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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第6章
159/159

第159話 マイペース

こんにちは。

ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第159話です。宜しくお願いします。



「ぅ…………」



 胃酸の苦く酸っぱい匂いが、喉の奥から鼻へと抜ける。


「記憶は戻りましたか?」


 ミザリーの問いに、俺は若干の気持ちの悪さを飲み込みながら否定の意味で首を振った。


「やはり聞いただけでは思い出せませんか……しかし、思ったより平然としてますね」


 ミザリーが俺にそう聞くと、ノエルとアイリスの視線も俺に集まった。


「自分でも不思議だ。でも…………昔の俺は気が済んだんだろう。恋人の仇である人類を滅ぼし、もう十分だったはずだ」


 心のどこかで、もう落ち着けと思っている。


「本当ですか? あなたの怒りは消え去ったと言えますか?」


 ミザリーは繰り返し問い、俺の顔を見つめ返した。


「俺の怒り…………」


 あのアパートの1室での感情。アレがよみがえった。


「っ…………ぇ」


 ーーーー強烈な吐き気。胃が収縮し、吐瀉物が血の大地を濡らす。視界が明滅し、視野がぼやけ、呼吸が荒くなった。


 やはりあの感情は今もなお消えることなく俺の奥底で地獄の業火のように燃え盛っている。


「確かに……憎しみは消えていない。だがおそらく過去の俺の感情と、今の俺の本心が結び付いていないんだと思う」


 そう、どこかで他人事に思えていた。


「憎しみが失われていればそれで良かった……ですが、そうでないのであれば、全ての記憶を取り戻す必要がありますね」


「なぜだ? お前が語った事件の記憶…………取り戻す必要があるのか? もう、俺は忘れた方が良いんじゃないか?」



 ーーーーいや、思い出させないでくれ。



 俺は、その記憶がよみがえることに恐怖を覚えていた。

 だが、俺のその発言にミザリーはクシャっと泣き顔になり、震える声で言った。



「それでは、あなたの恋人が報われません」



 ハッとして、目頭が熱くなった。


「…………そう、だな。それじゃダメだ。思い出さなきゃダメだ」


 そう答えると、ミザリーは微笑んで頷いた。


「はい」


「ただ例のアパートも崩壊し、手がかりがなくなった。次に向かうべき場所はあるのか?」


「あの町です。あなたはあそこに戻らなければなりません」


 まるで俺が知っているかのようなミザリーの口振り、だが心当たりがない。




「終わりと始まりの町、『()()()()()』です」




 心臓が止まったかと思った。少なくとも息が詰まった。この日何度目かの驚きだ。



「な……んであんたが、あの消えた町を知ってる……?」


 

 掠れた声を出しながら、ミザリーを見開いた目で凝視した。


「お答えできません」


 首を振るだけのミザリー。


「答えろ…………!」


「できません」




「頼む……教えてくれ!!!!」




 気づけば詰め寄り、大声を出していた。


「お答えできません」


「…………」


 無言を貫くミザリー。アイリスも目をそらした。


【賢者】ユウ様、今のユウ様ならアラオザルにたどり着くことも可能です。


 そう、だな。


 …………エルたちもきちんと埋葬してやる約束だった。人間界でのゴタゴタに巻き込まれ、完全にタイミングを失っていた。


「わかったよ。俺はあの町に戻る」


「そうですか」


 ミザリーは微笑む。


「おい待て。ベル様のことは…………」


 ノエルが俺に向かって手を伸ばした。


「わかってる。当然、ベルを復活させてからだ」


「…………ああ」


 しかしここまで聞いてると、さすがに不思議に思う。


「なぁ、あんたはなんで『混沌の理』の仲間に?」


 ミザリーは俺を振り返った。


 そう。これまでミザリーはよく俺たちを助けてくれている。


「…………これは贖罪です」


 ミザリーは下を向き、髪で顔が見えないまま小さな声で言った。


「贖罪、何に対してだ?」


「ベルです」


 そう言ってミザリーは顔を上げた。


「…………ベルって、ベルを知ってるのか?」


「はい、彼女は私の親友ですから」


 ミザリーは悲哀の感情を見せながらホロリと涙を流した。これはスキルではない、本物の涙だ。

 

