第20話 サラマンダー
こんにちは。
読みやすいように大幅に改稿しました。少しストーリーも変わっています。(2019/06/10)
いつも読んでくださり、ありがとうございます。
次の日、俺とレアは町の北側の入り口、門の柱にもたれ掛かってカートたちを待っていた。
まだ薄暗いほどの早朝だというのに大勢の冒険者や商人がわいわいと町の外へと出ていく。
「カートたち遅いなぁ」
「みんな寝坊かな?」
レアがハラリと髪を垂らしながら首をかしげる。
「4人いるだろ、1人くらい起きてくれぇー」
そう言って門から町の中を覗き込むと、町のメイン通りを走ってくる4人組が見えた。体のでかいゴードンがドスドスと走るため、冒険者たちの目を集めている。
「おーい、遅れてすまん」
息を切らしながらカートたちが到着した。
「大丈夫。どうしたんだ?」
「いや。ギルドで先にサラマンダーの依頼を受けに行ってたんだが、どうやら俺らより前に1パーティであの依頼を受けた馬鹿パーティがいるらしくてな」
「1パーティでよく受諾したな」
2パーティ必須条件だったよな?
「どうやら気弱な新人受付に無理やりさせたそうだ。まぁ、名前を上げるにはうってつけな依頼ではあるからな」
カートがやれやれといった身ぶりで説明した。
「ほんと、自分勝手な奴よ!」
魔術士のサリュはご立腹のようだ。
「まぁまぁ。それでギルドはなんて?」
「そいつらだけじゃ心配だから、俺たち2パーティの参加を認めるってさ」
斥候のキースが答えた。
「ならいいか。そいつサラマンダーに食われてなきゃいいけど」
「サラマンダーは獰猛だ。そうなったとしても自己責任だな」
カートはただ前を向いてそう言った。
「カートも昔は正義感強くてめんどくさかったのに、今では大人になったものね」
サリュが頭の後ろに手を組みながら言った。
「俺ももう子供じゃない。あんなことがあったからにはな」
カートが苦い顔をした。
「もう、昔のことだ」
ゴードンがそう言うとカートは苦笑いをしてから言った。
「じゃ、行くか!」
◆◆
そうしてカートたちと6人の冒険が始まった。目指すサラマンダーは町の北側、まだ町に近い方の岩山に住み処を移してきたらしい。
一緒に行動してわかったが、カートたち『雷神の一撃』はかなり強い。Dランクの魔物でも苦戦することなく近接特化のカートとゴードンが倒していく。
カートは深い踏み込みで技と力で魔物を真っ二つにする。連撃よりも一撃一撃を意識しているようだ。ゴードンはその巨大なウォーハンマーに巨人族の怪力で、有無を言わせず魔物を叩き潰していく。レンジャーのキースの戦闘は見れていないが、常に目を光らせては魔物を素早く見つけている。魔術士サリュはまだ出る幕はなく、サラマンダーへ魔力を温存しているようだ。
しばらくして風景が草原から、赤灰色の砂の上に岩石がゴロゴロと転がる砂漠に変化してきた。まるで火星の表面のようだ。乾燥した風に砂が舞い上がっている。
そして環境に合わせてか、防御力が高そうな岩石系の魔物が増えてきた。
「グギャギャギャ!」
ちょうど人型の石の塊が20メートルほど前から向かって来た。数は6。鉱石の岩に擬態しており、ゴブリンがそのままゴーレムになったようなサイズと見た目をしている。ルビーのような赤い目をしいる。
賢者さん、こいつらは?
【賢者】Cランクの魔物ロックパルムです。岩石に擬態し、近付いた者を集団で襲う習性があります。冒険者の剣や鎧が好物です。動きは遅いですが、Bランク並の硬さを持ちます。
なるほど、新しい刀を痛めるのは避けたいな…………。
「レア、俺がやる」
「うん、わかった!」
剣の柄に手をかけていたレアは後ろに下がった。
「おいおいユウ、ロックパルムは大剣が欠けるくらいの硬さだぞ。大丈夫か?」
「問題ない」
刀は使わないからな。
「わかったよ。ユウのお手並み拝見だ。お前ら手を出すなよ?」
ゴードンたちは頷くと、下がって後ろで様子を見ている。
「さてと」
俺は6つの魔鼓を用意して俺の周囲に浮かべ、魔力を高めると火属性を付加。
ボッ、ボボボボボッ!
