第125話 開戦
こんにちは。
ブックマークや評価、レビューをいただいた方、有難うございます。とても励みになります。
第125話は前半が三人称視点になります。宜しくお願いします。
「「「「うおおおおおおおあおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
猛りながら武器を掲げ突進していく王国軍。それは右翼、左翼、本隊ともに同時だった。ただ1つ違うのはガルムとマシューは先頭切って突撃しているのに対し、右翼のユウ将軍は後方に待機していることだ。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…………!!
そして2万人と5万人が走れば、当然大地が揺れる。ウィンザー砦では酒瓶が倒れ、ドアがビリビリと振動する。サラサラの砂に、こぶし大の石が転がる黄土色の荒野を大勢が走るため、多くの砂塵が舞い上がる。
人数では圧倒的に負けているはずの王国軍が、怒気と勢いでは帝国軍を圧倒していた。兵士たち各々の目には、帝国がこの国にしてきたことへの『怒り』の炎が灯っていた。まるで全員にビキビキと青筋が走っているかのようだ。
それもそのはず、マシュー大将は直前に彼らに対して、どの町とは言わず王国の複数の町が帝国によるテロにあったと伝えていた。
右翼の先頭は歩兵のBランク隊の3000人。一目散に駆けていく。「攻めすぎるな」という命令を理解しているのか心配になる勢いだ。
「ぶっ潰せええええええええええええええ!」
剣を手に、帝国軍に向かって走るカート。隣にはモーガン、そして巨人族のゴードンもいる。彼らは歩兵のAランク隊に属し、Bランク隊の後ろについている。
射程圏内に入ったのか、カートが上を見上げれば、頭上を味方から放たれた無数の矢が風を切りながら横殴りの雨のように飛んでいく。
続いては魔法だ。火球や風魔法、氷の矢などがビュンビュンと様々な光を放ちながら飛んでは帝国軍から放たれた魔法とぶつかる。
ドォ、バチチチ…………!!!!
ドバッ、ドドドドドドドドガァンンンン!!!!
激しく火花が上から降り、衝撃波が起こる。しかし、もはや自分たちの真上で起こる魔法戦すら、王国兵たちの目には入らない。王国兵たちには、憎き帝国兵の姿だけが写っていた。
そしてカートの視界に、帝国軍の先頭集団が入った。
「……………………なんだ、ありゃ?」
周りの王国兵たちの勢いにつられていたカートだったが、その異様な見た目に冷静になった。
そこには、全員が黒いフルフェイスのヘルメットのような物を被り、金属製の胸当てを着けた帝国兵たちだった。だが、防具はそれだけで、後は身軽な装備だ。そして武器には4メートルはある長槍を構え、腰には長剣を差している。
奇妙な装備はさておき、装備が揃っているのは帝国が戦争の準備をしてきた証拠だ。つまり、彼らは王国のように冒険者たちの寄せ集めではない。
「おいカート! あれはどういう装備だ!」
走りながらモーガンが隣を走るカートに顔を向けて聞いた。
「わからん! あんなの見たことがねぇ」
カートは敵兵を観察しながら走るも、答えは出ない。
「ちっ、おいお前ら! 気を付けろ!」
モーガンは前方を走る歩兵たちに叫ぶ。
だが、熱くなったBランク隊の歩兵たちは聞くことなく、真正面から帝国軍にぶつかった!
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ…………!
冒険者を含む歩兵たちは、帝国兵の突き出した槍を叩き斬り、至近距離で奴らを斬り伏せる!
「くっ」
「ぐああっ!」
「ぎゃっ!」
「ぎゃあああああああ!」
ヘルメットで顔を隠された帝国兵たちが腹や胸を斬られ倒れていく。
「いける! 覚悟がてめぇらとは違うんだよ侵略者が!」
冒険者の誰かが叫んだ。
ただ、ヘルメットと胸当てに当たった攻撃はことごとく弾かれていた。あの防具はかなりの防御力がある。そしてそれは右翼だけではなく、左翼でも、本隊でも同様に起きていた。
それでも勢いに乗った王国兵たちは歩くような速度で立ち止まることなくズンズンと帝国兵を斬り捨てては突き進んだ。
「お前らがいるから…………!」
王国兵が悔しそうにそう言いながら戦斧を帝国兵の肩に深く突き立て、蹴り飛ばした。
「国に帰れ侵略者が!」
別の王国兵が槍を帝国兵の首に突き刺す……!
