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第156話 新戦力

こんにちは。

ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第156話です。宜しくお願いします。


「っし、レイブンの始末完了」


 バラバラになっても生きていたレイブンだったが、『理』の攻撃が無限ループする部屋ではさすがに生き残れはしない。


 俺の後ろでは『理』の一撃が2度も目前まで迫ったことで、メシアン王とコーネロ兵士長が口を開けたまま白目をむいて気絶していた。


「あとはこの状況をどうするか…………」


 未だに立ち塞がる『理』のウラデル。攻撃を防がれたことを不思議に思うわけでもなく、棒立ちのままだ。思考力を失っているようにも見える。


 俺がいる以上、被害は出させないが…………国が吹き飛ぶような規模の攻撃を連発されるのは気が気ではない。


【賢者】あの首輪を破壊するしかありません。『理』自体に攻撃は当たりませんが、首輪には有効です。


 よし! それなら……。



「…………メシアン王!!!!」



 名前を呼ぶと、ハッと威厳を取り戻したかのように膝立ちになる。


「な、なんじゃああああ!」


「手を貸してくれ」


「む…………」


 そう言って手を差しのべると、メシアン王は俺の手を握った。筋肉質で骨の太いずっしりとしたメシアン王を引っ張って立ち上がらせる。


「ウラデルはあの、首に付けられた魔導具で操られてる……! 俺が奴の気を引くからアレを壊してくれ!」


「ふむ…………そういうことじゃったか。任せろ。元よりワシらの事情、カルコサの者と言えどそこまで借りをつくるわけにはいかん!!」


 前へ出て、5歩の距離でウラデルと向かい合った。


 

「お、おおお? おお……お……?」



 カクカクと気持ちの悪い動きで槌を持ち上げるウラデル。


「ウラデル様! いったいどうなされたのじゃ!」


 ウラデルに対して話しかけるメシアン王。だが反応はない。


 『理』を間近でゆっくり観察するのは始めてだ。よく見れば身体が白くくすんだ半透明をしているが、首輪だけはハッキリと浮かんで見えている。


【賢者】『理』は、我々よりも1つ上の次元に生きています。彼らの攻撃は我々に届きますが、我々から届かせることはできません。


 理不尽過ぎる。そりゃ一方的になるよな。なら、そんな『理』を洗脳するなんて、あの魔導具はどういう仕組みだ?


【賢者】方法や原理は不明ですが、『理』によって洗脳する力が付与された首輪と考えられます。首輪自体は元はただの道具ですから、あれにはこちらの攻撃が当たると考えられます。


 なるほど。


 

「お…………おおお?」



 攻撃してくるでもなく、槌を上げ下げしてはおかしくなってしまったかのように首をかしげるウラデル。


「ウラデル様……もう少しでお助けいたします! おい小僧まだか! タイミングを教えろ!」


 様子のおかしくなった自国の『理』を目の前にしてメシアンが急かしてくる。


「待ってくれ。変だな…………」


 攻撃してこない?


「もう待てんぞ! ワシの心臓がもたんわい!」


 確かに。『理』に立ち塞がるだけでも、並みの神経では不可能だ。


「ドワーフはそんなもんか!」


「ぬぅううう! それを言うのは卑怯じゃろう!」


 半泣きになりそうなメシアン王。


 そう話しているうちに、ウラデルは立ったままヨダレだらだらで動きを止めてしまった。まるでサイボーグのようだ。



「「あれ?」」



 動き始める気配どころか、生きているかすら心配になる。


「動かない…………隙アリだな」


 

 パキンッ!


 

 空間魔法の入り口を動かなくなったウラデルの真下に作る。


「よし!」


 抵抗することなく落下するウラデル。


 そのまま空間魔法の中に入って入り口を閉じた。


「はぁ、はぁはぁ、はぁはぁ…………」


 ドサッと尻餅をついた。


 今になって振り返れば俺やメシアン王の背後の景色がなくなっている。


 良かった、これだけですんで…………。


【賢者】1つの可能性ですが、操縦者がこちらの様子を把握できていないのではないでしょうか。


 いや、だとしたら確実に死ぬまで攻撃するんじゃないか?


