第141話 王都防衛戦開始
こんにちは。
非常に遅くなり申し訳ありません。
第141話です。宜しくお願いします。
「懐かしいな、この絶っっっっ景…………!!」
王都の西門1.5キロほど手前にて、王都のあるレムリア山を見上げながらギルガメッシュは両手を広げ、王都のガラスがビリビリと揺れるほどの野太い大声で叫んだ。
風でなびくたてがみのような金色の髪、デカイ身体、野獣のような瞳。背後にズララッ……と広がるはフル装備かつ黒魔力で強化された約18万人の帝国兵。
「うるせぇ……絶景だと思うのなら、壊さないでもらいたいな」
おかげでいつまで経ってもアラオザルに帰れない。
西門を出たギネス、ジャベール、俺は帝国軍に立ち塞がる形で彼らを出迎えていた。
「全くその通りだ。このまま回れ下、地獄経由で帰ってくれ」
ギネスが下唇を突き出しながら親指を下に向けて言った。
「誰が帰すか。問答無用全員逮捕だ! だが、王都の牢が足りん!」
憮然と前を向いて、カッと勢い良く話すジャベール。
ギルガメッシュは俺たちの50メートルほど手前で立ち止まった。ギルガメッシュとの間には砂塵が吹き荒れる。帝国軍数万人の視線が俺たちに向かった。
「久しぶりだな小さき友よ……!」
ギルガメッシュがギネスに向かって大仰に言った。
「ん、ユウもあいつと面識が?」
ギネスは小声で俺に言うが……。
「いや、『小さき』ってんだから、どう考えてもあんたのことだろ?」
「ギネスしかおらんだろう」
湿気た表情で俺に同意するジャベール。
「俺かよ……! 好きで小さいわけじゃねぇ……!」
ギネスはブスッと口を尖らせて不機嫌になるが、無視してギルガメッシュは勝手に話し始める。
「あの時の屈辱は忘れもせん。して聞くがギネス…………貴様弱くなったか?」
ギルガメッシュはニヤりとアゴを上げ、ギネスを見下す。
「さぁな、お前が認識できないくらい俺が強くなったんじゃないか?」
眉をハの字にして、顎をしゃくって煽るギネス。
「強がりは見苦しいぞ、小人…………」
「小人じゃねぇ! 俺はギリギリ、に・ん・げ・んだ!」
余程しゃくだったのか、かなり食い気味で被せるギネス。そして、3歩ほど前に歩いて彼は言った。
「それに、お前を友だと思ったことは一度も…………ねぇよ!!!!」
その瞬間、間欠泉のように溢れ出る威圧感。
ドッッ……………………ッッッッ!!!!
ゴウッッッッと粉塵を上げながら広がり、帝国軍に迫るギネスの覇気。まともに喰らえば、並みの兵士たちでは意識を保つことはできない。
「ふん……」
それを鼻で笑うギルガメッシュは、腕を組みながら威圧感を解き放つ。
ズッッ…………………!
2つの覇気はちょうど中間で衝突する…………!
バギッ、バキバキバキバギギギギッッッッ……………………!!!!
2人の人間の存在感のぶつかり合いが、金属を引き裂くような音を立てる。ギネスは淡い青色、ギルガメッシュは淡い赤色のオーラだ。
バス、バシュンッ…………!!
2人の威圧に吹き飛ばされた小石は、互いの境目で擦り潰され散り散りの砂になっていく。そして、切り裂かれるように地面がバキバキと割れ始めた。
「…………っ! いきなりか!」
腕で顔を庇いながら、じりじりと数歩後退した。境目では空気の摩擦で時折バチバチと雷が光り、ギネスの小さいはずの背中が巨人のように大きく見えている。
そしてギルガメッシュもヤバい……やはり今までの奴らと次元が違う。ただこれも2人からすれば、普段抑えていた分を解放しただけに過ぎないのだろう。
ふぅーっと深呼吸をし、頬をパシンと両手で叩くと自分の役割と目的に全神経を集中する。
「捕虜とアリスたちは…………」
龍と虎のような巨大な覇気のぶつかり合いの、さらに背後に意識を向ける。
帝国軍後方には、数匹の地竜に引かれた巨大な動く監獄のような物体がある。何層にもなっており、王国軍の兵士たちが囚われているようだ。
王国軍がいるとすればあそこか……?