「親友…………驚いたな。あいつ、友達いたのか」


「貴様、いい加減死ぬか?」


 ギロッと睨むノエル。

 するとミザリーが咳払いをして無理やり話を戻した。


「んんっ、いいですか? 悪魔の器を強化できるのはティンクトラです。宿主のあなたがティンクトラを飲めばベル様の存在の器が強化されるはずです」


「だからティンクトラをくれたのか」


「ええ。ですが『理』によって傷付けられたベルの核は、おそらくそれだけでは足りません。先に代わりとなる『ビトラス血石』も必要なのです」


「なるほど。ということはノエルの見立ては間違っていなかったんだな」


「貴様、信用していなかったのか」


 無表情ながら怒ってそうだ。


「お前も自信無さそうだっただろうが」


「当然。『理』の攻撃が直撃して生き残った悪魔など前代未聞だ。それだけベル様は特別なお方なのだ」


 鼻高々に話すノエル。そしてミザリーは話を戻す。


「ティンクトラまでは良かったのですが、私も稀少なビトラス血石は持っておりません……」


 すると、ノエルが独り言のように答えた。


「いや問題ない。未採掘のビトラスが1つある」


「おい、そんなのとっくに他の悪魔に奪われてるんじゃないか?」


 ビトラス血石は悪魔にとって非常に価値のあるものだったはずだ。


「いや、まだ現れていないからその心配はいらない。渦中にいた貴様なら知っているだろう、最近オブシディアンで起きた大量死を」


「……!」


 消滅させられたゴールウェイ連邦か、ローグにされた公国か、はたまた帝国に破壊された他国か…………いや、その全てか。


「ゲヘナでの数ヶ月後に早ければ現れる」


 なんて幸運だ。


「わかった。必ずそれを奪取しよう。それしかない」


 俺とノエルは互いにアイコンタクトで頷いた。


「話はまとまりましたね。とりあえずは助けになれたようで良かったです」


 ミザリーは微笑み、立ち上がった。


「ああ、あんたたちには助けられたよ。俺の過去のことも含めてな」


「いえ」


 ミザリーは複雑そうな顔でうつむいた。


「これからどうするんだ?」


「私たちはこの後、ゲヘナの首都へ向かいます」


「ゲヘナの首都か、いつか見てみたいもんだ」


「やめておけ。あそこは楽しいところではない」


 ノエルが苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「ええ、私たちも観光ではありません」


 そう言ってミザリーから表情が消えたからと思えば、ニコッと笑った。


「それではこれで失礼しますね」


「ああ、また会えたらいいな」


 ミザリーとは改めて握手を交わした。


「次はベルともお話したいですね」


 俺とノエルは『ビトラス血石』を求め、再び荒野を進んだ。



◆◆



ーーーー数ヵ月後コルト



 コルトの町の人々は、昼夜を問わないローグの侵入を阻止すべく、気を緩めずに戦い続けていた。


 そして今、ジーク辺境伯の屋敷の広庭には、大勢のドワーフたちが詰めかけている。彼らだけではない。近隣諸国からも命からがら逃げ延びた難民たちがコルトを頼って避難してきていた。

 