【賢者】いいえ、考えてみてください。『理』の攻撃を2発も防げる生き物がこの世に存在すると普通思いますか?


 …………あ、そういうことか! 1発ですら過剰だよな。


【賢者】おそらく敵は我々が死んだと思い込んでいます。


 なるほど。


 

◆◆

 


 俺はメシアン王を連れ、彼らが奇襲のために掘っていた地下に身を隠した。コーネロ兵士長は一度ドワーフ軍の元へ援軍に向かった。


「なんだこりゃ…………」


 この地下は魔導具を使って掘ったということより、横向きの円筒状で壁面は土魔法で固められ、天井の崩壊を防ぐためにぶっとい柱まで立っている。しかも高さ10メートルはある。天井には等間隔に魔石灯がつけられていた。


「ふっ、驚いたか! 掘削から壁面のコーティング、柱の建造までを全自動で行う我が国の魔導掘削機の技術力を! 土砂は内部に格納圧縮され、コーティングと柱に使用! 全く無駄のない…………」


 腕を組み、目をつむっては自慢げに語り出すメシアン王だったが、話が長くなりそうで今は時間がない。


「スゴいのはわかった。そんなことよりな」


「そんなこととはなんだ貴様!」


 カッ! と迫力を出して叫ぶメシアン王。


「はいはい、ちょっと静かに」


 無理やり国王を黙らせたあと、俺の考えを述べた。



ーーーー




「なんだと!? 貴様は我々の中に密偵がおると言うのか!」


 


