第132話 大軍対大軍
こんにちは。多忙のため、遅くなってしまい申し訳ありません。
ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。
第132話です。宜しくお願いします。
北東部のシュノンソー砦から王都へ向かう途中には、王国で一番広大なパンノニア平原が広がっている。そこからは遠くにうっすらと長い尾根を持つ山脈が見えるだけで、草木以外に何もない。
俺はそのど真ん中でそいつを待っていた。
【賢者】ユウ様、来ました。
「あれか…………」
賢者さんの合図で前の空を見上げれば、500メートルほど上空を竜に乗って飛ぶ影がある。
「そっちに向かわれると困るんだよな…………!」
竜と騎乗者に向かって、殺気を飛ばす…………!!!!
殺気の飛ばし方は簡単だ。
『殺してやる』という意思を相手に向けると共に、相手の死に様をイメージする。殺気の強さは当事者の実力と相手への意思の強さに比例する。特に憎しみや怒りは殺気を増大させる。
(死ね…………)
俺は、今まで帝国がしてきたことを思い出しながら竜の頭と騎乗者の首が落ちるのをイメージした。
ビクンッ!
竜は身体を震わせると、意識を失ったのか落下し始めた。
騎乗者は慌てることなく竜の身体から飛び降りると、俺から20メートルほど離れた地面にトンッと、足を曲げ衝撃を殺しつつ静かに着地する。いつの間にか竜の姿は消えていた。
「よぉ」
俺が敵意満々で声をかけると、騎乗者は楽しそうに目を細めて俺を見た。だが奴の目のハイライトは消えている。まるで感情が抜け落ちているようだ。
年齢は俺と同じくらいで背は160センチほど。髪色は赤毛で、ベリーショートに切り揃えられている。細身で、カーキのズボンに白のシャツにサスペンダーというラフでよくある格好だ。
そして何より、強い魔力がこもったワインレッドのフード付きローブを着ている。
さっきの竜はどこへ行った…………?
念のため周囲を警戒するが、近くにはいない。そうしていると、男が口を開いた。
「酷いことするね。君は誰?」
男は興味深そうにこちらを見た。
声は若い……というよりも幼い。話し方、言葉の端々、仕草に見た目よりも精神年齢が低そうな印象を受ける。そして童顔だ。
それに、相手は1人だというのになんだこの感覚は…………。
「誰って……まぁ一応、王国の兵隊だな」
「わあ、君も可哀想な異教徒さんなんだね」
奴はこちらを哀れむような表情をした。
「異教徒っていうか、どこにも入信してないけどな……」
宗教には昔から疎いんだ。
「無宗教!? うわ、それは可哀想だね~!」
ナイナイと奴は手を横に振る。
「そう言うお前は熱心なジキル教徒か」
「そうだよ。信じる神がいないなら、君もジキル教に入りなよ。終末が来たら死んじゃうよ?」
奴はニコッと微笑みながら自分の胸に手を当て、おいでよと俺を誘う。まるで友達を遊びに誘うような声のかけ方…………。でも。
「…………んん?」
なんか変だ。奴を嫌いになれない。その提案も悪くないような感じもする…………。
【ベル】ユウ、何言ってるの!
【賢者】ユウ様! 敵の加護の力です!
…………加護? そうか、そういう加護持ちか。危ないところだった。
「生憎お前らみたいなのはごめんだな。それに……『死んじゃうよ』じゃなくて、自分たちが『殺しちゃうよ』の間違いだろうが」
「??」
奴は首をかしげた。本当に疑問に思っていないようだ。ジキル教徒以外は滅びる世界とやらが、今まさに自分たちの手で起こされようとしていることに。
【賢者】ユウ様。
ん? どした賢者さん。
【賢者】この男。洗脳されているのかもしれません。
洗脳? …………解けそうか?
