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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第2章 町へ
21/159

第21話 剣闘大会予選

こんにちは。いつもありがとうございます。


 ≪闘技大会当日≫


 町には前日から大々的に闘技大会の看板が設置され、町中の人が注目している。さらに賞品が『火竜の牙』ということもあり、今年の大会は特に大盛り上がりのようだ。


 ギルド前の通りには、朝早くから大勢の観客が詰めかけていた。普段は馬車が行き交う大通りだが、今日は完全に人混みで通行止めだ。


「お」


「どうしたのユウ?」


「いや、ルウさんだ」


 ルウさんは木箱の上に立ちながら観客に向け、良く通る声で案内をしていた。


「みなさーん! 今回の大会は出場者多数のため、町の東口を出てすぐの特設会場で行います! そちらへの移動をお願いします!」


「わぁ。お客さん、ギルドの地下に収まりきらなかったんだね~」


「そんなにいるのか……」



「ちなみに! 今回のオッズ予想は今のところーーーー」



 ルウさんはちゃっかりしていた。



◆◆



 案内に従って、町の東口に向かうと大きなスタジアムが用意されていた。大雑把な造りだが、外観はまるでコロッセオだ。スタジアムはすべて白っぼい石で出来ているようだ。


「いつの間にこんなもの……」


「多分、土魔法が得意な人たちに頼んだんだろうね。数日でつくるなんて、今頃へとへとだよ」


「へぇ、土魔法でこんなのも造れるのか」


 すでに入場しようとする観客で何百人という行列ができていた。俺たちもその行列へと並ぶと、周囲の盛り上がりとは反対に緊張のためか奥歯が歯がゆくなってきた。

 スタジアムの周辺はここぞとばかりに屋台が軒を連ねている。そちらにも大勢の人が並んでは食べ物を購入している。


「うわぁ。これギルドの力の入れ具合はすごいね」


「ギルドは儲かるだろうなー」


 10分くらい並ぶと入口についた。入って内階段を上ると、すり鉢状のスタジアムの一番外側、一番高い後ろの観客席の所へ出た。すでに観客席はほとんど埋まっており、ワイワイがやがやとまるで祭りだ。屋台で買った食べ物を持ちながら、どの観客もこれから見られる戦いに心踊らせ、目が期待に満ちている。


「出場者の方はこちらにお願いします!」


 ルウさんじゃない受付嬢の人で、確かエマさんだ。出場者の案内をしているようだ。焦げ茶色のショートカットのスレンダーな体型で、この町の受付嬢は皆美人だ。

 そして、どうやらここから出場者は観客席の方向とは別のようだ。


「それじゃ、また後でな」


「うん! 応援してるよ頑張ってね!」


 レアがガッツポーズをして別れた。


「おう!」


 レアと一旦別れ、エマさんに案内されたのはスタジアムの地下、選手用の控え室だった。中には若い同い年くらいの冒険者から、むさいオッサンまで、70~80人くらいがごった返している。皆身体を動かしてウォーミングアップをしたり、心を落ち着かせているようだ。

 俺が入っても入り口近くにいたやつらがチラリとこちらを見るだけで、すぐに興味を失くされた。


 警戒されていないのは良いことだ。コブロを倒したことはそれほど広まっていないようでFランクの俺としてはやりやすい。

 というか本当に人数が多い。これでトーナメントとかできるのか?


 すると聞いたことのある声に名前を呼ばれた。


「ユウ!」


 声のした方を振り返るとカートがいた。この日のためか、金髪はきれいに短くカットされている。カートのパーティとは、サラマンダー討伐よりカートたちとはさらに仲が良くなり交流が続いている。


「おっす、すごい人だな」


 俺は見回しながら言った。


「ああ、なんでも80人くらい参加者がいるらしいぞ」


「うへぇ」


 そんな人数を勝ち上がらないとだめなのか。大変だ。


 その時、


「はいみなさーん! これで全員ですね! ではルール説明をします! よく聞いておいてください!」


 朝礼台のような台の上にのった女性が声を張り上げていた。そして説明が始まった。


 ギルド職員の話によると、今回は参加者が多すぎるため参加者を半分の40名ずつに分け、始めにデスマッチを行うらしい。前回の成績は関係なく16名の残った者でのトーナメント戦だそうだ。


「ち・な・み・に! デスマッチと言っても相手を殺せば失格です。教会にお願いして治癒士も複数人用意しておりますが、万が一のこともありますので、くれぐれも注意してください!」


