第137話 ダリル・オールドマン
明けましておめでとうございます。
今年ものんびりコツコツと更新していきたいと思いますので、『重力魔術士の異世界事変』を何卒宜しくお願いします。
ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。
第137話です。宜しくお願いします。
「…………はじめ!」
騎士団長は弾丸のように飛び出した!
その速度は音速を越え、空気の壁を壊しソニックブームによる衝撃波で湿地を水と地面ごと広範囲に掘り起こしながら突撃していく。
「せあああああああああああああ!!!!」
がなりの効いた騎士団長の気合いの声が戦場に響く。
騎士団長は、腕を組んだまま微動だにしないギルガメッシュの目の前にたどり着くと、右足先を地面に引っ掛けることでブレーキをかけ、前へ向かうエネルギーを回転力に変える。全力全開の振り下ろしを袈裟懸けに奴の肩口にぶち込んだ……!!
ガッッッッ………………ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!
騎士団長の振り下ろした剣が直撃し、その剣圧だけで湿地の水や泥、瓦礫が周囲数百メートルに渡って空へと舞い上がった。そして岩盤が露になったかと思えば、ギルガメッシュの足元で岩盤が真っ2つに割れ、剣圧でさらに下へと沈み込む。すると、テコの原理で遥か遠くの岩盤の両端が持ち上げられ、地面が大きく傾いた。あちこちで悲鳴がこだまする。
だが…………。
騎士団長の剣は間違いなくギルガメッシュの左肩に鎧越しではあるが当たっている。なのに、ギルガメッシュは平気な顔をして立っていた。
「は……………………?」
鬼の形相で挑んだはずの騎士団長が、思わず驚きを顔に表す。
「あーあ……」
ギルガメッシュは肩をすくめるとハの字に眉を歪めた。
「その程度じゃ、俺に傷はつかない」
「ちっ…………!」
騎士団長は一度剣を引き、今度は両手で握った剣を剣先をギルガメッシュに向けたまま腹の真横に構えた。そのままギルガメッシュの胸目掛け、前に神速の突きを放つ!
ゴゥゥッ……………………ッッッッッッッッ!!!!
「…………っ!?」
だが、騎士団長の剣はまたもやギルガメッシュに止められた。
それも鎧ではなく、突き出した素手のギルガメッシュの右手のひらだ。全力の突きの剣先ですら表皮に傷をつけられない。
ビキビキビキッと奥歯が砕けそうなほど歯を食い縛る騎士団長。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
騎士団長が血管が浮き出るほど力を込めたところで刃は先に進まない。
「嘘だろ…………こんな、こんなに遠いわけがねぇ!!!!」
騎士団長は弱くない。むしろこの状況において、その実力はSSSランクに匹敵していた。弱いわけがなかった。
ただ、ギルガメッシュがこの世界における強者という枠組みのさらに外にいる。それだけだった。
そして、ギルガメッシュが動いた。
「次は俺の番だな」
ギルガメッシュは右足を後ろに引き、弓を引くように右拳をギリギリと引き絞った。
「っ! …………うをっ!」
騎士団長は後ろに避けようとして、地面の窪みでバランスを崩し、尻餅をつく。
ドンッ………………………………ッッッッッッッッ!!!!
