第150話 広がる侵攻
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第150話です。
人口80万人ほどのドワーフたちの小国『メシアン』は北はカルコサ王国、西は魔界ユゴスに接しており、王国南部とは親密な交流関係にあった。
ドワーフという種族は、500年以上を生きる長寿であり生真面目で製鉄技術や鍛冶技術が優れている。ゆえに高品質なドワーフの製品は高値で取引され、小国ながら多数の国と深い関わりがある。
また、魔法は苦手ながらも人間の5倍の筋力を持ち、軍事力も高く少数ながらも最強と名高い軍を持つ。
「情報によれば最近帝国軍に入ったという7人。全員がかのギルガメッシュに匹敵するときた。いったい、どこから集めてきたのか……」
そう話すのは隻眼のドワーフ王メシアン。
左目は数百年前の魔界ユゴスのオークの国との戦争で失った。顔には蓄えた深いシワと複数の傷痕。口を覆い隠すほどの髭に鋭い目付き、太い腕。自分の体躯の3倍ほどの巨大な戦斧を背負った歴戦の猛者でありながら老兵の貫禄。国民の誰もが認めるドワーフ史上最強の戦士だ。
「わかりません。おそらく時代の表舞台に出ることなく潜んでいたのでしょう」
そう返事するはドワーフ軍のナンバー2、兵士長コーネロだ。外見で判断するならば人間の40歳くらい、誠実そうなドワーフだ。
2人がいるのは自国入り口の峡谷。自然が作り上げた砦だ。その一辺の尾根で地龍にまたがり作戦を練っていた。
地龍は四足歩行で翼を持たないが機動力に優れ、どんな急斜面や足場の悪い崖上でも走り抜けることができる。加えて地龍そのものもSSランクの魔物であり、戦力としても申し分ない。それを操る2人の実力の高さがうかがえる。
「アレは……このワシが初めて見る魔法だった…………」
メシアンの脳裏には、岩石の龍がドワーフの屈強な軍を蹂躙する光景が甦っていた。チラリとコーネロ兵士長はメシアン王の戦斧を担ぐ手が震えるのを見た。
「フッ、まだ震えておるわ」
恐れたことを隠さないメシアン王。
「恐れとは立ち向かっているということ。恥ではありません」
そのようにコーネロ兵士長は言葉を添えた。
アレとは、胴体の『太さ』だけでも直径40000メートル以上。大地から引き剥がされた山脈が、宙を泳ぎ意思を持って襲ってきた魔法のことだ。
襲われている方からは巨大すぎて、ただ空から大地が降ってきているようなもの。長年の厳しい訓練に耐えた、心身ともに強靭なはずのドワーフの兵士たちは、ただ立ち尽くすことしか出来ず、空舞う山脈に押し潰され…………大半が圧死した。生きている者もわずかにいるかもしれないが、掘り出すことすら不可能な深さに埋まっている。
「…………確認できた術者は1人。本当にあのふざけた魔法を1人で放ったというのか」
「ギルガメッシュと同格とは、すなわちそういうことなのでしょう……」
ふぅと空を見上げるコーネロ兵士長。
「奴もまた次期『理』か…………だが理不尽を嘆けば解決するわけでもない…………! 我々はそれを突破せねばならん!」
ビキビキと額に青筋が浮かべたメシアン王は前を見据えて続けた。
「悪い話ばかりでもない。ギルガメッシュは先日のカルコサ王国との戦で行方知れず。噂では死亡したとも聞く。つまり、どんな者でも油断をすれば弱点もある。生きている以上は殺せるとな」
「弱点とすれば…………奴らの兵士たちでありましょうか? 敵将は怪物ですが、兵自体の質は悪く、我らの敵ではありません。足止めにもならないでしょう」
コーネロ兵士長は地龍のたてがみを撫でながらそう言う。
「そうだ。奴が魔術を極めた者だというなら、逆に近接戦闘なら勝機はある。奴の魔法が放たれる前にあの紙のような帝国軍を突破し、直接この戦斧で奴の脳天をかち割って脳漿から髄液まで吸い付くしてやろう」
メシアンは戦斧を突き出す。
実質、2人の乗る地龍ならば帝国軍の間を駆け抜けて指揮官を狙うことも容易だ。