 なるほど。やり過ぎないように気を付けないとな。


「しかし、カイルと同じステージに立つ可能性もあるのか」


 いきなりカイルとの戦闘は避けたいところだ。


「そりゃな。もし一緒なら隠れてカイルが参加者を減らしてくれるのを待つべきだな。どのみちあいつは狙われるだろうし」


 カートが答えた。


「確かに、そうなったら利用するに限るな」


 するとギルド職員の女性が、紙に書かれた名前を読み上げ始めた。


「では、今から名前を呼ぶ方はAグループです。まず、メロさん、マーシュさん、ガルネリウスさん…………」


 次々と名前が呼ばれていく。


「続きまして、カイルさん、ガブローシュさん、ユウさん」


「げ、カイルといるのかよ。…………んんっ? ガブローシュ?」


 今ガブローシュって言ったか? 聞き間違いか……?


「ははは、残念。カイルと同じだな…………ん、どうした?」


 俺が難しい顔をしていると、カートが聞いてきた。


「いや、ちょっと聞いたことのある名前が」


 あの馬鹿弟子。参加しないんじゃなかったのかよ。


 そしてAグループの参加者が全員呼ばれた。カートはBグループのようだ。


「では、Aグループの皆様はこちらからステージに上がってください!」


 職員に案内されるがままに出口に向かう。


「じゃあな。決勝で会おう」


 カートが握り拳を上に向かって突き上げる。


「あ、ああ」


 俺も照れ臭く感じながらも拳をあげると、カートがニッと笑った。


 他の冒険者とともにサッカースタジアムの入場口のような所から、ステージの横に出た。




「「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」




 出た瞬間、歓声が身体を叩いた。外の明かりでパアッと眩しい太陽に照らされる。目の前には芝生の真ん中に正方形のステージがあった。


「ユーーーーウーーーー!!!!」


 聞きなれた声が聞こえた。レアがブンブンと大きく手を振って最前列で応援してくれていた。ピコピコと猫耳が動いていて可愛い。その隣には、ゴードン、キース、サリュもいる。


「ちょっと恥ずかしいな…………」


 適当に手を振って答えた。レアにはあれから何度か特訓に付き合ってもらっており、そのためにも無様にやられるわけにはいかない。目指すは優勝。


「ユウ頼むぞ!! 本当にっっっっ! 頼むぞーーーーっ!!」


 レアの反対側の客席では、血走った目から別のプレッシャーが放たれていた。ニックはすでに両手を合わせて震えるほど力を込めて拝んでいる。


 ニックはいつか本当に借金が原因で死ぬ未来が見えそうだ。


「「師匠ーーーー!!!!」」


「「ガブローシューーー!!」」


 ニックの近くの席にはエポニーヌとコゼットの姿も見つけた。大きく手を振っている。ガブローシュの名前を呼んでるってことは、さっきの参加メンバーは聞き間違いではなさそうだ。


「あのアホはどこだ?」


 目的の人物を探すべく、キョロキョロしていると


「師匠!」


 その声に、はぁと心の中でため息を吐く。


 やっぱりか。


「おいガブローシュ」


 振り返ると、そこには剣を背に革装備を揃えたガブローシュがいた。


「お前、なんでこの大会に出た?」


「すみません師匠。やっぱり我慢できなくて! それに対人戦闘も学ぶべきだと思い直して参加を決めました。わかってます! 無茶はしません」


 グッとこぶしを握りしめて、そう宣言した。


「はぁ、わかってるならいい。無茶はするべき時にするんだぞ」


「はい!」


 ガブローシュなりに考えてのことなら仕方ない。ここじゃめったに死なないだろうし、確かに良い機会だろう。


 と考えていると、後ろから急に肩を組まれた。


「おいおい、そんなガキとつるんでねぇで俺と遊ばねぇか?」


 こないだ聞いたばかりの声だ。


 野郎…………っ。


「カイル。後でじっくり相手してやるから離れろ」


 無理矢理振り払う。


「はいはい。なんでそんなに嫌われちまったのかね。ま、いっか。お前は決勝までこいよ? それまでは狙わねぇ。じゃな」


「…………」


 そう言ってカイルは俺に背を向けて離れていった。


 前回のことがあってから、どうもカイルは好きに慣れない。


「さすが師匠! あのカイルさんに目をつけられてるなんて!」


 ガブローシュがキラキラした尊敬の眼差しで見ている。


「お前な、目をつけられたことを羨ましがるなよ」


「だってこの町最強の人ですよ!?」


「はいはい」


 ガブローシュの頭をガッと掴んでアイアンクローをかけた。


「あだだだだだだ!」


 そして、ステージに上がった参加者たちが口々に牽制し合っているのを遮るように


「はい! みなさん、今回のギルド剣闘大会にお越しいただきありがとうございます!! 私、司会を務めさせていただきます。ギルドのアシュレイと申します。本日はどうぞ宜しくお願いします」


