第127話 怒り
こんにちは。遅くなってしまい申し訳ありません。
とてつもない難産でした。そしていつもより短めです。
また、ついに50万PVを突破することができました。
読者の皆様のおかげでございます。いつも本当に有難うございます。
第127話は前半が三人称視点になります。宜しくお願いします。
…………ビクッ。
死んだはずのトレスタは、仰向けのまま胸をのけ反らせた。
「はぁーーーー、ひゅーーーー、はぁーーーー、ひゅーーーー」
激しく呼吸を繰り返す。空気を吸った時に気持ちの悪い音が鳴る。
トレスタの胸から出た血は流れているが、止まりつつある。そして、トレスタは横にゴロンと転がり、うつ伏せになって顔を上げた。
「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛、あ゛…………」
顔は血色の悪く白くなり、みるみるうちに眼球が黄色く濁っていく…………。口をオペラ歌手のように縦に開き、その眼はクロエの華奢な後ろ姿を捉えていた。そして、両手両足で獣のように床を掴み、蹴った。
「え…………?」
物音を聞いてクロエは背後に目を向けようとする。その瞬間
ズリュッ…………。
クロエを背後から貫く手があった。
「あ……………………熱い…………です」
クロエの唇から血が流れ、頬を伝って床にポタリと落ちる。その血の雫を追うように下を見ると、自分の胸のど真ん中から見知らぬ男の手が生えているのを見た。
クロエは状況がわからず混乱する。
「ど…………うして?」
クロエの槍は完全にトレスタの心臓をとらえていた。しかし、今自分の胸を貫くのは殺したはずのトレスタの左腕。
トレスタは自分の心臓が破壊された時、黒魔力に感染するよう細工する手術を王都に潜んだ帝国兵によって受けていた。強化用ではなく、『ローグ』になる方の黒魔力を選んだのは、感染者を増やし帝国に貢献したいというトレスタの狂った信仰心だ。
死んでなかった…………いえ、生き、返った…………の、ですか?
薄れゆく意識の中でクロエは、トレスタがローグになったことを理解した。
クロエは心臓横の肺動脈を傷つけられ、出血がひどい。元々クロエは華奢な体格で血は多くはない。それなのに、自身のメイド服を真っ赤に染めてはお釣りが来るほどの出血。
クロエの視界は霞み、身体の力が抜けていくのを感じる。
「…………っ!」
クロエは歯を噛み締めて背後のトレスタにゴッゴッ! とひじ打ちをするが、トレスタの力は強く、クロエでは振りほどくことができない。
「がああああああああ!」
トレスタは叫びながらさらにクロエの右肩に噛みついた。肉を裂き、メキメキと軋むクロエの鎖骨。
「んんっ…………!」
さらなる痛みに悲鳴を上げるが、誰も助けは来ない。周りは兵士の死体だらけだ。それに、まだ上の階からは戦闘の音がしている。
トレスタはクロエが完全に死亡するまで離すつもりはない。それを理解し、クロエはさらに思考を巡らせる。
ラウルはしばらく出せない、魔眼も背後からじゃ無理…………。
そしてクロエは足元を見て、自分の出血量を確認した。
「はぁ…………ダメ、です。私は、助かりませんね…………」
トレスタにもたれ掛かるように立ったまま、天井をゆっくり見上げる。そして、1人で哀しそうに笑った。
せめてご主人様がここに来られるまで、このローグを引き付けておきたいところです…………。
バキバキバキッ…………!
「…………」
クロエは無表情のまま、真横で鳴る、自身の鎖骨がトレスタのアゴに噛み砕かれる音を聞いた。なまじステータスが高いために簡単には死ねない。
「ふぅ……………………」
そして、もはやぼんやりとしか見えなくなった目を、深くつむる。
クロエはゆっくりと命の終わりを感じ、それを苦もなく受け入れていた。
ろくな…………人生ではありませんでした。
そう思った瞬間、クロエの脳裏には過去の記憶がフラッシュバックした。
クロエは、東の小国でハーフエルフとして生まれた途端、路地裏のゴミ箱に捨てられ、運良く拾われると孤児院で育った。だが孤児院の経営難で物心ついてすぐに奴隷として売られると、今度は国が帝国に滅ぼされ、今度は帝国で戦闘奴隷になる。
良かったのは戦闘の才があったこと。帝国闘技場で戦ううちにレベルが上がり強くなった。そこで運良く見物に来ていた貴族に容姿を気に入られ、王国のメイドになる。
メイドは…………これが天職だと思えるほどに楽しかった。生まれて初めての友人もできました。でもそれも、短い間でした。
なぜなら、私が全員殺してしまったから…………。
クロエの脳裏には、崩れ落ちる屋敷の中、友人の笑顔が恐怖に変わる様子が浮かんでいた。
過去を思い出し、クロエの心は強く締め付けられ、表情が消えた。
心を閉ざす程度では足りない。もし、その罪が許されるのなら何でもする。ハーフエルフの長い一生をかけて償うと決めていた。だからこそ、クロエは自分が優しくされたり、嬉しい思いをしてはいけないと思っていた。
それを考えた時、無意識にクロエの脳裏に浮かんだのは、ユウたちと出会ってからのこと。
そう言えば…………ユウ様、アリス様、フリー様、レア様、ウル様、カート様は優しい人たちでした。
彼らの名前を思い出すことで、クロエの意識は今いるウィンザー砦へと戻ってきた。
そうです。この人を逃がせば、あの人たちが…………! この戦争も、負けてしまいます。
こんな汚れきった私に、優しくしてくれた人たちが傷付くなんてことはあってはならない!
