第23話 剣闘大会決勝
こんにちは。
いつもありがとうございます。
≪決勝戦≫
相手はもちろんカイルだった。
「いい? ユウ。いくらガブローシュの仇だからって無茶はしちゃダメ!」
人差し指を立ててメッ! と言うレア。仕草が可愛い。
「ああ」
だからガブローシュは死んでないんだが、もう言わない。
「わかってる? 魔法禁止な上、カイルはユウよりもレベルが上なんだよ?」
レアが目線を合わせて心配そうに覗き込んでくる。
「わかってるって」
「なら良し! ぶっ倒してきてね! ユウ!!」
ニッと笑った。
「ああ……!!」
レアとパァン! とハイタッチを交わしステージへの階段を上っていく。
辺りはだんだんと夕焼け色に染まりつつあった。ステージ上では、カイルがニヤニヤとしながら腕を組んで待っている。長い着流しが少し涼しくなった夕方の風に揺れていた。
カイルの切れ長でつり上がった目は獰猛な肉食獣を彷彿とさせる。見られただけで縮み上がってしまいそうな怪物がアイツの後ろに見えた気がした。
カイルのステータスを確認する。
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名前 カイル 28歳
種族:人間Lv.2
Lv :28
HP :2980
MP :2673
力 :3100
防御:2960
敏捷:3308
魔力:2322
運:320
【スキル】
・剣術Lv.7
・探知Lv.4
・熱探知Lv.7
・解体Lv.5
・縮地Lv.5
・予知眼Lv.4
・超回復Lv.2
・威圧Lv.2
【補助スキル】
・火属性攻撃力アップ Lv.6
【耐性スキル】
・火属性耐性Lv.6
・苦痛耐性Lv.6
・打撃耐性Lv.4
【魔法】
・火魔法Lv.5
・風魔法Lv.2
【ユニークスキル】
・炎操者Lv.7
・黒炎Lv.2
【加護】
・火の加護
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これが、Aランクか。今まで見た誰のステータスよりも飛び抜けてる。加護やユニークスキルもあるが、それよりもまず気になったことが1つ。
「人間Lv.2てなんだ!?」
【賢者】種族レベルが2の者を指します。強大な敵を倒したり、コツコツ経験を積み重ねたりすることでレベルが上がります。魔物の進化と同等です。
知らなかった…………!
「あ、そうか」
初めてレアと会った時、Lv.2かとレアが聞いてきたのはそういうことか。あの時は種族レベルのことだとは思わなかった。
【賢者】基本、種族レベルが違えば1対1で勝つことは不可能と言われています。全く別種の生き物だと考えてください。
そこまでか…………でも勝てないってのはステータスに差が開き過ぎるからって意味だよな。
【賢者】半分正解です。
半分?
【賢者】はい。種族レベルが上がるとたまにその人物固有で非常に強力な『ユニークスキル』を得ることがあります。
へぇ、そうやってユニークスキルを得るのか。
【賢者】はい。Aランク冒険者は皆がレベル2以上です。町にAランクが1人の理由はこれです。よほどのことがない限り、1人で十分なのです。
それほどか。しかし、
「1対1ではまず勝てない、ね…………」
俺の強みである魔法は禁止されているが、ガブローシュのおかげで身体強化なら可能だということがわかった。それに俺には複数のユニークスキルがある。
…………ただ前例がないだけだ。違うか?