「てめぇらなんか魔物を相手にしてる俺らの敵じゃねぇ!!」
また別の王国兵が叫び、すぐさま右隣の帝国兵の腹に剣をズブリと突き刺す。まだほとんど王国兵は殺られていない。
すると、しばらく王国兵たちが帝国軍を進行してから、王国兵の背後から声がした。
「そうか。魔物ってのはよっぽど弱いんだな」
声がした方をハッと焦ったように振り返る王国兵。
「ぐぶっ…………」
だが、顔を向けた瞬間に胸を剣で刺された。それも肋骨を剣で力任せに突き折った挙げ句、上下にグリグリと動かして肺と心臓を裂かれている。
「なっ、なんで…………お前、はっ…………!」
その王国兵はそこまで言うと、理解できないまま口から血を吐いて仰向けに倒れた。
「いたたた…………治るからって痛いんだがな」
そう呟くのは王国兵を刺した、帝国の兵士。
彼の胸には、しっかりと斜めに剣で斬られた傷があり、白い肋骨までも見えている。だが、その傷はミチミチとみるみるうちに塞がっていく。
そう、その帝国の兵士は、ついさっき王国兵が斬り殺したはずの相手だった。
その様子をカートとモーガンは遠くから見ていた。
「おいカート、さっきあいつら斬られたよな?」
モーガンは信じられないものを見るような目で前の戦場を凝視している。
「あ、ああ。間違いなく致命傷だった…………なのにっ!」
モーガンとカートの目の前で、始めに王国兵に倒された帝国兵たちがムクリと起き上がり始めたのだ。彼らには共通して皮膚に黒い血管が走っていた。
「「「「はははははは!!」」」」
帝国兵は黒い血管を顔まで這わしたまま、戸惑う王国兵を見て笑った。
そして彼らは手に持つ剣を、槍を、王国兵たちに向かって振るう…………!
「「「「ぎゃあああああああああ!!!!」」」」
驚くべきことに、王国兵たちは揃って宙を舞った。帝国兵の剣を受け止めようとしたはずが、その圧倒的な膂力に両足が地を離れ、後方へぶっ飛ばされた。
「おらおら! 魔物なんか追いかけ回してる暇があったら、もっと鍛えとくんだな」
帝国兵たちはそう言って肩に剣を担ぎながらケラケラと笑うと、今度は逆に王国兵のBランク隊たちを蹂躙し始めた。
「なっ、なんだこいつら!」
「パワーが強すぎる…………!!」
「くそっ、止められねぇ!」
次々と倒されていく王国兵たちを見ながら、歯を食い縛ってカートは言う。
「確かに『黒魔力』を使ってくるかもしれないとは聞いていた……だが! 『全員』が、しかもこれほど強化されてるとは聞いてないぞ…………!!」
帝国は黒魔力の改良を続けていた。その結果、筋力と再生能力を格段に強化することができていた。ただ、その代わりに敵の傷の治りを遅くするという作用は失われていた。
「クソッ! Bランク隊じゃ話にならねぇ!」
モーガンは吹き飛んでくる兵士たちを尻目に、歩兵部隊の隊長であるフリーを振り返って呼んだ。
「おい、フリー!」
だがその時、フリーはヴォーグの上にまたがり、別のところをその細い目をさらに細めて見ていた。
それは、左翼と本隊の状況だ。というのも、本来敵に大打撃を与えるはずの彼らがこちらと同じように攻めあぐねるようであれば、それはこの戦場全体における作戦自体の失敗を意味する。その場合、フリー個人ではどう動くべきか判断ができない。
そして状況はまさにフリーが危惧した通りだった。
ガルムやマシューは難なく攻められているが、兵士たちが帝国兵に阻まれ、将軍について行けていない。あれでは王国兵の強さを奴らに印象付けるどころか、深く攻め込み過ぎた大将マシューが、敵の罠にハマって死ぬことすらあり得る。
「これは…………無理そうだねぇ」
フリーは緊張感なく呟いた。
だが、まだ作戦変更の合図は出ない。
「よし、それじゃあ。うーん、とりあえずレベル2の兵士たちと前後入れ替えようかねぇ」
右翼の歩兵には、Bランク以下の兵士が3000人、レベル2の兵士がおよそ50人いる。Bランクでも相手にできないのなら、とりあえず前後を入れ替えて時間を稼ぎつつ様子を見る。そうフリーは判断した。
「Bランク隊は下がれ! 前へ出ろAランク隊!」
その合図でカートたちAランク隊はBランク隊の間をすり抜けて前に出た。
「よし、やるぞお前ら!」
いつの間にかカートが戦場でリーダー格になり、歩兵の皆を率いていた。
「よっしゃあああああ!」
Aランク隊が前に出た途端、今度こそ帝国兵たちは総崩れとなった。さすがにAランクの攻撃を受け止められるほどの筋力ではないようだ。
「帝国、ぶっ潰す!」
ゴードンがズンズンズン! と突っ込むと、ウォーハンマーを帝国兵目掛けてゴルフのようにスイングした。
ズガァンッッッッ…………!!
