第134話 神獣と古龍
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第134話です。宜しくお願いします。
【賢者】奥の手を…………!
ビキキキキキキキ…………!!
賢者さんの声と共に、俺の真横の空間に大きく縦にヒビが走る。
「何だっ!?」
反射的に右を向けば、そこから空間魔法を貫くように現れたのは、先端の尖った黒曜石のように艶のある巨岩だ。それが3本。それぞれが俺の身長の数倍の大きさがある。
ズゥオンッッ…………!
それは、真横の空間魔法から俺の目の前を覆うように伸び、敵から守ってくれる壁となった。まるで巨大な手のひらのようだ。
ガガガガッ…………!!!!
激しく火花が散り、岩の向こう側が光る。謎の敵が攻撃し、この巨岩に阻まれたようだ。そして、岩はヌッと音もなく空間魔法の奥に消えていった。
「今のは…………」
敵も防がれたことで、一旦こちらの様子を伺うように姿をくらました。
バキンッ…………!
とその時、突如大きく鳴り響く硬質な音。そして、
ビキ、ビキビキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ……………………!!
俺の真横の空間に走っていたひび割れが、縦にさらに大きく裂ける。首が痛くなる程見上げれば、それはどこまでも、高く、高く……空高く…………雲に届きそうな勢いで伸びていく。
…………ズンッ。
直後、そのひび割れの奥、俺の空間魔法の中から腹の底に響くような音が聴こえてきた。
思わず俺も後ずさりする。
…………ズンッッッッ!
「うおっ」
揺れで体勢を崩しそうになって足を突っ張る。
おかしい…………!
こんな地響きがする程デカい魔物に心当たりがない。1番大きいのでゲイルや火竜ディアブロだろうが、あいつらでも30メートル前後しかないはず……賢者さん、俺の知らないところで何やってたの…………!?
……………………ズズン…………!!
近付いてきた足音に地面が上下し、身体が跳ね飛ばされるように僅かに宙に浮いた。そして、上から気配がしたと思って見上げると、
ガッ…………メキメキメキ…………ッ!
数百メートル上のひび割れに、ワイバーンほどの大きさの爪がガシッとかけられた。先ほど俺を守ってくれたのは、岩ではなく『爪』だったようだ。
「…………グルルルルルルルル」
地の底に響く低い唸り声とともに、遥か上空にぬっと顔を出したのは鋭利な黒い岩で構成された40~50メートルはある厳つい龍の顔だった。
バキン、バキバキバキ…………!
空間魔法のひび割れを破壊するように、その巨体を支える高層ビルよりも立派な2本足が現れ、ついに立ち上がった全身の姿が露になる。
その生き物は、ゆっくりと口を開き、そして…………。
「グゥルァラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ…………………………………………!!!!!!!!」
咆哮は、ただの音であるはず…………なのに、放射状に広がる衝撃波のようなものがはっきりと目に見えた。ビリビリと振動し、石がカタカタと音を立てる。
その声は、他国でも観測されるほどの音量だった。
【大地の古龍:ユーリカ】
体高 420メートル
全長 550メートル
尾長 170メートル
体重 16万トン
「……………………え」
まさに怪獣。
山のような体躯に、あの東京タワーすら越える身長。
その超重量を支えるため、金属のように非常に頑強で柔軟性に富んだ黒い繊維質の細胞が、馬鹿げた魔力で強化された上に幾重にも編み込まれ構成されている。体表を覆うのは黒く刺々しい岩山で、バチバチバキバキと雷とも違う超高温のプラズマのような魔力を常時纏っている。
頭部から尾の先まである8列に並んだ立派な背びれは肉厚で金属質、そして艶のあるヒイラギの葉を思い浮かべる。また、胸には下向きの数十メートルはある高純度の黒さの鱗が重なるように生え、より防御力が高そうだ。
重厚感ある全身に比べ、スマートな顔にはゴツゴツした黒い外皮がそのまま溶け落ちるように変形し、ツララのような牙となって生えている。
両腕はとってつけたような貧弱なものでは、断じてない。4足で走れるよう長く、そして武器としても使えるように引き締まっているようだ。手は物を丁寧に掴めるくらいには器用なようだ。
そして、この体重にして、2足歩行を可能にする脚はとんでもなく太く、力強い。黒岩のような外皮に、人間で言うところの大腿直筋や外側広筋といった太ももの筋肉の筋が見えることから、ただ身体が大きいだけじゃないことがわかる。足の付け根などは、直径で100メートルを越えているようだ。地面はその体重を支えきれず、ユーリカの足首の深さにまで陥没してしまっている。
