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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第5章 戦争
130/159

第130話 ヴォルフガングの戦い

こんにちは。非常に遅くなってしまい、申し訳ありません。

ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第130話は一部三人称視点です。宜しくお願いします。


「ふぅ…………意外と使えるもんだな」


 光を1粒子残らず吸収しそうな黒いモヤに包まれた両手を見て呟いた。これはベルに実践で使えるようになれと言われ、練習していた『重拳』だ。魔力を解くと、黒いモヤが霧散した。

 左手のひらには、先ほど雷龍から抜き取った蛍光イエローに発光する魔石がある。バレーボール大でありながら宝石よりも綺麗で、ポタポタと滴るような魔力を感じる。今まで見たどの魔石よりも美しかった。


 そして隣には俺が魔石を引き抜いたため、地に頭を伏せて横たわる雷龍の遺体と、眉から上の頭蓋骨が吹き飛んだ大将ミルドの遺体がある。


「これ、誰かわかるか…………? まぁ顔は残したし、いけるか」


 ミルドの肩を掴み持ち上げては呟いた。目は死ぬ直前のまま見開いたままだったので、そっと閉じさせてやった。


 そうしている間にも、生き残った帝国軍が慌てて退却していく。



「お前ら、強かったよ」



 横たわる雷龍とミルドに対し、本心からそう思った。ステータスだけなら多分俺が負けていたし、不本意ながらいたぶるような戦い方になってしまったのは否めない。


【ベル】だから言ったじゃない。あなたは無駄にスキルが多いんだから、もっと実戦で使える技を増やした方がいいのよ。


 だとして、いきなりこのレベルの龍を相手に実戦する…………?


【ベル】何を甘いこと言ってるの。ぶっつけ本番にも慣れなさい。そんなだとまた死にかけるわよ。


 う…………。


 鬼教官に怒られていると、アリス、レア、フリー、ウルの4人がひょこひょこ歩きづらそうにしながらここまで来た。

 というのも俺と大将が戦ったせいで、この荒野には雷によって底が見えないほどの深い穴が多数穿たれている。


「ユウ、お疲れ様」


 アリスはクセのないサラサラの黒髪をクールに耳にかけながら手で言った。


「ああ。お前らもな」


 ローグという存在を生み出し、王国を裏から崩そうとする非人道的で卑怯な戦法、そして俺たちの仲間であるクロエを傷つけられた。戦い始めるまで、俺たちは本気で憤っていた。


