第153話 安堵と動転
こんにちは。
ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。
超遅筆で、申し訳がありません。
第153話です。宜しくお願いします。
「あ、あんたが、絵画あああ!?」
アニーが耳を塞ぐほどの声で叫んだのは、タイミングバッチリにコルトへ帰ってきたカイルだ。
「ええ、わたくしは絵画の魔女『スカーレット』と申します」
胸に手を当て上品に返事をするスカーレット。
「絵画って…………そ、そりゃあ、どういう原理だ?」
さすがのカイルも不思議そうにスカーレットを四方八方から観察する。
「ふふ、無駄ですよ。額縁から外出中はあなた方と何も変わりません」
その場で自慢げにクルクルと回って見せるスカーレット。スカートがふんわりと広がり、今度は華麗にも見える。
「そんなに見たら失礼ですよカイルさん。彼女を援軍として送ると、彼女の絵の所有者から申し出があったのです」
ホッとして座り込んでいたアニーがそう言いながら立ち上がる。
「所有者? 気になるな。何者だ、そいつ」
「いえ、それはお答えできませ…………」
アニーが伏せようとしたところ、
「ユウ様です」
鼻高々にスカーレットは即答した。
「はぁ!? ホント謎だらけな奴だな。今度会ったらとっちめて聞き出してやる」
「ところでカイル様は今までどこに…………」
ボロボロの外套を着たカイルを、今度はアニーが上から下まで見ながら聞く。
「俺か? 俺は修行だ。魔物の森でな。ユウの野郎がしばらく住んでたらしいし、試しに俺も1年くらい暮らしてみた」
「あ……………………あほか!?」
アニーが叫んだ。
「う、嘘だろ…………?」
「あの森で1年も?」
周りで聴いていた兵士たちもドン引きしている。
「いや、最初こそキツかったが途中から慣れた。最後はでっけぇ蛇と1ヶ月くらい闘って…………奴を殺すのにだいぶ時間がかかっちまった」
言われてみれば、カイルのトレードマークの赤髪も髭も伸びまくりだ。
「大蛇って、まさか…………あの大蛇のこと?」
大蛇が何者のことかわかったアニー。かつてユウを襲った大蛇はあまりの巨体のゆえ、時折魔物の森で遠目に目撃されており、コルトの町でも有名だった。
「まぁな。奴のおかげでレベルが上がったんだ」
ニシシと仁王立ちで笑うカイルからは強者の余裕が見てとれた。
「な、なるほど…………だとすれば納得の存在感です」
ある意味納得した様子のアニー。
「通りでわたくしの威圧にも耐えられたのですね」
Sランク以上のスカーレットも納得した様子で笑う。
「ともあれ大変助かりました。お2人には領主に代わってお礼申し上げます」
アニーがペコリと深くお辞儀をした。
するとそこにゾンビのようにフラフラのギルド長がやってきた。
「なぁカイル、いいところに来たな…………助かった」
ガシッとカイルの肩を掴んだギルド長。
「おう、久しぶり…………というか、あんたは老けたな」
そう言っては青白い顔で血塗れのギルド長を見るカイル。
「余計なお世話だ。それより奴らだ。まだまだ集まって来てる。頼めるか?」
瀕死のギルド長を見て、ポリポリと頭をかきながら返事をした。
「ちっ、仕方ねぇな。おいスカーレットさん、あんたも来るか?」
「いいえ、わたくしは一度屋敷に戻らせていただきます」
目を伏せてスカーレットは首を横に振る。
「あ? おい、来ねぇのかよ!?」
「あまり長時間の外出はできないようです」
去っていくスカーレットに代わり、アニーが答えた。
「そういうことか……」
とその時、壁の外側で激しい地響きと光が連続で炸裂した。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォオオオオオンンンンン!!!!
「「「なんだ!?」」」
ギルド長とカイル、アニーが声を揃えて言った。
◆◆
コルトの町が目と鼻の先にまで迫った頃、マリジアたちにも町の現状がハッキリと見えてきた。
「ちょ、ちょっと! さすがにあの数は町が危ないんじゃない!?」
町が想定した処理能力を上回るようにして、群がるローグたちは自分たちで積み上がり、防壁の高さを越えようとしていた。
「あれはまずいね! ちょっと先に行ってるよ!」
そう言って立ち上がったのは少年キッド。元帝国軍の将軍だが、その見た目はただの10才の子どもだ。
キッドはピョンと馬車から飛び下りると、地面を蹴って音速を超える速度でローグの大群へ後ろから突っ込んだ。
生き生きと生命力に満ち溢れた顔で走りながら剣を抜くと、空中で上半身を捻ってエネルギーを溜める。そして、それを解放するように剣を降った。
ドガガァァァァンッ!!
