第126話 本性
こんにちは。
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第126話は後半が三人称視点になります。宜しくお願いします。
初戦の夜、俺は帝国が夜に仕掛けてきてもすぐに対応できるよう、上官用の部屋で1人眠っていた。上官用とは言っても、部屋は質素で床は石畳だ。ただ、広さだけは40畳近くある。おそらく自分の部下を呼んで作戦会議もできるようになっているのだろう。
そして、部屋自体は砦の中腹の階で、左端から俺、ガルム、トレスタ、マシューの部屋、そして総合指令室になっている。
そして、昼間の緊張による疲れからか、夕飯を食べてすぐ、一息つくためにベッドに横になると、そのまま眠ってしまっていた…………。
【賢者】…………ウ……!
【ベル】おき……さい…………。
【賢者】ユウ様! 起きてください…………!
賢者さん…………? ベル、も…………?
【ベル】ユウ、早く起きなさい! 死ぬわよ!
し、死ぬ!?
「いっ…………!?」
目をバチッと開けると、ガルムが俺のベッドの真横に立ち、見下ろしていた。その右手には、緑の液体滴るナイフが逆手に持たれている。
「ちっ、起きやがったか」
ガルムは、そのまま手に持ったナイフを振り上げると、俺の首筋に向かって振り下ろした。
「うおっ!!!!」
とっさに間に右腕を差し込むも、前腕をナイフで貫かれ、貫通したナイフの尖端が俺の喉に向かってきた。
「ぐ…………おおおおおおおおおおお!」
「黙って殺されろ…………ぉぉおおおおおお!」
さすがはSSランク。寝起きでこの体勢じゃ、真っ当な力比べでは勝てそうにない。プルプルと震え、痛む腕。徐々にナイフの尖端が喉仏に食い込み、血がにじみだす。
だがその時、
ドムッッッッ…………!!!!
俺に乗っかっていたガルムの横顔に突き刺さる鋭い蹴り。
「げはぁっ…………!?」
その拍子にナイフは俺の腕からズポリと抜けた。そして、ガルムはナイフを握ったまま蹴り飛ばされ、俺の視界から消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………!」
安堵すると、ベッドに仰向けのまま、両手をパタリと置いて力が抜けた。
肩を上下させながら、視線を横に向ければ、後ろ回し蹴りを蹴りきった後の体勢で、脚を伸ばした状態のクロエがいた。メイド服のスカートからスラリと細い脚に白いニーソックスが見えている。
「ご主人様、大丈夫ですか」
脚を下ろし、スカートを手でパンパンと叩いてシワを伸ばすと、クロエが聞いてきた。
相変わらず死んだ眼をしているが、心配してくれているのがなんとなくわかる。
「ああ、大丈夫。助かった」
思わずニコッと笑った。
クロエに救われたのはこれで2度目だな。
「良かったです」
クロエはホッとしたように肩の力を抜いた。
だが、
「いてて、さすがは罪人だぁ」
無愛想な声が聴こえてきた。
ガルムはやれやれと首をコキコキと鳴らすと、クロエに叩きつけられた壁から歩いてくる。
寝たままじゃ戦えない。俺が身体をベッドから起こそうとすると、ガルムは言った。
「残念ながらユウ、お前はもう助からねぇ。このナイフにはなぁ、成竜でも動けなくなる猛毒が塗ってあんだ。生きられてあと1分、後悔して死ね……!」
ガルムは耳まで裂けそうなくらい口角を上げ、ようやく悪人面を見せた。
なるほど。確かに貫かれた腕が少しだけピリッとする。だが、もう傷はほぼ塞がっており、そもそも俺に猛毒は効かない。
【ベル】チャンスね。
ああ、このまま油断している奴から情報を引き出したい。
「な、なんてこった…………! くそっ!」
俺が苦しそうに焦った声を出すと、
「ひはははは!」
まんまと引っ掛かったガルムは楽しそうに笑う。俺の始末は完了したと、頭の中で帝国から受けとる金の勘定でもしてそうだ。よし、このまま情報を引き出…………。
そう思ったが、騙されたのはガルムだけじゃなかった…………。
「そんな! ご主人様!!」
普段無表情だったクロエは、宝石のような大きなオッドアイに涙を溜め、泣きじゃくる子供のような表情をしていた。
あ、しまった…………クロエに言っとくんだった。
クロエはベッドの横に座り込むと、寝たままの俺の胸に覆い被さるようにして、泣いた。
「死なないで…………死なないでよぉ…………!! また助けられないなんてイヤあああ!」
「あえ!?」
聞いたことのないクロエの嗚咽混じりの声に、過去最大級にビックリした。
ク、クロエって、こんなに感情豊かだったか!?
