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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第6章
158/159

第158話 過去

こんにちは。

非、常~~に遅くなり申し訳ありません。ただの遅筆でございます。

第158話です。宜しくお願いします。


「ヤバいヤバい! 急げえええええええ!!」



 ゴォオオオオオオオオ……!



 耳元で鳴る風の音。


 高速で迫る池。


 迫る水面。


 反射する自分の顔。





 ザパァァン!!





 血溜まりをくぐって目を開けた。


 途端に襲いくる熱さとゲヘナ特有の鼻を突く硫黄のような臭い。


「うっ……この臭いにはやっぱり慣れないな」


 肌が焼けるような熱風吹き荒れる廃墟だ。どこかハイウェイの高架の上で乗り捨てられた乗用車の上だった。


「あ、しまった。お前も来たのか」


 気が付けばヴリトラを首に巻き付けたまま来てしまったようだ。


「キャウン?」


 俺の首から離れると、宙に飛び上がり可愛いらしく首をかしげるヴリトラ。


「まいっか。それよりどれだけ遅刻したのやら」


【賢者】ユウ様、ゲヘナ内では予定時刻より2日の遅刻です。


 げ、2日も…………! 


 当然、辺りを見渡すも誰もいない。


 予定通りなら、ノエルとミザリーはとっくに来ていてどこかで待ってくれている…………はず。


 とその時、




 ドゴォォォン…………!




 遠くから僅かに聞こえた音の方向を見れば、ガラス張りの高層ビルが砂煙を引き裂きながら横倒しになっていくところだった。


「とりあえず、あっちだな」


 と、倒れるビルの方へ足を向けた。


 

◆◆



「来るぞ!」


 ノエルが叫ぶと同時に2人がいた場所にビタァン! と3メートルほどの大きさの手のひらが叩きつけられた。

 

「何なんですかアレは! あんな生き物、聞いたことありません!」


 ミザリーは助けを求めるようにノエルを見るが、彼はどこ吹く風という様子で答えた。


「知らん。ゲヘナでも異例な事態だ。見ろ、他の悪魔たちも離れて様子を見ている。我々をエサにな」


 ノエルたちと敵対する謎の生き物の動向を観察するように、高台から見下ろす上級悪魔たち。


「さすが合理的ですね…………わざわざ相手の出方を伺ってくれる者がいるなら放置というわけですか。でも、それよりアイリスは無事なのでしょうか」


「知らん」


 淡々と返答するノエルに、焦った様子のミザリーが胸に手を当てながら言う。


「て、手を貸してくださいませんか! アイリスを助けましょう!」


「あのメイドはお前を庇って勝手に飲まれた。助ける義理はない。それに、俺はあの遅刻バカを探さねばならん」


 そう言ってノエルはこの場から離れようと背を向けた。


「それは…………」


 ミザリーは考え込み、そして口を開いた。


「て、手伝っていただけましたら、あの日、ベルフェゴール家に起きた悲劇の真相をお話します…………!」


 するとノエルは無表情のなかにピクッと反応を見せた。


「本当か?」


「…………はい」


 渋々といった様子で返事をするミザリー。


「なぜ貴様が知っている」


「それは……」


 目をそらすミザリーを睨むノエルだったが、しばらくして折れた。


「…………わかった。メイドを助けるぞ」


 ノエルの言葉にホッとした様子のミザリー。


「ありがとうございます。ただ、あのように言いましたがユウさんを待たなくても?」


「あいつなら勝手にこちらを見つける」


「わかりました」


 ペコリと頭を下げるミザリー。ノエルはこう見えてお人好しの面もあった。


「それで、奴はどこへ行った?」


 奴というのはノエルたちが追われていた巨大カエルのことだ。ノエルとミザリーが今いる場所は東京都心のような高層ビル群ど真ん中になる。

 

「あの巨体ですから姿を隠せはしないはず……居場所を調べます」


 そうは言ってもビル群だけでも5キロ四方よりも広い面積をもつ。


「広範囲の探知ができるのか?」


「はい、私の水からは隠れられません」


「水?」


 ノエルが聞き返した時、ミザリーの目から頬を伝って涙が流れ、足元の砕けたアスファルトに黒いシミを作った。


 すると…………



 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ……!!



