第25話 強者
こんにちは。いつもありがとうございます。
今回は途中からカート視点になりますので、ご注意ください。
試合から2日後、ギルドからの通達があり、俺とレアはギルドの受付にいた。
「ユウさん、おはようございます。先日は見事な戦いをありがとうございました」
ルウさんが前で手を揃えて丁寧に腰を折る。賭け事でハイテンションだった時の姿からは似ても似つかない。
「どうも。それで今日は?」
「はい、昨日の賞品についてなんですが、一度ギルド長の部屋までお越しいただけますか?」
「レアも一緒でいいか?」
「はい、かまいませんよ」
にっこりと返事したルウさんについてギルド長の部屋への階段を上っていく。
コンコン。
ルウさんがドアをノックした。
「入れ」
呼ばれるがままに入ると、あのギルド長が執務机に偉そうに腰かけていた。にこりともせず、相変わらずの無愛想だ。
「よく来た。さっそくだが、まずはこれが優勝賞金の50万コルだ。決勝は引き分けだったから残り半分はカイルに渡してある」
そう言ってギルド長は硬貨の入った革袋をトサッと机の上に置いた。
「ども」
置かれた革袋を受けとる。
「やったねユウ!」
レアが喜んで、手を出してきた。
「だな」
パンッとレアとハイタッチをした。
「素のままでカイルに匹敵する前代未聞の人材だ。貴様のような者がいてくれてうちも領主も助かる」
そう言うと微かにギルド長の顔が緩くなった。
「そりゃどうも」
「それで賞品についてだが、どうも竜の牙に見合うものがない。何か希望はあるか?」
代わりのものを聞いてくれるなんて、案外律儀だな。
「んー、なんか珍しいものとかないか?」
「珍しいものか…………そうだな」
一瞬あごに手を当てて考えたギルド長は、机の引き出しから鳥の形をした銀のペンダントをシャランと出した。
「このペンダントは、話によると一度だけ致死ダメージを無効化できるらしい」
ギルド長の手に持ち上げられたそのペンダントに一瞬既視感を抱いたが、その発言にすぐにそのことは吹き飛んだ。
「は? 致死ダメージを!?」
「まぁ、恐らくまがい物だ。入手経路も不明であれば鑑定もできない。…………効果を試すわけにもいかないしな」
「そりゃそうだ…………でも、まぁそうだな。もらっても?」
なんか、一瞬感じたんだよな。
「ああ。逆に聞くがいいのか? もし偽物だったならお前は大損だが」
「…………んー」
どう思う? 賢者さん。
【賢者】正直、わかりません。ただ偽物であろうと鑑定できるはずなので、特殊な物である可能性は高いです。
なるほど。賢者さんでもわからないか…………いやむしろそのことに興味が引かれるな。
「よし、報酬はそれでいい」
「わかった」
どこかほっとしてゾスの手から引ったくるようにそのペンダントを取った。
その時だった。
◆◆
仕事が終わり、疲れた状態でアパート1階の玄関の扉を開ける。少し古びて錆びついた玄関の扉は、無愛想な音を立てた。
ガチャ。
社会人になって3年目、もう新人だからという言い訳が効くわけもなく、胸の奥底にドロドロとした嫌なものが溜まっていく。
「ただいまー。はぁ、疲れたー」
靴を脱ぎ、玄関を上がる。
タタタタタタ!
俺の気分とは真逆の、軽快な足音が近付いてきた。
「おかえりー!」
妻がいつもどおりの嬉しそうな笑みで俺を迎えてくれた。
心のモヤモヤとしたわだかまりが、ほぐれていくのを感じる。
そう、俺は…………。
◆◆
「お前、そんなに嬉しかったのか?」
ゾスが気持ち悪そうに、ひきつった顔で俺を見ている。
「へ?」
どうやら俺はペンダントを受け取ったまま固まっていたようだ。
「え? 何言ってんだ?」
レアが下から俺の顔を覗き込んできた。
「…………だってユウ、泣いてるよ?」
◆◆
「良いものが手に入ったな!」
ギルドを出てからハッキリと喜んだ。どうもあのギルド長の前で本音を出すのは嫌だ。
「そ、そのペンダントってやっぱり本物なの!? だからユウも思わず泣いちゃったんだ……!」
レアがワクワクした様子で言う。
「泣いた? …………ん? あ、そうだな」
一瞬、なぜか自分が泣いたことを忘れてた。あれはなんだったのか…………。
え、あれってなんのことだ?