離れた場所からの剣の横振りで、高層ビルでぶん殴られたかのように一斉に吹き飛ぶローグたち。それは宙に舞う水飛沫のようだ。
剣も魔法も少年ながら達人クラスのキッドは、この1ヶ月ほどでマリジアたちから魔力操作を学び、今や実力はSSランクの中でも上位と言ってもいいほどになっている。
「うーん、キッド君の助けはいらないかもね。むしろ邪魔になっちゃいそう」
シャロンが吹き飛び続けるローグたちを仰ぎ見ながら言った。
「た、たしかに…………」
マリジアが頬をひきつらせて同意した。
今度は、キッドは取り囲むように多方向から多属性の魔法をローグの集団にぶつけ、包囲網を狭めていく。激しい爆音と強い光が炸裂しており、皆が目を細める。
「なぁ、あいつ得意魔法ないんじゃなかったか?」
キッドの魔法による弾幕を見ながら、ひきつった顔でオズがマリジアに問う。
「ええ…………特にないって。というか、たぶん全部なんじゃない? 全部」
そうマリジアが答えた眼前で、あらゆる魔法が雨あられとローグたちへと叩き込まれた。
「ばけもんだ。帝国の将軍ってこんな奴ばかりなのか……」
「くそぉ……!」
ガブローシュが拳で馬車の荷台を叩いては悔しがる。
「ガブローシュ、年が近いからってあの子と比較しないの。キッドは特殊なんだって聞いたでしょ」
マリジアがガブローシュをなだめた時、
「皆さんチャンスです!! キッド君のおかげで道が開けました! このまま奴らの隙間を通り抜けます!」
先頭で様子を見ていた御者のエポニーヌがそう言って馬車の速度を上げた。
見れば、平原に立つキッド1人に吸い込まれるようにローグが向かっている。群れのリーダー格がキッドを危険人物と見なしたようだ。
それをニコニコして散歩するように剣を振って歩くキッド。すれ違ったローグは途端にバラけてサイコロステーキになっていく。
「よし! キッドは心配いらない! 皆、気合い入れなさい!」
マリジアが士気を高める。
「「「「了解!!!!」」」」
一番危険な御者をしているエポニーヌの隣にオズが立ち、その後ろにコゼットが杖を構える。馬車の背後はガブローシュが剣、シャロンがメイスを持って身体強化を使う。
そして馬車はローグたちのど真ん中へ突っ込んだ!
◆◆
「あの馬車、ローグの群れの間を突っ切るつもりだぞ!」
「なんだって!? 無茶だ!」
馬車に気付いた兵士たちが慌てはじめる。自分たちの町が襲われている状況で馬車をどうすべきかと兵士たちはギルド長を振り返る。
それを察し、対ローグ防壁に戻ってきたギルド長が兵士たちに向かって叫んだ。
「あれには王族が乗っている! 馬車を全力で援護しろ!」
「「「「お、王族!?」」」」
考えてもみなかったこのタイミングでの王族の来客。途端に兵士たちは戸惑った。
「それだけ王都にも危機が迫っているということだ。何としても守り抜け!」
「「「しょ、承知しました!」」」
戦時中ともあり、王族の存在に使命感と共に士気が上がり活気が増す。
「馬車が通れるだけ門を開け! 内側に水があるのを彼らは知らないはずだ! 至急船を用意し入ったら馬車をキャッチしろ!」
「はっ!」
「なぁ、あの馬車守りゃいいんだな」
状況判断能力にも長けたカイルは、瞬時に自分がどうすべきかわかっていた。
「そうだ。お前も早く援護に向かえ」
ギルド長は真剣に頷きそう言った。
「はいよ」
カイルは赤い刀の鍔に手を掛けながらそう答えると、軽い調子で防壁の外側へと飛び下りた。そして先ほどのキッドの魔法に生き残ったローグの首を次々とを飛ばしていく。
「残り50メートル!」
魔法で馬車を観測していた兵士が叫んだ。
「よし! 門を開けぇ!!!!」
ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ…………。
防壁の内側で2組の兵士たちが同時に歯車を回し、重く分厚い石門がゆっくりと開いていく。
「馬車以外は絶対に通すな!!」
「「「「はっ!」」」」
◆◆
「門が開きました! このまま飛び込みます!」
すでに馬車はローグの群れのど真ん中。御者席で手綱と槍を握りながらエポニーヌは叫んだ!
