第16話 ガブローシュたち
こんにちは。
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俺とレアは新装備の効果を試したくて、町の外の草原へと来た。時刻はお昼前、太陽はこれからだとばかりに強くなっていく。
「くぅ~いい天気だねぇ」
レアは気持ち良さそうにグッグッと頭の上に両手を伸ばしている。
「さて、靴を買ったんだし…………試しに走ってみようかな」
町を出ると遮蔽物のない広々とした草原があり、走るのにちょうど良さそうだ。軽く屈伸をして準備運動をする。
「だったら森まで競争しようよ!」
レアは高台の上、遠くうっそうと茂る森を指差した。俺たちが通ってきた魔物の森だ。
「競争?」
「そう! 罰ゲーム有りの競争ね!」
レアが爽やかな笑顔で言った。
「ふん、いいけど負けても言い訳すんなよ?」
確かにレアは速いがそれでも負ける気がしない。
「もちろん! ちなみにユウは魔法禁止だから!」
レアはサラッと付け足した。
「え…………?」
「じゃあいくよー?」
俺の言葉が続く前にレアは始めだした。
まじか………………と、とにかくスタートダッシュで負けないよう気持ちを切り替えよう。
俺はサラサラと風で揺れるヒザ下半分くらいの高さの草原に目を向けた。
「よーい…………どんっ!」
俺は軽く流すつもりで右足の指に力を込めて踏み出した。
おっ…………お?
特別スピードアップしたというわけではなく、気持ち速くなったかな? という程度だ。ただ驚いたのはブーツの重さをほぼ感じないこと。まるで素足で走っているような感覚だ。
「どう?」
身体強化して俺に並走するレアが聞いてきた。
身体強化も使い慣れてきたようで、今もショートヘアーを後ろになびかせながら平気な顔で話している。
「すごいぞ。スピードアップはそれほど感じないけど、ものすごく軽い。羽みたいとはこのことか」
「でしょ!? 大切なんだよ装備って! そのブーツは冒険者で言ったらFランクくらいだから、最上級はもっと凄いんだよ!」
レアが得意気に言った。
「なるほどなぁ」
走りながら話していると、気付けば草原半ばまで来ていた。振り返ればコルトの町が小さく見える。
他の冒険者からしたら十分速いが、俺らは元々敏捷よりのステータス。ここからが本番だ。
「よし、そろそろ本気出すか!」
「ふふん、望むところ!」
俺はさらに速度を上げた。本気で地面を蹴って走ると土が抉れた。耳元でビュウビュウと風を切る音がする。
後ろのレアが少しずつ離されていく…………森まではあと500メートルほどだ。
とその時、後ろで爆風の音がした。
ゴウッ…………!!
背後から迫ってくる風の音。すぐにレアが何をしたかわかった。
「遅いよー?」
すると、ゴウコウと強烈な風を纏うレアがすぐ横にいた。
「それアリか!?」
「ダメとは言ってないもん! じゃあねーーーーーー!!」
そして、レアは俺を抜き去って行った。
ーーーー
「ぜー、ぜー、ぜーっ!」
俺はレアより1秒ほど遅れて到着した。
「はーい! ユウ罰ゲーム決定ー!」
キャッキャとテンションの高いレア。
「へーい…………」
俺は肩で息をしながら、うんざりと片手を上げて返事をした。
「にししし!」
レアは腰に手を当てると、胸を張って笑った。
ああ、うん。まぁいっか。胸ではち切れそうなシャツが見れたし。
「はぁ、わかったよ。それで罰ゲームって?」
「うーん…………」
考え込むレア。
「考えてないのかよ!」
◆◆
それから俺たちは魔物を探して草原よりの森の中で魔物を探して歩き回る。そもそも森へ来た目的はブーツよりも刀の試し斬りがメインだ。
ただ、
「こんなぷにょぷにょじゃ、斬ってもわかんねぇよ……!」
スライムにしか出くわさなかった。
刀を振ってもほとんど抵抗を感じることなく通り抜けてしまう。
「んー、そればかりは仕方ないよ。弱い魔物ばかりなのは良いことなんだしさ」
レアが苦笑いしながら答えた。
「張り合いがない…………」
「あはは、それは言えてるね」
もっと森の奥へと入るべきか、2人で草原に並んで座り話していると、町の方から3人組が近づいてくるのが見えた。
「ん? レア」
ちょいちょいと肩を叩くと、当然レアも気付いていた。目を細めてじーっと見ている。