私はこれ以上、罪を犯すわけにはいきません…………っ!!
もはや動けるはずのない傷。心臓が止まり、脳への酸素供給が停止してもおかしくはない。それでもクロエの身体と心は、限界を超え、最後の力を振り絞った。
クロエの目に、僅かに力が戻った。そして、自分を貫くトレスタの腕を左手で抜けないように掴んだ。
「があ?」
真後ろには肩に噛みついたままの荒く生暖かい息が聞こえている。
目が見えなくても、位置はわかります……。
「んんっ…………!」
そしてクロエは槍を逆手に右手で持つと、自分の首を傾けトレスタの頭を突き刺した。
ズシュッ……………………。
「がっ…………が、が…………ああ…………」
トレスタは右目を槍に貫かれた。槍は脳まで達し、即死だ。槍が刺さり、固まったまま後ろにバタンと倒れ、動かなくなった。
「げほっ、げほっ…………」
クロエは床に盛大に吐血しながら、ペタンと座り込んだ。
良かったこれで…………安心して逝ける。皆さんには……最後に、ちょっとだけでも、恩を…………返せた、のかな……?
そう思ったクロエは、身体から抜けてく血液に寒気を覚えだした頃、傷口が異様に熱を持つことに気付いた。
「…………あ」
そ、そっか……。私も…………そう、ですよね。
「はは…………」
トレスタに刺された自分もローグになることを理解し、自虐的な渇いた笑いがクロエの口から出た。そしてキュッと強く口を結んだ。
このままだと、皆様に、迷惑を……かけて、しまいます…………。
クロエは震える手で槍を持ちかえると、その刃を自分の首に押し当てた。
考え、てる暇は、ありません。早く死なないと…………首を落とせば、確実に死ねるはず…………。
クロエはもはや力の入らない手で必死に震えながらも槍を握りしめると、ぎゅっと目をつむった。
「…………それには及びません」
クロエが聞いたことのない、低く落ち着いた声がした。
その声の主が穂先を握ると、槍はピクリとも動かなかった。
あ…………も、う……………………げん、かぃ…………で……す…………。
クロエは意識を手放した。
◆◆
今は朝5時ごろ、太陽はこれから昇ろうかという時間、俺たちは1人のベッドを囲んで見守っていた。
クロエは救護室のベッドでゆっくりと瞼を開けた。長いまつ毛に綺麗なオッドアイが光を捉えた。
「良かった! 目が覚めたかクロエ!」
俺が覗き込むと、
「あ…………こ、主しん、さま」
可愛らしい唇が僅かに動き、掠れて弱々しい小さな声を発した。クロエの瞳はぼんやりと、ベッドの横に座っていた俺を捉えた。
「クロエ大丈夫? どこかおかしいところはない?」
アリスが俺を突き飛ばすように寝ているクロエに駆け寄り、頬を両手で挟んだ。
「ア、アリス、さま…………」
クロエは無表情だが、アリスにむぎゅっと頬を挟まれて面白い顔になった。
俺がガルムを倒してすぐにクロエを追うと、廊下に横たわるクロエをゼロが介抱しているところだった。最高ランクのポーションで命を繋ぎ止めても、黒魔力による侵食はゼロの『魔力支配』で食い止めることしか出来なかった。
俺が来てようやくクロエを神聖魔法で治療することができたので、こうして無事に目を覚ますことができたというわけだ。
「す、すみません。ご迷惑を…………」
アリスが離れると、クロエは右手でベッドの柵を弱々しく掴み、無理に身体を起こそうとする。
「ちょっ! ダメダメ! まだ寝てなきゃダメだよ」
フリーが俺のいる反対サイドからクロエを慌てて制止する。
「そうだぜ。ただでさえお前ガリガリなんだからな! ちゃんと飯食えよな!」
ウルがふんぞり返る。
「飯の問題じゃねぇ」
アリス、レア、フリー、ウルの4人は俺がクロエを治療している間に目を覚ました。事情を説明すると、皆はベッドで眠るクロエを心配し目を覚ますのを待ってくれていた。そのためここには全員が集まっている。
そしてクロエは順番に皆の目を見た。
「安静にしてろ。黒魔力が身体に入ったんだ。あれは毒よりたちが悪い……」
俺が苦い顔でそう言うと、クロエは黙って自分のトレスタに貫かれた箇所をさすった。
「皆さんは、ご無事で…………?」
