第129話 ミルドとヴリレウス
こんにちは。ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。
第129話は三人称視点です。宜しくお願いします。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
バチッ!! バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ…………ッッ!!!!
まるで大怪獣のような咆哮と、ヴリレウスの体から敵味方関係なく放射状に放たれる雷。片翼40メートルを越える、皮膜のように羽のない巨大な翼を広げ、空に浮いたまま雷を纏う姿はまるで雷神のよう。
そばにいた帝国軍の兵士たちは逃げ惑う。暗闇と雷の光による明滅で、戦場はチカチカとまるでコマ送りのように見えた。
「早く退けえええ! ミルド大将の巻き添えを食らうぞ!」
カザフはワイバーンで降り注ぐ雷の間を飛び回り、怪我をして動けない兵士たちをワイバーンの足で鷲掴みにして運びながら呼び掛ける。
「ひっ、ひぃいいい! な、なんで、味方にもこんなに…………!」
それでなくともボロボロの兵士たちは雷から逃げるべく、フラフラになりながら必死で自陣のある丘を登った。
「たっ、助けてくれぇ!」
丘を走る兵士が足をもたつかせ、前のめりに転んだ。
彼は両腕が凍傷になっており、細胞が破壊され再生もうまく働いていないようだ。それでも死にたくなくて、前方の仲間に必死に動かない手を伸ばす。
振り返った仲間が足を止めようとするも、
「ひっ!」
背後から地面をゴリゴリとえぐりながら迫ってきている雷に怯え、倒れた仲間と雷とを交互に視線を行き来させると、
「…………すまん!」
苦い顔をしてそう言い残し、前を向いて走り去った。
「待っ……………………ぃぎ!」
バリバリッ…………!! ジュッ…………!
雷は転んだ兵士に直撃した。直径5メートルほどの野太い雷。光の中に兵士の姿が黒く見えたのも一瞬。すぐにボロボロと炭になり風でどこかへ飛んでいった。
そんな光景が至るところで繰り返された。
「兵士を逃がす間もなく龍体に戻るとは…………それだけ危険な相手だということですか」
カザフは安全な自陣にまで戻り、他の兵士たちと一緒に丘の上からヴリレウスを見ては、雷の光に目を細め呟く。
そう。ヴリレウスは普段、龍本来の姿をしていない。龍ともなれば周囲の環境へ与える影響が大きいため、人里では身体を退化させた竜の姿で過ごしていた。
すなわち、全身から雷をほとばしらせながら発光する今のヴリレウスこそ、本当の雷龍の姿だ。
さらにカザフはヴリレウスの背に乗るミルド大将を見て驚きの声を上げる。
「まさか『融合』までも…………!?」
ミルドの身体はヴリレウスの背に下半身と両手を埋めており、出ているのは上半身だけ。その繋ぎ目は黄緑色の血管のようなもので溶けるように繋ぎ合わされている。
彼はこのユニークスキルのみで大将の座にまで登り詰めてきた。
「カザフ様、ミルド大将の融合はどのようなスキルなのですか?」
隣でカザフの呟きが聞こえたのか、ワイバーンにまたがる部下が興味津々で尋ねた。
「そうか、お前らは見るのも初めてだったな。あのスキルは互いのステータスを合算することができる。例えば、ミルド大将の魔力が8000、ヴリレウスの魔力が10000だとすれば、融合中は魔力が18000になる。これが全ステータス項目において実行される」
「ぜ、全ステータスで!? そんなの強すぎでは!?」
ユニークスキルの中でも飛び抜けた性能に驚く部下の男。
「ああ。実質、この状態のミルド大将に単身で勝てる将軍は、ギルガメッシュ様以外に存在しないと言われるほどだ」
ちなみに、ヴリレウスが受けたダメージはミルド本人も受けるというデメリットが存在するが、それを差し置いても強力すぎるスキルだった。
「…………この戦争、我々の勝ちだ」
カザフはそう確信した。
ーーーー
白黄色の蛍光色に発光するヴリレウスと融合したミルドは、ヴリレウスの視界を通して相対する4人を冷静に睨み、そして考える。
(奴らは一体何者だ…………? 1人1人が融合前の俺に匹敵する存在感を持っている。トレスタの作戦が失敗した原因はこいつらか? それならトレスタとガルムの敗北も納得ではあるが)
まったく情報のない4人の実力者に、ミルドは正体を探ろうと思案を巡らせる。
(しかし、これほどの奴らが帝国の情報網をくぐり抜けていたのか…………?)
