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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第5章 戦争
144/159

第144話 幹部たちの決着

こんにちは。

ブックマークや評価、そして感想をいただきまして、有難うございます。とても励みになります。

毎度更新遅くてすみません。

第144話です。宜しくお願いします。


「ははは! 見えもせぬか!」


 ハルディアは圧倒的な速さで縦横無尽に空を駆け、ゼロを翻弄していた。


 数百年前、元々ハルディアは人間界にあるエルフの里で『瞬精矢』の異名を持った実力者だった。だが停滞主義のエルフに嫌気がさし、相手になる者もいなくなったことで里を出た。そして今の公国でギルガメッシュに出会い、闘いを挑むが圧倒的な力に完敗。部下にスカウトされた。


 ハルディアとボロミアの2人はギルガメッシュがいなければ単独で帝国のトップに立てるほどの怪物である。ただ、ギルガメッシュがそんな2人を優に超える存在だったというだけの話。


「確かに速い。ですが、軽い。これでは羽虫ですね」


 ゼロは空中に浮かびながらめんどくさそうに目を細める。


 自信満々のハルディアだが、彼の風魔法は重拳を使うゼロに片手で散らされ、傷1つつけることが出来ていない。しかし、ゼロもハルディアに攻撃を当てるには大変手間がかかった。


「ふむ…………」


 雷のごとく飛び回る羽の生えたハイエルフであるハルディアを見ながら、慌てることなく顎に手を添えて考える。


「時間を稼げるのはある意味好都合ですが、私にはご主人様の護衛という大切な仕事があります」


 ゼロは防御に使っていた重拳を、ふっ……と力を抜くようにして全て解除した。黒く染まっていたゼロの外見は元通りとなり、これでハルディアの風魔法はゼロに有効になる。

 それを好機と誤解するハルディアは高笑いをして話し出した。


「燃料切れか? 防ぎ続けることはできなかったようだな!」


 高速過ぎて1本の線のようにさえ見えるハルディアは、さらに加速した。そして、一旦ゼロから10キロ以上の距離を取ると、ハルディア自身も風と一体化してゼロの方向へ突進する。



 ゴォオオオオオオオオオオッッッッッッ…………パンッ!


 

 超速で移動したハルディアはゼロの50メートル手前で、破裂音と共にピタリと急制動した。その瞬間、彼が引き連れた大量の風はハルディアの背後から前へ通り抜けゼロへと向かう…………!


 その風たちは1つ1つが透明で、まるで丁寧に作られたガラス細工の槍のよう。


 いや、比喩ではなく、風を金属のように固められるのはハルディアのユニークスキルのようだ。


「ふむ」


 迫るガラスの風を目の前に、ゼロは右手をカーテンを開けるように勢いよく左から右へと払う。




 ガシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャアアアアアアアンンンン…………!!!!



 

 ハルディアの風は耳をつんざくガラスが割れるような高質な音を響かせながら、ゼロの直前で進行方向を変え真横を通り過ぎていく。まるで磁石がゼロに反発しているかのような光景が、しばらく続いた。


「小癪な……!」


 それを見て歯をギリギリと食い縛るハルディア。


「まずはご主人様の技を借ります」


 ゼロは前にバッと両手を突き出すと、手を広げる。


 2人の周囲に数百個の真っ黒な10センチほどの球がボボボボッと現れ、その場に浮遊し始めた。その球は綺麗な球体でありながら一切の光を反射しておらず、空間にポッカリと空いた穴のようだ。


「なんだ…………?」


 眉を寄せて警戒するハルディア。

 ただの脳筋では帝国で今のポジションは得られない。警戒心と冷静な判断力があってこそである。


「動かないなら避けるまでもないが…………」


 ハルディアは慎重に距離を取りつつ、2メートルほどの氷塊を5つ放つ。2つはゼロに当たるコース、そして3つはその間にある重力球に向けてだ。

 風魔法だけでは強者を名乗れない。状況に応じての対応力も彼の強さの一端だ。


 バクンッ…………!