「「「「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」
剣で受け止めようとするも、一撃で宙を舞う十数人の帝国兵たち。剣や槍を持っていられず、武器も一緒に舞っている。
「Bランク隊の奴らは今のうちに後退して治療を受けろ!」
カートは前線で声の届く範囲の奴らに声をかける!
だが、そのカートの目の前で、自分が小腸を腹圧で飛び出るまで腹を剣で斬り裂いたはずの帝国兵が、ヨロヨロと起き上がり始めた。傷は治るが、内臓は自分で戻さないといけないのか、膝をついたまま、せっせと砂がついて汚れた自分の腸を拾い上げ腹に詰め込んでいる。
「な…………」
そのある意味シュールな光景に、戦場にいるはずのカートは空いた口が塞がらなかった。
こ、こいつら…………どうやったら死ぬんだ!?
そう思いつつ周囲を見渡すと、カートは気が付いた。ゴードンがヘルメットごと頭を叩き潰した兵士は二度と起き上がることはないようだった。
「頭…………そうか! あの防具は自分たちの急所になり得る箇所を効率良く守っているのか!」
それなら…………!
カートは内臓を詰め込み終わった帝国兵の首を即座に剣ではねた。
ブチンッ!
首を失った身体は断面から噴水のように一瞬遅れて血飛沫を吹き出すと、ドテッと倒れた。そして断面から脳目掛けて剣を突き刺した。
ザシュッ……………………。
カートがしばらく見るも、起き上がることはない。
「よしっ!」
それを確認すると、カートは戦場全体に知らせるべく空へ向かって叫んだ。
「おいお前ら! こいつらは頭か心臓を潰せば死ぬぞ!」
その情報は瞬く間に戦場を駆け巡り、帝国兵を倒せる兵たちが現れ出した。
だが、元から数で負け、敵の黒魔力に苦戦している。状況は非常に芳しくなかった。
◆◆
その頃、俺は重力魔法で地上10メートルに浮かびながら、右翼が攻めすぎないよう戦場全体を見ていた。右下には地面に槍を突き立て柄の先端にちょこんと立つメイドクロエがいる。少しでも俺のそばにいるためなのかもしれない。
「こりゃ不味いなぁ……」
マシューは自身と部下10人ほどと共に帝国兵の3分の1ほどの深さまで攻め込んでいるが、後続は逆に入り口まで押し返され完全に仲間の兵士たちと切り離されていた。退路が絶たれている。
「まさに陸の孤島ってか」
あそこまで大将が深くまで入り込んでしまっては、この戦場全体に指示を出せる将がいない。
「ご主人様、そこから本隊の大将が見えるのですか?」
槍の柄に立ったまま、クロエが聞いてきた。
「ああ、俺は『千里眼』のスキルも持ってるからな」
「さすがです。ご主人様」
感心したようにクロエは言った。
「それはいいんだが…………」
【賢者】ユウ様、このままではこの戦、負けます。
わかってる。大将があそこにいる以上、俺が指示を出すしかないな。
…………あ~、くそ。後で怒るんじゃねぇぞマシュー。
そうしているうちにマシューには敵のSランク以上の主力たちが包囲網をじりじりと狭めている。
やるしかねぇ…………!
俺たちは、ワンダーランド全員にだけわかる合図を決めている。
空に打ち上げるは紫色の花火。
…………ドパァンッッ!