「行け! 全速力だ!」
御者のエポニーヌを守るために隣に立つオズは、雷魔法で飛び掛かってくる3匹のローグの脳を空中で焼き切りながら叫ぶ。
ローグたちは、より人数の多いコルトの町と、危険度の高いキッドに注意を牽かれ、ギリギリの距離に近付くまでオズたちには気付かない!
「がああっ!?」
馬車に気付いた時には2頭のヴォーグがローグに衝突し、ドカドカと高く撥ね飛ばしていく。
「ははっ、なり損ないのお前らと違って、こっちは本物の獣だ!」
オズがヴォーグを鼓舞しながら、ナイフを投擲していく。雷魔法で操られたナイフは宙を滑るようにして的確にローグの首を胴体から切り離す。
「あれは、カイル!?」
屋根の上にしがみついたローグを身体強化したガブローシュが切り伏せていると、コルトの防壁の前で戦う人物に気付いた。途端にガブローシュの顔に余裕が生まれた。
「コゼット! エポニーヌ! カイルだ! カイルが帰ってきてる!」
カイルの強さを身を持って体感したことのあるガブローシュは、彼がいるだけで力が湧いていた。
「それは恐いくらい、心強い……ね!」
コゼットは風魔法で飛びかかってくるローグを吹き飛ばす。
「味方になるとね!」
エポニーヌは手綱をしっかりと握りしめる。
もうカイルの声が届くところまで馬車が進んだ。ローグたちの死体を車輪が踏み潰し、ガタンッと段差で大きく馬車が跳ねる。檻の中で身体をあちこちぶつけたブラウンが小さなうめき声を漏らす。
突然馬車の動きが鈍くなった。そのことに気が付いたエポニーヌは御者席から馬車の下を覗き込む。
「ねぇ、何か引きずってるみたいな…………あっ、馬車の下にしがみついてる!」
鉤爪になった手を使い、馬車の下にくっついているローグがいた。地面を背中がゴリゴリと擦っても気に求めていない。
「何だって!? どこだ!?」
「ちょうど左後ろの車輪の真横!」
マリジアが場所を知らせるために叫ぶ。
「ここね、任せて!」
シャロンがガタガタと激しく揺れる馬車の上、身体強化を使いながらメイスを振り上げた。そして、馬車の床板ごと
バゴォン!
下にいたローグの頭部をメイスで粉砕した。
「ナイス、シャロンさん!」
とはいえもう馬車はボロボロだ。何匹もローグの身体の一部を引っかけたままガタガタとかろうじて進んでいる。
「お前ら! 今のうちにここから入れ!」
カイルはローグたちを燃やしながら2回刀を振り下ろす!
ボボオオオオオオッッ!!!!
刀の先から炎が地面に2本の線を引くように飛び出すと、そこから2本の炎の壁が生み出された。
これで簡単にはローグたちも近寄れない。その間を馬車が猛スピード駆けていく!
「飛び込めえええええええええええええええええ!!」
馬車はカイルの横を通り抜け、門をくぐった。
「よし! 馬車が入っ…………」
確認した兵士が言い終わる前に、町の側からのカイルの声がそれを遮った。
「早く閉めろおおおおおお!!!! デカイのが来る!」
……ン…………ズォン、ドォン…………!
「おいおい、お前は一体、ステージ何だ?」
あまりにも巨大に進化したローグは、高さ30メートルの対ローグ防壁の上に立つギルド長と目線が同じだ。頭だけが人間の頃の大きさで、豆粒のようにちょこんと肩の上にのっている。
「っ、これはカイルでも…………!」
厳しい、とギルド長が言いかけた時、
ーーーーキランとローグの頭部に金属が光った。
サクッ。
それと同時に大型ローグがグルンと白目をむいた。
「あ! エルフの人だーー!」
大型ローグの頭に剣を突き立て、そのローグの肩に立っていたのはキッド。向かってきたローグどもを皆殺しにし、今はキャッキャと可愛らしい笑みを浮かべてギルド長を指差している。
「は?」
子どもがローグの頭に剣を刺して笑っている…………疑問がグルグルと脳内を回るギルド長。
キッドはそのまま剣を大型ローグの脳天から首まで深く食い込ませ、頭から飛び下りると、そのまま股にかけて自分の体重を乗せながら唐竹割りにする。
ズブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ…………!!