 魔法で声を拡声しているようだ。特設の、少し高台にある貴賓席のような席の近くでアシュレイと名乗る女性が挨拶をした。


 あの人、ギルドで見たことあるな。腰まである長いポニーテールをした、常にテンションが高い人だ。



「「「アシュレイちゃーーーーん!」」」



 司会のアシュレイの挨拶に観客席がどっと盛り上がる。背が低く、童顔のアシュレイはある種の熱狂的なファンがいてもおかしくない。


「はいはーい、皆も楽しみにしてくれてたかなー?」


 耳に手を当てて聴くジェスチャーをするアシュレイ。


「「「はーい!」」」


 元気にファンたちが返事を返していた。


「はい! そして、本日はゾスギルド長も来ております。ではギルド長」


 アシュレイに呼ばれ、隣にいた男が立ち上がった。


「ギルド長のゾスだ。挨拶は短めにさせてもらう。今年は例年とは違い、ある優勝賞品がある…………それがこの『火竜の牙』だ」


 ゾスギルド長と呼ばれた男は40センチはある牙2本を両手に掲げた。



「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」



 それを目にした参加者が興奮し、沸きに沸いた。


「…………静まれ。いいか? 注意事項として言っておくが、相手選手を殺してしまうとその時点で失格となる! それだけは忘れるな? 以上だ」


 ギルド長が席に着いた。



 て、ててててか、ギルド長、エルフ(男)だ!! 



 思わぬファンタジー要素にテンションが上がる。


「ほぉ~」


 色白で整ったしゅっとした顔立ちに尖った耳、それにプラチナブロンドの肩よりも長い髪をオールバックにしていた。目付きは…………かなりキツめというか、悪い。

 獣人族やリザードマンは珍しくもなく町にいるが、エルフは生まれて初めて見かけた。


 俺が1人で盛り上がっているなか、説明が続いていた。


「Aグループのみなさーん! それではステージの方へ上がってください」


 ステージは一辺40メートルほどの正方形で1メートルほど地面から高くなっており、ここから落ちればアウトだ。

 また客席はよりステージ上の戦いが見やすいよう、さらに3メートルほど高くなっているようだ。


 促され、皆がぞろぞろと石階段からステージ上へと上がる。ステージに上がる瞬間が一番緊張するかもしれない。

 一辺40メートルしかないこのステージも、40人が戦うとなると手狭に感じる。


「くどいようですが、相手選手の命を奪うと失格です! また魔法は魔力検知器がありますので誤魔化そうとしても無駄ですよー? すぐにバレます! なお、時間制限はありません。では、残り8名になるまで精一杯戦ってください!」


 魔力検知器なんてものがあるのか…………。やっぱり魔法は使えなさそうだ。


「準備はいいですかー?」


 …………よし、とにかくここは体力温存でいこう。


「よーい!」


 皆が黙って、武器に手をやる。今までの賑やかさがとたんになくなり、観客を含めた会場全体が一瞬でピリッと緊張感に包まれた。


「し、師匠。いきなり俺は攻撃しないですよね?」


 俺の隣でガブローシュが俺の方を横目で見ながらがポツリとこぼした。


「さぁ…………?」


 ニヤッとガブローシュを見ると、ガブローシュはひきつった顔をして、トコトコトコトコッ! と早足で俺から離れていった。





「スターーーーーーートオオオオオオオオオオオオ!!!!」





 試合はアシュレイの気合いの入った合図で始まった。



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」



 瞬時に並列思考で俺の周囲の人間、そして会場全体に意識を向ける。これで戦いながら周囲の警戒もできる。


 俺の近くには、顔まで全身鎧の二股槍使いと、両手にククリ刀を持った30歳くらいの男、西洋剣を両手で持つ若い青年、あと弓使いらしきオッサンの4人だ。


 この大会に弓で出るなんてかなり強気だ…………距離を詰められたり、矢が尽きたらどうするんだろう?