【賢者】すぐには不可能です。恐らく、幼少期から時間をかけて刷り込まれてきたものだと思われます。それに…………。
そうか。なら、こいつも被害者なんだな。
そう思って奴に目を向け、話しかけた。
「一応聞くが、お前の名は?」
「僕はキッドだよ」
キッド…………やっぱりこいつが帝国最高戦力SSSランクの1人か。
警戒度を最大にまで引き上げると、肌にすらピリピリとした緊張感を感じるようになった。
「俺はユウだ」
互いに自己紹介を終えると、キッドは残念そうに眉をハの字にひそめた。
「僕はこのまま異教徒の都を滅ぼさないとダメなんだよ。ギルと一緒にね。だからそこをどいてくれないかな?」
お願い~! と両手を合わせ、また友人に頼むようにニコニコと言うキッド。
「無理に決まってるだろガキが」
本気でイラッとした。
「ガキじゃないよ。君と同じくらいじゃない?」
ガキと言われてムッとした後、不思議そうに言うキッド。
「あぁ、せめて自分の意思を持つようになってから言いやがれ」
「何を言ってるのかわからないなぁ。僕はギルのためにちゃんと考えて行動してるよ…………!」
その時、嫌な気配がした。後ろに何度か飛び退いて、さらに距離を取る。
キッドは目を大きく開き、ここへ来て初めての敵意…………いや、殺意をむき出しにした。
「いいかい? 僕の2つ名は『千軍』。千の兵じゃないよ。千の軍なんだ!!!!」
キッドがローブを広げると、その真っ黒な内側からひょこっと顔を出したのはゴブリン。同時に複数のゴブリンがズルリとローブの内側から抜け出してくる。
あれは…………アイテムボックスか?
【賢者】はい、その通りです。
あそこに奴のテイムしてる魔物を住まわせてるのか。道理で気配が普通じゃないわけだ。
【ベル】ユウ。なんだかヤバそうな奴がいるわよ。
ああ、俺も感じた。
そうしているうちに続々と出てくる魔物の数は優に千を越えてきた。ズゾゾゾゾゾ! と止まることなくスゴい勢いで魔物は現れ続ける。
「このローブは帝国の国宝でね。これが貰えるほど僕はジキル様に愛されてるんだ!」
魔物の行進の音にかき消されないようキッドは声を張る。
「ジキル様ねぇ……」
ついには竜やタラテクト種まで現れ始めた。予想以上の数に、さらに後退して大きく距離を取る。
ぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろぞろ…………。
目につく限りのキッドの魔物はこれだ。
スライム、マッドスライム、アシッドスライム、ゴブリン、ゴブリンアーチャー、フォレストゴブリン、レッドキャップ、コボルト、ロックパルゥム、オーク、ジェネラルオーク、オーガ、ブラックオーガ、ワイバーン、レッサーデーモン、スケルトン、アーマースケルトン、ジェネラルスケルトン、亜竜、ゴーレム、トレント、エルダートレント、アルラウネ、モーフィア、ブルーボア、レッドボア、モルフォネス、ライトバクーダ、ガーゴイル、ベルガル、コルラビット、ガスグール、マンティコラ、コロニースライム、バブルキャット、レッドサーペント、アッシュスパイダー、グラスフィッシュ、サラマンダー、トロール、トロールファイター、サイクロプス、ドスサイクロプス、デミリザード、ライトニングワイバーン、火竜、氷竜、雷竜、風竜、レッサータラテクト、タラテクト、スカイマンタ、そして火龍…………。
龍まで、それにこの数とは…………想像以上だ。
平原が真っ黒になるほどの数。
まるでうごめく魔物の絨毯。ワーグナーで起きた氾濫の比ではない。それにA~Sランクの魔物までわんさかいる。こいつ1人だけでも普通の国なら簡単に堕とせる。
ただ、俺やベルがヤバいと感じた奴は出ていないようだ。
「ね? スゴいでしょ! 僕には『友好の加護』があって誰でも友達になれるんだ! 皆で238万9853体! 君は僕の友達に勝てるかな?」
キッドはさも自慢げに腰に手を当てながら語っては、鼻を高くする。
ならば対するこちらも戦力を見せなければなるまい。
「へぇ…………じゃ、次はこっちの番だな」
俺も今まで何もしてこなかったわけじゃない…………!
ビキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ…………!
俺の背後の空間に、縦横多数の長いひび割れが走った。
「出てこいお前ら」
俺の呼び掛けに、まず白い骨の指先が俺の亜空間から現れた。それは剣と盾を握っており、鈍色のフルプレートアーマーを装備している。こいつらはスケルトンだ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ…………!