 ガタガタと震え始める地面。


 ひび割れた地面の隙間から、豪雨時にマンホールから吹き出すように、水が溢れ始めた。それはここの高層ビル群全体で起きている。


「これは…………」



 ザパァアアアアアアアアアアン…………!



 10秒とかからずにここら一帯を足首くらいの深さの水がなみなみと覆い尽くした。ビル群が浸水してしまっている。


「私のユニークスキルです。この水は全てが私の一部です」


 ミザリーは水に手のひらをつけながら言うと、左の方を向いてそちらを指差した。


「さっきの怪物がいました。建物の壁面にへばりついています」


「わかった」


 パシャパシャと水面に2つの波紋を広げながら走り出す。


「おい、貴様に攻撃手段はあるのか?」


「あるにはありますが……アイリスがお腹の中だと迂闊に攻撃できません」


 眉を寄せてミザリー。


「なら俺が奴の胃袋に入り、メイドを引っぱり出そう」


 ノエルの発言に固まるミザリー。


「へ? …………い、いえ……あの、相手は得体が知れませんし危険過ぎます!」


「あのメイドは胃のなかでもまだ生きている。ならば問題ないだろう」


 ノエルはそう言いながら拳を握った。この短期間ですらわかる頑なにノエルに、ミザリーの方が折れた。


「…………わかりました。お願いしたのは私ですから宜しくお願いします」


 そうして巨大カエルのいるビルの角にまでたどり着いた。


 ノエルがビルの影からカエルの姿を確認するために気配を絶ちながら顔を覗かせるが、気付かれたようだ。


「案外鋭敏な奴だ……」


 と、すぐさま物陰から飛び出したノエル。そしてその瞬間、巨大カエルの舌が発射される。


 ドヒュンッ!


 ノエルは舌を右へのステップで避ける。そこに立っていれば、ノエルの上半身は吹き飛び血霧になっていたはずだ。


「ゲゴッ」


 カエルの舌が伸びきり、縮み始める。ノエルは、縮むのに合わせてその舌の脇腹を鷲掴みにした……! そしてカエルの口の中へ収納される舌と一緒に、カエルの胃へ突き刺さるように飛び込んだ。



「グエッ…………」



 獲物に勢いよく胃の中へ飛び込まれ、えずくような声を出す巨大カエル。両手でバタバタと口許を拭うような仕草を見せている。


「ちょっ、ノエルさん!?」


 躊躇なく、いきなり呑み込まれたノエルに驚き声を出してしまったミザリー。巨大カエルはミザリーの方へ向き直ると、飛びかかった。


「わっ!」


 ミザリーは落下するように一瞬で水の中に溶けると、巨大カエルの飛びかかりをかわした。

 巨大カエルの速度は異常だ。それこそ敏捷特化のSSSランクですら避けるのが難しいレベルだ。


「避けるので精一杯です。私は対人専門ですし……」


 そう言いつつミザリーは水を伝って瞬間移動を繰り返し、カエルの突撃を避け続ける。すると、カエルの動きが止まり、ゆっくりと口を開けた。中には無数の手のひら。


「あれはマズい気がします……仕方ありません。一旦退避します」


 途端、ショットガンのようにカエルの舌が発射された。



◆◆



 ゲヘナに到着してしばらく経過した。


 水浸しになり、穴だらけになったビル郡にたどり着いていた。


「ずいぶんと待ちました」


 背後から声が聴こえて振り返る。透明な水が盛り上がったかと思うと、徐々にシスター衣装のミザリーの姿になっていく。


「す、すまん。こっちも色々あったんだ。状況は?」


 俺が聞くと、ミザリーは俺を責めるでもなく、慌てた様子で早口に状況を説明をする。


「ーーーーというわけで、あのカエルにはどんな攻撃も効きません。それにアイリスとノエルさんまで飲まれてしまいました」


「……ノエルは何してんだよ。カエル自体を倒すことはできないのか?」


 しかしミザリーは首を振る。


「無理です。動きが速すぎて当てるのすら簡単ではありません。当たったとしても打撃、斬撃、魔法…………どれも効果がなく、あの肉体を破壊できませんでした。ノエルさんが脱出できないのもそれが原因かと」