 槍使いとククリ刀使いが向かい合って戦い始めた。弓使いは、俺と同じでなるべく人数が減るまで待つスタンスのようだ。戦闘に加わらず、離れて様子を見ている。

 とそこで両手剣の青年がキョロキョロと周りを見た後、俺と目があった。そして弓使いに背を向けて俺に向かってきた。


「まず1人目か」


 正直そんなに強そうではない。ランクでいえばEかDランクかそこらだろう。レアを相手に練習してきた俺の敵ではない。


 青年が剣を頭の上に振り上げた。


「死ぃ……ねえ!!」


 振り下ろされる剣を半身になってかわし、すれ違いざまに喉元を左手で突く。


「んぐっ!」


 青年は即座に目をグリンと上を向け、昏倒し気を失った。


「死ねはダメだろ。失格になるぞ」


 そして崩れ落ちた青年の向こうには矢をつがえ、青年を背後から狙う弓使いの姿が見えた。


 弓使いの男の目には驚きが写っている。


 さぁ、どうする…………このまま俺を狙うか?


 俺は弓を構えたオッサンを注視し、すぐに反応できるよう集中する。


「お?」


 しかし別のチャンスを狙うのか、弓を下ろすと他選手の陰に消えた。俺も身体の力を抜く。


 特に追うつもりはないが不意打ち狙いとなると厄介だ。


 まだ槍使いとククリ刀使いはまだ良い勝負をしている。見た感じどちらもCランクくらいで敵になりそうにない。


 この後どうするか、と考えていると




「…………これでお前も最後だなぁ!!」




 そんな大声がステージの離れた場所から聞こえてきた。


「ん……?」


 声の聞こえてきた方を見ると、どうやらカイルの方が面白いことになっている。


「てめえら……しょうもないことを考えやがる。いいぜ? 全員相手してやらぁ」


 歯をむき出しにして殺気満々のカイル。


 見ると参加者15人くらいがカイルを取り囲み、団結してカイルを潰そうとしていた。


 なるほど、この大会ルールならではだ。


「ははっ! やめとけ。いくらあんたでもこれだけの上級冒険者相手に立ち回れると思うのか?」


 片刃の大剣を肩に担いだ男がこの作戦のリーダーのようだ。カイルとは知り合いか、何かしらの因縁があるのだろう。まぁカイルは敵が多そうだしな。


「上級冒険者ねぇ…………」


 カイルは自分を取り囲む冒険者たちをじっと目で追った。


「俺が知ってる上級冒険者とは違うみたいだな」


 そのカイルの言葉に男たちがピクッと反応する。



「ほざいてやがれ!!」


「これであんたの時代も終わりだ!」


「この人数の攻撃、受けれるもんなら受けてみろ!」


「許さねぇ…………!」



 やはりそれなりに恨みを買っているようだ。

 

「やれっ!!」


 大剣の男が剣を前へ向け合図した。


「「「「「うらあああ!!!!!!」」」」



 ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!



 10以上の武器が一斉にカイルに叩き込まれた。攻撃した男たちがその手応えに口許を緩める瞬間。




「うっとうしいわあああああ!!!!!!!!!!!!!!」




 カイルの腹から発せられる野太い声が会場全体に響き渡った。


 カイルは向けられた武器の全てを避け、捌き、刀で受けとめ、囲っていた全員を吹っ飛ばした。一瞬、カイルから放たれる炎が見えた。


 まじかよ…………!


 やはりこいつはレベルが違う。技術も達人レベルだ。あの程度の冒険者何人で囲ったところで意味はない。


「な、なんだと!?」


 指揮をとっていた男ががく然とする。


「ぐっ……!」


「ぐえっ……」


「うっ…………」


「くそっ!」


 吹っ飛ばされた男たちは、羽虫のようにボトボトと全員ステージの外に落下した。


「お、おまえ、この人数でも…………!! くそっ!」


 指揮した男がたじろぐ。


「そんなだからダスク、お前はいつまでたってもAランクになれねぇんだ」


 呆れたように男を興味のない目で見下ろすカイル。


「黙れっ!!」


 ダスクと呼ばれた男の大剣が、怒りと共に一瞬脈打ったように見えた。


 なんだ…………あれ?


【賢者】あれは魔剣です。


 魔剣!?