横20人の隊列を組み、一子乱れぬ軍隊のような行進を開始した。踏み出すタイミング、膝を上げる高さ、腕の振り幅、全てが同じだ。
しばらく経過してもまだまだ出てくる。先頭のスケルトンたちは、ある程度進んだところで示し合わせたかのように左右に分かれ、長方形の陣形を作っていく。
どこまでも終わりの見えない行進かと思われた時、ようやく別の魔物たちがワラワラと現れた。それはゴブリンにレッサーデーモンやガーゴイル、ベルガル等、俺が旅の道中やワーグナーの氾濫で手に入れた魔石から復活させた魔物たちだ。
スケルトンたちは足音のみの無言の行進だったゆえに、一気に魔物たちの声で騒がしくなる。皆、俺の顔を見ると嬉しそうに手やしっぽを振っているのが可愛らしい。
「「「「カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!!!!」」」」
続いて現れたのは牙を鳴らすレッサータラテクトの群れだ。まだ産まれてまもなく、これから成長してタラテクト種になっていくのだろう。
そしてまたもや綺麗な隊列を成して現れたのは、先ほどよりも肩幅がふた回りは広く、体格の良い大きなジェネラルスケルトン。金色の鎧に金色の戦斧を抱えている。あれは俺が行軍中の暇な時に硬晶魔法で作ってやった装備だ。
いつ練習していたのか、彼らは先頭のスケルトンたちの後ろに隊列を組んで並んでいく。
続いて、俺への礼節を欠かさないのは頭蓋骨の頭部に鍛えられた肉体を持った500柱のデーモンたち。全員が現れた後、俺に向かって一度礼をしてから隊列に加わっていく。
そして巨躯に鎧のような外骨格、丸太のように太い8本脚のタラテクト種の群れ。このサイズが大勢になると、少し歩くだけでもズシンズシンと振動が来る。
さらには王冠を被ったキングスケルトンの軍隊。ジェネラルスケルトンよりもさらに身体が大きく、2メートル50センチはある。背には大剣を背負い、堂々と胸を張って歩いていく。そんな彼らの脇を固めるのは1体ですら町を滅ぼせるというリッチの軍勢。ボロボロのフード付きローブを纏っては地面の上を滑るように歩いていく。
いつの間にか上空を旋回しているのは、ミルド軍との戦いで手に入れた3体の雷竜だ。
続いて現れたのは、もはや物語上の存在とまで言われるハイリッチ、Sランクダンジョンのボス溶岩竜ディアブロ、雷龍ヴリレウス、グレータータラテクト、最近生まれたらしい吸血姫。そしてグレーターデーモンたちとそのさらに上位種であるアークデーモンの紅葉と蒼白。
SSランクに当たる彼らは俺の空間魔法に繋がる入り口の両サイドに分かれて片膝をつくと、頭を垂れた。
ビキキキ……!!!!
最後に一際大きいひび割れから現れたのは彼らを統率する3体の将だ。
デーモンたちの頭、悪魔公爵のゼロ。
タラテクトたちの産みの親、マザータラテクトのゲイル。
アンデッドたちの製作者、エルダーリッチのドクロ。
この3体は、それぞれが天災クラス。
その彼らの跪く相手が…………俺なんだよな。自信なくなってきた…………。
とにかく、以下が今この戦場における俺の配下の魔物たちだ。
Cランク:アーマースケルトン200,000体、その他1000体
Bランク:レッサータラテクト50,000体、
ジェネラルスケルトン10,000体
Aランク:デーモン500柱、タラテクト種2000体、
キングスケルトン1000体、ロックタイタン、
ラヴァサラマンダー等
Sランク:グレーターデーモン500柱、タラテクト500体、
スモールタラテクト500体、
ポイズンタラテクト300体、リッチ500体、雷竜3体
SSランク:ハイリッチ5体、溶岩竜ディアブロ、
雷龍ヴリレウス、吸血姫、アークデーモン2柱、
グレーターデーモン10柱、ゲイルタラテクト5体、
グレータータラテクト5体
SSSランク:ゼロ(悪魔公爵)、ゲイル(クイーンタラテクト)
ドクロ(エルダーリッチ)
◆◆
視界全てが互いににらみ合う魔物たちで埋まった。
というか俺の知らない奴らがむっちゃいる。タラテクトたちやスケルトンはゲイルとドクロが生み出せるが、悪魔生成は俺のスキルのはず。なんで知らないうちにこんなに悪魔たちが…………。
