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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第2章 町へ
22/159

第22話 剣闘大会準決勝

こんにちは。

いつもありがとうございます。

 

 ガブローシュの容態が落ち着いてから客席に戻ると、ちょうどBグループの試合が終わったところだった。

 ステージに倒れている者もいれば、場外アウトで残って観戦している者もいる。そんな中、カートはステージの真ん中で平然と勝ち残っていた。


「残念、もうカートの試合は終わっちゃってたね」


 レアが残念そうに言った。


「ああ。まぁ無事にトーナメント出場できたなら良かったよ」


 それから最前列ゴードンたちの隣の席、さっきレアが座っていた場所へと向かう。すると試合を見ていたのか、後ろの観客たちが俺に気付いてくれていた。


「お、ユウ。お疲れ」


 ゴードンが俺に気付いて手を上げる。俺の頭くらい鷲掴みにできそうなくらい大きい手だ。


「ああ」

 

 相変わらずでかいなぁ…………。


 そう思い、軽くジャンプしてゴードンの手にハイタッチをきめる。

 ゴードンは3人分の座席使っており、座っていても俺と同じ目線の高さだ。サリュたちはもはや慣れた様子だが、後ろの観客は見えにくそうにしている。


「おう、お疲れさん。試合良かったぞ!」


「キースありがとう」


 お礼を言いつつキースの隣に座った。


「お疲れ。ユウも余裕だったわね。あの子は大丈夫だったの?」


 サリュが心配してくれていた。


「ああ、ガブローシュなら大丈夫だ。今はぐっすり眠ってるよ」


「そう。無事で良かったわね。すごく血が出てたから…………」


 観客席から見ても重傷そうだったか。


「ああ。それで、ちゃんとカートも勝ち残ったんだな」


「もちろんよ!」


 サリュがほんとに嬉しそうに言った。


「なんたって俺たちのリーダーだし、カートは個人じゃBランクだからな!」


 キースが自慢げに言ったところで、司会のアシュレイからアナウンスが入った。


「皆さん! Bグループのトーナメント出場者も決まりました。午後からはようやく本戦を行っていきます! 多少なりともダメージはあると思いますので、トーナメント出場者はしっかりと試合の疲れを癒しておいてくださいね~!」