「なるほど」


 そう呟くハルディア。

 重力球に向けた氷塊は消滅。ゼロに向けた氷塊は重力球のそばを通る時に、まるで食い千切られたかのように、一部をえぐり取られた。


「その通り。私の重力球は重力場を3メートル以内に凝縮しています」


 そう話しながらゼロは言葉で罠を張る。


「馬鹿め。ならば3メートル以内に入らなければいいだけのこと」


 ゼロの発言を嘲るハルディアは続けた。


「そもそも忘れたか。貴様の攻撃などはなから当たりはしなかったと……!」


 ハルディアはそう言うと、背後の重力球を警戒しながら風魔法を自分に重ねがけして加速し始める。


 まだハルディアの速度が上がることは驚くべきことだが、ゼロは重力球を避けるように飛ぶハルディアに向かって呟いた。


「おっと失礼忘れておりました。重力球は爆発しますので、ご注意を」


 寸前でゼロは額に手を当て項垂れる演技をしながら、ニコリとそう付け加えた。


「……なに!?」


 ハルディアの脳裏に危険信号が鳴り響いた瞬間、



 バツンッッッッッ!



 彼のそばにあった複数の重力球の重力場は半径10メートルにまで拡大した。


 そして、そのまま一気に周囲を巻き込んで収縮し始める。


 そう、爆縮だ。



 …………ゥゥゥギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!



「ぎぃ、あ゛あああ!」


 ハルディアは右足を根本から重力球に喰われた。きれいにえぐりとられた肉肉しい断面が重力球の脅威を物語っている。遅れて血が遥か下の地上へポタタタッと流れ落ちていく。


「限定された超重力は引っ張るのではなく、引きちぎります。そもそも私が全て話すわけないでしょう」


 ニコニコと解説をするゼロ。楽しそうだ。


 息を荒くするハルディアは血走った目でゼロを睨みながら傷口をギュウウと手で押さえている。


「ぐっ…………く、そがっ!」


 ハルディアは右足太ももの断面からは、血液が流れっぱなしだ。太い血管が多いようだ。


「ほぉ。その傷でまったく戦意が落ちないのはさすがです。ただの羽虫ではないのですね」


 ゼロが感心したように手をパチパチと叩きながら言う。



「黙゛れ゛……!!!!」



 デスボイスのような歪み怒りのこもった声でハルディアは叫んだ。

 みぢっ、と断面の筋肉がより集まって血が止まる。黒魔力による再生能力だろう。それでも受けたダメージはなくなるものではない。

 だがハルディアの様相が変わり始めていた。彼はビキビキ黒い血管を顔に這わし、今までとは違う禍々しい魔力が溢れている。


「ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ!!!! 絶対に、許さん…………!!」


 脂汗を額に浮かべたハルディアが残った左手で天に向け、杖を掲げた。



「く…………た、ばれえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」



 上空から下りてきたのは13本の細く長い竜巻。内部の風速は計測不能。

 竜巻の先端は鋭く全てゼロを向いており、そして何より風の塊であるはずなのに黒く硬質な輝きを見せている。まるで、風の氷柱のようだ。


「これぞ黒魔力を使った最強風魔法! 従来の魔法とは桁外れの威力を持った地獄の竜巻…………! 防御は不可能!」


 黒魔力を燃料に使用した風魔法は、魔法で防げば相手の魔法を侵食し破壊する。そして物理的にも超高威力であるため防げた者はいない。

 だがそれは、黒魔力を手にしたハルディアが今まで相手にしてきた者たちに限っての話だ…………。


 凄まじい嵐のような風が吹き荒れる中、ゼロは口元を手で隠して冷ややかに笑った。


「この程度が地獄とは…………」


 ゼロは2メートルほど前にまで下りてきた竜巻の先端を見て笑った。


「生ぬるいですね」


 ゼロは指揮者のように右手を振ると、竜巻の先端がゼロの目の前で右から左へとクンッと曲がった。


 竜巻はゼロの重力魔法で先導され、そのまま隣の竜巻へとぶつかる。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!


 衝突した竜巻は互いに相殺されてしまった。

 そして、ゼロは右手と左手で舞うような見事な指揮をしていく。



 ヒュンッ、ヒュヒュンッ、ヒュンッ。



 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!!!



 竜巻は互いに擦り合うようにして、消耗し散り散りに消え去ってしまった。


 そして、最後の1つは



 パンッ……………………!!!!



