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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第5章 戦争
136/159

第136話 騎士として

こんにちは。

ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。

おかげ様で60万PVを達成することができました!! ここまで続けてきて本当に良かったです。

今回は第136話です。宜しくお願いします。



「控えめに言って、絶体絶命ね」



 こっそりと、騎士団長とギネスの通信を部屋の外で聞いていたアリスは、自室にフリー、レア、ウル、クロエを集めて言った。


「あはは、それ以上ってないよねぇ?」


 フリーはヘラヘラと苦笑いを返した。


「控えめに言わなかったらどうなるんだ?」


 面白半分で椅子にまたがったウルが聞く。



「もう、死んでるかしら」


 

 アリスはお手上げだというように、手を上げて渇いた笑いを見せた。


「「「すでに…………!?」」」


 レアたちが突っ込んだ。


 珍しく冗談を言うアリスに、ただ事ではないとフリーたちは察し気を引き締めた。


「で、実際の状況はどうなんだい?」


 落ち着いてからフリーが再び聞く。今度は椅子に反対向き座るウルも、ベッドに寝転んでいるレアも、手を揃えて静かに壁際に立ったままのクロエも、耳を傾けた。


「最悪ね。敵の兵士の数も絶望的なんだけど、最大の問題はやっぱりギルガメッシュよ」


「だと思ったよねぇ」


 腕を頭の後ろで組みながら、あははとまた笑うフリー。


「あたしも詳しくは知らないんだけど、普通のSSSランクじゃ何人いても相手にならないみたいよ」


「そこまで強いの!? 信じられないよ……!」


 レアは猫耳と尻尾をピンッと跳ね上げて驚く。


「すげぇなそいつ! これが世界は広いってやつか?」


 ウルは驚きで眉を上げ口を大きく開いた。


「ウルちゃんはまだワーグナーと王都くらいしか知らないよねぇ?」


 からかうフリー。


「うるせぇフリー! ちょっとくらいカッコつけたっていいだろ!」


 そう言いながらガオーと噛みつくジェスチャーをするウル。


「…………いいかしら?」


 各々自由に話す彼らをまとめるべく、アリスは人差し指を立てて注目を集めた。


「現状の戦力で勝てる確率はゼロ。そして王都からの増援も見込めない」


 困ったようにアリスはため息を吐く。その様子からして、かなり深刻なのは皆も理解したようだ。


「なるほど。確かに絶体絶命だねぇ」


 ケタケタと再び笑うフリー。こういう時普段と変わらないフリーは皆を安心させてくれる。


「…………だ、大丈夫だよっ!」


 レアは暗い雰囲気を吹き飛ばすべく大きな声で明るく振る舞った。


「だって私たちは、コルトの火竜もワーグナーの氾濫も、王都のクーデターもなんとかできたじゃん! できるよ! それに、絶っっっっ対に、ここで、食い止めなきゃ! もう大勢の人が亡くなるなんて、まっぴらだよ!」