6つの火の玉が可視化された。そしてそこへ回転を加えつつ、細長く圧縮しながら形を変えていく。
「よし」
ロックパルムに向け、ファイアバレットを放った。
ダダァンッ…………!!
6発の破裂音が鳴ると同時に同じ数だけ悲鳴が聞こえた。
「「「「「「ギッ…………!」」」」」」
頭のど真ん中をきれいに貫通し、直径10センチほどの穴を空けた。皮膚の鉱石もドロリと高熱で溶けている。
うん、ファイアバレットの貫通力なら硬い魔物でも問題ない。
「はい、終わった…………ぞ?」
そう言いながら振り返ると、カートたち4人の見開かれた目が俺に向いていた。
「「「「…………」」」」
固まっていて何も反応がないので話しかける。
「いや、終わったって。ほら、見てみろ」
そう言ってロックパルムたちを振り返る。奴らは皮膚が岩石でも内部は生物のようで、そこから赤い血が流れて出ている。
うん、確実に死んでいる。
「ね、ねぇ。あ、あああああ、あなた、もしかして魔術士なの?」
サリュがよろよろと俺に手を伸ばしながら歩き、震えた声で尋ねてきた。
「あ、そう言えばサリュたちの前で魔法は使ったことなかったな」
「あの冒険者泣かせを一撃って、どれだけの魔力…………い、いえ、それよりも!」
「それよりも?」
サリュが俺をひきつった顔で腰に下げた刀と俺の顔を行き来させている。
「なんだよ。じろじろ見んな」
口をパクパクさせて言葉がないサリュの代わりに。
「気持ちはわかるぞサリュ…………」
カートがげんなりとしながらそう言うと、続けた。
「…………ユウお前、剣士じゃなかったのか?」
コクコクと高速で頷くサリュ、キース、ゴードンの3人。
「剣士だなんて一言も言ったことないだろ? 俺は魔法の方が得意だぞ」
ピシッ………………………………!
カートたち4人の顔がひきつり、石化でもしたかのように固まった。
「あ、あははは…………」
ショックを受けたカートたちに苦笑いのレア。
「「「「…………」」」」
数秒後、皆がピシピシと石化をといて復活した。
「いや待て待て待て!」
カートは顔を手で押さえながら、顔を背けた。
「100歩譲ってユウが魔術士だとして、ロックパルムを下級魔法で6体同時撃破なんて聞いたことねぇよ」
カートの顔がひきつった。
「そうなのか?」
「ユウお前、Cランクで前衛のコブロにタイマンで圧勝してたよな? しかも体術だけで!」
ガシッと俺の肩をカートは掴んだ。その迫力に圧倒される。
「ま、まぁ…………」
するとカートが深いため息をつき、
「まじかよ…………」
降参だというように両手を上に向け、首を振った。
◆◆
それから岩石系の魔物が増えてきたため、俺がひたすらバレットを撃ちまくった。
ファイアバレットはコスパが最高に良く、俺の魔力量からしたら微々たる消費量だ。そして賢者さんが手伝ってくれるおかげで百発百中。もはや作業だった。
「オイラの仕事…………」
ゴードンがウォーハンマーを肩に担いだままズゥーンと落ち込んでいた。ゴードンは体はでかいが落ち込みやすく、可愛い奴だ
「ゴードンすまん。次は少し残すようにするから」
「いや、そういう…………なんでもない」
そして、サリュが俺の魔法に興味を抱いたようだ。サリュは相変わらず体のラインが出る黒のタイトワンピースを着ていてかなり大人の色気がある。
というか、この格好でよく依頼を受ける気になったな。
「ね、ねぇ。その魔法何て言うの?」
歩く俺の真横に並んで聞いてきた。
「一応、ファイアバレットかな」
俺が勝手に名付けただけに名前を言うのは恥ずかしかったりする。
「ふ、ふーん…………? そんな魔法、火魔法にあったかしら?」
「俺が使ってるてことはあるんじゃないか?」
その返答にサリュがたじろぐ。魔術士の先輩として、魔法の知識には自信があるようだ。
「そ、そうよね。なら、詠唱はどうしたの!? さっきから詠唱が聞こえないんだけど。まさか、無詠唱とか…………?」
あたふたしながら、サリュがまた質問する。
「無詠唱だ」
「はぁあああああ? 嘘よ!」
ちゃんと答えたのにヒステリックに声を荒げるサリュ。
なら聞くな。
「嘘だ」
サリュがガクッとなった。
