第138話 共通項
こんにちは。
某流行り病で寝込んでおりました。毎度のことながら遅くなりすみません。
そしてブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。
第138話です。宜しくお願いします。
「Sクラスも寂しくなったわね……」
パタンとテキストを閉じ、マリジアが呟いた。
ここはレムリア学園のSクラス教室だ。
元々生徒が8人いた教室も、ユウとフリーが休学、サイファーは死亡、ガストンは行方不明、ブラウンはローグに、オズは公務で欠席していた。
「あんなことがあったからね……」
シャロンは2人しかいないガランとした教室を見回した。
「はぁ~、やっぱりユウたちがいないと張り合いがないわ」
マリジアは寂しそうに頬を膨らました。そして、右手で頬杖をついて思い浮かべるように呟いた。
「あいつら元気でやってるのかしら」
「大丈夫。ユウもフリーも英雄だもん。今度は敵の大将の首を狙ってるに違いないよ」
シャロンは制服のボタンが弾け飛びそうなほどの胸を張って自信満々に言った。どうやらまた成長したようだ。
「あはは。そうね」
しらーっとその部分にジト目を向けながらシャロンはテキトーに頷いた。
2人が話していると、ガララと扉が開いて教師が入ってきた。行方不明のクロム先生の代理で入った教師で、何の特徴もない一般教師である。それも戦争による人員不足が原因だ。
「マリジア、シャロン。悪いが、昼からの授業はまた屋外になる」
そう言われると、マリジアとシャロンはガックリと肩を落とした。
「わかりました」
今は戦時中とあって、学園の生徒でもこうして屋外で帝国の進行に備えてバリケードを作ったり、人手不足の魔石工場等に臨時で手伝いに入ったりすることが増えた。どうやらそれすらも授業の一環として扱われるようだ。
また、王都の一部の住人はローグに侵されていない安全な町に避難したが、一方でローグから避難した人々や王都が一番安全だと考える人々が王都に押し寄せ、軽い混乱が起きている。寝床も食料も不足している状態だ。
その対応で、オズも王族として王宮で政務に追われていた。
ーーーー
「本当にどうなるのかなぁ……」
いつものふわふわした様子でシャロンが口にする。
マリジアとシャロンは西区西門の近くの西レムリア広場で、用意された長テーブルの上でひたすら炊き出し用の根菜ラディートを切っていた。黄色い大根のような見た目だが、デンプン質で、蒸すとホクホクになって甘く美味しい。大根の形をしたさつま芋のような根菜だ。
ここには、ローグから避難した人々が身を寄せ合い集まっている。東京ドーム2.5個分ほどの広さがある広場には土魔法で作られた簡易的な四角い同じ建物がいくつも並んでいた。
「何が?」
マリジアはめんどくさそうに包丁で輪切りにした根菜の皮を剥きながら、ぶっきらぼうに返事をした。
「何がって、戦争だよ。まさか私たちが生きてる時代にこんなことが起きるなんて思ってもみなかった……」
どこか哀しそうな表情のシャロン。
「そうね。でもそんなの、王国が勝つに決まってるわよ」
剥いた根菜の皮をゴミ箱に投げ捨てながらマリジアが答えた。
「どうしてわかるの?」
シャロンは鍋をかき混ぜる手を止め、マリジアに問う。
「だってまず、あのユウがいるわ」
マリジアは包丁を片手に、シャロンの目を見て強く言った。
「だけど、ユウだってああ見えて、実は人間だよ?」
「いいえ、あたしはそう思ってないわ。あいつは底知れない怪物よ」
人外を断定するマリジア。
そこに教員が話し掛けてきた。
「おーいSクラスの2人! 人が多くなりそうだ。もう少しノルマ増やしてもいいか?」
「はーい、大丈夫です!」
シャロンがニコニコと愛想よく返事をする後ろでげんなりとした顔をするマリジア。確かに広場で炊き出しを待つ人たちの列が広場から延びて見えないくらいに並んでいる。
「う~、なんで私たちがこんな雑用みたいなこと……」
マリジアがふくっれ面で文句を言った。
「まぁまぁ…………」
シャロンは眉を下げながらマリジアをなだめる。
すると2人の長机に続々と運ばれてくる、野菜の山々。