 両手を胸の前で合わせるようにして、巨大な槍のように降ってきた竜巻の先端を挟み潰した。パラパラと落ちていく黒魔力の欠片…………。


「さぁ、これで…………」


 そうしてハルディアの方に顔を向けるゼロだったが、そこに彼はおらず。風に隠れ、いつの間にかハルディアはゼロの脇の下にまで迫ろうかと接近していた。


「罠は相手の予想を上回って初めて罠になるのだ!」


 ハルディアの左手に持った杖を覆うように風が渦巻き、何よりも鋭い剣のようになる。これが本命だったようだ。


 歪んだ喜びに溢れた顔で下から斬り上げるハルディア。


 手刀で受け止めようとするゼロ。


 しかし、



 スパンッ……………………。



 ゼロの右手首が斬り飛ばされた。ハルディアはこちらにもとんでもない量の魔力を集中させていたようだ。ハルディアの風の剣の切っ先はどこまでと伸び、地表をガリガリと数十キロに渡って切り裂いた。


 自分の右手が、雲の下に小さく見える王都へひゅるると落下していくのを見下ろすゼロ。


「おや、とれてしまいました」


 ゼロはまるで他人事のように呟いた。


「ふははは、これで互角だ! しかし、あのような手に引っ掛かるとは、ゼロという名は頭が空っぽだという意味か…………?」


 調子づき、ニヤニヤと嫌みを言うハルディア。


 だが、初めてゼロに傷を負わせ、舞い上がったハルディアは言ってはいけないことを言った。




 ピシッ…………!




 空にヒビが走ったかのような音がした。

 ユウより授かった名を馬鹿にした言葉に、ある人物の怒りで戦場の真上であるにも関わらず、周囲が一瞬静かになった。




「ふっ…………ふっふっふ。…………おやおや……」




 誰もが見たことがない、ニッッッッコリとしたそれはそれは優しそうな笑み。






「はっはっはっはっはっは!!!! はっはっはっはっ、はーーーーっ、はっはっはっはっはっはっは!」






 そして大口を開け、上を向いて爆笑する『ゼロ』。普段の彼を知るものなら、そんな振る舞いをする彼に違和感を感じたことだろう。

 

 額にペシンと白い手袋をした左手を当てる。







「………………殺すぞ?」







 ギロリとハルディアを睨み、低い声ですごむゼロ。


「…………ぅっ!!!!」


 ゾワッと迫る迫力。一瞬でハルディアは気圧された。たらりとこめかみを汗が流れる。


 おぞましいまでの魔力がゼロを中心に渦巻き始めた。周囲は歪み、ゼロは3メートルほどの黒い球体の中に見えなくなった。


「な、なんだあれは」


 ゼロの異変に気が付いたハルディアは、自分が怒らせてはいけない者を怒らせてしまったのだと理解した。


 ガチッ、ガチガチガチガチ…………。


「何の音…………っ!」


 ハルディアは自分が歯を震わせていることに気付いた。


「わ、私のくち!?」


 そのことに驚愕し、口を押さえる。


「ほ、本当に……ただの悪魔か…………!? こんな魔力、聞いたことがない!」


 中心の黒い球体の中にゼロがいることはわかっていたが、ハルディアは怖じ気付いて手が出せない。

 ギルガメッシュの配下になって以来、長らく感じることのなかった『恐怖』という感情。どれだけ小細工を仕掛けようが、全て関係なく破壊する圧倒的な力。


「一旦、下がっ…………は?」


 危険を感じて下がったハルディアだったが、透明の壁にぶつかった。それは全体的に流動的であり、向こう側の雲が浮かんだ景色がぐにゃんぐにゃんと歪んでいるため黙視はできる。