「その人、かなり強かったわね。龍と互いを認め合ってなきゃ、あんなことできないわよ」


 アリスは雷龍とミルドを見ながら、複雑そうな表情で言った。アリスも戦いを見て、俺と同じ気持ちになったのかもしれない。


「やり方はどうあれ、こいつらにも戦う理由があったんだ。あの竜騎士たちやワイバーンの部隊もそうだった。ちゃんとこの戦いに命を掛けてた…………」


 俺に隙を作るためだけに特攻してきたのは薄々感じてた。だからこそ、本気で叩き潰した。


「はぁ…………嫌になるねぇ。帝国には帝国の正義があって、自分たちの行いが正しいと思っているんだねぇ」


 フリーはうんざりとした様子で肩をすくめた。


「そうだな。ありがた迷惑な話だ」


 あのトレスタから前に聞いた話では、この戦争は帝国軍にとっての聖戦なんだと。奴らは俺たち他宗教を本気で救おうとしていると。


「悪いのは……帝国の上の人たちだよね?」


 レアがピクピクと可愛い猫耳を動かしつつ言った。先程竜をミキサーにかけた女の子と同一人物とは思えない。


「そうだな。だとして…………王国も黙って殺されるわけにはいかない。帝国民を洗脳、もしくは扇動している奴がいるはずだ」


 そいつを倒さない限り、この戦争は終わらない。


「も~、こんな戦争早く終わればいいのに…………」


 レアはうんざりだとペタンと耳を寝かして呟いた。


「だな……」


 ウルも大人しく頷く。


「それはそうと、お前ら身体の調子はどうだ?」


 俺はフリー、アリス、ウル、レアと4人の顔を順々に見渡して尋ねた。


「バッチリだねぇ。これならこの戦争でも十分戦っていけるよ」


 刀を肩に置いてはご機嫌でフリーは答える。


「そうね。魔力も増えて、ユニークスキルも強力になったわね」


 そうだ。アリスの氷の翼は以前よりもかなり大きくなっていた。


「はは…………アリスの氷魔法は本気でヤバかったな」


 思い出しては顔がひきつる。高層ビル並の氷柱が雨のように降る光景は、帝国兵たちの心に忘れられない恐怖を刻み付けていた。


「てかユウ、お前はまたいいとこ持っていきやがって!」


 一歩踏み出し真下から俺を見上げては、むぅと不満そうに言うウル。


「はぁ。だってさすがにウルじゃ、あの雷龍の装甲は破れなかっただろ?」


 ウルの頭をポンポンと手を叩く。

 

「んなことねぇもんよ!!」


 ウルは俺の足の脛をガッ! と蹴飛ばした。


「いてっ! いやまじで痛いって!」


 どんどんウルが好戦的になってる気がする……いや、こっちが素なのか。見た目はまだちっちゃくて可愛い10歳児なのだが、今の蹴りは一般人なら足の4、5本は骨折してる。


「まぁまぁ」


 文句を言うウルを後ろから抱き抱えるようにして、ニコニコとレアが引き留めた。


 そこまで話しているとマシューがピョンピョンと荒野に空いた穴を飛び越えて単身やってきた。そして言った。


「君ら強すぎだろお!! どうだい、ぜひうちのクランへ!」


 ニッと白い歯を見せて言った。



「「「「「遠慮します」」」」」



 全員ハモった。


 そして、時間が跳んだかのようにマシューは続けた。


「奴らはまさに龍の尾を踏んだな! おかげで兵士たちにも余計な被害を出さずに済んだ。本当に! 助かった!」


 ニコニコととにかく上機嫌のマシューは手を差し出し、俺と握手をした。それからマシューは大将の首に視線を落とした。


「おう。それと、はい、これ」

 

 忘れないうちに大将ミルドの首を手渡した。


「ああ」


 大将の首は、討ち取った証明として使われるそうだ。まぁ、これだけ個人戦力が戦局を左右する世界だ。大将を討ち取ることは、敵の士気を大いに喪失させるのだろう。

 ミルドとあの雷龍が相手だったことを考えると、俺がいなけりゃこの生首がマシューになっていたと思う。


「それでこの後は?」


「あの雷の余波はうちの兵士たちも少なからず受けてたから、まずは負傷者の救護と砦の修復だ! 最大の功労者である君たちは休んでてくれよ!」


 ポンポンとマシューは俺の肩を叩いた。


「りょーかい」


 さて、他の戦場はどうなってるだろうな…………。



◆◆



 ーーーーヴォルフガング砦にてーーーー



「…………なんですかあの兵器は!」


 レムリア騎士団のフレア副団長がギリギリと悔しさに歯を噛み締めては、騎士団長を庇うように前に立ち帝国軍を睨む。ダークエルフの長く綺麗な白い髪は長期にわたる戦いで焦げついていた。


「団長! 騎士団長! しっかりしてください!!!!」


 4人の騎士に上半身を助け起こされる騎士団長。


 戦場となっているここは、ヴォルフガング砦の正面にある湿地帯だ。深いところで膝まで水があり、蓮のような植物や湿地を好む薬草類が自然に生えている。足元は泥で、踏み込めば徐々に沈み、水が沁み出してくる。

 だが、そんな地形を無視するかのように、トンネルの掘削機が通ったように地面が深く抉りとられている。それはまるで、かつてのヒュドラのブレス攻撃のようだ。


「がっ…………かはっ!」


 騎士団長は焦点の定まらない目で、咳をして口から煙を吐き出した。全身が黒く焼け焦げている。


「た、大将すまない……」


 騎士団長の隣には、左腕を根本から失ったポールが仰向けに倒れていた。「すまない、すまない」と、うわ言のように呟いている。傷口が焼け焦げているおかげで血は出ていないが、肩の肉から突き出しているのは肩関節に繋がっていた鎖骨の白く丸い先端だ。