帝国の情報網は優秀だ。スパイたちは、世界各地でさまざまな職業の人に成りすまし、最低3年以上をかけて対象の地域に溶け込んでいる。彼らが長年かけ、地域で培った信頼をもってすれば、どんな重要な情報でも簡単に手に入れることができた。
ふとミルドは、戦いが始まる前に部下が言っていた、あることを思い出した。
(…………なるほど。カザフの言うイレギュラーとはこいつらか。だとして、今さらやることは変わらんな)
ミルドが最終的にたどり着いた結論は、彼らが全力で倒すべき敵だということ。情報があろうがなかろうが、手の抜ける敵ではなかった。
ーーーー突然、雷が止み、轟音が鳴り響いていた戦場に、ビュービューという風の音が聞こえるほど静寂が満ちた。
王国軍の4人に対する、融合状態のミルドとヴリレウス。
広げた翼を一切羽ばたかせることなく、上空50メートルほどの高さに浮遊しては敵を見下ろす雷龍だったが、突然雰囲気が変わった。
「ギルルルルルル…………」
ヴリレウスは低く唸った後、細長くギザギザの鋭い牙が並んだ口をガパッと大きく開いた。背中に融合したミルドとヴリレウスの尾の先端から、音を立てながら光が何度も流れるようにヴリレウスの口内に集まっていく。
ヴン、ヴン、ヴンヴンヴンヴン…………ッ!
光が流れ、ヴリレウスの頭部にたどり着く度に口内の光は凝縮され、力強さを増していく。ヴリレウスは光輝く雷属性魔力の塊を細長く鋭い無数の牙でくわえるように挟み込み、制御していた。それは直視できないほどの太陽のような明るさと、白く黄色い光を発している。
融合状態での全力ブレスは、数キロの広さの都市を一撃で3つ消し飛ばしてはお釣りがくるほどの威力があり、地形すら容易に変えてしまう。
しかし、王国軍の4人はどこかリラックスした様子で、ヴリレウスを眺めるだけだ。迎撃しようともしない4人を見て、ミルドは瞳孔を龍と同じように開かせながら叫ぶ。
(さぁ、どう防ぐ…………!?)
4人の後ろには王国軍。さらに後ろにはウィンザー砦がある。つまり、彼らに避けるという選択肢はあり得ない。
(…………ん?)
ミルドはその時、気が付いた。
ブレスが放たれようとしているヴリレウスの頭部の目の先、5メートルほど前に、龍と比べてはあまりに小さく頼りない、空中に立つ1人の影を。
それは黒髪の中肉中背の若い男で、黒いローブを被り武器も何も持っていない。
だが、男の姿をとらえた瞬間、ミルドとヴリレウスは底知れぬ不安を覚えた。脳で考えてそう判断したのではない。高い知性と理性を持つはずの人間と龍が、生き物として危険な相手だと、本能で理解したのだった。
(なんだこの男は? 一体どこから現れた!?)
突然現れた人物にミルドの頭は混乱する。だがそれも一瞬のこと。ミルドは経験と知識に基づき、すぐさま対策を練る。
(こいつが何者であろうと、敵だということに変わりはない!)
ミルドは貯めた魔力を口内から解き放ち、その男ごとブレスで焼き殺すことを決めた。
(消えろ……………………!!!!)
そしてついに、ヴリレウスのブレスが撃たれ…………。
ガ…………ンッッッッ!!!!
その瞬間、硬い物を打ったような音が響いた。
(…………っっっっ!?)
キーーーーーーーーーーーンンンン…………………………!!!!
大音量で脳内に鳴り響く耳鳴り。
赤と黒色に明滅するミルドの視界。
グルグルと激しく揺れる三半規管。
頭部のこめかみに遅れてくる鈍い痛み。
気付けばヴリレウスの首は、衝撃で引き千切れんばかりに右を向いていた。頬の竜の表皮には、ヒビが走っている。
続けて、北西の方角が、カッッッッ! と一瞬光ったかと思うと、山脈の向こう側の空が真っ赤に染まった。
ズン!!!! …………ンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン…………………………………………ッッッッ!!!!
凄まじい振動と音が、光に遅れてこの戦場にまで到達した。
(…………?? なっ…………?? な、何が起こった…………??)
