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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第5章 戦争
135/159

第135話 3人の守護者

こんにちは。

ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

また、遅くなって申し訳ありません。

第135話です。宜しくお願いします。



「おい、ギネスとは連絡がついたのか!?」



 ギルガメッシュ進軍の連絡を受け、一気に慌ただしくなったヴォルフガング砦。

 通信用水晶がある日の光の入らない暗い部屋で、騎士団長は急かすように部下に問う。


「連絡は、ついたのですが…………」


 スッと視線を逸らし、答えにくそうにする部下の騎士。


「どうした?」


 騎士団長が詰め寄ると、観念したように答えた。



「…………ギネス殿は、おそらくですが動かれません」

 


「なんだと!? もういい、私が直接話す」


 軽く沸騰した騎士団長は連絡用水晶の前の椅子にドカッと乱暴に座る。水晶には、王都ギルドの通信室が映った。


「……はい、こちら王都ギルド本部です」


 向こう側でそう答えるのはギルマスの秘書だろう。


「レムリア騎士団団長ダリルだ! 今すぐギネスに繋いでくれ!」


 騎士団長は連絡用水晶を両手で抱え、唾を飛ばしながらしがみつくように言った。


「も、申し訳ありません。今ギルドマスターは席を外しておりまして……」


 騎士団長の剣幕に、秘書の女性が申し訳なさそうに対応する。


「緊急だ! すぐに呼んでくれ!」


「それが…………」



◆◆



 その時ギルドマスターであるギネスは、王都北区民家の屋根の上にいた。その元へ、オレンジ色の洋瓦屋根の上を素早く猫のように走り、集まってきた冒険者たち。身のこなしから、彼らも皆かなりの使い手だとわかる。


「お前ら、目撃情報はどうだ?」


 ギネスが尋ねるも、彼らは揃って首を横に振る。


「ありません…………!」


 その返事に、ギネスは苦い顔をした。


「1匹や2匹のはずはねぇ……絶対に他にもいるはずだ。必ず探し出せ! 感知系のスキルがある者を呼び、徹底的に地下を調べさせろ」



「「「「はっ!」」」」



 返事をする冒険者たちにも緊張の色が見える。それだけ緊迫した状況だということだ。そして、ギネスは続けた。


「いいか? 何度も言うが、絶対に一般市民を近付けさせるな! 対応は安全マージンを取ったSランク以上に限定しろ! 奴らは群れで行動する。Aランク冒険者じゃ不覚を取る可能性がある!」


 とは言っても、ほとんどの実力者が国境防衛に出払っており、今や王都においても該当者はほぼいない。だが中途半端な戦力は敵に塩を送ることになりかねない。ギネスはギリリと奥歯を噛む。


 その時、ギネスの元に王都の暗部と思わしき男がどこからともなく現れ、サッと跪いた。


「ギルドマスター、奴の目撃情報がありました」


「どこだ?」


 幼い外見のギネスは、見た目に似合わぬ鋭い視線を前で片膝をつく男に向ける。


「北区居住区、モンテグロール聖堂です」


「近いな…………わかった。お前らは引き続き情報収集に務めろ。奴らは何としても根絶やしにしなければならん!」


「「了解しました!」」


 ギネスは残像すら残さず一瞬にして姿を消した。



◆◆



 同時刻、王都スラム街の地下水路にてジャベールはレオンの部下たちと連携し、ある目標を探していた。


「ジャベールさん! こっちです!」


 先導する男は曲がり角で立ち止まり、声を潜めてジャベールを手招きする。そして、その角を曲がった先、最小限の魔石灯に青白く照らされた光景を指差した。


「アレか…………」


 ジャベールの目線の先にあったのは、地下水路の脇で浮浪者だと思われる小汚ない男性の腹に顔を埋めてぐちゃぐちゃと内臓をむさぼる、『ローグ』の姿だった。四つん這いになり、手を使うわけではなく直接口で肉を貪る様子は、まさに獣だ。

 食われている男性も、食われながらにピクピクと指先が動き始めている。ローグ化が進んでいるようだ。


「ここにいろ」


 ジャベールは案内してきた男をおいて、ローグの前に堂々と姿を現すとカツ……カツ……と地下水路内に足音を反響させながらローグへと距離を詰める。


「がっ…………?」


 近付いてきたジャベールに対しローグはピクリと耳を動かしてから、顔を上げる。顔は犠牲になった人の血で赤く濡れている。そして2足歩行になると、前傾姿勢のまま歯に挟まった人の血肉を垂らし、人間の可動域よりも遥かに大きくアゴを開いて大音量の威嚇をした。


「があああああああああああああ…………あ?」


 パァン……!