 ピコピコと猫耳を動かしながら、皆を励ますように大きな手振りで必死に説得する。

 だが、フリーとアリスはすぐには賛同しない。2人は余裕なく希望を話すレアに対し、レアの心中を察しようと観察するように静かに視線を向ける。


「レア姉ぇの言う通りだ! やれるだけやろうぜ。腐っても俺が育った国だったし、俺って実は王女らしいしよぉ。守ってやりてぇじゃん」


 そう言いながらウルはガッツポーズをする。


「だよね! ウルちゃん大好き!」


 すぐに賛同してくれたウルに、レアは嬉しそうに抱きついた。


「ぐえっ」


 レアの大きな胸に押し潰されそうになり、悲鳴を上げるウル。


 現実主義なアリスとフリーに対し、理想を語るレアとウル。完全に意見が分かれそうなところで、アリスはずっと黙ったままだったクロエに目を向けた。


「クロエはどうするの? いいえ。私たちはどうしたらいいと思う?」


 アリスは仲間としてクロエにも意見を求めた。


「私は…………」


 クロエはユウから皆を頼むと言われた。だが、今までは人の命令に従うように生きてきた彼女にとって、それはとても難しいことだ。


「あなたの過去は聞いたけど、あなたはもう私たちの仲間。もっと自分の考えを持っていいのよ」


 アリスは考えるクロエに、優しく諭すようそう言った。


 するとクロエは10秒ほどの間、目をつむり黙って考えを巡らせる。そしてすっと目を開くと言った。



「…………ならば、戦いましょう」



「うん!」


 レアが嬉しそうに笑顔になる。


「そう……」


 アリスはふっと目を伏せる。だが、クロエの言葉は終わりではなかった。


「ですが、負けそうならすぐに逃げましょう。無責任かもしれませんが、最優先は自身の命、生きてさえいれば次が、嬉しいことや楽しいことがあるのですから。私はそれを、あなたたちと出会って知りました」


 そう言うとクロエは微笑んだ。


「あはは、それは嬉しいねぇ」


「だね!」


「へへへ」


 その笑みに、フリー、レア、ウルは少し照れたように笑い返した。


「わかったわ。確かにそれが最善かもね」


 アリスはふーっと息を吐きながら言った。


 そもそも軍に属しながら軍律に背き逃げ出すことは犯罪になる。だが、命を捨てる覚悟をしたことのあるアリスたちにとって、犯罪者になることなど些細なことだった。



◆◆



 その晩、アリスたち5人は騎士団長の部屋へと呼ばれた。10人掛けの長テーブルに5人が腰掛けると、真ん中のアリスの対面に騎士団長、両脇に騎士たちが座る。

 騎士団は、どちらかと言えば規律はあるが陽気な集団だったが、今はかなりピリピリとしている。特に騎士団長本人がだ。

 そして、早速騎士団長が切り出した。


「呼び出してすまない。もはや君たちの戦力は王国軍の中でも群を抜いている。ユウ将軍不在であっても、今後の作戦において無視することなどできなかった」


「いいわ。気にしないで」


 アリスが騎士団長に手のひらを突っ張るように向けて答える。


「それで? あたしたちを呼んだってことは、作戦に関わってほしいってことかしら?」


 騎士団長は首を横に振る。


「逆だ。明日総大将ギルガメッシュへは一切手出しをしないでもらいたい」


 そう言われ、アリスの頭の上にはハテナマークが浮かんだ。

 フリーは普段のニヤニヤが止まり、レアはすっと目から光が消え、クロエの表情は変わらない。そしてウルが大きく息を吸って文句を言おうとしたところに、アリスが待つようにと手をウルの顔の前に出した。


「相手は帝国最強…………常識で考えて、全員でかかるべきじゃない? 理由を聞かせてもらえるかしら」


 先頭に立ったアリスがハラリとサラサラの髪を揺らしながら首をかしげる。 


 そもそも自分たちの中では戦うことに話は決まったところだった。


「…………」


 その問いに対して、騎士団長は沈黙し目を伏せる。


「話せないの?」


 そう問うアリスだったが、この部屋に来た時に騎士団長の覚悟を決めていた顔を思い出し、それを察した。


「あなた、死ぬつもりでしょ」


 その言葉にピクッと反応する団長。


 そしてアリスはテーブルに手をついて立ち上がる。


「ダメよ。あなたはこの国に必要な人物。王国の守護者と言えば皆あなたを思い浮かべるわ。あなたは国民の心の支えなのよ」


 アリスは真剣な眼差しで話した。


「…………死ぬつもりはない。作戦がある」


 そう言いつつ団長は強く剣の柄を握る。その決死とも取れる気配にフリーが、真面目なトーンで話を繰り出した。


「本当だろうねぇ。もし自分の首を差し出す代わりに他を見逃せとかだったら、僕がこの場でその首を跳ねてもいいんだよ。その方が僕は強くなれるしねぇ」


 フリーはその微かに開いた細目で威圧する。



 ミシッ…………!