「なるほどな……」


 賢者さん、どう思う? なんとかできると思うか?


【賢者】その怪物を見ないことには正確な判断ができませんが、聞いた話では『界底の使者』に存在感が類似しているように思われます。


 ああ、ゲヘナの地下から現れたあの『手』だな。


【賢者】はい、ゲヘナの修復機構と同系統の『生き物』かもしれません。だとするとおそらく上位次元の存在かと。


 ……それはつまり、そのカエルも『理』と同じということか?


【賢者】はい、その認識で間違いありません。


 なるほどな……。


「起きてくれヴリトラ」


 マフラーのように俺の首に巻き付いていたモフモフは、名前を呼ばれてスルリと宙に浮かんだ。


「きゃう!」


 手足をバタバタさせて嬉しそうにしている。


【賢者】ヴリトラは賢く、状況を理解できております。


 ホントか?


【賢者】はい。


 すごいな、生後数時間だぞ……でもそれなら話は早い。


「な、なんですか、その生き物は……美しい…………」


 ミザリーが目を丸くした後、恍惚の表情で白く光るヴリトラを見つめる。


「あんた、ヴリトラが見えるのか。とりあえず奴は俺に任せてくれ」


「え、ええ」


 そこから、ミザリーの案内でカエルのいる場所へと向かった。


「ヴリトラ。あいつだ」


「きゃう!」


 俺は20メートルほどの高さでビルの外壁に張り付くバカでかいカエルを指差す。


「あれが敵だ。俺の友だちが食われてまだ腹の中にいる」


「きゅううう~!」


 クルクルと回るヴリトラ。


「よし、行くぞ!」


 パシャパシャとミザリーの水の上をカエルへ向かって走る。



「ごえ……!」

  

 

 俺たちに気付いたカエルが、こちらに向けて舌を発射した。



 確かに聞いていた以上に速い!



 空間魔法で避け……。


【賢者】不要です。


 なんで!?


【賢者】ヴリトラにお任せを。

  

 わかった!


「パクン!」


 目で終えない速さの舌の先端は、それを上回る目にも止まらぬ速さのヴリトラの顎によって噛み千切られていた。


「きゅ~」


 ヴリトラは美味しそうに目を細め、モキュモキュと頬が動いている。

 ゴクンと喉を通って飲み込まれ、カエルの肉体の一部はヴリトラの血肉となって吸収されていく。



「ごえええ…………!」



 舌を噛み千切られ、断面から血液を撒き散らすカエル。


「やっぱり、『理』と同次元の生き物なんだな……」


 確かにそれでは俺たちではどうすることもできない。だが、その奴の肉体をいとも容易く噛み千切った。それがどういうことを指すか…………。


【賢者】ヴリトラの存在値が高くなりました。


 え?


【賢者】おそらく、同次元の生き物であれば食すことで成長できるのでしょう。


 そりゃすごい。


 すると


「きゅう?」


 何かを訴えるように、しきりに俺とカエルに視線を行き来させるヴリトラ。


「食べたいのか?」


「きゅうん!」


 コクコクと頷くヴリトラ。

  

「よし、食らい尽くせ!」


 カエルを指差す。


「きゅううん!」


 ビュツ! とカエルに飛んでいくヴリトラ。

 