ユーリカが現れると同時に、この場から半径30キロメートル以内の野生の魔物は、1匹残らず逃げ出した。
「…………こ、これ、ほんとにユーリカか?」
さっきまで命の危機だったというのに、そっちのけで驚きの声が漏れた。
【賢者】これがユーリカ本来の姿です。古龍として産み落とされましたが魔力が不十分な状態だったため、リトルアースドラゴンとして孵化したようです。
な、なるほど…………。賢者さん、ユ、ユーリカのステータスを。
【賢者】はい。
============================
名前 ユーリカ 0歳
種族:大地の古龍
Lv :33
HP :145000
MP :100500
力 :112500
防御:166000
敏捷:79000
魔力:112000
運 :2500
【ユニークスキル】
・プラズマブレスLv.5
・プラズマ龍鱗Lv.3
・プラズマ龍爪Lv.3
【スキル】
・魔力操作Lv.9
・魔力感知Lv.9
・硬化Lv.5
・地殻変動Lv.1
・古龍の威嚇Lv.5
・振空波Lv.4
・山脈崩しLv.1
【魔法】
・土魔法Lv.8
・風魔法Lv.3
・水魔法Lv.5
・火魔法Lv.5
・重力魔法Lv.7
============================
………………………………1桁、多くない?
【賢者】おかげで助かりました。
【ベル】ええ、ユーリカならあいつの攻撃も防げるみたいだし。
お…………お前ら知ってたな!? どうりで俺の魔力、たまにめっちゃ減ってるわけだよ!
【賢者】申し訳ありません。どうしてもユーリカの成長に魔力が必要でした。それもこの戦争に備えてのことです。
いやそれより、なんで最初すぐに出さなかったんだよ! じゃなきゃあいつらだって……!
【賢者】3人はあの程度では死にません。それに、異質な相手のためユーリカでも勝敗はわかりませんでした。
でもユーリカは敵の攻撃を防げただろ? あれはぶっつけ本番だったってことか?
【賢者】はい、おっしゃる通りです。先ほど攻撃を防いだので確信しました。ユーリカならば勝機はあります。それに、理由は不明ですが、相手は怪我を負っているようです。
…………なんなんだよ。わけわかんねぇよ。
ゴゴゴゴゴゴッとユーリカの高層ビルのような腕が動き、倒れていたゼロたちを優しく拾い上げた。そして俺の前へと持ってくる。
賢者さんの言う通り、ゼロ、ドクロ、ゲイルはダメージは大きいが無事だ。
「わかった」
3人を空間魔法へと収納する。
賢者さん、しっかり治療してやってくれ。
【賢者】かしこまりました。
ユーリカが現れてから例の敵はユーリカを警戒し、攻撃を止めたようだ。俺は意識を失ったキッドを抱えて上空に避難し、ユーリカの背後から戦況を見守ることにした。
ユーリカの目の前150メートルほど先の平原に、ようやく奴の姿を捉えた。
「あれは…………獣か?」
体高4メートルほどの輝くような銀色毛並みの狼だ。だが、暗紫色のオーラが混じっているように見える。右目だけ黄色く濁っており、その毛並みは所々が赤く濡れ、血が滴っている。そして、左の後ろ足を引きずっている。
確かに大怪我をしているようだ。だがユーリカは奴から一切、目を離そうとはしない。自分より遥かに小さく傷付いた相手だというのに、ユーリカからは緊張感が漏れ出ている。
そしてついにユーリカが動いた。
「グルル……」
ユーリカが顎をクイッと上に動かし、短く鳴くと。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……………………。
「なんだ?」
地面の下から、徐々に大きくなる、突き上げるような異様な地鳴りが聴こえ始めた。
メリッ! モゴモゴモゴ…………ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!
突然、数十、数百平方キロメートルの、視界に映る全ての地面が隆起し始めた。
「なん……だ…………こ、れ」
声が掠れ、その超自然的な現象に、身体が震えた。
あの狼もそれを理解して辺りを見渡しているが、あまりにも広範囲過ぎて逃げるべき場所を見失っている。
しかも、それはただの隆起ではなかった。目の前で、左右に数キロ離れて2つの『山』が生まれている。いや、違う。その遥か奥にもう1つある。
3つの山は狼を取り囲むように隆起している。平原に生えていたはずの1本の木は、物凄いスピードで地面ごと上がっていき、俺は首を上へと向けた。
その3つの山の高さは
100メートル。
300メートル……。
700メートル…………。
1200メートル……………………!