めげずに色々と聞いてくるも、まともに答えるつもりはない。だってめんどくさいもの。
俺がスルーしながら先々歩いていくと、頑張って追いかけながら話しかけてくる。
「ね、ねぇ何であんなに同時に撃てるの?」
「…………才能?」
これもまじめに答えたつもりだったが。
「ううっ、なによう…………ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃないのよう!」
口を尖らせて地団駄を踏むサリュに、レアやカートたちは苦笑いだ。
普段は冷静なおねーさんのサリュが半泣きになるまで、同じようなやりとりが続いた。そうしていると、ようやくサラマンダーの住むとされる洞窟が見えてきた。
「ふぅ」
やっと質問責めから解放される…………。
サリュは俺の魔法の秘密を暴くのをまだ諦めてないのか、それでもまだやたらと視線を感じた。
まぁでもしっかりしたイメージからのギャップからか、サリュの泣き顔はちょっと可愛く、ちょっと教えようかなと思った。
まぁ、思っただけ。
◆◆
「さて」
ゴツゴツとした岩むき出しの崖の斜面にぽっかりと空いた洞窟の前、俺は仁王立ちしている。
「これは、ある意味…………予想通りだな」
洞窟の周り、岩だらけの地面はかなり広範囲に火が燻っており、冒険者の物らしき靴も落ちている。おそらくサラマンダーと先行した冒険者パーティで戦闘があったのだろう。
「あちゃあ、これはダメなやつだね」
レアがこの光景を見てそう言った。確かに、何人かは殺られたと見ていいだろう。
「だろうな」
すると突然賢者さんから声が掛けられた。
【賢者】ユウ様。
ん? どうした?
【賢者】ここからさらに北の山、何者かがこちらに向かって来ています。強いです。
強い? どんな魔物だ?
【賢者】いえ、人のようです。
人?
その時、
「…………あああああ!! やめろぉ! 食べないでぇえええ!!!!」
必死に命乞いをする叫び声だ。
「まだ生きてる!! 行くぞ!」
聞こえた瞬間、カートが先陣をきって洞窟に飛び出びこんだ。
「あいつ灯りも持たずに……!! 追うぞ!」
「うん!!」
俺とレア、ゴードンたちも、すぐにカートを追いかけ洞窟に入った。
◆◆
中は撒き散らされたサラマンダーの炎で、明るくオレンジ色に照らされていた。光源が必要ないレベルで明るい。洞窟内にも片手剣や盾、鎧の一部が落ちており戦った形跡が見られる。盾はサラマンダーのブレスを受けたのか、熱で変形していた。
追いかけた先で立ち止まったカートの背中が見えてきた。
「カート?」
「ダメだったか…………」
カートの目の前には、人形の黒く炭化したものと、半開きの口から人の指が覗いたサラマンダーがいた。
死んだのは2人。サラマンダーは尻尾までいれると5メートルくらいの大きさだ。
人を炭化させるほどの火力、それほど巨大な魔物ではないが魔力が大きいようだ。見た目は赤茶色で巨大なサンショウウオだが、体表にはびっしりとトカゲのような鱗があり、体がメラメラと燃えている。
「ダルルルルルル…………!!!!」
かなり気が立っているようだ。20メートルほどの距離を空けているが、こちらを向いて吠えてくる。そして気付いた。
「なんだこいつの傷は…………」
サラマンダーの頬から背中にかけて深く長くついた4本の引っ掻き傷のようなものがある。何かから逃げるときに負った傷のようだ。血は止まっているが、まだピンク色の肉がむき出しで痛々しい。
「この冒険者たち…………じゃないよね?」
レアも気がついたようだ。
「違う。武器による傷じゃない」
カートが即答した。
「じゃあ、魔物同士で争ったのか?」
俺が聞くとカートは悩みながらも考えを述べた。
「いや、こいつは北の山では上位の魔物だ。こんな傷をつけられる奴なんて…………」
カートが不思議そうに剣を構えながら考え込む。とそこに追い付いてきたサリュがカートに提案する。
「はぁ、はぁ…………カート! どっちにしてもチャンスよ! 弱ってるうちに倒しましょう!」
サリュはムシャクシャした気持ちをサラマンダーにぶつけようとやる気満々だ。
「そうだな」
少し気になるのが、サラマンダーの傷跡…………魔物によるものだとしたらかなりデカい魔物だ。Aランクがいるのか?