 説明するなり胸ぐらを掴んできたメシアン王。ガタンという音が長い薄暗いトンネルに反響する。


「ああ。『理』が洗脳の首輪をつけられるなんて、仲間に裏切られたか、騙されたとしか考えられん」


「確かに…………それは、そうじゃが、しかし…………」


 悔しそうに口を次ぐむメシアン王。


「それもここに来て確信した」


「あん? なんじゃあ、そりゃあ」


 片眉を歪ませるメシアン王に、俺はアゴをしゃくって後ろを指した。




「なっ、なぜ王が生きて……!?」




 そう半狂乱でトンネルの薄暗闇から姿を現したのは泥臭い現場に似合わない1人のドワーフ。


 わかりやすいそのひと言で察した。


「おお、ベージェフ宰相! とっくに避難したかと思えばこんなとこにいたのか! さしものお主も我々と一緒に戦いたかったと見える!」


「あ、あああ! もちろん、そうですな」


 ハンカチを取り出して額の汗を拭く宰相。はち切れそうなお腹で高級そうな衣服に身を包み、先陣を切って戦う国王とは違い、いかにもデスクワーク派という出で立ちだ。

 そして焦る様子からさっきとっさに出た言葉が聞かれていないか不安なようだ。


「なぁあんた今さっきの言葉…………なんで王が生きてるとおかしいんだ?」


 そう言うとビクッと肩を震わせた。



「いや…………なっ、なんだ貴様は! 逆賊だ! 国王様! 帝国軍ですよ!」



 宰相は俺を指差して激しく責め立てた。


「それはお前だろ」


「な、なにを!」


「この地下の安全圏から、洗脳したウラデルで国王を殺そうとしていたな? お前が影からウラデルを操っていたんだろ?」



「ち、ちがっ!」



 俺が全部話すと口をパクパクさせた。


「はぁぁぁぁ……………………まぁな、まさかとは思うたが」


 メシアン王は長いタメ息の後、背中の戦斧に手を掛けた。


「お、お止めください国王様! 長年連れ添った私よりも、そのようなどこの馬の骨とも知れぬ逆賊の言葉を信じるのですか!」


 手を突き出してやめてくれと懇願するベージェフ宰相。


「信じるも何も貴様、ウラデル様と同じ首輪を着けてるだろう!」


 そう、宰相はウラデルがつけられていたものと同系統のものを着けていた。


「こっ、これは! ええと、その……!」


「同じものを着けた対象を操る効果があるな。さぁ、あんたはもうおしまいだ。観念して『混沌』の居場所を吐け!」


 『混沌』と言うと宰相は動きを止めた。



「混沌…………? くっくっくっ!」



 デカい腹を抱えて笑い始める宰相。静まり返るトンネル内。


「…………くっくっくっ…………あの方の居場所を!? 貴様らのような低次元な存在があの方にお会いしようなどと笑止千万!」


 開き直ると強気に出てきた。


「頼りになる後ろ楯みたいだな」


「当然だ! 私にはこの国の神がついている! これもあの方のお力だ!」


 そして宰相は真上を向き、地上にいるはずのウラデルに向かって命令した。



「ウラデルよ! こいつらを消せ!」


 

 そう叫んだ後勝ち誇った顔でこちらを見た。


「ふはははは! どうやって『理』から逃げ延びたか知らんがもう助からんぞ! 私の目の前で消し飛ばしてくれる!」


「はぁ…………」


 チラリとメシアン王に目をやると冷めきった目をしていた。


 当然、いくら待てども誰も現れない。






「………………………………ん、ん? んんんんん!?」 






 静まり返る周囲。困惑の宰相。


「ウ、ウラデルどうした? 魔導具の不具合か!?」


 慌てる宰相は震える手でガチャガチャと首輪を外して確認する。


 隙だらけ……!


 一瞬で踏み込む。



 パシッ!