 そう言ってアナウンスは終了した。


 と思いきや、すぐさま入れ替わるように今度は聞き覚えのある声がした。


「はーい皆さん! ここで待ちに待った現段階でのオッズの紹介です!」


 ルウさんが満面の笑みで司会席に滑り込んできた。


 ルウさん、むちゃくちゃ楽しそうだ。


 会場に設けられた実況席にルウさんが陣取り、現段階のオッズについて、説明があった。

 ルウさんによると完全に無名選手の俺は45.1倍、カイルは1.1倍とほぼ全員がカイルを優勝だと予想した。また、カートのオッズは9.8倍だった。


 そして、オッズの発表と同時に巨大なトーナメント表が張り出された。


≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫

 第1試合:ユウ   VS コニー・マコーミック

 第2試合:エブラ  VS ブリュースター

 第3試合:カート  VS コートニー

 第4試合:ナグル  VS グリンチ

 第5試合:バンチャ VS クレプスリー

 第6試合:ゲイリー VS オールドマン

 第7試合:レヴィ  VS ダッチ

 第8試合:カイル  VS スタン

≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪≪


 これならカイルとは最後まで当たらなさそうだ。というか俺の対戦相手、姓持ちか………。


 そう思っていると、キースが俺を手招きした。


「ユウの相手、ありゃ貴族だ。気を付けろよ。権力で脅してくることもあるぞ」


 キースがひそひそと小声で俺の耳に話した。


「げ、やっぱり貴族か」


 困ったな…………。


「ま、そんな気にしなくて大丈夫だ。こんな辺境に来る貴族なんざ、大した力は持ってねぇ。遠慮なくぶちのめせ」


 キースは拳を突きだすフリしながら言った。


「なるほど」


 いやぁ、聞いといて良かった。


 その後カートたちと6人で昼飯を食べ、ガブローシュの様子を見に行った。ついでに、何も食べてないだろう病室のエポニーヌとコゼットに屋台飯を持って行く。


「ありがとうございます」


 エポニーヌとコゼットは飯を受け取ると、ペコリと頭を下げた。


「ガブローシュはどうだ?」


 ベッドを覗き込むが、さっきと変わりはないようだ。


「まだ…………です」


 コゼットがふるふると首を横に振った。


「そうか…………まぁこいつのことだ。もうすぐ元気に目を覚ますさ」


 顔色が良くなってきたガブローシュの寝顔を見つつ言った。



≪1回戦≫


「はいみなさん! もうお昼ご飯は済ませましたかー? 毎年、この大会に来る屋台はレベルが高いですからねー。まだ食べていない人は何でもいいので是非一度ご賞味ください!」


 紹介を受けた屋台のオヤジたちは皆客の呼び込みに拍車がかかる。カンカンカン! とお玉を鳴らす。


「何でもいいのか…………」


「…………それでは午後の部、第1試合と第2試合を同時に始めさせていただきます! 選手の方はステージにお上がりください!」


 ベスト8を決める試合はステージを半分に分けて、2組ずつ試合を行うそうだ。さっそく第1試合は俺だ。


「ユウ! 頑張ってガブローシュの仇をとってね!」


 真剣な表情でグッと手を握って言うレア。


「いや、死んでないから。あいつリアルに死にかけたんだからやめなさい」


 ステージに上がると、色白でひょろひょろの金髪にパッツンの18~19歳くらいの青年がいた。ぶっちゃけ、そんなに強そうに見えない。

 ただニヤニヤとしていて、なんか嫌だ。



「では始めさせていただきます。第1試合、第2試合、よーい…………スタート!!」



 その掛け声で俺はサランッと刀を抜く。相手も剣を抜いてから声をかけてきた。


「おい、お前。俺が誰だかわかってるのか? マコーミック家の三男だぞ」


 装飾のついた剣を俺に突き付け、アゴをしゃくってそんなセリフを吐いた。


「…………そりゃすごいな」


「だろ!?」


 コニーとやらは、すごいどや顔だ。


「じゃ、もう斬っていいか?」


 刀を構えた。


「だだだだダメに決まってるだろう! 馬鹿か馬鹿っ! これだから学のない庶民は困る…………!」


 男はキザに前髪をかき上げた。そして続けた。


「いいか? 平民は貴族の言うことを聞かなければならないのだ! なぜなら我々の血筋は優秀で、行い全てが正しい。さぁ今すぐひざまずいて負けを認めろ。これは命令だ」


 そう言って俺の目の前の地面を指差した。


「…………はぁ」


 ボギッ…………。


「ぎっ、ぎぃあああああああああああああああ!!」


 気が付けばこの相手、コニーの人差し指を反対側に曲げていた。指の先端が手の甲にくっついた。


「あ…………ごめん、ついクセで」


 ちなみにニックの時とは違い、本当に折っている。


「どっ、どんなクセだ!」


 痛みに震えるコニーの人差し指は紫色に腫れてきていた。


「ゆっ、許さん! 貴様は、この我がマコーミック家に伝わる秘剣でべらああああああああああああああ!?」


 ゴッッ…………スン!!


 俺の手に伝わる衝撃。


「はっ…………!」


 ビックリした。気が付けば右拳をコニーの頬目掛けて振り抜いていた。

 鈍い音と共にコニーが吹っ飛ぶ。ステージをゴロゴロと転がって、ステージから落ちるギリギリで止まった。高そうな剣は手を離れてステージの外に落ち、本人はうつ伏せに倒れたまま起きてこない。


