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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第5章 戦争
124/159

第124話 ウィンザー砦

こんにちは。

ブックマークや評価いただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第124話は作戦会議がメインになっております。宜しくお願いします


 1週間後、俺は定期的にマシューの馬車で開かれる軍のトップ会議に顔を出すと、マシューたちは気難しい顔をしている。とりあえず黙って荷台の長椅子に腰かけた。


「さて、騎士団長ダリル軍が守るヴォルフガングの砦だが、1ヶ月以上のにらみ合いの末、先日交戦に入った」


 ついに王国と帝国の戦闘が始まったか……無事であれよ騎士団長。


 座ったまま無意識に手を合わせ、ゴクリと生唾を飲み込んだ。


「ヴォルフガング砦へ合流予定だった援軍は例の帝国のテロによりローグ化。騎士団長の軍は当初予定の8割しか兵士がいない」


 やはり影響は出ていたか。あそこは戦争の要所だ。それだけの軍で防ぎきれるのか……?


「それで?」

 

 トレスタが先を促すと、マシューは軽く咳払いをしてから続けた。


「結果…………苦戦してる。騎士団長は仕方なく、頑強な砦を利用した籠城戦を選んだ」


 そうか。まだ籠城戦なら持ちこたえられる。


「そこで、うちのポール軍の5000人が援軍で向かうことになった。これは上の指示だ」


 ポールさんは事前に聞かされていたのか、黙って頷くだけだ。


「ああ、それはわかるし妥当な対応だと思うが、うちはそれで大丈夫なのか?」


 うちも当初は3万人の予定だったが、ローグの影響で5000人ほど少ない。そこからポールさんの軍が抜ければ2万人弱だ。その人数でウィンザー砦を守らなくてはならない。


「そこでだ」


 マシューはビシッと人差し指を立てた。


「王宮の方で、あの有名な『ガルム傭兵団』を雇ってくれた。各国をまたにかけて活動している腕っぷしの強い傭兵団だ」


 グッと腕に力を入れ筋肉を見せながらマシューはニッと笑う。


「奴らか…………雇うのに王国も相当金を積んだんだろう。その分心強い」


 トレスタは感心したように、うんうんと頷く。


 ガルム? 初めて聴くな…………。

 

 賢者さん、情報はあるか?


【賢者】はい。ガルム傭兵団。構成人数はおよそ500人。Aランクに当たる実力者が50人を超える戦闘のプロです。特に団長の衝波のガルムはSSランクに相当するようです。

 