 一般人程度の身体能力しかない宰相の手から、それを奪い取るのは容易いことだった。


「…………は? 私の魔導具が!」


 自分の手からなくなった首輪を探す宰相。


 はい、賢者さん。


【賢者】ありがとうございます。操縦者と被操縦者の魔導具両方を調査してみます。


 空間魔法に収納が完了した。


「終わりだ。全て話してもらおう」


「ひっ!」


 俺が1歩前に出ると宰相は後ろに倒れ、そのままうずくまって頭を抱えた。


「ひ、ひぃいいい!」


 震える宰相を見下ろしては何の感情も湧かない。


 小物だ。奴らに利用された可能性もあるか…………。ここは最も怒りを抱えた国王に頼むか。


「メシアン王、ここは任せる」


「…………おう」


 ミキミキと音を立てそうな恐い顔をした国王は宰相の頭部をアイアンクローのように鷲掴みにする。



「いやっ、いやだ。いやだあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」



 トンネルの中を引きずり見えないところまで行ったかと思うと、耳を塞ぎたくなるような宰相の悲鳴がトンネル内に何度も、何度も、反響した。



◆◆



 5分ほどして両手の親指、人差し指を血塗れにしたメシアン王が戻ってきた。どんな拷問をしたのか、聞きたくない叫び声が聞こえなくなったところ、話したか死んだのだろう。


「それで?」


「おう、すぐに喋りよった。ベージェフはレイブンとずいぶん前から繋がっておったらしい。あの魔導具も奴から受け取ったものだと」


「やっぱり『理』を操れる魔導具だったのか?」


「ああ。にわかには信じがたいが……」


「『理』を手駒に使う、か…………帝国は本気で人間界を取る気だな。他国の『理』たちにも油断するなと通達しないと」


 まるで、この世界が終末に近付いているようだ。


 するとメシアン王が俺の肩を叩いた。


「ん?」


「ユウ、貴様は王国の将軍だそうだな」


「それは…………そうだが、まだ王国が存在したらの話だ」


 あの日、王都が吹き飛んだ時、何人が助かったのだろう…………。


 アリスたちは王都を離れたところだった。アリスたちなら必ず無事だ。そして、すぐに王都の救護に向かったはずだ。

 ジャベールは『弓の理』を察して動いていた。糞真面目なジャベールのことだ。騎士団に属したからには、王族を救うべく動いたのだろう。奴なら生き残っているかもしれない。

 そもそもあれは現実だったのか、受け入れがたい自分がいる。


 俺が考えているとメシアン王が教えてくれた。


「いや…………現在カルコサ王国は王都を西へ移したそうだ。レムリア王都が吹き飛んだのは間違いないが、王国自体はまだ存続している」


「そうか…………」


 良かった。まだ王国は存在してる。でもやはり王都は…………。


「ああ。それを踏まえ、要職である貴様にこの場で宣言させてもらう。我々ドワーフ王国メシアンはカルコサ王国と同盟を組む。何時如何なる時も助け合おう。友よ」


 スッとガッシリとした右手を差し出し握手を求めるメシアン王。


「…………え? んん?」


 いきなりだな。


「断るというのか!?」


 そういう反応を予想してなかったのか、メシアン王は目を見開いた。


「い、いや! 個人的には願ったり叶ったりなんだが、そんな俺個人じゃ決められん」


「なんじゃ、そんなことか。人間はお堅いのぉ」


 ホッとしたように胸にかかったアゴヒゲを撫で下ろすメシアン王。彼は続けた。


「ならここはワシが一方的にカルコサ王国相手に結ばせてもらう」


「あぁそうだな。勝手にしてくれた方が助かる。責任とか負いたくないからな」


「なんじゃ、『理』相手に仁王立ちするかと思えば、こんなことでビビり散らかしよって、度胸があるのかないのかわからん奴じゃ」


「うるせぇ。それで、今頃コーネロさんは軍を率いて国民の救助に?」


「そうじゃ。『理』の余波で帝国軍は半壊せど、まだまだ兵隊どもは残っておったからな。戦を終わらせるためにも指揮する者が必要じゃ」


「そうか」


 まぁ、ゼロやドクロを向かわせたから大丈夫だろう。ベレッタたちもドワーフの避難所へ合流してるころだ。


 何はともあれ、戦争は終わった。


 ちなみに帰り際、色んな箇所の肉を指で千切り取られ生きてるのかわからない宰相が転がっていた。ものすごく痛そうだった。



◆◆



「さて、ひとまずこの国も危機を脱したとこだ。あとは王様に任せてゼロたちと合流して…………」


 地上に上がり国王と別れた後、独り言のように呟いていると


【賢者】ユウ様!


 どうした賢者さん、新手か!?


【賢者】いいえ、吉報です! 2つ目の卵が孵化しそうです!


 2つ目って言うと、ワーグナーの怪しい屋台で買ったやつか! なんでこのタイミングで?


【賢者】はい、それが……卵が先ほどの『理』の攻撃を空間魔法内で食べていたようで。


 アレを食べた…………!?


【賢者】はい。  


 『理』のエネルギーを吸収できるのか……とんだバケモノだ。これはまたクセの強いやつが生まれそうだ。


【賢者】見られますか?


 ああ。



ーーーー



 空間魔法に入ると、中にはウラデルがいた。


 というのも、空間魔法内でウラデルの首輪は賢者さんが解析して外そうとしたが、解析途中で宰相が操縦者側の首輪を自ら外したことで操られた側も自然と外れてしまったそうだ。


