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重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第5章 戦争
131/159

第131話 許されざる兵器

こんにちは。またまた遅くなってしまい、申し訳ありません。

ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第131話です。宜しくお願いします。







 ズッッッッ……………………バンンッッ。


 ……………………………………………………ッッッッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!






 人、大気、雲、大地までも消し飛ばす凄まじい砲撃。




 例えるなら、指向性を持った核爆発。





「ーーーーーっ!」


「……、ーーーー!?」


「ーーーーーーーーーーーーー…………」




 爆風で身体がフワリと浮き上がるのを感じた。何回転も地面を転がり、どちらが上か下かもわからない。

 何も見えないし、音も聞こえない。


 このままだと、どこまでも吹き飛ばされそうだ。



 キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンンンンッッ…………!



【賢者】結界を張ります!


 賢者さんの声が頭に聞こえた気がした。


  


 収まった…………?


 風が収まり、気付けば地面に伏せていたみたいだ。


 何度もグー、パーをして五体満足に手足が付いていることを確認する。立ち上がろうとすると、


「うっ!」


 凄まじい突風が周囲から吹き込んできた。どういう原理か、吹き飛んだ大気が戻ってきたのだろうか。


 そして、




 ゴゴ…………ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!




 地面が揺れ始めた。爆発は1度だけのはずなのに、遅れて立て続けに複数回地震が起こっている。なんらかの影響を大地に与えてしまったのだろう。天災だ。


 耳が詰まったように聞こえないのは、初っ端から鼓膜が破れたからだろう。口の中が砂でジャリジャリする。


「う…………」


 目を細めて開けるが、砂煙で何も見えない。バラバラと、瓦礫が雨のように降っている。


【ベル】ユウ! ねぇユウ! 大丈夫なの!?


 ああ…………大丈夫、生きてるみたいだ。まさか……まさかこんな規模だったなんて、砲身の後ろ側にも結界を張るべきだった。


【賢者】ユウ様、爆発が落ち着いたようなので砂煙を晴らします。


 賢者さん、頼む。



 ゴウッという強い風が吹き、砂が吹き飛ばされていく。


 それを待っていると、耳から出た液体が頬を伝うように撫でた。手で拭うと、指に付いたそれは血だ。多分あの爆発の初めで鼓膜が一気に破れたんだろう。


 そして、ついに視界が開けた。


 心して立ち上がる。

 

「……………………は、ははは」


 渇いた笑いが出た。









 景色がない。


 視界の、全ての地面がスッポリとなくなっていた。









 砲撃により、大地は底が見えないほど深く抉られており、それは地平線の先まで続いている。おそらく、数百、数千キロ先の帝国の国土まで届いている。そして、見上げれば大気圏を越えて吹き飛んだ岩石や岩盤が、大気との摩擦で燃えながら隕石クラスの災害となって降り注ぎ始めた。

 巨大な火の玉が無数に上空を駆けていく様子は、世界の終末のようだ。汚れた飛行機雲のような煙の跡が、空に何本も走っている。


【賢者】ユウ様、調査結果が出ました。


 どうだ?


【賢者】砲撃は、この星の厚さ40キロメートルの地殻を最深部で3分の1ほどの深さまで抉っております。幅は最大で20キロメートル、飛距離は測定不能です。ただ完全に感知外ですが、エネルギーの規模からして砲撃は星の重力を外れたかと思われます。

 すなわち、地表に沿わず途中から空へ、宇宙へと、真っ直ぐに突き抜けているかと。


 イカれてる……。


【賢者】直後から続く地震は地殻の損傷によるもの、もしくは断層が刺激されたためと考えられます。なお、今後、自然にどれだけの影響が出るか不明です。


【ベル】嘘でしょ。こんなものを作り出すなんて、なんて人間って愚かなの…………。


 何も、言い返せねぇよ…………。


 地表をまるごと消し飛ばした跡地は、突如現れた大地の裂け目や峡谷のようでもあり、今なお断面が地図が描き変わる規模でガラガラと崩れ落ちている。一度の崩落で町が消えるクラスだ。

 