 だが、ローグが鳴き終わるまでにジャベールの右拳がローグの頭を爆砕させた。ビシャッと壁に血と肉が叩きつけられる。


「まさか、こんな奴らが王都に潜んでいるとは……」


 叩き潰したローグを見下ろすジャベールの足元で、ほとんどの内臓をむさぼり食われ仰向きに死んでいたはずの男。彼が一気に海老反りに胸を反らしたかと思うと、バンッと跳ね起きた。


「が…………がががああ」


 ローグはカクカクと首を動かしてジャベールを観察する。


「ジャベールさん!!」


 ジャベールの危険を感じ、後ろから案内の男が叫ぶ。


「全く、嫌な仕事だ」


 ローグの首がぐらりとずれ、胴体から離れた。ジャベールの水平の手刀がすでに放たれた後だった。 



ーーーー



 王国の町がローグに占拠され始めた頃、実は王都に忍び込んだ帝国の者がスラム街の1人に黒魔力を打ち、次に自分自身にも黒魔力を注射した。その結果、通称『ローグ(魔の人)』が2人生み出された。

 ちなみに、別任務も受けていたジーク辺境伯の襲撃犯から黒魔力の注射器を回収したのも、その帝国人である。


 そうして生まれた2体のローグのうち、1体は情報を得ていたレオンが運良く異変にいち早く気付いたため、彼の手腕で他の感染者もろとも地下聖堂に完全に封じ込めることに成功していた。

 しかし、逃げ場のないはずのその地下聖堂で、1体のローグがネズミを噛んだ。ローグ化したネズミは配管から外に出て他のネズミたちを襲い始めた。そしてローグ化したネズミたちは下水道から王都中へと広まることになった…………。



 ジャベールは今、大きな鋼鉄の錠前をつけられた上に、大量の家具を積み上げて厳重に封をされた扉の前に立っていた。古風な蝋燭のオレンジ色の明かりがユラユラと、その扉の前を照らしている。


「ここが、感染源の1つというわけか」


「そうだ」


 後ろから相づちを打ちながら現れたのは、このスラム街のボス、レオンだった。相変わらずデカいガタイに葉巻を咥えている。

 

「まさかな……こんな形でお前と再会するとは思わなかった。人生何があるかわからねぇな」


 しみじみとレオンはジャベールに感情の読み取れない視線を向けて言う。


「こんなことがなけりゃ、来ることもなかったはずだ。それより貴様、まだ……忘れてないだろうな?」


 ギロリとレオンを睨むジャベール。


「……もちろんだ」


 ふっふっふと楽しそうに葉巻を咥えるレオン。そして扉の方を向いて顔に深くシワを寄せると、話題を戻した。


「わかってるだろうが、奴らに1ヶ所でも引っ掻かれたり噛まれたりしたら終わりだぜ? 俺の見てる前で何人も変わっていったからな」


 レオンの部下が扉の前に積み上げられたテーブルや椅子などの荷物を緊張の面持ちで、慎重にどかしていく。大きな音を立てれば奴らが扉に突進してきて破られてしまうかもしれない。


「俺を誰だと思ってる」


 扉の方向を向きながらジャベールは真顔でそう言った。


「ふん。かぁ~…………うめぇ」


 レオンは深く葉巻を吸い込むと、ふぅ…………と鼻から煙を吐き出した。


「…………それはいらねぇ心配だったな」


 皮肉を込めたようにレオンは笑った。


「俺が入ったら扉を閉めろ」


 ビシッと憲兵の襟を下に引っ張って正しながらジャベールは言った。


「ああ。それじゃ、よろしく頼むぞ」


 レオンの部下が両開きの扉の取っ手に2人で手を掛けた。2人は互いに目線を合わせると、頷き合いながら呼吸を合わせる。そして



 バタンッ!