【賢者】ユウ様、アリス様たちらしき魔力の居場所を突き止めました。さらに後方、小型の牢の中です。
どうだ!? あいつら無事か?
【賢者】無事です!
無事、そうか…………!
無事か……………………。
良かっっ…………たぁ………………!
「ははっ…………」
うっすら涙と笑いが出た。
身体の力がフニャりと抜け、膝からぐにゃっと崩れそうになる。この1ヶ月心配し続けたメンタルは、疲弊という言葉では足りなかった。
【ベル】ユウ、ここからよ!
ああ…………!
そう、ここからアリスたちと王国軍を救出しなきゃならない。過去最高難度のミッションだ。
とそこでジャベールが半歩俺に近付いた。
「…………おい、あとどのくらいだ?」
ビリビリと大気を震わせるギネスとギルガメッシュの衝突を横目に、小声でジャベールが聞いてくる。
「あと、鐘の音4分の1回だ」
予定時刻まで、残り15分くらいだ。
「そうか。なら後ろに下がっていろ。アレに直接さらされれば、貴様でもただではすまんぞ」
ジャベールは気を利かせてくれたのだろう。アレとはギネスとギルガメッシュの覇気のことだ。
「そうだな。だがまぁ、今のうちに部下を呼んでおくとするよ」
空間魔法に繋げる。
ビキキキッ…………!
俺の両脇に3メートルほどのひび割れが縦に走ると、2つの影がザザッと現れた。
「ご主人様」
「主よ」
跪いて頭を垂れたのは、悪魔貴族とエルダーリッチ。
「お前ら、合図があるまで待機だ」
「「承知しました」」
SSSランクの少数精鋭。ゼロは翼と尻尾を隠しているので燕尾服を着た執事にしか見えない。そして、ドクロはボロボロの大きなローブを被ってもらうことで、雰囲気のある魔術士に見える。
ユーリカは神獣から受けた傷が深くまだ完治には至っていないため留守番。ただ、万が一の時はお願いするつもりだ。
「ふん、なかなか骨がありそうな奴らだ」
珍しく他人を誉めるジャベール。そして顔を上げ、目線を遠くへ向けて呟く。
「……ローグも見えてきたな」
ジャベールが目を向ける先には、幅広く土煙が上がっている。ローグの大群が押し寄せて来ているのだろう。
「ああ、ギネスの時間稼ぎもそろそろ限界だ。ただ、その前にギルガメッシュにひと言ある」
前に向かって歩き始めた。進むにつれ、ギルガメッシュの威圧がさらに強くなる。
「っ…………!」
今の俺からすれば、まるで吹雪の中、素っ裸で足を踏み出したようなものだ。
「…………?」
ふと、威圧が和らいだ。無意識に下を向いていたことに気付き、顔を上げると、
「お前ら……!」
ゼロとドクロが両手を突き出して俺の前にいた。まるで、雨をしのぐ傘のように威圧を一部防いでくれている。
待機だって言ったのによ…………。
頬が緩む。
「ご主人様、正念場です。勝ちましょう」
振り向いてニコリとゼロはそう言い、ドクロは黙って頷く。
気を引き締め、しっかりと地面を踏みしめた。そして、ギルガメッシュに向けて叫ぶ。
「俺はユウ! 仲間を、取り返しにきた……!!!!」
俺の言葉にギルガメッシュは金色のアゴヒゲを触りながら考える。
「…………ユウ? ああ、お前がユウか!」
ギルガメッシュはすぐにわかったようで嬉しそうに歯を見せた。そして続けた。
「あの威勢の良い5人組だな…………なかなか骨のある連中だった。まだ元気だ。望み通り返してやってもいい」