とんでもない巨大隕石のようなエネルギーの塊が騎士団長の真上を通りすぎた。ギルガメッシュの拳の先、湿原の地面ごと霧散し、視界いっぱいに雲がブワッ! とどこまでも割れていく。
「はっ! はーっ! はーっ! はーっ!」
騎士団長は地面に座ったまま、一瞬でびっしょりと汗をかき、激しく動悸を起こしていた。
「かっかっかっ! 運の強い野郎だ」
ギルガメッシュは大口を開けて笑う。その間に騎士団長はギルガメッシュから距離をとった。
だが、騎士団長はこれほどの実力差を感じても戦意は失っていない。
「そうか…………やっぱりこのままじゃ勝てないのか」
できる限りのことはやった。最後の手段を残して。
騎士団長はパチンパチンと留め金を外し、鎧と泥にまみれた騎士服を脱ぐと上半身裸になった。バキバキの腹筋に、筋の入った胸筋、まさに完成された肉体美だ。彼は長年レムリア騎士団団長を勤めた思いから、丁寧に鎧と騎士服をそばに置いた。
そして、ふーっと深呼吸をする。
「ギルガメッシュよ…………」
小休止をおいて、騎士団長が呼び掛けた。
「お前に一撃食らわせたら、本当にこいつらは生かしてくれるんだろうな」
騎士団長は親指で後ろの兵士たちを指差した。
「ああ。約束は守る」
「ふん。その言葉、違えたなら誇りを失うと思え」
その騎士団長の言葉に、ギルガメッシュは無言で答えた。
騎士団長は目を閉じ、右手で自分の心臓の位置に手のひらを当てる。
「この命、お前に使ってやる」
ドクン。
ドクン……。
ドクンッッ…………!
シューーーーーーーー…………!!
騎士団長の身体から血のように赤い蒸気が上がり始めた。それだけでなく、皮膚には赤い模様が血管のように走っている。そして、目は白目までもが真っ赤になっていた。
逆に、威圧感は感じるのに、そこにいるはずの彼の存在感が徐々に希薄になっていく。
ボルト軍との戦いで、砲撃から命をかけて皆を守ろうとした時に生まれたユニークスキル『命灯の昇華』。
このスキルは、自身の存在値そのものを瞬間的に燃焼させ、爆発的にステータスを上げる。まさに、生物としてのリミッターを外す、最後の手段だ。
「お前…………」
その姿の団長を見て、先ほど舐めてかかっていたギルガメッシュの表情が変わる。目に力が入り、重心を下げてカンフーのように足を大きく開いて構えを取った。
「面白い! お前の全存在をかけ、その剣が俺に届くか試してみろ!」
ギルガメッシュは奥歯まで見えるほど口角を上げ、犬歯をむき出しにして喜んだ。
「俺の最後の言葉だ」
騎士団長はフリーに目線を送った。
「ああ。俺の妻と娘に…………『感謝している』と、伝えてくれ」
「まっ…………!」
フリーが何か言い返す前に騎士団長は動いた。
……ブンッ……………………………………………………!!!!
その動きは、フリーの魔力強化された動体視力においても、影すら追うことはできなかった。
バキンッッッッ!!
硬質な音が聞こえたかと思えば、ギルガメッシュの金色の鎧を貫いた騎士団長の剣が腹に突き刺さり、そして複数の破片となって砕け散っていた。
「はっ!」
それを見てギルガメッシュは目をかっぴらいて歓喜した。
団長の剣はギルガメッシュの皮膚を貫き浅い傷をつけていた。
あのカザン公国の英雄ですらケガ1つ追わせることができなかったギルガメッシュ。
その彼に傷を負わせた。そのことだけで称賛に値する。
「誇るがいい! このギルガメッシュに手傷を負わせたことを!」
だがそれで騎士団長の攻撃は終わりではなかった。折れた剣を手放した彼は、拳を、力をギリリッッと自身の手の骨が砕けそうなほど握る。
ドッ……………………ッッッッ!!!!
ギルガメッシュの身体がくの字に曲がり、地面から浮き上がるほどの衝撃。団長の拳が、めり込むように奴の腹にきまっていた。
「良い! 良い! 良いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい! これをっ! これを待っていた!!!!」
奴は空を仰いで、至福の表情で歓喜していた。
だが、ギルガメッシュ以外の者であれば、あれは楽しめるレベルの打撃でないことがフリーにはよくわかっていた。
なぜなら、ギルガメッシュの腹を通り抜けた衝撃が、帝国軍数千人の兵士たちをまるで舞う羽虫のごとく、空へと吹き飛ばしていたからだ。阿鼻叫喚の悲鳴を戦場いっぱいに溢れさせ、大地に降り注いでは、呆気なくその命を散らしている。
「そうだ! もっとだ! もっと打ってこい!」
ギルガメッシュは団長を手のひらを返して煽った。
ドッ…………ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!