 部屋全体にシワが寄ったかのように音を立てて軋むと、騎士たちが生唾をゴクンと飲み込む音が聴こえた。


「そんなことはしない。何としてでも俺は奴の首を討つ」


 団長は動じることなく目を閉じながら強く言いきった。


「ふん……わかったよ」


 フリーは気持ちを抑え、アリスはため息をつく。


「それなら、あたしたちは団長が奴と1対1でやりあえるよう立ち回るわ。それで文句はないかしら?」


「ああ、すまんな」


「それ以外で手伝えることがあったら何でも言ってね」


 そう言ってアリスたちは部屋を後にした。



ーーーー



「ふぅ」


 部屋を出て、アリスはため息をついた。


 出てきたのがアリスたち5人だとわかると、廊下にいた兵士たちは羨望の眼差しを向ける。アリスたちの戦場での活躍は砦内ではもはや誰もが知るところとなり、歩けば人垣が割れ道ができる。


 そして、砦内の通路を自室に向かいながら話をする。


「ありゃ、どちらもあるね。国を守る覚悟と死ぬ覚悟の両方」


 歩きながらアリスに目線を送りつつフリーは言った。


「フリーもそう思った?」


 アリスが言う。


「うん。確かにあの人は強いけど、話に聞く限り帝国最強や、人類最強に勝てるとは思えないよねぇ」


「それでも団長さん、何としても勝つって感じだったよね」


 不思議そうにレアが話す。


「でも実際、埋められる実力差なのか?」


 ウルがストレートに言った。


「そこなのよね……」



◆◆



 会議の後、自室の椅子にどかっと体重を預け、騎士団長はため息をつく。


「これでいい。あいつらは、死ぬには…………若過ぎる」


 そして、騎士団長は王都に置いてきた妻と娘のことを思い浮かべ、強めの蒸留酒をビンのまま口をつけ一気に呷る。喉を滑り落ちる酒が熱を持つように、騎士団長はあることを心に決めた。


「あいつらみたいな将来ある若者が不安に怯えなくていいよう、ここで敵将に引導を渡すのも大人の役割だ…………」


 そう言って息を吐き、天井を眺めながら王都に置いてきた家族を思い浮かべる。


 長い三つ編みをしたあご髭で年配に見られるが、騎士団長はこう見えてまだ40代半ばだ。彼には4才と6才の娘が王都におり、彼女たちはたまに団長が家に帰ると、満面の笑みで抱きついてくる。その光景を思い出すだけで勇気が湧き、強い覚悟が生まれる。


 思い出の中にある娘たちの笑顔を思い出しながら、椅子に座ったままカクンと首を落として酔いに任せて眠りにつこうとした時、騎士団長に聞き馴染みのある声が聴こえた。


『…………ちょう…………団長、団長!』


「ん…………?」


 ぼんやりと目を開けると、騎士団長には懐かしい笑顔のフレア副団長の姿がふわふわとまぶしく見えた。彼女は先日の戦争で騎士団長を庇って戦死したばかりだ。


『一杯、お付き合いしますよ』


 クールに笑う副団長の右手には少し高級な葡萄酒のビンが握られてあった。そして副団長は長い脚を組んで、騎士団長の隣に腰かけた。


「馬鹿だな、お前は。先に逝きやがって…………」


 騎士団長はさらに酒を口に運ぶと、掠れた声を出した。


 副団長はその寂しそうな声を聞いて、フッと微笑んだ。


『私は団長のすぐそばにいます。他の騎士たちも……』



「すまんな…………」



 騎士団長はついにポツリ弱音を吐いた。絶望的な戦況に、騎士団長の精神は疲弊しきっていた。


『馬鹿な団長……謝らないでください』


 副団長は哀しそうな顔をした。


「だってお前は…………」


『わかっています。団長は、この国の守りの象徴。いつだって命を掛けて全力で戦ってきました。後悔はあれど、どこに謝る理由がありますか』


「ははっ…………そうだな。これは『俺たち』が選択した結果だ。俺の選択が間違いになるのは、この国が滅んだ時だ」


『そうです。まだ、王国は…………』


 副団長は騎士団長の手の上に自分の手を重ねると、ふわっと消えてなくなった。


「そうだな、負けてねぇ」


 騎士団長はグッと手を握った。



◆◆



 翌早朝、ヴォルフガング砦前の平原では、ギルガメッシュ総大将率いる帝国軍18万人が、対して騎士団長率いる王国軍3万人がにらみ合っていた。この帝国軍はガザン公国を落とした本隊であり、数でも質でも王国軍が劣っている。奴らは王国軍を包囲するように半円を描いて配置されていた。