 ゼロの球体を中心とし、外側に半径2~3キロの球体状にその壁は広がっており、ハルディアはその中に閉じ込められていた。


 ハルディアは自分が閉じ込められたことを理解し、その歪みの破壊に挑む。だが、いくら風魔法をぶつけてもカーテンのようにたわむだけで全く効果がない。


「くそっ…………」


 徐々にではあるが外側へ向かって身体を引っ張られ始め、警鐘を鳴らすハルディアの本能。


「ならば…………中心のあいつを!」


 ハルディアはゼロのいる空間の揺らぎが強い方へと向かおうとする。しかし、一向に前に進めない。


「動け、ない!? 外側…………いや内側にも引っ張られ…………!?」


 そう、ハルディアは内と外の両方に向かって引っ張られ動けなくなっていた。


 徐々にミシミシと悲鳴を上げ始めるハルディアの肉体。

 まるで中世の車裂きの刑を前と後ろに向かって全身で受けているようだ。徐々に引き裂かれていくハルディアの身体。


 ぼきょきょ……。


 両腕に肘が7箇所、両足には様々な向きの膝が15箇所生まれた。


「ひぎっ!」


 凄まじい重力に、胸骨や背骨が砕け、骨片が肺や心臓、血管をビリビリに引き裂きながら背中や腹部から飛び出す。それらは中心と外周の壁にぶつかり、粉と化した。


「がっ、がふっ…………」


 それだけで普通は十分死ぬのだが、ハルディアは種族レベル5であり黒魔力も持っている。心臓が引き裂かれようとも、まだ脳は活動していた。だが、運の悪いことにその程度でゼロの怒りは治まらない。


「も、もう…………やめ…………」


 ゼロはこの球体の中に『中心に向かう重力』と『外周へと向かう重力』を発生させている。さらに、対象の身体に対して1センチ四方単位で局所的に重力を加えることができる。

 結果として中にいる者はあらゆる身体の箇所が引き裂かれることになる。




「あ゛、あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…………!」




 天を仰ぎながら、白目を剥いて叫ぶハルディア。




 みぢゅ…………!




 ハルディアは金箔よりも薄くなると、バラバラに引きちぎられた。ハラリハラリと燃えかすの灰のように、血肉、血煙が舞っていく。


 彼は死に絶えた。


 ゼロのいた中心と、外側にできた壁の間にいた者は皆が平等に重力によって引き裂かれる。味方すらも巻き込んでしまう技だ。


 そしてようやく黒球体の中から、ゼロが現れた。



 中には額に手を当て、珍しく落ち込むゼロの姿。



「やってしまいました…………ヨルは巻き込んでいないですね。余計な人を殺していないと良いのですが…………」

 


◆◆



 ボロミアは稀有な龍人族の中でも希少な先祖返りであり、さらにはそれを自分の意思でコントロールするすべを持った数百年に一度の天才とまで言われた龍人族だった。

 だが、彼の村は正体不明の集団に襲撃され全滅した。


 『龍人族』はこの世界でトップクラスの戦闘力を持つ三大戦闘種族の1つである。その村をせん滅できるとなると特定されようなものだが、それでも不思議と犯人は見つからなかった。

 ボロミアは復讐目的で犯人の一味を探すとともに、そいつらに勝てるように世界各国で強者を求めて飛び回り、修行を行っていた。ある日、そんな噂が偶然ギルガメッシュの耳に入り、探すのを手伝う代わりに力を貸せと言われ仲間になった。


 そして今、ボロミアは完全に龍の姿になっていた。元々の赤黄色の鱗に金属質の光沢が加わり、ただでさえ硬かったボロミアだがさらに防御力が増している。加えて、只でさえ筋肉の塊だった人型よりもさらに筋肉の量が増し、丸っこくてずんぐりむっくりとした体型の龍だ。体高は20メートルほど、全ステータス値は激増している。



 ぱちぱちぱち。



「すごい、すごい。もういっかい、やって?」


 ヨルはボロミアの龍形態への変身を何かの芸と思い、ペチペチと拍手していた。


「やるか! 馬鹿め。だがこれで貴様の蚊のような攻撃など効きは…………」


 グルルと唸るように話すボロミア。彼が話す途中、何かに気付いたヨルはピクッと顔を強張らせた。


「あっ…………」

 

 マイペースにボロミアの言葉を遮るヨル。ビキッと龍形態でも器用に、ボロミアは青筋を浮かべる。


「おまっ、またか…………!」


 だが、ヨルはボロミアの話をまったく聞いていなかった。珍しく慌てており、それどころではない様子のヨル。


「これ、かなりまずい。ぜろがおこってる」


 そう。ちょうどその頃、ゼロが自分の名を馬鹿にされ、怒りをぶちまけていた。


 ヨルはボロミアを無視して全力でそこから離れる。


「まきこまれると、しんじゃう」


 ヨルが真剣な表情で風を切るようにビュンッ! と音速を超える速度でゼロから距離をとっていく。


「逃げるな貴様ああああああああ!!!!」


 ボロミアもヨルを追って空を駆ける。空はもはや暗くなり、地表と宇宙の境界線が蒼く輝いて見える。



 バクンッッッッ…………!