【賢者】おっしゃる通りです。
だな。
まず空間把握を発動。
そこでアシュレイの司会が始まった。
「さてさて~! ついにやって参りました決勝戦!」
アシュレイの司会にも熱がこもり、観客がわく。
「では選手紹介です! まず、この町の者ならば知らぬものはいない! 王都までその名を轟かせたことのある『斬炎のカイル』!」
観客から声援とブーイングが同時に飛ぶ。敵を作りやすいカイルの性格のせいだろう。当の本人は名前を呼ばれても特に反応するわけでもなく、楽しそうに俺を眺めていた。
「彼は仲間と共に竜を打ち倒し、Aランクとなった経緯があり、その斬撃は竜のブレスをも斬ったと言われております! 初出場にて最有力の優勝候補です!」
そうだ。複数人で上ランクの魔物が狩れるなら、1人だって勝てるはずだ。
「続きましては、これまた初出場のユウ選手! カイル選手とは違い、全く無名のFランク冒険者です。聞くところによると最近冒険者登録をしたばかりだとか。ですが、トーナメントでは相手をほぼすべて瞬殺しており、高ランク冒険者との交流もあるようです! 今大会最大のダークホース、ユウ選手! どのような試合を見せてくれるのか! 期待に胸が膨らみます!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
観客たちが沸く。俺も今回でだいぶ名前が売れたようだ。
「「「「「ユーーーーウーーーーーッッ!!」」」」」
レアたちが最前列で応援してくれていた。だが、今回はレアやキースたちだけではない。他の俺を初めて知った観客たちも、応援の声を掛けてくれていた。
素直に嬉しい。緊張がやわらぎ、自信が湧いてくる。
とそこでカイルが口を開いた。
「俺とまともに戦えるやつは限られてるからな。楽しみだ。これに火竜の牙まで貰えるとか、最高すぎんだろ」
カイルは犬歯を見せて笑う。
「…………勘違い野郎。今すぐ両断してやるよ」
ガブローシュの容態が落ち着いたからといって、俺はカイルを許したわけじゃない。
空気がピシッと張り詰めた…………。
「そ、それでは! 早いとこ、始めましょう!」
アシュレイの声に俺は刀に手をかけ、すっと腰を落とす。
やる。やってやるよ。
すーっと鼻から息を吸い、
深く……、
深く…………、
集中していく…………。
ナグルの時よりもずっと、
ずぅっっ…………と回りの音が遠くなり、
トクン、トクン……………………。
自分の鼓動すら聞こえてくる……………………………………。
「よーい…………」
カイルは相変わらず腕を組んで、鼻で嗤っている。
その余裕、いつまで続くか…………見物だな!
「スタアアアアアアアアアトオオオ!!!!!!!!」
アシュレイの絶叫のような開始の合図とともに試合は始まった。
俺とカイルとの距離は20メートルほど、まず俺は強化せずに全力で爆発的にステージを蹴り、カイルへ突撃する!
ああ言っていたカイルならいきなり勝負を終わらせには来ない。
だから、油断させる。
俺のノーマル状態の全速力も相当速い。もはや異常な値を叩き出す魔力を除けば、俺は完全に敏捷型だ。その辺のBランク冒険者じゃ、まず追い付けない。
「ユウ選手が開始とともにカイル選手へ突撃しました! 凄まじい速さです!」
狙い通り、カイルは油断しきっているのか腕を組んだままだ。感心したような顔をしながらも、何かを仕掛けてくることもなく、どんどんと距離が縮まっていく。
ついにカイルの剣の間合いまであと1歩。カイルはまだ動かない。先手を譲るつもりか、はたまた力の差を見せつけるためにわざとギリギリまで動かないつもりか。
そこまで見下してくれるなら逆に好都合…………!
カイルが俺の間合いに入った瞬間、身体強化を発動する。身体中に魔力が行き渡りそれを消費、力がみなぎり、一気に体が熱く、そして軽くなる。
ここだ…………!!
一瞬で1.5倍に速度を上げた。そして、右上から斜めに刀を降り下ろす!
俺としても体重の乗った申し分ない一撃。
刀の速度が急激に上がり、カイルの俺を嘲笑うかのような表情が徐々に驚きへと変わっていく。そして、それと同時に組んでいた腕も解かれ出した。
俺の刀はカイルの左肩口に迫っていく。
カイルは刀を抜くのは間に合わないと判断し、強く握った左腕を体と俺の刀との間へと持っていく。腕でガードするつもりのようだ。
ズプッ…………。
刀が腕に食い込んだ。どんどんと刀がカイルの腕に入っていく。プチプチと筋繊維を1本ずつ切断する感覚が両手からゆっくりと伝わってくる。そして、骨に到達したかと思えた時。
ボウッッッッ…………!!
