第142話 ゼロとヨル
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第142話です。宜しくお願いします。
「ぐっ…………うおおおおおおおおおおおお!」
俺は帝国軍の砲撃から王都を守るため、王都の防壁の上に陣取り、縦横5キロほどの巨大な結界を防壁の側面に張っていた。
これだけ広範囲の防御は俺にしかできない。これは俺の仕事だ。
砲撃を受け、ビリビリと振動する結界。
ズッ…………オオオオオオオオオオオオオオオンンンン!!!!
ドォォォォ……………………ン!!!!
ズ…………………………………………ムッッッッ!
絶えず帝国軍から砲撃されているため、視界は常に白やピンク色にチカチカと明滅を繰り返す。眩しさで目を細めるも、もはや肉眼では前が見えない。
「軽々しく兵士たちの命を使いやがって…………!」
B~Aランクの心臓を使っているのか、1発1発が町を吹き飛ばせるほどの威力。中には王都の建つレムリア山に穴を空けそうなものまである。
両手を突き出して、結界を後ろから支えるように触れながら維持に集中する。結界は数十枚重ねており、バリバリと破壊されたそばから結界を追加しなければならないため、集中力と根気が必要だ。
【賢者】ユウ様。
賢者さん、どうした?
【賢者】敵の砲台の強度が高く、ギネス様でも破壊に時間がかかっています。
いつまで経っても砲撃が減らないのはそういうことか。
【賢者】予定どおりドクロを援護に向かわせることを提案します。
わかった。
「ドクロ!」
結界を押さえながら、見ずに左に控えていたドクロに命令を下す。
「承知しました」
胸に手を当てて、腰を折るとドクロはスッと姿を消した。そして右に控えているゼロに声をかける。
「ゼロ、そろそろ俺を直接狙いにきてもおかしくない! その時は頼むぞ!」
「承知しました」
その時、しばし砲撃が止んだ。かと思えば…………。
【賢者】ユウ様上です!
結界を遥か上空から越え、下りてこようとする2つの反応がある。高位探知に触れた感じからして、相当の手練れだ。
だが、ここまでは賢者さんの想定内。
俺が合図する前にゼロは動いた。
「お任せを」
ゼロはバサッと3対の翼を広げると、反応があった真上を見上げる。
若干、膝のタメを作ると、ビュンッと一気に飛び上がった!
瞬時に最高速まで加速。
「「…………んっ!?」」
対象の方から向かってきたゼロに驚く2人の敵。
ゼロは前面に強力な斥力を発生させ、上から下りてくる2つの影に猛スピードで突っ込んだ……!
グッ…………グググゥゥウウンンンンンンンン!!!!
ぶつかった瞬間、空間がユラユラと波のように歪むほどの斥力で敵は上空から下りることができずに、遥か上空へと弾かれていく……!
「「…………なんだこれは!?」」
グルグルと回転しながらゼロに吹き飛ばされていく2つの影。ゼロの斥力の反動がビリビリと離れた俺のいる防壁まで伝わる。
【賢者】ユウ様、ゼロ1人では少し分が悪いかと。
あいつでもか?
【賢者】はい。敵は2人ともSSSランク、加えて黒魔力を持っています。勝てるでしょうが、時間はかかるかと思われます。
部下ですら大将クラスか。誰か………………ゲイルはどうだ?
【賢者】ゲイルとは連絡が取れません。
なんでだ…………。
【ベル】こないだ役に立てなかったことでまだ拗ねてるのよ。
嘘だろ、まだ拗ねてるのか? もう1ヶ月は経つぞ!?
【ベル】馬鹿! 女の子は繊細なんだから!
お、女の子……いやそうだよな。
【賢者】ひとまず代わりの者を呼びます!
でも相手はSSSランクだろ? ヴリレウスでも厳しい……ちょっと不味いな。
【ベル】わかってないわね。自分の部下くらいちゃんと把握しなさい。
へ…………?
【ベル】もう1人とっておきの強い子がいるわ。
ビキッ…………ビキキ、キィィンンンン…………!