「あ、あれは、あなたの使い魔なのですか?」


「ああ、ヴリトラなら奴にも有効らしい」


「なんと……! あんなに可愛らしい外見だというのに!」


 ミザリーがヴリトラの外見にハマったようだ。

 そう話している間に、ヴリトラはカエルの肉体をむしり続け、食い散らかしている。


「お……!」

  

 食い破られた腹部からドボドボとハラワタが溢れ落ちていく。


「ノエルたちが!」


 ほとんどの臓器を失い動かなくなったカエルを放り、ミザリーと一緒になって臓物の山から消化管を探す。


「くそ、やっぱり破壊できないか…………」


 そう、俺とミザリーでは内臓ですら傷1つ付けることができなかった。いくら刀を振るってもブルンブルン弾かれてしまう。


「そのようですね」


「ヴリトラ、頼む」


 その後、ヴリトラがカエルの内臓から肉まで残さず食べ尽くした。そうして、血にまみれたノエルとアイリスの姿が現れた。


「アイリス!」


 ミザリーはアイリスに駆け寄り身体を起こす。ノエルは意識がハッキリとしていたが、アイリスは気を失っていた。アイリスは胃酸で衣服の一部が溶け白い柔肌が赤くなってしまっていたので、神聖魔法で治療してからミザリーが水でザパンと血を洗い流し綺麗にする。