【賢者】…………。
【ベル】…………。
俺の考えをタイミング良く遮るようにキッドが声を上げた。
「凄い! 凄い凄い凄い凄い凄い!」
俺の軍を見たキッドはとても興奮した様子で手を叩いている。
「何がだよ」
あまりに場違いなキッドのテンションに、無自覚にジト目になる。
俺とキッドが魔物の軍勢を挟んで話し始めると、双方の魔物たちは一斉に黙った。
「それが君の友達なんだね! 僕と同じようなスキルを持つ人って初めて会うよ!」
緊張感のない態度に思わず呆れた視線を向けた。
「それで?」
キッドは自分が負けるかもしれないことをまるで考えていない。多分だが、命を掛けて戦場に立っていない。
「残念。異教徒じゃなきゃ友達になれたかもしれないのにね」
そう言ってキッドは肩をすくめた。
「それはねぇよ」
俺がそう言うと、キッドは口を尖らせて拗ねたような表情を作る。
「どうして?」
「お前は…………いや、お前たちは異教徒を同じ『人』だとは思えないのか?」
帝国は人体実験を行い、町をまるごとローグに変え、平気で裏切る。
「同じなわけないじゃん。学校で習わなかったの? …………異教徒は人間じゃないって」
キッドは無表情で首を振った。
キッドの言葉にゾクッと鳥肌が立つ。何かまったく別の生き物と会話してるような錯覚に陥った。
ダメだ。全てがダメだ。
「残念。決裂だな…………」
こいつは帝国が生み出したバケモノ。根本的な部分で分かり合えない。
「みたいだね」
そう2人で言葉を交わし、ビュウッと風が吹いたような一瞬の無言の間が生まれた。そして、同時に言った。
「皆、やっちゃえ!」
「出陣」
同時に互いの軍は動き出した。
◆◆
キッドの先頭はE~Dランクのゴブリンたちだ。敵の兵士から奪ったのか、それなりの剣を持っている。
「ギャギャギャギャ!」
数十万匹のゴブリンたちの大軍勢はその短い足でドタバタとこちらに向かって走り始めた。
対するこちらの先頭は、20万体のアーマースケルトン。彼らはドクロが毎日せっせと生み出した後、徹底的に訓練を行なった兵で、その辺の冒険者より遥かに強いらしい。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………!
今だかつてない規模の集団同士が走り出すと、地面がビリビリと振動する。この平原に住む魔物たちは急いで身をひそめた。
作戦などない。互いの魔物の軍は足の速い者が先頭となり、自然と黒いVの字を描きながら突き進む。
先頭のゴブリンとアーマースケルトン。
距離は一気に縮まる。
両者は出会い、そして。
ズパッ…………ッッ!!
先頭のスケルトンの剣の振り下ろしがゴブリンのこん棒、頭蓋、背骨にまで届き、最後までしっかりと振り抜いた。正直、アーマースケルトンとゴブリンじゃレベルが違う。ゴブリンたちは総崩れとなった。そして、スケルトンの軍勢は、衝突しても停止することはなく、斬り進み続ける。
「「「「ギギイィィ!!!!」」」」
先陣のゴブリンたちは予想以上のスケルトンたちの強さにビビり、思わず焦った顔でキッドを振り返る。だが、キッドはニコニコと緊張感なく手を振り返すだけだ。
「ああ、気の毒にな…………」
思わずそう思ってしまった。
「まるで遊びか何かだと思っているようですね」
隣に立っていたゼロはキッドを観察し、ため息をつく。
「だな」
そう話す俺とゼロ、ドクロは、マザータラテクトのゲイルの頭の上に乗せてもらっていた。ここからなら見張らしも良く、戦場がよく見渡せる。
アーマースケルトンが敵の内側まで入り込むと、速度を落とすことなくズンズンと斬り進んでいく。それに奴らは疲れることを知らない。
「グギャギャギャ!」
無駄に数の多いゴブリンどもは一瞬にしてアーマースケルトンがぶった斬られて数を減らすが、進むにつれ奥には強力な魔物が控えている。
ついにアーマースケルトンたちの足が止まった。敵のオーガの金棒を食らい、鎧ごとガシャアンと骨を砕かれている。それでも5体でオーガを取り囲んでは足の腱を斬り、剣を突き立てて倒した。だが、その過程で犠牲は必ず出てしまう。
仕方ないことだ。これは戦争。ただ魔物だとしても、味方が死ぬのはやっぱり辛いな。
「ドクロ悪い。死者が出てる」