その時、俺とカイルの間で炎が弾けた。いや、弾けたというよりも、爆発した?
爆風が俺の身体を持ち上げ、後退させる。
「熱っ!!」
吹き飛ばされ、俺はゴロゴロと地面を転がるとすぐに立ち上がった。俺とカイルの間に距離が空く。こちらにほとんど怪我はない。少し髪が焦げた程度だ。
くそ…………もう少しだった!
立ち上がってカイルを見ると、左腕から血を滴らせている。
感覚的に俺の刀は骨まで達していた。仕留められはしなかったが、これで左腕は使えない。滑り出しは上々だ…………!
「はははは! 初っぱなから俺がこんな深手を負わされたのは初めてだ!」
カイルは自分の左腕の傷口を見ると、腕を水を切るように振ってビシャアッ! と血を地面に飛ばした。いきなりのピンチだというのにそれを楽しんでいるようだ。
奇人め。
「しかし飛ばすなぁ。今のはユニークスキルか?」
「さぁな」
今、身体強化は筋力を1.5倍ほどにセーフティをかけながら使っている。それ以上は筋肉が千切れるような痛みが襲い、激痛でその後動けなくなる。初めて使った時もそうだった。
ただ、普段は回復魔法を併用することでそれ以上の強化も行えている。だが今回は魔法が使えない分、過度な強化は出来る限り使いたくない。
「けっ」
俺が答える気がないのがわかると、カイルが無事な右手で刀を抜いた。カイルの刀は刀身が普通の刀よりも長い大刀だ。片手で振れるのか?
と思うと、カイルが大刀を右手だけで軽々ブンブンと感触を確かめるように振った。手首だけで大刀を回転させている。
やっぱりか…………相手は遥か格上。
格上の種族レベルの者に単独で勝ち、この世界の勝手な常識を壊そうというのだ。相手のミスを待つようじゃダメだ。
それに気になったことが1つ…………。
賢者さん、さっきの炎は魔法じゃないのか?
【賢者】魔法ではありません。先程の炎は、『炎操者』という炎を操るユニークスキルです。
魔法とは違うのか?
【賢者】異なります。魔法なら魔力を魔法として放つために複数の過程が必要で、かつ魔力を消費します。対して例外はありますが、スキルは即座に発動が可能です。
なるほどな。
「なんと、最初にダメージを負ったのはカイル選手の方でした! 両選手とも今大会で負ったダメージはなく、これがカイル選手の初ダメージとなります! 意外や意外! まさかカイル選手が先に怪我を負うことになるとは! ユウ選手とはそれほどの実力者なのでしょうか!?」
息継ぎなしでそう言うと、アシュレイは隣に座っている解説のギルド長の方を向いて話をふる。
「知らん。あのユウという選手は無名のFランクだ。今の斬撃は見事だったが、どちらかと言えばカイルの油断が招いたミスのように見えた。ま、何にしろ片腕が使えないのは相当キツいはずだ」
ウンウンと笑顔で頷くアシュレイ。
「ちなみに。先程の炎はカイル選手のスキルによるもので魔法ではありません。証拠に魔法の発動を検知する魔力探知機が反応しておりません」
そういや結界魔法はどっちなんだ? この場で使っても大丈夫なのか?
【賢者】結界魔法はユニークスキルというよりも、ユニーク魔法と考えるべきスキルで、特殊なパターンですが魔力を消費しています。そのためこの場では使えません。
なるほど。
カイルは右手で刀を握り、半身に構えた。すると普通の大刀だったものが、根本から徐々に刀身が暗赤色で鈍色を帯びていく。そしてなんと刀が灼熱に燃えた。
あれがカイルの魔剣か。
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焔火刀
ランク:S
属性:火
特殊:火属性攻撃UP
氷属性耐性UP
〈ボルグ火山から露出した刀。その刀身は炎をおびる〉
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Sランク…………!