「いやぁ、まさかこんなことになるなんてねぇ」


 バルコニーから彼らを見ながら珍しく弱音を吐くジーク辺境伯。


「喫緊の課題は食料でしょうか」


 執事のマーズさんもジークの隣で眉間にしわを寄せては頭を悩ませている。


「うん、間違いなくね。というか、このまま増え続けて人口が王都を超えたりしてね」


 ジークは苦笑いをした。


「笑えません。ですが人を保護すればローグが1匹減りますから」


「間違いないね」


「ジーク様は、かの者が考えた複数案、どれほど採用されますか?」


「かの者ね……あいにく全部かな」


「全部却下と?」


 少し驚いたように眉が上がるマーズさんに、慌てて首を振るジーク。


「いや、逆だよ。逆。全部採用。合理的で素晴らしい。ただ、人を数字で考えちゃってるから一部ぼくの方で修正するけどね」


「では、ドワーフたちは」


「彼らの旅の疲れが癒えたらあの地下洞窟をもっと住みやすい環境に改造してもらうよ。こんなご時世だ。働かざる者食うべからずってね」


「確かに。あの洞窟は魔の森に届くほどの広さですから、まだまだ人口が増えても大丈夫ですね」


「うん、これで住居問題は大方解決。ユウの大怪獣のおかげで町の防衛もしばらくは大丈夫そうだし……」


 頬がひきつるジーク。


「ああ、大地の古龍ですか。まさか伝説の古竜まで引き連れていたとは……もはやあの龍は町の守り神ですね」


「うん。彼のおかげでコルトは当分は安全さ。残る食料問題も多少の反発はありそうだけど大丈夫そうだし……」


 とそこにアニーが扉を開けてやってきた。


「ジーク様、失礼します。お呼びでしょうか」


「呼びつけてすまないね」


「いえ、とんでもありません! それと、現在こちらへ移動中の国王様より、早馬でご提案がありました」


「というと?」


「要約すると、この都市に詳しいジーク様を宰相として迎えたいので是非とも検討してほしいとのことです」


 アニーの言葉に、ジークはポリポリとくせ毛の頭をかいた。


「まぁ当然と言えば当然かな。国王様が到着したら正式に了承するよ」


「承知しました。おめでとうございます」


 アニーは微笑むがジークは嬉しそうではない。


「重荷が増えるだけさ」


 乾いた笑顔でジークはそう言うと続けた。


「あ、国王様と言えばマーズ。連絡の取れる他国のトップはいたかい?」



「…………」



 無言で首を振る執事のマーズさん。

 その返答にアニーはショックを受けたようだ。


「…………もう残っているのはこの国の国王様だけ、我々の知らないうちに人類が滅んでるなんてことは?」


 アニーは不安そうに呟くが、ジークは強く首を振った。


「いや、逃げ延びている人は絶対いるよ。ただ放置すれば全滅もあり得る。だからこそ一旦情報を整理しようと思ってね。アニー、これまでの手に入った他国の情報を教えてくれるかい?」


 ジークの問いに慌てて書類をめくるアニー。


「ええと、はい! まず人間界全ての『理』が行方不明です。加え、ローグによる都市内部からの侵攻と、数名の異常なほどの実力者たちによる進撃で各国ともに崩壊。どの国も我々と似たような、もしくはさらに悪い状況かと……特に連絡手段を徹底的に破壊されたのが痛手だったようです」


 アニーがそう語ると、ジークはため息をついた。


「対抗策や危険度について共有できなかったんだろうね……じゃあまずは生き残った人々の保護が最優先だ。しかし全く情報のない強者たち、今までどこにそんな者が……」


 ジークはうつ向きながら考え事を呟き、続けた。


「ただ、最もおかしいのは攻撃を仕掛けた全ての『理』が行方不明だということ。我々とは別次元に生きる彼らをどうすれば脅かすことができるのか……」


 するとマーズさんも頷いて同意した。


「おっしゃる通りです。『理』に対抗できるのは『理』のみ。だからこそ奇妙なのですね」


「うん。少なくとも10人以上の多様な『理』が帝国を一斉に攻めた。人間界が簡単に吹き飛ぶ戦力さ。対して帝国の『理』は1人だけ。戦力差に帝国は無血開城するしかないはずだった。なのに帝国は今なお現存し、攻めたはずの『理』たちは行方不明…………これはどういうことだい? 何か、我々の知らない力が動いている?」