それを見てさらにうんざりしたような顔でマリジアは話を続けた。
「それに……何百年前から生きてるかわからないギルドマスターが現役復帰したのよ? 現役時代は世界最強との呼び声すらあったらしいじゃない」
マリジアは魔力操作で5本の包丁を持ち上げると、左手でぽいっと投げた根菜を瞬時に輪切りにした。
彼女たち2人はユウが学園を去ってからも、真面目に魔力操作の訓練を続けており、学園ランキングではマリジアが1位、シャロンが2位だ。もはや学園では知らない人はおらず、2人合わせて『双星の戦女神』と呼ばれ、学園内では最大のファンクラブが存在する。
「でも、逆に考えたら、引退したギルマスだって復帰しなきゃいけないほどまずい状況ってことなんでしょ?」
シャロンも10個ある寸胴鍋を魔力で同時にかき混ぜている。
その高度過ぎる技術を見てビビる学生たちを無視し、2人は話を続ける。
「そりゃあ、獅子は兎を狩るのにも全力を出すからよ」
「そうなのかなぁ……じゃあなんでこんなに避難民が多いの?」
「それは……」
マリジアは視線を泳がせると突然、
ダンッ。
「わかんないわよ……!」
マリジアが勢いよく包丁をまな板に叩きつけ、まな板ごと野菜を切り飛ばした。
「だって、だって…………そんなの考えたってしょうがないでしょ! あたしたち学生には、こんなショボい仕事しか回ってこないんだもの!」
マリジアも辛かったようだ。
「うん、ごめん。ごめんね。…………私たちだって、もっと役に立ちたいね」
「…………そうね」
2人は戦争が行われている方角の空を見上げた。
◆◆
「ぜーっ、ぜーっ、やっと…………ついた。許しませんよ! ししょおおおおおおおおおおおお!!!!」
ガブローシュは2ヵ月弱ぶりに到着した王都の西門で空を仰いで叫んでいた。
「お、おお、元気だな坊主」
温かくひきつった笑顔で迎える門兵に、何事かとガブローシュを見る通行人たち。
「ちょっとガブローシュ!」
「はやすぎ……」
エポニーヌとコゼットも肩で息をしながら、なんとかガブローシュの後に続く。
ガブローシュたち3人は、ダンジョン無限砂漠でユウに出された課題『属性魔力の纏い』ができるようになり、ようやく王都まで帰って来た。
課題になかった『無限砂漠』のダンジョンボスまで討伐したせいで時間がかかってしまったが、おかげで十分Bランク程度の実力と、『自信』を手に入れた。そのおかげか、3人とも少し背が伸びたように見える。魔力操作を知らなければ、まだ5年はかかっていたところだ。
冒険者カードを門兵に見せ、王都に入る3人。
「まず心配なのは、戦争がどうなってるかよね。私たち、ずっとダンジョンにいたから…………」
エポニーヌは大きな西門をくぐりながら呟く。
「大丈夫だろ。王国がそう簡単に負けるはずがねぇ。いいから早いとこ、師匠に修行の成果を見せに行くぞ!」
ユウに褒めてもらいたくて、カモンと招くように手を振って急かすガブローシュだったが、王都に入ってすぐあることに気が付いた。
「ん?」
「あ、あれ? なんだか、雰囲気が前と全然違うわね」
3人はキョロキョロと西門をくぐった先の大通りを見渡した。
「殺伐というか……荷物抱えた人、多い」
コゼットは杖を胸の前で抱えながら、不安そうな表情で寒そうに歩く人たちをいぶかしげに見る。
「門の内も外も、すごい行列だね」
大きなリュックを背負った人々の列。
皆、家族全員で王都に逃げてきたようだ。うつむき加減に歩く彼らの表情は暗い。
出発前の王都との、あまりの雰囲気の差に動揺するガブローシュたち。
「こ、これって、戦争のせいなのか?」
能天気なガブローシュもさすがに焦りを見せて呟く。
「修行の合間に考えてたんだけど。師匠が私たちを王都から離れたダンジョンで修行させたのって、戦争から遠ざけたかったのかなって……」
エポニーヌは町行く人々を見ながら言った。
「むぅ。それは、そうかもしれない」
コゼットもエポニーヌに賛同する。
「だとしてもよぉ、2ヶ月やそこらで王国の砦が落ちるか?」
頭の後ろで腕を組んだガブローシュがそう言った時、彼の鼻を避難民へ向けた炊き出しの香辛料の匂いがくすぐった。
「お? なぁなぁなぁ、ちょっと待て、旨そうな匂いがするぞ!」