 ポールは苦しそうに呼吸を繰り返し胸が激しく上下している。重傷どころか、すぐに手当てをしないと命に関わるケガだ。

 騎士団長の怪我は、満身創痍のポールを庇った結果だった。


「お、おい、早くポール将軍と団長を退避させろ! また()()が来るぞ!」


 そう言う騎士の視線の先には、王国軍がこの戦争で初めて見た兵器があった。


 人間ほどの形と大きさをした白く半透明なクリスタル8個が、花びらのように集まり、高さ10メートルほどに浮いている。その8個の中心は、ギィギイギイと嫌な音を立てながら白く光っていた。この兵器による砲撃が、王国軍が苦戦を強いられることになった原因だ。


 ポールは部下を守ろうと砲撃を受け止めるために入ったはいいが、止められずに腕ごと持ってかれてしまった。Sランクのポールですらこれだ。一般兵であれば瞬時に肉体は消滅し、盾にすらなれない。まさに絶望的な威力を持った兵器だ。


 ただ、SSランクの騎士団長だけが、それをかろうじて防ぐことができた。そのため、戦が始まってから騎士団長は動き続けてきた。だがそれももう…………。


「お、お前ら……逃げろ」


 意識を取り戻した騎士団はバシャッと湿地に手をつくと、足を踏ん張りヨロヨロと起き上がった。


「やめてください! 団長はもう限界です!」


 泣きそうになりながら騎士団長の肩を押さえる部下たち。



「あんな意思のこもらないオモチャで、俺は殺れねぇ!! ぶっ壊してやる…………!」



 ガラガラの声でそう叫ぶと、騎士団長の身体から赤い闘気のようなものが沸き上がり剣を構えた。一時的に騎士団長の治癒力が爆発的に高まり、じゅわじゅわと傷が修復されていく。同時に腕の筋肉がビキビキと盛り上がった。


「総員、団長より後ろに下がってください! 治癒隊員は後方から治療を!」


 騎士団長と付き合いの長い副団長フレア・ナイトレイは、団長のユニークスキルの発動を感じ、彼を先頭に立たせるよう命じた。


「「「「りょ、了解!」」」」


 ボロボロの騎士団長をこれ以上矢面に立たせることに抵抗を感じはしたが、騎士たちは命令に従い後退した。


 騎士団長のユニークスキル『守護力』は、彼が守る対象だと認識するものが大きければ大きいほど、ステータスや治癒力をアップする。まさに国を守る騎士のためのスキルだ。


 そして騎士団長は今、このヴォルフガング砦と数万の兵士たちを守るため、王国軍の先頭に立っていた。



ーーーー



 対する帝国軍は、王国軍から50メートルほど距離を取りながら、兵器のための燃料を用意していた。


「よし、よしっ! あともうひと押しだ!」


 興奮した様子で何度も拳を握って喜ぶのは、この前線の指揮官タルコフ。かつては快活なSランク冒険者であったが、今は腹の出た中年太りの体型にギトギトの黒髪オールバックになり、兵器の研究に明け暮れていた。

 順調だった彼の人生は、『ギルガメッシュ』という、どう足掻いても勝てない怪物に出会うことで終わりを迎える。自分の実力に限界を感じた彼は、奴を倒せるだけの兵器の開発に自ら移行したのだった。


 彼は土魔法で作られた即席のものみやぐらの上から、部下に指示を送る。


「おい早くゴミをどけろ」


 タルコフが怪訝な顔で指差すのは、地面に意識なく倒れているボロボロの衣服を纏った奴隷たち。彼らはクリスタルに繋がるコードを首に繋がれており、全員でちょうど100人だ。


「はっ!」


 帝国の兵士たちが、奴隷を担いでは別の場所へと連れていく。彼らは意識こそないが、まだ別に利用価値があった。


「ふふふふ。笑いが止まらんな。奴隷を燃料としても、魔力を集約して撃ち出せばあの王国騎士団長をここまで追い詰められる! 兵士の犠牲ゼロでこれだけの成果! これは兵器の革命だ! いや、戦争の仕組み自体を変えられる!」


 タルコフが扱うのは自らが開発した新兵器『バレージ』。

 これは奴隷たちから全魔力を吸い上げ、全員の魔力を一度に集約して撃ち出すという至極単純な仕組みである。だが、それゆえにその砲撃はSランク竜のブレス以上の威力を発揮した。