と、どんどん高くなり、それは加速していく…………!
山裾だけでも百キロを超える広さがある。端的に言えばユーリカが虫けらに見えるサイズの巨大な3つの山があの狼を挟み込むような位置で生まれ、まだ成長していた。高くなった山が太陽を遮り、俺やユーリカですら影に入る。
加速し続けた隆起の速度は秒速にして300メートルを越えている。まるで地面が爆発したかのような速度で隆起した。
そして標高2500メートルほどに達すると突然、成長の向きを変える。3つの山は互いに一気に引き合い、間にいる狼を潰すように衝突した……!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………ンンンン!!!!
山と山と山がぶつかる衝撃は、俺にすら理解不能の威力だった。
物理的な衝撃波が同心球状に光となって大気中を駆けるのが目に見えた。
その時の音だけで、俺は後方に1000メートルほど吹き飛ばされた。だが、おかげで全体が良く見えるようになった。それくらい後退しなければこの規模の戦いは把握できなかった。
狼は逃げる暇はなかったと思う。この衝撃で遠くのシュノンソー砦が完全に崩壊するのを感知したが、なんかもう、どうでもいいことのように思えた。
敵の狼を生き埋めにして生まれた山脈の山頂にはまだ平原の草がきれいに生えており、実に奇妙な光景だ。
【賢者】ユーリカの地殻変動スキルです。レベル1ですのでこの程度でしょう。
…………はい。
【賢者】非常に稀有なスキルですが、「種族:大地の古龍」であれば使えるためユニークスキルではありません。
そう…………。
【ベル】ユウあんたしっかりしなさい!
お、おう。そうだな。すまん、帰ってきた。
ボゴォン!
だが、その押し潰された山の内部を数百メートルはくり貫いたのだろう、吹き飛ぶ岩石と共に、山から飛び出す小さな影が1匹。…………奴だ。
な、なんで、生きてんだよ。なんて、戦いだ…………。
狼はユーリカの顔目掛け、真っ直ぐに飛び上がり、突進した。
それを読んでいたのか、背びれが蛍光黄赤色に光るユーリカ。そして、跳んでくる狼に向かって、ガパッと古龍の口を開けた。
「あ」
俺には何をするかわかった。
ユーリカの光る口内。
カッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!
放たれるオレンジ色の閃光。
その光線は大地を貫き、大気圏を、宇宙を突き進んだ。
その結果、山が蒸発した。
言い換えるなら、ついさっき生まれた山が、跡形もなくなくなった。雲が裂けるように割れ、消えた山脈跡はジリジリと放電している。ユーリカが消し飛ばしたのは、ユーリカが山を生み出した範囲よりも遥かに大きい。
何これ…………え、いや……いや…………何だこれ!?
俺の頭が再びショートした時、狼の気配がした。奴は何もないはずの空中を駆けていた。
「なんでまだ生きてる!?」
狼はユーリカのブレスの直撃を受けて尚、体毛を焦がし、目が潰れ完全に失明しながらも、突進を止めない。明らかにダメージはある。それなのに、ピクピクと歯茎を見せながら操り人形のごとく身体を動かしていた。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」
口から舌を垂らし、全身から血を流れ星のように流しながら、ボロボロの身体で空を走る。
どうなってる? こいつもキッドのように洗脳されてるのか? これでも止まらないなんて……普通じゃない!
俺がそう考えた時、ユーリカはすでに動いていた。右手にメギメギと力を込めると、ジャキンッ! と爪が3倍の長さに伸びた。
「グルァ!」
そして右手の爪を眩しくジジジジッとオレンジ色に光らせ、時々火花を散らせながら、狼に向けて振るう。
「バァウ!」
狼は全身を真っ白のキラキラと輝く炎の塊にし、さらに速度を上げた。
ガギッッッッッッッッッッッッッッッッ……………………!!!!
ユーリカの巨大な爪と狼の牙が衝突した。その時の衝撃波は球状に広がる。大地ですら波打ち、爆風にビルほどの大きさの岩石が飛ばされていく。
…………2つの攻撃は、拮抗していた。
ギギィン……! と、爪と牙がぶつかる音でない電子音に近いような衝突音を響かせながら、ユーリカは鳴いた。
「グラアアアアアアアアア!!!!」
ユーリカの力みで互いの力の向きが逸れ、ユーリカの爪はぐんっ! とタガが外れたように一気に動いた。
ズスュッ…………。
ユーリカの爪は、狼の脇腹から背中にかけて肉をえぐる!