「仰せの通りに…………それに、おそらく消費した莫大な魔力は1日で回復しません。あのような天災級魔法はしばらく使用できないはずです」
コーネロは考えたくない可能性は飲み込んだ。
「その通り。あの魔法で我々を仕留めきれなかったのが運の尽き。今日攻めに転じ、即刻奴の首を取る。カギとなるは突破の速度だ」
ドワーフ軍の本隊。昨日潰された兵たちとは別の、ランクA上位以上の2千の最強の兵たちが今日、出陣する。彼らは全員が騎乗者であり、地竜をはじめとした様々な魔物にまたがる。騎獣の速度とドワーフの腕力を持ち合わせた最強の部隊だ。
「問題は、帝国がアレを戦争に投入した場合か…………」
メシアンの表情が曇った。
「それは、すなわち…………」
コーネロ兵士長がメシアンに聞こうとした時、国王の横から声がかけられた。
「メシアンよ」
声を聞くなり、ハッとした表情で地龍から飛び下り頭を下げるメシアン王。続いてコーネロが驚きの声をあげた。
「ウ、ウラデル様!?」
コーネロ兵士長も慌てて頭を下げた。
「その心配は無用だ…………我が出る」
その言葉で、メシアン王は逆に血相を変えて慌てた。
「…………な、なりません! それは、それだけはっ!!!! この世における禁忌にございます!」
ドワーフの国にも当然『理』はいる。だが、彼らの国において理は『守り神』という扱いを受け、崇め奉られていた。
その『理』であるウラデルは静かに、そして確かな怒りを感じさせて答えた。
「その禁忌を先に犯したのは奴らの方。違うか…………?」
ウラデルの静かな怒りに、国中の生き物が寒気を覚えるる。
「そ、それは…………そうですが」
メシアン王は目を伏せた。
世界の禁忌を犯した帝国は、他国連合によって滅ぼされるはずであった。だが、その連合国すら帝国は跳ね返してしまった。
帝国も各国がそう動くことを予想していたのだろう。おそらく、ここ1週間以内で『理』同士の戦闘が起きたのは1回だけじゃない。この世界がまだ続いているのは奇跡なのかもしれない。
「し、しかし、『理』同士が戦えば、この国だけでなく、この人間界が滅んでしまう可能性が…………」
「覚悟を決めよメシアン。それを危惧する段階はとうに過ぎておる。これからは世界を守るため、我々『理』が動かねばならん」
ウラデルは2000年以上も前からメシアン王国を黙って静かに見守ってきた。
その理が自ら動き、申し出たのだ。
「承知…………しました」
メシアンは、そう言うしかなかった。
そして、人類史に幕を引くことになるかもしれないという覚悟とともに、国を守ることを誓うため言った。
「……ウラデル様、この国を! 民を! どうかお守りください!」
◆◆
ぼんやりとした夢と覚醒の間、最後の記憶を思い出していた。
【ベル】ユウ、どいて! どきなさい!!
ユウが聞いたことがないほど焦りを含んだ声。
呆然と眺めるなか、光に包まれる王都から抜け出すように飛んでくるのは、1本の矢。
ただの矢ではない。『斬の理』と戦う最中、『弓の理』が俺を狙って放ったものだ。
あの理の攻撃だ。とてもじゃないが避けられない。
避けられないのに、当たれば死ぬ。
当たれば死ぬのに、避けられない。
【ベル】借りるわよ!
覚悟を決めた芯のあるベルの声。
その瞬間、身体が動かせなくなった。いや、厳密には違う。俺の身体をベルが動かしていた。
前にベルの力を借りたことがあったが、身体の主導権は俺だった。しかし今はベルに主導権を乗っ取られつつある。
「死ぬのは…………わたしだけで十分!!」
【ユウ】死ぬって…………なんのつもりだベル! ……やめろ!
ギネスが死んだ。
これ以上仲間を失うわけにはいかない。
すると、身体の感覚がさらに変わった。
俺は指一本動かせないが、感じたことがないほどの全能感。
ベルが俺の身体を使って、この世に完全に受肉した。
これがベル、本来の実力か。ワーグナーで戦った時の数百倍の魔力。
だとしても弓の理の矢はこの世の最強最高の矢。避けることはできない。放たれた以上、当たることは必然。
「わたしが代わりに受ける!」
【ユウ】やめろ! 身体を返せベル!