「すまん。ついイラッとして無意識に…………生きてるか?」


 本当に勝手に手が出てしまった。


 しばらく待ってみるが返事がない。


 試合を見ていた観客たちも、あまりに相手が動かないのでザワザワしている。審判も判断に困っているようだ。


 絵に描いたような貴族でも殺してしまったらさすがにまずいか…………。


「でもなぁ、俺こういう奴生理的に無理なんだよなぁ。無理すぎて殴った記憶ねぇもん。脊髄反射だから、俺悪くない」


 と、そこでようやく指が動いた。


「き、貴様。よくも…………!」


 顔を憎しみに歪め、手をついて立ち上がろうとする。


「良かった、生きててくれた。ありがと……ぅおおおおらああっ!」


 ふらつきながら立ち上がったところに、感謝を述べながらもう1発お見舞いした。


「は…………べけっ!!」


 今度は変な叫び声を上げながら飛んでいく。そして壁にベタッと着地。


 大丈夫。今度は手加減した。

 1発目は一般人なら死んでる強さで殴ってしまったと思ったが、貴族はパワーレベリングでもされているのか、案外タフで良かった。


「よし」


 まぁこの世界に来た以上、貴族の存在は気にした方がいいのかもしれないが、敬意を払う相手は選びたいものだ。


 ステージを下りると、次の試合のためにカートが階段を上がってきて目があった。俺が思わずニッと笑うと、カートも同じように笑う。

 そしてすれ違う瞬間、パァンとお互いにハイタッチをして交代した。


 カートの相手はカートと同じロングソードを使うBランクで40代のオッサンだったが、終始カートが優位に試合を進め、勝ち上がった。

 技術は同等だったが、カートの方が一撃の重さが圧倒的に上回っていた。



◆◆



 それから気になる試合もなかったので、レアとガブローシュの見舞いに行ったり、小腹が空いたので1人でふらふらと屋台を食べ歩きしたりした。


 そして、ちょうど観客席に戻ってきた時


「あっ、ほらユウ! カイルの試合だよ!」


「ん?」


 何してるの、とばかりにレアが素早く手招きして俺を呼ぶ。


「それでは、第7試合と第8試合スタート!!」


 カイルの試合が始まった。


 だが開始直後、カイルが刀を振ったかと思えば、相手の男が全身からブシュウ! と血を噴き出して倒れた。


「参考に、ならん」


 頬杖をつきながら、思わず首をかしげた。


「…………だね」


 レアもボソッとつぶやいた。



≪2回戦≫



 ベスト8が出揃った。ベスト8の選手の名前が会場の壁に垂れ幕のように大きくかかれ、表示される。俺たちは観客席からトーナメント表を眺める。あの弓使いのオッサンも残っているようだ。


「はい! ベスト8が決まりました。これまでの試合を振り返ってみますと、やはり優勝候補のカイル選手が抜群の安定感で勝ち進んでいます! Aランクは他の者を寄せ付けないのか!?

 で、す、が! このたび期待の無名の選手もちらほら見えます。彼らがダークホースとなるのか今後の試合に期待です! では第2回戦行きましょう!」


 司会のアシュレイが俺を見ながら言った。ように見えた。


「無名の選手って俺か!?」


「もちろんそうだよ。ま、他にも初参加の人もいるけどね。ほら、それこそあの弓使いの人とか!」


 レアが思い出したように人差し指を立てて言った。


「ああ、あいつもベスト8なのか? よくタイマンで弓使いが勝てたな」


「もうっ、ちゃんと見てなかったの?」


 レアが可愛らしく口を尖らせる。


「1回戦じゃ、剣の間合いにまで相手を近寄らせなかったんだから。名前はナグルさんて言うみたい。強敵だよ」


「へぇ、そいつの次の相手は…………っと」


 トーナメント表に目線を走らせると、見たことのある名前が。


「…………カートかよ。まぁあいつなら大丈夫だろ」


「うーん、どうだろ? あの人、ものすごい達人だよ」


 困り顔をするレア。


「まぁカートも相当場数を踏んでるからな。見ごたえのある試合になりそうだ」


「それは間違いなさそう…………ってユウ!」


 レアが急に焦った声を出した。


「ん? どした?」


「…………試合! 試合!」


 レアが指差すのは俺の行くべきステージ。



「あのー、ユウ選手…………?」



 司会のアシュレイが俺の名前を呼んで待っている。


「あ…………そうだった!」


 レアと話していて出番を忘れてた。


 観客席の1番前だったので、前の手すりに足をかけてステージのあるアリーナへ飛び降りた。


「いいぞー、ユウーーーー!」


 派手な登場をしてしまい、ステージに上がると観客からの声援を受ける。


「ユウ選手、なんともカッコいい登場です! 盛り上げてくれますね! それではーーーー試合、開始です!」


 パンッと頬を両手で叩いて試合に気持ちを切り替える。


「うし!」


 相手はエブラというリザードマンだ。

 全身のテカテカと光る黄色と緑が入り交じったような鱗がきれいだ。リザードマンの年齢はわからないが、背は俺よりも少し低く、華奢な感じだ。体つきからして15~16歳くらい。顔つきはいわゆる爬虫類顔だ。

