたんだい?」


 ジークは無邪気にテーブルのクッキーに手を伸ばしながら尋ねてきた。


 いきなりだな。


「すみません、訳あってあんまり言えないんです」


「へ? どういうことだい?」


 答えを知りたがる子供のような顔で、ジークは問う。


「冒険者にだって守秘義務はあるはずですが?」


 ムッとして若干の敵対心が声色にのった。


「それはそうだけどね。でもちょっとくらいいいじゃないか」


 拗ねたように言うジーク。


「別に前科があるとか、他国のスパイだとか言う訳じゃありません」


「ならどうしてだい?」


 首をかしげる領主。


「ユウは記憶がないんだよねー」


 レアが飲み物を口につけながら、さらっと言った。


「おい…………」


 レアへジトッと目線を送ってから、ジークへ再び向き直って言う。


「まぁ、そういうことです。隠すつもりがないというより、知らないんです」


「そんなことが…………」


 驚くジークに、仕方なくレアと森で出会った辺りから話をした。

 アラオザルのことを領主に知られると言うことは、国が知るということだ。…………あの場所は誰にも踏み荒らされたくない。


「それは大変だったね…………」


 ホロホロと流れる涙をハンカチで拭くジーク。


「でもそれだけ実力があったなら、君はどこかの国の有名な冒険者だったのかもしれないね」


「そうですね」


「じゃ、この町で冒険者になってからを教えてくれるかい。あの、冒険者たちがやられたという、バケモノはどうだった?」


 へぇ、情報が早い。


「もう知っているんですか?」


「まぁね。皆が魔物じゃなく、バケモノだと言っているのが気になってね。それと出くわした時、君はどんな印象を受けた?」


 変わらない雰囲気でメイドが入れてくれた飲み物に手を伸ばしながら話すジーク。


「どんなってバケモノですよ。異様な姿かたちに急速な進化、魔物よりもずっと気分の悪い生き物でした」


「ふん、なるほど…………他には?」


 頷いた後、目の奥を光らせて聞いてきた。


 ん…………それが知りたかった情報じゃないのか?


「他、ですか…………そう言われても、それくらいしか」


 困ったな。何が聞きたいんだ?


「君がそいつに止めを差したのなら、何か感じることはなかったかい?」


「…………?」


「伝わらないか…………そうだねこう言い換えよう。人間のようには感じなかったかい? どこか人間くさい仕草があったとか」


 お菓子に手を伸ばしながら聞くジークは、柔らかい雰囲気のままだ。


「なっ…………?」


 何故そんなことを聞く? あのバケモノの最後の叫び声は本当に人の言葉だったのか?


「何を…………知ってるんです?」


 そう聞いても、彼は変わることなく穏やかな表情をしていた。


「いや、ゾス君から話を聞いてね」


 なんだ、俺がギルド長に話した話が先回りしただけか。


「しっかりギルド長から話聞いてるじゃないですか」


「まぁね。君の純粋な感想を聞きたくて」


「…………人間かもしれない。そう感じたことは事実です。これでいいですか?」


「なるほどね」


 領主が少し考え込むような仕草をした後、予想外の言葉が飛び出した。


「すまない。別に問い詰めるつもりはないんだ。実は王都で、帝国の開発中の兵器にそのようなものがあると聞いたことがあってね」


「兵器?」


 黙って聞いていたレアも一緒に驚いていた。帝国と言えば、この国カルコサ王国が東側で接している国だ。レアも帝国と仲は良くないと言っていた。


「その兵器は、使用者の戦闘力を一時的に上げることが出来るが、使い方を誤れば副作用で醜い化物になってしまうらしい」


 ジークはここで初めて苦そうに口元を歪めた。


「俺が倒したバケモノはそれが原因だったんじゃないかと言うことですか?」


 色々と文句をつけたけど、辺境伯はこのことを確認したかったんじゃないか? そう感じた。


「そういうこと」


 ジークは俺の目を正面から見る。


「その兵器が原因でバケモノになった者を見てないからわかりませんが、100%違うとは言いきれません」


「なるほど。それはそうだね。ありがとう」


 ジークは優しい笑顔を見せた。


「いえ」


「あと、話は変わるけど、こないだうちの衛兵を助けてくれてありがとうね」


 そう言うとまたお菓子に手を伸ばすジーク。


 かなり甘いものが好きなようだ。


「いえいえ、たまたまですよ」


「もしや、君は回復魔法も得意なのかな?」


 辺境伯がずいっと身を乗り出して聞いてきた。


「ほ、ほどほどにですね」


 そうして、計1時間ほど会話して帰った。ほとんどがどこに住んでるとか、休みの日はどうしてるとか、どうでもいい話だった。


 辺境伯は一見何を考えているか分からないが、民を第一に考えているようではあった。ダルそうに話すからやる気がなさそうに見えるが、実際はそうじゃない。仕えている者たちが彼を慕っているのがその証拠だ。

 帰る際、屋敷に勤めている者が、俺たちとすれ違うたびに足を止めてお辞儀して行った。礼儀を大切にした教育が徹底的に行き届いているようだ。


 貴族への印象が変わった1日だった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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※過去話修正済み(2023年11月20日)

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