団長の拳がギルガメッシュのみぞおちを撃ち、脇腹を撃ち、左胸を撃ち、肩を、頬を、陣中を、アゴを撃ち抜く。
その威力は、1発1発が大自然が形成した山脈を吹き飛ばすほどの威力を持ち、そして同時に1発1発が団長の命の一部によるものであることを示していた。
打てば打つほどに騎士団長の存在感が薄れてゆくーーーー。
「かっ…………ひゅうううう!」
もはや呼吸すらまともにできていないが、騎士団長はこれまでにない充足感を感じていた。どんな敵すら打ち砕ける万能感。
しかし、それに水を差すのがギルガメッシュという怪物であった。
「俺を殺すんだろう? さぁさぁ早く来い! お前の時間は限られてるぞ!」
まともに食らっているのに、ダメージを蓄積させた素振りを見せないギルガメッシュ。奴は歯茎を見せながら楽しそうに笑う。そして、ギルガメッシュも右拳を大きく振りかぶった。
だが、それは見え見えのテレフォンパンチ。
命を散らして戦っている相手に対して、その態度。騎士団長は激昂した。
「やるぉおおおおおおおお!!!!」
ギルガメッシュに一泡吹かせるために、こちらも思いっきり振りかぶった今の全力の拳を、奴の拳にぶつけた。
だが、それが命取りだった…………。
ドンッッッッ…………!!!!!!!!!!!!!!!!
凄まじい衝撃が大気中を球状に一瞬で広がり、離れて見ていたフリーですら吹き飛ばされる。
バキョ…………………………………………。
騎士団長だけに、自身の腕から鳴る湿った嫌な音が聞こえた。
「………………………………っ」
わかっている。ギルガメッシュとぶつけた右腕だ。
ちらりと右に目線をやると、腕はぐにゃぐにゃにひしゃげ、折り畳まれるように複数箇所で骨折。元の腕の長さの3分の1程度の長さの赤黒い肉の塊になっていた。
「こ…………ごれ゛でも、足りないのか……!!!!」
団長はもはや理不尽としか呼べない実力差に猛り狂った。それと同時に脳裏に浮かぶは自分の家族の姿。
理不尽な強さに対する怒りと、自分の使命で、さらに高まる威圧感。
奴に…………奴に家族は殺させん。俺は妻と子、そして国を守る。この命、燃え付きようとも、一子報いて奴を、
「貴様をっっ…………殺す!!!!」
団長は声にならない叫び声を上げながら、残りの命灯をこの一瞬に全て燃やす。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
全エネルギーが集められた団長の拳は赤く、黄色く、そしてだんだんと白くなり、眩しさで目を開けていられないほどの強烈な閃光を放ち始めた。
その拳がギルガメッシュの顔面に届く。
その瞬間。
「ふんっ」
ギルガメッシュはその姿を鼻で笑い、首をもたげて団長の拳を避ける。
そのまま右手で騎士団長の頭を鷲掴みにし、真横に捻ると、ぶちっと、まるで果実でも収穫するかのように、頭部をもぎ取った。
ブシュウウウウウウッッ…………!!!!