「おお、お前が我を救ってくれたのか。『理』ですらない者が我を救ったとは面白い! ここ数千年聞いたことがないな!」


 ウラデルは声色では感心した様子だが、顔と視線はずっと例の卵である。空間魔法の真っ白で平らな床の上に無造作に転がる卵に手のひらを向けていた。


「な、なにをしてるんです?」


 数千年生きた『理』を目の前にすると、自然と敬語が出た。


「何、こいつが自ら我の前に現れた。どうやら腹を空かせていたらしい。だから我という最高級な存在を喰わせておった」


 そう言って卵に優しげな眼差しを向けるウラデル。


 保管していたウラデルの攻撃を食べた卵だ。ウラデル本人の存在が空間魔法内にあることに気がつき、寄ってきたんだろうか。


「いや、でもそんなことすればあなたの命が…………」


 そう言いかけると、ウラデルは被せるようにして言った。


「……優しい若者だな。だがもともと我の命は長くない」


 初めてこちらを向いたウラデルの顔には、陶器に走るように一筋のヒビが入っていた。


「まさか…………操られたことが原因で?」


 頷くウラデル。


「この出会いも何かの運命。我はもう気が遠くなるほど生きた。新たな生命の一部になるのも悪くはない」


 そう笑うウラデル。


「すみません、俺のせいで……」


「いや、若者のせいではない! そもすれば最後の時間も与えられず消滅していたかもしれんのだ」


「そう言っていただけると俺も気が楽になります」


 あの魔導具は『理』をも使い捨てにするのか……『理』と一戦交えるだけでなく、『理』の最後を見ることになるなんて…………。


 ん? 『理』の最後?


「も、もう少し堪えてください! 国王を呼んできます!」


 この国の民は彼を慕っていた。うるさいドワーフだったが、せめて彼にだけは知らせないといけない!



ーーーー



 事態を聞いたメシアン王は、促されるまま空間魔法内のウラデルの前に来てガクンと膝を折った。


「ウラデル様…………!」


 ウラデルを見上げ両手を合わせるメシアン王。


「お主には迷惑をかけたな」


 メシアン王に合わせて屈むと肩に手を置いた。


「いえ、そんな! お、おおお待ちください!」


 ボロボロと大粒の涙を流して泣き崩れるメシアン。


 古くからドワーフの国を護り続けてきた神が亡くなろうとしているのだ。当然だろう。


「もうどうにもならんよ。我が愚かだった」


「そんな…………諦めないでください。な、なんとかならないのですか!」


 せがむように言うメシアン王。


 ウラデルという存在がドワーフたちを支えていたのは言うまでもない。


「無理だ。洗脳が解ければ、歯向かうことも想定されていたようだ。もう身体を維持する力も残っておらん」


 ウラデルの頬が欠けると、床に当たって消えた。


「…………っ!!!!」


 我慢ならんというように、メシアン王は両手の拳を振り上げる。その拳は小刻みに震えていた。


 



 ドゴォォォォオオオオオオオンン…………!!!!





 振り下ろされた拳は空間魔法の床にぶつかり大きく音を立てる。


 だがそれだけだった。メシアン王はそのまま床にうずくまるようにして肩を震わせる。


「ウラデル、様…………長年に渡りメシアン王家を、我らドワーフの民を御守りいただき、ありがとうございました」


「我は何もしておらん。全てはお主らがやったことだ」


 自らが消える。しかし何も恐れていないようにウラデルはメシアン王へ微笑む。


「最後に、若者よ」


 ウラデルは立ち上がって俺を見た。


「はい」


「身体の自由を失っている間、この首輪の作成者の存在を感じた」


「作成者……」


「久々に思い出した。懐かしい顔だ。奴は『混沌の理』。かつて3000年前、世界を滅ぼさんとした厄災だ」


 想像はしていたがやはりそうか…………。


「混沌? そいつがウラデル様を……!!」


 聞いていたメシアン王が悔しさに呻く。


「時間はないが、少しだけ昔話をしたい。聞いてくれるか?」


「もちろんです」


 ここは俺の空間だ。話しやすいよう、白いテーブルと3人分の椅子を用意した。床に置きっぱなしだった卵はテーブルの上にそっと置いてやる。


「ふふっ、粋な計らいだ」


 ウラデルが楽しそうにそう微笑むと椅子に腰かける。それを見て、俺もメシアン王も椅子に座った。


「さて、3000年前に人間界だけではない、全世界を巻き込んだ史上最大の大戦があった。ほぼ全ての『理』が参戦し、当時は『理』として若かった我も加わった」


 『理』が参戦した世界大戦…………よくまだこの世界が続いていたな。


「その時の敵がそいつだったと?」


 相手を答える時、ウラデルの顔は苦痛に歪んだ。


「そう。それが『混沌の理』だ。場所は今のカルコサ王国よりずっと西。魔物の森を抜けた先で、天変地異をも伴う規模の戦だった。奴に洗脳された者もいれば、自ら奴の側についた者もいた。とにかく大勢の『理』が亡くなった」