「あり得ますね」


 同意するマーズさん。


「我々が相手にしている敵は本当に帝国なのか、帝国内部に何かあったのか…………」


 クシャッと自分の髪を掴むジーク。


「まさか、最近なりを潜めていた魔界ユゴスが動いたのでしょうか?」


 ふとしたアニーの発言にジークが真剣な反応を見せた。


「まさか! いや、なくはないか…………だとしてもあの帝国を内側からなんて……しかもトップにはあの皇帝だ」


「全盛期の皇帝ならわかりませんが……かの皇帝も老いには勝てないでしょう」


 遠い目で呟くマーズさん。


「確かに…………よし、こうしよう」


 そこまで言ってジークは何かに気付いたのか、軽く笑い続けた。


「これはもらった提案書の中にもあったから、あの人はここまで読んでいたのかもね。とにかく、まずは帝国内情を調査して情報を集めよう。今のように守りだけじゃジリ貧になる」


「名案です。ただ、町の防衛と生き残った人々の捜索隊にも人手が必要ですから、まずは人選ですな。それに、もうすぐ王都からの避難民が到着します。彼らの中にも優秀な者はいるでしょう」


 マーズの発言にアニーもうんうんと頷いている。


「国王様と都民ご一行だね。3万人以上の大所帯だから、数十分は門を開き続けることになるかもしれない。警備を5倍に固めよう」


「万全ですが、おそらく不要です」


「どうしてだい?」


「ユウ様を除いたワンダーランドの皆様が警護されていますから」


 それを聞いてホッとしたようにジークが笑った。



◆◆



 同時刻、コルトの屋敷内では


「やれやれ、我々が留守番ですか…………」


 ゼロはコルトにあるユウの屋敷で、ダイニングにある長机の端に座り、カップに口をつけながら呟いた。


「ご主人様にとって、我々はもう不要ということでしょうか?」


 ゼロより離れた席に座るアークデーモンの赤黒い体表の紅葉と青黒い体表の蒼白の2柱が問う。彼らはゼロの従者だが、その実力は今やSランクにまで達していた。


「いや、それはないでしょう。変わらずご主人様との繋がりを感じます。我々には人類最後の砦を守るという大切な使命が与えられたということです」


「ご主人様はベル様の復活のために動いてられる。我々はあの方を信じて頼まれた任務を全力でこなすだけだ」


 ゼロの向かいに座るドクロが言った。


 この長机の座る位置だが、自然と序列順になっている。端から


 序列1位:ゼロ

 序列2位:ドクロ

 序列3位:ゲイル(不在)


「眠い…………」


 椅子に膝を抱くようにして眠りこける序列4位の吸血姫ヨル。椅子から転げ落ちないように、吸血鬼の下女が支えている。


 序列5位の雷龍ヴリレウスや序列6位の溶岩竜ディアブロは屋敷を破壊しないよう庭から部屋の窓から顔を覗かせている。その後に序列7位のアークデーモン紅葉と序列8位のアークデーモン蒼白だ。

 ちなみに古龍ユーリカは序列の規格外とされている。


「ユーリカとゲイルはどこへ?」


 ドクロがゼロの向かいに座りつつ問いかけた。


「ユーリカ様は巨大過ぎて町に入れず、郊外の山脈でふて寝しております。ゲイル様はわかりません」


 窓の外からヴリレウスが答えた。


「ユーリカ様の力がなければこの町はずっと危険にさらされているところでした」


「通りで時折地震が起きるわけだ。町に現れたらローグより被害が出るだろうな」


 ドクロがそう言うと


「失礼な! ドクロ様とて、聞き捨てなりません!」


 ヴリレウスが怒り、窓を割って屋敷へ頭を突っ込もうとする。ディアブロも身体から炎が吹き出した。

 どうやら古龍であるユーリカは同じ竜族からは崇拝されるような存在らしい。 


 ユーリカはスキル『地殻変動』を繰り返し使用し、標高7000メートル級山脈をコルトを囲うように隙間なく形成した。越えようとすれば知能の低いローグは極寒の環境で凍え死ぬ。そのせいで山脈の周りには、うねるローグの海が形成されている。