 ただし、1発放つたびに強制的に魔力を吸い尽くされた奴隷たちは気絶し、うち3割は死亡してしまうという非情の兵器でもある。しかし、タルコフの中で奴隷は、帝国軍の犠牲の勘定には入っていなかった。


 そして彼は、このバレージで王国軍を本気で殲滅するつもりでいた。それまでに何人の奴隷が犠牲になろうとも構わない。そう考えていた。


「数は力だ! それはどんなに時代が進もうが変わらない!」


 タルコフは空を仰ぎながら両腕を広げて勝ち誇る。そして、静かに部下に命じた。


「3基全てで同時に狙え。次で仕留めろ」


 タルコフはトドメとばかりにバレージを扱う部下に指示を送る。


「はっ!」



 ギィギィギィギィ…………!



 奇妙な音を立てながら3基のバレージの中心が白く光る。


「うぐっ……」


「へっ…………? なに?」


「ぎっいいい!」


「た、たすけっ…………!」


 繋がれた奴隷たちは苦しみ、鼻血を出しながらバタバタと倒れ始めた。そして、全てのバレージが騎士団長に砲頭を向ける。


 タルコフはニンマリと口を歪めて言った。



「放て!」



ーーーー



 騎士団長の視界全てが砲撃で真っ白に埋め尽くされる。帝国軍も、王国軍ですら騎士団長の死を予想してしまっていた。

 だが、騎士団長はこれを狙っていた。同時に何ヵ所も来られると防ぎきれないが、これなら1発に集中できる。



「待ってた、ぜ…………この時をよぉ……!」


 

 騎士団長の赤い闘気はさらに勢いを増し、ゴウッと立ち上る! 彼の全身に血管が浮かび上がったかと思うと、こめかみの血管がブシッと切れた。騎士団長はまさにこの時、自身の限界を超えようとしていた。

 そして、ドンッ! と揺れそうなほどしっかりと大地を踏みしめる。バレージの砲撃に向け、ビキビキとはち切れそうな血管が浮かぶ上腕二頭筋で大上段に剣を構え、そして振り下ろしながら腹の底から叫んだ。



「せぇあああああああああああああああああ!!!!!!!!」



 バレージの砲撃と、騎士団長の剣が衝突した。




 ドッ……………………ッッッッ!




 ぶつかった衝撃で、さらなる光が戦場を照らす。


 バレージと騎士団長の剣は、どちらも譲ることなく拮抗した。


「ぐっ…………ぐううおおおおぉぉ!」


 ブシッ! ブシッ! と騎士団長のバンプアップされた筋肉で血管が切れる。そして、砲撃の余波が騎士団長の身体を削り始めた。足元が泥で踏ん張りがききにくく、ジリジリと後ろに押し込められていく………………。



「まだ…………まだだ!」



 ユニークスキルを感じ、騎士団長の脳は無意識に自分が守るべきものを遡った。



ーーーー王国兵士たち、ヴォルフガング砦…………王都にいる国王、王族、そして、家族の姿。



 その瞬間、上腕二頭筋がボゴンッ! とさらにふた回りは肥大化した。そして


「うらあああああああああああああああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛っっっっ!!!!!!!!」 




 ガッッッッッッッッッッッッ…………ツン!!!!




 バレージから放たれた全砲撃を弾き返した!


 騎士団長は反動で弾き飛ばされ、バシャンと尻餅をつく。


「な、何だとっ!!??」


 タルコフは想定外の事態に後ずさると、ものみやぐらから湿地へバシャンと転げ落ちた。そして、騎士団長によって跳ね返された巨大な魔力弾は、元のバレージへと向かい3基全てを直撃した。



 ガガシャアアアアアアアアアアアアアアン…………!!!!



 8つのクリスタル片は粉々に砕け空中に吹き飛んでは、キラキラと光って雪のように戦場に降り注ぐ。


「…………へっ?」


 湿地で泥だらけになったタルコフは顔を上げながら振り返り、全てのバレージが破壊されたことに気付いた。


「お、おおおおのれ…………俺のバレージを……!」


 タルコフはギリリと歯を噛み締めると、休む間もなく大声で叫んだ。


()()を持ってこい! とっておきを見せてやる…………!」


「はっ!」


 タルコフのその言葉で、荷馬車に乱雑に載せられ運ばれてきたのは、先ほどバレージに魔力を吸われ死亡した10人の男奴隷の遺体。


「やれ!」


 ザシュ、ザザシュ、シュ…………!


