第128話 悪い夢
こんにちは。
ブックマークや評価をいただいた方、有難うございます。とても励みになります。
第128話は三人称視点です。宜しくお願いします。
ーーーーカザフ24歳。
彼は、優秀だった。
その若さで帝国ミルド軍の副将補佐に抜擢され、将来は将軍も夢ではないと言われていた。実戦経験も豊富で、死線も3度は越えている。隣国との戦争で吹き飛んだ右耳と、年齢に似つかわしくない目尻と眉間のしわが戦闘経験の多さを示している。
彼がここまで生き残れたのは、スキルにはない人並外れた『勘の鋭さ』ゆえだ。
「今日、俺は死ぬかもしれない」
カザフは相棒であるワイバーンのエンロンにまたがり、王国軍を眺めながら1人で呟いた。
「ゴガガガガ」
鼻を鳴らすエンロンは主人の不安を感じたのか、背中に乗る主人に長い首を曲げて鼻先をすり寄せる。
「よしよし、大丈夫。大丈夫だ」
相棒の気遣いを嬉しく思いながら、カザフはエンロンの頭を撫でた。
王国と帝国には圧倒的な戦力の差がある。
帝国に隣接している国の中で、最も厄介な王国に、絶対に勝てるという戦力を帝国は20年以上かけて蓄えてきた。そして偶然、王国内で起こったクーデターに合わせて宣戦布告をすることで、帝国の勝ちは揺るがなくなった…………はずだった。
しかし、宣戦布告前からカザフはこの戦争に、イレギュラーな存在を感じている。それは今、『嫌な予感』へと代わり、目の前の敵軍にいた。
王国軍は中央と両翼の3部隊を、今日は左翼と右翼の2部隊に変更したようだ。そして王国軍から、昨日とは比較にならないほどの怒気を感じる。まさに、眠れる獅子を起こしてしまったかと思えるほどに……。
昨日の戦闘後、王国軍に何があった…………?
肌を刺すようなピリつく空気は、今日の衝突がただではすまないことを物語っていた。
「ただの感覚だが…………お伝えすべきか」
悩んだ結果、カザフは違和感を伝えるべく相棒のワイバーンに乗って飛び立つと、大将ミルド・トートマンのもとへ馳せ参じる。
無礼に当たらぬよう、少し離れた場所でワイバーンから降り、徒歩で大将へと向かった。
大将の隣には、相棒である雷龍ヴリレウスが目を閉じて伏せるように静かに鎮座している。雷龍を見て、カザフは呟いた。
「でかいな…………」
でかいというのは単なる物理的な大きさではなく、存在感のことだ。
竜種は誤差はあれど、以下のようにランク付けされる。
【幼竜<亜竜=子竜<成竜<龍<古龍<<……<龍王】
成竜は、人が使役できる最上級の生き物とされるが、何にでも例外はある。それがミルド大将の騎乗する『雷龍ヴリレウス』だ。この雷龍は、ミルドが騎乗していた成竜が長い年月を経て成長し、龍へと進化したものだ。
雷龍ヴリレウスの体高10メートルにおよぶその骨格は、竜など比較にならないほど強固である。そして、ただの人類からすればもはや無尽蔵と言えるほどの魔力を蓄えており、鱗から漏れでる魔力が常に大気に雷として放電されている。顔には左右2個ずつ計4個の目玉があり、トゲトゲした竜のイメージとは異なる滑らかな体表をクリーム色をした艶やかな鱗がびっしりと覆っている。
個人戦力でSSランクの実力があるミルド大将と、この雷龍がいる限り、この戦場で帝国軍に負けはない。
カザフは雷龍を見て、ようやく心を落ち着かせた。
「……ミルド様、少々お耳に入れておきたいことが」
カザフが呼び掛けると、大将椅子に座わりながら難しい顔で王国軍を睨んでいたミルドはカザフの方へ顔を向けた。
ミルドは歴戦の武将だ。250年以上を生きる人間で、見た目は60歳ほど。褐色の肌、白髪に白い髭を蓄え、槍を背負うこの大将は決して傲慢にあらず。若い兵の意見にも耳を傾けられる融通さを持ち合わせている。
「話せ」
ミルド大将は堅い表情を崩すことなく、短くそう言った。
「確証はありませんが……敵軍になにか、イレギュラーな存在を感じます」
「…………ふむ」
ミルドは自分の白いあご髭を触りながら考える。
「それに、ミルド様も感じておられるでしょう。あの王国軍の怒気を! 昨晩、王国軍に何かあったに違いありません。可能な限りの警戒を……!」
カザフは胸に手を当てながら、片膝立ちで必死に進言をした。
「ふっ。それについては心配不要だ。むしろ狙い通りといったところか」
ミルド大将は王国軍の方向を見ながら、白い髭の下からニヤリと歯を見せた。
「はぁ…………」
狙い通りとはどういうことだろうか?