ベルが手のひらを上下に重ね合わせ、開くとその間には真っ黒な闇が広がっていた。
それを理の矢に向かって、弾くようにぶつけた。光が吸い込まれ、ベルが放った闇は周囲の明るさを奪っていくとともに、空間が、景色が歪んでいた。
雲が、平原が、吹き飛ぼうとしている王都までもが、細長く吸い込まれるように歪んでいる。
…………だが、それでもダメだ。感覚でわかる。理の攻撃は、力でどうにかなるものじゃない!
【ユウ】やめろベル!
「ダメよ。『理』と戦えない私たちが、まともにアレを受ければ2人とも死ぬ。だけど、直撃を避ければあなたは生き残るかもしれない」
【ユウ】お前が死ぬことない!
「ありがとね。1年と少しの間だけど、楽しかったわ。私の家族の仇、自分で取れないのは残念だけど、頼んだわよ」
【ユウ】やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ベルと共有していた視界には、理の矢が目の前まで迫っていた。
ーーーーーーーーブツン。
◆◆
テレビの電源が切られたような感覚と共に、今度は浮上していく意識。
ドワーフの娘ベレッタが覗き込むなか、目を開けた。
「こ、ここは…………」
まだ虚ろな目をしたままの青年。だが、ハッと何かを思い出したようだ。
「あ…………ベル! ベル! いるか!?」
仰向けになったまま名前を呼ぶ青年。
「ベル、そうかベルは…………」
手で目を覆ってはブツブツと呟き、何かひどくショックを受けているようだ。
「人間さん、調子はどうだい?」
ベレッタが問いかけた。
すると、手のひらで額を押さえながら青年は身体を起こした。
「いっ……なんだか…………頭がガンガンする、するんだが、なんだか冴えたような……」
ドミニクがベレッタに目線を向けるが、彼女はサッと目をそらした。
「ベレッタ。気付け薬は匂いを嗅がせるだけでも効果があるから、大量に飲ませちゃダメだ。むしろ頭痛だけですんで良かったぞ?」
ドミニクはベレッタを叱るように言った。
「ご、ごめん」
申し訳なさそうにペコッとするベレッタ。
「あんたらが助けてくれたのか。ありがとう。助かったよ」
青年は3人に頭を下げた。
「いいんだ。助け合うのは当然さ。こんな…………ご時世だしね」
ベレッタは少しだけ暗い表情で言った。
「ご時世…………そうか、そうだったな」
青年は表情に影を落とす。そして改めて助けてくれたユウよりも背の低い3人を眺めた。
「あんたら、ドワーフか?」
「そう。ここはドワーフの国メシアンさ。僕がベレッタ、こっちがばあちゃんのトリシャで、この髭が鍛冶屋のドミニク師匠だよ」
「髭…………」
雑な扱いを嘆くドミニク。
「あ、ああ。よろしく。俺はユウだ」
「ユウか、よろしくね」
そう言ってベレッタとユウは握手を交わした。
「な、なぁ、あれからどれくらい…………レムリア王都は、王国はどうなった!? 帝国の奴ら、いや世界の戦況はどうなんだ?」
ユウが質問責めにしようとした時、
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッッ!!