すぐさま駆け出すガブローシュ。
「ちょ、ちょっと! ガブローシュ!!」
仕方なくマリジアとコゼットは後を追いかけた。
強くなったとしてもまだ子ども。ガブローシュに落ち着きがないのは変わっていなかった。
ーーーー
「お、やっぱり飯だ! 最近まともな飯食えてなかったからなぁ」
ガブローシュは人々が並んでいる列の先を見る。
「む…………私の料理に文句…………?」
口を尖らせながら、ぼそっとコゼットが呟く。
そんなことを言いつつ、3人は一緒に列に並んだ。砂漠ではユウにもらった食料が尽きてから、魔物の肉ばかりしか口にしておらず、とてもこの美味しそうな匂いに我慢が出来なかったからだ。
「でも炊き出しなんて…………やっぱり王国の状況は良くないのかな」
エポニーヌがそう言うと、
「なんじゃお前ら、どこから来た。今の戦況を知らんのか?」
話が聞こえてきたのか、前に並んでいたおじいさんが振り返って声をかけてきた。
「あ、はい。ずっと田舎にいたので、教えていただけると助かります」
エポニーヌは情報を得るチャンスとばかりにペコペコと頭を下げ、話を聞く。
「よし。なら情報通なワシが、存分に教えてやろう」
孫くらいの年齢の子どもと話せることに嬉しそうにするおじいさん。
「いいか? 今帝国軍は、ここ王都を目指し王国内を侵攻中じゃ。進軍の通過点にある町人たちはワシを含め、安全な王都に避難しておる」
「嘘だろ!? 国内を侵攻って、国境の砦を守る軍がいるはずじゃ…………!」
ガブローシュが顔を青くして問うと、
「いるとも。じゃが4つの砦を守護する騎士団長、マシュー、ブレイトン、スカーフィールドの4将軍のうち、一角が崩されたんじゃ!」
おじいさんは顔を真っ赤にして語る。
「それは、だ、誰が?」
緊張の面持ちでガブローシュが問うと、おじいさんは目を伏せて哀しそうに小声で言った。
「騎士団長じゃ…………」
「あ、あの騎士団長が!? 負けたのか!?」
3人は揃って息を呑んだ。
「そうじゃ」
おじいさんは唇を噛みながら答えると、続けた。
「じゃがそれも仕方がないと言える。なんせ相手は、ギルガメッシュじゃったからな」
「ギルガメッシュ……! 聞いたことある。確か、現役最強の人類だって」
最強という言葉には詳しいガブローシュが言う。
「その、騎士団長は無事なのですか?」
眉をひそめながら、エポニーヌは心配そうに問う。
「わからん。じゃがギルガメッシュは騎士団長を討ち取った後も立ち止まることなく、王都を目指し進んでいるとのことじゃ」
「そんな…………」
まさか自分の国が負けるかもしれないということは、考えてすらいなかった3人。どこかで楽観的に考えていた。だが、おじいさんの話で一気に信憑性が出てきた。
「じゃがな! 悪いニュースばかりではない!」
おじさんは暗い雰囲気を吹き飛ばすよう、興奮した様子で語り始めた。
「前国王を救ったとされる英雄ユウが、敵将を2人討ち取り、幾度と王国軍のピンチを救ったそうじゃ。わしは彼ならこの窮地をなんとかしてくれると信じておる!」
おじさんは右手でガッツポーズをしながら、力いっぱいに語った。
「「「ししょーーーーっっっっ!!??」」」
3人は驚きと興奮で、息を吸ってから叫ぶまでが揃った。
「し、師匠ってば、戦争に参加してたのか!? なんで誘ってくれなかったんだあああ!」
勝手に意気消沈して膝をつくガブローシュ。
「し、ししょ……いえ、英雄ユウさんは、将軍なのですか?」
エポニーヌがおじいさんに問う。
「いや、副将だったらしいが、今じゃ繰り上がり将軍と変わらん扱いみたいじゃな」
すると落ち込んでいたかと思えばワナワナと震えだすガブローシュ。
「や、やっぱり、ししょーは絶対わかってたんだ! わかって僕らを遠ざけるためにあのダンジョンまで運んだんだ!」
「それは…………あるかも。だってあんた師匠が将軍だったら付いて行くでしょ」
「当たり前だろ! 俺は英雄ユウの弟子だぞ」
ガブローシュはどこか嬉しそうに両手をグーにして叫ぶ。
「でもね、もしあたしたちの実力で戦争に行ってたら、良くても討ち死によ」
「そ、それは…………」
むぅと口を尖らせるが、反論はできないガブローシュ。