頭部を失った騎士団長の身体は、ビクンと痙攣すると拳を突き出した体勢のまま、首から噴水のように濃く赤い水を空へと撒き上げた。
「………………………………あ」
吹き上がる血を、呆然と口を開いたまま見るフリー、アリス、ウル、クロエ。
その光景を見ても、4人は不思議と怒りを覚えることができない。
でもどこかで理由はわかっていた。
『諦め』
自然災害に怒りを覚えることなど、普通はない。理不尽な強さを持つギルガメッシュは、もはやそれと同じだった。ただそれだけだ。
ポツッ、ポツ…………ッ。
ザッ、ザアアアアアアアアアアアアアーーーー。
2人の戦闘で水が吹き飛んだ湿地に、大粒の雨が降り始めた。
ドチャリッ………………………………。
頭部を失った騎士団長の身体は、拳を突き出したままの状態から前に倒れた。
雨が騎士団長の血を広げ、大地がそれを飲み込んでゆく。
一騎討ちを見ていたアリスたちは、嫌でも王国軍が敗北したことを理解した。
「限界が見えたから終わらせた。それだけだ」
ギルガメッシュは掴んだままの騎士団長の頭をぽいっとその辺に放り投げた。ドッと団長の頭部が逆さまに着地した。その顔は最後、ギルガメッシュに攻撃を放った猛々しい表情のままだった。
そしてギルガメッシュは審判をかって出ていたフリーに視線を向けた。
「おい、早く宣言をしろ」
「…………え」
フリーはこの状況を打開すべく、必死で頭を働かせていた。
想定していた『ヤバくなったら逃げる作戦』は、この男の前に意味を成しそうにない。想像以上の強さに全てが崩れ去っていた。むしろ、ここで逃げればギルガメッシュの怒りを買うに違いない。
それに、いつも危機をなんとかしてくれる相棒も、ここにはいない。
「お前が勝敗を言わねば終わらん。首のない死体がまだ動くと?」
若干のイラつきを見せ、金色の片眉を持ち上げてギルガメッシュは問う。
「い、いや…………」
フリーは考えた末、生殺与奪の権すらもはや自分になく、何もしないことが最善なのだと理解した。
「勝者………………帝国軍ギルガメッシュ」
フリーの宣言にギルガメッシュは右腕を勝ち誇ったように掲げると、帝国軍は当然だとばかりに盛り上がった。
その歓声の中、フリーは空元気でギルガメッシュに問う。
「騎士団長に勝ち目のない戦いだと、わかってたのかい…………?」
「あ? もちろんだ。あの男程度がいくら命を燃やしたところで、俺に届くはずもない」
ギルガメッシュは事も無げに答えた。
「…………っ」
勝ち目のない戦いを挑む騎士団長をギルガメッシュは終始嘲笑っていた。そのようにフリーには思おうとした。なんとかギルガメッシュに対しての怒りを捻りだし、対抗する気持ちを生み出したかった。そんなフリーに、ギルガメッシュは辛辣な言葉を付け加えた。
「わかってたのはお前もだろう?」
「何だって?」
ピクッとフリーは反応した。
「勝てないことがわかっていて一騎討ちを認めた。卑怯者は奴に責任を負わせたお前、いや、お前たち王国軍全員だ」
「ぐ…………」
的を得た発言に何も言い返せずフリーは、地面を見て茫然自失に立ち尽くした。
「さて、残ったこいつらだが……」
そう言いギルガメッシュは目の前に並ぶ王国軍を眺める。やれやれ、とめんどくさそうに右足を1歩前に出した。
ミシッ…………。
たった1歩踏み出しただけで、その存在が持つ圧力に魂が押し潰されそうになる兵士たち。気絶しながらも苦痛に顔を歪めている。
そんな絶望という代名詞を成すギルガメッシュは、まだ意識を保っていたアリスたちの隣を悠々と歩いていく。
「…………っ」