…………いや、そうか。このアクセサリーだ。お守り代わりに持っておこう。
「まぁいいか。じゃ今日はこの賞金でレアにうまい食べ物でもおごってやるよ!」
「ほんとぉ!? やったあ!!」
レアが飛び跳ねて喜んだ。そして俺は首からそのペンダントをかけた。
ギルドを出て、馬車が行き交う大通りを歩きながら考える。両サイドには屋台がところ狭しと並び、食欲を掻き立てる匂いがプンプンとする。
「何が食べたい?」
レアに聞いてみると、返ってきたのは
「そうだねぇ…………! うーん、ユウが好きな食べ物!」
「いや、そこはレアの好きな食べ物だろ。遠慮は禁止」
レアは俺をたててくれようとするが、できれば対等な関係でいたい。
「遠慮なんかしてないよー。第一、それはユウのなんだからユウも選ばなきゃ」
「わかったよ。なら歩きながら一緒に探すか」
「うん!」
結局、屋台で好きなものを買い食いしながらレアにまだ俺の知らないコルトの町を案内してもらいながら観光した。
良い具合にお腹も大きくなり、カフェのテラスでお茶していると、レアが切り出した。
「ねぇ、ユウはこの先どうするの?」
「この先って?」
俺は飲み物に口をつけながらレアの方を見て聞いた。
「そろそろ町にも慣れてきて、お金にも余裕が出きたでしょ?」
なるほど、今後の方針か。確かにレアとパーティを組んでしばらく経つ。
「そうだな。次に考えてるのは、パーティメンバーの増強だ。それも俺の理想に賛同してくれる、レアみたいな奴だな」
「にしし」
『レアみたいな奴』という言葉に彼女は嬉しそうだ。
「そうだよね。やっぱり2人じゃこの先限界が来るよ」
レアも同じように思っていたようだ。
「だな。レアは近距離か中距離が得意だろ? 俺はどこもできるから、次仲間にするなら後衛専門の魔術士でどうだ?」
「いいね! でも魔術士かぁ」
レアが町の空を見ながら考えている。
「レアに魔術士の知り合いはいるか?」
「ごめん、あたしそんなに顔広くなくて、思い浮かべてみたけどいないかなぁ…………」
レアは申し訳なさそうに舌をペロッと出した。
「すまん、俺もいない。ならこの町で有名な魔術士は? できれば強い人がいいけど、1番求めるのは気が合うかどうかだな」
「う~ん。あんまりこの町で魔術に秀でた人は聞かないかな…………あ!」
そこでレアはポンと手を叩いた。
「お?」
「1人、そういえばソロで活動してる凄腕魔術士がいるよ! 変わり者だけど!」
「魔術士でソロ?」
魔術士は詠唱中は無防備になりがちだ。だから前衛と組むのがセオリーだ。
「そう。アリスちゃんって言うんだけど、ほら、ユウが初めてこの町に来た時、噴水を凍らせてた女の子。覚えてる?」
「ああ、あの子か」
よく覚えてる。ここに来た時、女の子の2人組で噴水を凍らせ見事な作品に変化させ、客を湧かせていた。
「あの時はちょっとした小遣い稼ぎでやってたんだろうけど、本当はあの子、凄い実力者なんじゃないかって噂だよ」
「へぇ、そりゃ誘ってみる価値はありそうだな」
今後、そのアリスをパーティに誘うことを決め、それから2人で食べ歩きを再開した。
食べ歩きっていざしてみると、すぐにお腹いっぱいになりがちだ。
すると屋台のおっさんに声をかけられた。
「おっ! にいちゃん。お前さんユウだろ? 試合見たぜ、凄かったな! これ、食ってくれ!」
知らない屋台のおっさんが串焼きを渡してくれた。
「ああ、ありがとう」
あの剣闘大会以降、こうして町を歩いていると、町の人に気付いてもらえるようになった。名前が売れることは気分が良かったりする。
「ユウってばすごく有名になったよね?」
レアが串焼きにかぶりつきながら言う。