 勢いよく扉が開かれた。









「「「「「「「「ががあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」」」」」」」」







 

 途端に襲う凄まじい怒声。


 中にいた多数のおぞましき人だったモノは、一斉に口を大きく開いて威嚇をした。その音量は地下に住む生き物全てを怯えさせるには十分だ。声を聞いた者たちは皆、大切な人たちと身を寄せ合った。


 中には、机の上に乗って何かをむさぼっていた者、壁に張り付いている者、天井から吊るされた魔石灯に乗っている者、進化し巨人のように大きくなっている者、人の形を残していない者、背中からおぞましいほどの指が生えている者など。


 それらを見て、ジャベールは憐れみの目を向けた。




「気の毒にな……」




 ガゴォン…………ン……ンンン。


 ジャベールの後ろで扉が閉められると共に、ローグたちは四足歩行で一斉に床を蹴った。



◆◆



 ザッ…………。


 ギネスは民家の屋根を飛び移り、2分とかからずに連絡にあった北区の聖堂前の広場に着地した。


「ここか…………」


 聖堂の周辺は大勢の武器を持った冒険者たちが取り囲み、扉やステンドグラスの嵌め込まれた窓は全て土魔法で何重にも密閉されていた。今はあれで持ちこたえられても、ローグの進化の速度を考えるといつまで持つかわからない。


「危険だ。離れろ!」


「祭りじゃねぇ! 死にたいのか!」


 聖堂前の広場に、何事かと集まってくる民衆を冒険者たちが、キレ気味に追い返している。それでも野次馬というのは湧くものだ。


「ギルドマスター!」


 駆け寄って来たのは北区のギルド職員だ。


「状況は?」


 ギネスは息も切らさず職員に問う。


「はっ! 聖堂内地下より突如現れた1体のローグが神父を噛みました。礼拝中だった市民は逃げ出しましたが、複数名が内部に取り残されている状況です」


「なるほど。出入口の封鎖は?」


「完了しては、います。ですが、わ、私の判断で…………市民が数名、中にいるにもかかわらず……全ての出入口を封鎖しました」


 そのギルド職員は、罪の意識を堪えられずに震えて言う。


「いや、それでいい。危険度の認識が正しくされてるようで良かった…………」


 ギネスは彼を思って柔らかく微笑んだ。


「で、ですが助けられなかった人たちは…………」


「お前は60万人いる王都民全員と数人を天秤にかけ、重要な方を選択した。それだけだ。お前の判断は正しい。お前は王都そのものを守った」


 背の低いギルマスは背伸びをしてギルド職員の肩を叩く。


「は、はい!」


 ギルマスにそう言われ、ギルド職員の表情は少しマシになった。


「しかし、やはり奴らは地下からか……。中にいる正確な数はわかるか?」


「はい。現れたローグ1体に、神父1人、男性2人、女性4人の計8名です」


「上出来だ。彼らは俺が責任を持って…………」


 そこまで言ってギネスは下唇を噛んだ。


 『……殺す』という言葉は伏せたギネスだったが、その場にいる誰もが理解した。

 そして、ギネスはパキポキと指を鳴らしてグルングルンと両腕を回す。そして、聖堂の正面まで歩いていく。



「いいかお前ら! 俺が入ったら魔法で固く扉を閉じろ。出てくるまで決して扉を開けるな!」



「「「「はい!」」」」


 ギネスから発せられるカリスマ性とその覇気に、集まっていたAランク冒険者たちは、反射的に返事をした。と同時に言い知れぬ高揚感を感じていた。


 ガチガチに固められていた扉が土魔法によって再び開かれた。ギネスが足を踏み入れるも、ローグの姿はない。


「必ずやご無事で!」


 敬礼するギルド職員と冒険者たちに見送られ、ギネスは中に入った。ゴゴォンと扉が閉められると、中は窓まで塞がれているため、外からの光は一切なくなり完全な真っ暗闇だ。

 だが、入った瞬間からギネスの鼻には下水のヘドロの臭いが微かに感じられた。


「さ、て、と…………」


 そう呟きながら、鼻歌交じりに聖堂内のレッドカーペットの上を歩いていく。ギネスがそのカーペットに視線を向けると、所々人間の手と足の形に泥がついている。


「いるな…………」


 どこからかギネスを見ている視線を感じるが姿は見えない。


 一般人からは能天気に見えるギネスだったが、野性的本能を持つローグたちは、彼から計り知れない危険性を嫌と言うほど感じていた。結果、ローグたちは、ギネスが歩けばジリジリと後退し、壁や天井に張り付きながら一定の距離を取りながら監視するしかできない。