そう言いながらおずおずと顔を上げるクロエ。
「ああ、クロエのおかげでな。お前がいなきゃ、今頃砦の皆がローグだ。…………正直、本っ当に、助かった!」
気が付けば、自然に笑顔でクロエに礼を言っていた。
「だねぇ。クロエちゃんのおかげだよ」
ニコニコと言うフリーの言葉に皆が頷く。
「だな!」
「ええ」
「うん! クロエちゃんも無事で良かったよ!」
皆が笑顔で、よってたかってクロエの頭をわしわしと撫でた。髪を乱されたクロエはされるがままだったが
「そう…………ですか」
クロエは目を前髪で隠すように俯いた。
皆、自分たちのために命を掛けて戦ってくれたクロエが愛おしくてやったことだったが、彼女との距離感を間違ったかと慌てる。
「ご、ごめん、迷惑だったかな? でもクロエちゃんは私たちの命の恩人なんだよ!」
心配したレアがクロエの両手を握り、顔をじっと覗き込む。
「? クロエちゃん…………?」
レアは不思議そうに呟いた。
「ん? どうした!? まだどこか痛むのか!?」
傷は完璧に治し、黒魔力も神聖魔法で浄化した。念のため、ウルにも神聖魔法をかけてもらう徹底ぶりだ。
「クロエ?」
「どうしたんだクロエ」
アリスとウルは腕を組みながら揃って首をかしげた。
「ひっ、ひっく…………」
小さく聴こえたのは、クロエの嗚咽。
「ほんと、良かった…………。誰も……! 死ななくて…………っ!!」
クロエは肩を震わせて泣いていた。それも、顔をくしゃくしゃにし、ボロボロと涙を流して。
見せたことのないクロエの表情に皆驚くも、誰も何も言うことなく温かく見守った。
「ありがとうクロエ。………………ゆっくり休んでね」
落ち着いたクロエをアリスが優しくベッドに寝かせ、皆で静かにクロエが眠りに落ちるまで待った。
その間、全員揃いも揃って纏う雰囲気が強く鋭いものに変わっていたので、ステータスを見せてもらった。
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名前 アリス 15歳→16歳
種族:人間Lv.2→3
Lv :58→1
HP :1810→2850
MP :10550→16900
力 :1230→2080
防御:1100→1800
敏捷:2320→4150
魔力:11300→17200
運 :21→22
【スキル】
・剣術Lv.5
・探知Lv.7→8
・魔力感知Lv.9
・魔力操作Lv.8→9
・解体Lv.4
【魔法】
・水魔法Lv.6→7
・風魔法Lv.3
・氷魔法Lv.10
【耐性スキル】
・苦痛耐性Lv.9
・恐怖耐性Lv.8
・混乱耐性Lv.7→8
・打撃耐性Lv.5
・氷属性耐性Lv.3
・火属性耐性Lv.7
【補助スキル】
・自然治癒力アップLv.5
・魔力回復速度アップLv.9→10
【ユニークスキル】
・凍龍冷翼Lv.2→3
【加護】
・氷の加護Lv.1→2
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名前 レア 16歳
種族:獣人Lv.2→3
Lv :1→1
HP :2450→7350
MP :3300→9500
力 :1580→4930
防御:1400→4800
敏捷:4320→14800
魔力:4790→15500
運 :760→900
【スキル】
・剣術Lv.6→8
・縮地Lv.7→9
・立体起動Lv.4→7
・魔力操作Lv.7→9
・解体Lv.5
・探知Lv.6→8
【魔法】
・火魔法Lv.1
・水魔法Lv.1
・風魔法Lv.8→10
【耐性スキル】
・打撃耐性Lv.5→8
・恐怖耐性Lv.4→6
・苦痛耐性Lv.3→7
・土属性耐性Lv.2→6
【補助スキル】
・自然治癒力アップLv.3→6
・魔力回復速度アップLv.1→5
【ユニークスキル】
・エアロボルテックスLv.1→3
【加護】
・風の加護Lv.2
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名前 フリー 16歳→17歳
種族:人間Lv.2→3
Lv :1→1
HP :3060→9600