ミルドの脳内は混乱に埋め尽くされていた。そして数秒経ち、ようやく自身に起きたことを、信じられないながらに理解した。
(お、俺は…………殴られたのか??)
今度は驚きに心を支配され、ミルドは殴られた体勢のまま固まっていた。
ここまでミルドが驚くには理由がある。龍の鱗は驚くほど強靭だ。世間で怪物扱いされるSSランク冒険者でさえ、殴れば拳や腕の骨が砕ける。ましてや、ミルドは現在ヴリレウスと融合し、防御力は龍を遥かに越える。
それを、この男は素手で直接殴り付けただけでなく、最後まで拳を振り抜いたのだ。
(ブ、ブレスは…………)
弱々しく呟きながら辺りを見渡すミルド。
そして、男の打撃の目的がブレスを反らすため、それだけだったことに気付いた。
(そういう…………ことか)
ブレスは、打撃の衝撃でヴリレウスの首が右を向いた時に、王国軍とは全く関係のない方向に発射されていた。着弾地点では、天にまで達する黒煙がモクモクと上がっている。そこはただの平原だったが、生き物がいれば瞬時に蒸発し、酷いクレーターができてしまっているだろう。
しかし、それほどの威力の攻撃を放ったはずのミルドの目は泳ぎ、茫然自失になっていた。
男の右拳には黒いもやのようなものが漂っており、拳自体は真っ黒に染まっている。その右手をプラプラと振った後、男は拳をしばらく見つめると、ゴゥッ! とさらに黒いもやが巨大化した。
ーーーーそこからは、ミルドにとって地獄の始まりだった。
まず、脇腹への男の右手の鉤突きでヴリレウスの身体が真横にくの字に曲がった。いや、強制的に曲げられた。
「ギッ…………!」
苦悶の表情で左に下がった頭部を、今度は右手の肘振り上げでかち上げられる。打撃が直撃した側頭部の頭蓋骨には、ヒビが走った。
肘打ちの振り上げで頭を強制的に元に戻されると、朦朧とした状態のヴリレウスの右足の膝へ、男の下段回し蹴りが直撃した。
ボギボキキ…………。
膝の骨は砕け、筋肉の腱は引きちぎれ、膝は破壊され曲げられなくなった。
だが、それで止まるはずがなく、男は折り返し同じ右足で右脇腹へ中段回し蹴り。強烈な蹴りはヴリレウスの鱗を砕くだけでは飽き足らず、龍の強固な肋骨を2本ボキリと音を鳴らして折った。
「ギィアアアア!」
この戦場にいる誰もが聞いたことのない、ヴリレウスの明らかな悲鳴だった。
上を向いて声を上げるヴリレウスを無視して、みぞおちへ三日月蹴りがめり込む。
ズ、ドォッ…………ッッッッ!!!!
悲鳴を上げていたヴリレウスは、横隔膜へのダメージで、強制的に呼吸ができなくなり声が上げられなくなった。
「ア゛ッ、ア、ア……………………」
苦しそうに身を屈めるヴリレウスの頭部を、下から膝蹴り、上からは肘の振り下ろしで、上下から挟み潰すように叩いた。
ガガッ!
ヴリレウスとミルドは、それを食らった瞬間、完全に意識が飛び、白目を剥いた。
「ガフッ…………」
それでも龍の頭蓋骨は硬く丈夫で、砕けない。
だが、倒れ込もうとするヴリレウスのみぞおちへ休むことなく中段掌底が入った。それで無理矢理に意識を覚醒させられる。
それは浸透勁の打撃で内臓が強く揺さぶられ、衝撃は背中へ突き抜けた。脳へのダメージではなく、ヴリレウスですら気絶しそうな痛みが内臓から発せられる。
それからは、気絶していた方がマシだと思えるほどの連撃が与えられた。
ドガッ! ガガガガ……ッッ! ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!!!
男による、途切れることのない無呼吸連打。
静まり返った戦場に、ただ、殴られ続けるヴリレウスの打撃音だけが鳴り響いた。
呆然と眺めるだけの帝国軍兵士たち。
ヴリレウスとミルドは激しく脳を揺さぶられ続けた。その度に意識を幾度となく飛ばしては、痛みで復活するということを繰り返した。雷龍の発光する硬質な表皮には、全身数多のひび割れが入り、その隙間からは青い血液が身体を伝って流れ落ちていく。
速度はそれほどではないが、男の拳の一撃は異常なほど重く、まるで拳そのものが山塊ほどの質量を湛えるかのようにミルドには感じられた。
ーーーー
殴られ続ける雷龍ヴリレウスには、ただ『怒り』の感情だけがあった。
ミルドとの融合中は睡眠状態に近く、身体の主導権はミルドに明け渡している。だがそれでも龍という種族としてのプライドが、人間に素手で殴打され続け、酷く怪我を負っていることを許しはしなかった。
その怒りは、自然と自分自身へ向けられる。結果、その行動がミルドを救うことになった。
……ッリ!