俺は、戦場の音にかき消されないよう、ド派手な音と光を出した。
「よしお前ら、狩りの時間だ」
◆◆
「いやぁ、もう来るとはねぇ」
のんびりと呟くフリーは、ユウの合図をしっかりと見ていた。
「よし、みんな~。後はてきとーに手を抜いて怪我しないようにねぇ~」
歩兵たちに向かってそう言うとフリーは乗っていたヴォーグから飛び降り、スラリと長い刀を抜いた。
「「「「…………へ?」」」」
その命令に理解が追い付かず固まる兵士たち。それもそのはず、フリーのこの行動は作戦にはなかった。
フリーは刀を肩に背負い、着流しを風になびかせながら、ユラユラと兵士たちの間を歩いていく。何をするつもりなのか、兵士たちはフリーを無言で見守った。
そして、フリーは帝国兵の目の前まで歩き立ち止まると、右肩に担ぐように構えた刀を、左へ大きく、常人には見えない速度で横に振った。
ズ……パァアアアアアアン……………………ッッッッ!!!!
「「「「ぎっ……………………!?」」」」
フリーの前にいた20名以上の帝国兵が胴体を真横にぶった斬られ、上半身を打ち上げながら絶命した。斬り傷どころではなく、胴体を切り離されると、黒魔力の血を大量に失い過ぎるのか、再生能力の限界を超えたのか定かではないが、兵士たちは復活することはなかった。
「「「「なっ……………………!!」」」」
それには敵も味方も言葉を失った。
「そ、そいつを、止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
瞬時にフリーという存在の脅威度を判断した帝国軍。そして一斉に飛び掛かる帝国兵たち。だがフリーには人数も、頑丈な防具、武器すら関係ない。
「「「「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」」
フリーが刀を振れば、帝国兵は次々と五体を斬り飛ばされた。
ユウたちだけが取り決めていた作戦。それは、マシューの計画が破綻し戦が負けに向かいそうな時、各々で敵将の首を取りに向かえというものだった。
それが出来るのは、ユウたちが常識はずれの実力を持つ『ワンダーランド』だったからだ。
事実、フリーの前に立っていられる帝国兵はいない。フリーが刀をひと振りすれば10人以上の命が消える。フリーはただ、真っ直ぐに歩を進めるだけだった。
そうすれば、敵将が現れることはわかっていたから。
「…………止まれ」
フリーの20メートルほど先、体高5メートルはある黒色のサイのような魔物の上にいる人物がそう言った。おそらくは帝国軍のSランク。兵士たちとは装備も違い、紺色の全身鎧を身につけている。
「待ってたよ」
フリーはトントンと肩を刀で叩きながらそう呟くと、ニッと笑った。
「俺が狙いか……」
敵将はズンッと重そうな音を響かせながら、乗っていた魔物から地面に飛び降りた。
フリーはすぐさま刀を両手で握ると、左足を前に、右足を後ろにして半身に、そして刀を大上段にスッと構えた。
まだフリーと敵将の距離は20メートルほど空いたままだ。その間には大勢の帝国兵士たちがフリーに槍を向けている。だがフリーは、後ろに引いていた右足を蹴り、前に出ながら魔力を込めた刀を振り下ろした!
「しっ!」
フリーの斬撃が真っ直ぐに敵将へと地面と敵の兵士を抉りながら進む…………!
ズガガガガガガガガガ…………ッッッッ!!!!
「むぅんっ!」
敵将は片刃の大剣をフリーの斬撃にぶつけることで、真正面からフリーの斬擊を受け止めた……!
フリーとその敵将の間にいた帝国兵は無惨にもバラバラになり、地面には深い溝が刻まれている。
「は、離れろおおおお! 巻き込まれるぞおおおおおおお!!!!」
帝国兵たちは2人の周囲から慌てて逃げ出す。前方に敵兵がいなくなり、無人の空間が出来上がるとフリーは敵将に向かって歩き始めた。
「凄まじい手応えだ」
敵将は大剣から右手を離して痺れを取っている。そして、
「王国の名のある者だな。いざ尋常に勝…………っぐふぉ!?」
その敵将は突然ガクンと膝をつき、大剣を突き立てこらえた。口から僅かに血が流れ出す。
「や、ヤンドゥ隊長!? いったい何が!?」
周りの兵士たちが突然の隊長のダメージに驚きを隠せない。
「な…………何を、した…………」
本人も何が起こったかわかっていないようだ。
「いやぁ、うちの国をめちゃくちゃにしといて、今さら『尋常に勝負』とかないんだよねぇ」
敵将を見下ろしながらフリーはそう言ってから、ザッと踏み込むと、
ズパンッ…………!