カイルは本気になったようだ。さらにユニークスキルを発動し、カイルの周りの地面がボゥッ! と発火し始めた。どんどんと炎が燃え広がり、カイル側のステージの半分は火の海になった。
カイルがこちらに足を踏み出した。
ゴウッ…………!!
踏み出した足の周辺が発火していく。
ステージの地面からゴウゴウと立ち上る炎は3~4メートルの高さまで達する。ただ地面が燃えてるとは思えない、組み木でも組んだかのような大火。その熱は観客席をも襲い、ギルドが急遽風魔法で熱を遮断する。観客たちはそのステージ上の光景にざわめく。
陽が傾きだし暗くなりかけた中、上昇気流で赤髪が炎のように起き上がったカイルはまさに豪火の中に立つ1人の鬼だった。
なんて迫力…………!
やっと、俺は誰と戦っていたかわかった。
カイルが口を開いた。
「今度はこっちから行くぞ……?」
初めてのカイルからの攻撃。俺は両手で刀を握りしめる。炎に囲まれ熱いはずなのにプレッシャーで悪寒がする。
ゴクリと唾を飲み込んだその時、
【賢者】避けてください!
カイルが飛んできていた。
「い!?」
俺を目掛けて踏み出したところまでは認識できたが、次の瞬間目の前にいた。
速すぎる!! カイルのステータスから想定していた最大速度を超えてる!
考えるよりも前に、俺の身体は賢者さんの声に従って右肩を後ろに引いていた。
カイルは燃える刀で突きを放ったのだろう。その剣筋は俺には見えなかった。見えたのは、刀が通った後の直線的な炎だけ。空間把握を使用してもカイルのスピードは俺の脳の処理速度を越えてきた。
そして、大炎を引き連れたカイルが俺の横を通り過ぎ、炎の残滓がメラメラと俺の体を舐めていく。
「ぐうっ…………!」
露出していた俺の腕の皮膚はピンク色に腫れ上がった。
今避けられたのは奇跡だ!
こいつ…………片腕が使えない程度じゃハンデが足りない。攻撃力が高すぎる。それにあれは縮地を使った訳じゃない。縮地で動ける距離以上を一瞬で跳び超えてきた。純粋な速さだ。こんなもの、どうすればいい…………!?
そこで思わぬ助け船がでた。
【賢者】ユウ様、『思考加速』を獲得しました。空間把握と併用します。これであの男の動きもいくらかは認識できるはずです。
ナイスタイミング、助かる!
思考加速はレベル1で1秒が2秒くらいに考えられるようだ。これに並列思考、そして空間把握をリンクさせればその効果は計り知れない。
急ブレーキをかけ、立ち止まってこちらを振り向いたカイルは驚いていた。
「まさか今のをかわされるなんてな。初見で避けたやつは初めてだ」
カイルは燃えている刀の峰を肩にトントンと当てながら言った。
「そうかよ。俺はお前の初めての相手ばっか、ごめんだ」
「ははは! そりゃ同感だ。じゃあ、次行くぞ?」
カイルがまた半身になり、刀を構えた。そして、膝をぐぐぐっと先ほどより曲げ、刀を持った右腕を後ろに、頭はその刀よりも低く下げ、さらに重心を落としていく。
来る…………!!
そして、カイルが飛んだ。
だが今度はハッキリと見える!
その姿はまるで炎の竜だった。
カイルは両腕を下ろし、右腕の刀を後ろに向け、炎を火山の噴火の如く爆発的に噴出することで異常な加速を実現していた。しかもカイル自身が宙に浮くことなく、速度に合わせて地面を走っている。そして俺に接近すると刀の炎の噴射を終え、刀を今度は武器として構えながら向かってくる。あの速度の中、それを認識して実行できるあいつは異常だ。
俺はナグルの矢だって見切れた。でもこいつはそれ以上だ。矢より人間の方が速いだなんておかしいだろ…………!