だが飛び散る自身の血潮を気にすることなく、狼はユーリカの岩盤がまとわりついたようなゴツゴツした腕の表面をガリガリと削りながら、ユーリカの懐、脇腹に入った。
ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……ぶしゅううううっ!!!!
狼の牙は山を掘り抜いたように、超硬質なユーリカの古龍鎧を削り、腹の肉を、内臓を抉り、そして背中へと貫通した。背中側に撒き散らされるユーリカの血肉…………。
「グルァアアアアア…………!」
腹部に穴を空けられたユーリカは口の端からポタタタッと血をこぼす。
だが、ユーリカは全く怯まない。グルンッと振り返ると、背後に抜けた狼をしっかりと目で捉えた。
狼は地面に着地するも、元々弱っていた上、ユーリカの爪が身体をかすり、その綺麗な毛並みをさらに赤く染めている。そして、ガクガクと足を震わせると、立っていられずに後ろ足を地につけた。
そこへ真上から、ぬおおおっと、巨大なユーリカの影が差す。
ユーリカは左足を軸に振り返り、そのまま狼に向かって体重を乗せるためにわざと倒れ込んだ。それと同時に右拳に力を込める。すると、今度はユーリカの右腕の上腕、前腕と順に筋肉がボコンッと肥大化し、最後に右拳に力が集まる。その拳は黄色、オレンジ色と光の色を変え、最後に真っ赤に光輝く。
そして…………。
ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ……………………ゴォォォォオオオオオオンンンン!!!!
ユーリカの超硬質化した拳が、狼ごと地面を叩き潰した。
◆◆
「ユーリカ!」
俺が駆け寄るとユーリカはその巨大な尾を、喜ぶ飼い犬のようにバタンバタンとさせた。いや、ズドンズドンだろうか。それだけで地面が陥没し地下水が噴き出しては、震度3程度に大地が揺れる。
ユーリカのわき腹には直径3メートルほどの穴が空いており、それが背中まで突き抜けて向こう側が見えていた。その傷口内部の空洞には人間の胴体ほどの太さの血管からザバザバと出血し、白い骨のようなものまで覗いている。人間で言うところに銃に撃たれたような傷だ。
ユーリカの身体の大きさにしてもこの傷は良くない。
「良くやったユーリカ。助かったよ」
そう言いながら神聖魔法をかけてやるが、ユーリカの大きさが大きさだけに抉られた部分の治療にはかなり時間を要しそうだ。高速治癒スキルを取得できれば少しは早いだろうが……。
ユーリカは俺の声が聞こえるように地面に顎をつき、伏せるように寝そべる。
「グルルル」
顔を撫でてやるとユーリカは嬉しそうに喉を鳴らしては目を細める。これだけ大きくなっても、ユーリカの優しい目は変わらない。
しかし、あれほどのステータスを持つユーリカにここまでの怪我を負わせるなんて、あの狼…………。
そう思って狼の方に目を向けると、ユーリカが10体は入れるほどの大クレーターの中心に横たわっていた。ユーリカのパンチは狼を間に挟みながら大地を殴り付け、ここら一帯数キロを吹き飛ばした。
狼は驚いたことに、まだ息があるようだ。
【賢者】全身の骨が粉々で、虫の息です。近付いても問題ないでしょう。
ああ。
俺が狼に向かって歩いて行くと、ズリズリと身体をくねらせながら楽しそうにユーリカが着いてきた。こういうところはまだまだ子供だな。
「へッ、へッ、ヒュッ、へッ…………」
狼は、苦しそうに浅い呼吸を激しく繰り返して腹を痙攣させ、ユーリカに叩き潰された格好のまま横向きに倒れている。ユーリカは狼を目にすると、首をもたげてなお警戒するように狼を見下ろした。
目の前まで来ると、狼は目を閉じたままだが、奴の意識が俺を捉えたのを感じた。
そして、脳内に声が響いた。しゃがれた老人の、弱々しい声だ。
《礼を、言いたい…………》
「…………礼?」
この声を出さない話し方、賢者さんやベルのようだ。声にも神聖な気配を感じる。
狼は目を閉じたまま、弱々しく僅かに頭を上下させた。
「お前は何者だ? なぜ神聖属性と混沌属性の両方を……」
《…………時間がない。順を追う…………。我は、キッドを導く役目を、おっていた》
「キッドを?」
《…………ああ。だが…………我は奴に、封印されてしまった。役目すら果たせず、キッドは誤った道を、歩んだ》
狼から、悔しさと後悔の感情が伝わってくる。
「奴? それは誰だ?」
《…………混沌の、理、だ》
「こ、混沌の理!? 混沌の理がいたのか!?」
思わぬ名が出て驚いた…………。
《…………本人ではない。奴の仲間だった。だが、最近ついに奴は力を取り戻した。…………封印されながら、それを感じた》
混沌の理に仲間が…………。それに、力を取り戻しただと!?