答えを知らないカザフを無視してミルド大将は言葉を続ける。
「しかしカザフの勘は無視できん。今まで幾度となく助けられてきている。その言葉、胸にとどめておこう」
「はっ!」
ミルド大将が自分の忠告を受け入れてくれたことにホッとしながら、カザフは自分の持ち場に戻った。
大丈夫。異教徒なんかに帝国が負けるはずがない。異教徒とて救ってみせるのがジキル教だ。
相棒のワイバーンの背にまたがり、カザフはそう自分に言い聞かせた。
そうしてカザフが持ち場に戻るとすぐ、整列する帝国兵の前方からざわめきが伝播してきた。
「なんだ?」
ワイバーンに騎乗しているカザフは隊列の最後尾に位置しており、その前には数万の帝国兵が並んでいる。
「ここからじゃ何が起こっているかわからんな」
カザフはワイバーンの機動力を生かした情報収集部隊の一員でもある。そして、何より副将補佐という高い地位もあって個人行動を許されていた。
「エンロン!」
カザフは相棒のワイバーンのアゴに取り付けられた綱を引いて、合図をした。
「ゴガガガガ」
カザフに呼ばれたエンロンは長い首をもたげると、その翼を広げて地を蹴った。一度の羽ばたきで加速度的に、高くなっていく高度。
80メートルほど上空から、カザフは戦場を見下ろした。
「あれは…………なんのつもりだ?」
王国軍から、ポツリと4つの人影が荒野を突っ切りこちらに向かって歩いてくる。ただその4人は、信じられないことに軍隊に匹敵する存在感を醸し出していた。
「まさか、あれが昨日うちの副将を討ち取った者たちか!?」
昨日の戦闘では手痛いことに、竜騎士10名を含む主力ばかりが殺された。もし彼らがそうだとすれば、情報になかった王国軍の奥の手である可能性がある。おそらく、副将もしくは将軍に匹敵する実力があるだろう。
しかし、だとしても4人で攻めてくるのは無理があるだろう。交渉目的か? いや、それなら何らかの合図が王国軍からあってもおかしくはない。
カザフは上空で思考を巡らしながら地上を見下ろすも、帝国軍に動きはない。
こちらの軍師も進軍すべきか、向こうの意図を図りかねているのだろう。ミルド大将も彼らにはすでに気が付いている様子。
「ん…………?」
王国軍と帝国軍のちょうど真ん中ほどで4人は足を止め、その場所で武器を抜いた。
ゴゥッ……………………………………………………ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
その瞬間、はるか上空にいるカザフにまで僅かに遅れて4人の殺気が届いた。身体の芯からゾクゾクと広がる悪寒。
たまらずカザフは叫んだ。
「こ、こんなの副将なんかじゃない! 4人とも大将クラスじゃないか…………っ!」
大将ミルドも時を同じくしてそれに気付いたようだ。雷龍ヴリレウスと共に腰を上げ、臨戦態勢に入る。
だがそれよりも早く、敵の4人のうちの魔術士らしき者が右手を帝国軍に向かって突き出した。
その者から天高くユラユラと立ち上る魔力は、周囲の気温をどんどんと下げていく。さっきまで晴天だったというのに、太陽を遮る曇天が立ち込め始めた。
気候の変化に帝国軍の兵士たちも気がついた。
「お、おい。なんか、寒くないか?」
寒さに身を抱きながら、話す兵士。
「あ、ああ、見ろ。ヴォーグたちの息が…………」
ヴォーグの息は白くなっていた。そして、
「ゆ、雪?」
チラチラと白く可愛らしい雪が舞い始め、皆が空を見上げたその時、灰色の厚い雲の間からズズズズ……と顔を出したのはドでかい氷の巨塊。
「え……………………?」
魔法が、帝国軍を襲った。
ド……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ…………!!!!!!!!