カイルは間合いに入ると、右腕一本で刀を俺に向け突きだした!
だがさっきまでの俺じゃない。完璧に見えている。
ただ問題は見えていても体が追い付いてこないことだ。頭が対応できたとしても、身体強化をしていたとしても、俺の速度が足りない。
カイルの焔火刀が俺の左胸目掛けて迫るなか、それでも必死に最小限の動きで体をひねり、その射線をかわす!
「っっし!!」
だが、カイルの引き連れた炎を避けることはかなわなかった。もろに炎に呑み込まれ慌てて走って抜け出した。
「あっつ!」
全身に軽い火傷を負いながらも、今の一撃を凌ぎきった。この程度の火傷なら俺のスキルで自然治癒できる。さっきのまぐれとは違う! 今回はハッキリと見て、避けた!
だが今の一瞬の集中で、俺は予想以上に疲れていた。集中力と思考加速、並列思考、それらを総動員してやっとできた芸当だ。何度も成功できるかわからない。
だが、確かな手応えを感じながら走り抜けたカイルを目で追うとカイルは速度を落としていくところだった。
「連続ではできな…………ん?」
落とすと俺がそう思っただけだ。なぜならこのままいけばステージから落ちてしまう。
しかし、カイルは速度を緩めることなく突き進み、ステージのギリギリ端に大刀を突き刺すと、それを支柱に速度をキープしたままぐるんっと回った。
「うそだろっ!?」
俺の声が聞こえたのかわからないが、カイルがこちらに向き直った時、口許が笑っていた。そしてカイルは速度を落とすことなく方向転換し、さらに加速して突っ込んで来る!
横っ飛びをするが、カイルの方が速い!
ブシュッ……!!
「ぐっ……!」
深さ2センチほど、左肩を斬られた。斬られた衝撃で軽く体が宙に浮き、体が流れていく。腕はギリギリ動かせないほどじゃない。問題はこの後だ。
カイルは案の定、再度刀を使って方向転換している。空中にいる状態で、次の攻撃、どうさばけば…………!?
考える暇もなくカイルが来ていた。
カイルは俺の右目目掛けて突きを放つ。避けるよりも、縦に構えていた俺の刀がカイルの射線に近い。
【賢者】かわせません! 刀で軌道をずらしてください!
カイルの大刀の先端に俺の刀が滑り込む。
「重っいいい…………!!」
カイル自身の炎の速度に、突きの加速が加わってカイルの大刀の先端の速度は尋常じゃない。だが、それでも横からの力を加えられたカイルの大刀は軌道を逸れ、俺の右耳をスッパリと切り飛ばし、カイルが俺の肩口に衝突しながら通り過ぎた。
だが、ぶつかった時の衝撃は凄まじく、俺は地面とは並行に、横に高速で回転した。まったく体の制御が効かない。まるでジェット機にでも轢かれたかのように、俺の視界にはグルングルンと地面が何度も、何度も訪れる。
「ぐっ…………あ……あ…………!!」
ヤバい。これは予想外だ。着地に失敗したら、カイルに串刺しにされて終わりだ。集中しろ。賢者さん、タイミング頼む!
【賢者】任せてください。
遠心力で眼球に血液が集まり、目の前が赤く染まっていく。一瞬で十数回、回転した後、地面が迫った。
【賢者】今です!
ダンッ…………!!
「いっ……つ…………!!!!」
着地した地面にはヒビが入る。あの速度で回転したとしても、空間把握で自分を俯瞰することで天地を見失わないですんでいた。
死ぬかと思った! いや、まだだ。
すぐに顔を上げると、カイルはさらに加速を加えながら、再び俺に向かってきていた。ステージには巨大な火災旋風が発生し始め、俺は炎の竜巻の中でカイルと対峙していた。真上にはきれいな夜空が真っ赤に燃える空を丸く切り取っていた。
あいつ、俺を殺す気だ…………!!