 おお、思った以上の戦力だ。


【賢者】ですが、冒険者よりも癖の強い集団のようで、盗賊まがいのこともやってるとの噂もあります。


 うへぇ…………。


「彼らは運良く王国東部で活動していたそうだ。今はウィンザー砦に別ルートで向かってくれている」


 まぁ、ダメそうなら俺がなんとかしよう。



◆◆



 3日後、ポールたちの部隊は予定通りヴォルフガング砦へと続く街道へ別れた。


 そして俺たちは同日の午後、テイラー子爵と合流した。子爵は自身の領地『ヴィヴァルディ地区』をローグに占拠され、隣町のバルトークに住民共々身を寄せていたらしい。


 ここは俺たちと合流するために子爵の部隊がキャンプを張っている川原だ。

 川幅10メートルほどの川で、水が透き通り川魚がゆらゆらと流れに逆らいつつ泳いでいるのが見える。川底にはサラサラの砂が堆積している。


「ユウ、元気だったか?」


 子爵は怪我もなく元気そうだ。たくましい笑顔で手を差し出してきた。

 テイラー子爵は恰幅の良い陽気なおじさんでマリジアと同じ赤毛の短髪だ。たくわえられた口ひげが赤ワイン色の鎧と相まってとてもよく似合っている。


「ええ。子爵の方こそ」


 川原でにこやかに握手を交わした。隣では川のせせらぎと水面にキラキラと反射する陽光が眩しく、戦時中というのにのどかさを感じる。


 そして早速、見晴らしの良い川原に椅子をおいて昼食を取りながら俺、マシュー、テイラー子爵、トレスタの4人で顔合わせを行った。


 端から見れば、まるでおっさんたちのピクニック…………。


 ーーーー


 しばらくのローグや帝国軍の雑談の後、俺は気になっていたことを聞いた。


「なぁ、そもそも…………ガルムは信用できるのか?」


 俺がそう言うと、子爵も頷いた。


「その点は大丈夫だ。彼らは金さえ出せば、どんな仕事でも引き受けるし裏切らない。金至上主義らしい」


 マシューが焼いた骨付き肉にかぶり付きながら答えた。


「問題ないんじゃないか? そういう奴らならわかりやすい。かえって安心だ」


 トレスタはガルムたち肯定派のようだ。うーん、本人に会ってみないことにはわからないな。


「うむ…………」


 子爵も納得いっていないようだ。難しい顔をしながら髭をジョリジョリ触っている。


 そして、悩みにふける子爵の後ろの川でウルとレア、フリーがバシャバシャと浅瀬で川遊びに興じているのが視界の端に見えた。アリスは保護者の如く川原で氷で作ったリクライニングチェアに座って見ている。


 …………あいつら、遊べていいなぁ。


 ぼーっと彼らを眺めていた。


「それで部隊の編成はどうするんだ?」


 ガルムの話はおいといて、トレスタは次へと話を進めていた。


「ああ、それだが…………」


 マシューは川原の石を集めて軍の編成のように見せる。雑談のように軽く話を進めた。


①中央本隊(1万人) 大将マシュー 

②左翼  (5千人) 将軍ガルム

③右翼  (5千人) 将軍ユウ


 テイラー子爵は予定通り俺の部隊へ吸収されるが、マシューと俺の部隊からは左翼のガルムへ人数を合わせるため一部を異動させた。


 おいおい、ガルムが将軍!?


「なぁ…………」


 俺が口を開こうとすると、その前に子爵が話し始めた。


「おい、これはやりすぎだ。王国民でもない傭兵に一翼の頭なんぞ任せられん」


 子爵が腕を組んでは首を捻る。


「いいえ、テイラー子爵。今はこれが最良なんです」


 マシューは両手を広げて大げさなジェスチャーで自信たっぷりに言う。


「マシュー、それは答えになってないだろ」


 俺が少し呆れながら言うと、


「ユウ、今はこれしか方法がねぇんだ。それとも他に案があるのか?」


 トレスタは叱るように俺に言ってきた。


 それはそうだ。方法はないのはそうだが、この場合状況を悪化させる可能性があると思うんだが…………。


「「うーん…………」」


 俺と子爵は揃って悩んだ。



◆◆



 王都を出発して1ヶ月。昼過ぎに、ついに俺たちはウィンザー砦へと到着した。


 元々1つだった山脈を2つに裂いたような深い谷の底に造られたのがここ『ウィンザー砦』だ。

 左右の切り立った山はどちらも高さ5000メートルを超える。これを軍隊が徒歩で超えるのは現実的ではない。つまり、帝国軍はいやが応にもウィンザー砦を突破するしかない。


「すげぇ…………でかいな」


 見上げるほどの大きさのウィンザー砦に感嘆の声が出た。


 谷の幅、すなわち砦の横幅は直線で200メートル、高さ50メートルほどだ。砦と言っても、その姿はとんでもなくゴツく分厚い壁だ。砦の外壁は長年かけ土魔法を幾度となく重ね掛けし、ガチガチに圧縮され頑強に造られている。その表面はまるで、鋼鉄のようにツルツルで黒く、光沢すらある。それが余計に重厚感を醸し出している。