【賢者】能力を宿した剣のことです。強力ですが、その能力の解放には魔力を必要とします。剣は空気中の魔力を吸収しており、魔力がなくなると使用できなくなります。


 なるほど。1日で使える頻度は決まってるのか。


 男が魔剣の能力を解放し、剣が膨張していく。そして、刀身だけで3メートルほどにまで巨大化した。見上げるほどのデカさだ。


 あれだけ重くして振れるのか?


「行くぞカイルウウウウ!!」


 男がカイルに向かって突進していく。カイルはそれをただ突っ立って見ながら言う。


「何でお前が俺に勝てないかわかるか? レベルが違うからじゃねぇ…………」


「知るかよ、くたばれぇあああああああああ!!」


 カイルの目の前で男が巨大化した大剣を限界ギリギリまで後ろに振りかぶった。大上段からそのままカイルに叩き付けるつもりだ。


「剣に頼り過ぎるからだ!」


 すれ違い様、カイルの大刀は男を大剣ごと撫で切りにした。時おり見える炎、おそらくカイルの刀も魔剣…………!


 ズンッ…………!


 斬り飛ばされた大剣が地面に衝突、徐々に縮んでいく。剣と一緒に太ももを斬り裂かれた男は出血多量、動けず意識を失っていった。


 リタイアだな。回復魔法をかけないとまずそうだ。


「今のでけっこう減ったな」


 カイルの戦いを見物している間にステージ上にはもう3分の1くらいの人数しか残っていない。


 さっきの槍使いとククリ刀は2人ともアウトになっていた。長引きそうだったが、戦っているところを他の冒険者にやられたのかもしれない。


 すると、ちっこい影がまだいるのが見えた。


「ははっ。ガブローシュのやつ、まだ残ってたのか」


 意外なことに装備はボロボロだがなんとまだ生き残っていた。小柄な体格を生かして立ち回ったのだろうか。


 ちなみに倒れて気を失った者や、動けないものはスタッフによってステージから運び出されている。


 そう観察している時、俺の後ろから飛んでくるものに気が付いた。


「よっ!」


 とっさにしゃがんで回避すると、ビュッ! と矢が頭の上スレスレを通り過ぎた。そして


 ズガンッ!!


 俺を狙った矢は、根本までステージに突き刺さった。


「危ねぇ、こんなの当たったら即死だろ……」


 弓のオッサンは決して魔力を纏わせてる訳ではない。ただ純粋に弓を引く力が普通じゃないようだ。それに耐えうる弓も。


 後ろを振り返るとオッサンは避けられると思っていなかったのだろう、射った格好のまま固まっていた。


 まぁ、真後ろから必殺の一撃だったもんな。空間把握を使ってるから俺に死角はないよ。しかし、ちょくちょく狙ってくるなぁ。


「惜しかったな」


 目線を振って挑発してみるも、効果はない。戦闘経験も豊富そうだ。

 オッサンはバックステップで離れていった。敏捷力も高いようだし追いかけるのは面倒だ。


 まだまともに戦闘をしていないが、人数が減ってきてそろそろ逃げ隠れするのも難しくなってきていた。倒れた選手はステージ外へ運び出され、始めに比べてかなりステージが広く思える。


 そう見渡していると、走ってくる男が見えた。


「げっ…………」


 見つかった。突進してくる男からバックステップで距離をとる。


「なんだ、その武器…………!」


 相手が使うのは、(さい)と呼ばれる短剣くらいの長さの刺突武器だ。両手に持って、高速の突き連撃を放ってきた。


 突いてくる武器ってのはどうも捌きにくい。そもそも、刀では防御に向いていない。…………ま、それは相手も同じこと。


「うおらああ!!」


 俺は男に突撃すると、相手の刺突の攻撃ごとぶった斬った。あの細い剣で俺の刀が受け止められるわけがない。


 これでまた1人減った。残りは…………?


「さあさあ、来ました! 残るは9人です! あと1人リタイアすれば決勝トーナメントへの出場が決まります!!」


 あと1人…………カイルは?