「フリー生きてるか?」


 耳も治ったので、近くで意識を失っていたフリーを揺さぶると、もぞもぞと動き出した。


 まぁ、間違いなくフリーも耳をやられているだろうから、起きる前に治療してやった。


「いやぁ、助かったよユウ」


 フラフラと頭を押さえて立ち上がるフリー。そして、変わり果てた景色を呆然と見た。


「ははっ、ははははは……」


 フリーは死んだ表情で笑った。


 まぁ、そうなる……よな。



 ガシャ、ガシャアアン。



「ん?」


 それは、砲筒から魔石が一斉に剥がれ落ちる音だった。魔石は、粉々に砕け風に吹かれてサラサラと飛んでいく。

 もう砲筒はヒビだらけでボロボロだ。もう撃てはしないだろう。


 アリス、レア、ウルの3人もタイミングを見て、王国軍側に逃げていたから無事のようだ。吹き飛ばされた被害はあれど、騎士団長も、兵士たちもなんとか生きている。


 そして、帝国軍に残ったのは大将ボルトと、たまたま砲台の後ろ側にいた兵士たちのみ。まともに砲撃の範囲にいた者たちは、姿形は微塵も残らず消えていた。


「…………ん?」


 ちょうど5メートル手前で、砂がモゴッと盛り上がった。


 こいつは…………。


【賢者】帝国軍の大将ボルトです。


 吹き荒れた砂を被っていたようだが、それを払いのけると膝に手をついては立ち上がった。そして、景色を見て彼は言葉を失い、両手で顔を押さえた。



「っっっっ…………!!!!」



 ショックのためか、怒りのためか、顔を押さえたまま頭を地面につけたボルトはポツリと言った。




「…………撤退」




 ボルトは表情が見えない。


「は…………え?」


 周りに残っていた兵士たちは、放心状態からボルトの声で意識を取り戻した。



「撤退だ! 撤退しろおおおお!!」



 ボルトは怒りで青筋だらけになった顔面でキレ散らかした。



「「「「はっ、はいいい!!!!」」」」



 数百人になってしまった帝国軍が退いていく…………。だが、王国軍も、もはや追いかける気分でもなかった。



◆◆



「ユウ、ポールの具合はどうだ?」


 砦でのポールさんの治療が終わり、会議室に入ると騎士団長は立ち上がって開口一番にそう聞いてきた。


「大丈夫。死にはしないだろう。だが、いつ意識が戻るかはわからない……」


「そうか」


 そう言って騎士団長は目を伏せた。


 さすがに俺でも蒸発したポールさんの腕は生やせなかった。


「俺たちがもっと早く来れていれば…………」


「いや、ユウたちのお陰で最悪の事態は避けられた」


 騎士団長は俺の肩に手を置いた。


 俺たちはウィンザー砦での戦いの後、ヴォルフガング砦の救援依頼を受け、一部の兵士を引き連れてここを目指した。だが砦に近付いた頃に異様な魔力を賢者さんが感知し、俺たちのパーティだけで飛んで来た。

 重力魔法で飛び慣れていないクロエは護衛も兼ねて軍に残ってもらい、先ほど遅れて俺たちに合流した。クロエはいつもと変わらない無表情だったが、目が少し寂しそうだったので申し訳ない。


 そして騎士団長、亡くなったフレア副団長の跡を継いだ新副団長、それに会議室にいた3人の騎士たちは、椅子を引いて立ち上がった。



「礼を言う」



 彼らはテーブルを挟んだ俺、アリス、レア、フリー、ウル、クロエに向かうと、右手をスッと胸に当て、右足を下げる。そして顔を少し下を向けた。


 多分、これは敬礼だ。


「お、おお…………」


 いつもこういう時どうしていいかわからなんな。


 オドオドしつつアリスを見ると、はぁ、とため息をつかれた。


「ダリル大将、敬礼をお止めください」


 アリスが気を利かせてそう言った。


「そそそうだよねぇ。ねぇ、レアちゃん」


 キョドったフリーはレアに振る。レアは無言でコクコクと頷くだけ。ウルは興味無さそうに、どこかイライラしていた。


「これは騎士団式の最敬礼だ。何も言わずに受け取ってくれ」


 騎士団長は真剣に言った。


「わかったよ。でももういい。俺たちも慣れてねぇんだ」


 俺が困ったようにそう言うと、騎士団長は久しぶりにフフッと笑みを見せ、敬礼を止めた。


 すると、今まで我慢していたウルが唐突に口火を切った。


「おい……! そんなことより…………()()はダメだろう!!!!」


 ウルが俺たち以外にキレながらテーブルをグーでゴンと叩いた。


 会議室にいた誰もが無言で頷いた。


 まさに地球で言うところの核兵器。いや、威力はそれよりも遥かに高い。半日経過した今ですら、小規模の地震が止まない。隕石ですらようやく収まったばかりだ。


【賢者】ユウ様、あの爆発の原理が一部わかりました。人の存在値を純粋な魔力に変換し、それをさらに暴走させることで、超威力の爆発を生み出しているようです。まだ方法は不明ですが、存在値はごく少量ですら膨大な魔力に変わるようです。