高温の空気で肺が焼け、俺の手足が黒く焦げ始める。治癒速度を上回ってきた。切り落とされた耳の切り口から流れ出た血は地面に触れるなりジュウッ! と音をたて沸騰した。息など、とうの昔から出来ていない。
それから休む間もなく、カイルによる怒涛の連続攻撃だった。あらゆる方向から来る刀を致命傷を食らわないように避けまくる。すでに俺の体は満身創痍だった。
だが、途中からカイルの速度が上がらなくなった。カイルも限界なのだろう。そして、それだけ同じ攻撃を繰り返せば、賢者さんのパターン分析が終わる。
11回目だった。カイルの突撃を俺が完璧に無傷で避けた。そして、
ブシュッ!
俺のカウンターでカイルの頬が斬れ、血が吹き出す。
ガッ、ガリガリガリガリガリガリガリガリ…………!!!!
カイルがついに刀を地面に突き立て、ステージに長い溝を残しながら勢いを殺して立ち止まり、こちらを振り返った。周囲の風が止み、竜巻はただの大火事に戻る。
「…………やるな」
「ぶっ……はぁ! はぁああああ!! ひゅううううう……!!」
風が止んだことでやっと息をつく余裕が出来た。地面に手をつき、手のひらが焦げることすら無視して必死に息を吸う。唾を吐くと、血が混じっていた。
冗談じゃない!
ここで、存在を忘れていた実況が入る。
「なっ、なんという攻防でしょう!? 私、初めてカイル選手の戦いをこの目にしましたが、まったく見えておりません!! これが壁を突破した者の動きなんでしょうか! 信じられません!!」
観客はもはや声を出すことすら忘れていた。
「で・す・が! ユウ選手は生きています!! どうやってあの炎の竜巻を凌いでいたのでしょうか!!」
「わからん。わからんが、面白いことが起きるかもしれん……」
ギルド長が楽しそうに答えた。
俺はそんな実況など聞く余裕もなく、カイルに集中していた。
「ほんじゃこっからは斬り合いと行くか」
嫌に尖った犬歯を剥き出しニヤリとしながらこちらへ一歩一歩近づいてきた。
こいつ、なんて体力だよ。あんだけ動いてまだ余裕な表情。しかも、あの炎引き連れたまま来るのか…………。
カイルはステージ上の炎を集め、範囲は狭まったが、さらに増した火力の増した豪火が歩くカイルに連れだって地面を燃やしながら向かってくる。同じステージ上に立っているというだけで、まるで火炙りにされているようだ。
そんな時、
【賢者】火属性耐性を獲得しました。
…………よし! こんだけ焼かれ続ければ当然耐性も手に入る。
おかげで少しは熱さが和らいだ。だが超回復で治りは早いとは言え、すでに全身火傷だ。
賢者さん、あの刀と打ち合って俺の刀はもつのか?
【賢者】フィルの打った刀と言えど、長時間の打ち合いは無理です。
そうか。ならモタモタしてられないな。
「はああ!!」
全力で身体強化をかけなおす。全身から魔力を燃やした力が立ち上る。そして、並列思考全てでカイルの一挙一動を把握する。もう炎は気にしない。燃え移らない限り、火属性耐性と超回復があればなんとかなる!
「行くぞっ!」
そして俺とカイルは同時にステージの床を蹴った。
バコォン…………!!!!!!
俺とカイルの踏込みはステージを俺とカイルを繋ぐように半分に割った。V字にステージの両端が反動で持ち上がる。そして、一直線に出来た道を猛進すると、カイルが目の前に迫る。カイルは袈裟斬りに斜めに振り下ろす。俺もカイルと反対の袈裟斬りを行う。
ガギィィィ……………………ン…………!
互角だった。俺の刀とカイルの大刀がぶつかり火花を散らす。
ドゴゴォォ……ン!!