「げほっ、げほっ……想定外だった。まさか内側からですら破壊できないとは」


 悔しそうに言うノエルにミザリーはお礼を述べる。


「いえ、あなたのおかげでアイリスは無事でした」


「ああ。斥力で体液からは距離を取っていたからな。それよりだ…………」


 そこまで言って、ノエルは俺を睨んだ。


「貴様、今まで何をしていた」


 げ…………明らかな怒気だ。


「い、いや俺にも事情が…………というかおかげでお前らを助けることができたんだからな?」


 そう言ってヴリトラの耳の裏をかいてやると


「きゅううう~!」


 ヴリトラは気持ち良さそうに目を細める。ほんわかと空気が和らぎ、これ以上叱咤を受けずにすんだ。

 正直ヴリトラのおかげでかなり助かった。



◆◆



「さっきのカエルがゲヘナの異変の1つ?」


「そうだ。高次元の生き物など、今まで一度も確認されたことがなかった。そもそもあんな存在がポンポン湧き出せば、悪魔は食い尽くされゲヘナは滅びる」


「確かに、悪魔貴族とて対策しようがないだろうな」


 続けてノエルは焦りを含んだ表情で呟いた。


「それと、奴の腹の中で思い出したが、あの感覚……あれは『界底の使者』に似ていた」


「そうか…………お前もそう感じたなら間違いなさそうだ」


「ああ。おそらくゲヘナを取り巻く機構が不安定になっている。原因はやはり」



「…………ガイアの人類絶滅、ですか」



 アイリスが目を覚ましていたのか、仰向けのまま呟いた。


「ア、アイリス、無事ですか!」


 ミザリーはアイリスのそばで呼び掛ける。


「申し訳ありませんミザリー様。ご迷惑を」


「いいえ、無事だったならいいのです」 


 ミザリーは微笑みながら言った。


「無事でよかったが、そろそろ俺を呼んだ理由を聞かせてくれ」


 改めてミザリーとアイリスに向かって聞いた。


「ええ。そのためにはまず、私自身のことを話す必要がありますね」


 ミザリーは自身の胸に手を当てて躊躇うように話し始めた。


「ユウさんは驚かれるかもしれませんが、私は元々地球、ローマで聖職者をしておりました」


「だろうな。そんな気がしたよ」


 見たことのあるデザインの洋服を着ていると思っていた。


「ええ。ですが私は仕事中、強力な悪魔に肉体を乗っ取られ、その悪魔を倒すために自らゲヘナへと堕ちたのです。この洋服は聖職者だった頃の名残となっています」


 タレ目でアンニュイな風に話すミザリー。感情を隠すかのようだ。


「待ってくれ。そもそも地球に悪魔がいたのか?」


「当然です。なぜ聖職者がいるとお思いですか? あれは宗教的な意味もありますが、聖職者とは本来悪魔払い、エクソシストです。いるのですよ。あの世界にも悪魔が」


 胸を張って得意気に話すミザリー。


「まぁそりゃそうか。よくよく考えれば、見渡すだけでもこれだけいるんだもんな」


 燃え盛るゲヘナの荒野を今もレッサーデーモンたちが這い回っている。こいつらが地球に現れては悪さをしていたのだろう。


「ええ。奴らは狡猾で、しかも地球には存在しない力を持ちます。人類は理解できるものに事実を落とし込もうとしますから、大体が事故ということにされていました」


「なるほど、そう処理されていたのか」


「私はゲヘナへ堕ちた後、悪魔が油断した隙に肉体の奪還に成功しました。ですが時すでに遅く、すでに私の肉体は悪魔そのものになっていました」


「ほう、一度奪われた肉体を取り戻すとは稀有な例だ。その悪魔が余程間抜けだったか、貴様の精神が強かったのだろう」


 ノエルは感心したように言った。


「ですが、悪魔となってしまった私は酷く悩みました。この先、どうすればいいか…………そして開き直ることにしたのです」


「開き直る? あ、悪魔として?」




「そうです。立派な悪魔になろうとしたのです」




「「「…………」」」


 全員が反応に困った。


「これは向上心…………なのか?」


 真面目にノエルが考え込む。


「違うだろ」


 このミザリーという人物、かなりの天然物かもしれない。


「その後、ゲヘナで悪魔として有力者にまで上り詰めました」


「いやスゴいな」


 普通そっちでも出世するか?


「それは初耳ですよ!?」


 アイリスも知らなかったのだろう、声を上げては驚いた。


「そして数百年後、悪魔となっていた私はオブシディアンにより召喚され、再び人間の肉体を手に入れます」


「今度はオブシディアンにか…………」


 そんなことあるんだな。


【賢者】とんでもなく稀有な例かと思われます。


「ガイア、ゲヘナ、オブシディアン、3つの世界を渡ったのか。凄まじい精神の強さだ」


 ノエルがまた感心した様子で声を漏らす。

 だが経緯は違えど、俺も同じようなものかもしれない。


「その後一旦ゲヘナに戻ってきた時出会ったのが、我々のボスです」


 そう言ってミザリーは、1台だけ荒野にあった朽ち果てたエアコンの室外機に腰かけた。


「ボス…………?」


 そう問うとミザリーは俺の目を正面から見た。





「あなた方の言う、『()()()()』ですよ」





 警戒からか、反射的にザッッッと立ち上がった。心臓の拍動が、リラックスした音から緊迫感のあるリズムに変わった。


「ふふ、今更です。私に敵意はありませんからご安心ください」


 いえいえ、と手を横に振るミザリー。


「だったら聞くが、お前らの目的はなんだ?」


 正面からミザリーの目を見ながら、逃げられないように聞いた。だが、ミザリーは首を振る。


「それについては今お答えできません」


「いや、知ってるなら答えられ……」


「それで?」


 ノエルが俺の言葉に被せるように先を促した。


「おいノエル!」


「この女から聞き出すのは骨が折れる。気が変わらないうちに聞ける情報から聞くぞ」


 確かに……意思の強さはお墨付きか。


「わかった」


「良かったです」


 ニコッと微笑むミザリーは続けた。


「大昔、我々のボスは只の野良悪魔…………いいえ、むしろそれ以下、『ハーフブリード』と呼ばれる中途半端な存在でした」


「ハーフブリード?」


 初めて聞く言葉だ。


「ハーフブリードは半分が悪魔、もう半分が他種の生き物のことです」

 