 存在値を魔力に…………わかった。また使ってくるかもしれない。賢者さんは解析を進めてくれ。


【賢者】かしこまりました。


「あんなもの……人間界が壊れるだろ!」


 ウルがプルプルと震えながら言った。


「そうね。全ての国から人類の敵として認識されたはずよ」


 腕を組んだアリスが苦い顔をして言う。


「だろうな。でもそんなことはお構い無しだ。奴らは戦争法のほとんどを無視している」


 騎士団長は疲れた顔をして答えた。この数ヶ月で10歳は老け込んだように見える。


「他国に敵視されても関係ない。つまり、奴らは止まる気がないということか?」


 俺がそう問うと、騎士団長は額を手で押さえて言った。




「もう隠す意味もないな。3日前に入った確かな情報だ。帝国は…………隣国の『カザン公国』を滅ぼしたそうだ」





「「「「ほ、滅ぼしたああああ!?」」」」





 部下にも伏せていた情報だったのか、その場にいた誰もが絶句した。


 賢者さん、カザン公国って?


【賢者】カザン公国は帝国の南に位置し、面積は帝国と同程度です。


 かなり、デカいな。


 ちなみに面積は王国を10とすると、帝国は9ほどらしい。


【賢者】はい。経済力は魔物資源の多い王国には及ばないものの、強力な軍隊を持つ軍事国家です。特にあそこには、並外れた強さの英雄的僧侶がいます。


 すでに強い軍事力を持つ大国が負けたと…………て、ん??


「待て待て、帝国はうちと全面戦争中じゃねぇか。どこにそんな余力があるんだよ?」


 思わず手を横に振りながら皆に聞いた。


「あるはずよ。だって、肝心の彼がまだ出てないもの」


 眉間を摘まむような仕草をしながらアリスが言った。


「彼?」


 そう聞くと、騎士団長がアリスに代わって押し殺すような低い声で言う。




「帝国最強の男。ーーーー帝国軍、団長ギルガメッシュだ」




 それを聞いてざわめく室内。


「ギルガメッシュ…………」


 確か敵の総大将だったか。話によるとSSSランクだとか。 


「奴を止められるとすれば、人間界を探しても王国のギルドマスターしかいない」


「それほどか」


 そういやギルマスはマードックの反乱の指揮を取った時、俺の力は後で必要だと言ってたな。もしかして、こうなることがわかっていたのか? 


「まぁ、要するにだ。ここまでくりゃ、帝国の狙いもわかるだろ」


 騎士団長は目をそらして言った。


 奴らは、有力な大国を順に落としにかかっている。


「ああ、つまり帝国は…………」



 


 

 人間界を征服するつもりだ。






◆◆




ーーーー場所は変わり、帝国領土内の荒野。





「「「「へっ……………………????????」」」」





 その男の後ろにいる兵士たちは、全員が全員腰を抜かし、ガタガタと歯を鳴らしていた。


「ふん。どれほどのものかと思ったが、我が国の兵器も大したことないな」


 そう言う男は2メートル以上の身長に、ライオンのたてがみのような長い金髪、そして力の結晶のような筋肉。身体には鈍い金色の鎧を身に纏っている。そして、立ち上る強烈かつ濃厚な金色のオーラ。


 そんな彼は右腕を前に突き出して立っていた。そして彼の目の前に広がるは、煙の立ち上る底の見えない深い崖。


 というよりも男の腕より前の地面が消失し、深く暗い崖を作り出していた。そして、この崖はたった今できたものだ。


 王国方向から放たれた砲撃が自軍を襲いそうだったため、この男が手を突き出して止めた。ただ、それだけだ。

 賢者さんの計算では、宇宙空間にまで砲撃が突き抜けただろうとのことだったが、それは間違っていた。


 なぜなら…………進行方向にこの男がいたからだ。


「おい、早く進むぞ」


 一瞬にして死を覚悟した兵士たちは、自分が生きていることを認識するのにまだ時間がかかっていた。


「聞いているのか?」


 再度綴られる男の言葉で兵士たちは意識をハッキリと戻した。




「「「「は、はい! ()()()()()()()()()()様!!」」」」




 総大将ギルガメッシュはカザン公国を滅ぼした軍隊を率いて、次の標的王国ヴォルフガング砦を目指し進軍していた。


  