「まぁな、そりゃ決勝まで行ったし…………て、ん?」
大通りの先の方が、いつもの賑わい方とは違う。やけに慌ただしい。
「なんだろうね?」
近づいてくるのは馬車のようだ。御者は相当慌てているのか立ったまま馬を操っている。
「どいてくれ!! 急患なんだ!! 道を空けろ!!」
正面から走ってくる馬車を見ると御者の男はボロボロだった。カイルが着ていたような暗い赤色の着流しを身に付けているが、所々破れ、血と土で汚れている。
「急患?」
「どうしたんだろ?」
馬車とすれ違い様、ぶしつけだとは思いながら荷台をチラリと見ると、荷台にもたれるように意識を失っているのは、
フリーだった。
「は…………!?」
「えっ、フリーさん!!??」
レアも気が付いたようだ。馬車は石畳の段差を気にすることなく、荷台を跳ねさせながら猛スピードでかけていく。
「…………っ、とにかく追いかけるぞレア!」
「そんな…………フリーさんほどの人がどうして?」
混乱するレアの手を引いて走り出す。遠くに見える馬車は、冒険者ギルドの前で乱暴に停車した。
フラフラの御者の男がギルドの扉を体当たりで開けるなり叫ぶ。
「おい! ユウという冒険者はいるか!! 凄腕の治療士なんだろう!? お願いだ! 呼んでくれ!」
その声が聞こえた頃にちょうど後ろから追い付いた。
「ユウは俺だ!! ここにいる!」
走りながら声をかけた。
「怪我人をギルドの中へ!!」
ギルドの床に寝かされたのはフリーともう1人の男だ。その男はそばに長いロッドがあるので治癒士か魔術士だろう。
ギルドにいた冒険者たちが何事かと集まってくる。
「…………まじかよ」
フリーは前回の剣闘大会の優勝者で剣の達人だ。この町じゃ俺とカイルに次いで強く、知らぬ者はいない。そんな彼が瀕死まで追い込まれたことに、ギルド職員や冒険者たちは驚きを隠せない様子だ。
「フリー! おい、フリー!」
「フリーさん!!」
俺とレアが呼び掛けるも反応がない。
破れかけたフリーの着流しを無理やり裂くと、上半身は青アザだらけで、肋骨も3本は折れ、内臓を少し損傷していた。まるで鈍器で何度も執拗に殴られまくった跡だ。
「ひゅ…………ひゅー…………、ひゅ…………」
フリーの呼吸が浅く、命が危ない。
すぐに呼吸が安定するまで集中してフリーへの回復魔法に専念する。周りで見守る冒険者やギルド職員たちも、無言で治療を眺めていた。
「っ、ふーっ! …………すー、すー、すー…………」
フリーの呼吸が落ち着き、胸がきちんと上下しているのを確認し、他の怪我人に取りかかる。
「おい、あんたもここへ横になれ!」
心配そうに眺める御者の男も一緒に治療をするつもりだ。
「あ、ああ」
俺に言われてフリーの横に脇腹を庇いながら横になった御者の男と、意識のない魔術士にも回復魔法をかける。
そして回復魔法をかけながら御者の男に事情を聞いた。
「おい、何があったんだ?」
「バ、バケモノだ。見たこともないバケモノが森の中にいた」
男はおびえるようにして話し始めた。
「バケモノ?」
「そ、そうだ。人型で、でかい。初めはオーガの亜種かと思ったがどうも違った」
「どういうことだ?」
「バケモノは、体術を使った。それも、副長が手も足も出ないほどの」
副長と言いながら、男はフリーに目を向けた。
「魔物が体術…………!?」
「しかもフリーが勝てないほどのか!?」
冒険者たちがざわざわと動揺する。
「そ、れは心外………だねぇ…………」
フリーの声がした。
「お前、意識が…………!」
「こいつらに君のことを話しておいて良かったよ。ありがとうねぇユウ。さすがは心の友……ゲホッ、ゲホッ!」