ベルの言葉で空間を引き裂いて現れたのは、腰まである月光のような銀色の長髪に、病的なまでに青白い肌、紅い目の華奢な少女、『吸血姫』だ。
靴は履いておらず、裸足に肩の出た白いワンピースを着ている。
見た目はウルと同じ10~12歳くらいの小さな女の子だが、静かでおっとりとしていながら、どこか妖艶な雰囲気がある。ウルとは正反対だ。
「しゅじん……」
ぼそっと小さな声で俺を呼んだ。
そして寝起きなのか、眠そうな目を擦りながら俺を見ると、覚束ない足取りで防壁の上を俺の方へと歩いてくる。
とてとてとて……………………。
歩いてくる姿が愛らしい。防壁の上という絵があまりにも似合わない。
この戦争中にも関わらず癒されてしまいそうだとそう思った時、長く鋭い犬歯を見せながら口を開いた。そして
…………がぶっ。
俺の左の首筋に少女が噛み付いた。皮膚を2本の牙がブツンと貫く。
「え?」
そして、
じゅるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる……!!
仕事終わり1杯目のビールを呷るかのような勢いで、グビグビと俺の血を飲んでいく。
「い゛っ!? がっ、かっ…………か……………………!」
血の気が、さぁ……っと、リアルに引いていく。
「たっ、たんま! たんま……!」
焦って少女の肩を掴み、無理矢理にべりっと引き剥がした。俺の首筋には綺麗に2つ並んだ赤い穴が空いている。
「はぁ、はぁ……」
とりあえず、肩を掴んだまま少女を目の前に持ってきた。
「…………おいし……」
俺に持ち上げられて宙ぶらりんのまま、マイペースに血で紅色になった自分の唇をペロッと舐めている。
「おいし、じゃない……」
…………冗談じゃなく、命の危険を感じた。
話をするために地面にそっと下ろすと
「けぷっ…………」
美味しそうにゲップをする少女。血を飲んだからか、頬を赤らめて大人っぽさが増している。
「しゅじんしゅじんー。ごめん、のみすぎた」
目が覚めたのか、俺の服の裾を摘まみ、引っ張りながらまさに幼子の声で謝っている。
「あ、ああ、大丈夫。……大丈夫だから。次はいきなり飲まないでね」
貧血でふらつきながらヒラヒラと手を振ると、彼女はコクンと嬉しそうに頷いた。
【賢者】ご主人様自ら血を与えるとは、さすがです。吸血姫は強者の血を飲むほどに強くなるため、これで十分以上に戦えるでしょう。
いや、こいつが勝手に飲んだだけ…………。
「なぁ、その……」
少女に目を合わせるべく中腰になった。すると
「ヨル……」
じっ……と俺を見つめてそう言った。
酔ってしまいそうなほど綺麗で、宝石のような血の色の瞳。
「へ?」
「ヨルってよんで」
そう言ってヨルは怪しく目を細め、肩をすくめながら見た目にそぐわない大人びた妖艶さで微笑む。
「わ、わかった。ヨル、ゼロを手伝ってくれるか?」
ヨルはコクンと頷いた。
無言で上を向くと、バサッとコウモリのような透ける薄くて黒い翼を広げる。上空で敵とぶつかり合うゼロの元へ飛んだ。
見上げれば太陽と重なるヨルの姿。
そういや吸血鬼って太陽……。
【賢者】ヨルは吸血鬼の中でも上位クラスです。日光は克服しております。
さいですか……。
まぁとりあえず、頼んだぞ、皆。
俺は俺の仕事をやろう。
◆◆
「ちっ、想像以上に頑丈だな」
ギネスは、さまざまな魔法、弓、槍がドカドカと雨のように降り注ぐ中、それら全てを全く気にすることなく、砲台の上にまたがりスラッと剣を抜く。
そして、頭上に構えてから、一気に振り下ろした。
「せっ!」
バカンッッ………………!!