◆◆



ーーー同時刻、帝国と接する国境で最も北に位置する砦シュノンソー。



「はぁ、いくら戦争と言っても、ここは暇だなぁ」


 1人の王国兵士が見張り台の上から東の帝国領土方向を見るが、人っ子1人見当たらない。

 肌寒い空気の中、腰に手を当て、上半身を反らしては凝り固まった背中の筋肉をほぐす。そうやって見上げた空には、のんびりと大きな鳥が飛んでいるだけだ。


 そして、もう1人の見張り番の相方が答えた。


「そりゃそうだろ。なんたって国境自体が最大の流域面積を誇るアラグアイア川なんだからな。実質海みたいなもんだ」


 そう。この川は対岸までが3キロあるにもかかわらず、流れがかなり速く船は横行できないという異常なまでに水量の多い特殊な大河だ。確かに帝国軍がここから王国に侵入すれば、王都までに障害はほとんどないが、それでも軍隊がわざわざリスクを犯してまでこの大河を渡ってくるとは思えなかった。


「やっぱり自然様が最大の防壁だぜ」


「違いねぇ」


 はははと笑いながら空を見上げる2人。


「なぁ、それにしてもあの鳥。大分でけぇぞ」


「おいおい、鳥なんか見てねぇでちゃんと見張れ」


 2人の見張り番は呑気に談笑を楽しんでいた。


 ちょうどその時、彼らが鳥だと思った()()()()()の上から飛び下りる人影。

 彼は上空400メートルから綺麗に落下していく。外套をはためかせ風を切る姿は優美なものだが、その者がやって来たのは帝国領から。つまり、この人物は帝国軍人だった。



 トンッ…………。



 彼は2人がいる見張り台の円錐形の屋根の上へ、音を殺して静かに着地した。それだけで実力の高さがうかがえる。



「「ん……?」」



 だが見張り番の2人は、そのほんのわずかな着地音にピクッと反応し、揃って顔を見合わせると会話を止めた。サッと立ち上がると槍を持ち、ジリジリと周囲の様子に気を配る。

 砦の見張り番には、特に探知や五感が優れた人が採用されていた。談笑してはいたが、彼らは優秀な兵士だった。


 見張り番の片方が屋根を指差し、黙って相方に目配せをする。相方はコクンと頷くと柵をよじ登り、屋根の上を覗こうとした。その時、



「ぎゃっ!」



 悲鳴が聞こえた。

 手を止めて相方に目線を落とすと、彼の右上腕にナイフが突き立てられていた。ナイフを持って彼に飛び付いているのはニヤニヤと笑うゴブリンだ。


「なんっ…………こいつ、一体どこから!」


 なぜここにゴブリンがいるのか…………そのことを頭の片隅に追いやり、刺された彼はゴブリンを振りほどいて槍を向ける。


「まさか…………空から!?」


 怪我をしていようと、ゴブリン1匹くらい相方の敵じゃない。そう判断し、危険度からすぐに屋根上を確認しようとした。


「ぐっ…………! は!?」


 自分の左足のふくらはぎを別のゴブリンがナイフで刺していた。それと同時に視線を感じ上に目を向けると、屋根上から顔を出してニヤニヤとこちらを見下ろす5匹以上のゴブリン。


「お、おいっ! おかしいぞ! 何か変だ!」


 そう言って相棒に目を向けると、彼は5匹のゴブリンに胸を滅多刺しにされているところだった。


「くそっ!」


 彼は、首から掛けていた笛を必死に吹き鳴らした。



 

 ピィリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!