そう思ったと同時に、クロエを騙していることへ、今までに感じたことのないレベルの罪悪感が……………。
ごめん、クロエ。
【ベル】あんた…………最低な男ね。
…………ちっ、違う。
【ベル】どう考えてもあんたが悪いわよ。
いや、だってこの場合仕方な…………!
【賢者】ユウ様…………。
賢者さんまで!?
で、でもこのまま続けるしかない!
と思っていたところ、ガルムが俺とクロエを見て鼻で笑うと、勝手に情報を喋ってくれた。
「まぁ、終わりなのはお前だけじゃねぇ。お前のパーティ全員だ!」
「は…………!?」
これは演技じゃない。一気に気持ちに焦りが生まれた。
フリーたちが!? 賢者さん!
【賢者】空間把握を発動。安全を確認します。
だが確認するまでもなく、ガルムが勝ち誇った顔で喋ってくれた。
「就寝中のお前の仲間たちへ、一番狂った奴が向かったからなぁ!」
「狂った奴?」
俺がそう聞き返すと、ガルムは瞳孔が開いたような表情で口角を上げつつ言った。
「お前もよく知る、トレスタさんだよぉ!!!!」
「…………トレスタ隊長!?」
嘘だろ!? どういうことだ!?
「あいつこそジキル教の狂信者だぜ? 俺ら傭兵団を帝国名義で、お前ら王国の3倍の値段で買収してくれたからなぁ!」
「…………は?」
トレスタが!? そんな…………いや、確かにやけにジキル教に詳しかった! 本人が信者だったのか!!
いや、待て。だとしても大丈夫だ。相手は、あの4人だぞ? トレスタは強く見積もってもSランクには及ばない。
「馬鹿が! アリスたちが簡単に殺られると?」
「ひゃっはっはっはっ! 馬鹿はお前だ。あのタイミングでの深い眠り、ただ寝てるだけだと思うか?」
俺を嘲笑うように、上を向いてガルムは笑った。
「どういうことだ?」
「レベルアップの眠りに決まってんだろうが、ただじゃ起きねぇよ。そして二度とな!」
ガルムは俺に顔を近付け、楽しそうに言った。
「なっ…………!」
そういうことか! なんで気付かなかった! 想像以上にまずい!!
「さて、てめぇもう放っといても死ぬからもういい。で、お前はよくも俺を蹴ってくれたな」
ガルムは毒で動けないはずの俺を置いて、クロエに向き直った。だが、クロエはガルムに狙われたというのに俺が助からないことにショックを受けたのか、ベッドの横にペタンと座り込んだまま立ち上がろうともしない。
ここまでだな。
ガルムは座ったままのクロエの首を跳ねるべく、右手の指を全てピンッと伸ばし指先を揃えて構えた。
俺は脚力と腹筋、そしてバネを生かしてベッドから跳ね起きた。
「…………………………………………は?」
立ち上がった俺に、理解ができず口をポカンと開けて固まるガルム。そのこめかみに、俺の右拳がめり込んだ。
「死にやがれ!」
身体強化された拳がまともに入った。頭蓋骨の硬く、少し重い感触が拳に伝わる。
ガッ! ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ…………!!!!
壁を何枚も貫通し、吹き飛んでいくガルム。その姿は途中から見えなくなった。
「ごっ、ご主人様! ご無事で!?」
クロエは、ビックリした様子で顔を上げて言った。
「あ、ああ。すまん、さっきのは演技。俺に毒は効かねぇんだ。騙して悪かった」
きちんとクロエに向かって頭を下げて謝る。
こ、これ絶対クロエ怒るだろうな…………。
そう思って頭を下げたまま、チラッと様子を伺うと、
「よ、良かったああ……………………!」
クロエは怒るでもなく、目に嬉し涙を溜め、ホッとした自然な笑顔で言った。
「…………え?」
ク、クロエって、ひょっとして感情を表に出すのが苦手なだけ…………なのか? 差し迫った時にふと本心が出たみたいな?