 その真下には避難民が安全に通れる地底トンネルを近隣各国に向け7箇所設けている。そちらは徹底的に隠蔽した上で洞窟が得意なタラテクト種たちを筆頭に、守りを固めていた。


「やめろお前たち。ご主人様の屋敷を壊す気か。ドクロ、貴様も煽るな」


 ゼロが静かに注意したところで扉が開き、スカーレットが部屋に入ってきた。


「あら、ずいぶん大所帯になりましたのね。この大きな屋敷が手狭ですこと」


 赤いドレスを来たスカーレットは屋敷の雰囲気によく馴染んでいる。


「スカーレット様、これはお恥ずかしいところをお見せしました。どうされましたか?」


 そうゼロがスカーレットに声をかけた。


「実は、とある方をお連れしました」


 そう言って振り返るスカーレットの目線の先には20~21才くらいで丸い眼鏡をかけ、長い髪のスラッとした女性。見た目は有能で仕事のできる秘書のようだ。



「これより、私が皆様を直接サポートいたします」



「どちらさ…………ん、この声どこかで聞いた…………」


 一瞬誰かわからなかったようだが、ゼロが驚きながら反応した。



「ま、まさか、賢者様…………!?」



 怪訝な表情をしていた皆はゼロの言葉聞くなり、目を丸くした。



「「「「賢者様!?」」」」



 すると女性は前で両手を揃えて綺麗に礼をした。


「私はユウ様のスキル『賢者』の一部です。ギルガメッシュの成れの果ては肉体のみで精神が空でした。ですので切り離した並列思考の一部を入れることで顕現できました」


「そんなことが可能なのか……一体スキルとは…………」


 魔術士であるドクロは頭を悩ませる。


「で、ですがギルガメッシュは龍のような姿ではございませんでしたか?」


 ゼロが疑問を口にする。


「あの姿は人と話すのに適さないため、人型に改造しました」


「なるほど」


「次いで、こうして人前に姿を見せるのに呼び名が賢者では不自然でしょう。私のことは『アルテミス』とお呼びください」


「「承知しました。アルテミス様」」


 ゼロやドクロたちはそのように返事をしてお辞儀をする。彼らが顔を上げるのを待ってアルテミスは続けた。


「ユウ様は大事な役目を果たすべくここを離れており、私があの方に代わり町を守護いたします」


「横から失礼しますアルテミス様。ゲイル様の姿が見えません。このままお話を進めて宜しいのでしょうか」


 窓の外からヴリレウスが聞いた。


「ご心配はいりません。現在、ゲイルには彼女にしかできない仕事をお願いしております」


「ゲイルにしかできない仕事?」


「この屋敷には彼女、スカーレットと同種の絵画があります。そこにはタラテクト種の王()()()()()()()()もおりました」


 絵画であるスカーレットが相づちを打っている。


「古い伝記で読んだことがある。タラテクト種はマザータラテクトがキングを食らうことで、特別な種を生涯で1匹だけ産むことができる。ですがキングタラテクトは当の昔に絶滅したと聞いておりましたが……?」 