 タルコフの合図で、兵士たちによって仰向けに寝かされた遺体の心臓に剣が突き立てられた。


◆◆


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ…………あいつら、な…………にをして、やがる」


 騎士団長はバレージを打ち返したはいいが、全力以上の力を発揮したため肩で息をしていた。しばらく動けそうにない。


「団長! 大丈夫ですか……!?」


 そばにフレア副団長が駆け寄り、団長の肩を支える。


「俺はいい……。それより奴ら、まだ何かするつもりだ」


 騎士団のツートップの目の前で、奴隷から10つの心臓が抜き出された。ただ、その心臓は淡く青色に光っている。


「あの心臓は一体何のために…………?」


 フレア副団長が光る心臓を見つめながら呟いた。


「わからん。油断するなよ」


 そう言いながら騎士団長は、後ろを振り返った。

 バレージが破壊された今、残る王国軍3万人以上の兵士たちも動けるようになった。遠距離攻撃を警戒し、1万人を砦の守備に残し、残る全員で騎士団長がいる前線を目指し進軍してきている。


「兵士たちも来たか……」


「はい、もちろんです。騎士団長ばかりに背負わせられませんから」


 クールにフレア副団長は答えた。


「無駄骨にならなきゃいいが…………」


 そう言った時、帝国軍の兵士の波が縦に割れ道ができた。ゴゴゴゴといかにも重そうな音を立てながら、そこを引きずられて現れたのは、口径2メートルほどの巨大で重厚な砲筒。砲身の長さは10メートル以上ある。その大きさも異常なことながら、その砲身の表面にびっしりと貼り付けられたのは高ランクの魔石。


「…………なんだ、ありゃ?」


 そう呟く騎士団長の目の前50メートルほどで、タルコフの部下は堂々と取り出した奴隷の10個の心臓をボトボトと砲筒の中に放り込んだ。


 それを見て、騎士団長の脳は今までの情報を照らし合わせつつ高速で回転する。


 砲身に心臓を入れたということは、アレは弾もしくは火薬だ…………火薬と言えば、爆発。それに心臓…………?


 騎士団長は、ただただ青ざめ、



「まさか…………?」



 口をパクパクと動かして言葉を紡いだ。


「団長?」


 副団長は騎士団長の顔を覗くように聞いた。だが、彼にはその言葉が届いていない。


 そうだ。人間爆弾の話は聞いていた……ワーグナーで用いられたが、周囲5キロを吹き飛ばすほどの威力があったと。あれがもし、爆発を拡散しないように押さえ込み、かつ指向性を持たせるための砲筒だとしたら…………!


「そうか……あの取り付けられた魔石は砲身を強化するためか!」


 つまりそれだけの威力の爆発だということ。


「お前ら、下がれ!」


 ざわめく兵士たちを尻目に、騎士団長は再び王国軍の先頭に立った。

 だが、その時に身体の重さに愕然とした。足を前に出すだけでも、頭でイメージした20%も力が入らない。剣が重い。完全な筋疲労だった。


「ヤバいな…………」


 度重なる連戦。さっきので騎士団長の身体はガタガタだ。もはやアレを防ぎ切れる自信がなかった。


 騎士団長のアゴにある三つ編みを伝って汗が落ちる。それでも騎士団長は剣を両手で握り、正面に構えると、必死で頭を回転させた。



 ーーーーどうすりゃいい!? 俺に受け止めるられるか!? いや、ここで俺が防ぎ切れたとして、次は無理だ。だとして砲身を壊しに行ったところで、左右にSランクが数人控えてる。囲まれて殺されるのがオチだ。それに奴らの兵隊はまだピンピンしてやがる。