「本当か? やけに素直だな…………」
絶対に何か条件がある。
「ただし、貴様が俺に負ければ奴らは黙って『魔の人』になる。そういう約束だ。…………さぞ強力な個体が出来るだろうな。今からでも楽しみだ」
ニマーッと目を細め、嬉しそうな無邪気な表情を見せるギルガメッシュ。
その言葉に、ローグにされた5人の姿が脳裏に浮かんだ。
「させるわけねぇだろ…………!」
低く唸るような声が出た。
「かっかっか! まずはお前に俺の前に立つ資格があるか、試してやろう!」
ギルガメッシュは笑いながらサッと横に退いた。
背後にあったのは、いつか見たことのある土属性の魔石が砲身にびっしりと貼り付けられ強化された砲台。そして、爆発的に高まる砲身内部の魔力。
「ドクロ、ここはご主人様が出なければならないところです」
「ふん、わかっておる」
ゼロがドクロにそう言い、2人は背後に下がった。
目の前が魔力の砲弾に真っ白に染まった。その砲弾に使用されたのは、威力からしてAランク冒険者10人分ほど。これでも十分王都に大穴が空く。
だが、
「その程度で…………っ!」
魔力など必要ない。斬れるという確信を持って黒刀を振り下ろした。
ズパン……………………ッッッッッッ!
左右に分かれ、轟音を立てながら王都の上空を飛んでいく魔力の塊。しばらくして、空を白い光で埋め尽くした。
「「「「あ…………アレを斬った!?」」」」
驚いたのは、帝国軍も王国軍も両方だった。
成長しているのは俺だけじゃない。この黒刀だってそうだ。刃こぼれ1つなく、あの程度であれば造作もない。
「ふん、少しはできるようだ」
ギルガメッシュは、楽しそうに笑う。
と、そこで後ろからバシンと頭を叩かれた。
「って!」
振り返るとギネスがいた。
「お前の出番はまだだろ!」
「すまん、つい……」
後頭部をポリポリとかく。
「しかし今のが噂の兵器だな。あの威力を連発できるとなりゃ、確かに厄介だ。実際に見られたから良しとするか」
そう言ってギネスは俺にチラリと目線を送る。
「かっかっか! これぞ帝国の新兵器『魔力崩壊砲』だ。課題は弾薬だったんだが、たまたま良いのがたんまりと手に入ったんでな。今から、我が国の技術を堪能させてやろう……!」
そうだ…………あれには弾がいるはず……!
「さっさと歩け!」
声がした方に目を向ける。
「…………い、いやだぁ!!」
後ろで手錠をされた名も知らない王国兵士が暴れながらも帝国兵士2人に両脇を抱えられ連れてこられた。
もう1人が見覚えのある注射器を首筋に近付けていく。
あれは…………っ!
「や、止めてくれぇ!」
それが何なのかわかっているかのように、兵士は泣きながら絶望したような表情で叫ぶ。
「待て!」
駆け出そうとすると、ギルガメッシュと目があった。
「止まれ!」
ギネスに肩を掴まれ、ぐいっと後ろに引っ張られた途端、
ドンッ…………!
目の前の地面に底の見えない1メートルほどの穴が穿たれた。どうやらギルガメッシュが何かしたようだ。
まったく、見えなかった…………。
「黙って見てろ」
さすがに目の前にギルガメッシュがいては、うかつに動けない。
「くそっ」
その瞬間、
カシュンッ。
聞いたことのある耳障りな音が鳴り、何やら黒くドロドロとした薬品を王国兵士の首筋に射った。
その兵士はガクンと頭を下ろして脱力し、そして……。
ビクンッ!