 当然残っていた。俺のいるのは反対側のステージ端で少年の相手をしているようだ。カイルが子ども相手に戦うとは、シュールな絵に見える。


「っておい、相手はガブローシュか!」


 ガブローシュは果敢にカイルに向かっていくが、その剣はカイルに触れる気配すらない。カイルは刀を納めており、手ぶらのままガブローシュの剣を飄々と避けていく。


「おいやめとけ馬鹿!」


 俺の声は届かない。


「くそっ! くそっ! くそおっ!」


 ガブローシュが躍起になってブンブンと剣を振るが…………。


 あれじゃ無理だ。技というよりかは力任せに振り回しているだけだ。このままだとまずい。


 俺はガブローシュとカイルの間に入るために走り出す。


「誰も俺と遊んでくれねぇから身のほど知らずのガキを相手してやろうと思ったが、弱すぎだろ。なめてんのか? なぁクソガキ」


「う、うるさい! 俺はこれから強くなるんだ!! 見てろ!」


 ガブローシュが剣を振るのを止めて、構えたまま静かに集中している。何が出るのかとカイルは退屈そうに眺めている。


 そして、歯を食い縛って右足を踏み出した。その瞬間…………。


「ん?」



 ガブローシュが一瞬だが加速した…………!



 ように見えた。速度で言えば1.3倍くらいだ。そしてつんのめって顔をステージに叩き付けてる。


 でも今のって、まさか…………?


【賢者】不安定ですが、今のは身体強化です。


 まさか、もう魔力操作を取得して勘であれを身につけたのか? 確かに魔力操作を鍛えろとは言ったが…………そこに行き着くとはやるなガブローシュ。


 いや、それもそうだが今のは魔法使用に当たらないのか?


【賢者】身体強化は魔力を体外に放出することなく体内でのみ消費します。感知はできないようですね。


 おっ…………良いことを聞いた。これは思わぬ抜け穴だな。ガブローシュは後で誉めてやろう。


 だが、その時。カイルがスッと無表情になった。まさに興味が尽きた顔。嫌な予感がした。



「もういい。飽きた」



 そのひと言と共にカイルの右手が霞んだ。



 ヤバいっ…………!!!!



 もう俺もガブローシュへ声の届く範囲まで来ていた。


「ガブローシュ逃げろ!!!!」


「へ? 師匠…………?」


 ガブローシュの幼い顔が俺を見る。



 スパンッ…………!!



 ガブローシュが一瞬固まったと思いきや、ビクッと体を震わせ、全身から霧のようにブシュウウ!! と血が吹き出した!


「がっ…………!!!? …………か……かっ…………!」


 ガブローシュが白目を向いて立ったまま固まった。体が一瞬ショック状態になり麻痺している。


「馬鹿野郎っ!!!!」


 やり過ぎだろっ、子ども相手にあそこまでやるか!?



「「ガブローシュ!!!!!!??」」



 観客席からエポニーヌとコゼットの悲痛な叫び声が聴こえてきた。他の観客からも悲鳴があがる。


「ユウ!!」


 レアが観客席から身を乗り出し鋭く俺の名前を叫んだ。


「わかってる!!」


 ガブローシュの元へ走る!!