跳ね上がった割れたステージが元の場所に着地した。目の前のカイルと目が合う。いつぞや、その視線にビビってしまった俺だったが…………
「まさかここまでやるなんてよ!」
カイルが嬉しそうに言った。
このまま、つばぜり合いを続けていればカイルの炎に焼かれるのは俺だ。このままじゃ負ける。でもまだ俺に奥の手は残されていた。セーフティを解除してさらに身体強化をすることだ。やるならここしかない!
「そりゃ、どう、もっ!!!!」
さらに追加で身体強化をかけ、ゼロ距離からの踏み込みでカイルをぶっ飛ばす!!
「ぐっ……!」
カイルを突き飛ばした時、身体強化の出力の許容量を越えたのか、ふくらはぎからブチブチと筋肉が千切れる音がした。
カイルは3メートルほど後ろに下がって着地する。その表情はまだこれほどの力があるのかと驚きに満ちていた。俺はその着地を狙う! いつまでも受け身じゃ勝てはしない。
カイルが地面に着地する瞬間、俺はカイルに追い付き、思いっきり大上段から刀を降り下ろした。二の腕と前腕の筋肉が悲鳴をあげた。
ズガンッ…………!!
カイルは大刀で受け止めるも、片腕でしかも踏ん張りが効かない状態だ。そのため俺の渾身の一撃はカイルの右肩に深く食い込んだ。だが、
【賢者】上です!
賢者さんの合図で俺は後ろへバックステップする。すると、俺がいた場所に業火が落下してきた。カイルが操る業火だ。
やっぱりこのまま簡単にはいかないか!
「「ははは!」」
互いの笑い声が重なった。
そして俺たちは再び斬り結ぶ。
カイルの突きを首を傾けてかわし、カイルの視界の外、足元から斬り上げで腹部を狙う。だが、カイルはそれを大きく俺を飛び越えるように前宙して避ける。そして、俺の真上の空中で俺目掛けて大刀を振り下ろすも、俺が引き戻した刀を頭の上に掲げ、受けとめる。
今度はカイルが着地する場所に後ろ回し蹴りを放ち、カイルの顔面をとらえた。モロに顔面をとらえ、地面をバウンドしながらカイルが吹き飛んでいく。
手応えアリだと思った瞬間、後ろからカイルの炎にのまれ、全身が炙られる。慌てて逃げ出した。
「はぁ、はぁ…………」
まだだ…………!
限界を超えた身体強化はあの一瞬しか出来ていない。やり続ければ、体が持たない。すでに両手足は限界だ。
そして、すでにボロボロになったステージの上で互いに満身創痍の俺とカイルは多数に渡る剣戟を繰り広げる。
ギギーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイィ……………………ィィィィン!!
「な、なんということでしょう!? 刀のぶつかる音が速すぎて音が繋がって聞こえます!」
剣術スキルは俺の方が上だが、刀の性能に加え、予知眼で俺と互角に渡り合っている。これでカイルの右腕が万全だったなら、この斬り合いは一方的に負けていたかもしれない。
ここまでカイルと戦ってわかったこと。カイルは相手によって手加減という器用なことが出来ない。手加減という言葉をまるで知らない人間のようだ。良くも悪くも常に全力。その、有り余る体力がそうさせてきたのだろうが、格下相手だと相手の破滅に繋がる。ガブローシュの例だってそうだ。
「耐えろよ、俺…………! 魔力量なら負けん!」
2分以上にも及ぶ剣戟の応酬で互いにズタボロだ。
そしてようやくカイルの方に体力の限界が訪れようとしていた。あの極端な速度の技はやはりカイルにもかなりの負担を強いていたようだ。
俺の粘りがカイルを追い詰めていた。だが、俺も全身火傷に全身の切傷、そして身体強化の過剰強化による影響が出始めていた。それでもここで止めるわけにはいかない。
大上段に振りかぶった俺の縦斬りを、受け止めきれずに刀がカイルの右肩に食い込む。
「ぐっ…………!」
先ほどと同じ傷口に刃が食い込み、カイルの顔が激痛に歪む。
チャンスだとばかりにさらに力を加えようとするも、カイルの蹴りが俺の腹に決まり、5メートルほど吹っ飛ばされた。刀を支えに立ち上がろうと中腰の時にカイルの斬り下ろしが来た。後ろに飛んでかわそうとするも、力が入らない!