 その時世界の生き物は気が気じゃなかったはずだ。


「そう。あの戦いは『混沌の理』から世界を守るためであった。だが『理』同士が本気で殺し合えば、脆すぎるこの世はそれだけで終わりかねない」


「そ、それはそうですよね」


 過去に大陸ごと消滅したと聞いたこともある。そんな戦いが何度も行われてたまるか。


「そこで『魔物の王』たちと、この世界の守護者として『守護の理』が現れた。彼らが力を合わせ、世界全体への被害を防いだ」


「『魔物の王』に『守護の理』?」


「そうだ。『魔物の王』については我は詳しくない。だが『守護の理』とは少しだけ言葉を交わしたことがある。『守護の理』である彼女はこの世界を守るために力を注ぎ、その戦いで死んだ。これだけは言える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「そんな隠れた功労者がいたんですね。聞いたこともない話です」


「ああ。名は()()。不思議な人物でな、『理』であるというのに人族と親しくしていた。確か、シル様と呼ばれていたな」

 


 シル様、シル様か…………。

  

 ん? 昔、どこかで聞いたことのあるような…………。



「シル様……」


 俺が思い出そうとしていると


「いや、3000年も前の話だ」


「それもそうですね……」


 どうも脳裏に聞き覚えのある響きだった。


「あの戦で我々は、多大な……本当に多大な犠牲を払いながらも『混沌の理』の肉体の一部を奪い、瀕死の状態にまで追い込んだ」


「奴の肉体の一部…………確か、カルコサ王国に保管されていたという左手ですか」


「そうだ」


「それは王国の『斬の理』は知っていたのですか?」


「彼か。彼は強い。『理』の中でも最上級、我よりも遥か格上の理ではあるが、比較的若い『理』だ。あの戦いの時にはまだ存在していなかった。そんな事実知りもしないだろう」


「それで…………」


 『斬の理』がそれを知っていたなら、『混沌の理』の左手を盗まれることなど起きなかっただろう。


「最後、かの地にシルの命と引き換えに封印した。だがその事実は3000年という月日で伝わることなく忘れ去られていた」


「だが、そもそもあそこまで弱った『混沌の理』が復活できるとは誰も思っていなかった。長い年月でシルの封印が弱まったのか、何者かが手を貸したのか。あるいはその両方か……」


「なら、蘇った奴の目的はわかりますか?」


「わからん…………だが当時、奴は月を下ろすと言っていた」


「月を?」


 夜空を見上げればいつも、嫌でも目に入る巨大な月。あれを下ろすってのはどういう意味だ?


「さぁな、何を差す言葉なのか我々にはわからなかった。それと、あの時と同じなら、今も奴は複数人の『理』を洗脳し、手元においているはずだ」


「厄介な…………」 

 

「若者よ、主には迷惑ばかりかけるが最後の頼みだ。我の同胞たちを解放してやってくれんか」


 元々『混沌の理』とぶつかるのなら、それは最低限必要なことだろう。


「わかりました。でも、解放すればその『理』は…………」


 同じように消えてしまうのだろう。


「気にするな。彼らとてこの世を滅ぼすことは望んでおらん」


 ピシッ!


 ウラデルの上半身を斜めに分断する大きな亀裂が走った。


「フッ、ただやられるのはしゃくだ。我に代わり、奴に一泡ふかせてやれ」


「わかりました」


 今回のことで1つわかったことがある。それは『理』とて無敵ではないということだ。


 『理』の敵は『理』か。


「メシアン王よ。お別れだ。この若者、ユウと共に『混沌』から世界を救え」


 ガラガラと崩れるウラデル。


「ウ、ウラデル様!」


 消え行くウラデル。





 キンッ……………………。





 最後の一欠片が地面に落ちて跳ね返る。


 それが薄くなり消えると同時だった。




 ピシッ!