 …………死ぬのは惜しくねぇ、だが俺がここで死ねば、この砦は間違いなく墜ちる。そうなりゃ奴らは王都まで一直線だ。



 ここを防げるかわからない。そして、防げたとしてもその先を考えると騎士団長には答えが出せなかった。


 いや、()()()()()()()()とも言える。


「くそっ! なんとか、なんとかならんのか……!」


 考えが堂々巡りし、1歩も動けない騎士団長を砲身から出る青い光が照らし始めていた。


 その時、



「もう、たまには頼ってくださいよ」



 その拗ねるような声と共に、寄り添うようにして隣に立ったのは副団長フレア・ナイトレイ。風がフレア副団長の白く柔らかな髪をなびかせていた。


「お前っ、下がってろって…………!」


 騎士団長は単純に驚いていた。

 常に冷静で真面目な副団長は、命令を無視したことなど今までなかった。


「アレはそれほどの威力なんですね?」



「…………」



 騎士団長は答えられず、険しい表情でその砲身を見つめた。


 答えてしまえば、この器量の良い部下に二度と会えなくなる気がした。だが、それは答えなくても同じことだった。



「ふふっ、あなたはいつまでも私の大将です」



 フレア副団長は優しく微笑み、自分の剣をスラリと抜くと、砲筒に向かって歩き始めた。そして、数歩歩いて振り返るとペコリとお辞儀をして言った。


「…………今までお世話になりました」


 その言葉を最後に、レムリア騎士団副団長フレア・ナイトレイは、人であることを…………辞めた。


「フレア、待っ…………!!」


 副団長に向かって手を伸ばす騎士団長だったが、もう遅い。


 フレア副団長の肌の上を、燃えるような赤い刺青が植物のように広がり、顔から指先まで全身を覆った。




「あああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」




 敵を認識できないほど理性を失い狂化したフレアは、砲台に向かって獣のように走った。



 そして…………。


 



 カッッッッ…………!!!!





 目を開けていられないほどの光が戦場を明るく染めた。


 


◆◆




「あ、あいつ…………最初から死ぬつもりで!」


 光が収まった頃、騎士団長はフレア副団長の片手剣を震える手で拾い上げた。


 フレア副団長は、砲撃が当たる瞬間、いつもはブレーキをかけながら使うユニークスキル『狂化』を無制限に加速させた。もはや人に戻ることを捨て狂化し続けた彼女は、あの一瞬だけSSランク上位の実力にまで達した。




ーーーー砲撃はフレア副団長と衝突し、跡形もなく対消滅した。




「…………笑ってたな」


 騎士団長はフレアの最後の笑顔を思い出した。


 泣けねぇ…………こんなとこで泣いてたらフレアが浮かばれねぇ。そのためにあいつは命をかけたわけじゃない。あいつは、次に繋げるために覚悟して笑ったんだ。



ーーーー



「……あの砲撃をたった1人で防いだ!? あんな奴がまだ王国にいたのか……!」


 タルコフは、ブルブルと怒りに震えていた。


「ふん。だが、今ので死んだ! それに、さっき使った心臓は所詮量産品の1つにすぎん!」


 そう言ってタルコフは、次の弾を込めるべく笑いながら振り返る。そこで、ギョッとした。


「…………もういい、タルコフ。十分だ」


 突然隣に現れていたのは大将『雷迅のボルト』。右目に斜めに傷が入った隻眼の男だ。背は160センチほどで小柄であるが、金髪の髪をオールバックにしては立たせているのでもう少し大きく見える。


「ボ、ボルト………………!」


 大将ボルトの姿にタルコフは焦りを見せ、ここへ来た意味を悟った。


()()()()だろう。なぁタルコフ、お前は優秀だ。…………だがやはり、俺はお前のやり方が気に食わん」


 ボルトはゴミを見るような目でタルコフを見下ろした。


 ズリュッ…………。


 その瞬間、タルコフは心臓を抜き手で貫かれた。



「がっ…………が、かほぉおお゛………………………」



 タルコフは自分の胸に刺さったボルトの腕を両手で握り、必死になんとかしようとするが、力が抜けていき膝をついた。

 ボルトは冷たい目でタルコフを見下ろすと、彼のSランクの心臓を抜き取った。


「貴様も軍人であり、Sランクのはしくれ。ならば貴様が殺した帝国民の痛みを知り、武器となって共に敵を打ち砕け」


 大将ボルトは生粋のジキル教の狂信者。彼にとって、同じジキル教徒は仲間であり、それは奴隷とて同じこと。国内では奴隷解放派閥の中核を担っており、戦争が始まってからというもの、奴隷を使い捨ての道具としか思っていないタルコフとは反りが合わなかった。