「へあああああああああああああああ!!」
ダァン! とローグの股下に着地した時、大型ローグは左右にベロンと分かれて死亡した。
「おっきいだけだね!」
剣をシュッシュッと2回振って、ローグのどろどろとした黒い血を払うキッド。そして、地面から軽くジャンプをして防壁の上のギルド長の前に立った。
「あなたがここの偉い人?」
キッドはまだ子どもだ。身長差にギルド長を見上げる。だが、今の戦いを見ていたギルド長には見上げるほどの存在に見えていた。
「あ、ああ。防衛の責任者だ…………で、お前は?」
「僕はキッド。元帝国将軍だけど、今は違うよ?」
屈託のない笑顔でキッドは言うが、その言葉にどよめく周囲の兵士たち。
「元帝国将軍!?」
「ギルド長! お下がりください!」
槍や剣を持った兵がキッドを取り囲む。
「やめろお前ら。殺されるぞ……」
ギルド長が兵たちの剣を手で押さえながらそう言うと、彼らは互いに顔を見合わせ武器を下げた。
「『元』……と言ったか?」
ギルド長がキッドを警戒の目で観察する。
「うん! 今はオズたちの友だち!」
ニカッと笑うキッドに、フッとギルド長も力を抜いた。
「なるほど…………」
そう言うギルド長に向かって、門から入ったガブローシュたちが慌てて説明しに走ってきていた。
ーーーー
「やれやれ、おかげでなんとか町が助かりました」
領主のジークは飛び込んできたオズたちに向かって礼を言う。
「いや、それはこっちのセリフだ。助かった。改めて我々を町へ入れてくれて礼を言う」
王族としてオズは謝辞を述べた。
その後ろでは、マリジア、シャロン、ガブローシュ、エポニーヌ、コゼットの5人が長旅の疲れでぐったりと馬車の上で魂が抜けたように横になっている。
外ではキッドとカイルが残ったローグの後始末をやっていた。
「長旅ご苦労様。ほらほら、君たちはあと少しだけ仕事があるよ。馬車をそのままこちらへ移動させてくれ。例の彼を運ばなきゃ」
アニーの言葉でマリジアとシャロンは再起した。
「そうね…………ガブローシュたちはここまででいいわ。護衛引き受けてくれてありがとう」
マリジアがそう言うとガブローシュたちはブンブンと激しく首を横に振った。
「いやいや俺たちだけじゃ、まずコルトまでたどり着けてないですよ!」
「そうです! 何か手伝えることがあれば言ってください」
ガブローシュとエポニーヌに続いてコクコクと頷くコゼット。
「3人ともありがとう。じゃあ、また遠慮なく声をかけさせてもらうよ」
「「「はい! ありがとうございました!」」」
◆◆
それから、オズはジーク辺境伯に連れられ、領主邸に来ていた。
「さて、お疲れのところ申し訳ありませんが、先にお伝えしておきたいことが」
対面に座ったジークは、まずこれだけはと切り出した。どうみても機嫌がすこぶる良い。
「と言うと?」
オズは長旅の疲れを吐き出すように深く椅子に腰掛けながら聞いた。
「王都の防衛戦…………王国の勝利です」
「なんっ…………ほ、ほんとか!?」
それを聞いてオズは立ち上がった。というのも移動し続けてきたオズは連絡をとる手段がなかった。
「はい、つい先ほど入った情報で、間違いありません」
「王都の…………被害は?」
オズの長い前髪の隙間から乞うような目が見える。
「大きな被害はなく、王宮も無事です。ギルガメッシュ、ジャベール、ユウの3人が王都を守り抜き、ユウが帝国軍の総大将ギルガメッシュを討ち取りました。彼らはまさに王国の真の守護者です」
どこか自慢気にジークは言った。
「ユ、ユウが……………………!?」
オズが長い前髪の奥で目を丸くして、口を開けた。オズが見せたことのないような表情だ。オズとて、ユウが強いと言えど、それほどだとは思っていなかった。
「ははは…………あいつ。…………ほんとにとんでもない……でも、ありがとうよ。ユウ」
渇いた笑いをしながら、椅子に座り、顔を両手で覆うオズ。嬉しさが込み上げていたようだ。
「そうか…………王宮の皆も無事か…………!」
その様子をニコニコした表情で見ているジーク。心から安堵できたオズを待ってあげているようだ。
「ですが、王都が無事だろうと、こちらの戦争は終わってません。今や人間界全体に広がろうとしているローグは人類に対する脅威です」
「ああ」
そう言ってオズは弛んだ顔を引き締めた。
「そこでオズ様のご学友であるブラウン君。彼を調べさせてもらえないでしょうか?」
「…………ブラウンを?」
「はい。彼は感染して数ヶ月経過し、多少の変体はあるものの狂暴性が皆無です。彼の意思によるものなのか、何か理由があるのかもしれません」
そう言うジークに対し、オズは首を横に振った。
「どうだろうな……この1ヶ月間名前を呼び続けても反応がなかった。俺もまだ意識があると思いたいが…………」
「だからこそお願いです。彼を研究させてもらえないでしょうか? 他人を襲わない彼からローグたちを大人しくさせるための何かを見つけたいのです」
ジークはそう言って立ち上がると、床にペタッと手をついて頭を下げた。
「これは彼の保護にも、人類のためにも重要です。何卒、お願いいたします!」
「お、おいおい。待て、顔を上げろ」
珍しく慌てたオズがそう言うと、ジークは無言で顔を上げた。そこにいつものヘラヘラした様子はない。
それを見てオズは考えを巡らせる。
「……まず、そもそも俺が決めていいのかわからんが…………いや、そうだな、ブラウンはあんたに憧れていた。それにあいつの性格上、人助けになるなら喜んで協力しただろう。わかったよ。何かあれば俺が責任を取る」
「よかった! ありがとうござ…………」
ジークが立ち上がり、オズと握手を交わそうとしたその時、
カッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……………………!!!!!!!!!!!!!!!!