「んーと、あれはガブローシュたちだね」
「ガブローシュ?」
「確か、2~3ヶ月前くらいに冒険者登録してた新人の子たちだよ」
「あー、ギルドで見たことあるな」
よく見れば、俺が冒険者登録した時にEランクに上がったと大喜びして騒いでた子供たちだった。ちなみに先ほどの防具店にもいたし、こないだゴブリンの群れから助けたりもした。
なんだかんだ縁がある奴らだ。本人たちは気付いてないだろうけど。
「あの子達、冒険者としては一応ユウの先輩だね!」
「ま、まぁ本当に一応な」
話しているうちに俺たちに気づいた先頭の少年が手を振りながら声をかけてきた。
「おーい!」
歳は11~12歳くらいだろうか。カーキ色のつなぎ服のようなものを着て、可愛らしいハンチング帽子をかぶっている。
「あんたら、ちょうどいいところに。俺ら、これから魔物の森で『ホワイトアッシュスパイダー』を狩りに行くんだけど、ちょっと人手が足りないんだ。一緒に行かない?」
声は高め、少年なのに女の子みたいだなと思った。
「ホワイトアッシュスパイダー?」
聞き慣れない魔物に俺がそう聞き返すと、レアが答えてくれた。
「Dランクの魔物だよ。森に住むおっきなクモで、大きさは2メートルくらい。『ホワイトスパイダー』っていう子グモを引き連れてるの」
さすがレア、詳しいな。
しかしDランクの魔物って…………なぁ。
「へぇ、なかなか難易度高そうだけどお前らのランクは? 大丈夫なんだろうな?」
「う゛っ……」
少年はバツが悪そうな顔をした。どう見てもこいつらだけでDランクを狩れるようには見えない。
すると、後ろにいた槍を持った女の子がもじもじと話し出した。
「わ、私たちはこないだEランクになったばかりです」
「やっぱり」
俺だって冒険者にはなったばかりだが、無茶だということはなんとなくわかる。
すると同じ女の子が話す。
「ずっと止めてたんですけど、ガブローシュが依頼を受けるときかなくて…………あ、すみません。私エポニーヌって言います」
エポニーヌの歳は、ガブローシュと同じで11~12歳くらいだ。白いノースリーブに茶色のロングスカートをはいている。いかにも町娘といった感じの格好だ。その上から胸当てに籠手をしていた。今はまだ、防具を揃えている段階なんだろう。
「実力的に厳しくないか?」
「うう、うるさい! クモくらい余裕だって言ってんだろ! ここで俺たちは一気にランクを上げるんだ!」
ガブローシュが吠える。だが、
ゴツン。
「あいたっ!」
3人目の女の子が、そんなガブローシュの頭を手に持った杖で無言で叩いていた。
「んだよコゼットー!」
「だめだよ」
口数の少ない子なのだろうか。白いワンピースに白色のとんがり帽子を被っている。色白のガブローシュと同じくらいの年齢女の子だ。
3人でワーワー揉め出した。本人たちはいたって真面目なんだろうが、その辺の子供同士のケンカにしか見えない。
少し心配になったので、こっそりレアと話をする。
「なぁレア、こいつらこのまま行かしたら、最悪死んじゃわないか?」
俺は目の前で繰り広げられる子供たちの口喧嘩を眺めながら言った。
「うん…………冒険者って死亡率がとても高いの。こんな風に実力を過信したままだと、本当にそうなっちゃう…………かも」
レアがオロオロと心配そうだ。そして続けた。
「ね、ねぇ、さすがに放っておけないよ…………それに、もう目の前で救えたはずの人が死ぬのを見たくないの。ユウお願い。さっきの罰ゲームの代わり! あの子達に手を貸そうよ!」
レアが失った仲間たちを思い出し、目を潤ませて言った。
「あ、あー、そういや罰ゲームまだ残ってたなぁ…………仕方ないか」
まぁ、元々放っておくつもりもなかったし、これも何かの縁だ。
やれやれポリポリと頭をかきつつ、ガブローシュたちを振り返ると、話に入るために大声で言った。
「まぁ俺もFランクだけどな!」
ガブローシュが言い争いの中から抜け出ると、馬鹿にしたようなどや顔で向かってきた。
「はっ! なんだよにーちゃん、俺らより下か? そんな歳まで何してたんだよダッセーな」
ガブローシュの態度が急にでかくなった。
んー、わざと言ったけどカチンときたな。別にニートしてたわけじゃねぇぞ、たぶん。記憶ないけど。