雪のように空から降ったのは、杭のような形をした、ビルほどの大きさの氷塊。その数は容易に100を超えた。
それらは、整列した帝国軍に突き刺さる。直撃は即死。地面へ衝突した時の余波ですら、並の兵士の身体をバラバラにした後、さらに周辺を氷漬けにしていく。
「ああ……そうか、俺たちは怒らせてはいけない者を怒らせたのか…………」
もはや悲鳴すら上げず、兵士たちはただ呆然と天を見上げ、渇いた笑みを浮かべながら自分の最後を待った。
ーーーー
雹と名付けるにはあまりに常識はずれな天気が終わると、雲間から陽光が地面に届き始めた。エンジェルラダーが届いた先には血の海に赤く染まる地面と、キラキラと光を反射する、それはそれは綺麗な氷の柱。それでもって幻想的とは程遠い地獄のような光景が、王国の怒りを表していた。
氷点下100度以上にも及ぶ氷の柱は、兵士たちの悲鳴すらも氷の中に閉じ込めながら、数えきれないほどの命を奪った。
「あ、危なかった! 俺もあそこにいれば今頃は…………」
帝国軍の陣地に突き刺さる氷柱を見下ろしながら、かろうじてワイバーンで魔法を避けていたカザフはゾッと冷や汗をかいた。
「な、何千人、いや何万人…………殺られたんだ?」
その凄まじさに、生き残った兵士たちですら武器を手から落とし、戦意を失いつつある。
そんな中、大将ミルドは、一度は動き出そうとしたが、再び椅子に腰を落ち着けていた。
「なんという力…………。あれは一般兵ではどうにもならんな」
ミルドは冷静に4人の実力を見極めながら頷いた。
彼が未だに出陣しないのには理由がある。それは、敵の実力が想像以上だったからだ。通常、ミルドと雷龍ヴリレウスが出れば大概の敵は一掃できる。しかし、あの4人が相手となると、ミルドとて死力を尽くして戦う必要があった。そのため今は、敵の情報を少しでも得るべきだと彼は判断した。
帝国軍の混乱が落ち着いた頃、陣営に突き刺さる数多の氷柱の上を、超高速で飛翔する4頭の影があった。
「大将直属の四騎士たちだ!」
彼らを見て、帝国軍の兵士たちは顔に生気と士気を取り戻した。
ミルドは自身の直属の部下として、4人の竜騎士たちを有していた。この4人が乗る雷竜は『雷龍ヴリレウス』の子である。彼らは他の竜とは一線を画す才能を持つ特別な4個体であり、将来、龍に進化する可能性を秘めている。
昨日の王国軍に殺された竜騎士は隊長でもSランク中位だが、四騎士の彼らはSランク上位の雷竜になる。まさに帝国軍の切り札と言うべき存在だ。
「奴らを…………倒してくれえええええええええええええ!!!!」
帝国軍の兵士が血の流れる腕を抑えながら、空を見上げて叫んだ。
その時、四竜騎士を認識した王国軍の4人のうちの1人。目付きの鋭い、着流しを着た男が動いた。鞘に入れたままの刀を引き絞るように腰の左後ろに構え、膝を曲げて重心を落とす。その者は集中するように閉じた口からすーっと細く息を吐き出した。
「来るか…………っ!」
上空からその様子を見ていたカザフは、刀を持つその男の一挙一動に注目する。というのもその男の身のこなしからただ者ではないことは明白だった。
「…………え?」
突然声を上げたカザフは単純に驚いていた。なぜなら、まばたき1つしていないにもかかわらず、男がすでに刀を抜き、振り切った後だということに気付いたからだ。
「は!? いつの間に刀を…………!?」
それは単純な話、カザフ程度ではその速度を目で追うことができなかっただけだ。
そしてその男は、今度はゆっくりとキンッと音を鳴らして刀を鞘に戻した。
その直後、竜騎士の乗る2体の竜は、胴体にピッと横に走る線を見て初めて、自分が斬られていたことを理解した。
「「ガ……………………?」」
ぶちゃっっ…………!!!!