地響きで家が揺れ、皿が食器棚から落ちてパリンパリンと割れ、ドサドサと本棚から本が落下する。
「なんだ? 地震か?」
ユウが天井を見上げる。
「やれやれ、帝国軍がすぐそこまで来ているのかもしれないね」
「帝国! こんなところにまで…………!」
ユウの目がスッと暗くなった。
「ばあちゃん、とりあえずユウも目を覚ましたし、避難しないと!」
ベレッタは荷物をまとめておいた大きなリュックを握って言った。
「そうだね、話はあとあと! お前さん、歩けるかい?」
そう言ってトリシャは歩きやすそうな浅いローカットのブーツを並べて置いた。
「あ、ああ。大丈夫…………」
そう言うが、ブーツを履いてベッドから立ち上がるとフラつくユウ。まだ本調子ではなさそうだ。それにドワーフの家屋は人間にとって天井が低く、中腰にならざるを得ない。
「仕方ない。俺が肩を貸してやる」
そう言うドミニクだったが、背の低いドワーフが人間に肩を貸すのは難しい。
「いや、大丈夫。自分でなんとかできる」
そう言ってユウは額に手を当てブツブツ言うと、淡い光が彼を包んだ。
「これで大丈夫」
無理やりに笑顔を見せるユウだったが、まさに空元気。確かに顔色は良くなったが、口がひきつったままだ。
その様子を見ていたばあちゃんは言った。
「余程ことがあったんだろうね……身体は大丈夫でも『心』はそうじゃない。ほら、一緒に避難所まで逃げるよ。そしたら話くらいなら聞いてあげられるさ」
「うん、話は後さ!」
ベレッタに手を引かれる。
「ほらっ、さっさと行くぞ」
ドミニクに背中を押される。
「あ、ありがとう」
目覚めて初めて和らいだ笑みを見せたユウ。急かされるようにして家を出た。
「こりゃあ、ひでぇ…………」
ドミニクが絶句して言葉を漏らした。
この国の入り口は峡谷は両脇を5000メートルを超える絶壁に挟まれており、帝国軍がどう攻めてこようがここを通らなければならない。だからこそ国王は峡谷に軍を固めて配置していた。
しかし、とんでもなく巨大なドリルが峡谷をまるごと抉るようにくり貫いており、十分な広さの道が生まれてしまっていた。
「あれは…………帝国の、魔力崩…………」
Sランク以上の者が砲弾にされたのか、峡谷を吹き飛ばした後、ドワーフの国の上空を縦断し、取り囲む山脈にも穴を空けていた。
「なんてこった、ぼくたちの国が…………」
ショックで頭を抱えるベレッタ。
「ふん! あれくらい気にすることないさ! 国とは民がいてこそだよ! まずは生き延びることさ!」
トリシャはベレッタを背中を強く叩くと、続けてたくましく言った。
「さぁ逃げるよ!」
ドワーフの避難所は国の地下トンネルをくぐり抜け、自身の国を取り囲む山脈を抜けた先にある。山脈を抜けるまでは数日かかるため、地下トンネルには何ヵ所も休憩所が設置されている。
「まだここから地下トンネルの入り口まで走って5分はかかる! 急いで!」
ベレッタは5分と言ったが、峡谷を吹き飛ばした時に爆風と岩石が家屋を破壊しており、鍛冶屋が多かったこともあってところどころ火の手が上がっている。実際はそれ以上に時間がかかりそうだ。
「あんたら…………いやベレッタたちは俺を助けようとして、残っていたのか?」
「そんなことは今いいから!」
ユウがベレッタに問うも、答えられる状態ではない。ユウはベレッタに手を引かれるまま走る。彼はまだ他のことに頭を取られているようで、こんな状況なのに半分上の空だ。
「見ろ! 帝国の奴らが入って来やがった! まさか、ドワーフ王は破れたのか…………?」
ドミニクが峡谷のあった方を指差した。
「師匠!! 今は自分の心配!」
「あ、ああ」
帝国軍の兵士が国内へ侵攻しているのは見えるが、まだ向こうで激しい戦闘の音も鳴っている。ドワーフ軍が破れたわけではなく、見えるのは隙間を抜けてきた帝国兵たちだ。だが、ドワーフ兵たちは彼らを追う余裕はなく、逃げ損なった民は襲われ血を流している。
「んったく、ひどい状態だ!」
岩に押し潰された家屋の横を走る。
「た、たすけ…………」
絞り出すような声が聞こえた。
「ねぇ! まだ中に人が!」
それに気付いたベレッタが祖母とドミニク、ユウを呼び止める。彼らは困っている人を見捨てられないドの付いたお人好しだ。だが、ここで家屋を掘り起こして中の人を助ければ逃げ遅れることになる。