《我は、奴の魔力に汚染された…………》
「そうか。それでお前から混沌属性を……」
《ユウ、混沌に侵された我を、止めてくれて感謝する》
狼の声には、純粋なる感謝の気持ちのみだ。
「お前、俺に最初から殺されるつもりだったのか?」
自分で聞いていて、胸がキュッと哀しい気持ちになる。
「グルル……」
ユーリカも申し訳なさそうに喉を鳴らした。
《我が死ねば、封印も意味を成さなくなり、我を介したキッドの洗脳も、解除が可能になる》
「…………」
あまりにも真っ直ぐな自己犠牲だ。
《それと…………お前の、ユニークス…………》
【賢者】…………。
《…………いや、何でもない》
「なんだ?」
そこまで話した時、突如狼から力が抜けていく。艶々と銀色に輝いていた毛並みは、萎びたように元気を失っていく。
「お、おい、待て! 混沌の理はどこにいる!?」
狼は首を横に振る。
《キッドはお前が、保護しろ。異端なる、お前がな》
狼は消えそうな笑みを作った。
「異端!? 異端と言ったか!? お前、俺のことがわかるのか!?」
俺は狼の顔を掴んだ。
《我は、世界に、生み出された……。それくらい、わかる》
「待ってくれ! 話を…………!」
《もう、時間がない。…………最後に、置き土産を、やる…………。お前が持ってる、2つの卵を孵すのに……役立つはずだ。キッドを、宜しく頼む……。あの方が付いてる、お前なら……大丈夫だ》
「は? なんだよそれ…………おい、待てよ!」
神聖魔法をかけるも効果はなく、強く揺さぶるも反応はない。そして、気が付けば狼の胴体からキラキラと金色に光る粒が火の粉のように空へと舞い上がっていた。
「お、前…………」
金色の粒は触ることはできず、俺の手を通り抜けていく。そして、狼の姿は薄くなり、跡形もなく消え去った。
こいつ……俺がこの世界の者でないことを知っていた…………!
忘れていたわけではないが、久々に自分が異世界の人間であることを自覚させられ、俺はギュッと手のひらを握りしめた。
【賢者】ユウ様、話の流れから推察するに、奴はキッドを導くための存在でしたが、封印され、キッドは帝国に洗脳されてしまったと。そう考えるのが妥当かと。
そうだな。てことは、混沌の理は帝国にいる可能性が高い。
ズズ…………ゥゥン!
話が終わると、ユーリカが力が抜けたように持ち上げていた頭を地に付けた。
どうやら初戦闘で張り切ったが、緊張の糸が切れたんだろう。腹に穴が空いているんだ。無事なわけがない。
「ユーリカ、無茶させてすまんな。ゆっくり休んでくれ」
俺が鼻の辺りを撫でるとグルルと嬉しそうに鳴いた。
長い入り口を作ってユーリカを空間魔法に戻す。空間魔法内では、皆の治療を賢者さんが同時に行ってくれる。
【賢者】ユウ様、ステータスをご覧ください。
============================
名前ユウ16歳
種族:人間Lv.4
Lv :1→58
HP :3750→6980
MP :11550→21000
力 :2980→5670
防御:3050→5630
敏捷:3590→6490
魔力:12080→22060
運 :43→47
【スキル】
・魔剣術Lv.3→4
・体術Lv.9→10
・高位探知Lv.7→8
・高位魔力感知Lv.7→8
・魔力支配Lv.9
・隠密Lv.10
・解体Lv.5
・縮地Lv.7→8
・立体機動Lv.7→8
・千里眼Lv.9→10
・思考加速Lv.9→10
・予知眼Lv.10
【魔法】
・炎熱魔法Lv.2
・水魔法Lv.9→10
・翠嵐魔法Lv.1
・硬晶魔法Lv.2→3
・破雷魔法Lv.1
・氷魔法Lv.10→凍銀魔法Lv.1 New!!