 緊張感もなく、まるで散歩をするかのようにテクテク礼拝堂までの廊下を歩いて行くギネス。


「ちっ……今のところ殺すしか救う手段がねぇってのが、難儀だな」


 ギネスがここのローグを殺したとしても、あのギルド職員は市民をローグにしたという罪の意識を死ぬまで抱いていく。

 ギネスは、ローグをどうすることもできないのがもどかしく、そして悔しかった。


「もうちょいか…………?」


 ギネスは考え事をしながら、奴らのテリトリーを図っていた。

 ローグが野生動物に近い知能と本能を持つということから、テリトリーに踏み込まれれば、いかに下っぱがビビり散らしていようが群れのボスは威厳を保つために襲ってくると考えていた。


 そしてその考えは間違いではなかった。


「雑魚は後で狩れるからな。今は逃がすとマズそうな…………そう、てめぇからだ」


 そう言いつつギネスは礼拝堂の床から天井近くまでをなぞるように睨んだ。


 聖堂の礼拝堂部分に足を踏み入れた途端に襲い来る威圧感。Aランク冒険者ですら卒倒しそうなプレッシャーを受けながらもギネスはアゴに手を当てて考える。



「うん、存在感は…………レッドウィングのマシューくらいか?」



 ギネスには、そよ風に吹かれた程度にすら、感じない。


 そのローグは、その体型は人であるものの、高い天井で300人が座れる礼拝堂の中を3分の1は埋め尽くすほどの巨体にまで進化していた。巨人よりも遥かに大きく、身長は10メートル以上だろうか。身体は人間の肌の色ではなく、灰色だ。どうやら全身から鋭く長い爪のようなものが生え、それがびっちりと皮膚を守るように張り付いているようだ。


 知性を失ってなお、ギネスの振る舞いに自分がなめられていると理解したローグ。ピクピクと口もとが痙攣すると、足を前に出した。



「ごあ゛あ゛あ゛あああああう!!!!」



 人間のガテラルボイスに近い声を出しながら、礼拝用の長椅子を1つ2つと上に蹴飛ばし、ギネスに向かって走る!


「成長具合から見ると、お前が第一感染者のローグか。それに、下水を通って来たな? かなり臭うぜ」


 ギネスは鼻をつまみながら言った。


 ドゴンッ、ドゴンッ、バキィ! バラララ…………!


 長椅子がいくつも吹き飛び、壁や天井にぶつかってはバラバラの木片となって降り注ぐ。


 ローグが目の前2メートルにまで迫るもギネスはまだ足を止めたまま、顎に手を当てて考えていた。


「ん…………待てよ? だとしたら、もしかして帝国の…………」


 そう言ってようやくまともにローグに視線を向けたギネス目掛け、ボーリングの投球フォームのように、地を這いながら迫るローグの大木のような腕。その腕にある鋭い爪が、礼拝堂の石の床をガリガリと削りながらギネスに向かう! 


 そして、まともにギネスの胸に直撃した。





 …………………………………………ッ……ッッ……………………ッ…………。





「が…………があ?」


 その結果にローグは違和感を感じ、その格好のまま固まった。


 確かに直撃した。あの小さい身体なら吹き飛んで当然だ。だが、よろけもしないギネス。


 獣と化したローグの頭には、ギネスが臓腑を撒き散らしながら吹き飛ぶ光景がイメージとして浮かんでいた。今までの生き物はどいつもこいつもそうだった。ゆえにローグにはこの結果が理解が出来ない。


「残念だったな」


 ギネスは自分の胸に突き立てられていたローグの爪を掴んで、よっ、と前に突き返した。


「があっ…………」


 よろけて後ろに数歩下がるローグ。


 ギネスに全くダメージがないのは、これぞギネスが最強たる所以のユニークスキルによるものだ。

 当たっているかのように見えたローグの爪は、ギネスに触れるその1ミリ手前で全ての運動エネルギーを吸収され、それ以上前に進められなくなっていた。


「いやぁ、こうやって戦うのも久しぶりだ」


 グルングルンと左手を右肩に当てながら腕を回すギネス。


「が?? あ? あ…………がああああああああああ!!!!」


 戸惑ったローグだったが、今度は連続でギネスに殴りかかった。



 ガガッ、ガガガガガガガガッッ!!!!