…………ピシャアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!!!
ヴリレウスへと降ってくる雷の気配を感じ、男は連打を止めて後ろへと飛んでいた。
雷はヴリレウスとミルドを直撃し、焼き焦がした。だが、ブスブスと黒い煙を身体からモクモクと上げながらも、男の連打から解放されたヴリレウスは4つの目玉で男を睨み付ける。
「フー、フー、フー…………ギ、ルルル…………」
息は荒いが、ヴリレウスの戦意は全く落ちていない。
(…………ヴリレウス、助かった。あの場から逃れられなければ、俺はこの怪物に殺されていた)
ミルドはヴリレウスと同じだけダメージのフィードバックを受けながらも、ヴリレウスの行動に感謝した。
そして、ミルドは男の実力を正当に評価した結果、男がこの戦場に現れたことに、逆に安堵していた。
(帝国は運が良かった。こいつの相手は他の大将では無理だ…………)
帝国を背負う強い意思を秘めた眼でミルドは男を睨む。そして、ミルドとヴリレウスは揃って叫んだ。
「ギルルアアアアアアアアアアアア!!!!」
(うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!)
ミルドは上空の雷雲に意識を向ける。そして雷雲を操り、まるで虫眼鏡で太陽の光を集めるように、男に向けて雷の雨を集中砲火した。
バリィッッッッ!!!! バリバリッ! バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ……ッッッッ!!!! ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズンッッッッ!!!!!!!!
男を追いながら際限なく放たれる雷に、雷雲で日光が遮られているにもかかわらず、戦場は真っ昼間のように明るくなった。
男は走るように地表スレスレを飛びながら雷を避けていく。集中した雷が当たった地面には直径50メートル、深さ測定不能の大穴がポッカリと空いている。ミルドとヴリレウスが本気になり、馬鹿げた魔力を上乗せされた雷は、地面の石や砂、鉱石すら消し飛ばす威力があった。
くそっ! この程度の速度では奴には当たらない! 奴の動きを止めなければ…………っ!
ヴリレウスのスキル予測を使用し、男の動きを先読みして雷を撃ち出すも、男はさらにその先を読み、避け続けた。
ーーーー
「こ、こんなもの…………人の入れる戦いではない!」
生真面目なカザフは、上官を助けに入ることができないことを嘆く。
しかし、
「ん…………?」
男が雷に狙い打ちされ追われる中、カザフは視界を横切る複数の影を見た。
竜騎士を乗せた20頭の竜が、雷の降る上空を飛んでいく。騎乗する竜騎士の顔にあるのは、特攻隊のような決死の覚悟。
あれは…………生き残っていた竜騎士たちか?
「いや、そうか…………!」
カザフは彼らの意図を理解した。
認めたくはないが、ミルド大将が敗北すればあの男に勝てる者はここにいない。そうなればミルド軍が敗北するだけではなく、他の戦場も、あの男によって大損害を被るのは間違いない。
ならばどんな手を使ってでも、ここであの男を殺さねばならない。全ては帝国のため、神ジキルのため。今この場でそれができるのは機動力のある…………。
「俺たちか…………」
カザフは相棒のエンロンに視線を向けて呟いた。
「ゴガガガガ!」
エンロンは理解しているのか、カザフの目を見ては頭を一度、上から下へ振った。
「そうだな…………よしっ!」
カザフは覚悟を決めると、相棒のエンロンに飛び乗った。そして帝国軍の空軍に向け、喉が張り裂け血痰を吐きながら叫んだ。
「ワイバーン部隊! 全員騎乗し、すぐさま攻撃を開始せよ!
目標は…………あの男だ!!