「へぇ、じゃあ先輩のガブローシュさんはホワイトアッシュスパイダーくらい倒せると?」
「当たり前だろ!」
ガブローシュがふふん、と腕を組み仰け反る。話の流れに焦ったエポニーヌとコゼットが止めに入ろうとするが、レアがそれを止めてこっそり2人に話をしに行っていた。
「あそう。じゃあ、先輩のお手並み拝見させてもらおうかな」
「ふんっ、任せとけ! エポニーヌ、コゼット行くぞ!」
ガブローシュはついてこいとばかりに手を招くように振ってズンズン森へ向かって歩き出した。
「「はぁ…………」」
エポニーヌとコゼットは、2人して深いため息を吐くとガブローシュについていく。
そうして俺たちはガブローシュたちと一緒に魔物の森の中を歩き出した。先頭を歩く彼らを追いかけながら、レアが話す。
「2人の方には、私がCランクであることと、ユウが私よりも強いことは伝えてるからね」
やっぱりさっき話しに行っていたのはそれか。
「助かるよ。まぁこれで少しでも痛い目を見てくれれば、あいつの勉強にもなるだろうし」
「そうだね」
◆◆
「おい、ガブローシュ。ホワイトアッシュスパイダーはどのへんにいるんだ?」
「あいつは昼間は洞窟に潜み、夜に森の中で狩りをするんだ。ちょうどギルドの方で目撃証言が上がっている洞窟がある」
へぇ、案外ちゃんと調べてるんだな。
「ふん、偉そうに。ガブローシュがしないから私が調べてきたんでしょ!」
違った。エポニーヌだった。
「うげっ!」
「2人は大変だな」
こそっと言うと、
「はい、どうも考えなしで。勢いはあるんですけど」
エポニーヌが辛辣に答え、コゼットもコクコクと頷いている。まぁ勢いも大事だが。
「ええと、その洞窟は池のそばにあって、複数のホワイトスパイダーの目撃情報があります。放置すれば、最悪Sランク以上のタラテクト種まで成長してしまいます」
エポニーヌが付け加えて説明してくれた。
「なるほど。それなら確かに急いで退治しないと」
案外ガブローシュはきちんと目的があって行動してるのかもしれない。
その間もガブローシュはうっそうとした森の中、木々をかき分けどんどんと先へ進んでいく。森の中を歩き慣れているのか木の根も気にせず、けっこうな速度で歩いていく。エポニーヌたちがついていくのでやっとだ。
「あいつはいつもこんな感じなのか?」
エポニーヌが息を切らしながら答える。
「はぁ、はぁ、はぁ………………い、いえ、いつもは…………もう少し周りを気にして動いてくれるのですが、今はちょっぴりムキになってるみたい、です」
男の子って感じだな…………しかし、エポニーヌはしっかり者だ。ストッパーにもなって良いバランスなのかもしれない。
【賢者】ユウ様、右前方からゴブリンが来ています。
了解。
「皆、ゴブリンが右前方から来ているみたいだ」
「わかった。俺がやる!」
思った通り、先頭のガブローシュが意気込んで言うが、
ゴンッ!
「いでっ!」
ガブローシュが頭を押さえながら振り替えるとコゼットが投げ終わった格好をしていた。投げたのは杖か。
「ガブローシュ! 待ちなさいよほんとに!! 死にたいの!?」
どこまでも突っ走るガブローシュに、エポニーヌがついにマジギレしていた。
けっこうガチなトーンだ。コゼットも表情ではムッとしている。
「ご、ごめ…………」
シュンとなるガブローシュ。
「こっ…………恐いなエポニーヌって」
俺とレアにそう話すとハッとした様子のエポニーヌ。俺たちに気付いて慌てて取り繕う。
「あっ、えっと、ち、違いますよ! こっ、これは別に本気で言ったわけじゃ…………!」
エポニーヌが本気でキレたことに恥ずかしくなったようだ。
「すみません。まだ死にたくはありません」
「危ないよって意味です~っ!」
溜め込みすぎないことも大事だと思う。
とそこでボチボチゴブリンの気配が濃厚になってきた。
「お、ゴブリンが来たな?」
「もぉーーー!!」
苦笑いしながら慰めるようにポンポンとエポニーヌの肩を叩くレア。
エポニーヌは真面目そうだから心配になる。あとで愚痴でも聞こう。
「よ、よし! いつもの陣形でいくぞ!」
そう言って、前衛ガブローシュ、後衛コゼットの配置についた。エポニーヌはコゼットを守るようにそばにいる。
ギャギャギャギャ!