 ボロミアの尾の先端を掠めたゼロの攻撃。5メートルほどあった尾の1メートル分を齧り取られた。


「い゛っ…………!?」


 長い龍の首を曲げて自分の尾を見るボロミア。帝国一の自分の防御力を無視する威力に、頭が混乱する。


 そして背後でつくられた謎の球状空間にボロミアも気付いた。そこだけ空間が球状に歪んでいるため、透明であるが目視ができる。


「おしい…………」


 ヨルは、むぅっと爪を噛んだ。


 彼女がゼロの攻撃から逃げたことで、彼女を追いかけたボロミアも巻き込まれずにすんでいた。


「な、なんだこれは! ハルディアは無事なのか!?」


 異質な攻撃に、ゾッと顔に恐怖を映しながらヨルに問うボロミア。


「まだいきてるとおもうけど、もうしぬ。あれは、よるでもやぶれないし、たえられない」


 ヨルは目を伏せてフルフルと首を横に振る。



「貴様あああ!!!! いやっ、だが今は…………!」



 逆上したボロミアは相棒のハルディアを助けるべく、ゼロの作り出した空間に龍の巨体で躊躇うことなく突撃した。




 ドゴォオオオオオン!




 山を崩せるほどの威力があるボロミアの体当たりでも球状の壁は、表面に反射した雲の姿が波打つように揺らぐだけで全く破れる気配がない。弾性を持ち、衝撃に対して高い防御性能を持っていた。


 フルフルと龍の首を振って、自身に返ってきた衝撃から回復するボロミア。


「打撃がダメなら…………」


 ボロミアが首を反らして胸を張りブレスの動作に入った。バリバリッと首から胸にかけて、体内がジワジワと紅く光っているのが鱗を通して見える。紅い稲妻のような炎が周囲に漏れ出ている。


「むだなのに……」


 ヨルはポツッと呟く。




「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」




 龍の雄叫びと共に、ボロミアはゼロの魔法目掛けボウッと火炎を吐き出した。


 特筆すべきはその量。直径2キロ以上はあるゼロの魔法をまるごと包むほどの火炎。真っ青だった空は真っ赤に染まり、夕焼けのように雲はオレンジ色が映えた。上空の温度もどんどんと上がる。


「むぅ、あつい…………」


 直接当たっていないが、それでも焦げるような熱さがボロミアの背後にいるヨルにまで届いた。


 空から見れば、龍の巨体を持つボロミアが、米粒に思えるほどの火炎による超範囲攻撃。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 ボロミアがブレスを吐き終わり、ボボボッッと口から炎が消えていく。


「なんだと…………!?」


 炎の下から現れたのは、何1つ変わらないゼロの魔法。



「…………むり。あれは、よるでもこわせない」



 くすぐるようなそのヨルの声は、まさにボロミアに耳打ちするような位置だった。


「なんっ…………!」


 ヨルはボロミアの首にピタリと張り付いていた。


「離れろ貴様!」


 ブンブンと首を振り回すボロミア。だがヨルはまったく離れない。


「あのうろこ、ない」


 ペシペシと可愛く小さな手で叩いて今度も逆鱗を探すが見つからない。


「この龍の姿に弱点はない! 貴様の攻撃とて傷1つつかぬわ!」


 そう言いながらヨルを剥がそうと龍の姿で手を伸ばすが、ピョンピョンとヨルは避ける。



「ない、の? …………むぅ、もういいや」



 その『もういいや』という軽い言葉にボロミアはゾッとする恐怖を感じた。


「おいっ? やめろ!」



 突然ボロミアの視界半分に写るのは、ヨルの小さく桃色をした唇。



 かぱぁ…………。



 それがゆっくりと開かれ、唾液の糸が滴る小さな牙。



 ぶちゅっ…………!



「ぎぃぃぃぃぃやああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」



 龍化して大きくなったボロミアの右の眼球に、ヨルはその牙で噛みついていた。

 ヨルの恐ろしいところは、普通なら躊躇するはずのことをノータイムでできるところだ。


 そして、



 じゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる…………。



「ぐぅあおあおおおおうおおおおおお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お…………」


「ん…………?」


 ヨルはボロミアに握られるように掴まれていた。だが、眼球から口を離さない。


「は、離れろおおおおお!」



 ブチブチブチ…………!