「ウォーターシェル!」
先に詠唱していたサリュの魔法で現れた水がカートたちを鎧のように覆う。炎を防ぐためだろう。
相手が1匹だけならここはカートたちに任せて傍観だ。俺たちはもう1匹に備えて周囲を警戒する。巻き添えを恐れてか、他に魔物の姿はない。
「オイラが、行く!」
水の鎧を身に付けたゴードンが突進する!
サラマンダーが口から炎を吐き出すも、サリュの水の鎧でゴードンは怯みもしない。そしてウォーハンマーを大きく背に振りかぶり…………。
ドゴォォォォン!!!!
サラマンダーの頭部をペシャンコに押し潰し、地面にもヒビが入る。パラパラと天井から土が降り、洞窟が振動した。ゴードンの膂力は十分にBランクだ。
だが、サリュの水の守りはサラマンダーのブレスで蒸発仕切っていた。相手もさすがの火の魔物だ。
「ルアア!!」
サラマンダーの頭は見事につぶれたかに見えたが、別方向から奴の声がした。
「違うこっちだ!!」
キースの声に振り向くと、彼は洞窟の奥へ逃げようとするサラマンダーの左目に投げナイフを放とうとしていた。
「なるほど」
ゴードンが叩いたサラマンダーは、脱皮の後の脱け殻だったようだ。脱け殻は激しく燃えており、本体は火を消してひっそりと逃げていた。暗闇じゃ燃えている脱け殻は本体と見間違えてしまう。存外頭が良い。
それでも斥候キースの気配察知はごまかせなかったようだ。すれ違いざまにナイフを投擲し、目を潰した。ダメージが入ったせいでサラマンダーがよろめき、脚が遅くなる。
「チャンスだ!」
カートが走る。
火の消えている状態のサラマンダーなどただのでかいサンショウウオ。危険度は格段に下がる。
ズバンッ!
カートが両手で持った剣を振り下ろし、サラマンダーの頭を半分まで叩き割った。カートの剣はサラマンダーの脳にまで達した。
「よし! こんなもんだな」
ふーっとカートが呼吸を整えながら、汗を拭った。サラマンダーは完全に息絶えている。
「お疲れさん。連携お見事、安定した戦いだったな」
そう話し掛けながらポンポンとカートの肩に手を置いた。
「ふん。まぁ、俺たちが目指すのはずっと上だからな」
カートたちの冒険者になった目的は何なのだろうか。
「ずっと上…………いや、その前にもう1匹はどこだ?」
そう言って周りを見ながら広範囲に探知を発動すると、洞窟の入口に反応があった。
「いた! 洞窟の入口だ。レア、次は俺たちがやるぞ!」
「うん!」
俺とレアは身体強化をして一気にドヒュン! と駆け出す。
「ダルッ! ダルルッ!!」
ドタッ、ドタッ! と跳ねるように猛スピードで出口へ逃走するサラマンダー。さっきの個体よりも鮮やかな赤色をしている。ただ、後ろ脚を怪我しているのか、走るのはそれほど速くない。
これならすぐに…………。
「…………ん?」
【賢者】ユウ様、出口に何者か…………先ほど反応があった者のようです。警戒してください。
ん? わかった……!