 チロチロと口から見える生まれつきのスプリットタンがちょっとカッコいい。

 距離を詰めようとすると、まずエブラが話しかけてきた。


「君、人気者だね! 今の登場はカッコ良かったよ」


「そりゃどうも」


 適当な相づちを打ちながらエブラのことを観察する。

 すると、エブラが両手を背中にもっていく。現れたのは2本のマチェットナイフ。


「正々堂々、戦おう」


 エブラは十字にマチェットナイフを交差させて構えた。


「おう。のぞむところだ」


 さて、リザードマンと戦うのは初めてだ。というより戦うところを見るのも初めてだ。


 エブラが走ってくると思えば、ギュンッと俺の3メートル先くらいまで一気に距離が縮んだ。


 縮地か…………!


 たがレアのおかげで縮地には慣れている。それにレアの方がもっと速い。


【賢者】ユウ様、背後にもう1本ナイフがあります。


 ああ。わかってる。


 左右から来るエブラのナイフを刀で弾こうと見せかけて、俺はひねりを入れた前蹴りを思いっきり、がら空きのエブラの腹目掛けてぶちこむ!


 ドボッ…………!!


 ブーツの厚めの靴底がエブラの腹部にメリ込んだ。鱗の硬さを感じるが、威力は貫通している。

 

「おっ、ぉうえええっ……!」


 エブラが苦しみにあえぐように、声を出した。


 そのままめり込んだ足の膝を伸ばす要領で蹴り飛ばす!


 ドッ……ガッ…………! 


 ザザザザザザ……………………!


 エブラは体をくの字に曲げたまま吹き飛ぶと、ステージ上を2回、3回とバウンドして止まった。


「う…………あ、あ」


 そのまま動けないようだ。腹を押さえたまま、下を向いてギザギザの歯を食いしばって痛みに耐えている。


「な……ぜ…………わかった……?」


 エブラは苦しみから絞り出すように声を出した。


 エブラが向かって来た時、彼が尾で握っていた3本目のナイフに空間把握で気付いていた。両手のナイフを弾いても、3本目がタイミングをずらして襲って来ただろう。だからあえて蹴り飛ばした。


「企業秘密だ。それよりお前、正々堂々とか言っといて白々しい奴だな」


 立ち上がることなくエブラは気絶した。



◆◆



 次のカートの試合。カートとあの弓使いは見応えのある好カードだ。弓使いの名はレアが言っていたが『ナグル』というらしい。


 試合開始とともにカートが自分の間合いに持っていこうとするも、ナグルはやはり自分に有利な距離をキープするように動き回る。


「なかなか距離が詰まらないな。…………うーん、矢が尽きるまで全部避けるか?」


「そう簡単にはいかないよユウ」


 さっきの試合を見ていたレアが言った。


 カートがナグルに突進する。ナグルはカートに向け、矢を放った。この試合1発目だ。


「いっ!」


 空気を裂きながら飛翔する矢は、カートが思わず声を漏らすほどの速度だった。


 ガインッ…………!?


 ギリギリ自分の目の前に来た矢を剣で弾く! だが剣を落としはしないものの弾かれてしまう。


「なんて豪弓。でもカートもよく反応したな」


 カートが弾いた矢は、俺の席の真下の壁へと当たっていた。身を乗り出して下を見ると、矢が壁へと埋まっていた。まともに当たれば穴が空く。それに当然、弓矢は近づくほど威力が増すものだ。


「カートはどう動く?」


 カートは、弾かれた剣を見ながら考え事をするように立ち止まっていた。そして覚悟を決めたかのようにナグルの方をにらむと、ジグザグに走りながら接近を開始した。遠距離攻撃ができる魔法が禁止されてる以上、とにかく距離を詰めるしかないのだ。


「頑張れカートさん!」


 レアも隣で手に汗握って応援している。


 しかし、不規則に移動しても一流のナグルに意味をなさない。彼には、ピンポイントでカートを狙い討つだけの腕がある。

 だが、カートも相手の威力がわかっているため対応してきた。矢を弾くのではなく、剣を傾け受け流していく。


「あんなライフルの弾丸を受け流すようなこと、よくできるな……」


「カート…………頑張れ!」


 隣でキース達が祈るように応援していた。


 そして、連続で4本弾いたところで、ついにカートの間合いにナグルが入る! 