【ベル】か、かもしれないわね。
いや、そうか…………クロエが牢に入れられたのも、元々は友人を助けようとしただけ、根っこは優しい女の子なんだ……! クロエの心はちっとも壊れてなんかいない。
【ベル】だ、だとしても! あれであんたに怒らないなんて、こんな子が存在するの!? 心優しい女神様なの!?
おい、そんなとこにビビるな。
【ベル】うるさいそこっ!
俺とベルが困惑している間に、クロエは涙を拭いて立ち上がると、ガルムが吹っ飛んでいった先を見ていた。
「あれを、殺しますか?」
もういつもの雰囲気に戻ったクロエが聞く。
「い、いや、お前は急いでアリスたちの部屋へ向かってトレスタを止めてくれ」
俺はクロエの目を見返して頼んだ。
「あいつらを頼む」
信頼してるぞ、と。
「はい、かしこまりました」
クロエは俺を真っ直ぐ強い瞳で見てそう返事をし、タタッと駆け足で部屋から出ていった。一瞬、ふっと頬が緩んだように微笑んだのは気のせいか。
「ゼロ、出てこい」
パキンッ!
空間のひび割れから黒い影が飛び出すと、胸に手を当てながら床に跪き、頭を垂れた。燕尾服を着た3対もの翼を持つ悪魔、ゼロだ。
「お呼びでしょうか」
「ああ、状況はわかるな。クロエが危なくなったら助けてやれ」
「かしこまりました」
ゼロはそれだけ言うと、スッと消えた。
【ベル】監視のつもり?
護衛だ。もうクロエは心配いらねぇよ。
【ベル】そうね。
すると、ガシャガシャと瓦礫を踏みながら、貫通した穴をこちらへ歩いてくる音が聞こえた。
「おかしいだろてめぇ。なんで生きてやがる。猛毒だぞ?」
ガルムの苦虫を噛み潰したような表情に映るは、困惑と警戒。
「あいにく、俺は毒じゃ死なねぇんだ」
刺された腕をブラブラと振って見せる。死毒耐性が働き、俺はピンピンとしていた。
「ちっ、嘘じゃねぇみたいだなバケモンが」
ガルムは持っていたナイフを後ろに放り投げた。床にキンッと刺さったナイフはシューシューと煙をあげさせながら床の石を溶かしている。
「やっぱりてめぇの方があの、能天気大将様より厄介だったな。先に殺りに来て正解だったぜ」
なるほど。つまり今のところマシューは無事ってことか。
そしてガルムは両前腕に巻いていた包帯を外した。どうやら、ガルムが本気でやる気になったようだ。
【賢者】ユウ様、警戒を! ガルムのユニークスキルは『衝撃波』です。
衝撃波…………?
「馬鹿な奴。ナイフの方が苦しまず死ねたのによぉ。言っとくが…………俺の本当の実力はSSSランクだ」
そう言うガルムは、拍手をするように手を1度だけ叩いた。
パンッ!
渇いた音が鳴ると同時に…………。
「…………んんっ!?」
何か光のようなものが、ガルムの叩いた手のひらから同心球状に広がり、一瞬にして駆け抜けたかと思うと、衝撃がビリビリと全身を貫通した。
「が…………っっっっ!」
その波は皮膚から筋肉、血液、骨、内臓へと、伝わり…………気付けば俺は、吹き飛ばされ壁に埋まっていた。
なんだっ、今のは…………?
「うぐっっっっ…………………………………………っ!」
遅れて来るのは、頭蓋骨から肋骨、大腿骨など、全身の骨という骨に感じる激鈍痛。まるで骨格全てに真っ赤に溶かした鉛を流し込まれたかのようだ。
そして、壁から床にうつ伏せにドサッと崩れ落ちた。
「ぐっ…………」
床に落ちた振動がさらに全身の骨を伝わり、全身が粉砕骨折したかのような激痛に変わる。苦痛耐性がなきゃ、とっくに意識を飛ばすどころかショック死している。
そして、続けて嫌な音が周囲から聴こえてきた。
ピシッ、ピシピシピシピシシシ…………ッッ!