そう観察しているうちにゴブリンが茂みから現れた。数は2。俺たちがいるこの場所はまだ木々の間隔が5メートル以上あり、戦いやすそうだ。
そして、ゴブリンが茂みから現れた瞬間、コゼットから風魔法が放たれた。威力は大きくないが、攻撃回数が多い。きちんと詠唱して準備していたようだ。
コゼットの風魔法に当たった瞬間、ゴブリンには小さな傷が身体中にできる。とっさにゴブリンは腕をクロスして顔を守るも、次々と風に切り裂かれていく。5秒くらいかけて身体中をズタズタにされ息絶えた。
うわぁ、けっこうエグい攻撃するな。
「ふわぁ」
そう思ってコゼットを見ると、少女は顔を赤らめて恍惚の表情を浮かべていた。
「うらぁ!」
残りのゴブリンは危なげなくガブローシュが首を一撃で絶ち斬る。
「どんなもんだ!」
どうだとばかりに腰に手を当ててこっちを振り向くガブローシュ。
「いや、助かりましたガブローシュ先輩。コゼットさんもなかなかの手腕で」
「コゼットちゃんも風魔法使うんだね。私と一緒だよ!」
レアの言葉にコゼットは嬉しそうにしていた。
「じゃ、本命に行くか!」
それから1時間ほどスライムやゴブリンを危なげなく倒しながら森の中を進む。
「おい、見えてきたぞ!」
先頭のガブローシュが、屈んで木の根に隠れながら小声で俺たちを呼ぶ。皆ガブローシュの横へササッと並んで隠れた。
そこから顔を少し上げて確認すると、洞窟が見えた。灰色の岩の斜面にポッカリと顔を開けた洞窟は下へ降りるように続いていくようだ。
探知を使うと、穴を潜った先に複数の反応がある。わかる範囲だけでもかなり広いぞこの洞窟。
「入り口近くに魔物の反応はないな。どうする?」
「夜になると奴らは活発になる。明るいうちに仕留めたい。行こう」
「そうね」
エポニーヌとコゼットも了承する。
5人で中に入ると、中は真っ暗だった。入り口だからまだ見えるが、奥へ進むと視界がさらに悪くなりそうだ。
「思ったよりも暗いな…………ほいっと」
俺は、魔力でできた糸で繋いだ複数の魔鼓に光魔法を灯し、周囲にふわふわと浮かべた。
「なんだっ!?」
ガブローシュは突然の光にまぶしそうに目を細める。
「ど、どうやってるの? こんな同時にたくさんの光魔法!!」
コゼットが珍しく大きな声でしゃべった。俺たちの周りには等間隔に距離をとって10個の光の玉がユラユラ浮いている。
コゼットによると、魔法の複数同時発動は右手と左手で別々のことを行うような難しさらしい。俺の場合は賢者さんの補助があるからまだまだ余裕がある。
「やり方は企業秘密」
「えー、教えてくださいー!」
コゼットが頬を膨らまして俺の服を引っ張る。可愛い。
「魔術士だったんですね。すみません、助かります!」
エポニーヌがシンプルにペコリとお礼を言ってくれた。
「ユウはたいまつ係だな!」
そしてガブローシュによって俺の担当が決まった。
「そりゃどうも」
中へ進むと、洞窟の中は思ったより広く、俺たち5人が横に並んでも余裕があるほど。壁はゴツゴツとした灰色や黒色の岩が剥き出しだ。湿度が高く壁や天井は濡れて、光が反射して光って見える。
これだけ通路が広ければエポニーヌの槍も使えそうで良かった。
俺の光球は30メートル先くらいまで照らしている。目を凝らせば50メートルくらいまで見える。松明による小さい光源で進むことを考えれば、現状で難易度は下がっている。それでも油断はできない。今やっているのはクモの巣に自ら飛び込む行為だ。