「レア!」
走りながら後方のレアを呼ぶ。
「どうしたの?」
話をするためにレアが速度を上げ、俺の真横に並んだ。
「出口に人がいる」
こいつ…………賢者さんの言うとおり相当強い。探知でも他とは一線を画する実力を感じる。
「誰なの?」
「わからない。強いぞ。気を付けろ…………!」
「うん!」
まずはサラマンダーの後を追いかける。ちょうど洞窟の出口に差し掛かり、逆光で黒く染まるトカゲの影が見えてきた。
だが外に出た瞬間、サラマンダーは出口にいる人物に気付いたのか、ブレスを放った!
ゴウッ…………!!!!!!!!
洞窟内がサラマンダーのブレスの火力で一気に明るくなり、気温が上がる。サリュの水の守りを一撃で蒸発させる火力。それが外にいる人物に直撃した。
遠目には避けられたようには見えなかった…………無事なのか?
しかし、心配とは逆に、サラマンダーの断末魔が聞こえた。
「ルァ…………ァ、ァ………………!!!!」
ブレスの炎が治まった時に見えたのは、左右に唐竹割りにされ、地面を5メートルほど滑っていくサラマンダーだ。
「あ? なんでサラマンダーがこんなところにいんだ?」
聞き覚えのない声が聴こえた。
どっちにしろ俺たちの獲物を取られたからには話をつけないとダメだ。俺とレアはそのまま洞窟を出た。
そこには濃い赤色の着流しに、赤黒い帯を巻いた男がいた。
髪の毛は珍しい黒赤色だ。外見は20代後半で、背は俺より少し高い185センチくらい。引き締まった肉体に、背には膝下まである長い刀が差してある。サラマンダーを両断したのもこの刀だろう。
そしてなんと言うか、いるだけで周囲を威圧してしまうほどの圧倒的な存在感を放っていた。
この男の周囲はサラマンダーのブレスを受け派手に燃え盛っているが、男は意に介す様子もなく炎に炙られながら普通に立っていた。
先程のサラマンダーは赤黒くぶよぶよの内臓をぶちまけながら、男の後ろに転がっている。
「…………あんた誰だ? それは俺たちの討伐対象だったんだが?」
半分になって死んだサラマンダーを指差して話しかけた。
「ん?」
男がじろじろとぶしつけな視線を返すと、ニヤッと獰猛な笑みを見せた。
「悪いな。お前らの獲物だったか。だが、こいつは俺が殺したんだ。当然、俺のもんだろ?」
「おいおい、横取りしておいて…………」
俺が言い返そうとすると、嫌らしく笑う男の瞳から、突き刺すようなプレッシャーが放たれた。
ゴッッ……………………ォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!
その瞬間、突き刺すような冷たさを全身に感じた。
「かっ…………あ……はぁ…………!」
呼吸が浅くなり、手が震えだす。ガクガクと震えだす膝に手をつき、倒れるのを堪える。
こいつ本当にっ、強い…………!
「ぐっ…………!」
身体が言うことを利かなくなった。
「ユウ! だいじょうぶ!?」
後から駆け寄って来たレアを、男はじろりと見た。
「…………あ、あ……」
レアはビクンッと身体が震えると、青ざめた表情になった。そしてドテッと尻餅をついた。
「レ゛ア!?」
口の中が渇き、裏返った掠れた声が出た。
「ユ、ユウ……」
肩を抱いて震えながら俺を見るレア。
レアを助けたいが、手足に力が入らない。
「この程度で動けねぇとは…………けっ、情けねぇ奴らだ」
そいつは嘲るように、俺を見下ろしてからレアを見た。
「やめろ、レア…………!」
レアは男を斬るつもりなのか剣に手をかけながら、立ち上がろうともがいていた。
「おい女…………」
それに気付いた男の眉がピクッと持ち上がった。
「あなた、どういう……つも、り!?」
珍しく怒っているレアは、震えながらも叫んだ。
「あ?」
この状況で言い返すとは、レアは俺なんかよりもずっと強い…………俺も負けてられない。
さっきは初めて人から殺気を向けられ、怯んでしまっただけだ。そう、こいつはウワバミや、あのゴブリンよりもずっと弱い……!