「いっ、ぎぃぃぃいいいいいいいいいいい!!!!」
ビキビキビキっと歯を食い縛って身体を仰け反らせる兵士。首筋の血管が黒く隆起し、打ち込まれた薬品が血管を通じて流れ広がっていくのが見える。
「あがっ、あががががががががががががががが!」
兵士はグリンッと白目を剥くと、今度は開きっぱなしの口から唾液を垂れ流しながらダンスを踊るように手足をバタバタと激しく動かしている。
だがそれを無視するように帝国兵は、鎖骨の真ん中に浅く剣を突き立て、そのまま力任せに下腹部までゴリゴリと斬り下ろす。耳を塞ぎたくなる音だ。おそらく胸骨を割ったんだろう。そして、斬り傷に手を突っ込むと、
バキャッ…………バキッ、バキバキ…………。
ろっ骨を力任せに折りながら素手で開胸し、心臓を生きたままえぐり出した。
「お、お前ら…………人の心はねぇのか!!」
俺は動けずにただ、怒りを口にした。
するとギルガメッシュは心底不思議そうな顔をした。
「違う違う。貴様らは劣等種だ。肉団子を作るのに家畜に気を遣う奴がいるか? 心は痛むか?」
俺たちを見下した無機質な何の感情もない目。ゾクッと鳥肌が立った。
あれは、本当に王国人のことを家畜だと思っている目だ。
「王国兵はまさかそのために…………!」
話しているうちにも、取り出された心臓が淡い青色に光り始めた。
「ご名答。何のためにここまで連れて来たと? まさか、わざわざ自分の国に返しに来てくれたとでも思ったか?」
口が耳まで裂けそうなほど、口角を上げるギルガメッシュ。
初めはライオンのようでカッコいいとまで思ったが、今はもはやただの畜生だ。
「さぁ数万発撃ち放題だ。さて、そこの小山の都は何発まで耐えられるだろうな」
ギルガメッシュは両手を大きく広げて空を仰いでは楽しそうに言った。
「貴様…………! 王国民で王都を破壊するつも…………」
ぶちギレたギネスが言い終わるかどうかのタイミングで、隣で怒りに満ちた声が聞こえた。
「悪いが、もう我慢の限界だ…………!」
背後から、ずっと速い影が動いた。
ズンンンンンンッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ジャベールの拳が、ギルガメッシュの腹にまともにめり込んでいた。
「ぐっ…………」
思わず顔をしかめ、声をもらすギルガメッシュ。
しかも、奴の足の甲をジャベールが踏みつけ、吹き飛んで衝撃を逃がされないようにしている。足や胴体が千切れ飛んでも不思議ではない。
衝撃が放射状に300メートル以上は突き抜け、帝国軍をドミノ倒しのようになぎ倒していく。
「「「「ぎぃやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」
ボゴォン…………ゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ…………!!
岩盤が広い範囲でクッキーのようにバキバキと長細く割れ、陥没と隆起があちこちで起こる。端に見える地平線まで、ずっと向こうの景色ですら持ち上がった。
「やるな、貴様…………!」
腹をおさえ、ギルガメッシュは片膝をついた。
「「「「そ、総統がダメージを…………!?」」」」
起き上がりながらどよめく帝国兵たち。それだけ帝国軍にとってギルガメッシュという存在は、最強そして無敵。その代名詞だったのだ。
「「「なっ、なんなんだあいつはあああああああああああああああああああああ!?」」」
そうだ。誰よりも秩序を守る、正義感の塊のようなこの男が、ギルガメッシュのやり方を我慢できるはずがない。
「貴様の脳みそは生ゴミだということはよくわかった」
ジャベールはギルガメッシュを見下ろした。そして、爆発寸前だった淡い青色の光を放つ心臓をぶしゅう! と握りつぶす。
そう。これがジャベール。史上最強の憲兵。この男が負けるところなど誰が想像できようか。
俺も静かに興奮していた。ギルガメッシュにも通ずる膂力。ジャベールを敵にした時は絶望的だったが、あの時とは立場が真逆だ……!