 だが、幾度となくローグはギネスに打撃もしくは噛みつきや爪での斬擊を加えるも、全てはギネスの手前で停止してしまう。


「効かねぇって」


 首を傾けたギネスが冷たい目でそう言うも、攻撃をし続けるしかないローグ。だが突如手を止め、辺りを見回すと先ほどとは別の鳴き方をした。



「……がああっ! がああっ! がああっ!!」



 すると、ワラワラと手下のローグが姿を見せ始めた。どうやら奴らにも攻撃に参加しろと呼んだのだろう。

 

「これで全員か。よし、そろそろよさそうだな」


 ギネスは一網打尽にすべく、この場に全ローグが集まるのを待っていた。

 そして、ローグが吹き飛ばした壊れた長椅子の木片、30センチほどの長さの物を床から拾うと、フッと一瞬姿を消した。


「がっ!?」


 ギネスが現れたのはローグの目の前の空中。驚くローグを無視して、片手に持った木片でペシッとローグの頭を叩いた。


「ほっ」


 コンッ。


「……………………??」


 身構えていたローグだったが、あまりの腕力の弱さに首を傾げてからニチャアと笑い、牙からよだれが垂れる。だが…………。


 ミチミチミチッ…………!!


 ローグの頭頂部が突如へこみ、頭がベコッと変形し始めた。


「?? …………っ!!!!」


 軽く振ったはずなのに、徐々に大きくなる運動エネルギー。



 ミチミチッ……ベキッ、ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッ!!!!



 ローグは頭から股までを真っ直ぐに斬り分けられ絶命し、巨体から黒いドロッとした血液を流しながら床に横たわる。ギネスの木片での小突きは礼拝堂の床にすら深い穴を穿った。


 それからギネスはその様子を離れて見ていた他のローグたちに憐れみの目を向けた。このローグたちはここに参拝に来ていた普通の市民たちだ。


「すまんな。今のところお前らを救う手はないんだ。せめて苦しまないように殺してやる」


 ギネスは小さな手を握りしめた。



◆◆



 スラム地区、地下聖堂。



「ご苦労だったな」


 静まり返った地下聖堂の入り口でレオンは、ジャベールを出迎えた。


 背後にあるローグが占拠していた聖堂の中には、肉片と黒いドロッとした血液が飛び散り、壁や天井にまで付着している。まさに凄惨な現場だ。 


 ジャベールは血に染まった白い薄手の手袋を外すと、その辺にべちゃっと投げ捨てた。その顔には眉間に深いシワが刻まれ、強烈な目力を発している。ピクピクとこめかみが痙攣、怒りがこみ上げている。

 ただでさえ犯罪者には死神と同等に恐れられているジャベールだ。怒りに染まった顔を見たスラムの住人たちは、ローグの叫び声を聞いた時よりも震え上がった。


「胸くそ悪い仕事させやがる。俺は憲兵だぞ? 市民を殺させやがって…………クソ野郎が!」


 こめかみに青筋を浮かべたジャベールは怒りで震えながらも、レオンを鋭い眼光で睨む。


「すまんな。だが奴らもお前に殺してもらえて本望だろう」


 ジャベールの怒りを軽く受け流すレオンは、階段の手すりに置いた灰皿にトントンと葉巻の灰を落とす。



「そういうことを言ってるんじゃない……!」



 ジャベールが1歩踏み出すと、ビシッ……! と石でできた部屋に亀裂が走り、周囲の人々は悲鳴を上げる。 


「ああ? 仕方ねぇだろ。これがローグの……いや、帝国のやり方だ。俺に怒りを向けるのはお門違いだろうが……!」


 気にすることなく逆にレオンがジャベールを睨み返す。

 

 人間的に恐れられているレオンと、規格外の戦闘力で恐れられているジャベール。2人の一触即発の雰囲気に、周囲の者は内臓をえぐり刺すような緊張感を感じ、タラリと汗を流した。


 沈黙を終わらせたのはジャベールだった。


「…………ふん。確かに、それはそうだな」


「だったら…………お前はどうする?」


 レオンは吸いかけの葉巻を地面に捨て、靴裏でジリジリと踏んで火を消す。


「これが奴らのやり方というなら、俺も本気で王都を守るだけだ」


 そう言ってジャベールはレオンに背を向けて歩き始めた。


「ふん、そうかよ」


 レオンは付き人のアルゴにしかわからないほど、微かに笑い、言った。


「…………頼んだぞ」


 ジャベールの背に向けてレオンが静かに言うと、ジャベールは足を止めて振り返る。



「お前の頼みじゃない。これは、俺の意思だ」



「へっ、勝手にしやがれ」

 

 レオンは2本目の葉巻を咥えて火をつけた。


 仲が悪いのか良いのか、いまいちわからない2人だが、2人の意見は一致したみたいだ。



◆◆




 ドゴォン…………ッッ!