膝立ちだったその敵将の首を斬り飛ばした。
◆◆
また、別の場所では、兵士たちが次々バタバタと死んでいく怪現象が起きていた。
「なんっ!?」
「何だ! 何が起きている!?」
「首を守れえええ!」
次は自分かと青ざめ、恐怖にうろたえる帝国兵たち。
倒れた兵士たちに共通するのは、ナイフで刺されたような首、もしくは背中の刺し傷。そして、通常黒魔力で強化されたのならその程度で死ぬはずがない傷であるのに、兵たちは一撃で死んでいるということだった。
「固まれ! 5人組で背中を合わせ、敵を見つけ出せ!」
そう指示を出したのは、ゴツゴツとした岩の体表に、体高5メートルはある4本足の地竜に跨がった人物。
「「「はっ! ザネリ副将!」」」
言われた通り、兵士たちは剣を構えたまま自分たちで背中合わせになる。
「くっ、来るなら来い!」
そう震えながら叫んだ1人の兵士。
突如、その兵士は身体の力が抜け、温かい血が足を伝うのを感じた。
「は…………ぇ……?」
そのまま前のめりに倒れる最中、兵士は見た。
戦場に似つかわしくもない。無邪気で可愛らしく笑う口元を。
そして次のタイミングには、指示を出していた副将が地竜の背中にうつ伏せになっていた。
「「「「ザネリ副将!?」」」」
そう呼ばれた副将は、背後からナイフで心臓をひと突きにされ、声を出させないようほぼ同時に頸動脈を喉ごとかき斬られていた。
乗っていた主人の違和感に地竜が「ンゴァ……?」と低く唸り声を上げると、副将は地竜からドサリと落下した。
◆◆
帝国軍陣営にて、
「ミルド様! 敵大将マシューは罠にかかりました! このままSランクの主力で囲めば首を取れるかと!」
「そうか。存外早かったな…………しかし」
敵大将ミルドはそれよりも、敵の右翼側で、この短時間でSランクの主力が2人も討ち取られたことに危機感を抱いていた。
圧倒的戦力の帝国軍とて、Sランクの実力者となれば非常に貴重な戦力だ。その結果、敵大将ミルドは王国軍の激しく攻めてくる左翼と本隊よりも、右翼の危険度が高いと判断した。
「敵大将はそのまま慎重に追い込め! そして竜騎士部隊を敵軍右翼へ向かわせろ!」
「竜騎士を!? あの部隊を出すのはいくらなんでも早計では……!?」
「…………早くしろ」
ミルドは視線と言葉による圧力で反対する部下を黙らせた。
「し、承知しました!」
◆◆
「「「「りゅ、りゅりゅりゅりゅ竜騎士だああああああああ!」」」」
王国軍の右翼を目指して飛んでくる竜の影に、王国兵たちに動揺が走った。それも全てが20メートル並の成竜。『竜』という存在は、この世界における強者の代表格だ。竜を討てるのはほんの一握りであり、兵士のほとんどは逃げ腰になる。
「やたっ! もう出番はないのかと思ったよ~」
楽しそうに話すのは、獣人の美少女。彼女は何もない空中30メートルに立っていた。だが、その足元は激しい空気が渦巻いているようだ。
「もう、レア。本来あたしたちの出番はない方が良かったのよ」
呆れたように話す黒髪のこれまた美少女は、氷でできた巨大な翼を広げ、氷柱の上に立って獣人の少女の隣にいた。陽光でキラキラと幻想的に氷の翼が光っている。それはまるで宝石でできているかのようだ。
「ええと、1匹、2匹…………全部で10匹だね。そのうち強そうなのが先頭の2人と」
レアは目の上に手のひらで庇をつくって遠くを見る。
「わかったわ。それじゃ、あたしは左の5体、レアは右の5体にしましょ」
「了解!」
そう言うと、2人の魔力がズズズッと高まった。それは右翼にいた魔術士たち全員が一斉に振り返るほど。魔術士である彼らには2人の周辺の空間が魔力で歪んで見えた。
そして、2人の前に地面に並べるように空中に魔法で用意されたのは5メートルほどの5本の氷の槍と同じく5本の風の槍。これらの槍1本1本にユラユラと周囲を歪めるほどの魔力が詰め込まれている。
アリスとレアは互いの肩をくっつけるように左手と右手の人差し指を伸ばすと言う。
「「いけっ!」」
2人の掛け声と共に10本の槍は王国兵たちに迫ろうとする竜騎士たちに向かって、亜音速で飛翔した。
ーーーー
「何か飛んでくる! 攻撃を一旦中止し、回避だ!」
まだ帝国軍の上空を飛んでいる時、先頭の竜騎士の1人が飛来する何かに気付き、そう叫んだ。
それを聞いた竜騎士たちは、各々が乗っている竜の名前を呼び、避ける方向に体重を傾け指示する。八の字に飛んでいた編隊は、真ん中から左右に綺麗に分かれた。
ドヒュヒュヒュ、ヒュンッッッッ!!!!