2体の竜は空中で勢い良く弾けるように上半身と下半身を分かれさせると、血飛沫と内臓を勢い良くぶちまけた。
「なんだ?」
ある兵士が頬に何かを感じ、触ってみると指が赤く濡れていた。何事かと、空を見上げた兵士たちへ真上から降り注ぐ赤い竜の血と臓物の雨。
「ひっ…………!」
あの四竜騎士が乗る竜が、あの距離から斬られたことにショックを受ける兵士たち。
そして、
ズパン…………………………………………ッッッッッッッッ!!
背後にあった地面に突き刺さる氷柱の全てが、今の一瞬で半ばから斬られており、遅れて一斉に上下を分かれさせた。まさに、背景すらまるごと斬ってしまうほどの斬擊。
その凄まじさに味方であるはずの王国軍ですら、言葉を失った。
だが氷柱の真下にいた帝国軍の兵士たちはそれどころではなかった。100以上の氷柱が、巨大な影を落としつつ滑り落ちてくるのだ。
「たっ、退避ーーっ! 退避ーーっ!」
「「「逃げろおおおおおおおおおお!!!!」」」
氷柱の雨から生き残った兵士たちに追い討ちをかけるように、再び降り注ぐ氷塊。まるで数多のビルが倒れてくるような光景に、兵士たちは仲間を押し退けては氷塊に潰されまいと逃げ惑う。まさに阿鼻叫喚。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォ……………………ンンンン!!!!
その、大地を揺らすような騒ぎを、微塵も視界に入れていない者たちが数名。四竜騎士とあの王国の4人だ。
騎乗していた竜を飛翔中に斬り殺された2名の騎士は、飛んでいた勢いのままに空中に投げ出され、地面に叩きつけられた。だが、腐っても大将ミルド直属の竜騎士。超スピードでの大地との衝突で、全身に打撲を受けながらも、それを思わせることなくすぐに立ち上がり、剣を構えた。
だがその瞬間、竜騎士の2人は温かく濡れる自身の身体、そして赤く染まる足元に気付くことになる。
「なんだっ…………!」
「いっ!?」
痛みすら遅れてくる速度で、2人の2本の頸動脈はブツリと切断されていた。首の左右で2つの蛇口の壊れたホースのように激しく吹き出す血液。2人はぐりんと目玉を裏返すと、血溜まりの中にべしゃりと倒れた。
背後に立って2人を無表情に見下ろすは、小さく幼い女の子。その手には血に濡れたナイフがあった。
時を同じくして、残った2人の竜騎士が、最も危険度の高いと思われる魔術士に向かって雷竜に騎乗したまま超高速で突進していた。
剣士は今大技を放った直後ですぐには対応できない。そして魔術士は近接戦闘が不得意である。つまり、ここまで肉薄できた今が絶好のチャンス……! このまま竜の巨体で轢き殺す!
そう考えた竜騎士たちの読みは外れることになる。
魔術士は静かに、うずくまるようにしゃがんだ。そして、
シャァァァァン…………ッッ!!!!
輝かしく透き通る音色を響かせて、翻すように魔術士の背から現れたのは、白く光る1対の氷の翼。戦場を覆いそうなほどの白い大量の冷気を足元に流している。その大きさは片翼ですら10メートル以上はある。
そのまま翼を柔軟な動きで羽ばたかせると爆風が起き、魔術士は一度の羽ばたきで30メートルほどの高さまで上昇した。
「あの翼、飾りではないのか!」
離れて見るカザフはまたもや驚きの声を上げた。
氷魔法に飛翔できる魔法はない。つまり、あれはユニークスキルだということ……! 無策に突っ込んでは危険だ…………っ!
そう考えたのは2人の竜騎士も同じだった。相棒の雷竜へ指示を送り、減速を促す。
だが魔術士はそれを読んでいた。再度羽ばたくと、冷気すら推進力にして自ら片方の竜騎士へ向かって飛び、空中ですれ違うように交差した。
キンッ………………………………!
その瞬間、金属のような音が僅かに聞こえた。
「な、なにを……?」
目を細めて見るカザフには、魔術士とすれ違った瞬間に竜と竜騎士が真っ白になると、まるで石化したかのように微動だにしなくなり、白い冷気と共に地面へと突っ込んでいく様子が見えた。
そして地面に衝突した瞬間、
ガシャアアアアン!!