「師匠は私たちに魔力操作をマスターさせるため、意味があってあの時私たちをダンジョンに送った。そう思いましょう」
エポニーヌはガブローシュを諭す。
「くそぅ…………」
残念そうにダバーと涙を流すガブローシュ。
と、そうしていると炊き出しの順番が回ってきた。
「はい、どうぞ。遠くから御苦労様です」
そう言って汁物を渡してくれたのは、胸が大きく黒髪が綺麗でおっとりとした学園の女の子だ。育ちが良いのか、汁をよそう動きもとても優雅に見える。
「は、はいいい」
美人に緊張して、顔がにやけるガブローシュ。
「ちょっと!」
「むぅ」
それを見えないように両サイドから魔力操作を使って脇腹を小突くエポニーヌとコゼット。
だが逆に、それに反応する人がいた。
「え…………それ、魔力操作?」
気付いたのは炊き出しをしてくれていたお姉さんだった。
「え!? お姉さん、これが見えるんですか!?」
ガブローシュが魔力をぶわっと身体に纏って見せる。その魔力量は以前とは比べ物にならないくらいに増加していた。
「う、うん。見えるよ。だって……」
戸惑いながら答える女の子。
と、そこに赤毛の少女が気になったのか来た。
「どうしたのよシャロン」
「あ、マリジア。この子たち、魔力操作ができるみたいなの…………」
シャロンは大きな胸を抱くように腕を組み、不思議そうに興味深く見つめる。
「嘘? あんたら何でそれ使えるのよ!」
驚いたマリジアは3人に詰め寄った。
「へ? へ?」
マリジアに追い詰められたガブローシュは圧に負け、目線を逸らしながらおずおずと答えた。
「師匠に教えてもらいました…………」
「師匠? 師匠って、誰のことなの?」
さらに顔を近づけ問い詰めるマリジア。
「ユウさんです」
「「!!!!」」
今度は2人が驚く方だった。
「ちょ、ちょっとこっちへ来て!」
マリジアとシャロンはガブローシュたち3人の手を引くと、人混みから離れた広場の隅っこへと連れてきた。
「あんたら、ユウの知り合いなの?」
「は、はい。ユウさんは私たちの師匠です」
エポニーヌは、迷いながらも答えた。
「「師匠!」」
マリジアとシャロンは顔を見合わせて叫んだ。
「あっはははははははは!」
それを聞き、途端にお腹を抱えて笑い出すマリジア。
「ユウってば、この子たちにも教えてたのね」
「そうみたいね。まさか、こんなところでユウの弟子と出会うなんて」
シャロンも偶然の出会いに目を丸くして驚いた。
「お、お姉さんたちも、師匠に魔力操作を教えてもらったのですか?」
コゼットが興味津々で聞く。
「そうよ。私たちはユウの学園のクラスメイト。ユウからはあなたたちと同じように魔力操作を教えてもらったわ。それで言うならあなたたちの方が先輩なのかもね」
マリジアはガブローシュたちがユウの知り合いと聞いて態度が軟化した。
「ユウの弟子って、大変だったでしょう?」
シャロンが同じ苦労を抱えた身として、3人を哀れんだ。
「はい、それはもう無茶苦茶で…………!」
「でも師匠はスゴいんですよ! コルトでだってーーーー」
「あはは、わかるわ。あいつ学園じゃ、ランキング戦にーーーー」
思わぬ共通の話題に5人は盛り上がった。
ーーーー
しばらくすると、そこに近寄る男性がいた。
「やぁやぁやぁ。ちょっと君たち、話いいかな?」
後ろから声をかけられ、振り返るガブローシュ。
「じ、じじじじ、ジーク辺境伯!?」
目を丸くしてガブローシュは叫んだ。
そこにいたのは一時は死亡説が流れていたジーク辺境伯だった。コルトの町の領主だ。同じくコルト出身のガブローシュだからこそ、驚いていた。
相変わらずボサボサの髪の毛なのに、タレ目と柔らかい声と話し方は相手を安心させる。
「君たちがユウ君の知り合いでいいかな?」
「へ…………? は、はい。そうです!」
エポニーヌが声を裏返しながら答えた。
マリジアとシャロンもジークが辺境伯だと気付くと、制服を正して目を伏せながら声色を変えて挨拶をした。
「マリジア・テイラーと申します」
「シャロンと申します」
目上の貴族に優雅に頭を下げる。こうして見てみると2人も貴族なんだとわかる。
「あ、いいからいいから。かたっくるしいのは肩が凝るから嫌いなんだよ」