「あー、嫌な仕事だ」


 ギネスは聖堂の扉を内側からぶち抜くと、砂煙の上がる中、首をコキコキ鳴らしながら現れた。


「ギルドマスター、よくぞご無事で」


 ギルド職員は頭を下げた。


「ああ。もう聖堂の土壁、解除してもいいぞ」


 やれやれとハンカチで手についた汚れを拭き取るギネス。


「了解しました」


「次の目撃情報はないのか?」


「はい。今のところはありません。また、ジャベール様よりスラム地区地下のローグ殲滅が完了したとの連絡がありました」


「そうか」


 そしてギネスは今までのローグとの戦闘で感じたことを口に出した。


「しかし、今までの報告に比べると、王都のローグは報告より動きが鈍く、感染力も弱いような気がするな」


「はい? それは何故でしょう?」


「いや、わからんが、報告通りなら噛まれてから十数秒で発病だろ? もしそうならとっくに王都は死の都になってるはずだ」


 それはギネスにも理由はわからず2人ともが首をかしげる。


「ま、とにかく今はこれで一段落だな。だがまだまだ王都に気配は残ってる。しばらく残党を狩らねぇとだめか」


 そう呟きながらギネスは姿を消した。



◆◆



 王宮の50メートル地下に、『水憂の間』と呼ばれるごく一部の者しか入ることのできない部屋がある。そこにはただ、大理石でできた円形の池だけがあり、中央に1メートル大の水晶のように綺麗な水龍の魔石が備え付けられている。その魔石は常に透き通るような蛍光水色に発光しており、水面に映る光はユラユラと天井にも反射して部屋全体に神秘的な雰囲気を醸し出していた。そこから溢れ出した水は王都全体に飲み水として送られている。


 今、その部屋にいるのは白く薄い生地を肌の上から外套のように羽織っただけの半裸のキーナ王女だ。前を留めるボタンはなく、母乳のように柔和で張りのある白い肌がはだけた外套の間から見える。形が良く大きな乳房は外套をこれでもかと押し上げ、非常に清純さと妖艶さを兼ね備えて見える。


 彼女は水面に裸足で足をゆっくりとつける。触れた水面から波紋が広がっていく。まだ少女の域を出ない年齢の彼女の肌は水滴をプツプツと弾いていた。


「皆さまの不安が少しでもなくなりますように…………」


 キーナ王女はほとんど裸の状態で両足を膝にまで水につけると、両手を祈るように合わせてそう言った。


 周りには誰もいない。この場所は王家の中でも神聖な場所とされ、王女が行っているのは儀式ともとれる行動だからだ。


 キーナ王女は静かに中央の魔石にまで歩いていく。水面に触れた外套は水を吸い、彼女の白くみずみずしい太ももに張り付いて、肌色が透けて見える。

 キーナ王女は台座に備え付けられた水龍の魔石に両手のひらをそっと触れ、そして唱えた。


「どうか、この国をお守りください」


 すると、水龍の魔石が強い水色の光を放り、強制的にキーナ王女の神聖属性の魔力を吸い始める。それと同時に魔石からドバッと滝のように水が溢れだした。


「ん…………」


 強制的に魔力を吸いとられた苦しさで、身をよじりながら息を荒げ苦悶の声をもらす王女の頬は火照り、うなじから首筋、鎖骨にかけては汗が浮かんでいる。


 神聖魔法には強力な傷を癒す力があるが、実は人々を安心させる力も持っている。それは不安や悲哀などネガティブな感情を排除し、混沌にすら対抗できる力だ。


 彼女は宣戦布告を受けて以来、毎日欠かさず深夜にここへ来ては人々の心を癒すため、この魔石に神聖魔法を使うことで王都に流れる水に神聖属性を付与し続けていた。

 流れているうちに他の水と混じり効果は薄まるが、それでもその力は健在だ。結果として、ローグの感染力と凶暴性を抑え込むことに成功し、人々は知らず知らずのうちに心に癒しと安寧を授けられていた。