フリーが血混じりの咳をした。
「おい無理すんな」
話すために上半身を起こそうとするフリーの背中を支える。
「違うんだよねぇ…………あいつの体術は大したことない。ただ、技術じゃ埋められないほどのパワーとスピードがあった。気を付け、て……」
「わかった。フリー、しばらく寝てろ」
「うん、ありがとうね…………」
フリーは再び目を閉じた。ギルド職員がバタバタとベッドに運ぶためのタンカーを用意している。
「おい、今そのバケモノはどこに?」
「あ、あいつは町を目指して暴れまくっている。俺たちが見つけた時、すでに他の冒険者も何人か犠牲になっていた。なんとか止めようとしたんだが…………」
「まずいぞ! だとしたらここまで来るんじゃないか!?」
皆が騒ぎ出す。
「おい、カイルは!? あいつはどこにいるんだ!」
誰かがギルド内に問い掛ける。だが、誰も知らない。すると、また御者の男から返事があった。
「あの人は、特別任務で別行動だった。どこに行ったかは知らないんだ」
「ユウさん」
声がした方を向くと、大会で司会をしていたアシュレイだった。
「あんたは、司会の…………」
あの時の活発さは抑えて、神妙な声で静かに言った。
「お願いします。カイルさんがいない今、その怪物に勝てるのは、あなたしかいません」
◆◆
「その魔物がどの辺にいるかわかるの!?」
レアが走りながら大声で聞いてきた。2人とも高速で走っているため風の音で聞こえにくい。
「森に近付いたら広域を探知にかける! フリーがやられるほどの相手だ。すぐ分かるはずだ!」
「わかった! 急ごう!」
俺とレアがさらに速度を上げる。
町から離れると、スライムやゴブリンといった弱い魔物が草の影からチラホラと見えてきた。
賢者さん、雑魚は頼む。
【賢者】了解しました。
賢者さんが魔鼓を出して、雑魚の魔物に狙いをつけている。それを横目にレアに聞いた。
「フリーたちでも見たこともなかった魔物ってなんだと思う?」
「うーん、珍しいというならやっぱりオーガかな? 少なからず知性があるから体術を使うかもしれないよ」
「オーガか…………」
さっきフリーもそんなことを言っていたが、どうなんだろう。賢者さん、オーガならあり得るか?
【賢者】可能性があるとすれば、確かにオーガです。
そうか。そのオーガってどれくらいの強さなんだ?
【賢者】オーガはBランク下位の魔物ですが、亜種ならばBランク上位になることもあります。
なるほど。亜種か…………。
話をしながらも賢者さんが雑魚のスライムやゴブリンを始末している。魔力操作のレベルが上がったため、バレットでオーバーキルすることもなくなった。
パンッ! パパパパパンッ!
軽い音をたてながらきれいに穴を空け、草原に倒れこんでいくゴブリン。
そしてようやく魔物の森へ到着した。
俺の探知も今までの依頼でレベルが上がり、探知範囲の形を円形からアメーバ状に自由に動かせるようになっている。ギルドで聞いた川の周辺を探知でくまなく探しながら、森へと踏み込んだ。
「ん、なんだこれ?」
探知を使ってすぐに異変に気付いた。
「いた?」
川の方向へ走り、先頭を走るレアが木の根を飛び越えながら話す。
「いや……森の中、魔物の反応が1000以上あるんだが」
「そんなに…………?」
「待てよ、いた! …………おそらくこいつだ!」
人の反応が4つと、強い反応が1つ。
「ここから4キロ先。近くに人の反応もある!」
「急ごう!」
その魔物がいるであろう方向へ進んでいくと、森が騒がしくなってきた。姿は見えないが、動物たちが鳴き、吠え、騒ぎ立てている。
オーガ1体でここまで騒がしくなるのか?