 そうドクロが言った。


「はい、かつてはその危険性ゆえ、原因となるキングタラテクトを世界が一丸となって滅ぼしました。ですが逃れた1体が、この屋敷に絵画として保管されておりました」


「それは面白い。つまり、産まれてくるのは歴史から消されるほどの存在だ」


 ドクロは興味深そうに笑う。


「さて、別件ですが、この度領主様より帝国の内情を探るべく調査隊が組まれようとしています。そこに参加していただきたい者がおります」


「「「なんと…………!」」」


 ざわめく室内。


 名前を呼んでくれとばかりに大賢者へ熱い視線を送る皆。



「ヨル、あなたです」



 賢者アルテミスが指差したのは、椅子の上で膝を抱いて寝ていたヨル。


「……ん…………なに?」


 ヨルは名前を呼ばれて目を擦りつつ起きた。


「何ではない。きちんと話を聞きなさい」


「うぅ…………」


 ドクロに怒られ、眠そうな目で口を尖らせるヨル。


「ヨル、あなたは戦争孤児として帝国に潜入し、ローグの手がかりと、敵の親玉の正体を探りなさい」


 ゼロがわかりやすく要点を伝えた。


「戦争、こじ…………わかった」


 首をかしげながらとりあえず頷くヨル。


「いや、本当にわかったのか?」


 ドクロが非常に心配そうに問うとワンテンポ遅れて返事した。


「…………うん」




「「「「(不安だ…………)」」」」




 皆の気持ちは同じだった。


「アルテミス様、ヨルだけで潜入するのですか?」


 ゼロも気になったのか、賢者に聞いた。


「いえ、ヨルを含めた3人で向かってもらいます」


 その返事を聞いて皆がホッとする。


「現状、多数の『理』を所持する帝国に正面から立ち向かうには戦力が足りません」


「『理』には『理』でしか対抗できんからな」


 ドクロはギリギリと歯を擦れ合わせた。


「そこに至ることができていない我々の力不足です」


 ゼロは本気でそう思っているようだ。


「今回の作戦は帝国が実験体として身寄りのない子どもたちを集めているという情報を元に立てられました。ヨルを含めた3人は孤児として研究施設に潜り込み、敵の情報を盗んでください。優先的に求める情報の詳細は他の2人に伝えます。ヨルの役目は他の2人を守ること。頼みましたよ」


「あい」


 コクコクと頷くヨル。


「残った我々は?」


「この町は人間界最後の砦です。他国の生き残った人々もそうですが、多数の敵兵やローグまでもが詰めかけるでしょう。この町の者たちと協力し、町を守り、安全と衣食住を提供します。食料調達や住居建築などまで行っていただきます」


「承知しました」



◆◆



ーーーー数日後、王都からコルトへ向かっていた王都の団体が到着した。


 出発時は3万5千人はいたが、心理的負担や衛生状態の悪化で傷病者が増え、到着した頃には3万人を切っていた。しかし、この後も続々と国境で帝国と戦っていた兵士たちが合流し、最終的には5万人を越す大所帯がコルトに到着する予定だ。


「長旅、ご苦労様でした。しかし、よく途中でローグ化する民が出ませんでしたね」


 ジークは感心したようにオーウェン国王に話しかけた。


「それは彼らの働きが大きい」


「ああ」


 ジークとオーウェン国王の目線の先には、疲れ果てた都民たちの最後の1人が無事にコルトの門の内側へ入るまで目を光らせているアリス、フリー、レア、ウル、クロエの5人がいた。

 