◆◆



「…………あのスキル、久々だったな」


 ギネスはギルドの自分の席に座って拳を握ったり開いたりした。


「最後に使ったことのある記憶は…………クロムの馬鹿が馬鹿みたいな馬鹿をやらかした時か。今のうちに慣らしとかねぇとな。嫌な予感がする」


 ギネスのユニークスキルの1つ『制動』はギネスに向けられた運動エネルギーを0にすることができる。

 例えば、上空1万メートルから落下し地面に直撃したとして、地面に足が触れた直後から何事もなかったかのように歩き始めることが可能。受けた運動エネルギーはギネスの体内に蓄えられる。

 そして、蓄えたエネルギーを2つ目のユニークスキル『加速』で使用もしくは放出することができる。


「ギルドマスター!」


 と、そこにギネスが戻ったと知った秘書が部屋に駆け込んで来た。


「どうした? ローグの目撃情報か?」


「いえ、ヴォルフガング砦の騎士団団長よりが緊急連絡が! 急ぎで折り返してほしいとのことです」


「…………わかった」



ーーーー



「すまんが…………それは無理だ」



 戻ってヴォルフガング砦。


 ギルドに戻ってきたギネスの回答に、騎士団長は切実に理由を問う。


「…………何故だ」


「王都にローグが現れた」


 ギネスは飾ることなく即答した。


「なっ…………!? …………都は、無事なのか?」


 驚いた騎士団長は額に手を当て項垂れるように言った。


「ああ、今のところは水際で食い止められている。ここで俺かジャベールが王都を離れれば、王都はローグに支配される。そうなりゃお仕舞いだ」


「そう…………か」


 本当は、ギネスにこの砦にまで来るよう頼みたかったが、続きの言葉が出ない。ローグの危険度は騎士団長とて十分過ぎるほどに理解していた。


 その騎士団長の気持ちを案じ、ギネスは口を開く。


「ギルガメッシュの異常な強さは俺が一番知っている。だからこそ言うが…………」


 ギネスとて、次の言葉を発するのに口が渇く。そして続けた。



「その砦は放棄してくれていい」



「な、何だと!? 本気で言ってるのか…………?」


 パクパクと口を開閉しながら言う騎士団長に、ギネスは残ったグラスの水を呷り、1口でゴクンと飲み込んでから口を開いた。


「正直に言う。ギルガメッシュにとって、SSランクが何人集まったところで羽虫同然。SSSランクでもガードナー程度じゃどうにもならない。瞬殺される」


「…………っ!」


 この場にいる誰よりもギルガメッシュを知るギネスの率直な言葉に、騎士団長は反論できなかった。


「だ、だとして、砦を捨てるわけにはいかんだろう!」


「いや、奴が想定より早く現れた以上、迎え撃つのは悪手。準備不足だ。奴には100%勝てない。お前をみすみす殺すわけにはいかん」


 年長者としての心の深さ、優しさが、ギネスの言葉にはあった。


「だがここを落とされれば王都の目の前まで帝国軍がなだれ込む! それに、その間に一体いくつの町や村があると思っている!? 見えてるのは虐殺だ!!」


 騎士団長は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


 騎士団長が真とするモノには、自身の命などもってのほか。全ては国民を守りたい一心があった。


「町へは避難を伝える。そこは心配するな」


 ギネスは優しさのこもった眼差しと声でそう伝える。


 騎士団長を退かせるためにギネスはそう言うが、ローグに占拠された町も多い今、町の人たちが逃げられる場所はほとんど残されていない。そのことは騎士団長もわかっていた。


「だめだ! それにここで退いたところでギルガメッシュとはどこかで必ずぶつかる! 我々はこの国を守る騎士だ!」


「わかってくれ団長さん。あんたじゃ……無理、なんだ」


 ギネスと騎士団長の意見は平行線をゆく。


「無理かどうかはやってみなければわからん! この国の全国民を背負って戦えば、俺の全力が出せる! 勝てない敵などない!」


「待っ……」


 ギネスの言葉を遮るように、騎士団長は通信を切った。



読んでいただき有難うございました。


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