『魔力崩壊砲』の砲身は縦に真っ二つになる。
彼を止められる者はここにはいなかった。
「これで300門目…………!」
そして割れた砲身から3つの青く光る心臓を取り出す。
「に、逃げろっ!」
「「「「爆発するぞおおおお!!」」」」
それを見た周囲の帝国兵たちは、悲鳴を上げながら慌てて背を向け逃げ出す。
「馬鹿。俺がそんなことさせるか」
ギネスは光が強まりつつある3人の心臓を両手で覆うように抱えた。すると、光が消え、ボロボロと崩れゆく心臓。
ギネスは爆発そのもののエネルギーを吸収した。
「お前らの命、俺が役立ててやるからな」
手のひらから砂のように崩れ行く心臓に、彼は語り掛けた。
ただ問題は、砲身が地殻をえぐる程の爆発力に1度は耐えられるように設計されているため、ギネスとてタメを入れて斬る必要があったことだ。
「うん、良くないな! 効率が悪い!」
そう言いながらも、ギネスは次の砲台を目指して走る。
帝国軍に無数の槍で全身を突かれているが、槍は全てギネスに触れる前に止まってしまうようだ。
「先に捕虜を…………いや、こう囲まれてちゃ全員を守りながら救いだすのは無理だ」
ギネスは1人でぶつぶつ言いながら走る。
上から見れば、ギネスに向かってズゴゴゴゴゴゴ! と掃除機に吸い込まれるホコリのように兵士たちが突撃していくが、ギネスは空いた左手で触れるだけで彼らを紙を燃やした後の灰のようなペラペラの塵に変えていく。
これもユニークスキルの使い方だ。過剰なエネルギーを与えられた兵士たちの身体は崩壊する。それにこうする方が、ギネスもエネルギーを溜め込み過ぎないためにちょうど良かった。
「いや、やっぱり俺が急ぐしかねぇ……! 1人でギルガメッシュの相手してるジャベール、砲撃から王都を守っているユウ。2人とも余裕があるわけじゃねぇ」
そこまで次の砲台を目指しながら考えていると、
ズズッッ…………ズスズ…………ッパァァァァン!!!!
ギネスがいる帝国軍の左翼側ではなく、右翼側で軽い破裂音の爆発が起こった。
「お?」
空中で爆破したのか、白い煙が空中で上がっている。
ギネスは、上空から強烈な重力魔法で、兵士や砲台を空中に浮かべて複数台集め、そのまま超重力でグシャグシャに圧縮破壊するドクロの姿を見つけた。
爆発すらも重力による力業で押し込め、なかったことにしている。
ボロボロのローブを纏って宙に浮かぶその姿は、まるで魔王。
「あいつ、まじかよ…………いや、文句は後で言わせてもらう。右翼は任せた」
そう口に出して走るギネス。
だが敵も馬鹿ではない。雑兵では話にならないことがわかっているため、各国に名を轟かせる武将たちが前に立ち塞がる。
「止まれギネスウウウウ!!」
魔術士が呪文を唱え、杖の柄を地面にダァンと叩きつける。ギネスの前に厚さ20メートル、高さ50メートルの石壁が地面からガコォン! と生えた。
ギネスは鼻でそれを笑うと、速度を落とすことなく壁に突っ込んだ。
「じゃんま」
そう呟き、ぶつかる瞬間にデコピンを壁に向かって弾いた。
ピンッ。
……ドグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン…………!!!!
デコピン1つにも関わらず、石壁全体を巨大なハンマーで殴られたかのように弾け飛んだ。大小様々な欠片となって帝国軍の陣に降り注ぐ。
ギネスが壁を抜け、向こう側に右足を置いた瞬間、足元がカッ! と黄色く光った。
「…………お?」
ブオオオオオオオオオオオ!!!!
突破される前提で罠を張っていたのだろう。ギネスの足元から炎が吹き出した。それもただ炎をぶつける魔法ではない、巨大な火災旋風になるとギネスを焼き焦がそうとしている。
「効かねぇって」
炎の渦を一度も立ち止まることなく、無傷で出てくるギネス。そして、抜け出たギネスに立ち塞がる者が1人。
「我は『帝国最鋭のスパンダ』! 我に貫けぬものはない! さぁ好敵手よ…………!」
そう叫んで立ち塞がるは低く槍を構えた敵将の1人。SSSランクらしき相当な存在感を持つ醤油顔で細身の武将だ。
「せぇい!!!!」
ギネスが近付いた瞬間、自身の精密かつ最速の突きを出す!