「ねぇ、なんか変じゃない?」
レアが仕切りにピクピクと耳を動かして周りの気配を探っている。
「レアも思うか?」
「まるで生き物がこっちに逃げてきたような感じ」
「こないだのサラマンダーと言い…………嫌な予感しかないな」
◆◆
カート、ゴードン、キース、サリュの4人は、初めて見る魔物と対峙していた。ここは魔物の森の中、木々が少し開けた空間だ。
「なんなんだこいつは!」
そいつに向け、両手で降り下ろしたカートの剣は、奴の右掌底を側面に当てられ弾かれる。さらに奴は返しに左掌底を打ち出そうとする。
「どらあああああ!!」
そこへ巨人族ゴードンのウォーハンマー渾身の振り下ろしがすぐに奴に迫る。タイミングをずらした連撃、これがカートたち『雷神の一撃』のチームプレーだ。
よし、奴はまだ反応できていない……!
「よしっ!」
だが、奴は後ろからの攻撃に対して左足を一歩引き、体を捻ることで最小限の動きでかわしてみせた。
確実に見えていないとできない避け方だ。
「んなあ!?」
魔物に似合わぬその避け方にゴードンが驚いた瞬間、掌底が彼のみぞおちに打ち込まれていた。
「ぶっ…………!」
ゴードンは閉じた口から溢れるように勢い良く血を吐いた。そしてゴードンの身体が宙に浮く…………。
「ぐっ…………ふ…………!」
ドッ、バキバキバキ!!
身体をくの字にし、ゴードンは木を何本も折りながら飛ばされていった。
「ゴードン!?」
ゴードンの巨体を吹き飛ばすだと!? こいつ、どんな膂力だ……!
カートは目の前の光景が信じられなかった。目の端ではゴードンに続けて追撃をしようとしていたキースが急ブレーキをかけ、慌てて吹き飛ぶゴードンを追って行く。
「お前、いったい何者だ!?」
ニヤニヤと笑う目の前のバケモノ。
「とにかく拘束するわ! アクアバインド!」
サリュの魔法。ザザザザと大量の水が足元から現れ、奴を取り込む。これはさすがに避けられなかったようだ。奴が水の中に浮かび身動きが取れなくなった。
拘束と窒息効果もある優秀な魔法だ。だが、この相手には所詮足止めにしかならない。奴は水の中、暴れまわり魔法を破ろうとする。
「カート! ゴードンは無事だ!」
林から顔を出したキースが叫ぶ。
「わかった一旦退くぞ! こいつは俺たちじゃ無理だ! 町に戻って応援を呼ぶ!」
「了解!」
キースが返事をする。
「カート! 急いで!」
サリュが両手を突きだして魔法でバケモノを押さえ込んでいるが長くは持ちそうにない。
カートは急いで下がりながらも、水の中暴れる魔物を見て必死で頭を働かせた。
こいつは本当に魔物なのか? 体長2.5メートル、武術を使い、その体は異形ともいえる不自然な肉の盛り上がり方。さらに体術に、どこか知性を感じさせる落ち着いた振る舞い、まるで…………人間?
いや、そんなはずないか。
カートはふと浮かんだ自分の考えを振り払うように頭を振ると叫んだ。
「俺がしんがりをする! 俺たちじゃ倒せない。お前らは先に町へ向かえ!」
サリュの足だとすぐに追い付かれるだろう。
「待てガァート! ごほっごほっ……」
キースのいる林からゴードンが顔を出した。殴られたみぞおちを押さえながら、木に手をついている。さすがは巨人族、タフだ。
「1人じゃ無理だ。間違いなく、殺、される! オイラも手伝う」
「助かる…………!」
ゴードンがバケモノを迂回してカートのところまで歩く。その間、奴はサリュの魔法に足留めをくらったままだ。
「もうだめっ!」
サリュの魔法が切れた。
バシャァン…………!!
水が弾け飛ぶ!
「ゴオオオオオオオオン!!!!」
バケモノがアゴを目一杯開き、顔を左右に揺らしながら叫んだ。
その振る舞いはケダモノそのものだった。
前言撤回だ。人間のはずがない。
カートは思い直した。
「「走れええええっ!!」」
カートとゴードンは後ろを振り返らずに叫ぶ。
奴は逃げようとするサリュとキースに向かって踏み出す。
「させるか!」
前に立ちふさがり、顔めがけて剣を左から横に薙ぐ!