 王国軍は、ギルガメッシュに策など通じないことを理解しており、平原には一切罠を設置していない。そして、ユウはシュノンソー砦を急襲したキッドを止めるために戻って来れず、どう考えても勝ち目はない戦いだった。兵士の1人1人がそれを理解し、玉砕覚悟で武器を握りしめては敵を睨み付けている。


「皆、覚悟はいい?」


 ユウの代わりにアリスが振り返ってそう言うと、レア、フリー、ウル、そしてクロエが黙ってうなずいた。

 アリスたちですら、今まで感じたことのない、浮き足立つような緊張感に包まれていた。


「予定通り、あたしたちの役割はギルガメッシュの部下の殺害。部下だってかなりの強者のはずだから、油断はしちゃだめ」


 実際、理に適った作戦ではある。圧倒的な兵力差である以上、数で潰される前に敵の総大将をこちらの最高戦力で即殺す。それが一番味方の被害が少なくなる。


 綺麗に整列した王国軍の中から、騎士団長が1人前へと出た。そして、王国軍に振り返り声を張り上げた。









「総員……武器を捨てろ!!」








 …………………………………………っ??




 それを聞いた王国軍の誰もがキョトンとし、聞き間違いかと耳を疑った。皆、命を捨てる覚悟で、ここに立っているのだ。兵士たちは意味が分からずに動揺して、どよめき周りを見回す。


「ちょっ! どういうこと!?」


 アリスたちも訳が分かっていない。確かに昨日、手を出すなとは言われたが、それは大将を相手取った場合の話ではなかったのか?


 だが騎士団長は再び繰り返した。



「聞こえなかったか? 大将命令だ。総員武器を捨てろ!!」



「「「りょ、了解しました!」」」


 ガシャン!