MP :1540→5600
力 :3800→10500
防御:3280→9800
敏捷:3960→12100
魔力:2300→7800
運 :430→510
【スキル】
・剣術Lv.8→9
・抜刀術Lv.7→8
・縮地Lv.4→6
・天歩Lv.2→5
・解体Lv.6
・探知Lv.6→7
・魔力操作Lv.5→8
【魔法】
・火魔法Lv.3
・風魔法Lv.3
【耐性スキル】
・斬撃耐性Lv.8→10
・打撃耐性Lv.5→8
・恐怖耐性LV.1→2
【補助スキル】
・自然治癒力アップLv.8→10
・魔力回復速度アップLv.1→3
【ユニークスキル】
・魔剣喰いLv.1→4
【加護】
・刀の加護Lv.1→2
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名前 ウル 10歳
種族:人間Lv.2→3
Lv :1→1
HP :1280→3850
MP :2010→6030
力 :1805→5400
防御:820→2460
敏捷:4050→12100
魔力:2800→8500
運 :90→150
【スキル】
・暗殺術Lv6→9
・剣術Lv.4→7
・縮地Lv.3→7
・隠密Lv.7→10
・立体起動Lv.8→10
・魔力操作Lv.3→7
・魔力感知Lv.3→7
・解体Lv.7
・探知Lv.6→8
・王の威厳Lv.3→5
【魔法】
・火魔法Lv.4
・光魔法Lv.3→4
・神聖魔法Lv.2→5
【耐性スキル】
・恐怖耐性Lv.5→8
・苦痛耐性Lv.7→8
【補助スキル】
・自然治癒力アップLv.6→9
【加護】
・ミリム神の加護 NEW!!
【ユニークスキル】
・アイズLv.1→3
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正直、凄まじい成長としか言いようがない。各自のユニークスキルのレベルアップに加え、ウルは新たな加護まで得たようだ。
◆◆
クロエが眠りについてから、昨夜あった出来事を皆と詳しく共有した。
俺とクロエに起こった出来事は言わずもがなだ。
ガルム傭兵団の副団長と団員の精鋭たちは就寝中のマシューを暗殺しにかかったそうだが、無事に返り討ちにあったそうだ。襲われたマシューはというと、彼は肉体的疲労がないユニークスキルを持っており、さっき会った時もピンピンしていた。怪我さえなければブラック企業顔負けのゾンビスキルだ。
そしてトレスタだが、持ち物の中からジキル教の聖典と思わしき書物とジキル教徒を表す六芒星が発見された。帝国のスパイだったことは確実だ。
「許せないねぇ。どこまで卑怯な連中なんだか」
そう言いながらフリーは準備運動のように首をコキコキと鳴らす。
いつもと変わらない様子だが、俺たちにはわかる。多分フリーは怒っている。
「つまりー、トレスタ隊長は帝国のスパイだったって、こと?」
レアは猫耳をピコピコ動かしながら問う。
「そういうことね」
アリスの返事を聞いて、レアはニコニコと満面の笑みで言った。
「なるほどねー!」
「けっ! 良い奴だと思ってたのによぉ!」
怒り心頭のウルは病室の椅子をガンガンと八つ当たりのように蹴る。そして、
「よし、殺す! さぁ殺す! 殺す! 殺す! ころぉおおす!」
ウルは歌うように病室を歩き回る。
「…………ユウ」
アリスが俺の名前を呼んだ。
「ん? どうした」
アリスの顔を見ると、言いたいことがわかった。
「わかってると思うけど……クロエを泣かせておいて、ただじゃ済まさないわよ。無論、皆もそのつもりのようだし」
アリスも静かにキレていた。クロエと手合わせをした時から彼女は仲間だと思っていたのだろう。
「わかってる。戦争以前に……これは俺らの戦いになった」
皆、真剣に頷く。そして思わず全員の存在感が気迫と共に増した。
「帝国にはうちのクロエをいじめてくれた報いを受けさせねぇとな」
目を合わせて黙って頷く皆。
「帝国軍を、ぶっ潰す」
読んでいただき有難うございました。
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