「ああ? お前か」


 何か言ってるカイルを無視し、目の前を無防備に素通りした。


 それどころじゃなかった。


 そして、ゆっくりと崩れ落ちていくガブローシュをスライディングしながら、地面ギリギリでキャッチした。


「ガブローシュ!! おい救護班早く!!」


 バタバタと走ってくるギルド職員にガブローシュを手渡すためにステージの端へと移動する。


 ガブローシュは虚ろな目をして、すでに意識を手放す寸前だ。全身の血管をくまなく斬られたのか、衣服がしぼれるほどに血で濡れていた。出血性ショックだ。


「し…………ししょ…………」


 血を失い、顔が白い。


「もう大丈夫。しゃべるな。後は任せろ」


 俺がガブローシュを救護班に渡していると、後ろからカイルの声が聞こえた。


「おいおいユウ。そんなん置いとけよ。庇うほどの価値もねぇ。ガキだからって手加減してくれるとでも思ったか?」


 胸の中で燃える怒りが、その発言でさらに勢いを増した。


 ギリギリ…………と拳を握ってカイルを振り返る。


「そうじゃねぇ…………ここに出てきた時にこいつもやられる覚悟はできてる。ただ…………()()()()()っ、つってんだよ!! こんな子供相手によ!!」


 これじゃ死にはせずとも、血を失いすぎて脳にダメージが! 後遺症が残るかもしれない…………。



「てめぇ、今すぐ一発…………」



 俺がカイルに向かって一歩足を踏み出すと、司会のアシュレイがその様子から何をするか察したようだ。


「はい! ユウ選手、ユウ選手っ! そこまで、そこまでです! 8名が決まりました。残られた選手の方はステージを降りてください!」


 ギルド職員がバタバタと俺とカイルの間に入ってきた。


「邪魔だてめぇら!」


「ユウ選手! 落ち着いてください!」


 スタッフたちに阻まれている間にカイルはどこかへ消えてしまった。


「クソっ!!」


 タイミング悪い。あとでカイルはぶちのめす。でも今はガブローシュだ。


「ユウ!」


 レアが客席から軽やかに飛び降りてきた。俺の元へと駆け寄ると


「ガブローシュは!?」


 駆け寄って来たレアも深刻な表情をしている。


「治療所みたいだ。行こう!」


「うん!」



◆◆



 治療室でガブローシュはすぐに見つかった。白色の法衣のような服を着た治癒士複数人が連続で回復魔法をかけ続けている。


 ガブローシュのベッドの横には、ベッドに顔を埋めて泣きじゃくっているコゼットとエポニーヌの姿があった。

 俺に気付くと、バッと顔を上げた。


「師匠! ガブローシュがっ!! も、もしかすると、もう冒険者を続けられないかもしれないって!!」


 エポニーヌが俺の服の袖を掴み、必死に助けを求めてくる。



「「ガブローシュを、お願いじまぁず!!」」



 コゼットとエポニーヌは揃って頭を下げた。


「ああ」


 俺は治療をしてくれている1人の肩を叩いた。


「中途半端な治療するならどいてくれ」


「ちょっと! 困ります!」


 その人は振り返って焦ったように言った。

 他の人も気付いて、1人のリーダー的な立場の人物が反論してくる。


「あなた、この子の命が危険なのを承知で言ってるんですか!!」


 本気でガブローシュを救うために言っている…………良い人だ。でも今はあんたじゃ力不足だ。


「わかってるから言ってる…………!!」


「ご、ごめんなさい! 少しだけでいいんです! 時間をください!」


 レアがペコペコと何度も頭を下げてくれている。


 その間に俺はガブローシュのケガの具合を見る。傷が全身にくまなくあり、静脈はもちろん動脈までも複数斬られているため出血がひどい。横になっているベッドが血で染まっている。ただ、内臓を傷付けるような怪我ではない。わかってカイルはやったのだろう。

 これなら今治療すればなんとかなる。こんなとこでこいつの冒険者人生を終わらせたりはしない。車椅子に座って虚ろな顔で一生を終えるガブローシュなんて、見たくない。


 ガブローシュの胸に手を当て、全開で回復魔法を使う。


「回復魔法!?」


 治療士たちが口をあんぐりと空けて見ている間、みるみるうちに傷口がふさがり、30秒ほどで傷はなくなった。


 これでひと安心。ただ、血が流れ過ぎたからすぐには目は覚まさないだろう。


「も、もう傷が!?」


「あなた様はひょっとして、あの治癒士様なのですか?」


 俺が使った回復魔法を見て、ぞろぞろと寄ってくる。


「どっかいってくれ」


 俺を誰かと勘違いした治癒士たちを追い払うと、ガブローシュの様子を窺った。すやすやと眠っているようだ。こうしてみるとほんとに子どもの寝顔だ。


「もう大丈夫だ。ハラハラさせやがって」


「良かったぁ」


 レアがホッと胸を撫で下ろした。


「「お師匠様、ありがとうございます!」」


 エポニーヌとコゼットがお礼を言ってきた。


「いや、こいつはそこまで悪くないからな」


 実際、ここまで痛め付けずとも、カイルなら簡単にガブローシュを戦闘不能にすることができたはず。わざわざ冒険者を続けられないレベルの怪我をさせる必要はなかった。


「悪いのはあいつだ。カイルは俺が仕留める」


「で、でも。いくら師匠でも…………!」


 ガブローシュの凄惨な結果を見て、エポニーヌが止めに来てくれる。


「そうだよ! ユウでもあの人は…………!!」


「レア、まだなんもしてやれてないけど、一応ガブローシュは俺を師匠と慕ってくれる弟子だ。このまま黙ってちゃ師匠失格だ」


「う…………」


 レアは何も答えなかった。


 俺のステータスじゃ、まともに戦ってもカイルには届かない。しかも魔法は禁止されてる。だが、あの時のガブローシュのおかげで突破口が開いた。



「待ってろ…………!」


読んでいただき、ありがとうございました。

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※過去話修正済み(2023年10月24日)

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