「危ねぇ!」
とんでもない魔力が込められた槍が、竜騎士たちを掠めるようにして通り過ぎた。1人の竜騎士は飛んでいった背後を思わず振り返る。
「なんつー魔力の…………あ?」
そこには飛び去っていくはずの槍の姿はなく、逆に目の前30センチには、通り過ぎた瞬間に一瞬で折り返した氷の槍の先端が迫っていた。
ドキュインッ!!
氷槍は竜騎士の兜、額の皮を突き破り、頭蓋骨を粉々に砕いた。そして、槍の先端が脳に達すると、その時点で騎士は即死。そのまま騎士の後頭部から槍の先端が顔を出すと、そのまま鱗をものともせずに騎乗していた竜の首を貫き、そこでパキンッ! と触れている全てを凍り付かせた。
また同時に別の竜騎士では、風の槍が騎士の身体に刺さった瞬間、風の魔力が内部に吹き荒れた。それはあらゆる防御が意味をなさない、内部からの風の刃。血管はあらゆる箇所で分断され、臓器は念入りにみじん切り、脳はミキサーのようにかき混ぜられ、最後に騎士と竜は揃って内部からの風によって、「ぱぁん!」と弾け飛んだ。
ーーーー
「ああ、やっと上手くいったわね。追尾型の魔法」
氷の翼を生やした美少女はホッとしたように自らが作った氷柱の上に腰を下ろした。
「だね。私たちアレが苦手で何度ノエルたちに怒られたか……」
空中に立つ美少女も苦笑いを返した。
「ちょっと速度が遅くなることが難点だけど、やっぱり命中しやすいと楽ね」
そう話す少女たちの視線の先で
5本の風槍は5頭の竜と騎手を木っ端微塵にし、
5本の氷槍は5頭の竜と騎手を氷漬けにして砕いていた。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」
竜騎士の存在に恐怖していた王国兵から歓声が上がる。
「「「竜騎士部隊を瞬殺したあああ!?」」」
今の一撃を放った2人を兵士たちは眼を丸くして見ていた。
ーーーー
「こりゃあ…………俺の出番はなさそうだな」
俺がそう呟いていると、
帝国軍が一斉に退き始めた。
「ふぅ…………なんとか、なったか」
逐一戦況を監視していたが、安心して地面に下り立った。俺が降りたのを見て、クロエも槍から飛び下りる。
「ご主人様、戦況はどうなりましたか?」
クロエも気になっていたのだろう。すぐに聞いてきた。
「とりあえず、帝国軍は退いてくれたよ。すまんな、クロエの出番は次だ」
「そうですか」
クロエは色白の華奢な手で、グッと槍を握りしめた。
クロエは元々Sランクだったが、アリスが魔力操作のスキルを教え込んだため、その実力はどこまで伸びているのか想像もつかない。
【賢者】ユウ様、王国軍の大将も無事のようです。
そうか。
【賢者】ウルさんが倒したのはSランクの副将です。そして竜騎士の中にもSランクが2人いました。フリーさんが倒した兵士も含めると、これでSランクは4人退場したことになります。
初日でSランク4人か、良い感じだな。
さて、作戦に背いて独断で動いた俺は、どう処罰されるか…………。
◆◆
「ユウ、何か言いたいことはあるか」
その晩、俺は砦内部の会議室でマシューに迫られていた。
マシューは生傷が身体中にある。やはり、あの時敵の主力部隊に罠にかけられたようだ。聞いた話によると、7人のSランクを同時に相手していたらしい。それはキツい。
「え、ええと…………集団行動ができなくて、すみません?」
怒られるだろうな……こういうのって規則にうるさいだろう。
そう思い、頭を下げたままチラッとマシューの方を見ると、
「違う! ユウのおかげだ! ユウのおかげで俺たちはまだ生きている!」
マシューはそうだろとばかりに両手を広げて、ニコニコとガルムとトレスタに同意を求める。
「ああ……まぁ、そうだな」
ガルムは言いにくそうに頭をガシガシと乱暴にかいては言った。
「そうだ。ユウたちの働きは皆を救った!」
トレスタは興奮したように叫ぶ。
「あ、ああ。そりゃどうも」
あれ? おとがめはなしか?