だが、ギネスは正面切って走りながら、無言で敵の槍の先端を目で見てから左手でガシッと掴んだ。
「なっ…………!!」
最速の槍の先端を素手で掴まれ、驚愕を顔に張り付ける武将。
「だから邪魔だって…………言ってんだろうが!」
ギネスが目を見開き叫んだ瞬間、
バキ、バキバキバキバキバキ…………!!!!
掴まれたスパンダの槍の先端から何かが伝い、順々にジグザグとグシャグシャに折り畳まれていく槍の柄。
「ぃっ!!!!」
咄嗟に手放すスパンダ。
だが、持っていたスパンダの腕の骨まで、槍と同じように5センチ間隔で何度も細かく左右に折り畳まれながらグシャグシャになってしまった。槍を手放すのが遅ければ身体まで達していたところだ。
「はぁ、はぁ……! わ、我の腕がっ…………」
治癒士が駆け寄り、すぐにスパンダに治癒魔法をかけ始めるが、
「はい、おつかれさん」
ギネスは背面飛びをするような格好で、空中で上下逆さになりながらすれ違いざまに敵将の首を切り離した。
「ひっ、ひいいいい!」
治療していた将軍の首が落ち、治癒士は悲鳴を上げた。土魔法と火魔法を使ってきた魔術士も、ついでで首を落としている。
「「SSSランクの将軍たちが瞬殺……!?」」
「や、やっぱり化け物だ…………!」
彼らからすれば時間を稼ぐつもりだったのだろう。だがギネスは止まらない。いや、止まっている暇はない。
だが、彼らに幾分かの時間をかけたせいか、ギネスが破壊を狙った砲台はまさに砲撃が始まろうとしてた。
「あれは間に合わねぇ……」
ギネスは目標の砲台を睨みながら、踏みつけるように右足でダァンッ!! と強めに地面を叩く。
ドッ…………ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
衝撃が地面を伝わっていく。
それは、何事かとざわめく帝国兵の足元をすり抜け、音よりも速く一直線に砲身に向かった。そして、砲台の真下で衝撃は解放された。
ガガァン!!
砲身は衝撃で真上に弾き飛ばされながらグルングルンと回転し、砲口を南西に向けた。それは、南のカザン公国から来たローグたちが大量に集まり、王都を襲っている場所だ。
「「「「へっ?」」」」
砲身が向けられ、射線にいた帝国兵たちはギョッと目を剥いた。
ドッッッッ…………オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンン!!!!
砲身から放たれた魔力は、帝国兵をなぎ倒すと、射線上にある数十基の魔力崩壊砲、さらには南門前に群がるローグたちをも吹き飛ばして彼方に消え去った。地面には砲弾がえぐりとった深い轍が残されている。
「お前たちの命は無駄にしねぇ。絶対に王都を守り抜いて見せる」
ギネスは、砲撃に利用された王国兵士たちを思ってそう言った。
◆◆
「お2人とも、まずまずですね」
ゼロは両手を脱力してプラプラとほぐすように振りながら言う。
低層雲よりも上空でギルガメッシュの部下の2人と相対していた。眼下には、まさしく真っ白でふわふわのわたあめのような雲が広がっており、地上は見えない。対して、真上には照りつけるような強烈な太陽がランランと眩しく存在している。
相手は白と緑色の民族衣裳を身につけた耳のとがったハイエルフと、上半身が裸の龍人だ。
「帝国軍のNo.2とNo.3である俺ら2人を相手取り、まだ余裕を見せるとはな……」
「なぜだ。なぜ、ただの悪魔がこれほどの力を……」
単純に感心する龍人に対し、思い通りにゼロを仕留められないことにハイエルフは憤りを感じていた。
「これはこれは、ただの悪魔で失礼しました」
ペコリと律儀にもお辞儀をするゼロ。もはや煽っているようにしか見えない。