「あれ? 隠密作戦失敗かぁ」


 隣には、いつの間にか、フードを深く被った男がいた。声は若い。

  

「きっ、貴様、何者だ!」


 刺された足を引きずりながら、慌てて距離をとる。


「んー、そうだ!」

 

 男は独り言のようにそう言うと、人差し指をピンっと立てた。


「砦の人たち全員殺しちゃえば、隠密作戦だったって言えるよね? みんな、やってしまえー!」


 どこか言葉の端々に幼さの残る男の掛け声で、見張り番に飛びかかり床に引き倒すゴブリンたち。


「なっ、なんで…………ひっ! やめっ! いぎゃああああああああああ!!!!」



 ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザ……………………。




◆◆




「「「「シュノンソー砦が陥落!?」」」」




 その知らせを受けたのはユウたちが騎士団長と合流してから半日後のことだった。


 帝国軍が撤退してから負傷者の治療に専念していた王国軍だったが、龍騎士ミルドの残党が生き残ったボルト軍に合流したと報告を受けたため、対策会議を開いていたところだった。


 この会議室には騎士団長と新副団長、精鋭騎士3人、そしてクロエを含めた俺たちのパーティ全員がいた。アリスとレアはきちんと着席し、フリーは両ひじをテーブルに突き、クロエは俺の後ろに立っている。ウルは退屈そうに部屋の中を歩き回っていた。


「どういうことだ! あそこはアラグアイア川がある! 軍が攻めることなど不可能だろう!」


 声を荒げる騎士団長。


「わかりません! 情報では確かに魔物に、滅ばされたと……」


 伝令の兵士は床に片膝を突きながら、情報が書かれた紙に慌てて目を通して答えた。



「魔物!?」



 魔物と言われ、一瞬黒魔力でローグにされた人間の集団かと思われたがそうではないようだ。すでに王国軍にもあれの存在はリークされており、ローグならローグと連絡があるはずだ。


「あの場所に、砦を落とせるような魔物が出現するのか?」


「あり得ません! 周辺には強くともDランク程度の魔物しか生息していないはずです!」


 騎士が情報を加味しつつ答えた。


「ええと、特にこのタイミングってのが不可解ね。また帝国の新兵器かしら?」


 俺と同じようにテーブルについたアリスが人差し指を顎に当てながら呟く。


「ねぇ、1ついいかい?」


 手を挙げたのはフリーだ。


「心当たりがあるねぇ。確か《千軍のキッド》だったかな? 彼は魔物を率いて戦うんだよねぇ……」


「なるほど。それならあり得ます」


 騎士の1人が言った。


「もし、そうだとすると不味いな」


 騎士団長が苦虫を噛み潰したような顔をして言う。


「ですね。あそこから王都まではほぼ障害がない。馬車でも3週間かかりません」


 騎士が答える。そこからは騎士たちで白熱した議論が交わされた。こういうのは専門に任せ、俺たちはそれを黙って見守るだけだ。




ーーーーならば、急いで救援を!



ーーーーだめだ。シュノンソー砦までは距離がありすぎる。



ーーーーウィンザー砦からの方が近いはずだ。



ーーーーだめだ。まだマシュー軍に砦を離れてもらうわけにはいかない。



ーーーーならば王都のギネス殿に出陣願うか……。



ーーーー馬鹿か! 王都の守護は誰がするんだ!



ーーーーこの砦から援軍を出す以外に方法はない!