そこでマシューは申し訳なさそうにトーンを下げて言う。
「ただ…………誰も望んじゃいないが、軍規があってな、命令を無視したユウには何かペナルティがないと、周りに示しがつかない」
全員がうーんと頭を悩ませた。
やっぱりきた。
「おい、ペナルティは受けてるだろ? ユウは罪人の面倒までみてるじゃねぇか」
トレスタ隊長が庇ってくれた。
「罪人か。そうだな! そういうことにしよう!」
マシューがポンッと手を叩く。
「いいのか?」
「ああ!」
マシューは胸を張って返事をし、他の2人にも目をやるが誰も反論は出ない。
適当だな…………。
「ところでユウ、そういう彼女の様子はどうだ?」
マシューが言う彼女とはクロエのことだろう。
「何も。大人しいもんだ。言うことはきちんと聞くし、うちのパーティの奴らよりよっぽど聞き分けが良いぞ。いやホント」
「そうかい。でも注意しといてくれ。今日で痛手を負った帝国が何か仕掛けてくるなら、彼女かもしれない」
マシューは真面目なトーンでそう話す。
クロエが…………?
「どういうことだ? まさかスパイだと…………?」
それは絶対にない。そうでなけりゃ、俺がハイドンで黒魔力の注射器を刺されそうになった時、助けてくれるわけがない。
「いや彼女の過去を調べたところ、一時期、帝国に住んでいたことがあるそうだ」
「帝国に? それは初耳だな」
「いや、正確には帝国が攻め滅ぼしたミスル国の国民を捕虜とした時に彼女も捕虜にされ、その後10年近く帝国で働いていたようだ」
帝国で捕虜、そしてこの国で貴族を殺して牢にか……。でもそれなら逆に帝国に恨みがあるくらいだろう。
「あいつは大丈夫。何かあったら俺が責任を取るよ」
◆◆
「クロエ、お前どうしたんだ」
会議が終わり部屋から出ると、クロエが待ってくれていた。
先ほどまでクロエの話をしていただけに、若干緊張した。だが、それよりも気になることがあった。
「私はご主人様の身の回りのお世話をするメイドですので、待たせていただいておりました」
手を前で揃えて丁寧に返事をするクロエは生ゴミや水を頭からかけられたのか、ずぶ濡れで汚れていた。前髪からもぽたぽたと水が滴っている。
「違う。そうじゃない」
「申し訳ありません。みすぼらしいですね」
クロエは顔には何も出さず深々と頭を下げる。
「あの、お着替えの時間をいただいても宜しいでしょうか」
クロエは死んだ眼で淡々と話した。
「あ、ああ。それはいいが、誰にやられた?」
やった奴のことを思うと、無意識に語気が強くなった。
「誰と申しますと…………皆様です。途中、ご主人様のご友人であられるカート様が現れるまでですが」
カートが助けてくれたのか。後で礼をしないとな。
「今までもこんなことが?」
そう聞くと、クロエは目を伏せて首を横に振った。
「私は人殺しです。嫌われるのは仕方ありません」
罪人であるクロエは、もめ事を起こせば即死刑になる。やった奴らはそれがわかってるのだろう。もしくは、どこかからクロエが帝国民だったことが事前に漏れていたか…………。
「ちっ」
思わず舌打ちが出た。
「申し訳ありません」
それが自分のせいだと思ったのか、暗い顔をしてクロエは深々と頭を下げた。
「いや、違う。お前は謝らなくていいんだ」
その微妙な空気に、話題を変えるために聞いた。
「アリスたちはどうしてる?」
あいつらが敵将を倒してくれたからうちの軍はまだ負けていない。
「アリス様、レア様、フリー様、ウル様の4人は寝室で休まれております。ひどく疲れているのか、お声がけしても目を覚ますことはありませんでした」
「ん…………?」
思わず考え込んだ。
あいつらが、疲れて寝てる? それほど敵が手強かったのか……?
「わかった。とりあえず今晩は眠らせといてやれ。今日の戦の功労者だからな」
「承知いたしました」
スタスタと歩いていくクロエの後ろ姿には、何の感情も浮かんでいないように見えた。
ベル、お前から見てどう思う?