実際、ゼロは一般的にもほとんど認知されていない伝説の存在『悪魔貴族』である。爵位を持った悪魔貴族は最下級の男爵でもSSランクに相当し、その中で現在のゼロの爵位はーーーー。
「ハルディア、こいつはヤバいぞ。油断するな」
苦々しげにそう言うのは龍人の男だ。
龍人は、外見がトカゲに近いリザードマンとは違う。姿形は人のまま、後頭部から突き出す2本の角に全身を覆う赤黄色の鱗、背の茶褐色の皮膜を持った翼、瞳には爬虫類特有の縦長の光彩。また、全身にボコボコと凄まじく筋肉が盛り上がっており、まるでステロイド漬けのボディビルダーのようだ。
「そうだな。こいつは確実に消すのが今後の世界のためだ」
このいかにもプライドの高そうなハイエルフは、文字通りエルフの上位種であり、背中から白く半透明の1対の羽が生えている。金色の耳飾り、手には魔術士らしく先端に濃深緑の宝石がついた杖を持つ。そして、金髪の長髪はオールバックで、目にも麗しく整った外見をした男だ。
2人は油断することなくゼロを敵として認め、一挙一動を警戒し注視している。
その様子を見て目を細めるゼロ。
「ふむ。慎重なのは良いことですが、私はあまり時間をかけていられませんので……」
にらみ合いを止めてゼロが動こうとした時、雲をボフンッと突き破り、雲の糸をスゥウウと引きながら地上から超高速で飛来する影があった。
ヨルだ。
「あ、いた」
ビュンッ! と目にも止まらぬ速度で飛びながらもどこか眠そうな目のヨルは、直前に上半身に急制動をかけることで、足先に飛んできた速度を慣性で極限に乗せたまま縦に回転させる。
「なんだ!?」
ゼロを警戒しすぎていた龍人は、突如眼下の雲の中から現れたものに焦点を合わせるよりも早く、ヨルの下からのかかと落とし、もとい蹴り上げの直撃を受けた。
ガギッ…………ッッッッ!!!!
鱗とぶつかり硬質な音が響く。
「ぐっ…………重い…………っっ!」
反射的に腕を胸の前でクロスさせヨルの右足をガードするも、勢いを殺しきれない。
「ぬおおおおおおおお……………………!!」
蹴り上げられ、さらに空高く飛ばされていく龍人。
「わ、よくとんだ」
目の上に手のひらでひさしを作り、のんびりと眺めるヨル。
「ボロミア! 貴様ああっ……!」
残されたハイエルフは現れたヨルを睨む。
そんな彼を尻目に、ゼロは到着したヨルに声をかけた。
「ヨル。あなたが来たということは、ゲイルはまだ拗ねているのですか」
「ん」
呼ばれたヨルはゼロの方を向いてコクンと頷いた。
「はぁ、ご主人様に危険が及んでいるというのに……」
ゼロはため息をついた。
「ぜろ、ぜろー、わたしあいつ」
ヨルは飛んで行った龍人を指差した。
「はい、お願いします。気をつけてくださいね」
「ん。ぜろも」
ヨルはギュンッ! と加速すると龍人の男を追いかけて見えなくなった。
「貴様、ゼロと言ったか…………名前持ちとは、ただの野良悪魔ではなかったのだな」
ハイエルフの男はゼロに杖の頭を向けて言った。
「ええ、私にはご主人様がおりますゆえ」
ゼロは憮然として答えた。
「私はギルガメッシュ様の右腕、ハルディアだ」
礼儀正しく名乗るハイエルフのハルディア。
「これはこれはご丁寧に。改めてゼロと申します」
ゼロは胸に右手を当て、腰を折って挨拶した。すると、ハルディアが聞いてきた。
「貴様の主人は、下にいたあの人間か」
「はい。私の主人、ユウ様にてございます」
目を閉じ、さも誇らしげに話すゼロ。
「ふん。…………あの程度の者に仕えるとは、悪魔の世も末だな」
挑発の意味を込めてハルディアは嘲る。
「……………………」
ゼロは無言でニコリと微笑むと、顔の前で拍手をするように1度だけ手のひらを合わせた。
パンッ……………………ッ、ッ、ッ、ッ、ッ…………!