「ジャベールさん!」
「うおおおおおお!!」
「ざまぁみろやぁ!」
遠く後ろ、王都から見ていた王国軍も士気が一気に高まり歓声が上がる。
「何者だ…………」
ギルガメッシュは息が詰まりながらも、驚いた様子でジャベールを見上げる。
「俺はジャベール。王都の憲兵だ」
腹を押さえて屈んだギルガメッシュに向かってジャベールが仁王立ちで堂々と言う。意図せずギルガメッシュが見上げ、ジャベールが見下ろす構図になった。
「その名は…………知っている。だが良くてSSSランク下位程度だと……諜報部の誤情報か?」
ギルガメッシュは考え、自分で答えを導きだした。
「いやこの感じ…………貴様、種族レベルを上げたことがないな?」
「ふん、俺は冒険者ではないからな」
ジャベールはそのように答えた。
「なるほど。どうりで正しく測れなかったわけだ。ユニークスキル、もしくは特殊な加護があるか……」
「殺しはしない。貴様を逮捕させてもらう。まぁどのみち死刑だろうが…………」
ブツブツと独り言を話すギルガメッシュを無視し、そう言ってジャベールは王都の憲兵の制服で胸を張る。
「ふっ、憲兵が俺を逮捕と来たか! かっかっか!」
ギルガメッシュは腹を押さえたまま、腹を抱えたように笑う。
「…………残念だな。俺を捕らえておける檻はこの世にないぞ!!!!」
ギルガメッシュは、ようやく敵意をむき出しにして肉食獣のように吠えた。
それを合図としたのか、帝国軍の後方に、例の『魔力崩壊砲』がズラリと並ぶ。その数800門超!
「ユウ! 予定通り王都への砲撃を防げ! 俺はまず砲台を潰す!」
「了解!」
ギネスと俺も同時に動きだした。
帝国軍の本格的な攻撃が始まる…………!
◆◆
「すげぇ、あの3人が出ただけで、18万人の軍が足踏みした…………」
「当たり前だ。復活した生ける伝説に、史上最強の憲兵、そしてこの国の英雄だぞ? ギルガメッシュとて彼らを無視できるわけがねぇ」
「いや、そんな彼らが3人がかりになるギルガメッシュがヤベェだろ」
王都の防壁の上から、興奮しながら見ている王国兵たち。
「おい、油断するな! そろそろローグのお出ましだ! 向こうは任せて俺らは俺らの仕事をするぞ!」
隊長が兵士たちを叱った。
「「「了解!」」」
王都にはギネス直属の高レベルの兵が4万人。そして、避難よりも戦うことを選んだ都民や冒険者たちがさらに6万人。計10万人の戦闘員がいる。彼らの役割は帝国軍の相手ではなく、主に王都へ迫るローグの相手だ。
帝国軍に国内を侵略されてから30日間、王都の彼らはただ怯えて過ごしていたわけではない。
ヴォルフガング砦崩落の知らせを受け、まずオーウェン国王がしたのは王都を取り囲む巨大な堀(幅50メートル、深さ20メートル)の巨大な堀の作成だ。これは、古来から王都に伝わる防御システムの1つであり、長年少しずつ王都民から徴収し貯めた魔力を使い王宮の方で稼働させることが出来る。
一斉にゴゴゴゴ……っと地面が下降していく様は避難中の都民たちがこぞって見物に来るほど圧巻だった。
「しかし、本当に王家に伝わる神聖属性が有効なのでしょうか?」
防壁の上から、キラキラと陽光を反射する堀に並々と溜まった大量の神聖属性の水を見て、兵士の1人が上官に問う。
「国王様がそうおっしゃった以上、我々は疑ってはならん」
そう。ユウからの情報により、国王の指示で王都中を流れる全ての神聖属性の水を1ヶ月間、堀に溜まるように水路へ繋いでいた。これでここに飛び込んだローグは神聖属性により焼け死ぬはずだ。
「それにまだまだ罠は仕掛けてある。ローグがどれほどの数であろうと王都は落ちん!」
南門周辺の地面には火属性の魔石が大量に敷き詰められており、王都側の合図で一斉に爆破することができる。防壁の上には何千基もの大砲に魔術士、弓兵が並んでおり、基本的に兵士たちは、ローグからはできる限り距離を取って進行を食い止めるよう厳しく言われている。
また、防壁はどの町よりも、どの国の防壁よりも高く厚く丈夫だ。
「はっ!」