 ボルトに抜き取られたSランクの心臓は、タルコフの身体を離れたにも関わらず止らない。それどころかドクンドクンと不気味に拍動が増していく。

 そして青く、ホタルのように発光し始めていた。



「お、おい…………まさか」



 騎士団長をしても、対面してるだけで吐き気をもよおすような『魔力』。それを、ボルトは無表情に砲筒の中へと入れた。



 照準が向いているのは当然、この、ヴォルフガング砦。



「冗談じゃねぇ!」


 アレはSランクの心臓だぞ!? 砲撃はヴォルフガングで止まらねぇ! 下手すりゃ王都まで…………。

 

 迷っている暇はなかった。

 まばたき1回の間でそう思考すると、騎士団長は単身、帝国軍へ突撃した。踏み込みで直径20メートルのクレーターができるほど、戦争が始まってから見せる最速の動きだ。


 全ては何がなんでもこの砲撃を止めるため。


 しかし、騎士団長がそう動くと予想し、それに対応するためここ前線に来ていたのが大将ボルトという男だった。

 バチッという音と黄色い光と共に、一瞬で騎士団長の前に現れたボルト。



「そこをどけええええええええ!」



 渾身の力を込め、騎士団長はボルトに剣を振り下ろす。




 ガンンンンンンッッッッ…………!!!!




 湿地帯の周囲の水が衝撃で、パァンッ! と弾け、水滴になって空へ跳ね上がった。


 剣で騎士団長の剣を受け止めた大将ボルトは顔をしかめた。


「ぐっ…………噂に違わぬ馬鹿力だ」


「小賢しい野郎め…………!」


 跳ね上がった水が、雨のように2人の頭上へザァザァと降り注ぐ。


 バチィッ!!


 ボルトに流れる雷が湿地の水を伝わり、騎士団長の身体に流れる。普通は気絶するほどの痛みだが、そんなこと意に介している余裕はない。


 突然始まった大将同士の衝突に、王国軍の騎士たちは団長の意図を理解し加勢しに突撃する。


「砲撃を止めろおおおおおおおおおお!!!!」


 だが、ボルトを守るべく現れた帝国兵がそれを防ぐために立ち塞がる。

 この短い瞬間にこの戦場で最大の戦いが起きた。


 力になれない残りの王国軍の兵士たちは、手に汗握る思いで騎士団長を信じ、自ら砲撃の盾となるべくヴォルフガング砦の前へ、覚悟を決めて立つ。


 皆、全力で命を賭していた。


 戦場のど真ん中。周辺では兵士たちがこの瞬間を命を削って戦っている。


 騎士団長は、鬼の形相で剣を持つ手に力を込めた。






「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


「はあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」






 この戦場で最強の2人が、剣をぶつけ合い、額が触れるほどの距離で、叫んだ。


 その叫びに込められたのは、全力の相手への『畏敬の念』と必ず勝つという『覚悟』。


 大将ボルトの背後にあるのは魔力を爆発的に高めていくタルコフの心臓。


 騎士団長は命を燃やしながら、剣を振り下ろす腕に力を込めた。実力がほとんど拮抗する2人の勝敗を分けたのは『覚悟の差』。

 雷で焦げていく身体を意に介すことなくじりじりと騎士団長の剣はボルトの剣を押し込み、その刃はメリメリと肩に食い込んでいく。


「ぐっ…………!!」


 ボルトは両手で剣を握ったまま、騎士団長の圧力で上半身を反るように後ろに押し込まれていく。そこに騎士団長がのし掛かるように体重をかける。

 だが、見上げたボルトの目には、騎士団長の表情が自分よりも苦しそうに見えた。それほどまでに、彼は命を削っていた。


 そして、ボルトの腕を伝った血が、肘から落ちるほどに時間が経過した頃、タルコフの心臓は臨界点を迎えようとしていた。


 このまま押し切れば、大将ボルトを斬り殺すことができる。だが、砲撃が放たれれば王国軍は負ける。国防の要となる砦が落ち、砲撃の余波が王都にまで届けば王国は一気に危機に瀕することになる。