弾ける乾いた音が、むなしく上空の大気に響いたかと思うと、
「…………んぐっ、ぐ…………ぶべへえええええええっ!!」
ハルディアの鼻と口、耳の穴からもブファッと血を吹き出した。美形にしては、かなり不細工な悲鳴だ。
だが落下することなく堪えたところを見ると、致命傷には至っていない。力なくダランと頭を下に長い髪を垂らしながらも、ユラユラ浮かんでいる。
「おや…………生きているのですか? なるほど常駐している風魔法で防ぎましたか」
感情を見せることの少ないゼロ。そんなゼロが実験動物を観察するかのように顎に手を当て楽しそうに言う。
今のは単に重力魔法で挟み込んだだけだ。だがそれも使い手がゼロでは普通ではなくなる。
手を叩く極短時間で発動できる魔法錬度に、硬化させたミスリルインゴットであろうと金箔並みの薄さになる異常な圧力。むしろ、これを受けて生きているハルディアは称賛されていい。
突然ゼロは空を仰いでは、頬に両手を当て絶叫する。
「ああ……! しかしなんということでしょう!! ご主人様を侮辱した者を殺し損ねているなど……自分が許せません!」
それはゼロが久しく見せる感情。ここに彼を知る同じ悪魔の仲間たちがいれば、恐怖することだろう。
「…………きっ、貴様ぁ!」
ダラダラと滝のように鼻血を流しながら顔を上げると、ビキビキとこちらはこちらでキレているハルディア。
「ああ、ですが罪人に何度も刑を執行できるというのも、それはそれで良いものですね」
独り言は止まず、何やら物騒なことを呟くゼロ。
「…………ふん、どうやらイカれてるらしいな」
そう言うとハルディアは右の鼻の穴を指で塞ぎ、フンッともう片方から血を吹き出させると鼻内に溜まった血を抜く。そしてヒラヒラの服で顔の血を拭うと、ハルディアは右手に持った杖を高く掲げた。
「何度でも言おう! あの男に仕えたのが貴様の運の尽きだ! この場所、空は古よりハイエルフの故郷だ。悪魔風情が…………悪魔らしく地獄に落ちろ!」
ハルディアは右手で短く持った杖を、上から真下を指すように大きく振る!
すると突如、
ゴォゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ…………!!!!
ハルディアの魔法でゼロに降りかかるは上空からの下降気流。真下にあった雲の塊は吹き飛び、地上が見えるようになる。枯れ葉ですら鋼鉄塊に突き刺さるレベルの風速。
だが…………。
「化け物が……!」
苛立ちの声をもらすハルディア。
ゼロは臆すことなく右腕を上へと掲げ、落ちてくる天井を押し上げるようにして、平気な顔でそれに抗っていた。
「おかしいですね。あの男の右腕と聞きましたが…………小指の間違いでしょうか?」
眉をしかめるゼロは、先程のハルディアとは反対に、風を斥力で無効化していた。それも余裕がある。ゼロの魔力量があっての技だ。
それを見て、プルプルと震えるハルディアだったが突然力を抜いた。
「ふ、ふふふ、ふふふふふ! …………認めよう。貴様は強い!」
急に上から目線でゼロを評価するハルディア。
「それは光栄ですね」
興味なさそうなゼロ。
「改めて名乗らせてもらう。私は帝国軍No.2『帝国最速のハルディア』。本気の私に攻撃は当たらんぞ……?」
ニヤリと笑うハルディアは、まばたきのうちに50メートルは後方にヒュッと移動していた。移動にも風を使うようだ。
「…………ほう」
感心したように声を漏らしては目を細めるゼロ。
確かに、速度という一点のみはゼロを上回っていた。
だが、ゼロにとってはただそれだけのこと。
「ならば、存分にお相手して差し上げましょう」
◆◆
雲すら存在できない遥か上空。
宇宙の暗黒が頭上にあるほどの高度にて、ヨルと龍人の男は向かい合っていた。男は2.5メートルはあり、135センチほどでやせ形のヨルとは体格にかなりの差がある。
「俺はボロミア。お前は?」
ギザギザの恐竜のような鋭い歯を見せながら、ボロミアはヨルに尋ねた。
「…………」
ヨルはやる気のない目でボーっとボロミアの後ろの星空を眺めている。
「…………ん゛んっ、お前は?」
聞こえなかったのかと、口許に手を当てながら咳払いをして再びボロミアはヨルに聞いた。
「…………」
ヨルは空を見ていると、うつらうつらと眠そうな目になってきていた。
「こっ、この…………! 寝るなガキィいいい!」
キレたボロミアがヨルに突進した。
鋭い龍人の爪を猫の手のように構え、ヨルの顔に向け振り下ろす。
「…………わ」
パチッと目を覚ましたヨルは身を屈めてボロミアの爪をかわす。頭の上を爪が通過していくのを見つつ、小柄な体格を生かしてボロミアの懐に入ると、反射的に至近距離で膝蹴りを打った。
ドムッッッッ…………!