「ああ、もう早く助けるよ!」
トリシャが潰れた家屋に駆け寄ると、ドミニクもそれに続いた。
「どいてくれ」
ユウが後ろから彼らの肩を引いた。
「後ろに下がって」
「わ、わかったよ」
3人は言われるがまま、彼に何かを感じて下がった。
途端、次々と持ち上げられていく瓦礫の山。特にユウが手を触れているわけでもなく、見えない手によって勝手に動かされているようだ。
「こ、これは…………」
ベレッタたちが驚くなか、中からドワーフの小さな男の子が取り出された。男の子は空中を滑り、ユウの目の前で停止した。
さっきのは振り絞った声だったのか、気絶してしまっている。顔色が悪く汗をかき、息が荒い。すねの骨が折れているようだ。
「……大丈夫」
ユウが足に手をかざすと、骨が動いて正しい位置にハマって接合される。ついでに身体にも手をかざして治療を施していく。すぐに男の子は苦しそうな表情からスースーと寝息をたて始めた。
「お、お前さんはいったい…………高名な魔術士、いや治療士なのかい?」
ユウを見てトリシャが聞くが、すぐに取り消した。
「やめとくよ。野暮なことを聞いたね」
「その子も一緒に早く!」
ベレッタが叫んだ。
振り返れば帝国の兵士が遠くから向かってきているのが見え、全員、避難トンネルへと急いだ。
「そ、そんな…………!」
たどり着いたトンネルの入り口には巨大な岩がぶつかって入り口を崩落させていた。逃げ遅れたドワーフたち百名以上が集まって、なんとか入り口を空けようと躍起になっている。
「どうしよう!?」
「帝国兵が中まできてるよ!」
「大丈夫。ウラデル様が私たちを守ってくれる!」
どうすることもできず立ち往生しているドワーフたち。
すると、空に影が射した。
「なに、なんか急に暗く…………」
一斉に上を見上げると、巨大な1匹の蛇が空にいた。巨大すぎて一見ただの天井のよう。だが、よく見れば蛇の形をとっているのがわかる。
「あれは……この国を囲む山脈か」
メシアン王を取り囲む山脈の一部が、土魔法でメリメリと引き剥がされ、まるで首をもたげた大蛇のように国にいるドワーフたちを見下ろしている。着実に国ごと建物と人を押し潰そうとしていた。
「ひっ、な、なんだあれ…………」
ドワーフたちは声を失いそうになっていた。
「え、嘘だよね? あれ、ここに落ちようとしてるの?? 嘘、え、え!?」
「こんなもの現実なわけあるかい!」
おじいさんドワーフが自らの頬を拳で殴り始める。
「ウラデル様、お願いです! 我々をお救いくださいいいい!」
崇める神に祈り始めるドワーフたち。それとは別に急いで行動に移す者たち。
「早く! 早く瓦礫をどかせええええ! トンネルに逃げ込むぞ!」
「早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く!!」
手から血を流してでも必死にトンネルの入口を掘ろうとする100人近くのドワーフたち。
「お前らも祈ってないで手伝え!」
祈りを捧げるドワーフに、土を投げつけるドワーフ。
「お前たちこそ、祈りが足らない! ウラデル様へ祈るんだよ!」
「馬鹿な年寄りどもが!」
「おい放っとけ!」
掘り進めていくが、大きな岩が出てくると素手ではなかなか進まない。
「何か! 何かもっといい方法はないのか!」
「そうだ! 魔石を仕掛けて爆発させ…………」
「無理だ! 魔石なんて取りに行ってる暇ない! 間に合わない!!」
「じゃあどうするんじゃ!」
「お前も考えろよ!」
胸ぐらの掴み合いが始まるドワーフたち。
「もう、無理だ…………!」
頭を抱えて泣き出す女性。
「そんな…………!」
「どうすれば…………こんなの、どうすればいいんだい!」
掘るのを手伝っていたトリシャたちも、ただ空を見上げて、叫んだ。
「国を守るはずの、山脈が……こ、こんな形で僕たちを襲うだなんて」
ガクガクと膝を震わせて、崩れ落ちるベレッタ。
「これこそ神の怒りだ…………俺たちが悪いのか…………」
ドミニクは空を見て立ち尽くしながら呟いた。
「早く逃げれば良かったんだ…………師匠、ばあちゃん、良い子じゃなくてごめんね」