 屋上には帝国領側へ向け砲台が何百門も並べられ、とことん外敵に備えた、凄まじい戦闘要塞だ。その上には王国の旗が掲げられ、風になびいている。


 一旦、砦前に馬車を停め、後続の兵士たちの馬車が揃うのを待つ間、俺はマシューの元へと向かった。


「物資もなんとか足りる。この要塞と戦力なら帝国の攻撃も大丈夫だ!」


 マシューは俺に気付くと、ウンウンと頷きながら山のごとくそびえ立つ砦を見上げて言った。そして砦を見上げたまま、唐突に俺に聞いた。


「ユウ。ここを破られるとどれだけの被害が出るか、わかるかい?」


 確かにどうなんだろう…………。


「いや……わかんないな」


 首を横に振って答えを待つとマシューは胸を張って言った。



「たくさんだ!」



 思わずずっこけた。


「そりゃそうだろうよ!」


「でもユウ、王国民が1人でも殺されるなら、俺はここで命をかけて戦う! それが俺の、俺たちの役目だからな!」


 マシューは力強く拳を胸に当てた。


「そう……そうだよな。数じゃないんだ」


 マシューに感心したのは初めてかもしれない。


 そう話をしていると、砦の右下部に造られた扉が乱暴に開いた。


「おや?」


 歩いてくる1人の男が見えた。見た目は痩せた細身の獣人だ。白色のミドルヘアで狼のような耳にファーのついた灰色のジャケットを着ている。両腕に包帯のような布を巻き付け、口からは鋭い牙がのぞいており、歩き方には品がない。だが纏う雰囲気は、強者のそれだ。


「よお、あんたらが王国の軍隊か」


 近くまで来ると訊ねてきた。ガルムの目の回りは深い窪みとシワが刻まれ、そして瞳には凄みがあり、不健康そうに濁っていた。

 熱血漢で健康そうなマシューとはまるで真逆だ。


「そうだ。お前がガルムだな? このたびは共に戦ってくれることを感謝する!」


 マシューがにこやかにそう言いつつ、握手に右手を差し出した。


 それを無言のまま見下ろすガルム。そして言った。


「ふん、金さえもらえりゃ何でもいい」


 ガルムは言葉だけで答えた。


「ああ、それは心配いらない。予定通りの金額をきっちりと支払わせてもらう」


 苦笑いをしながら出した右手を引っ込めるマシュー。


「なら問題ねぇ。俺らは仕事はきちんとする。敵は俺らがぶち殺してやるよ」


 そう言ってガルムは1人、砦の中へと戻っていった。



◆◆



「それで…………どうするの?」


 割り当てられた砦内の自室で、アリスは険しい顔をして言った。


 砦の部屋は無骨な石造りのため、俺は空間魔法からベッドやテーブルなどの家具を一通り出して部屋を整えてある。ほとんどの兵士たちは馬車に寝泊まりしている。


「マシューは愚直にお人好しで良い奴だ。だからこそガルムとは相性が悪い。もしガルムが裏切るようなことがあれば…………」


「あれば……?」


 アリスは腕を組みながら、おうむ返しした。


「俺がなんとかする」


【賢者】指示通り、ガルムをマークしております。


 ああ、ありがとう賢者さん。


「そうね。実際、余裕があるとすればユウ、あなたくらいよ。この采配はギルマスがユウの実力を見込んでのものじゃない? だって、この軍最強はユウだもの」


 アリスはまつ毛の長い綺麗な瞳で俺を見ながら、自信をもたせるように言った。


「むしろユウが大将をすれば問題解決じゃないかい? ガルムをクビにして『あの軍勢』を出せば勝てそうだけどねぇ」


 ニコニコヘラヘラとフリーは言う。


「いや、そりゃそうかもしれねぇけどよ。マシューにも立場があるだろ? それに戦争は始まったばかりだ。奥の手を出すには早い」


「ややこしいねぇ。冒険者やってるだけの方が気楽でいいよ」


 ソファに座りながらフリーはコップから水を飲む。


「こんな時だからこそ、私たちはちゃんと敵を見定めないといけないね。ね、ウルちゃん」


 レアは、隣ですでに頭からプスプスと煙を上げるウルの頭を撫でながら優しく言った。



「うおおおおおお!!!! 難しいことはいいから早く戦は始まらねぇのかよ!」



 ウルが立ち上がると、テンション高めに部屋で闘志を撒き散らして叫んだ。

 