苦い顔でそう言いつつ右横を見ると
「いいえ、ご主人様。お気になさらないでください」
ドクロは膝を突きながらそう言うと続けた。
「彼らは私が魔力を消費すれば無尽蔵に生み出せる存在。徹底的に教育をしておりますので、ご主人様のためならば喜んで命を差し出します」
「そ、そうか」
そこまでされると逆に嫌なんだけど…………。
「むしろ、ここで生き残ることができれば上位種がさらに増えることでしょう」
「なるほど」
そうして見ていると、スケルトンたちを飛び越えるようにして今度はレッサータラテクトが敵の軍勢に飛び掛かっていく。
タラテクト種の数もかなり増えたみたいだ。
「そういやゲイルはゲイルタラテクトからクイーンタラテクトに進化したのか」
しゃがむと、ゲイルの頭を撫でながら言った。ゴワゴワと鉄のように硬い毛の感触がする。
「キシキシ……!」
言葉はわからないが、頭を上下して嬉しそうな意思は伝わってくる。でも上に立ってるとすごく揺れるから止めてほしい。
クイーンタラテクトになったゲイルは、脚を入れると全長30メートルを越える大きさにまで成長していた。以前よりも多くの子どもを産むようになり、産まれた子どももより強力だ。
そのうちゲイルから、タラテクト種の王『キングタラテクト』が生まれる日も近いかもしれない。
「そしてゼロ」
サッと軽やかに俺の足元に跪いた。
「はっ!」
上から下まで見てみるが、彼の見た目は何も変わらない。悪魔貴族であるくせに、執事服を着こなし磨かれたブーツに白い手袋をしている。そして相変わらず悪魔は皆美形だ。
ゼロの保有している魔力は想像もつかない。それにゼロは本気で戦っているところをまともに見たことがないため、未だにブラックボックスだ。それでいてこの落ち着きから滲み出る強者感。
ベル、お前から見てどう思う?
【ベル】んー、生まれたばかりの赤ん坊…………なのにやけに強いわね。十分に私の国でもトップクラスの実力者と渡り合えるレベルよ。
なるほど。こいつは一体どこまで強くなるんだろうな。
という視線を向けていると、ゼロに心を読まれた。
「お言葉ですがご主人様。ご主人様の配下に私を越える者がいらっしゃいます」
「まじ?」
「はい。実は…………」
ゼロが立ち上がり俺に耳打ちをする。
「ーー、ーーーーです」
「………………………………あ…………そう、すか」
ヤバいな。こりゃ思った以上に味方がヤバいな。
澄んだ青空を見上げた。あー、今日も晴天だ。
まぁとにかく、そいつがいる以上、こちらに敗北はおそらくない。
ただ、キッドが隠している奥の手の魔物が、どれほどの存在なのか、それだけが気掛かりだ。
「ふん、あいつが相手だろうとお前が本気を出せばわからないだろうに」
鼻で笑うドクロはゼロに向かって言うが
「そんなことはありません。彼女には私も勝てないでしょう」
ゼロはその白い手袋をした手を胸に当てつつ謙虚に否定した。
そう話しているうちに戦場に動きがあった。痺れを切らしたように溶岩竜ディアブロが敵地のど真ん中に向かって、ドタンダタンと溶岩を撒き散らしながらやかましく走る。
ドンッ!
味方の軍の手前で大きく大地を蹴り、味方をまるまる飛び越えると、ドパァン! とキッドの魔物たちの上に着地した。飛距離にして数百メートル。
「「「「ギャア、ギャア、ギャア!」」」」
踏み潰された挙げ句、溶岩が周囲に飛び散り、触れただけで魔物が焼け死んでいく。続いてディアブロのいる地面が真下からじんわりと赤く光り、なぜかとろけるように柔らかく波打ち始める。
そして…………。
ドポォンドポォン……ドプンッ…………ッ。
ドドドドドパァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!!!
ゴポゴポと煮えたぎったマグマが噴水のように平原のど真ん中から吹き出した。ディアブロも俺と出会った時よりもさらに力を増している。当初は全長30メートルほどだったにも関わらず、現在は40メートル近くに成長している。
「うげ…………」
後でこの平原、元に戻せるかな…………。
そんな心配をしていると、キッドの側でも飛び立つ巨大な影があった。
ボォオオオオオン…………!!!!