 白熱する騎士たちの議論を遮るように、伝令の兵士がおずおずと声を上げた。


「遮って申し訳ありませんが、も、もう1つだけ、ご報告が…………!」


「なんだ?」


 全員の視線が彼へと向く。そして彼は震える声で答えた。



「あ、あ…………あの、奴が…………()()()()()()()()!! この砦を目指して進軍していると…………」



 部屋が静かになった。


「馬鹿な! あいつはカザン公国を滅ぼしたばかりだろう!?」


 顔を青ざめさせた騎士がガタン! と立ち上がり言った。


「あり得ん……あり得んぞ! どんな化け物だ!」


 テーブルに着く手が震えている。


「シュノンソーとヴォルフガングに同時にSSSランクとは…………!」


「カザン公国が勝てなかった相手に、我々は勝てるのか……!?」


「本来なら《千軍》は大将たちで迎え撃つ予定であったというのに…………」


 騎士たちは皆、文字通りに頭を抱えた。


「こりゃ、不味いねぇ」


 話を聞いていたフリーは、だるーんとテーブルに寝そべりながら他人事のように呟いた。


「まぁ、初めからわかってたことだ。……なんせ帝国にはSSSランクが2人いる。同じSSSランクのギルマスがいるとしても人手が足らねぇ」


 まぁ俺がガードナーを殺したからなんだけど、あいつなら帝国のSSSランクには勝てなかったろうな。


「ユウ…………ちょっと待って」


 聴こえていたのか、アリスがテーブルの一点を見つめ、何かを真剣に考えながら言った。


「ギルガメッシュに勝つのは無理でも、《千軍》ならどう? ユウなら…………」


 アリスは人差し指を立てながら希望的提案をする。


「んー、どうだろうな。《千軍》の情報が少なすぎて何とも…………。それに、こっちの砦は俺抜きでギルガメッシュを相手にできるのか?」


 まぁ実質俺は騎士団長より強いし。


「だったらギルマスがここに来ればいいじゃねぇか」


 カターンと椅子を後ろに倒しながら、鼻をほじるウルが単純な思考でそう言った。


「うーん…………」


 確かにギルマス1人なら王都からでもここにすぐに来れる。でも王都の守護も必要だ。それはギルマスクラスじゃないと面子を守れないしな……。


【ベル】でもそんなに強いの? そのギルガメッシュってのは。


【賢者】情報によれば、人間界では《理》に最も近い生き物だそうです。


【ベル】げっ…………。


 ベルが言うほどなのか?


【ベル】私、ずっと若かった頃、理に至った悪魔に興味本意で喧嘩を売ったことがあったんだけど、一瞬で身体を半分消し飛ばされたわ。文字通り半殺しよ。…………この私が手加減されたの。


 まじかよ。まぁ、理に喧嘩売るのも相当狂ってると思うが…………。


【ベル】なによ?


 な、なら、やっぱりギルマスじゃないとな。だとすると、《千軍》は俺が行くしかないか。


「わかった。うちのちっこいのが言ったように……」


「ちっこくねぇよ!」


 ウルが一瞬で俺の隣に現れた。


「う゛っ!」


 ドスドスと俺にボディーブローを入れるウルの頭を片手で押さえつける。


「いや、まじでいてぇ……。だ、だったらもうギルマスをここに呼ぶしかねぇだろ」


 俺は腹を押さえつつ言った。


「無理だ。ギルマスは王都を離れられん」

 

 騎士団長は腕を組みながらそう述べつつ、首を横に振った。

 そして、騎士団長は言いにくそうに、テーブルの上で両手の指先を合わせながら、そして言葉を選びながら話した。


「実は…………ギルガメッシュ率いる帝国軍にカザン公国が攻められている情報は前から掴んでいた。帝国から宣戦布告を受けてすぐ、公国から救援要請が来ていたからな」


「おい、それは…………」


 言いかけて言葉を飲み込んだ。今の王国に、救援に駆けつける余裕はなかったはずだ。



「ねぇ、それってもしかして…………見捨てたってこと?」



 珍しく発言したかと思えば、レアが冷たい目と声で言った。


 俺たちは思わずバッ! とレアを振り返った。


「ち、違う!」


 痛いところを突かれた騎士団長は慌てた。


「その時はもう、王国も砦の守護に必死で救援に向かう余裕がなかった! 決して見捨てたわけじゃない! あの場合は仕方がなかった!」


「そう…………」


 レアの目のハイライトは消えたままだ。


「え? え?」


 え…………レア、どうしたんだ?? そんなことを言う奴だったか!?


 レアに懐いていたウルも、仲の良いフリーも顔に驚きを見せていた。普段のレアを知らない騎士団長は、その問いに真摯に答え続ける。


「だから、公国を攻めているギルガメッシュの参戦はしばらくないと踏んでいた。奴がこれほど早く戻って来るのは想定外だったんだ…………!」


「つまり、結果的に公国を囮にしたんだよね?」


 レアが騎士団長を追撃する。


 おいおいレアの奴、どうしたんだ?


【ベル】ユウが一番あの子と付き合いが長いんじゃないの?