竜と竜騎士は血肉の赤色と霜による白色の粉々のブロックとなって砕け散った。まるで、初めから生き物ではなく氷像だったかのように。
彼らは、すれ違いざまの一瞬にして凍らされていた。
そして、残る最後の1体の竜騎士は空中でもがき苦しんでいた。
「グガアアア!」
目を凝らして見れば、竜がちょうど1体入るほどの大きさの透明な空気の球体の中に捕らわれている。苦しいのか、竜は口から泡を吹き、竜騎士はすでに気を失いピクピクと痙攣している。
それはおそらく猫耳の生えた獣人の少女の仕業だ。彼女は高さ30メートルほどの、何もない空中に立ったまま、その空気の球体に向かって伸ばした右手のひらをかざしていた。そしてニコッと可愛らしく笑うと、中にいる雷竜と竜騎士に向かってバイバイとでも言うように手を振った。
すると、
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……………………ッッ!!!!
カン高い音が鳴り響いた直後、球体の内側表面がバシャン! と液体が入った風船が弾けたように赤く染まった。まるで竜ごと、空気のミキサーにかけられたかのようだ。
「「「「は……………………?」」」」
見ていた兵士たちは、理解ができずに揃って顔をひきつらせた。
「あ…………悪夢だ」
帝国軍の切り札であり自分たちの憧れの存在でもあった大将直属の四竜騎士が、圧倒的な力で瞬殺されたことに己の目を疑ってはガタガタと身体を震わせた。
その時、
ゴロ、ゴロゴロゴロゴロ…………!
急に上空に立ち込め始める真っ黒な雷雲と轟音、そして豪風。それらは帝国軍の真上に徐々に、しかしはっきりと目に見える速度で渦を巻くように集まっていく。
「な、なんだ!?」
「次は何が…………?」
再び起こった天候の変化に、生き残った帝国兵士たちは次は自分たちの番かと、がく然としてそれを恐れた。だが、今回のそれは王国の4人によるものではなかった。
ついに太陽が分厚い雷雲で完全に隠れ、日中だというのに辺りは夜中のように暗くなった。ウィンザー砦ではポツポツと松明と赤黄色の魔石灯が灯される。
この気候変動の原因は明らかだ。
帝国軍大将ミルドが乗る雷龍ヴリレウスの魔力が膨らみ、巨大になっていく。
「あれは…………」
カザフは何が起ころうとしているかを瞬時に判断し、顔をひきつらせながら慌てて叫んだ。
「後退だああああ! 全軍、今すぐに後退しろおおおお!!!!」
カザフの声を聞き、まだ生き残っていた兵士たちは急いで荒野を走っては逃げていく。
「やるぞ、ヴリレウス」
死に物狂いで逃げる兵士たちを尻目に、ミルドはヴリレウスの隣に立って、静かに呼び掛ける。
彼は手塩にかけて育てた部下たちを殺され、哀しみと怒りと共に自ら敵を叩き潰すことを選んだ。
「グルル…………」
ヴリレウスは自分の子が殺され、バチバチと激しく雷をほとばしらせる。
「ついに出るか…………龍騎士ミルド・トートマン」
カザフは帝国軍と共に遥か後方に避難しながら呟いた。
雷龍ヴリレウスが、羽ばたきでは出せない、滑るような一定の速度でゆっくり空へと浮かび上がる。地表ではバチバチと至るところで静電気による発光が起き、暗くなった周囲を照らす。
雷龍ヴリレウスの鱗は半透明になると、全身が白黄色の蛍光色に光輝き始めた。
バリッ、バリバリィッ!
雷雲から落ちた何本ものイカズチが地面を穿つ。
カザフが、いち早く帝国軍に後退命令を出したのはこれの巻き添えを食らわないためでもある。
そして、上空に集まった雷雲の渦の中心から、直径10メートルほどの極太のイカズチが、示し合わせたかのように雷龍ヴリレウスに落ちた。
ピシャアアアアアアアアアア…………ッッッッ!!!!
ヴリレウスはその雷自体を纏うかのように全身をまばゆく発光させながら、身体中から雷を放つ。
ヴヴヴンンンンン…………バチッ、バチバチバチ…………!!!!
そして龍は、牙をむき出しにして吠えた。
「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
絶えず落ち続ける雷の轟音と相まって、大気を震わせる耳をつんざくような咆哮は、味方でさえも震え上がらせた。
読んでいただき有難うございました。
ブックマークや感想、もしくはこの下にある評価ボタンをポチっと押していただけると嬉しいです。