 2度目の命令で、ためらいながらも武器を手放す兵士たち。


「うーん、ど、どうしようかねぇ?」


 フリーは刀を手放すべきか、アリスに聞いた。レア、ウル、クロエも同様だ。アリスはアゴに手を当てて考える。


「何か…………何か考えがあるのかも。あの人だもの、間違っても全面降伏なんてしないはず…………とりあえず、言われた通り武器を置いて様子を見ましょう」


 そう言ったのは、アリスが団長の直属の部下である騎士たちも、戸惑いながらも剣を置いたのを見たからだ。おそらく、何も知らされていないが、騎士団長を信用したのだ。



 しばらくして、騎士団長以外の全員がガシャンガシャンと武器を捨てた。


 それを見て、帝国軍から怪訝な顔で歩み出てきたのはその男。2メートルはある巨体にライオンのたてがみのような金髪に金色の鎧、そして圧倒的な金色のオーラ。

 影武者などではない。いや、最強であるがゆえ影武者すら必要がない。ホンモノのギルガメッシュだ。


 彼は騎士団長の20メートルほど手前で立ち止まった。


「歴史あるレムリア騎士団。その団長とあろうものが、何のつもりだ?」


 低く野太い唸るような声でそう騎士団長に問う。すると、騎士団長はすーっと息を吸う。





「…………カルコサ王国レムリア騎士団団長ダリル・オールドマンは、帝国軍総大将ギルガメッシュ、貴様に大将同士の一騎討ちを申し込む……!!」





 騎士団長は剣の先端をギルガメッシュに向け、そう言った。風に乗り、戦場に響き渡る声。


「ふっ……かっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっかっ!」


 ギルガメッシュは額に手を当て、こらえきれないとでも言うように肩を震わせて笑った。


「俺と、一騎討ち?」


 笑い、声を裏返しながらいうギルガメッシュ。


「そうだ」


 憮然とした態度でハッキリと答える。


「かっかっかっ! 俺との一騎討ちを希望した者など何十年ぶりか!」


 ギルガメッシュは瞳孔が開いたかのように興奮して言った。そして、急に落ち着くと騎士団長に問う。


「…………ならば、ここまで引き連れてきたその兵士たちはなんだ。観客か?」


 ギルガメッシュは騎士団長の背後に控える王国軍の兵士たちの存在意義を問う。


「この場に兵士は俺1人だけだ。見ての通り、後ろのこいつらは武器を1人も手にしていないただの民間人。手を出すな」


 騎士団長は自軍に手を向けてそう話す。


「あ…………??」


 ギルガメッシュは騎士団長を睨み、ドスの効いた声で脅すように言った。


「この戦場に来ておいて、今さら民間人だと?」




「そうだ。彼らは俺が守るべきこの国の…………『民』だ」




 そう言った途端、騎士団長の存在感が激しく跳ね上がった。


 なるほどね…………。


 アリスは納得し1人頷いた。


 騎士団長のユニークスキルは、守る対象が多いほどステータスが上がる。彼が最も力を発揮できるのは市民を守りながら戦う最終防衛ラインがベストだ。しかし、それが味方の兵士であった場合、守る対象というよりも共に戦う仲間という認識が強く、力を存分に発揮できていなかった。


 つまり、ここからが彼の本領。


 それにギルガメッシュ相手に数は意味をなさない。ならば一騎討ちに持ち込み、自分たちを守るために戦うことで騎士団長は最大の力を発揮することができる。

 実際、今団長から立ち上るオーラはアリスたち全員とでも渡り合えそうなレベルであった。



「お前らを護らせてくれ」



 その騎士団長の瞳と言葉に、兵士たちの心が動いた。


「団長…………っ!」


 騎士の1人が力のこもった敬礼をした。


 ザッ…………ザッ、ザッ…………ザザザザザザザ…………。


 敬礼は自然と次々に伝播し、一切示し合わせたわけでもなく、兵士たちが続々と敬礼をしていく。


 そしてそれは全員に届く。








「「「「「「「「王国を、お願いします!!!!」」」」」」」」








 カルコサ王国の領土にて、晴れ渡った高い青空に、ドンッ! と皆の声が響いた。


 帝国兵たちは気圧され、どよめきながら揃って1歩後ずさりする。


「そうか、そうかそうか…………あくまで勝つつもりか」


 ギルガメッシュはその光景を見て、獣のような犬歯を覗かせて笑う。


「わかった。その申し出、受けてやろう」


 そして、ふっと思い付いたように続けた。


「ああ、しかしそうだな。お前が負けてもそいつらが逃げ出さないよう、少しだけ()()()をしてやろう」


 そう言ってギルガメッシュはその猛獣のような目をカッ!! と見開いた。

 その瞬間、王国軍に襲いくるは、真っ黒な『絶望』。






 ゴゥッ……………………………………………………!!!!





 

 戦場をギルガメッシュの威圧感が駆け抜けた。


「うっ……」


「なんだ、これ…………!?」


「息が…………っ!」


 フラッと意識を失ったかと思うと、


 バタッ…………バタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタバタ…………!!


 ドミノ倒しのように、威圧感が通り過ぎた順に兵たちが倒れていく。



「あ………………………………あ、ああっ」



 アリスですら、足がなくなってしまったかのように、立っていられなくなった。ストンッと崩れ落ち、ガタガタと震える両肩を必死で後が残るくらい強く抱いた。純粋な死の恐怖に、寒気が止まらない。


 まさに『歩く天災』。


 勝てるだなんて、とんだ思い上がりだったと、アリスは理解した。


「こんなの、無理よ……」


 アリスはまるで、自分が暗い幼少期の頃に戻ってしまったかのような不安を抱き、幼子のように気付けば涙が頬を伝っていた。




 意志が、折れてしまった…………。




 フリー、レア、ウル、クロエたちも立っていることができずに座り込んでしまっている。


「こ、これは、学園長の時とは比べものにならないねぇ」


 フリーは実力差のある威圧には学園での経験で耐性ができ、額に脂汗を浮かべながらもまだ耐えられていたが、本能が奴と戦うことを拒否していた。

 アリスたちを除いて、兵士たちは気絶し、耐えられた者はいない。


 そんな中で、騎士団長は剣を突き立て、支えにしながらもこらえて立っていた。アリスたちと大きくは変わらない実力の騎士団長が立っていられたのは、強い意思の力によるものだ。