ヒラヒラと手を振るジーク。
「は、はい」
マリジアとシャロンは、想像以上にフランクなジークの態度に困惑しながらも頭を上げた。
「実は、君ら5人にお願いがあってね」
ジークの目の奥が光る。
「「お、お願いとは……?」」
いきなりこんな上級貴族から頼まれるようなお願いに心当たりがなく、戸惑うマリジアとシャロン。
「僕…………というか、君たちもよく知るユウからのお願いなんだけど」
「「「師匠から!?」」」
ユウからのお願いというのに興奮するガブローシュたち。
「とある人物の輸送をお願いしたいんだ。別に断ってくれてもいいと言われてるんだけど、まぁ君たちなら断らないだろうね」
含みを持たせて話すジークに、気になる5人。
「何です? というか、人物なのに移送ではなく『輸送』なんですか? まるでモノみたいに……」
エポニーヌが疑問を口にする。
「ああ、それも含めて一度説明したいから、着いてきてくれるかな?」
そうしてジークに連れられるまま5人は広場を離れ、とある施設の地下に通された。全く広くはない、まるでこのためだけに作られたかのような地下牢が奥にポツンとあった。
その中にいたのは…………。
「「ブラウン!!!!」」
マリジアとシャロンが鉄格子に駆け寄り、目に涙を浮かべながら裏返った声で呼んだ。
「な、なんでですか? ブラウンはし、死んだって!」
シャロンは珍しく取り乱すと、鉄格子にすがり付きながら振り返ってジークに聞く。ブラウンは学園で例のクーデターに巻き込まれ行方不明扱いにされていた。
「待って待って。とりあえずあんまり近付くと危険だから、鉄格子から離れてね」
ジークはちょいちょいと人差し指を曲げてマリジアとシャロンを下がらせると、説明を始めた。
「とりあえず、彼の状態は特殊なんだ。正直死亡ととっていいのかよくわからない。むしろ場合によってはもっと…………むごいよ」
「どういう…………」
シャロンはそのジークの言葉に疑問を感じるが、マリジアが我慢できずに鉄格子を叩く。
ガシャアン!
ガシャシャアアアン……!!
「ブラウン! なんであんたこんなところにいるのよ! 何があったの!?」
無慈悲に響く、マリジアの呼び掛け。
ブラウンに反応はない。地下牢の右奥に身体を丸めて膝を抱くようにして、こちらに背を向けて座っている。よく見ればユラユラと身体を揺らしている。
必死なマリジアの様子に、ジークは話すのを躊躇うようにため息をつく。
そして話し始めた。
「実はねーーーー」
ジークはブラウンが実の父親にローグという化け物にされ、今や人を襲う存在に成り果ててしまったことを伝えた。
「ひ、ひどい。そんなの…………酷すぎるわよ」
マリジアは声を掠れさせながら、叫んだ。ボロボロと涙が頬を伝う。
「父親が自分の息子に…………することなの?」
シャロンも辛そうに、人ではなくなったブラウンに哀れみの目を向けた。
「許せない…………!」
マリジアは床に膝をつくと、肩を震わせて泣きながら小さく呟いた。
「当の父親であるマードックはもう亡くなってるからね。もはや恨む相手もいないのが現状だよ」
ジークは淡々とそう告げる。
「で、でもだからってこんな扱い…………牢からは出せないんですか?」
シャロンは泣きじゃくるマリジアの背中を擦りながらジークに問うが、ジークは目を伏せて首を横に振る。
「無理なんだ。彼はどうしてかローグにしては非常に大人しい。だけど見て」
ジークはブラウンの手足を指差す。
「爪や牙は鋭く伸び、骨格も変化して四足歩行になっている。もはや人とは呼べない。人を襲わない保証はないんだ。なんたってローグの主食は、『人』だからね」
ジークにそう言われてマリジアは唇を噛んで、拳を握りしめて立ち上がる。
「だったら、あたしがブラウンを元に戻すわ!」
「わ、わたしも! ブラウンは友達だもの!」
マリジアとシャロンは胸に手を当てて叫んだ。
「ありがとう。やっぱりユウが見込んだ2人だ。そう言ってくれると思ったよ」
ジークは優しげな目をしてマリジアとシャロンを見た。
「実はね、ユウが戦争に行ったのはそれもあると思うんだ。彼もブラウンを元に戻す方法を探して、黒魔力を開発した帝国軍にぶつかってるんだと思う」