 それに…………これを止めなくてはフレアの犠牲は無意味になってしまう。


「はああっ…………!!!!!!」


 騎士団長は剣を握ったままボルトに気合いで体当たりし、吹っ飛ばした。体格がある団長に弾かれ、ボルトは数メートル後ずさる。そして騎士団長は砲筒の目の前に剣を突き立てると、両手を広げて仁王立ちになった。

 その目の前には、タルコフの心臓がキィィィンと甲高い音と青い蛍光色に光りながらブルブルと振動している。







「俺は、王国のレムリア騎士団団長、ダリル・オールドマン! 貴様ら侵略者の好きにはさせん!」







 騎士団長は歯を食い縛り、帝国軍を睨んだ。


「馬鹿が……止められるわけねぇだろ! SSSランクすら仕留める威力だぞ!」


 砲筒から溢れ出る強烈で真っ青な光に照らされながらボルトはそう叫んだ。


 正面に立つ騎士団長の視界は光る心臓の青に染まっていた。



 その時ーーーー







「間に合った…………!」







 騎士団長がその声を聞いた瞬間、確かに爆発寸前だったタルコフの心臓はその状態のまま、ギリギリで停止した。


 そして、




 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァアア…………ン!!!!




 途端、砲筒の両脇を守っていた数百人の帝国兵たちが吹き飛び空を舞った。右側は無数の氷槍が地面から突き出し、左側は斬撃を伴う竜巻が発生していた。

 それを繰り出したのは、空に浮かぶ白銀の翼を称えた黒髪少女と、風の上に立つ獣人少女。


「なっ! 奴らは何者だ!」


 2人の少女を見上げて叫ぶボルトは、前を見てハッとする。


 いつの間にか、年端もいかない小柄な少女が、10メートル目の前に現れていた。


「なんだ貴様は!」


 警戒したボルトは少女へ剣を向ける。その少女は何故か凶悪なほどに口角をつり上げていた。だが、ボルトがそれが気のせいだったかと思うほど、気付けばいなくなっていた。


 ブシュッ…………ブシッ!


「ぐっ…………あ? ああっ!?」


 そしてボルトの全身に多数の切り傷と刺し傷が刻まれていく。吹き出す血液。

 何をされたのか理解する前に、ボルトは経験と予測で危険を察知し、自身の首への攻撃は剣で防いだ。


「ちっ! 腐っても大将、勘の良い野郎だ」


 少女がボルトの後ろで舌打ちをしながら姿を現した。


「なんてガキ…………っ!」


 少女の役目は大将を足止めすることだ。

 …………ついでに殺してしまおうと考えていた血の気の多い少女は置いておく。


 その間に黒髪の男と、着流しを来た男の2人組が、護衛のいなくなった砲身に走り込む。


「いくぞフリー!」


「あいよぉ」


 スキル『魔力支配』でタルコフの心臓の暴走を押さえ込みながら、2人は重く巨大な砲筒の下に身体を潜り込ませると



「「せぇーのっ!」」



 ガコオオオンッ。


 砲身を持ち上げて、そのまま帝国軍の方向へひっくり返した。



「「「「へ?」」」」



 砲身が自分たちの方を向いた瞬間、ギョッとした表情を見せる帝国兵たち。






「「「「やっ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」






 武器を放り投げて、その砲筒の射線から逃げようとする兵たち。



「あばよ」



 爆発寸前のタルコフの心臓を抑えつけていた『魔力支配』を解除した。




読んでいただき有難うございました。

※第1章(1話~7話)をストーリーに影響のない範囲で修正改稿しました。もし古参の方がいらっしゃるなら、読み返していただけると大分読みやすくなったと感じられると思います。当時はぐちゃぐちゃで本当に申し訳ありませんでした。今もですが……。


もし負担にならないなら、本当に簡単でいいのでレビューを書いていただけると作者のモチベーションが、ぐーんと上がります。もしくはポチっと下の方にある星マークの評価ボタンを押していただけるとむちゃ嬉しいです。

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