 ーーーーそうして、一通り都民の受け入れが落ち着いた1週間後。




「…………なんで帝国への潜入任務が、俺なんだよ」



 領主邸の青々と芝生が茂る中庭に呼ばれたウルは、出された貴重なお茶菓子を旨そうに食べながら、器用に不機嫌そうに言った。


「いいじゃないか。孤児というなら君はいかにも育ちがわる…………いや、元気がありそうだ」


 ジークは言葉を選び損ねた。


「あぁん?」


 目をひんむいて白いティーテーブルに肘をついてはジークにメンチをきるウル。


「そう、その実力を見込んでのことさ」


 ニコニコと話すジーク。


「おう!」


 とりあえずご機嫌に戻ったウル。

 ただ、素行は悪いかもしれないが、王族の血を引いているウルの顔立ちは悪くない。


「やれやれ…………それで、他2人は王子オズと、吸血姫ヨルちゃんだねぇ」


「王子に、ひめぇ?」


 片方の眉を持ち上げるウルに、苦笑いのジーク。


「いやいや、せめてオズ様のことは知っていてほしいねぇ」


「なんでそいつらなんだよ」


 腕組みしながら首を傾げてウルは聞く。


「王子は帝国の地理がわかれば判断力もあるし、ヨルちゃんは可愛いからかなぁ」


「はぁぁああ? 俺より可愛いだと!?」


 声を張り上げるウル。


「いや、どう考えてもそういう売り方してないよね君」


 珍しくツッコミに回らされるジーク。 

 すると2人のやりとりを見ていたオズが中庭に現れた。


「おいおい、本当にそいつで大丈夫なのか?」


 中庭のジークたちの元へ歩いてくる王子オズにジークは立ち上がり、ニコニコと答えた。


「大丈夫です。彼女の実力はユウからお墨付きですし、能力的にも潜入に向いてます」


「へぇ」


 長い前髪の奥から視線を向けるオズに


「なんだよ」


 ガンを飛ばして答えるウル。その様子をスルーしてオズはジークに聞いた。


「で、ヨルってのはユウの部下で……魔物だと聞いたが?」


「はい、吸血鬼ですが人間以上の知性を持ちますので心配はいりません。ただ、超のつくマイペースなのでお気をつけください」


 苦笑いで答えるジーク。


「マイペースって…………ん?」


 怪訝な顔をしたオズを他所に、誰に気付かれるでもなくヨルがジークの隣に現れていた。相変わらず真っ白なワンピースに色素の薄く青白い肌。赤い目だ。


「なっ、いつの間に?」


 ウルですらオズと同じタイミングで気付いたようで2人揃ってギョッとした。

 

「…………ねぇ、おやつ」


 ヨルがジークの服の裾を引っ張る。


「はいはい」


 お菓子をねだられたと思い、ゴソゴソとポケットをあさるジーク。

 だが、吸血鬼であるヨルのおやつはそうではない。ジークの首筋に噛みつこうとヨルが背伸びをしたところで…………いつの間にか現れていた賢者アルテミスがその首根っこを押さえた。


「止めなさい」


 無表情で叱るアルテミス。


「む…………」


 口を尖らせるヨル。


「やぁアルテミスさん」


 血を吸われかけたことに気付くことなくジークはニコニコと笑いかける


「ヨルが大変失礼いたしました」


 目を伏せて頭を下げるアルテミスにジークは両手を上げて答えた。


「いえいえ、お気遣いなく」


「提案書の方にも目を通していただけたようでありがとうございました」


 アルテミスはさらに深々とお辞儀をした。


「いえいえ、こちらこそなんとお礼を述べていいか…………民衆に受け入れられるかという心配はありますが、食料問題もなんとかなりそうです」


「民の信頼はジーク様が十分に得られていますから、大丈夫でしょう。あと、我々も微力ながら防衛に尽力させていただきます」


 ジークとアルテミスは正式に握手を交わし、強力なタッグが生まれていた。

 その後ろではヨルに向かって憤慨するアニー。


「おいそこの幼子! さっきジーク様に一体何をしようとしたんだ!」


 アニーを止めるマーズ執事。


「味見…………」


 怒るアニーをぼーっと眺めたまま答えるヨル。


「味見だと!? なんてハレンチな!」


 勘違いして赤くなるアニー。


「はぁ、そのヨルとやらをいかに御するかがキーだな」


 オズはすでに作戦の肝に気付いた。


「だな」


 ウルもヨルの異様さを感じとり頷いている。


「ヨルは戦闘要員です。頭を使うことに関しては役に立ちません」


 アルテミスは遠慮なく言うが


「うん」


 気にする様子もなく正直に頷くヨル。


「まぁ、しばらく一緒のチームだからな。宜しく」


「おう!」


「…………ん」


 オズの一言でウル、ヨルの3人はお互いに握手を交わす。そこでジークが改めて計画を話し始めた。


「さてさて、屋敷の入り口に馬車を用意しました。ここからクルス帝国は遠く、ローグもいるので山脈下の抜け道を使ったとしても数ヶ月はかかる長く過酷な旅です。我々のことは気にせず、殿下たちにはローグの弱点や帝国トップについての情報を探っていただきたいと思います。詳細はメモに」