それは空中で激しく爆発した後、全身にみなぎる炎をほとばしらせた。魔物が燃えているのではなく、炎の中に魔物がいるようだ。まるで炎の化身。
そいつが、30メートル以上もある両翼で羽ばたくと、朱い熱風が駆け巡る。まるで核の炎の如く吹き荒れる熱風は、あらゆるものを発火させる。
スケルトンですら、ボッ! と発火し、風に吹かれた魔物たちは苦しみの悲鳴を上げながら肉体がボロボロと黒い灰になり、その後は崩れて白骨化する。
敵味方問わず熱にやられていた。俺のいる場所にまでも火の粉が飛んでくる。
一気にこの辺りの気温が上昇していく。熱波を直接受けなかった場所も、平原に生えていた雑草は水分を失いカラカラに干からびていく。見渡す限りの草原は、枯野に変わった。
「もう出てきたか…………!」
キッドの擁する魔物の中でもトップクラスの危険度を持つ火龍。
奴はディアブロから50メートルほど離れた場所の岩をがっしりと掴むように着陸した。この岩はマグマの噴火と共に地中から現れたものだが、その岩がドロリと溶解し始める。
そんな火龍を、ディアブロはマグマの中から上半身を出して火龍を睨み返した。
「グララララァ!!!!」
「ギャウウウウウウウ!!!!」
にらみ合う竜と龍。
と、その瞬間。
ドッッ…………キュインッ……………………ンンーーーーッッッッ!!!!
ディアブロへ向け、ほとんど溜めなしで放たれたのは火龍のブレス、というよりもはやレーザー。
「グルァ!」
ディアブロもマグマを超高圧ウォーターカッターのように噴射するが。
「グルァアアアア」
ディアブロのブレスの中心を火龍のレーザーが切り裂くように貫いた。レーザーがディアブロの右肩を貫通し、ディアブロは仰向けにひっくり返ると溶岩の中にドパァンッと沈む。どうやら火龍のブレスの温度は溶岩すら越えているようだ。
「火竜のディアブロじゃ、さすがに龍には勝てないか…………」
そのまま火龍は俺たちの方を向いた。キッドのためなのかわからないが、確かな意思を感じさせる目で俺を睨む。バサッと大きく羽ばたくと、低空飛行で熱風を伴い、魔物を燃やしながら俺の方へと突っ込んできた。真下にいる魔物たちは熱波を浴びて、悲鳴を上げる。
げっ…………。
「ご主人様、ここは私が」
ドクロがそう言うと一歩前に出た。ドクロは向かってくる火龍に骨張ったというか骨だけの人差し指と中指を揃えてクンッと上から下に振る。
「ギャインッ!」
火龍が少し可愛らしい悲鳴を上げた後、ズガガガと顔から地面に叩き付けられた。見れば、右の翼が根本からキレイに斬り落とされている。
「お、おおおう。そんな簡単に……」
相手龍だよな……いやそれよりドクロは何をした? 重力属性の魔力は感じたが、斬撃じゃなかったぞ?
【ベル】超局所的に重力をかけることで、周辺組織から無理矢理に切り離した。もしくはあなたも使える斥力で組織同士を反発させることで引き裂いたのじゃないかしら?
【賢者】前者のようです。
あいつ、俺より魔力の扱い上手くね? 主人としての面目が…………。
【ベル】あなただって、やろうと思えば多分できるわよ。発想の問題ね。
ベルに慰められながら龍に目を向けると、火龍は翼を斬り落とされてなお、まるでゴオオオ! と唸るバーナーのような大火を身体に灯しては大地を掴み、向かってこようとしている。
この火龍は細身で敏捷力が高いようだ。
「しつこいですね…………ん?」
ドクロの言葉と共に、火龍の動きがガクンと何かに後ろから引っ張られたように止まった。
「ふふ、横取りしてしまうところでした」
目をやれば、ディアブロが火龍の尾をがっちりとくわえていた。
「グゥララ……!」
そのまま溶岩の中へズリズリと引きずり込む…………!
「グギャアアーーーー!」
後ろ足が溶岩の中に浸かり、逃れようと火龍が前足で地面をガリガリとひっかいてもがくが、ディアブロは決して離しはしない。そのまま火龍の悲鳴と共に、ドプンッと粘度の高い溶岩の中へと沈んでいった。
2体のSSランクが溶岩の中へと消え、周りの魔物たちも先に顔を出すのはどちらかと手を止めて見守っている。
ゴポンッ…………!