アリスは、まるで子供の頃に戻ってしまったかのような不安に陥った。それに負けまいと、下唇を噛みながら震えをギルガメッシュから隠すように肩を抱く。
「ひっ…………」
ウルは小さく悲鳴を上げ、オーバーサイズのTシャツの裾をギュッと握りしめてながら目の前の地面の小石をただただ凝視する。瞳はガタガタと震えるように泳ぎながら、必死に現実逃避をするかのように、ギルガメッシュの方を見ないようにした。気絶した方が楽だったのかもしれない。
「ま、待って!」
ギルガメッシュを呼び止めるその声に、嵐が通りすぎるのを待とうとしていたアリスとフリーはギョッとした。
アリスが顔を上げれば、レアが抜き身のロングソードを地面にザクッと突き立てては、震える膝を隠しもしないで立っていた。
アリスとレアが焦ったのはレアが立ち上がったからではない。レアが怒りに顔を歪め、武器を抜いていたからだ。
「レアッッッッ…………!!」
口の中が乾き過ぎて、カスカスの声しか出ないアリス。その声はレアには届かない。
「こ、殺すの? 王国の人たちを!」
騎士団長すら超える殺意を向けるレアを見て、ギルガメッシュは笑う。
「それは貴様ら次第だ」
そう言った瞬間、
ギルガメッシュはレアの目の前50センチにいた。そして右手を振るう。
「あぐっ!」
ガンッ! …………カラン。
風の加護で空気の動きを読んでいたにもかかわらず、全く反応できずにレアは剣を手から叩き落とされた。
「それは別として、剣を抜いた貴様の行動は、許容でき…………」
ギルガメッシュに殺気が宿ろうとした瞬間、レアは後ろから無理矢理に頭を押さえつけられ地面に引き倒された。
「…………うっ!」
レアの顔は、地面にぶつかり泥にまみれるも気にせずに、強い力で押さえつけられる。
「申し訳ありません。この者の無礼な態度はわたくしめが代わって、罰を受け、この場で自死致します」
クロエだった。
クロエがレアを押さえながら、彼女を守るために必死で地面に頭をつけて土下座をし、命まで捨てると言っていた。
「やめてっ! 放してよ!」
押さえつけられながらとわめくレアに、クロエは土下座をしながら小声で言った。
「レア様の行為はこの場にいる全員を危険にさらします。騎士団長の行いを無駄にはできません」
「…………うっ」
レアは悔し涙を流し、身体の力を抜いた。
「いいえ、あたしがこの2人のリーダーよ。あたしが責任を取るわ!」
そこにアリスが走り寄り、頭を下げる2人を守るようギルガメッシュの正面に立った。そして強い目でギルガメッシュを睨み付ける。ナイフを持つアリスには、覚悟が決まっていた。
「かっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっ!!」
ギルガメッシュは、ただ長く笑った。そして言う。
「手出しはしない。奴との約束は守ろう」
ーーーー雨が、頭上に降り注いだ。
◆◆
「お、目が覚めたか」
真っ白で何もない10畳ほどの空間魔法の中、仰向けに眠っていたキッドはうっすらと目を開けた。
「ぼ、僕は…………ここは?」
キッドは上体を起こしてキョロキョロと何もない真っ白な空間を見渡す。そして俺に焦点が合うと怯えた表情を見せた。
「ご…………ごめんなさい!!!!」
キッドは直ぐ様、光の速さで土下座をした。
洗脳は無事に解けたようだが、キッドは声を震わせて言葉を続けた。
「せ、世界で最も偉大で、如何なる神よりも崇高なるユウ様に、と、とととととんだご無礼をっ!!!!」
「ん……………………?」
こんなキャラだったか?