「「「「来たっ…………!!!!」」」」



 観客たちが興奮する。


 カートは防御を捨てた突進剣技で胸を狙う!


 ボッッッッ…………!!!!


 カートの得意とする深い踏み込みからの、右腕を伸ばしきった最速の突き。

 しかしカートの剣は空を突いた。


「なっ!?」


 突進の勢いで体が流れながらも、カートが周りを見回す。だが視界にナグルの姿が見あたらない。


「残念」


 カートがナグルの気配に気付き後ろを振り返ると、己の目の前に突き付けられた矢があった。 


「ま、参った」


 ガラン…………!


 カートは剣を離し、降参を宣言した。



◆◆



「ああぁ……おしかったなぁ!」


 キースが悔しそうに膝をグーで叩いている。


「もう一度やればカートが勝つわ!」


 憤慨するサリュ。


「俺も、出たかった」


 熱い戦いを見て、出場を渋ったことをゴードンが後悔していた。


 見たところ、ナグルの方がカートよりも1枚上手だったようだ。


「ねぇ、あの人、空中をジャンプしたよね!?」


「ああ、見間違いじゃなかったよな?」


 ビックリした。リアル2段ジャンプだった。


 賢者さん、そういうスキルがあるのか?


【賢者】はい、あれは『天歩』と呼ばれるスキルです。レベルによりますが、複数回空中でのジャンプが可能になります。


 なるほど。

 

 さっきの試合の最後、ナグルは突進してきたカートに対し、天歩でカートの真上を飛び越え背後をとっていた。


「というか、あいつが次の相手か…………」


「ユウなら大丈夫だよ! 相手の出方もわかったしね」


 レアが俺の背中をバシンと叩いた。


「あぁ、まぁな」


 それはそうだが、できるだけ身体強化はカイルにとっておきたい。つまり、剣技だけで何とかしないとダメということだ。


「難度高っ…………」




≪準決勝≫


 俺の番がきた。


 ステージ上で俺は弓使いのナグルと向かい合っている。ナグルはニット帽を被った髭もじゃのおっさんだ。背は160センチくらいとこの世界では比較的小柄。


「ぼうず、機動力さえあれば弓は近距離戦すら制することを教えてやろう」


 ぎゅっぎゅっ! と弓を地面に立ててしならせながら話しかけてくる。調整しているのだろう。


「そりゃどうも。しかし連戦で悪いね」


「なに。あの程度で疲労を覚えるようなら、冒険者など止めた方がいい」


 そうカッコよく言いはなった。


「お、おう」

 

 渋いな。このおっさん。


「では! 準決勝始めさせていただきます! お2人とも準備はよろしいですかーっ?」


 俺とナグルはコクンと頷いた。


「それでは! よーい……………………」


 司会の声でナグルが俺に向けてゆっくりと、矢を構えていく。その動きすら洗練され、無駄がないように見えた。何千回と繰り返された動きなのだろう。


 そして、ナグルの矢の先端が俺を向いた瞬間…………ドッッ! とプレッシャーが俺を襲った。まさに銃口を突き付けられている気分。俺の知っている弓矢ではない。銃弾の速度と威力がある。

 空間把握を発動する。ステージ上はすべて俺の領域だ。


 賢者さん、アレを頼む。


【賢者】かしこまりました。


 使えそうなスキルはフル動員だ。そして剣を抜き、構える。集中だ、集中。気を抜けば体に穴が開く。冗談じゃない。



 徐々に緊張感が増し、周囲の音が遠ざかり始める…………。



 ナグルを空間把握内にとらえた俺の意識はあいつの指の筋肉、呼吸、眼球の動き、ふくらはぎ、重心の位置と意識を向ける。聞こえてくるナグルの心臓の鼓動はドクン、ドクンと落ち着いている。