男はレアのもとへ歩いていくと、右手でレアのあごをグイッと持ち上げ無理やり顔を上げた。
目に涙を貯めたレアが、歯を食いしばってにらみ返す。
「お、メチャクチャ可愛いじゃねえか。お前、俺の女にならねぇか?」
ついにレアは膝をついたままで剣を抜ききり、男に斬りかかった。
「やあっ!」
ピッ……!
力の入りきらない大振りな剣は男の頬を掠めるだけだった。振り切ったレアはバランスを崩し、地面に手をつく。
そして男の頬からうっすらと血がにじんだ。レアがキッと男をにらみ続ける。
「ユ……ユウに何するのっ! ユウは! 私の仲間…………!!!!」
レアは泣きながら激怒していた。
「おいおい冗談だったのによ…………お前、死にてぇのか?」
男は自分の頬を触ると、手についた血を見て背中の大刀に手を持っていく。
本気だ…………!
レアの表情が恐怖に変わった。
「や、やだっ…………」
男に怯えるレアの姿が、脳裏に人々の逃げ惑うアラオザルをフラッシュバックさせた。
2度と、あんなことは…………!
レアは絶対に、
絶対に、死なせない。
「させるかあああああああああ!!!!」
叫んだ途端、男のプレッシャーが完全に吹き飛んだ。立ち上がり魔力を練る。
イメージするのは真っ黒な重圧。この男を押し潰せるだけの魔力を体の奥底から引っこ抜くように持ち上げる。右手を掲げ、その先に魔力を集めていく。不思議と魔力はどれだけでも引き出すことができた。
周囲の石がガタガタと振動した後、フワフワと宙に浮かび始めた。
「…………お、おい、おいおい、嘘だろ!? なんだそりゃ!」
男は俺の魔力に気が付き、驚愕に目を見開く。そして、無意識のうちに右足を1歩、後ろに下げていた。
その時、洞窟から慌てて駆けて来るカートの声が聞こえた
「ユウ待て! カイルさんも待ってください!! カイルさん!!」
男がカートに気がついたようだ。
「あれ? あいつ、カートじゃねぇか」
男が洞窟から出てくるカートを目を細めながら見た。するとさっきの緊迫感はどこへやら、男が急に気の抜けた表情をした。そして、俺とレアを襲っていたプレッシャーもまるで初めからなかったかのように消え去った。
…………どういうことだ?
「すみません!! こいつは俺のダチなんです! 殺さないでやってください!!」
カートが男に必死に頭を地面にゴリゴリとこすり付けて土下座をしている。
「こいつ、お前の知り合いだったのかよ」
男がカートと話をしながら、立てた親指で俺を指した。
「はい、すみません。そいつ新人なもので! その魔物は差し上げます! だからここは!」
カートが頭を下げ続けると、カイルと呼ばれた男が背中の刀から手を離した。
「おい、ユウも落ち着け!!」
カートが顔を上げて叫ぶ。
「あ、ああ」
用意していた魔力を再び体内にズゴゴゴと戻した。
カイルと呼ばれた男は興味深いものを見るように俺を観察してくる。俺が彼を見返して目が合うと、気まずそうに話し出した。
「いやいや、俺に殺意はなかったぜ? そのトカゲはいきなり洞窟から飛び出して来たから勢いで殺っちまっただけだ。そこに続けて知らない奴が現れたら、とっさに威嚇するのも無理はねぇだろ?」
男は胸の前でブンブンと手を振った。どうやら始め、この男にレアをどうにかしようという気はなかったようだ。今思えば、むしろレアの方から手を出してたしな。
「すまんなガキども。恐がらせたようだ。ははは」
素直にカイルが謝ってきた。だとしても、あのレアに対する振る舞い、それにどこか小馬鹿にしているかのような言い方が少々気に入らない。
言い返そうとすると、カートが抑えろと目で言ってきた。
「くそ…………いや、こちらこそ殺そうとしてすまなかった」
俺はカイルに頭を下げた。
「はっはっは! おいカート! こいつヤベェぞ? 俺の威圧を気合いで吹っ飛ばしただけじゃなく、そこの嬢ちゃんを守るために山がえぐれるほどの魔法を用意してやがった!」
楽しそうに大口を開けて笑う男。
こいつ一体誰なんだ。カートが敬語を使い、そしてあの威圧感…………。
「俺はユウ。お前、誰なんだ?」
「俺か? 俺はカイル。コルトのAランク冒険者だ」
「Aランク…………!?」
確かにコルトの町には1人だけAランク冒険者がいるとは聞いていた。だがBランクとAランクにこれほどの差があるとは…………!