「へぇ、そんなのがいるのか。奴のもう半分は何の生物なんだ?」


「わかりません。私も正体を探っていたのですが、それについて知ることができていません」


 ノエルが反応した。


「待て、その前にハーフブリードはガイアにしか生まれない特殊個体のはずだ」


「その通りです。彼もガイア出身です」


「奴もか…………」


「彼は力こそ弱かったものの非常に狡猾でした。人類に紛れながら大事な場面で人々に囁きかけ、混沌の渦に捲き込み世界大戦を引き起こしたのです」


「世界、大戦…………」


 俺の知る限り、それは3回しか地球で起きていない。そのうちの1回がそいつが引き起こしたのか………………。


「歴史に深く刻まれるほどの人間の大量死。そこから生まれる『ビトラス血石』は大変価値のあるものです。大戦の中心となり、それが出現する場所を知る彼は、悪魔貴族と取り引きし、凶悪な力を手にします」


「なるほど。貴族の手引きでゲヘナに来れたわけか」


「はい。さらに彼は取引した悪魔をも罠にかけて殺すと、そのビトラス血石を自らのものとしました。そして貴族となり、大悪魔となりました」


「…………」


「彼はオブシディアンからの召喚に応じ、受肉しました。そして、さらなる力を得ては『混沌の理』となりました。まさに最悪の存在。世の『理』たちの天敵です」


「『理』たちの天敵……今更だが何故だ?」


「彼は『混沌』です。『理』の中でも特殊な『理』。その概念は、()()()()()()()()()()()なのですから」


「っ…………!」


 色々とつじつまが合ってきた。俺を襲った『弓の理』やウラデル、彼らの様子がおかしかったのはやはり『混沌の理』のせいなのだろう。


「ですが彼は3000年前、当時の『理』たちに敗れ封印されました。現代になり、復活はしましたが封印で弱体化していました」


 するとミザリーはノエルに目を向けた。


「復活直後、彼は非常に弱体化しており、一般の野良悪魔程度の力しかありませんでした。そこで彼はあえてもっと身体を退化させることで子どもの姿となり、ベルフェゴール家に取り入ったのです」


 その瞬間、ノエルが大地を強く殴り付けた。




「っ…………だと…………ま、まさかそれが…………あの薄気味悪い子どもだったのか!」




 ノエルがうなだれるように額に手を当てた。


「彼は後にあの事件を起こし、ベルフェゴール家のティンクトラで力を回復させています」


「なぜ、なぜ…………我々だった!?」


 ノエルは苦しそうにミザリーに問う。


「あなた方は悪魔にして珍しく他者にも優しい。そこを利用したそうです。同情を引くことで匿ってもらい、内側から壊せると踏んだそうです」


「ベル様のご両親の…………お心を……………………っっ!!!!」


 ノエルは怒りで死んでしまうんじゃないかというほど震えながら怒っていた。普段の能面のような表情はどこにもない。怒りに燃える、般若のようだ。

 その様子を静かに見ながら、ミザリーはノエルに聞いた。


「なぜ、家族でベルだけ、無事だったと思われますか?」


「どういう意味だ……?」


 ノエルは顔を上げてミザリーに聞き返した。



「家族を皆殺しにしたのは…………ベルだからです。正確には彼がベルを操り、罪を被せることで自分から目をそらせるためです」



 ミザリーは最後に振り返ると、俺の中にいるベルに話すように言った。




 …………ドクン!




 俺の意思とは関係なく、心臓が強く拍動した。


 ベルか!?


 ベルも怒り、哀しみ、そして自責の念にかられているのかもしれない。


 『混沌の理』は簡単には殺さない。殺してくれと、と言われてもだ。


【賢者】承知しました。部下たちにも共有いたします。


 ああ。


「そこまではわかった。で、俺はそこにどう関係してくるんだ?」


 そう聞くと、ミザリーは一旦深く息を吸った。


「あなたは地球で、彼……いえ、我々のボスと関わりがありました」



「…………は?」



 いや、時系列がめちゃくちゃだ。あいつは3000年間封印されていたんだろ?