砦中の土魔法で作られた壁や柱、天井からヒビが走るような音がする。まるで砦全体が悲鳴を上げ軋んでいるようだ。
おかしい。今のは普通の攻撃じゃなかった…………まさか、砦を狙ったのか?
そこまで考えたところで俺の身体に更なる異変が起きた。
「は…………、ぁ、ぁ……!」
痛みで息が吸えない。とにかく、力の入らない両腕をなんとか突っ張って、身体を起こしながら考える。
大丈夫。俺は簡単には死なない。とにかく、今は砦の状況だ……!
け、賢者さん! 砦はどうなってる!?
【賢者】ガルムによる衝撃波が砦全体に伝わり、崩壊寸前です!
やっぱり砦が狙いだったか……! 砦が崩れれば1万人以上の兵士たちが生き埋めになり、帝国軍の王国への道が開いてしまう!
賢者さん、俺の魔力をどれだけ使ってもいいから魔力を砦の隅々まで行き渡らせ、魔力操作で砦を支えてくれ!
【賢者】了解しました!
「ごぼっ」
腕を突っ張りながら四つん這いで、無理に呼吸をしようとすると、むせ返るように口から血と泡が出てきた。
【ベル】ユウ、身体が!
真正面から奴の衝撃を受けた俺の全身の骨は、砦同様にヒビだらけになっていた。それだけじゃなく、空気を含み衝撃に弱い肺が一部グズグズに破裂し、肺から漏れ出た空気が内臓を圧迫し始めた。
だ、大丈夫。この程度ならなんとかなる……!
【ベル】もう! どの程度よ!
鎖骨の隙間から、土魔法で作った筒を身体に差し込み、体腔に溜まった空気を抜く。筒の先から血混じりの泡がゴポゴポと出てきた。
「すーーーっ、はぁ、んぇほっ、げほっ! はぁーー!」
咳をするだけで意識が飛びそうになるが、なんとか呼吸が出来るようになった。後は再生に任せればすぐに治る。
「あ? なんで崩れねぇ。さすがに砦ともなると相当頑丈なのか?」
ガルムは俺を無視してパラパラと破片の落ちる天井を眺めている。
なんで崩れないかは、俺の魔力を使い、賢者さんが横幅200メートルある砦を支えているからだ。
「ちっ、仕方ねぇ。もう1発…………」
ガルムが手を叩こうと構えた。
【賢者】止めます。
頼む!
賢者さんは、手を叩こうとしたガルムの両手の間に、斥力を発生させた。
「あ? なんだこりゃ?」
ガルムはぐぐぐっと手を近付けようとするが、斥力が手を合わせることを拒む。
その原因が俺しかいないと気付いたガルムは、ギロッと睨んだ。
「おいおいおい…………要塞破壊用の超特大衝撃を正面から食らってといて、まだ息あんのかよ」
「んなもん効くか」
しゃがんだまま強がりを言った。
正直、むちゃくちゃ効いてる。さっきの衝撃波は見えないし、防御もできない。初見殺しもいいとこだ。
【ベル】油断し過ぎよ。ユニークスキルは舐めちゃだめ。
わかってる。
【賢者】ユウ様、硬晶魔法で強化しつつ砦を修復します。その間、サポートできませんがよろしいですか?
ああ。問題ない。
【賢者】了解しました。
「その額の脂汗見りゃわかる。今お前の全身の骨はヒビだらけだ。ちょっと小突けば全身粉々だぜ?」
ニヤニヤと瓦礫を踏みながらガルムは俺の5メートルほど出前にまで歩いてくる。だが、全身で再生スキルがフル稼働し、骨の修復はほとんど完了していた。
俺がよろよろと立ち上がると、ガルムは目を細める。
「いい加減、死んどけよ」
ガルムが踏み込んだ瞬間、目の前に拳が迫っていた。
速い。格闘術もやってそうだ。
首を右に傾けて避ける。ガルムの拳は俺の頬を掠めて、後ろへ流れた。
ここだ…………!
俺はがら空きのガルムのボディ目掛けて拳をぶちこもうとすると、ガルムの口が笑っているのに気が付いた。
「ん……!?」
避けたと思った伸びきったガルムの腕の先、俺の頭の後ろで拳が形を変え、指パッチンの構えとなっていた。
「まっ…………じか!」
思わず目を見開き、これから襲いくるであろう激痛に覚悟を決めた。
パチンッ!