「はははっ! あいつフラフラじゃねぇか!」


 倒れそうな騎士団長を指差してゲラゲラと笑う帝国兵。その言葉が運悪くギルガメッシュの耳に届いた。


「…………」


 ギルガメッシュはへの字に口を結ぶと、黙ったまま振り返り、その発言をした者を睨んだ。


「ひっ!?」


 その兵士はガクガクと立ちながらに顔をのけぞらせて痙攣すると、口から泡を吹き出し、様々な液体を垂れ流しにして気絶し倒れた。髪色が一気に真っ白になり、顔にシワがよって20歳は老け込む。


「ふ、ふふっ止めてやれ。仲間だろう?」


 騎士団長は冷や汗を流しながらも無理矢理に笑顔をつくって強がった。


「違う。こいつらは俺のおこぼれ目当ての、覚悟もないクズだ」


「おこぼれ、だ?」


「王国を手に入れた後、金品を奪い、女を奴隷にしたいんだろうよ」


 そう言いながら帝国兵たちを睨んだ。ギョッと後ずさる兵士たち。


「お前、は、違うのか?」


「はっ! そんなもの望めばいくらでも手に入る。こいつらの望みは小さすぎる。今興味があるとすりゃ、もっと別のもんだ」


 ギルガメッシュはそう言って開いた手のひらを強く握った。その時の彼の目は、過去一番に危険な光をはらんでいた。


「別の…………?」


 その時、騎士団長は危機感を覚えた。この男を生かしておくのは危険だと。


「で、一騎討ちだと言うが…………そうだな。俺に一発でも有効打を入れられたら、後ろの奴らは生かしておいてやる。希望がある方が楽しかろう?」


 そう言って倒れた王国兵たちを指差し、付け加えた。


「お前は、間違っても死ぬがな」


 そう言いつつギルガメッシュは冷たい眼光を騎士団長へと向けた。


「ふん、贅沢な奴だ。ならその1発で殺してやるよ」


 騎士団長はギルガメッシュの恐れを吹き飛ばすように、殺意で全身に力を漲らせる。


「かっかっかっ! 口だけは達者だな。ならば、さっさと始めるとするか」


 ギルガメッシュがそう言った時、フリーがよろよろと刀を支えに立ち上がった。


「ま、待ってほしいねぇ……開始の合図は、僕にさせてほしいかな」


 フリーは膝に手をついて支えながらフラフラと歩いて前へと出てきた。


「フリー!?」


 驚く騎士団長。

 フリーは、この場で命を懸ける、騎士団長の男気に報いるため、せめて不正のないようにしたかった。ただそれだけだった。


「ほぉ、案外根性のある奴がいるじゃねぇか。SSSランクでも気を失う奴はいるんだがな……」


 ギルガメッシュはフリーを見て目を細めた。フリーは視線だけで心が折れそうになる。


「いやぁ、無理だねぇ。あんたと、なんて、やり合う気は起きないよ」


 ひきつった笑いを見せながら、震える喉から声を絞り出すフリー。


「ふんっ、どうだかな。お前とこいつの2対1でもいいんだが?」


 ギルガメッシュは腕を組んで言う。


「ダメだ。一騎討ちは、俺とお前とで行う」


 騎士団長は答えた。フリーは互いに向かい合う2人から少し離れた位置へと歩く。

 歩きながらフリーは王国軍にチラリと意識を向け、なんとか策を練ろうとするが、見たところ自分以外の兵士はアリスたち含め動けそうにない。そのためフリーは仲間を守ることを優先し、何もできずにそのまま持ち場についた。


「それじゃ、準備はいいかい…………?」


 フリーは震えながら右手を真っ直ぐに伸ばして天へ向けた。これを振り下ろせば一騎討ちは開始する。


 フリーの言葉で団長が左足を前に、半身になって肩に担ぐように剣を構えた。


 開始の合図まで、団長の意識は引き伸ばされ、周囲の音は消え失せる…………。



「よー…………い………………………………」



 ギルガメッシュは楽しそうに腕組みしながら仁王立ちのまま、開始の合図を待つ。


 団長の研ぎ澄まされた感覚は、ピリピリと肌を刺すようなプレッシャーとなってギルガメッシュを襲う。


 フリーは深く息を吸い込み、腹から叫んだ。





「…………はじめ!」




読んでいただき有難うございました。


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