「俺らがよく見えてるってことは、魔物からも見えてそうだな…………」
視界は確保できたが、俺もこんな洞窟は初めてだから慎重に進む。緊張感が全員から伝わってくる。
「気合い入れるぞ! 俺たちが町を守るんだ!」
ガブローシュが不安を吹き飛ばすようにガシガシ進み始めた。
それから俺の明かりを頼りに進んでいく。先頭はガブローシュでエポニーヌ、コゼットと並ぶ。俺らは後ろを守っている。魔術士のコゼットは、後ろから見ていても濡れた地面に時折滑って危なっかしい。
俺が探知で探っているから魔物が近付いたら分かるが、先頭のガブローシュはそれを知らない。いつ暗闇からホワイトアッシュスパイダーが飛び出てくるかのプレッシャーに苛まれているのだろう。事実、ガブローシュは息が荒く、すごい汗だ。
「ねぇ、ガブローシュ。少し休憩しない?」
エポニーヌがそう提案する。
「大丈夫まだ行ける!」
「ガブローシュ少し休もう」
「まだ大丈夫だって!」
俺が言ってもムキになり、まだ進もうとする。
「ガブローシュ君、休もうよ。ね?」
レアが眉間にシワを寄せて少し厳しく言う。
「わ、わかりました」
ガブローシュが大人しく言うことを聞いた。
なんでレアの言うことは聞くんだよ。
「ガブローシュ。先頭は神経をすり減らして、自覚してる以上に疲れてる。いざという時戦えなかったらダメだろ?」
「ぐっ……………………すまん」
反論できずにガブローシュも悪かったと思ったようだ。
「わかったら少し休もう」
皆地面に座り、洞窟の壁を背もたれにする。
その時、
「きゃっ!」
可愛らしい悲鳴が聞こえた。
「どうした!?」
「なにか…………糸?」
コゼットの手には見えにくいが、光を当てるとキラリと光るクモの糸が付いていた。
奴らが来たのかと思ったが、探知には先ほどから反応がない。
「ギリギリまで範囲を広げるか」
俺が光球の数を増やして前方をさらに照らすと、クモの巣のようなものがキラキラと反射して見える。そういえば、獣臭というか生き物臭い匂いが少し漂ってきたようにも感じる。
「そろそろだよ」
レアも鼻をヒクヒク動かし警戒を強める。
「皆、気を引き締めろ」
全員が黙って頷いた。この先からは言い合いをしている暇はない。奴らの縄張りだ。
とそこでガブローシュが体力を復活させた。
「もう大丈夫。もう少し進んでみよう。皆行ける?」
皆、黙って頷いた。
ピリピリと、ガブローシュたちの緊張が高まっている。
「うわぁ」
進んでいくと壁中に白い糸が絡み付いているようになってきた。
景色が黒い洞窟の内壁から、クモの糸で真っ白になった壁へと変わってきている。所々魔物の骨や、外で捕らえられたのだろう糸でぐるぐる巻きにされたゴブリンもいる。毒を注入されたのだろう。指だけは動くのか必死にもがいている。生きてはいるようだ。
「巣に近づいて来たね」
「お、おいこれ…………」
ガブローシュが指差すそこにはオークらしき、豚の頭部の骨まで転がっていた。それを見つけて全員足を止める。
「なぁ、オークってC~Dランクの魔物じゃないのか?」
「そ、そのはずだけど、なんでこんなところに?」
ガブローシュの質問に答えるエポニーヌの声にも焦りが見える。
「多分、外で死んでたのを拾ってきたのよ」
「いや、これを見てくれ」
俺が指差すそこにはオークがもがき苦しんだであろう。指で引っ掻いたような後が地面に刻まれていた。
「こいつらは生きたオークも狩れるってことか。情報と違わないか?」
本当にDランクなのだろうか?