ゴポゴポドポポポ……………………ッ。
気泡だけが上がって来ていたが、しばらくしてドボォンと頭を出したのは
…………火龍だった。
「よしっ! さすがエトナだよ!」
キッドはそれを見て小躍りして喜ぶ。
「おいおいディアブロ……」
俺が前に踏み出そうとすると
「ご心配いりません。溶岩の中であればディアブロは負けません」
ゼロが落ち着いた声で言った。
「グルァラララララ!」
そう溶岩の中から現れたのは、ディアブロが咥えていた火龍の首だった。どうやら溶岩の中で、ディアブロは火龍の首をもいだようだ。
ディアブロは勝ち誇り、ブンブンと首を振り回すと溶岩を撒き散らす。そして火龍の頭を太い爪で掴んでねじり切ったあげく、ゴクンと飲み込んだ。
「あー、火龍の魔石ほしかったけど、仕方ないか」
「後でディアブロにはきつくお仕置きをしておきます」
ゼロがフフフと目を光らせながら言った。
「やめたげて…………」
俺とゼロがのんびりとしたやり取りをしている中、キッドは火龍が殺られてしまったことがかなりショックだったようだ。
「嘘だ! そんな…………エトナが!」
キッドは本気で哀しみの涙を流すと直ぐ様切り替え、袖でそれを拭いた。
「許せない! 異教徒め!!!!」
キッドは自身の真上、空に浮かぶ巨大なマンタを見上げた。
「モビュラ!」
それは全長90メートルはある超巨大なマンタだ。巨大過ぎて地表が影で黒く染まる。奴は先ほどからユラユラと漂うように浮かんでいたが、キッドに名前を呼ばれ全身にバチバチと稲妻が走り出した。
「あれは降りて来てくれそうにないな。だとすると……ヴリレウス」
そう言いつつ、後ろに控えていたヴリレウスに目線を送る。ヴリレウスはコクンと頷くと、力強く羽ばたいた。と同時にゴロゴロと雷雲が上空に立ち込め始める。
「あれは……ミルドの雷龍!? 卑怯者…………洗脳されてるんだね! 君は僕が絶対に助けてあげる!」
キッドはさらに怒りに拳を震わせながら叫ぶ。
帝国軍のどの口が『卑怯者』だと…………。
「ユウ様、あの魔物はほぼSSSランク相当です。ヴリレウスだけでは手に余るかと」
ゼロが進言してくれた。
「んー、そうだなぁ」
誰を行かせるか悩んでいると、
「では私の部下を向かわせましょう。彼女の実力を示す良い機会になるかと」
ドクロがそう言うと、ドクロの側に立っていたローブの人物がすっと影に消えた。かなり小柄だ。
「わかった。任せる」
あれと戦える者が部下にいるのか……。
その間にも雷龍ヴリレウスは超高速飛行し、スカイマンタに突っ込んでいた。そしてヴリレウスが発生させた上空の雷雲から何十本もの雷がスカイマンタに向かう!
バリッ、バリバリィィッッ…………!!!!
轟音と共に、視界が激しく明滅する。
だが、雷がスカイマンタを取り囲む電撃のバリアに触れると、バリアに沿うようにして方向をずらされ、一向に奴には当たらない。猛スピードで飛行するヴリレウスも怪訝そうに目を細めた。
どうやらあれで、雷の通り道を作って逃がしているようだ。このままだと奴には触れることもできない。
「ギィアアアアア!」
ヴリレウスもあのバリアを警戒し、空中で急停止からのホバリング。そして、首をのけ反らせ、胸を反らすと深く息を吸い込んだ。胸が膨らむと同時に尾から順々に、ヴンヴン……と光が口内へ集まっていく。
スカイマンタはブレスの兆候を感じたのか、身体を取り囲む球体の電撃をバチバチと前方のヴリレウスの方へ集めた。それは五芒星の形をとると、中心の空間が球状に膨らみ、ユラユラと揺らめいている。
ドッッッッ………………………………!!!!
ヴリレウスから大気を震わせ、爆音を轟かせながら雷撃ブレスが撃ち出された。さらに雷雲から放たれた雷が螺旋を描きながらブレスに絡み付く。
そしてスカイマンタの五芒星へと接触した。
ぐにん…………っ…………にんっ、にん…………っっっ!
やはりそうだ。
五芒星の中心はゴムのように、ぐぐぐっとブレスの勢いで伸びていく。そして、勢いを殺すべくどんどんと伸びた後、ピタリと停止した。つまりブレスを抑え込んだ。
だがそれだけじゃない。今度は伸びた分、元に戻ろうとする。
そして、真っ直ぐヴリレウスの方向へ弾き返した!