「なんだこいつ、俺のこと知らないのかよ。名前くらい聞いたことあると思ったがなぁ」
カイルがショックを受け、残念そうに肩をすくめながら言う。
「え、ええ。ユウはまだ冒険者になったばかりなんです。許してやってください」
「へぇ…………それであの実力か。面白えな」
カイルが俺をじろじろと見てくる。
「おい今度レアに危害を加えようとしたら覚えとけよ?」
「はははっ! すまん。さっきはすまんかった。詫びと言っちゃなんだが、そのサラマンダーの死体やるよ。それで依頼も大丈夫だろ?」
どうも俺らが討伐した訳じゃないから、スッキリしない。
「いら…………」
「ユウ!」
俺がまたつっかかろうとすると、カートが俺の右肩を後ろから掴まれた。そして、小声で話しかけてくる。
「ここは退け。この人と喧嘩したらだめだ。いくらおまえでも死ぬぞ。どっちにしろ依頼の方は助かったじゃねぇか。なっ?」
なだめるように話しかけてくるカート。
「……………………わかった」
俺がしぶしぶ頷くと、カートがふぅっと胸を撫で下ろした。そして、カートがカイルに問い掛ける。
「そう言えば、カイルさんはどうしてこんなところに?」
「ああそれな。言っちゃダメなんだが、実はギルドから北の山にかけて特別調査依頼を受けててよぉ。結構奥まで行ったんだぜ? 俺しか行けねぇからって単独で。だが原因らしきものはなくてな。とりあえず町に戻るところだったんだ」
ん? 言っちゃだめなんだよな?
聞いていた全員が心の中で突っ込んだ。
「そ、それ、話して良かっ…………まぁいいか。で、森がおかしい?」
途中で諦めたカートが尋ねる。
「まぁ、どうせ強い魔物がやって来て森が荒れたんだろうよ。もういいか? 酒が飲みてえんだ。先にギルドに戻ってるぞ」
そう言って、めんどくさそうに話を切り上げ、歩き出そうとした矢先、カイルが思い出したように話し出した。
「あ、そうそう。今度また闘技大会あるだろ? 景品は火竜の牙らしいな。大会の雑魚に興味はねぇんだけどよ。あれはほしいよな」
「つ、まり?」
「ああ、俺も出る。フリーのやつは俺が出るって言やぁ、出場取り消ししやがった。面白くねぇ奴だぜ、まったく。今年はカート、お前も出るんだろ?」
今年フリーが出場しないのはそういうことか。
「え、ええ、そのつもりです。あとこのユウも」
カートは俺の背を叩いた。
「お、そいつもか! これは面白くなりそうだな。そうかそうか!! はははははは!! じゃあな!!」
そうして、笑いながらカイルは町に向かって去っていった。
「まじか。あの人、出場するのか…………」
カートは呆然とカイルが去った方を見ながら呟いた。余程景品が欲しかったようだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
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※過去話修正済み(2023年10月21日)