兵士は安堵したように敬礼をした。
兵士たち以外の都民たちは皆、地下に避難し、固く入り口を閉ざして戦争が終わるのを待っている。レオンたちも協力し、スラム街にもかなりの人数が避難している。避難場所に関しては、帝国軍が王宮を目指すことを想定しての地下だ。そのため、今や王都の通りには人っ子1人いない。
ちなみにスラムを嫌った貴族たちは、自分の屋敷に私兵を率いて籠っている。
ユウたち3人が帝国軍と戦闘に入った頃、400万を超えるローグの群れは、西門にいる帝国軍をスルーし、南門に向かって集まっていた。
「まさかここまでの数とは…………!」
眼下の光景を目にして、誰にも聴こえぬ声量で呟くのはオーウェン国王だ。
オーウェンは、ミスリルの鎧に代々王家に伝わる火龍の牙から作られた緋色のロングソードを背に差して、南門、防壁の上にいた。近衛兵が左右をしっかりと固め、地上と空を警戒している。
若くして成った国王という座。だが、そこに年齢は関係なく、彼の誠実さ、優しさ、勇気、そして彼がこの場で共に闘おうとしているという事実だけで、兵士たちの士気は高まっていた。
むしろ国王がいなければ、この40倍以上の戦力差、そして敵の異形の姿に、士気は極限まで下がったことだろう。
オーウェンは剣をスラッと抜くと、天に掲げて叫んだ。
「よいか! 敵はもはや人ではない!
彼らに救いを! ローグを砕け!
正義は我らに!
王都は、何者にも破れん!!!!」
同じ防壁上、そして戦争に向け防壁の内側を広げた箇所に集まった数万の兵士たち。国王のよく通る声に雄叫びを上げるように答えた。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
王の言葉に興奮し、剣を掲げる兵士たち。そんな彼らを尻目に、オーウェンは危機感を感じていた。
オーウェンの眼前にはどこまでも広がるローグ。
かつて風に波打つキレイな新緑の草原だった景色が、今や蠢き波打つ肌色の海だ。
奴らは元が人だったため、肌色であること以外は、まったく統一感のない姿形をしている。大きさもまちまちで、防壁に並ぶほどのデカさのローグも後方に数体見えている。感染して時間が経過した者ほど、人間離れしているようだ。
「っひゃあ気持ち悪ぃ! 何匹いやがんだよ!」
相変わらず血気盛んなのは、次男のテオ王子だ。金色のメリケンサックにミスリルのガントレットに膝当てをして、防壁の縁ギリギリに左足を乗せては、ローグの海を覗き込んでいる。鋭い肉食獣のようなギラギラした目付きに、刈り上げた短い金髪。
「おめぇら、ビビるんじゃねぇぞ!」
拳を突きだし、周りの兵士たちを見回しながら檄を飛ばす。
「「「「はい!! テオ王子!」」」」
オーウェン国王たち王族が最前線に出たのは、ローグの数を見て士気が失われることを避ける意味合いが強い。でなければ、ローグや帝国軍の勢いに飲まれてしまっただろう。
帝国兵たちは自分たちのそばをローグが通過するたびにビクビクしているが、帝国兵が襲われることはないようだ。
「がああああああああああああああああああああああ!」
長く吠えながら一番先頭を行くローグ。元は50歳くらいの男性だろうか。比較的人間らしさを残しており、額から白色の骨が角のように生えているだけである。
だが、もはや人を忘れたであろうことは、その動きがハッキリと物語っていた。
両足でほぼ同時に大地を蹴り、前に飛び込むと、今度は右手左手と地面を掴むように着地する。そして、足が前方に来てまた大地を蹴る。地を這うように、しなやかな身体のバネを使って進む姿はまるでチーターのよう。
だがその目は濁り、口からは長く延びた舌がだらりと垂れ下がりながら、ヨダレを流している。彼の頭にあるのは、食欲、そして群れのボスの命令。
そのローグが王都に掘られた堀の手前に差し掛かった。すでに王都の兵士たちからは魔法や弓矢の範囲内である。
「射て……!」
オーウェンの緊張の一言で、弓隊長が弓をギリギリと引き絞り、そのローグへ向け矢が放たれた。
スヒュン…………ッ!