どうすることも出来ず、衝撃が左半身を叩いた。そして、顔面からうつ伏せに床に叩きつけられた。床ごとベコンと凹む。
「ぐぅっ! がっ…………はぁっ!」
再び骨、そして内臓にまで損傷が起こる。
衝撃波が、多彩過ぎる! 自称SSSランクは伊達じゃねえ。ユニークスキルを使いこなしてやがる……!
さすがにヤバいと思い、賢者さんの邪魔をしないよう気を付けながら神聖魔法で急速に治癒をする。
「まだ息があるのか…………」
ガルムは床に倒れる俺を見下ろしていた。
「ま…………だ、だな」
倒れたままじゃ、ダメだ。追撃を、受ける…………。
骨が治るまでの間、俺は魔力操作で自分自身の身体を持ち上げ、ユラリユラリと操り人形のように不自然に、そして不気味に起き上がった。
「アンデッドかてめぇは」
嫌そうな顔をしながらガルムは言う。
「さぁ…………な。そんな、柔な衝撃効かねぇ」
そうは言うが、ガルムの衝撃波、正直かなり厄介なスキルだ。
「防御力なんかじゃ、どうにもならんはずなんだが……」
厄介だと思っているのは、どうやらお互い様のようだ。
途端にガルムは石床を右足の爪先で蹴った。
ガガッ、ガガガガガガガガガガガガガガッ…………!!!!
衝撃が地面を削り、部屋内の家具を次々と吹き飛ばしながら迫ってくる。
一か八か…………!
「結界!」
ガァ……………………ンンンンッッッッ!!!!
結界に阻まれ、衝撃波は床に綺麗に直線を引かれたように停止した。
良かった! 今のレベルの結界は、衝撃も防げるのか。
「なんかやりやがったな」
ガルムは警戒するように俺を睨む。
「さぁな」
ようやく全身の治療が終わり、結界を解除した。そして黒刀を空間魔法から抜き出し、ガルムへと歩く。
すると、ガルムは1歩だけ後ろに下がった。
「ちっ! 前から思ってたが、その刀はヤベェだろ…………」
ガルムは黒刀を見てこめかみから汗が流れた。
黒刀は強者を斬ることでどんどん成長し、黒刀本体だけでもはや山のような質量となっている。
ガルムは、俺がこの近距離で刀を少し動かすだけでも、その大質量にとてつもないプレッシャーを感じているだろう。それはまるで、自分を食おうとする龍と一緒に出口の無い狭い室内に閉じ込められたようなものだ。
ただ、ガルムは刀を警戒するが、残念ながらそれじゃ不十分だ。俺の剣術とて、とうに人の域ではない。
俺の剣技は、ガルムの呼吸のタイミングによる意識の隙間をぬう。
「はっ…………?」
俺は予備動作として足をたわめることなく、身体を前に傾ける重心の移動だけで刀の間合いにまで踏み込んだ。頭を低く、ガルムの目の下から一気に刀を右手で振り上げる。
ズパンッ!
ガルムの右肩から先を斬り飛ばした。
「ぎっ…………いいいっ!」
ガルムは右肩を押さえながら片膝をついた。傷口からは血流に伴い、勢いよく血液が吹き出し、ピチャピチャと床に血溜まりをつくっていく。
本当は上半身ごと撫で斬りにするつもりだったが、反応された。
「ほお、よく直撃を避けたな」
「糞がっ!!!!」
ガルムは慌てる手でポーションを右足のレッグポーチから取り出して傷口にバシャバシャとかける。腕を生やすことは叶わなかったが、傷口の肉の断面がぎゅっと凝縮し、血を止めた。
「なんだ……こりゃ、身体が…………!」
ガルムは黒刀の特性で、身体が数倍重くなっている。1歩後ろに下がるだけで、床にヒビが走った。ただ、まだ動けないほどではないようだ。
「て、てめぇ…………。そんなに死にてぇなら、取っておきを食らわしてやるよ」
ガルムは腰につけていたムチを左手に持った。ただの革でできたムチではない。白い光沢のある金属が竜の鱗のように連なったものだ。
「知ってるか? ムチは衝撃波を起こすのに、もってこいなんだぜ?」
ガルムは牙をむき出しにしてヒクヒクと笑う。
ムチは確かに簡単に衝撃波を起こすことができる。それがSSSランクの力で、しかも高ランクの素材でできたものとなればどうなるか……。わかってるからこそ、俺は動いた。
ガルムがムチを振り上げ、俺目掛けて振るう。俺の目の前ギリギリにムチが迫る……!