ボロミアの厚い胸板に直撃し、鈍い音を響かせる。
だが、
「む…………やっぱり、かたい」
その手応えにヨルは可愛らしい唇を尖らせて困り顔をした。
「ぐっ……」
ボロミアは衝撃を殺すべく後ろに飛んで距離をとった。
「ふ、貴様程度の蹴りが龍人の鱗を貫けると思うな! 我は数少ない龍人族の生き残りだ!」
そう言いつつも、無意識に蹴られた箇所を手で押さえているボロミア。
「…………」
ヨルはぼーっとボロミアを眺めている。本当に何も考えていない顔だ。
それが何となくわかったのか、ボロミアの額に青筋が1本走った。
「貴様! それよりも、相手が名乗ったら自分も名乗るのが礼儀であろう!」
ワナワナと身体を震わせ、ヨルを指差しながら怒るボロミア。
「………………………………。……………………ん?」
かなり間を空けてからの『ん?』。確実に2人の性格は相容れなかった。
「あ」
ヨルはボロミアが何を言いたいか理解したように、ポンッと手を叩いた。
「そうだそうだ。貴様の名は…………」
ウンウンと腕組みして頷くボロミア。
「こんにちは?」
コテンと首を傾げながら言うヨル。
「違うわぼけえええええええええ!」
ボロミアがキレ散らかし、怒りのままに再び突進した。
今度はボロミアの両手の爪がキリキリキリと伸び、1メートルほどの長さの武器となる。龍人はその肉体そのものが強靭な武器であり防具だ。
彼は直前でキュッとブレーキをかけて身体を回転させると、遠心力に乗せ裏拳の動きで長い爪をヨルにぶつける!
「むぅ…………」
挨拶しただけなのに……と拗ねたように唸るヨルは、ザァッ! と一瞬だけ1体1体が豆粒よりも小さな多数のコウモリになり、ボロミアの長い爪の隙間をすり抜ける!
通り抜けた後は瞬時にビシッと合集し、振り返った体勢のヨルの身体に戻ると、今度はボロミアの背中に向け、思い切り右足をスパァッ! と振り上げる。白のワンピースから見える白くて細い足。再びかかと落としの構えだ。
「効くかバァカめ!」
背中にいるヨルの攻撃を感じとり、防御すべく身体の筋肉を固めるボロミア。
「あ…………」
だがボロミアの身体を見て何かに気付いた様子のヨルは、かかと落としを寸前で止め、その大きな背中に着地するようにガシッとしがみついた。
「ん…………?」
来るはずの衝撃が来ず、疑問に思うボロミア。
そして、可愛らしい掛け声と共に、小さな音がした。
「…………おりゃ」
ベリッ………………………………。
「…………へ?」
それは、人がタンスの角に足の小指をぶつけた時のような、決して想像を下回ることのない痛み。それの数十倍。
ヨルが何をしたのかを理解したボロミアに与えられたのは、
脳が痛みを理解するまで、覚悟を決めるための一瞬の猶予。
そして、
「……………………………………ぎぃっ……………………ぃ、ぃ、い、い…………いいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
突如、痛みを知らせる神経を恨むかのように手のひらを開いたまま爪を立てるような態勢で、口からヨダレを撒き散らし大絶叫を上げながらのたうち回るボロミア。
「おっ、お、俺のっ、俺の、逆鱗をおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ヨルが剥がしたのはただの鱗ではない。龍ならではの弱点、『逆鱗』。通説なら龍の逆鱗はアゴの下だが、それは龍人に限っては違うようだ。
「すきあり……」
ヨルはどや顔でそう呟くと、背中にしがみついたまま、鋭く尖らせた爪をピシッと指を揃え肘を曲げて後ろにスッと腕を引く。
その構えの後、剥き出しになった逆鱗の下、ピンク色の肉目掛け、突きを入れた!