鋭く空気を切り裂き、風景すら線を引いて流れる速度で迫る矢。
野生の勘で危険を感じたそのローグは、キュッと足で地面を蹴る時に捻りを加えて方向を変えようとする。
しかし、遅い。
矢はローグの額を外れ、右肩にドッ! と突き刺さる。そのまま矢の勢いに押され、ガクンと後ろに吹き飛んだ。
「がああああ!」
だが痛がる素振りもなく、頭をブンブンと左右に振りながら再び起き上がると走り始めるローグ。それを見て、弓隊長は次の矢をつがえる。
「待て」
オーウェンは矢の先に手を添えて、撃つのを止めさせた。
ローグは堀に差し掛かった。さすがにローグと言えど50メートルの堀を飛び越えるのは不可能である。
先頭のローグはそのまま、神聖属性の水が張られた堀にドボンと飛び込んだ。
「いいだろう。神聖属性がどれほど有効か、これでわかる……!」
オーウェンは緊張の面持ちで眉間にしわを寄せ、防壁に突き立てた剣の柄をギリリと握りしめる。
その瞬間、
「が、がああああああああああああ! がああああああああああああ! があああああああ!!!!」
苦しそうに悲鳴を上げるローグ。バシャバシャと急に水の中で身をよじり、もがき苦しみ始めた。それは酸素を欲しての動きではない。しっかりと、苦しんでいる。
痛みを感じないはずのローグの唯一の例外、神聖属性だ。
「「「「おおおおおっ!!」」」」
その威力を見て王国軍から歓声が上がる。
水に触れた部分から激しくシューシューと水蒸気のような白煙が上がる。その皮膚は一瞬で真っ赤になると、ベロンと剥がれ、肉が見える。かと思えば、次の瞬間には肉が剥がれ落ち、白い人間の骨がむき出しに。ローグは目玉を頭蓋骨からボロンとこぼれ落ちさせ、息絶えた。
「よし」
オーウェンは小さく拳を握った。
王族が神聖魔法で水を生み出しただけでは、ローグに軽い火傷を負わせる程度の効果しかない。だがそこに、後でこっそりとユニークスキル『魔力増殖炉』の大量魔力で神聖属性がギチギチの、超高濃度水にしたのがユウだった。
始めに堀に落ちたローグは今や、堀の底で骨だけになって沈んでいる。そして、その骨すらシュワシュワと泡を発生させながら溶け始めていた。
ローグに死への恐怖という感情は基本的にない。そのため、同じような光景が王都を取り囲む堀全体で見られ始める。至るところでバシャバシャと水しぶきを立てながら、煙が上がっている。
「効いてる!」
「いける! いけるぞ!」
「当たり前だ!! 王都はこれまでに落ちたことがないんだからなあああ!」
その光景を見て勢い付く10万人の王都軍。
海のようなローグの大群への、命を掛けた攻撃が始まった。
読んでいただき有難うございました。
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