なんとしてもミルド大将のために、奴に隙を作れ!」
人の入れる領域を越えた戦いに、ただ呆然と眺めるだけだったワイバーンの騎乗兵たちは、カザフの指示を聞き、ハッ! と表情を変えた。そして、すぐさまワイバーンにまたがっていく。
自分よりも階級が下であるはずのカザフの言葉に、上官ですら耳を貸し、この戦場における帝国軍の全陣営にて続々とワイバーンが飛び立った。
そのワイバーンの数、2000頭。
将軍や副将たちは、やるべきことを即座に理解し、重い決断をしたカザフを尊敬し、ワイバーン部隊の誇りであると思った。
「頭の足りない貴様ら! 黙ってカザフに続けえええええ!!!!」
彼を先頭に大将ミルドの宿敵である男に突撃していく。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
カザフは例の男に向かって先頭を飛びながら後ろを振り返った。背後には、地平線の先まで広がる2000騎ものワイバーンによる竜騎士。本来なら部隊の先頭など、カザフがいてはいけない位置だ。だが、今回は上官たちもカザフを認めた。
そして部隊後ろの最奥からは、ヴリレウスの雷雲の隙間から漏れた陽光が自分たちの背中を押すように照らしてくれている。カザフはまるで自分たちが『ジキル神の使い』、聖なる騎士団かのような錯覚に陥った。
彼らを率いているのは自分と相棒のエンロン。これではまるで、私が神の…………。
それを自覚した瞬間、カザフの脳には快楽物質が溢れ、夢心地の中、何でもできるような全能感に浸った。
「我々にはジキル様がついている!
奴を、殺せえええええええええええええ!!!!」
カザフはエンロンの背中で剣を抜きながらそう叫ぶと、
最高の幸福感の中で…………
死んだ。
ーーーーえ?
その言葉は、帝国軍の誰かが発したのか、王国軍の誰かが発したのかわからない。もしくは、この戦場にいる全員が思ったのかもしれない。
みぢゅっ。
ワイバーンの大軍勢は上下からの超斥力によって、空中で一斉に圧縮された。彼らは、イヤな音と共に1枚の極薄の板と押し固められた後、落下し地面にガゴンッと突き刺さった。
遅れて、絞りに絞られた2000のワイバーンと騎士の体液が混ざりあったものが戦場にザーザーと雨を降らせた。
それを行ったのは、もちろんあの男。
まっすぐに突き出した腕の先、手のひらを上下から挟み込むように合わせている。
ちなみに先行した竜騎士20体は、20個のバスケットボール大に丁寧に丸められ周囲に転がっていた。
ーーーー
(き…………き、貴様ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!)
ミルドは、帝国軍の軍勢が一瞬で全滅させられたことに唖然とした後、あまりの悔しさに折れそうなほど歯を食い縛る。だが、気が付いた。
まるで仕事をやり遂げた後のように手をパンパンと叩いて払う男は、彼らを相手にするために足が止まっていた。
(カザフ、兵士たち…………お前らは無駄じゃなかった!!!!)
ミルドは、カザフたちが命を懸けて作り出した、あの男の隙を逃しはしない。
上空から、都市を吹き飛ばせるありったけの戦略級超雷ブレスを、その男ただ1人のために撃った……!
ド………………………………ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!
ブレスが放たれると同時にヴリレウスの背中側には衝撃波が広がり大気を震わせた。ブレスは天から降り注ぐ雷を螺旋状にねじり巻き込んでは、目を開けてられないほどに戦場をまばゆく照らしながら進む。
ブレスが地面に着弾すれば、その時点で周囲数キロメートルをまるごと吹き飛ばし焼き払うことができる。すなわち直撃させる必要はなく、あの男がこの距離で避けることは不可能。
だがミルドは、避ける素振りすら見せない男に、若干の不安を感じていた。そして…………。
ブレスを見た男は立てた人差し指を、まるで楽器隊を指揮するかのようにクンッと上に振った。それに合わせて、
ググッ、グググッ……………………!
上空から男に向かって直進する極太レーザーブレスは、急に上向きに角度を変え、カーブを描くようにして男の頭5メートル上を通り過ぎる。
(なっ、何だと…………!?)
そして、後方にあったウィンザー砦の屋上の一部を掠めては雲を吹き飛ばして空へ、遥か彼方まで飛び、ついには宇宙空間へと消え去ってしまった。
「「「「…………………………………………へ?」」」」
これ以上ないタイミングでの、最大威力のブレス。それを凌がれ、帝国軍の兵士たちは言葉を失った。
(な、なんなんだ奴は!!!! 一体、どうすればあんなことが…………!)