だが、頭を下げてかわされ、そして。
ゴッ……!
「ガフッ!」
頭が取れそうな衝撃が襲う。死角からの裏拳がカートの頬をとらえていた。
衝撃で空中にはね飛ばされる。
……ぱ、パワーが半端じゃない。意識が飛びそうだ。くそ、ゴードン1人だと…………まず、い。
ゆっくりと回転する視界の隅でゴードンがドッと地面に膝をつくのが僅かに見えた。
そして背中に衝撃が来た。気付けば地面にぶつかっていた。
「にげ……ろ…………」
声が出ない。
カートは朦朧とする意識の中で思った。
2人がかりで足止めにもならない。俺の判断ミスだ。こいつは初めから全力で逃げるべきだった…………!
「サリュ、キース…………」
地面に這いつくばりながらも、顔を上げ、バケモノの向かった先を見る。
キースが奴の打撃からサリュを庇い、サリュと一緒に紙切れのように吹っ飛んでいった。
「キース……?」
おい今の…………モロに入ってない、か?
キースは自分よりも仲間を大事にする。だから、誰よりも危険を早く見つけるために斥候なんてやってる。大丈夫、生きてるはずだ。キースがこんな道半ばで倒れる訳がない。信じろ。
「ぉおい、ゴードン。まだ、やれるか?」
仰向けから身体を起こしながら言うと、かすれた声が出た。
「あぁ、まだ、戦える。あんなちっこいやつに、負けるわけにはいかない…………!」
ゴードンが右手をつき、ゆっくりと体を起こす。ゴードンはさっきの奴の打撃で左腕が折れていた。
ゴードンは優しい。腕の痛みよりも、皆を危険に合わせている自分の不甲斐なさに震えていた。ゴードンは自分への怒りで立ち上がった。
カートは自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「まだだ。今すぐアイツを倒して、急いで治療士に見せれば、きっと2人は助かる!」
途方もない望みかもしれない。でも、今の俺たちには諦めない以外に道はない。ここで諦めたら殺されるだけだ。
せめて、怪我の少ないサリュだけでも逃がすんだ。サリュが町でアイツさえ、呼んで来られれば、こんなバケモノ一瞬で捻り潰してくれる…………!
「ゴードン、俺たちにとって久しぶりの死地だ。だが、今までこれくらいのピンチは幾度と乗り越えてきた! なんてことはない! やれるな…………?」
「ああ。当たり前だ」
ゴードンはアゴを血で真っ赤にしながら笑う。
カートとゴードンは2人で立って並ぶと、深く息を吸い込んだ。そして、天高く吠える。
「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」
敵の注目を集めるための威嚇スキル。
「来た!」
森の茂みから顔を出した。あのバケモノは笑っているのか。口を開き、口角が上がっている。目は白目すらすべてが黄色く不気味さを増している。
「そんな顔してられるのも今のうちだ。醜いバケモノめ」
魔物に対し、カートは精一杯の毒を吐く。
絶対的強者の振る舞いだと言いたげにただ悠然と歩いてくる。だがカートとゴードンからすれば、苦しいことに隙がない。
「ちっ」
ならば俺とゴードンのチームワークで隙を作り出す! 何年こいつとパーティを組んでると思う! それが俺たちの強みだ!
「やるぞゴードン」
「うん」
カートとゴードンは武器をギリリと強く握りしめた。
「「うおおおおおおおお!!」」
自らを奮い立たせる雄叫びと共に、そのバケモノへ向かって走り出す。まずゴードンが前に出た。
ドンッ!!
低い音を地面に響かせながら、ゴードンがジャンプした。
空中で上半身を大きく反らせ、ウォーハンマーを背中にまで引き絞る。走った勢いをそのままに、綺麗な弧の軌跡を描きゴードンの巨体が空中を滑るようにバケモノに飛び掛かる。そしてウォーハンマーを叩き付けた!!
ドゴオオオオオオオォン…………!!