それまで黙って聞いていたガブローシュも声を上げた。
「お、俺もやります! だってこの人は師匠の友人なんですよね!」
「わたしも!」
エポニーヌもそう良い、コゼットもコクンと頷いた。
「ありがとう」
ジークはそう言いながらホッとしたように胸を撫で下ろした。そして続ける。
「だからユウは、信頼できる君たち5人を選んだんだ。実力も織り込み済みだから、彼が暴れだしたとしても君たちなら抑えられるだろうとね」
「なるほど……」
「だから、師匠はあのタイミングで僕らを砂漠に……」
エポニーヌ、ガブローシュ、コゼットはユウに任せられたという嬉しさで、都合の良い解釈をした。
「よし。それじゃ依頼内容だけど、任務は彼を…………極秘にコルトまで送り届けること。君たちにできるかい?」
ジークはブラウンを指差してそう言った。
「もちろんです!」
ガブローシュの根拠のない自信が発動した。いや、もう根拠がないわけではない。
「でも、どうしてコルトなんですか?」
同じくコルトの町出身のエポニーヌが疑問を口にした。
「当然、気になるよね」
ジークは優しい笑みを見せながら話し始めた。
「実は……コルトで町の要塞化を進めているんだよ。巨大防壁の建設や、ギルドの地下訓練場を大規模な避難シェルターにしたりとかね。なんせ当初から帝国の存在はマードックの反乱の裏に見え隠れしてたから」
『コルトの要塞化』および『第2の都市化』は元々水面下で動き出していた計画だ。それは学園長が王都の崩壊を予言してから、さらに加速することになった。王家も王都が滅びるとは思ってはいなかったものの、高い的中率から学園長の予言を無視することはできなかった。
「いずれこうなることがわかってたってことですか?」
「まぁ、かもしれないってくらいだったけどね。それに、ここだといずれブラウンは見つかって殺されるだろうし」
「どうしてですか? 今も辺境伯が守ってくれてるんじゃ?」
シャロンはジークに問う。
それに対し、ジークはハッキリと次のように言った。
「まだ王都の人は知らないかもしれないけど、ローグはねぇ。とんでもないバケモノさ」
間接的にブラウンをバケモノと呼んだことで、マリジアとシャロンの目の色が変わり、敵意が見え隠れする。そのことに気付いたガブローシュたちはオロオロと狼狽える。
だが、それはジークの次の話で抑え込まれることになった。
「王国でローグに滅ぼされた町や村は把握できているだけで、40を超えている。国民の半数近くがローグにされ、家族や友人を失った彼らの憎しみと哀しみは想像を絶する」
ジークの言葉に、マリジアたちは口許を押さえて息を呑んだ。
「そんなに…………!?」
「ローグが現れた町は高確率で全滅してるから、自然と一般市民まで情報は出回っていない。でももう時間の問題さ。もうすでに王都の足元までローグの脅威は迫っている。もしブラウンが見つかったら民衆の声は僕でも抑えられない。でもうちの領地ならば長く隠すことはできるし、味方も多いからね」
5人は複雑な表情をした。ブラウンを知っている自分たちと違って、やっぱり民衆はローグを恐れ嫌うだろう。
「まぁ、普通はこんな危ない橋は渡らないんだけど、誰でもないユウの頼みだからね」
ジークは最後にそう付け加えた。
「わかりました。私たちが責任を持ってブラウンをコルトまで送り届けます」
マリジアが真剣な表情で5人を代表して返事した。
◆◆
その日の深夜、学園を抜け出したマリジアとシャロンは西門を出た場所でガブローシュたちと合流した。5人とも黒い外套を頭までスッポリと被っている。
幌馬車の荷台には頑丈な鉄の檻が固定されており、暴れださないよう中のブラウンは眠らされた後、念のため外から見えないように黒い布が被せられている。
「待たせたわね」
マリジアが御者席に座るエポニーヌに言う。
「いえ。ちょうど時間なので大丈夫です」
そうしてマリジアとシャロンが馬車に乗り込んだ。
5人と1人の長い旅が始まった。
読んでいただき有難うございました。
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