ミルドが考え込んだのは1秒にも満たなく、男から目を離したわけではない。だが、意識の隙間を縫うようにして、男の姿は消えていた。
(考える暇も、くれんのか…………)
ミルドはギリギリと歯を噛み締めながら、知覚とスキル、そして雷龍の鋭敏な感覚器官を総動員して男の姿を探す。
(奴が現れた時も気配がなかった。龍による探知を掻い潜れるなど、達人クラスの隠密スキルをもってしても不可能だ!)
ミルドはどこまでも常識が通用しない相手に怒りを覚え、そして無意識に、相手の底が見えない実力に対して未知の恐怖を感じ始めていた。
それを拭うようにブンブンとヴリレウスは頭を振る。
(部下たちよ、すまん…………消えた奴を見つけるにはこれしか方法がない。味方にどれほどの被害が出るかわからんが、許せ。これも大義のためだ…………!)
ミルドとヴリレウスは、上空の雷雲を仰いでけたたましく吠えた。
「ギイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
すると今度は雷雲にエネルギーを与えるように、今度は身体からバリバリと雷が真上へと落ちた。
ピシャアアアアアアアアアア…………ゴロゴロ、ゴロ…………!!!!
雷属性の龍の魔力を大量に取り込んだ雷雲は数段強化され、分厚さを湛える雷を増やすと、ヴリレウスを円形に取り囲むように均等に並んだ雷を落とした。
バリッ! バリバリバリッッッッ……!!!!
だが今までと違って落ちた雷は消えずに、天と地、すなわち雷雲と地面を繋ぐように、バリバリッ! と発光しながら存在し続けている。そしてそれはヴリレウスを中心に、0.1メートルの隙間もない円形の鳥籠のような様相をとった。
バチッ、チッ! ゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロ……………………!!
雷の音をさせながら、それはヴリレウスを中心として徐々に広がり始めた。隙間ができれば落雷が追加され、避ける場所など見つからない。
(不可避の攻撃だ。焼け焦げろ…………!)
ズッッ…………ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッッッッ!!!!
この戦場にいる以上、不可避の落雷の壁。動いた跡の地面には、深い溝が刻まれている。その落雷の壁は、遥か後方に位置する王国軍と帝国軍にすら届いてしまう。
ただ、落雷の壁が広がっていく景色を見てもミルドは男がこれで死ぬとは思っていなかった。
そう、油断はしていなかった…………。
ズリュッ……………………。
何かがヴリレウスの傷口をえぐった。
「んぷっ」
ミルドは人間の方の肺からせり上がる鉄の匂いを感じた。口からごぽごぽと溢れ出る血液。
先の無呼吸連打でヴリレウスの身体に走った体表のひび割れの隙間から、奴は体内に手を突っ込んでいた。
(どう、やって…………ここまで……………………?)
ミルドの頭にはもはやハテナしか浮かんでいない。バチバチッと点滅した後、雷の壁は消え失せた。
「ギ……ル、ルル…………ッッ!!」
ヴリレウスが鳴くと、突然ミルドの視点が変わった。先ほどはヴリレウスの目を通して見えていたのに、今見えるのはヴリレウスの背だ。
「は…………?」
ミルドを助けるため、ヴリレウスが意図的に融合を解除したようだ。
「ま、待て…………ヴリレウス……………………!」
地面に落下したミルドは、焦りながらヴリレウスの背にすがる。
ミルドとヴリレウスは兄弟のようなものだ。1世紀以上の時間を共に過ごしてきた。通じ合っているからこそ、ヴリレウスはミルドを逃がそうとした。
だが、ミルドとて助かるような傷ではなかった。ヴリレウスと同じ箇所、胸に穴が空いている。
「ぐぷっ…………」
ミルドは口の端から吐血しながらも気にせずに立ち上がると、ヴリレウスの正面へヨタヨタと歩いて回る。ちょうど、男が龍の魔力の源である魔石をヴリレウスからズルリと引き抜いたところだった。
「…………ギルル」
「ヴリ、レウス……………………」
終始発光していた身体からついに光が消え、ヴリレウスはミルドを一瞥し、まるで眠るように首を地面へと下ろした。
ミルドは屈んでヴリレウスの頭を優しく撫でる。そして、男に目を向けた。
「貴様…………何者、なんだ」
男が答えることはない。ミルドの瞳に最後に映ったのは、視界いっぱいの拳。
パキャッ…………。
頭蓋骨を砕かれ、ミルドは死んだ。
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