【ベル】度重なる不幸で心が壊れてしまっているかもね……。
…………どうしたらいいと思う?
【ベル】どうって、時間をかけて皆で温かくしてあげなさい。
そうだな…………。
クロエの寂しそうな後ろ姿を見送っていると、
「おいユウ、ちょっといいか?」
トレスタが後ろから俺の肩を叩いた。
◆◆
砦内にあるトレスタの自室へと来た。
「まぁ座ってくれ」
促されるように小さな椅子へ腰かける。
「部屋に呼ぶなんて、どうしたんだ?」
この部屋にあるのは小さなロウソクのような魔石灯の明かりだけだ。
「いや、さっきの罪人のことなんだがな?」
トレスタは眉間にしわを寄せて言う。
「お前ら罪人、罪人ってな。あいつにはクロエって名前があんだよ……」
ムッとして言い返した。
はぁ…………。
「あ、ああ、悪かった」
トレスタは慌てて謝る。そしてトレスタは眉間にしわを寄せた真剣な顔で続けた。
「そのクロエだが…………用心しろよ」
魔石灯のオレンジ色の明かりが、トレスタの顔を照らす。
単に罪人だからというわけではなさそうだ。
「…………理由は?」
「…………帝国の民だったから、だな」
トレスタは語気を強くして言い、そして続けた。
「俺はだいぶ歳食ってるが、だからこそ帝国についてはよく知ってる。あの国は国民全員が『ジキル教』の信者だ」
「ジキル教?」
初めて聞いたな……。
「ああ、ジキルと呼ばれる混沌と破壊の神を崇拝している一神教だ。ジキルはジキル教徒以外の全てに終わりをもたらし、新たに世界を作り替えるとされている。救われるのはジキル教徒だけだ。
だから奴らは人々をジキル教徒に改宗させるため、他国に攻め込むんだ。奴らの言い分は俺たちを救うため、つまり奴らからすればこれは『聖戦』なんだよ…………!」
トレスタは声を荒げて言った。
なるほど。軍事国家でありながら、かなり宗教色の強い国なんだな。
「国民全員が信者なのか?」
「軍部の独裁政権である帝国は幼少期からジキル教の教育が徹底されている。豊かな王国と違って帝国自体は荒廃した土地がほとんどだ。そんな土地では人々は何より神にすがる。だからジキル教の力は絶大で、内乱も起きない」
「やけに詳しいんだな」
チラッと視線を送ると
「俺は帝国人の親友がいたんだ」
トレスタは俺から目をそらしてそう言った。
「ふぅん」
賢者さん、その宗教のこと知ってたか?
【賢者】はい。ジキル教というのは、人間界で最も人口の多い宗教のようです。彼が述べたことも間違いはないかと。
人口最多ねぇ……。
「そりゃ他教を強制されりゃ、王国は怒るよな」
王国では宗教の自由は認められている。
「そうだ。だからずっと帝国と王国の関係は険悪だった。いや、そもそも帝国は王国だけじゃなく、人間界のほとんどの国とそんな感じだ。ジキル教を言い訳に、人間界を征服するつもりなのかもしれない」
「人間界を征服ねぇ……」
それで人類を救うつもりなのか。その神を信じきってるからこそ、奴らは自分たちの行いに正統性があると言い張り、説得は無理。
「それはわかったが、あんたが言いたいのは、クロエがそのジキル教徒なんじゃないかってことか」
「そうだ。10年も捕虜になってりゃ、ジキル教に洗脳されている可能性は高い!」
トレスタは机の上に置いていた拳を力強く握り締めて言った。
「うーん…………ここ1ヶ月ほど見てたがそんな素振りはなかったがな」
俺は天井を見上げてこれまでのクロエの行動を振り返ってみるが…………。
ほとんど俺のそばにいたから怪しい動きもしようがないよな。
「いや、まだクロエは帝国兵を殺していないだろ? ジキル教じゃ、教徒同士の殺しはご法度だ。同族の殺害は自殺に次ぐ禁忌とされてる。……自己犠牲は別だがな。もし、彼女がジキル教徒なのだとしたら戦争には加担しないはずだ」
トレスタの真剣な様子からして、本当に心配しているようだ。
「…………わかった。ありがとう。そのことは心に留めておくよ」
「ああ。頼んだぞユウ将軍」
読んでいただき有難うございました。
ブックマークや感想、もしくはこの下にある評価ボタンをポチっと押していただけると嬉しいです。