 ヨルがボロミアの右眼に噛み付いた状態のまま引っ張ったため、眼球とともに視神経もろとも引きずり出され、千切れた。


「食べ損ねた…………」


 ぴゅううううと投げ飛ばされながら、ヨルはボロミアの眼球を空気が抜けペチャンコになったサッカーボールのようなカラカラになるまで体液を吸い付くした。



「ぬぐうおおおおおおおおおお…………!!」



 眼球をくり貫かれ、身をよじらせて苦しむボロミア。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 だが、あのまま身体中の血を全て吸い尽くされるよりかはマシだという英断だった。


「が、外見に、似合わぬ鬼畜め…………先に殺すべきだった」


 息を切らしてそう呟くボロミア。右目にはポッカリと穴が空き、その空洞からはダラダラと血が流れ出ている。


「んん…………もったいないけど、おいしくない…………」


 不機嫌そうなヨルは黒魔力の混ざったボロミアの血液は飲み込むことなく、空中に止めていた。ヨルのピンと立てた人差し指の先に、リンゴ大の赤黒い球体ができている。


「おじさんのち、まずい。だから、もうしんで」


 ヨルは捨てようかどうか迷っているようだ。


「こ、の…………っ。なめるなよ…………? ただ帝国一の防御力があるというだけでNo.3は名乗れんわ!」


 何かの予備動作のように、そう話すボロミアの牙の隙間からは炎が見え隠れしている。



「炎竜……!!」



 その一言と共に、牙の隙間から漏れ出るようにボボボッと口から生まれでた炎。


 一軒家くらいの大きさのそれらは、ボロミアの横に列をなして並び始めた。


「おー」


 また大道芸を観戦するかのようにパチパチと小さな手を叩いて眺めているヨル。


「馬鹿な奴、その余裕はこの先ないぞ」


 ただのメラメラと燃え盛る炎の塊だったものは、徐々に形を変え始めていく。


 それはまるで…………。



「りゅう?」



 ヨルが呟いたように、炎の塊はだんだんと実体を帯び、姿を変える。それはより詳細に、竜の翼や鱗、牙や眼を再現していく…………。


 バサッ!


 最後に翼を開けば、10メートル大の火竜が30頭生まれた。



「「「「グルルルルルルルル…………!」」」」



 全ての火竜がピクピクと口元を痙攣させながら、威嚇の牙をむく。


「べつのとかげ?」


 ヨルは龍と竜の違いがよくわかっていなかった。


 そして、ヨルの視界全てを埋め尽くす火竜の突進。



「「「「ガルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」」」」



 彼らはボロミアの意思を投影し、激しい殺意をヨルに向けていた。


「とかげはひものがおいしい」


 


 バシュンッ!




 ヨルは火竜たちがぶつかる寸前、小さな無数のコウモリとなってバラバラになって避けた。それは遥かにヨルを形作る量を越え、空を埋め尽くすかのごとくだ。

 それらのコウモリが一気に火竜たちに纏わりついた。


 そして






 ぢうぢう。ぢうぢう。ぢうぢう。ぢうぢう。






「「「「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!??」」」」

 

 火竜たちはコウモリに纏わりつかれ、血を吸われていた。


 そして、血を抜かれ干物となってヒラヒラと地上に落下していく。その途中で彼らは火の粉となって、消え去った。


 コウモリは1ヶ所に集まり、再び少女を形作っていく。


「だから、むだだって…………」


 まだ完全に元には戻っておらずコウモリの形をした穴ボコ状態のヨルに、ボロミアの鱗が鋭く尖ったトゲに変形したものが射出されていた。


 

 ドシュシュシュシュンッ……!!



「んっ!」

 

 元に戻る一瞬の隙を、ボロミアが急襲した。


 右手の甲と、色白な左太ももに1センチほどの穴が空くヨル。


「いたい…………」


 ヨルは右手を顔の前に持ってきて、手の甲からポタポタと流れ落ちる自分の血液を眺める。だが、この程度はヨルにダメージにもなり得ない。


「隙をつくのが得意なんでな」


 そう話すボロミアの様子は変わっていた。モヤのような禍々しい黒魔力が全身を覆うと、それが炎のようにユラユラと揺らめき始めた。


「なに、それ?」


 コテンとボロミアを見て首を傾げるヨル。


「ふふふふふ、これは黒魔力の力。今の俺は黒火龍だ」


 火龍からさらに変態を遂げたボロミアは、頭から胴体、手足、尾に至るまで、全身は紅と黒の2種類の炎が燃え盛っていた。むしろ、全身が炎そのものになったようまである。そして、周囲は遥か上空であるはずなのに砂漠ほどの、いや水も沸騰するような気温になっている。