 机に置いた卵から音がした。


「なんだ?」


 空いた卵の小さな穴。その内側からは矢のような強く白い光が伸びた。


「うおっ!」


 俺とメシアン王は揃って腕で光から目を守る。



「キャウ!」



 声はしたが、姿が見えない。


「なんだ今のは!」


 殻の中を覗き込むと、不思議なことに空っぽだった。


「え、空っぽ?」


 俺が首を傾げると、隣で同じように俺の姿を真似して首を傾げている存在がいた。それは、いつの間にか目線の高さにふわふわと浮かんでいる子犬ほどの大きさの白く透明な龍。


 つい触りたくなり手を伸ばすと、指がすり抜けてしまう。


「な、なんだこの龍…………触れない?」


 何度かしていると、龍はまるで人間が何かを思い付いた表情のように目を少し大きく開けて口を開けた。


 すると、急に来た指の感触。


「キャウ、キャウ~!」


 気持ち良さそうに目をつむって触られるがままにされている。柔らかくすべすべで絹のような純白の体毛がフサフサと生えている。

 大きな目には長く真っ白なまつ毛。胴は長めで背に小さな羽が生えている。


「お、おお! なんだこの生き物は!」


 メシアン王はこのタイミングでこいつに気がついたようだ。いや、そもそも見えていなかったようだ。


「こいつは、ウラデルが最後に命を分け与えて孵化させた龍だ」


「そうか、ウラデル様が…………!」


 そう言いながらメシアン王は生まれたばかりの赤ん坊に跪いた。

 

「おいおい」


 俺がメシアン王をやめさせようとすると、


【賢者】なんと…………!


 どうした賢者さん?


【賢者】これは、『理』と同じ次元に存在している龍です!


 へぇっ!? そ、それは『理』を取り込んだからか?


【賢者】はい、おそらくですが……。私も理解の及ばない存在です。


 でも、その道を極めし者が『理』に至るんだろ?


【賢者】それは低次元の生き物が次元を越えるための条件のようなものです。初めから『理』と同次元で生まれればその限りではないのでしょう。


 はぁ…………だとしても、この愛らしい外見からは想像できないな。


 俺の人差し指に顔をすり付けている。俺を親だと認識しているようだ。


【賢者】物理的な攻撃や魔法も効きませんし、そもそも他の者には見えません。おそらく『理』の中では低ランクに当たるでしょうが、彼らと同じような存在と考えられます。


 まじか…………生まれた時から『理』。


 クルクルと宙返りを繰り返すテンションの高い龍。動いた後には白いモヤのようやものが付いて回っている。


「お前、すごいんだな」


 でもまだ赤ん坊だろう。なら、とりあえず名前が必要だ。


「お前は可愛い過ぎるからカッコいい名前が良いな……なら、『ヴリトラ』にしよう」


「キャウン」


 そう嬉しそうに鳴くと、俺に向かって飛んできた。


「おわっ」


 そして首へ巻き付いた。


 フワフワで不思議な感触だ。かと思えばヴリトラはすぐにスースーと寝息をたて始めた。


 山脈みたいな大きさのユーリカとは正反対だな……。


【賢者】ユウ様。申し訳ありません。ヴリトラですがステータスが読めません。


 うん、なんとなく想像してた。


【賢者】ですが、今後は『理』が敵として現れる可能性があるため、とても役に立ってくれる存在です。


 そうだな。




「ははっ、しかし『理』と同列の龍がペットか……」




読んでいただき有難うございました。


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― 新着の感想 ―
守護の理(・・?ユウがこの世界に来たのと関係あるのかな?
ワンダーランドの頃から見てるけど、やっぱり理の設定が斬新で好き
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