女の子座りでトリシャにしがみつくベレッタ。
「馬鹿、お前さんは間違ってない! まだ諦めるんじゃないよ!」
そう言ってドミニクとベレッタの背を叩く祖母のトリシャだったが、こればかりはどうしようもない。
ゆっくりと、だが着実に降ってくる山の頂。メシアン国は巨大蛇の影が差し、暗闇に覆われる。ガラガラと山から崩れ剥がれた巨岩が国中に隕石のように落下し、町を破壊していく。
だが、それすら些細なことに思えるほどの山脈の先端が、ついにドワーフたちの頭上100メートルにまで迫った。
ドワーフたちは全員動きを止めて互いに抱き締め合うと、目を閉じて最後の時を待った。
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「ぁ、れ…………?」
だが、その時はいつまで経ってもこない。
ベレッタは顔を上げた。
「え……………………?」
国の上空に広がる透明な天井。
巨大蛇の身体を受け止め、光が波打つような模様を描きながらそこにあった。
「あれは…………なに?」
ベレッタは波打つことで光が反射して見えている透明な天井を目を細めて見た。
「わ、わかんねぇ…………俺も初めて見る。この国にあんな防御機構があるとは聞いたことがねぇ」
腰を抜かしていたドミニクだが、ゴーグルをかけなおして目をこらす。
「そもそも、世界中どこを探せばあんなものを受け止められる防御機構があるんだい!」
「ばあちゃん! でも実際、今そこに!」
「やれやれ、本当に命拾いしたよ。『人助けは自らも救う』とはよく言ったもんさ」
上空を覆う結界を見ながらトリシャは言うと、チラリとユウに目を向けた。
「あれは…………お前さんだね?」
「…………」
ユウは無言で塞がれたトンネルの入り口に手を向ける。
ズゴゴゴゴ。
崩れたトンネル入口が地面から瓦礫ごと持ち上がり、新たな入口を形成した。
「早く逃げてくれ」
ユウは帝国軍がいる方向を睨んだ。そして、奴らの方へ踏み出そうとした時、ベレッタが呼び止めた。
「ユウ、待って!」
「…………ここは危険だ。早く行ってくれ」
ユウが振り返ると、ベレッタは泣きそうな顔をしていた。
「頼むよ。ぼくたちを置いていかないで…………!!」
◆◆
「まさか、わしのウロボロスが止められるとはのぉ…………おかしい。腕が鈍ったかのぉ?」
クルス帝国第三軍レイブン大将はシワシワの手で杖を付き、落ち着いた声色で言った。
「技術力の高いドワーフのこと、規模の大きな都市型の防御機構を用意していたのでしょうか」
「それはないない」
レイブンは年老いた身体で手を振り、続けた。
「タッカー、わしもドワーフじゃぞ? そんなものがあればわしが知らんわけないじゃろう。お前も砲弾にされたいのか?」
機嫌の波が激しい上官に、タッカーと呼ばれた副官はサッと顔を青ざめて片ヒザをついては謝罪した。
「し、失礼しました! あまりに将軍の魔法が素晴らしいので失念しておりました」
「ドワーフは魔法が苦手じゃ。そもそもわしがこの国にいた頃でも防御魔法などはなかった」
淡々と感情を感じさせない声で言った。
「…………」
タッカーは砲弾にされてはかなわないと、震えながら頭を下げたままだ。
「やれやれじゃ、簡単な任務と聞いていたのにこれでは話が違いますぞ主よ。わしは急な予定変更は苦手なんですがのぉ」
レイブンは独り言のように、呟いた。
今回の帝国軍は兵士たちは数を揃えただけで錬度の低い者たちだ。カルコサ王国に敗北するという、想定外の事態に計画は大きく変更を余儀なくされた。
そこに命令を望んだ他の兵がやってきた。
「レイブン将軍いかがいたしましょう! 原因を探るよう指示を出しましょうか」
「ええい、うるさいわい! 今考えとるから!」
そちらを見ずにレイブンは杖で地面を小突く。
「かしゅ………」
地面が円錐形を取り、兵士の下顎から脳天を貫いた。
「ああ、そうじゃ。そうじゃ。まずは原因を探れ」
兵士を殺してる間に次の指示を思い付いたレイブンはご機嫌になる。
「はっ! 承知しました!」
タッカーは震える手で敬礼をした。
読んでいただきありがとうございました。
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