「ギィア!?」
ヴリレウスは驚きの声を上げるが、全力ブレスの直後で避けるのは間に合わない。
あれはまずい…………!
俺が動こうとすると、
「お待ちください」
ドクロに遮られた。
「いや、だってお前!」
その時、ヴリレウスの目の前に小さな影が浮かんでいた。ドクロの部下であるローブの人物の背中だ。
あれは…………。
【賢者】吸血姫です。
おおっ…………って誰??
少女がローブを外すと、そこには妖艶な光を放つ紅い瞳、銀髪でサラサラの長い髪、青白い肌、そして長い犬歯、もとい牙を持った美少女がいた。眠そうな目をしているが、デフォルトでたれ目のようだ。
その少女が迫り来るスカイマンタの雷撃に右手のひらを向ける。すると、
「「「「キィ、キィ、キィ、キィ、キィ、キィ!!!!」」」」
バサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサバサ……………………!!!!
手のひらから物凄い勢いでズゾゾゾゾゾと洪水のように大量のコウモリが生まれ、雷撃と衝突していく。不思議なのは、雷は消えていくのにコウモリは一向に消滅しないことだ。まるでコウモリが雷撃を捕食しているかのように。
そしてすべての雷撃を、コウモリの大軍は受けきった。後ろには状況についていけていないヴリレウス。
何をした!?
【賢者】あれは、彼女のユニークスキル『飢餓蝙蝠』です。彼女の魔力は眷属のコウモリに変換することができ、彼らは血もしくは魔力を根こそぎ食べます。先ほどは、敵の雷撃を彼女のコウモリが全て喰らいました。
ヴリレウスのブレスにスカイマンタの雷撃も上乗せされたものを、全部食ったのか……。
そうしているうちに雷撃を食い尽くした推定2000万匹のコウモリたちは、空を真っ黒に埋め尽くしながらそのままスカイマンタに向かっていく。
「ボゥ、ムボゥ…………!」
スカイマンタの唸るような超低音の鳴き声と共に、コウモリに向かって、まるで横殴りの絨毯爆撃のように無数の雷が発射される。だが、直撃を受けたコウモリたちは全て魔力として完食していく。
自身からすれば遥かに小さなコウモリに身の危険を感じたスカイマンタは、直径100メートルはある雷の球体のバリアを身体に張り巡らせる。
バチィッ…………バチッ、チッ!
だが、コウモリたちはそのバリアすらエサとしてしか見ていない。
「「「「キィ、キィ、キィ」」」」
甲高い鳴き声を上げながら目を輝かせて雷バリアに群がると、コウモリたちはそれ自体の魔力を食らっていく。
取り付かれたバリアは真っ黒の巨大な球体となり、そしてそれはボロボロと綻ぶように、はたまた虫食いのように穴が空いていく。
「ボゥゥ…………!?」
ついにコウモリはバリアの内部へと入ると、スカイマンタ本体に取り付き、血液と魔力を同時に食べ始めた。小さな牙を突き立て、掃除機のようにズボボボボボと吸い上げていく。それは、まるで満腹という感覚を知らないかのようだ。
「…………ゥッッ! ーーーーゥッッ!」
スカイマンタはコウモリに張り付かれ、声にならない悲鳴を上げながら生きたまま食べられていく。ついにその巨大な姿が見えなくなった。
むご…………。
【ベル】やるじゃない。私は好きよ。
そしてドクロは自慢気に話す。
「彼女は今でこそSSランクですが、私を越えるポテンシャルを持っています。なぜあのような者が産まれたのか、私にもわかりません」
「ドクロよりもか…………」
賢者さんなら何かわかるか?
【賢者】わかりません。ですが、ユウ様の周りには普通では考えられないような生き物が多く生まれています。
…………うん、なんでだろうな。
ようやくコウモリたちがスカイマンタの身体から飛び立つと、血と魔力を吸い尽くされ骨と皮だけになった姿が現れた。当然すでに死亡しており、ヒラヒラと巨大な枯れ葉のように落下していく。
「「「「キィ、キィ、キィ、キィ、キィ、キィ!」」」」
食べられて満足したのかコウモリたちは、ご機嫌で再び彼女が突き出す手のひらへとズゾゾゾゾゾと戻っていった。吸血姫はポンポンと小さなお腹を叩く。
「おなか、へった…………」
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