くそっ!
地面を転がって避ける。脇腹を斬られるも致命傷は免れていた。むしろ熱せられたステージに俺の腕の皮膚が付着して剥がれたことの方がダメージが大きい。肉がむき出しになっていた。
だが、もうカイルも満身創痍なのは同じのようだ。両腕をダラリと下げ、立っているだけでも辛そうだ。どんなに火属性耐性があろうと、試合中ずっとスキルを使い続けたカイルの顔は黒く焦げている。それに加え、肩と腕の負傷だ。腕に力が入らないのも無理はない。それでもカイルは楽しそうに笑っていた。
一度カイルから距離をとる。
「はぁ……はぁ。おい、お互い限界みたいだな」
カイルの魔剣は魔力がきれてきたのか、火力が落ちている。
「はっ、まぁな。次で決着といこうか」
俺も刀もそろそろ限界だ。
「…………望むところだ」
カイルがニヤリと笑った。
いつの間にか会場も、司会のアシュレイですらこの闘いの決着を固唾を呑んで見守っていた。
そして、本日2度目の衝突。
足を踏み込むと、もはや頭が真っ白のまま体だけが動いた。
ドンッ……………………!!
「うっ…………」
腹が熱い……。
下を見るとカイルの刀が俺の腹を突き破っていた。ドボドボと血が溢れ出す。
だが顔を上げると、俺の刀はカイルの左肩に深く食い込み、鎖骨を切断し、肺にまで達していた。
身体が縦に割けかけているカイル。その目は焦点を失い、意識が、落ちそうだ。このままだとカイルが死ぬ。
だが、俺の方も腹に刺さった刀から最後に残された魔力を使って炎が吹き出し、体の内側から内臓が焼かれ…………
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!!!」
体内、全てが激痛と言って生ぬるい。
痛みで気が狂いそうだ。
も、もう死んだ方がマ……
ダメだ…………
早く…………抜かないと………………
目の前がぼやけて…………
動けないカイルを腕で突き倒すと、カイルが握っていた刀も俺の腹からズルリと抜けた。
「ああっ……!」
刀に続いて空いた穴から内臓が溢れそうになる。反射的に手で傷口を押さえる。
治癒士なんか待ってられない…………。
「回復まほ…………」
まだ試合終了のアナウンスはないが、魔法を使う。
「ビーーーーーーーーーーー!!」
俺が魔法を使ったためか、ブザーが鳴った。
「はっ! すみません! 早く! 早く治癒士を!! あ、あまりの試合展開にアナウンスを忘れていました! なお、今のブザーはユウ選手が魔法を使用したことによります!」
回復魔法を全力で使う! しばらくすると、腹の中の傷は大方治り、腹の傷も塞がった。それよりもカイルがまずい! 俺自身に回復魔法をかけながらカイルの様態を調べる。カイルはすでに意識がない。
俺の刀は思ったよりも深くカイルの体に食い込んでいた。太い血管をも見事に断ち切ってしまっていた。食い込んだままの俺の刀をカイルから抜き、抜いた瞬間に回復魔法を使う。
まずは血を止めることだ。カイルの下にはこぼれ落ちた血が跳ね返るほどの血溜りができ、それが熱せられたステージで沸騰している。
バタバタと治癒士が集まってくるが、ステージが熱すぎて近づくことができない。ようやく氷魔法で冷やされた頃にはカイルの出血は俺がほとんど止めていた。
「タンカー! タンカー!」
うん、カイルはまだ息はあるようだ。一命はとりとめたか。
安心すると、ふっと体の力が抜け、目の前のカイルの輪郭が離れていく…………。
「あ…………」
誰かが俺をカイルから引き剥がした。
俺にも回復魔法がかけられたようだ。
ーーーーそこで俺は、意識を手放した。
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※過去話修正済み(2023年11月3日)