「…………あ、おいゼロ」
俺に呼ばれると、この空間の壁をすり抜けゼロは現れた。俺の空間魔法なのに、俺より順応している。
「はっ!」
「洗脳の方は解けたんだよな?」
「はい。解除済みです」
ゼロは胸に手を当て、当然だと言うように答えた。
「早いな。時間がかかると聞いていたが……」
「解除自体は非常に難解でしたが、洗脳を上書きすることは容易でした。そこで、仮の洗脳で上書きしてから全て解除しました」
どや顔で答えるゼロ。
「裏技みたいなもんか。ただ、その上書きした方の洗脳は…………解除できてるのか?」
俺を神様だと思って目を光らせているキッドを見下ろしてゼロに問う。
「…………」
ゼロは目を反らして押し黙った。
「おい…………」
俺の圧力に耐え兼ね、残念そうな表情でゼロは白状した。
ーーーー
キッドは無事に全ての洗脳を解除された。
「……まぁとにかく良くやった」
優秀な部下がいて助かる。
「いいえ」
そう一言だけ返事をすると ゼロは後ろに下がった。
きちんと意識を取り戻したキッドは、どっちにしても俺に怯えているようだ。
「キッド」
「…………ひっ!」
ビクッとキッドは後退りしてどんっと壁に背中をぶつけた。
「キッド、お前がしたことは許されないことだ。だが、お前にも事情があったことはわかった」
刺激しないよう、下がったキッドを追うことなく距離をおいて問う。
「だからって、な、何!? 洗脳が解けたってことが分かれば、どのみち僕は殺される!」
「帝国にも、か?」
「そうだっ!! 僕に戻る場所なんてないし、ここで僕はお仕舞いさ!」
諦め開き直ることで、渇いた笑いを見せる少年キッド。
「んーーーー」
【賢者】ユウ様。
「…………ん?」
どうした、賢者さん?
【賢者】この者、利用できるかと。
利用?
【賢者】命を救う代わりにこちら側につかせるのです。
元から殺すつもりはないが……王国軍に入れるのか?
【賢者】本来は『正しき者』として歩むべき存在。洗脳が解けた今、かの者の心は元の道を歩むはずです。
よくわからんが、救うのには賛成だ。
そして、まだ1人でわめき続けているキッドに目を向けた。
「なぁキッド落ち着け。俺はお前を殺すつもりも、拷問するつもりもない」
そう言うとピタリと騒ぐのを止め、俺を見るキッド。
「ほ、ほんと?」
赤く腫らした目を擦りながら、泣きべそをかいていた。
「ああ。だが1つ聞かせてくれ。お前はこの戦争をどう見る?」
「…………王国は何も悪くない。悪いのはわがままな帝国だよ。できるなら、僕は王国の人々を救いたい」
事も無げにそう言った。
「ふん……やっぱりお前とは友達になれそうだ。それなら王国はお前を傷付けはしないよ」
そう言うとキッドの顔から不安が消えた。
「ほんと?」
「ああ」
右手を差し出すと、キッドも小さな手で握手を返す。するとキッドはニシシと嬉しそうに笑った。どうやら安心してくれたようだ。
「それで、体調はどうだ?」
「凄く良いよ。いつからか当たり前にあった頭のモヤモヤがなくなって、頭がスッキリしてる」
洗脳と不安がなくなり、キッドは清々しい顔で答えた。
それからキッドが教えてくれた情報は以下の通りだ。
・帝国の最終目標は人間界の支配
・帝国がカザン公国を滅ぼしたため、他国は対帝国連合を結成中
・帝国は100年以上かけて準備をしていたが、なぜ今なのかは不明
・カザン公国民と王国国民のローグで、王都を落とす計画
人間界の支配か…………。本当にそれだけなのだろうか。それに、連合を組んだところで今の帝国に勝てるのか?
帝国が動き出したのは、おそらく裏で手を引いている混沌の理と関係がありそうだ。
「僕が知っているのはこれくらい。僕はほとんど操り人形だったから」
しゅんと下を見ながら悲しそうに言う。
「詳しい奴はいないのか?」
「それならギルが、うううん。ギルガメッシュが知ってると思う」
キッドが『ギル』と呼んでいたのはやはりギルガメッシュのことだったか。
「よし。ならヴォルフガング砦に戻ってそいつをとっちめて聞……」
「無理だよ」
言い終わる前にキッドは食いぎみに険しい顔で言った。
「戦ったからわかるけど、ユウはとても強いよ。でも、ギルガメッシュは次元が3つか4つ違う」
奴を恐れているわけではない。論理的に見た戦力分析のようだ。
「それに、ギルガメッシュはとっくに砦に到着してる頃だから…………もう、ダメだと思う」
キッドは眉を下げながら首を横に振る。
「いや、それはない。団長がギネスを応援に呼んだはずだからな」
そう言って俺は、ヴォルフガング砦を出る時に渡されていた通信用水晶を取り出した。
だがーーーー。
「なんでだ?」
水晶には何も映らず、応答はない。ただのガラス玉だ。
まさか本当に砦が落ちたのか…………!?