 俺と出会う前はほとんど知らねぇんだよ。


【ベル】…………。あなた、ちゃんと見てあげなさいよ。


 …………あ、ああ。


「な、なぁ、だとすれば、やっぱりギルマス以外は無理なんじゃねぇか?」


 さすがに騎士団長を擁護すべく、俺は話を元の路線に戻した。


「だから! そうなったら王都の守護はどうするんだ! あそこだけはなんとしても守らなければならん!」


 騎士団長は、ストレスも限界だとばかりにダンッとテーブルを叩きながら太い声を荒げた。その迫力に会議室は静まり返る。



「待ってよ。いるじゃない……ギルマスと同じくらい強い人が」



 アリスが静かにピンッと細い人差し指を立てて提案した。


「ギルマスと…………? まさか、僕のこと…………ぅぐ!」


 場を和ませたいのか、ふざけるフリーはウルの金的に沈んだ。


 それを横目にため息をつきながらアリスは言う。



「ジャベールよ。彼をここに呼びましょう」



 ジャベールという名が出たことで皆がざわめいた。


「彼は兵隊でもなんでもないが…………」


「いえ、名案です。と言うより、それ以外に方法はありません。ですが、あの堅物が動きますでしょうか?」


 騎士たちは期待を込めた目で騎士団長に問う。


「…………いや、不可能ではないな」


 しばらく考えた騎士団長が呟いた。


「なんとかなるかもしれん。今すぐ王都に連絡を入れろ!」 


 おそらく、王家からレオンを通して頼むのだろう。


「はっ!」


 騎士団長から命令を受け、騎士が矢継ぎ早に会議室を出た。


「目処が付いたならユウは早速出発した方が良いわね。《千軍》は待ってくれないわ」


 アリスがニコッと柔らかにそう言った。


「そうだな」


 レアのことが心配だが、こうしている間にも、《千軍》に町が消されているかもしれない。


「ユウ、油断しないで。相手はSSSランク、ラクな相手じゃないわよ」


 アリスは頷きながらそう言った。


「おう。それと……」


 そう返事しながら、俺はフリーとアリスにレアのことを頼もうとした。


「こっちの心配はいらないよ。しっかり勝ってくれないとねぇ」


 俺の言葉を遮るフリーは俺の言いたいことがわかったのだろう。腕を組んで堂々としながら、いつもののほほんとした表情で言った。


 さすが相棒。


「ああ。お前らも絶っっっっ対に、無茶するんじゃないぞ?」


 皆が俺を見て頷いた。


「頼んだぞ。ユウ…………!」


 騎士団長の神妙な声に片手を上げて答えながら、俺は部屋を出た。




◆◆



 俺が廊下を歩き始めた時



「ご主人様…………!」



 廊下で後ろから、クロエが震える声で俺を呼んだ。


「ご主人様、私は…………っ!」


 泣きそうだった。 


「クロエ、お前はアリスたちについてやっててくれ」


 そう言うと、クロエは目を伏せて首を横に振った。そして




「私は…………私は、ご主人様のメイドです……! 先ほどだって…………」




 そんな見捨てられた子犬のような顔をしないでくれ。


 ここまで来る時、自分だけ兵士たちのお守りを任されていた……。でも、一刻を争っていたあの時は、俺の飛行に慣れていないクロエを連れて飛ぶリスクを犯せなかった。


「わかってる。クロエは俺の仲間だ。でも、ここにはお前が必要だ」


「アリス様たちは、私の手など必要ないほどに、お強いかと……!」


 すがるように、クロエは言った。


「そうだ。でもな……」


 あいつらだって人なんだ。


「アリスは冷静なように見えて感情的になることがあるし、フリーはいつもフラフラしてて女狂い。レアは、今少し不安定で心配だし、ウルは突っ走りやすく、まだ幼い」


「…………」


 クロエは俯いて自分のメイド服の裾をぎゅっと掴む。


「俺は…………」


 お前のことも心配だ。クロエは俺に依存するメイドではなく、もう仲間の1人として、強く立ち上がってほしい。


 そう言うのをこらえた。


「お前が残ってくれた方が安心だ。あいつらが無茶をしそうになったら止めてやってくれ」


「ですが!」


 クロエは1歩前に踏み出して食い下がる。


「頼む。お願いだ」


 伝わってほしい。


「お願い…………」


 『お願い』という言葉にクロエは反応した。


「命令…………ではないのですか?」


 おずおずと上目遣いになるクロエ。


「お前は、もう俺たちワンダーランドの一員だろ?」


 クロエはもじもじとスカートの裾を握りしめると、無表情だが少し嬉しそうに口角を上げたように見えた。


「…………わかりました。お気をつけてご主人様」


「ああ、クロエもな」


 俺は砦を飛び出した。



読んでいただき有難うございました。


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