そこでガルムは勢いよくムチを引いた。ムチは一気に引き戻され、その瞬間ガルムのムチの先端は音速の数百倍の速度に達すると共に、最大の衝撃を発する……………………はずだった。
パ、スン………………………………。
鳴ったのは小さな音のみ。
「あ……………………?」
ガルムは鞭を振るったまま、首をひねった。
「てめぇ…………今度は何をしやがった」
わけがわからず、とにかく俺目掛けて睨みを効かせてくるガルム。
「それ、見てみろよ」
ガルムは言われた通り、素直にムチに目をやった。
「ば、馬鹿な…………白龍の鱗で作られたSSSランクの武器だぞ!? 斬れるわけが……………………」
ガルムのムチは半ばで斜めに斬られていた。驚きで、ただ自分の鞭を見つめ、固まるガルム。
「聞くが……お前がSSSランク相当だと?」
「くそがあああああ!!!!」
動揺を隠せないガルムはムチを放り投げて、残った右腕で指パッチンを起こそうとする。
左足で床を蹴りながら右斜め前方に踏み出す。そしてガルムを目の前にして、黒刀を左下から一気に振り上げた。
「がっ…………か、か…………」
ガルムとすれ違った後、後ろを振り返ると拳を振り切った姿のまま固まっているガルム。
ずりゅりゅりゅっ……………………にちゃっ。
斜めにガルムの上体が滑り落ちた。
「同じSSSランクのガードナーはもっと強かったぞ」
【賢者】お疲れ様です。砦の補修もちょうど完了しました。
ああ、ありがとう賢者さん。
ズズン…………ッ!
下の階から低音と振動が響いてきた。
「クロエ!」
◆◆
「どうしてですか! トレスタ隊長!」
剣を持って立ち塞がりながら、泣き叫ぶ部下。
「じゃんま」
ニコッと笑うトレスタに、払い退けるように片手で軽くスパンと斬られ、首を胴体とお別れさせて倒れる兵士。
「ふん、ふふん~~、んんんん~~~~」
トレスタはそのまま鼻唄を歌いながら歩くと、立ち止まった。
「そこまでです。ここより先は一歩たりとも通しません」
クロエが床に槍を突き立て、トレスタに立ち塞がるは、アリスたち4人が眠っている部屋の前。
「おいおい、俺は後衛部隊なんだ。そんな物騒なもん向けないでくれ罪人さんよ」
やれやれと手のひらを上に向けてジェスチャーをするトレスタ隊長。その背後の廊下は、トレスタが歩いてきた距離だけ血の赤に染まり、足の踏み場がないほど兵士たちの死体が転がっている。
「ご主人様の命令です。ここを通すわけにはいきません」
先ほど泣き腫らしていたとは思えないほどの無表情でクロエはトレスタ隊長を見つめる。トレスタの悪魔の所業ともとれる行動にも驚いた様子はない。
「ご主人様って、ユウのことかよ。いつの間にこんな可愛い子ちゃんを手懐けたんだか」
トレスタ隊長は返り血まみれの左手で、後頭部をポリポリと掻いた。そして、
「あんたも昼間のフリーたちの活躍見てたろ? あいつらが起きれば戦況を覆しかねない。殺すタイミングは今しかねぇんだ。邪魔しないでくれよ」
やれやれと後頭部に手をやりながら笑うトレスタ。
「それがあなたの本性ですか」
クロエは床に刺した槍を抜き取ると、穂先をトレスタに向けて短く構えた。
「本性つーか、どっちも俺だな。面倒見の良いトレスタさんも、今の俺もな」
トレスタは左手で自分のアゴ髭をじょりじょりと触りながら言った。
「私にはただの愚か者にしか見えません。それに、ご主人様の大切なものに手を出そうとして、無事ではいられませんよ」
クロエは表情を変えずにただトレスタにそう告げる。
「はっ、あいつがいくら強かろうとな。ガルムのユニークスキルが相手じゃ御愁傷様だ。あれはどうやっても防御できねぇ。とっくにくたばってるだろうよ」
「ご主人様は……あの人は、何者にも負けません。こんな場所で死ぬような人ではないので」
クロエは前髪の奥の瞳で、力強く見返した。
「そうかよ…………!」