あのギネスが負けることがあるのか!? アリスたちは無事か!?
頭の中を不安が駆け巡っては心臓がバクバクと音を立てる。
思ったよりヤバい状態なのかもしれない!
「早く砦へ!!」
俺が空間魔法から出ようとすると、
【ベル】待ちなさいユウ!
【賢者】ユウ様、現状の戦力で向かうのは非常に危険です。ギネスが到着していれば、少なくともまだ戦闘は続いていたはずです。つまり、何かが原因でギネスが応援に来れなかった可能性が高いと考えます。
だとしても確認しないわけにはいかねぇだろ!
【ベル】連絡水晶の故障は考えられない?
【賢者】連絡設備は重要ですので冗長化されています。複数ある予備まで全てが同時に故障したとは考えられません。
【ベル】そう…………でも、あの子たちは賢いわ。なんとかして切り抜けてるはずよ。ちょっと落ち着きなさい!
お、おう。…………そうだな。ありがとうベル。
【ベル】ふんっ。
【賢者】雷龍ヴリレウスを偵察に行かせましょう。ヴリレウスなら万が一発見されたとしても帝国側だと誤認されるはずです。それに、SSSランクを除けば飛行速度はトップクラスです。
…………わかった。
ーーーー
数時間でヴォルフガング砦の様子見を終えたヴリレウスは戻ってきた。
「王国軍が捕虜になった!?」
「その通りです。主人よ」
ヴリレウスは長いまつ毛の美しい瞳で俺を見下ろす。そして凛とした女性のような声で話した。
「変だよ。あのギルガメッシュが敵兵を生かしておくなんて」
キッドは不思議そうに、首をかしげる。
キッドが言うからには、ギルガメッシュの気を変えるイレギュラーがあったのだろう。
「砦はほぼ無傷のまま帝国軍に占拠されております。見た印象ですが、降伏したのではないかと」
降伏か…………最悪の事態は避けられたな。それならアリスたちもひとまずは無事かもしれない。
ただ、王国を守ると息巻いていた騎士団長にその決断ができたとは、意外だな。あんたも無事であってくれよ…………!
「なるほど。だとすると、本当にギネスは来れなかったんだな。王都で何か問題でもあったのか…………」
いや、それより次の問題はどうやって捕虜を解放するかだ。帝国軍にどんな扱いを受けているかわからないしな。
「主人よ」
考えていると、窮屈そうに身を屈めるヴリレウスが俺を呼んだ。
「ん? まだ何かあったか」
「はい。南東より気味の悪い気配が数多く近付いてきております」
「気味の悪い気配…………?」
「それ、魔の人だよ。ギルガメッシュはカザン公国の全国民を魔の人にした。この先戦争で兵器として使うためにね」
キッドは顔に影を落としながら言った。
魔の人、ローグのことか。
「国民全員をか…………イカれてやがる。数は?」
「少なくとも400万かな。でも数は当てにならないよ。彼らの恐いところは仲間をすぐに増やせるところだからね」
キッドは膝を抱いた。
「ちっ、えげつない数になりそうだ」
王国の町の人たちのローグも加わるんだろう。それも脅威だが、王都へ向けて領土を侵すギルガメッシュの軍もなんとかしなければ。
「ヴリレウス、ギルガメッシュの軍はどれぐらいで王都に到着しそうかわかるか?」
「彼らは一直線に王都を目指して進んでいます。ですが人数が多く、進行速度からしてまだ1ヶ月はかかるでしょう」
「1ヶ月か…………」
それらの情報を示し合わせて賢者さんから話が来た。
【賢者】ユウ様、提案があります。
…………ーーーー。
いや、だけど…………。
ーー、ーーーーーー。
あいつらが……………………!