「…………んっ、気持ち、悪い…………」


 ヨルの様子がおかしくなった。うずくまるようにしてお腹を押さえ、吐き気と共に汗をかき、ただでさえ悪かった顔色がさらに青くなっていく。


「その鱗は俺の黒魔力を含む! 貴様の負けだ!」


 ゲラゲラと笑うボロミア。

 豪快で男らしいかと思えば、やり方が地味でこすかった。


「くろ、まりょく…………?」


 苦しそうにしながら横目でボロミアを見る。どこかで聞いたと思い出そうとするヨル。


 ヨルの手と足に刺さった鱗から黒魔力が送り込まれている。それらはヨルの身体を侵そうと血液を通じて上ってこようとしていた。黒い血管がヨルの細く白い腕と足を徐々に登っていく。


「でも、ちをつかってるなら…………」


 ヨルは血液を活動エネルギーとする吸血姫。自分の食料に負けることなどあり得なかった。


「ん…………」


 ヨルは自分の血液を逆流させ、手の甲と太ももの傷口から黒魔力に侵された血液を追い出していく。


 すると顔色も戻り、ケロッと元気になったヨル。


「なっ…………!」


「これ、かえす」


 ヨルが右手をサラリと振ると、今まで流れ落ちた血液が寄り集まって1本の槍を形作っていく。それは、紅く黒い結晶ででき螺旋の模様が入った1メートルほどの槍だ。

 キラン……! と、陽光を受けて濃血色に輝いている。


 ヨルは自然界最高硬度とも呼ばれるアダマンタイトと同じ硬度に自分の血液を固め、武器とすることができるユニークスキル『硬血武器』を持つ。


「しぶといな…………だが、それもこのための布石。これからは火龍状態の俺の本気ブレスだ。貴様は蒸発する!」


 ボロミアは身体中の炎を消し、全てをブレスのために口内に収束させた。そして白く口内が光り輝いた。



 カッッッッッッッッ…………!!!!



 目が眩む熱エネルギーの光線がヨルへと迫る。


 このブレスはユウがコルトで仕留めた火竜がラストに放ったブレスの数百倍の威力を持つ。元々SSSランクのボロミアが龍化し、黒魔力の火龍になって放つブレスだ。ヨルの防御力では儚げな灰すら残らない。


 だがそれは防御力の話だ。



「ん…………!」



 ヨルは手に持っていた血晶の槍を右手で握り、後ろに引き絞ってからブレスに向かって正面から投げつけた。


 ブンッ………………!


 静かに、そして真っ直ぐに飛んでいく槍。それはヨルの手を離れた後も引っ張られるようにどんどん加速していく。


 身体が小さく血の少ないヨルにとって、この技は多用できるものではない分、攻撃力、貫通力、そしてその威力はユウの配下の中でも随一だ。



 バスンッ!



 ヨルの血槍はボロミアのブレスにぶつかるも、雲の中をかき分けるようにして遅くなるどころかまだ加速していく。


 本気でブレスを放つボロミアは発見が遅れ、気付いた頃には眼前30センチの位置にまで来ていた。


「…………はっ?」


 だが、それでもボロミアには帝国『最硬』と呼ばれた防御力に自負がある。


「ふんっ!!!!」


 当たる直前、ボロミアは口を閉じ頭蓋骨で最硬である眉間でヨルの血槍に正面から頭突きを放つ。


 だがぶつかった瞬間。


 ビキッ…………。





 

「ごああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!??」






 白目で悲鳴を上げるボロミア。鱗など意に返さず、頭蓋を血槍が突き破っていた。



 パァン…………ン、ン、ン……………………。



 ボロミアの頭をカボチャのように粉砕したヨルの血槍は、どこまでも飛んでいく。

 

 ブレスの方はヨルに届く前にボロミアが死亡したために途切れ、ヨルは無事だ。



「しゅじんー、つかれた」



 ヨルはひゅっ! と地上へと飛んだ。


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