ズブシュッ…………!
「ごぼはぁ!!!!」
今度は激しく吐血するボロミア。
ボロミアのうなじから喉にかけて、ヨルの腕が貫通していた。ボディビルダーのようなボロミアの首は非常に太いため、ヨルの腕は肘まで埋まってしまっている。
「がっ、ごぼっ、ば、ばはあああ!」
口からゴボゴボと血の泡を吐き続けてるため何を言っているのかわからない。
「ち、でたなら、わたしのかち」
ヨルはズリュッと腕を引き抜くと今度は傷口に口をつけ、血液をじゅるるっと吸い始める。
だがここで、ボロミアの血液をひと口含んだヨルはその味に顔をしかめた。
「ぺっ…………おいしく、ない…………」
ボロミアの血液を全て吐き出してしまった。
遥か下、地上へボタボタと落下していく血液。
「…………あ」
後ろの襟をボロミアに掴まれてしまったヨルは声をもらした。
「っら゛ああっ……!」
そのままボロミアがヨルを前方にポイッと投げ飛ばした。
「あー」
軽く投げたようだが、パワーのあるボロミアに非常に華奢で体重の軽いヨルは風を切りながら飛んでいく。
「むぅ」
ピューと投げ飛ばされながらも、口を尖らせて機嫌が悪そうになるヨル。
「ゴフッ、よ、よくも俺の、逆鱗を…………!」
かなりのダメージを受けた様子で息も絶え絶えのボロミア。
「だっ、だが、俺の血は口に合わなかった、ようだな……!」
するとボロミアの皮膚に黒い血管が走り、それはうなじに空いた穴に向かって収束すると、ミチミチとピンク色の肉が盛り上がり再生していく。黒魔力の再生能力だ。
投げられたヨルは、バサッと翼を広げピタリと空中に静止した。そして首を傾げながら、血が美味しくなかったことを不思議に思い呟くヨル。
「どうして…………あ、もしかして……『とかげ』だから?」
このヨルの呟きが聴こえていたようだ。
「ト・カ・ゲじゃねぇ! 龍だ!」
キレて叫ぶボロミアの傷は、最後には皮膚が硬化し、鱗までが再生してしまった。
「なおった。…………どうして? やっぱり『とか…………」
またまた可愛らしく首をかしげるヨル。
「だから、トカゲじゃねぇ! 龍だって言ってるだろうが!」
人の話を聞かないヨルは、無意識に人を煽ることに長けていた。
また、ゼロはしっかりとヨルに黒魔力のことを説明していたが、彼女は聞いているようで何も聞いていなかった。運良くヨルは飲み込まずに血を吐き出したことで影響はなかった。
「ああああいちいち貴様はペースを乱しにくるな! 気に触る奴め! 次は逆鱗など狙わせん。俺は帝国軍No.3『帝国最硬のボロミア』。龍人が龍人たる理由を見せてやる!」
ボロミアの身体が膨張し、変化を始める。服が弾けると、顎はどんどんと前に突きだし、首は長く伸びる。
「わ、おおきい…………」
変化し続けるボロミアを見上げるヨルの首の角度がどんどんと上を向いていく。
そしてボロミアの身体の内部で骨格が組み替えられて鳴る生々しい音。
バキッ、バキバキバキバキ…………。
ボゴボゴ、パキパキ…………ズルリュリュッ。
倍以上の体躯に生まれ変わっていくボロミア。変化が終わり、第2形態になったボロミアは、ニッコリと牙を剥き出しにして微笑んだ。
「さぁ続きを……」
「やだ」
食いぎみで断るヨルに、ビキキキとぶちギレ寸前のボロミア。
配下たちの戦いもまた、加速していく。
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