【賢者】オブシディアンでの1時間がゲヘナの1ヶ月のように、異なる世界の時系列は、互いにリンクしておりません。


 そうか、そうだったな…………。


「俺と『混沌の理』が知り合いだった?」


「そうです。彼自身まだ気付かれていないようですが」


「どんな関係だ? 俺は地球で何をしていたんだ?」


「彼は地球で人類の脅威となる存在を作りました。それが人類の2億人を死へと追いやった、『マーラウイルス』です」


「マーラウイルス……地球での元凶も奴だったのか」




「ええ、そうです。そしてあなたはそのウイルスを、人類を絶滅できるだけの脅威へと改良し、世界へと解き放ちました」




 以前に聞いたことではある。だがそれでも…………。


「…………」


 しばらくの沈黙のあと、声を発したのはノエルだった。


「こいつが意味もなくそのようなことをするとは思えん」


「その通りです」


 ミザリーは目を伏せ、優しい口調で話す。


「『混沌の理』が起こした一次パンデミックでの抗原に対する抗体を持っていたのは、世界中であなたの恋人、ただ1人でした」


「…………俺の恋人が唯一の抗体を?」


 あの人か…………まだ顔だけがハッキリと思い出せない。


「はい。小柄な女性でしたが人類のためにと、あなたの反対を押しきり、倒れるギリギリにまで自らの血液を国際的医療機関へ提供し続けました」


 ミザリーは淡々と話を進める。


「…………っ」


「1人しかいませんからサンプルは多い方が良いのです。しかも、彼女の血液を一定量輸血した者はマーラウイルスに対する抗体を得ることができました」


「…………そんなことあり得るのか?」


「血液そのものがワクチンとして働いたそうです。当初、医療機関は血液を複製するために動いていましたが、彼らは気付いてしまったのです。感染拡大があまりに早く、複製など到底間に合わないと。それができる頃にはとっくに人類は滅んでいると」


「…………」


「そう気付いてから、医療組織の腐敗はすぐでした。彼らは、提供された血液を自分や家族のために使い、偽物とすり替えては金持ちへ売りさばきました。それでも彼女は彼らを信じ、心身がボロボロになるまで血液提供を続けました。ですが、いつの間にか彼女の血液だけでなく、肉体の一部がウイルスから身を守るための唯一の方法だという尾ひれのついた話がどこからか、ひ、広まり………………」


 ミザリーの声が震えて止まった。

 

「それで? 言ってくれ」


「ある日の夕方でした。あなたは、血液提供で疲弊した彼女を元気付けるべく、行き付けだった洋食店へと外出しました。ですがその帰り、あなたたちは暴徒化した民衆に取り囲まれました。アスファルトの地面に押さえつけられ、もがいて抵抗し叫ぶあなたの目の前で…………彼女は暴徒に何度も殴られ、そして殺されました」


「…………」


「そして、その場で血の一滴、骨の一欠片、臓器や眼球の一部、はたまた衣服の一部までノコギリや刃物でバラバラに解体され…………」


「…………」


「小さく切り分けられ、抗体を欲する者たちに全てを持ち去られたのです。数時間後解放されたあなたには、彼女の毛髪の1本も残されていませんでした」


「…………」


「ですが、その事件と同時期にウイルスが変異して弱毒化が進むと、自然とパンデミックは沈静化されました」


「…………」


「世間は、あなたの大切な人は本物の聖人だったと言いました。全世界の人々の記憶と歴史に残る偉業であり…………誇る、べきだと」


「…………」


「……………………あなたは、全てを憎みました」


「…………」


「あなたは復讐心に駆られました。ウイルスを改造することに残りの人生全てを費やし、潜伏期間、感染力、致死性、薬耐性、どれも史上類を見ないウイルスに改良。躊躇なく世界中にばらまきました」


「…………」


「そして、望み通り人類は滅亡しました。あなたの復讐は成功したのです」


 ミザリーは、俺を哀れみのこもった目で見ていた。


読んでいただき有難うございました。

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