「ふぅーーーーーーっ!!」


 俺は深く絞り尽くすように息を吐き出した。


 さらに深くキーーーーンンンッと集中していく。


 周りの余計な景色は真っ白に消え去る。


 司会のスタートの合図が、意識の外側からゆっくりと聞こえてきた。


「ス…………」


 ナグルが深く息を吸い、そしてぐっと止めた。


「ター…………」


 ナグルの眼球は鋭く俺の左胸を見ている。だが、賢者さんによって視覚化された矢のルートは真っ直ぐ俺の右目にある。



「トオオオオオオオオオオオオ…………ッッ!!!!」



 開始の合図とともに、ナグルは指を離した。と同時に俺は首を左に傾けながら全力で右足を蹴り、前に出る。


 徐々に弓の弦に矢が押し出され、


 完全に、


 宙に、


 浮い……た………………。


 俺の認識する空間内、矢が飛来するコースは完璧に掴んでいた。後はナグルを追い詰めるだけ。続いて左足を後ろに蹴り飛ばすように、力強く走り出す。


 ナグルには俺がただ前に走り出したように見えている。だが、俺は賢者さんのおかげで矢が飛ばないコースを避けながら走ることができる。


 ナグルは矢の軌跡を見ながらも、重心を下げ、バックステップに移ろうとしている。その顔には少し驚きの表情が見えた。俺が避けることに気付いたのかもしれない。


 ナグルは背の矢筒から矢をとり、弓につがえようとしている。その流れるような動きには無駄がない。


 それでもこの程度の矢の速度ならなんとかなる。大丈夫だ。


 ナグルが胸を張り、強靭な腕力で馬鹿げた強度の弓の弦を引き絞る。次の狙いは俺の下腹部のようだ。より当たる面積が大きい。1射目は様子見だったのかもしれない。


 そしてすぐに第2射が放たれた。


 さっきよりも矢が速い!


 ナグルに撃たせる回数を減らすため、避けながらもなるべく前へ出る。右足を踏み切り、こちらも体を矢のようにひねり前へと飛びながら、背面飛びのようにして矢をかわす。


 キュイン…………!!

 

 すれ違い様、右耳の真下を通ったナグルの矢からは、到底弓矢で聞いたことのない音がした。


 ぞっとして冷や汗が流れる…………。


 地面に足から着地し、また走り出す。腕を全力で振り、地を蹴りながら顔を上げてナグルを確認すると、今度は弓に3本同時に矢をつがえていた。


「…………いっ!?」


 最速で距離を詰めたのが裏目に出た。

 俺の間合いまでは残り8歩。このままだと俺がたどり着く寸前にショットガンのような矢が至近距離で打ち出される。それはまずい。


 ナグルは後ろに下がるのを止め、腰を落とし、目一杯弓を引き絞った。そのひげ面と細い目が歯を食い縛り、弓に耐えている。額には血管が浮かび上がり、弓を引く腕はプルプルと震えている。


 あの必死な様子…………もしかすると対カイルの奥の手だったのだろうか。俺がナグルに届くことを感じ、もうこの時点で使うことを選択したというのなら、その判断力はさすがだ。

 

 3本同時はどう飛んでくるか予想できない。近すぎるとさすがに避けられないので残り5歩で速度を落とした。そしてナグルが指を離す。


 同時に飛び出す3本の凶器。矢は回転するトライアングルを描きながら一度に撃ち出された。


【賢者】このまま進むと、首、右胸、左脇腹を貫かれ即死です。


 即死です、じゃない!


 だがここで下がれば再び距離を取られ、振り出しに戻ってしまう。


「臆さず前へ!」


 矢に向かって足を踏み出し、一気にスライディングを開始する。ゆっくりに見えるほど集中していたとしても、俺が速く動けるわけではない。

 両膝でスライディングし、首を仰向けに全力で反らしながらオレンジ色に染まりかけた空を一瞬仰ぐ。

 するとギリギリを…………。



 キュ、キュキュインンン…………!!!!