トレスタが床を蹴って走り出した。とても後援部隊とは思えない速度。その速度はレアにも匹敵した。
そして右手には黄色い模様が刀身に走ったロングソードを握っている。
「…………ラウル」
クロエが右手のひらを下を向けて呟くと、雷でできた体高1メートルほどの雷狼が、雷をバチバチと放出しながら現れた。室内に合わせ小型化されているようだ。
「ユニークスキルか!」
そう叫びながらトレスタは速度を落とすと、テニスのフォアハンドのように右手で持ったロングソードを下から後ろに振りかぶった。そして、ロングソードの刀身が光る。
「行ってください、ラウル!」
トレスタを白く細い人差し指でトレスタを差し、クロエは叫んだ。
「ガルルル……!!!!」
四足歩行の雷でできた狼は、凄まじい加速とともに、その身体のバネを生かしながら低く、それでいてバチバチィッ! と雷の跡を引きながらトレスタへと走った。
バリィッッッッ…………!!!!
だが、トレスタはその速度に反応し、雷狼の口に横凪ぎにロングソードを振った。
雷狼のアゴに真横に食い込んだトレスタのロングソードはそのまま上顎と下顎を斬り分ける。
「ク、クゥ…………ン」
バリッ、バリリッ…………。
弱々しく光ると、背中と腹を真っ二つに斬り裂かれた雷狼は姿を消した。
S~SSランクのクロエのユニークスキルだ。雷狼とてSランク下位の実力はあった。それを一太刀で屠るとなればトレスタは間違いなくそれ以上の実力だ。
「ラウルを斬りましたか……どうやら雷属性の剣のようですね」
トレスタを見つめながら、相変わらず無表情でクロエは呟く。
「ああ、これはお気に入りの剣でな…………ん?」
得意気に言うトレスタはピクッと違和感に気付き、動きが止まった。先ほどの余裕のある表情は消え失せる。
「な…………にを、しやがった…………!」
途端に額から脂汗をふかし、顔をしかめてガクンと膝を折るトレスタ。意図せず正座をする格好でトレスタは動けなくなった。
そして説明しながらスタスタと歩み寄るクロエ。
「私のユニークスキルはラウルだけではありません。私と対峙した時点で戦闘はすでに始まっておりました」
そう言うクロエの金色の左目は鈍く光っている。クロエは麻痺の魔眼を出会った時からすでに使用していた。Bランクの魔物なら2秒で身動き不能にする魔眼を、今まで耐えていたトレスタの実力がうかがえる。
そしてクロエは槍を膝をついて座るトレスタの首筋にピタリと当てた。
「ふ、ふふふ…………やけに喋ると思えば、時間を、稼がれて、いたか…………ま、初めから簡単に、行くとは、思っていない」
トレスタは痺れる身体で無理やり喋る。
クロエはそのトレスタの言葉に、『まだ次がある』そんな裏の意味を読み取った。
クロエの左目はまだ怪しい光を発し続け、トレスタは動けない。だが、クロエは謎が多いこの不気味な男が危険だと判断した。
「何かしようとしているのなら、残念ですがここまでです」
クロエは槍を後ろに引き絞ると
ズブッ…………パキンッ……………………。
トレスタの左胸をクロエの槍が貫いた。何かが割れる音も同時に微かに聞こえた。
「ごぷっ…………後悔し……ろ…」
トレスタはそう言い捨て、床に向かって顔からうつ伏せに倒れた。クロエはさらに2~3歩近付いてトレスタを無表情に見下ろし、一瞬考え込んだ。
「…………」
直前の言葉が気になり、クロエが槍の穂先でトレスタをひっくり返す。だが、トレスタは完全に事切れていた。
「何をしようとしていたか知りませんが、手遅れでしたね」
そう言ってクロエはフリーたちの無事を確認すべく、トレスタの死体に背を向けた。
その時、
……………………ピクッ。
死んだはずのトレスタの人差し指が、微かに動いた。
読んでいただき有難うございました。
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