ーーーーーーー、ーーーーーー。
「ーーーーそうだな。そう…………それしか方法はなさそうだ」
◆◆
同時刻、王都よりクフナ・アルク砦にて、
「ヴォルフガングが落ちただぁ!?」
スカーフィールドは帝国兵の骸の山の上に、粗暴に足を開いて座りながらそう叫んだ。
「はっ! 王都からの連絡です」
伝令兵はスカーフィールドの迫力にびくつきながらも答えた。
「何をやってんだあのおっさんは! あの砦は国防の要所なんだろうが!」
悪態をつくスカーフィールドの目前には、ビルのように巨大な円錐形の鋼鉄が20本、地面から突きだしている。それらは一点に集中するように突き刺しているのは敵の大将、鋼拳のアイゼンだ。足、腹部に複数、そして口から入って後頭部に抜け穴だらけになって絶命していた。その顔には恐怖がこびりついている。
「やっとこさ、こいつを仕留めたってとこなのによぉ!」
そう言いつつスカーフィールドは指をくいっと動かした。すると鉄円錐が互いに離れるように動き、
ぶちっ、ぶちぶちぶち…………。
アイゼンの身体を引き裂いた。
当初、ここの戦況は均衡状態にあった。大将同士の実力も同じで長いこと、殴り合いが続いていた。戦況が変わったのは、勝負のつかないアイゼンとの戦いを止め、スカーフィールドが副将を殺しまくってからだ。彼はこのタイミングで種族レベルが上がった。そこからはもう一方的な展開であった。
「ボス、あの砦が落ちると不味いです。王都へ大量の兵がなだれ込むことに」
スカーフィールドのスキンヘッドの側近が気にすることなく帝国兵の骸の山を登り、上にいるスカーフィールドにそう助言した。
「ちっ、王都には親父が……」
同じように連絡を受けたのか、帝国軍の残党がヴォルフガングへと向かい始めた。ヴォルフガングへ集合し、そこから王都へ進軍するつもりなのだろう。
「奴らをあそこに行かせるな! 逃がした奴は今世と、来世と、来来世もスラム行きだぁ!」
「「「「うおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
一見粗暴にも見えるスカーフィールドだったが、とっくに兵士たちの心を掴んでいた。彼は父親であるレオンを尊敬しており、そのレオンの背中を見て育ったからか、仲間を大切にし、敵は徹底的に破壊しては地獄へ突き落とすことを学んでいた。
◆◆
同時刻、王都より南南東のレドニツェ砦。
「そうか、ヴォルフガングが…………俺が見た通りになったな」
ブレイトン・スウェイツ(学園長)は、もうダリル団長がこの世にはもういないことを予感した。
「どうされますか?」
「俺がここを離れるわけにも行くまい。ヴォルフガングが落ち、帝国軍がどう動くか…………しばらくは奴らの動きを見る」
「はっ!」
ブレイトン・スウェイツもとい学園長と帝国軍との戦いはとっくに勝負がついていた。
学園長はSSランク帯の最上位でありながら、魔力だけならSSSランクに相当する。また、彼ほど魔法に精通した者は世界にも一握りしかおらず、少ない魔力で高威力の魔法を放つことができた。
非常に再生力の高い帝国軍の強化兵がここにもいたが、学園長の圧倒的火力の前に意味をなさなかった。敵兵は骨すら残さず燃え尽き、およそ100年ぶりになる学園長の本気の火魔法に、善戦するも帝国軍大将マッド・カベラは灰になった。もはや相手が悪かったとしか言いようがない。
今は兵士たちの手当ても終わり、今は帝国軍の残党狩りに兵を出しているところであった。
学園長は砦の最上階に上がると、王国の風に当たる。
「ダリルよ、大儀じゃった」
学園長は空に向けて酒の入ったグラスを傾けた。
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