 ジークからオズは手紙を受け取った。


「ああ」


「タイムリミットはこの町が『理』たちに侵略されるまでです。正直、コルトの戦力ならステージ7くらいまでのローグはなんとかできます」


「ス、ステージ7って観測史上最高ステージのローグですよね?」


 アニーが引きぎみにジークに聞いた。


「うちの戦力なら、正直『理』以外ならなんとかなると思うよ」


 余裕たっぷりにジークは答えた。



 コルトには現在強者だけでもかなりの層を持っている。


SSSランク:賢者アルテミス、ゼロ、ドクロ、ゲイル、

      古龍ユーリカ、ジャベール

SSランク:アリス、フリー、レア、クロエ、キッド、

     雷龍ヴリレウス、溶岩竜ディアブロ

Sランク:スカーレット、カイル、

     ユウ配下のデーモン・タラテクト種多数


 ここに戦争で国境にいた将軍たちスカーフィールドやブレイトン学園長が戻れば、さらに層は厚くなる。


「ねぇ、急ぐの?」

 

 タイムリミットと聞いて、ヨルがウルに聞いた。その赤い瞳に見つめられてウルは言い淀みながら答える。


「そ、そうだ。俺たちに人類の命運がかかってるからな!」


「わかった」


 ヨルは急にしゃがむと、ウルとオズの足首を掴んだ。


「「え?」」


 2人はヨルの奇行に、とりあえず掴まれた足元を見ようとした瞬間、



 ッ…………ビュン!!



 ヨルは2人を逆さまに持ち上げて数メートルの高さに浮かんだ。


「「おい!」」


 ブラブラと宙吊りのまま怒るウルとオズ。


「じゃあ……行ってくる」


 ヨルはアルテミスにそう言うと、そのままジークたち一般人には流れ星にすら見える速度で空を駆けた。



「ーーーー馬車、用意したんだけどねぇ」



 苦笑いで見送るジーク。


「ですねぇ。荷物とか準備大変だったんですが…………でも、あれなら帝国も一瞬ですな」


 感心したように言うマーズさん。


「3人ともがんばれ~」


 ジークはニコニコと手を振った。


 

 ◆◆



「ば、ばばば馬鹿かかか…………てめぇ!!!!」

 

 強すぎる風圧でうまく話せないながらウルは叫んだ。


「うううん」


 するとヨルは空中で急停止した。足首を掴まれたままのウルとオズは慣性で吹き飛びかけるが、ヨルがしっかりと掴んだままでブランっと揺れる。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……違うことあるか! これならユウに運ばれた方がマシだ!」


 ウルは宙吊りのまま、ヨルにキレた。


「ご主人様はスゴい」


「ユウはスゴいけど、今はそうじゃない! 足千切れるかと思ったぞ!?」

 

 ウルが早口で叫びながらチラッとオズを見ると、目を閉じ眠るように気絶していた。


「…………寝不足?」


 ヨルは羨ましそうに言った。


「ちがぁう!! お前と一緒にするな! そもそも馬車用意してくれてただろうが!」


 ウルがそう言うとシュンと哀しそうにヨルは答えた。


「馬車は遅い。早く終わらせて寝たい」


「いやそうだな! 確かに早い方が良いけどな!」


 珍しくウルが突っ込みに回ってしっかり者のように見える。


「わかった。ならもっと急ぐ」



「え……待っ、いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 意外と女の子らしい可愛い悲鳴が王国の空にこだました。



読んでいただき有難うございました。


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