「ど、どうしよう。私たちだってオークはまだ倒せないのに…………!!」
エポニーヌがうろたえる。
と、その時。
「痛っ!」
コゼットの声だ。振り返ると、虚ろな目をしてコゼットが倒れていくところだった。
だがクモの姿は見えない。
「コゼット!!」
とっさにコゼットの体を抱き止める。ビクビクと痙攣し、股間から流れ出した液体がコゼットの衣服を濡らす。
【賢者】致死性ではありません。麻痺毒のようです。
そうか。
賢者さんに返事しつつ、コゼットの身体を水魔法で洗う。見れば手のひらに3センチくらいのトゲのようなものが刺さっていた。
「なんだこれ…………?」
辺りを見渡せば、壁に時々刺さっている。奴らの毒のトラップのようだ。手を壁についた時に刺さったのだろう。
「コゼット大丈夫!?」
2人が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫、麻痺毒みたいだ。でも一度退いてコゼットを治療しよう」
コクンと頷くガブローシュとエポニーヌ。
「先頭はレア、ガブローシュ、エポニーヌは後ろについてくれ。俺は警戒しながらコゼットを運ぼう」
「…………わかった」
「了解です!」
それからコゼットを背負い来た道を戻っていくが、戻った先には…………壁があった。
「1本道のはずだ。なんで行き止まりなんだ!?」
「おかしいね。何か見落としが…………?」
レアも異変を感じているようだ。
「仕方ない。警戒しながら一旦ここで休もう」
そう言って地面に腰を下ろす。ガブローシュも壁にもたれ掛かる。その時、グワンと壁がたわんだ…………!
「うわぁああ!!」
「ガブローシュ!?」
支えを失ったガブローシュは壁ごと向こう側に倒れていく。
そういうことか……! 行きどまりは壁ではなく、糸で作った偽物の壁に砂や石をくっつけてつくったトラップだった。まさか魔物にそこまで知恵が働くとは。
ガブローシュは壁ごと向こう側に倒れたまま、粘つく壁の糸に捕らえられた。
そしてその向こう側からは…………壁や天井にびっしりとついた無数の赤い目が猛スピードで迫ってきていた。
「はめられた!! レアはガブローシュを頼む。一度戦いやすい部屋まで下がるぞ! ここからは俺たちがやらないとまずい!」
「了解!」
レアは糸で身動きが取れないガブローシュを抱える。動ける3人で後ろから迫るクモの大群から逃れるように走った。
問題は道がわからないことだ。壁を偽造できる以上、来た時の道は信用できない。1本道が実は別れ道だらけだった可能性すらある。奴らの思い通りに誘導されていたというわけだ。
「とにかく今は走れ!!」
「はぁはぁ…………!!」
隣を見ると、エポニーヌの体力が不味い。アゴが上がり、息が苦しそうだ。足元は頼りなく、洞窟のでこぼこに躓いて今にもこけそうだ。
魔物はどこまで来てる?
後ろを振り替えると赤い目だけじゃなくうごめく白い毛に覆われた体も目に入った。もう光に照らされている範囲に毛むくじゃらのクモの脚が入ってきている。追い付かれる…………!
その時、ちょうど袋小路に突き当たった。
「良いタイミングだ! 壁を背にして3人を守るぞ。エポニーヌ、偽物の壁じゃないか確認してくれ」
「…………はぁ、はぁ、だ、大丈夫、みたいです!」
エポニーヌが壁を槍でつついて確認したようだ。
「よし!」
壁際まで寄り、コゼットを地面に寝かせる。
ホワイトスパイダーたちは俺たちを取り囲んだ。見えている範囲だけでも20匹はいる。大きさは様々。50センチ~1メートルくらいだろうか。
俺とレアはガブローシュたちを守るように立ち塞がった。
「んー! んーー!!」
ガブローシュは俺も戦うとばかりに糸から逃れようともがいている。エポニーヌは動けない2人を守るつもりなのか、槍を構えて俺の横に並んだ。顔を前を向いているが、この数の相手に手が震えている。
「エポニーヌ、ガブローシュを手伝ってやれ」
「で、でもこの数じゃ!」
「俺らが抜かれたらガブローシュが危ない。早く!!」
「は、はい!」
エポニーヌがガブローシュに駆け寄っていく。
そうして3人を背にして俺とレアがクモの大群に相対する。
「まだ親玉はいないみたいだ」
全く、これのどこがDランクの依頼なんだよ。
「どうする?」
「どうもこうも後ろに1匹も通さずに倒しきるしかないだろう?」
「だね。ユウ、あんまり大きな攻撃はだめだよ? 洞窟が崩れるかもしれないし、炎もね?」
「難易度高いなぁ。だがまぁこいつら1匹1匹はEランクも良いとこだ」
「でもこの数は驚異だよ。油断しちゃだめ。特にクモはトリッキーな攻撃をしてくることがあるからね?」
「ああ」
数の恐さはよくわかってる。
こう話している間にもあいつらはじりじりと距離を詰めてくる。
「やるぞ!」
「うん!」
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※過去話修正済み(2023年9月19日)