窓の外から真っ白なまばゆい光が射し込み、2人を照らした。
「何だ!?」
オズとジークは窓に駆け寄り、目を細めて光を見つめる。遠い地で一筋の光が天高く空に向かって真っ直ぐに伸びていた。
それは異常な明るさだった。
「ジーク様! あの光は一体!?」
アニーや他の執事やメイドたちも駆け込んできた。
「わからない、わからないけど…………あの方角は……王都かい!?」
「そんな馬鹿な。ここから王都までどれ程の距離が……」
ジークに反論しかけたオズだったが、ふと1年ほど前の学園長の予言が頭をよぎった。
「まさか、王都が滅びるというあの予言は…………!」
信じたくない気持ちが押し寄せ、オズは息が詰まる。
「はは…………ぼくの嫌な予感は当たるんだよね」
いつも飄々としたジーク。その窓にかける手が震えていた。
◆◆
ーーーーそれから数日後のゲヘナ。悪魔たちの世界。
謎の女ミザリーからティンクトラを受け取ってから1週間は歩き通しだ。だが現実世界では20分も経過していないためか、腹も減らない。そしてノエルは目的地については到着するまで何も言うつもりはないようだ。
時折現れるレッサーデーモンはノエルを見ただけで地面を四つん這いでコソコソと逃げていく。
逆に精神体の俺は格好の獲物らしく、ヨダレを垂らしては遠くから未だに跡を着けてきている。
「今のお前にロクな力はない。1人になれば奴らに喰われ、あちらのお前は廃人になるか、中身に奴らが住み込む」
俺がデーモンに乗っ取られるようやことがあれば、あっちの世界は不味いことになる。それだけは避けないといけない。
「脅しは結構。それで目的地はまだか?」
歩いていると、2、3日前から日本の街並みが現れており、それは目的地に近付いている証拠らしい。
『ビトラス血石』はその膨大なエネルギーと密度ゆえに、血石ができる原因となった事件の中心地とその周辺をゲヘナに影響させてしまうそうだ。つまり、その範囲が広いほど強力な血石で、そして歴史的にも大勢が亡くなる大事件だったと言える。
「もう見えてくるはずだ」
ノエルが先を見ている。
「そういや…………」
どこかデジャヴを感じる街並みだ。
しかし、21世紀の風景だとは思うが、建物がほとんど崩壊しているせいで見覚えがあるかハッキリとはわからない…………。
いや、待てよ。これはデジャヴなんかじゃない。
知っている…………。
「はぁ、はぁ…………なんだ、これ!」
頭に走る鈍痛。
1つ気が付けば、景色に見覚えがある感覚が連鎖してきた。
あれは頻繁に行ったデパートの立体駐車場、近所の塗装の剥がれたペットショップの看板、門だけになったお寺の階段、屋根がなくキッチンがむき出しになった行きつけの豚骨ラーメン屋。
進む度に頭痛が激しくなる。
「そろそろだ」
俺の様子に気が付きながらもノエルは歩を進め、そして立ち止まった。
「ここの、2階の部屋だ」
そこには半壊した2階建てのアパートがあった。角部屋は壁も天井もなくなっている。だが、その部屋は残っていた。
「あ、ああ、…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
胸が熱くなった。
思い出した…………!
「ここは俺が、俺たちが住んでいた…………っ!」
そして、ノエルは感情を表に出すことなくいつも通り淡々と言った。
「ベル様はここに降ったビトラス血石から生まれた」
読んでいただき有難うございました。
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