・超重斥魔法Lv.5→6
・光魔法Lv.6
・神聖魔法Lv.7
【耐性】
・混乱耐性Lv.7→8
・斬撃耐性Lv.9
・打撃耐性Lv.9→10
・苦痛耐性Lv.11
・恐怖耐性Lv.9→10
・死毒耐性Lv.9
・火属性耐性Lv.6→7
・氷属性耐性Lv.4
・雷属性耐性Lv.4→7
・重力属性耐性Lv.9
・精神魔法耐性Lv.10
・風属性耐性Lv.3 →4
・水属性耐性Lv.3
・土属性耐性Lv.3 →4
・混沌属性耐性Lv.10 NEW!!
【補助スキル】
・再生Lv.9→10
・魔力吸収Lv.4→5
【ユニークスキル】
・結界魔法Lv.6→7
・賢者Lv.5
・空間把握Lv.7→8
・空間魔法Lv.3
・悪魔生成Lv.8→10
・黒龍重骨Lv.3→4
・魔石管理者Lv.1→2
・魔力増殖炉Lv.1 NEW!!
・⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛
【加護】
・お詫びの品
・ジズの加護
【称号】
・龍殺し New!!
・神獣殺し New!!
・悪魔侯爵の主
・SS級ダンジョン踏破者
============================
うげ…………なんでこんなにレベルが上がってるんだ? いや、それだけ強敵だらけだったということか。
それに魔石管理者のレベルが上がり、倒した魔物の魔石から復活させなくとも、認証があれば生きている魔物を味方にすることができるようになった。これで晴れてゲイルや、俺が直接復活させていない魔物たちも仲間にできそうだ。
【賢者】あの狼から得られたのは、『混沌属性耐性』とユニークスキル『魔力増殖炉』です。
ほう?
混沌属性耐性はなんとなくわかる。物凄くありがたい。今後、混沌属性との衝突を考えれば一番欲しかった耐性だ。黒魔力が混沌属性の魔力を元にしていたことを考えると、ローグの攻撃にも有効かもしれない。
魔力増殖炉って?
【賢者】端的に言えば、魔力から魔力を、効率的にかつ高速で無限に増殖させることができるスキルです。
む、無限……?
【賢者】はい。ですが、現状のレベルでは、魔力の増殖速度はそれほども早くありません。また、制御に私の処理能力の大部分を使用します。そして、長時間の稼働や無理な高速稼働はユウ様自体に負担がかかります。
なるほど。今のレベルだとそれなりに制限があるのか……しかし魔力を無限に増やせたとしても保管する俺の空間魔法はいつか満杯に……ああ、それであいつ、卵のことを。
【賢者】はい、例の2つの卵が残さず食べてくれるでしょう。
なるほど。その辺はまた要検証だな。
「おい、起きろキッド!」
地面に寝かせた、気を失ったままのキッドの肩を揺さぶる。
これだけの贈り物をされて頼まれたからには断れない。こいつの面倒、みるしかないんだろうなぁ……。
そう思いつつ、同い年とは思えない幼さの残る寝顔を見る。そして気付いた。
「どうなってんだこりゃ?」
気づけばキッドの身体が縮んでいた。見た目は10歳にもいかないくらいの少年だ。
【賢者】どうやらあの獣を封印し、力だけを取り出してキッドを強制的に成長させていたようです。
…………ああ、だから言動が幼かったのか。こいつも被害者側なのかもな。
「ふぅ…………」
でもこれでここの戦は落ち着いた。周囲の地形は見事に原形がなくなったが…………まぁ、北東地域の地図はほぼ作り直しになるだろう。
ああ、そういやベル。1つ聞こうと思ってたんだが。
【ベル】なによ?
お前、ゼロたちに空間魔法の部屋で何かやってたな?
【ベル】う…………。
ベルがキョドる。
【ベル】え、ええ。だって、あの子たち強くなりたがってたから、賢者と一緒にちょっとだけ面倒見てあげたのよ。
やっぱりか。ありがとう。助かった。
【ベル】え?
あいつらがいなかったら俺は負けてた。
素直に礼を言うと、ベルは照れたような反応をした。
【ベル】ふ、ふん、まぁそうね!
調子のいい奴……。
それはそうとゼロたちが起きたらキッドの洗脳を解くように言ってくれないか?
【ベル】時間かかるわよ?
ああ、デーモンたち総出でやればそれほどかからないだろう。
【ベル】わかったわ。
読んでいただき有難うございました。
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