「グッ……!!」
バケモノは両手を交差してゴードンのウォーハンマーを受け止めるも、いきなり膝をついた。受け止めたバケモノの足元は陥没している。ゴードンが全体重を乗せた一撃は、仲間を守るために彼自身の限界を超えていた。
「ここだっ!」
そこにすかさず、カートがバケモノの脳天めがけた突きを放つ!
ガッッッッ…………!!!!
カートの手には硬い手応え。
「なっ!?」
バケモノは歯だけでカートの全力の一撃を受け止めていた。口の中に剣が入っているも、途中で止められている。
驚くあまり、カートは下から迫る蹴りに気付かなかった。
「がっ!」
カートは、真っ直ぐ上空に5メートルは蹴り上げられ、意識が朦朧とし目の前がぼやける。
「カート!」
だが魔物はカートを蹴り上げたことで片足になった。さすがに片足ではゴードンの重みを受け止めきれない。
「このままっ…………!!」
ゴードンが叩き潰せると思った瞬間、バケモノが沈み込み、フッと軽くなる手応え。
ズンッッ…………!!
ゴードンが叩いたのは地面だった。
「ぐわぁ!!」
ゴードンは足首に激痛が走り、そのまま膝をつく。
バケモノは崩れるふりをしてウォーハンマーをかわしながらゴードンの股下を器用にくぐり抜け、同時にゴードンの足首を砕いていた。
「ま、まだだ! オイラが勝てばまだみんな助かる!! オイラがカートたちを!」
ゴードンはウォーハンマーを支えにして、折れた足首でなお、立ち上がる。
「あれ? あいつは、どこ?」
キョロキョロと周囲を見回すゴードン。
ドシュッ…………!
「あ?」
腹から見知らぬ両手が飛び出していた。
ドボドボドボ…………!!!!
バケツをひっくり返したような量の血が溢れ出す。巨人族の太く丈夫な肋骨まで内側から外に飛び出している。そして背中を蹴り飛ばされ、低木に頭から突っ込んだ。
「う……あ…………」
ゴードンに襲い来る、腹の激痛、熱、寒気。
「ああああああああああああああ!!」
ゴードンは脳が焼ききれそうな痛みに気絶寸前だが、巨人族のタフさが命を繋いでいた。
「はっ、はっ、はっ、はっ…………」
必死に呼吸だけを繰り返す。だが、仰向けに倒れたままのゴードンの瞳に、再びあの悪夢が映った。
来た…………。
ゴードンを覗き込み、ニイイと笑う楽しそうな顔。
「ひっ、い…………」
バケモノはゴードンの左肩を左足で踏みつけると、血まみれの両手で腕を掴んだ。
「ぐわああああああああああああああ!!」
ミチミチと音がする。ゴードンに膝をつかされたのが気に入らなかったのか、バケモノは執拗にゴードンを襲う。
「止め、止めて…………止べっ…………あ゛、あ゛あ゛、あ゛ああああああああああああ゛あ゛!!!!!!」
ブチブチブチッと筋繊維が力任せに引きちぎられる音がして、ゴードンの巨大な左腕がもぎとられた。血がドボドボと溢れ出す。
「う……あ…………。オイラの、オイラの腕が…………」
ゴードンは涙を流しながら、失った左腕の付け根を呆然と見た。
バケモノは腕を後ろに投げ捨てると、次は同じように右腕をもぎとる。
「オ、オイラの…………ぼう、け、…………ん」
ゴードンの意識は途絶えた。
カートが意識をはっきりと取り戻した時、目の前に見下ろすようにあのバケモノがいた。
「あ…………あぁ」
もう立ち上がることもできない。
皆すまない。初めから逃げるべきだった。ゴードンはどうなった? 生きてるのか? せめてサリュだけでも生き延びて町にこいつの存在を伝えてくれ……! このままじゃ町が危ない…………。
カートが諦めたその時、幻聴ではない。確かに聞こえた。
「…………カーーートォーーーー!」
その声に思わず口元が緩む。
「…………遅過ぎるだろ、馬鹿」
読んでいただき、ありがとうございました。
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※過去話修正済み(2023年11月14日)