 俺の前髪を矢が引きちぎって飛んでいく…………!


 かわ…………せたっ!


 一瞬の出来事なのに、集中力を消費してとんでもなく疲労感が襲う。でもまだ終わってはいない。本当の勝負はここからだ。


 ナグルは撃った反動で体が後ろに流れている。


 ここ……いや、あいつはその勢いで後転して距離をとるつもりだろう。ナグルはまだ諦めていない。


 俺はスライディングから速度を落とさずに滑りながら立ち上り、ナグルへと迫る。後転して後ろへ下がるも、ステージの縁まで追い詰められたナグルは立ち上がり、膝を曲げ溜めを作っていく。


 読めているぞ。奴がここで使うのは『天歩』だ。


 天歩は空中を蹴れるというだけで、ジャンプ力は上がるわけではない。すなわち、初めのジャンプは俺にも届く高さということ。


 走っていく俺と、それを迎えるナグルが互いに向かい合いながら同時にジャンプする!


 ナグルが空中で一度失速するのに対し、俺は脚力を生かしナグルを飛び越えた。

 空中で前宙し、視界が回転しながらでも空間把握によりナグルがどこにいるか手に取るように見える。そして前宙後の踵落とし、俺のブーツがナグルの左肩へと直撃した!



 バキャッ…………! メキメキ…………!



 かかとにナグルの鎖骨を折る感触があった。そのままナグルを地面へと弾き飛ばす!


「うおらっ!!」



 ドゴオオンッ…………!!



 鈍い音をたてながらナグルは地面に背中から打ち付けられた。


「う゛っ……!」


 ナグルは声を漏らしながらも、すぐに上半身を捻り右手をついて、起き上がろうとする。恐らく左腕はもう使えない。


「はぁ、はぁ…………!」


 まだ諦めてないのか!? もう弓は撃てないはず、これでまだ戦意をダウンしないのはさすがだ。


 俺は真下のナグルめがけて落ちていく。そして



 …………ズガンッ!!



 起き上がろうとするナグルの顔の真横へ剣を突き刺し着地した。


「…………はぁ、参った」


 ナグルの体から力が抜け落ち、パタンッと腕を広げて仰向けに寝転んだ。


 世界が、再び加速した。



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」



 見てる方からすれば一瞬の勝負だったはずだが、観客は大歓声を上げた。


「お前…………何者だ。はぁ、はぁ……至近距離であの矢を避けられたのは初めてだ」


 空を見ながら寝転がったままのナグルに話し掛けられた。


「冒険者のユウ、Fランクだ」


 手を引っ張ってナグルを立たせる。


「Fランク? …………ははっ、とんだ詐欺だ……」


 髭もじゃだが、近くで見ると愛嬌のある顔をしたおっさんだ。よく見ると30歳は過ぎたくらいだろうか。


「本当だってのに…………だが良い勝負だったな」


 ナグルの折れてない方の肩をパンパンと軽く叩く。


「ふん、まぁな。お前の見切りの技術は素晴らしかった。一瞬だったが、濃密な時間だった」


「おう」


「俺はナグル。Bランクだ。と言っても隣町から来たばかりだがな」


 それくらいで会話を打ち切り、握手をしてステージを降りた。次の試合まではまだ時間がある。


 ぱちぱちぱちぱち。


「お疲れさん」


 ステージから降りるとレアが拍手で迎えてくれた。そこにはカートもいる。


「思った通りだったよ! さっすがユウ!」


「おう、ありがとう」


「見事に俺の仇を取ってくれたな。ユウは魔法なしじゃハンデにもならんか」


 カートは悔しそうに言う。


「いや、緊張感が半端なかった。あいつとはもう2度とやりたくない。疲れた…………」


 見た目は俺の圧勝だったかもしれないが、矢がかすりでもすればただではすまなかった。


「そうだな。しばらく時間があるからしっかり休んでろ。決勝はもちろんあの人だろうからな」


「わかってる。ここからだな」

読んでいただき、ありがとうございました。

読みにくい等、違和感等ありましたら、改善したいと思いますのでコメントをお願いします。


※過去話修正済み(2023年10月28日)

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