 急に叫ぶから皆びっくりした。


「落ち着け落ち着け。何でお前は今からやる気満々なんだよ」


 とりあえず、ウルの肩を押さえて座らせる。



「…………だってよぉ、帝国のあいつらはジャンの仇だろ?」



 サラッとそう言ったウルに、俺は思わずハッとなった。


「これは戦争だけど、俺にとっちゃ敵討ちでもあるからよぉ」


 ウルは寂しそうに、そして強く拳を握った。


「全ての元凶をぶっ飛ばして、ジャンの墓に向かって土下座させるんだ」


 ウルは涙を滲ませソファに座った。


「大丈夫。私たちで全員倒して、この国を平和にしようね」


 レアは温かく優しい瞳でウルの肩を抱いた。


「そうだな……」


 ウルに言われて改めて理解した。ジーク、フィルじい、ジャン、ブルート、ルーナ、ブラウン。全ては帝国に繋がったんだ。


 俺も拳を握りしめた。


「ガルムのこともあるが、まずはこの戦に勝たないとな」


「そうね。たまにウルは本質を突いたことを言うわね」


 アリスは感心したように言った。


「アリス姉、たまにじゃない!」


 涙も乾かないうちに、ぷんすかと可愛く怒るウルにアリスは楽しそうに口を手で隠してあははと笑った。


 そして、ウルは笑われると思ったのかジロリとフリーを睨み付けた。


「おい、フリー!」


「まだ何も言ってないんだけどねぇ!?」


 ガーン! とわざとらしいショックを受けた演技をする。


「まだってことは、これから言うクセに!」


「あははははー」


 フリーは糸目で表情を隠して笑った。


 コンコン…………ガチャ。


「ご主人様、失礼します」


 クロエが扉を開けて入ってきた。 


「ああ、ちょうど良かった。一緒に話を聞いていてほしいんだ」


「承知しました」


 クロエは目を伏せて返事をした。そして俺の後ろに立った。


「さて、俺たちの部隊の編成だが…………」


 俺の軍の並びは先頭から以下の順だ。


【右翼:総兵力5000人(将軍:ユウ)】

①歩兵(Bランク以下)  3000人

②歩兵(Aランク)    50人(隊長:フリー)

③遊撃隊       300人(隊長:ウル)

④弓兵        800人(隊長:レア)

⑤魔術士       700人(隊長:アリス)

⑥治癒士       200人


 各自の得意な戦闘スタイルから各部隊の隊長に割り当てた。


「な、なぁ。俺隊長とかやったことねぇんだけど」


 さっきの発言とうってかわって自信なさそうなウル。


「大丈夫だ。ウルのとこには副隊長をテイラー子爵にしてある。お前はマスコットだ」


「マスコットおおおおおお!?」


 力一杯抗議の声で叫ぶウル。


「判断に迷ったら子爵を頼れ」


「わかった」


 スンッと聞き分けが良いところは可愛いんだよな。


「ねぇユウ、私も弓兵のことはわからないよ?」


 そう言うのは弓兵部隊隊長に任命したレアだ。


「ああ、無理を言ってすまん。だがレアなら風で味方の矢を援護し、敵の攻撃から味方を守れると思ってな。弓のことは専門に任せてくれたらいい」


「うん。そういうことなら任せて!」


 レアはウインクしながらサムズアップした。


「で、クロエちゃんは?」


 フリーがのんびりと聞いた。


「クロエは…………」


 ちらりとクロエを見ると、スカートの裾を持ち上げクロエは強い意思で言った。


「私は、ご主人様の護衛です」


「だそうです」



◆◆



 その晩、マシューに呼ばれ、俺はこの『ウィンザー砦』上部の石畳が敷かれた歩廊に来た。屋上と言えばわかりやすいが、ここを兵士が行き来できるようになっている。

 夜の涼しい風に、戦争の行方を見下ろすかのような巨大な月が青白く砦を染めている。歩廊は30メートルほどの幅で作られており、そこの真ん中にはポツンと4人掛けの四角いテーブルと椅子だけが置かれている。テーブルを取り囲むように置かれた白い魔石灯が一帯を明るく照らしていた。


「来たか」


 マシューはそのテーブルに座ることもなく、帝国が攻めてくるであろう方角を眺めていた。近々戦場になるであろうその荒野には木もなければ草も生えていない。だが、ここからあと1キロも歩けば帝国の領土だ。


 黙ってマシューの隣に並んだ。俺の反対側の隣では王国の国旗が緩やかになびいている。


 横のマシューは何も言わない。


「…………」


 真っ直ぐな性格のマシューも緊張しているのだろうか。


 そして、俺もマシューが見つめる視線の先に目を向けた。



 あの荒野の向こうに、この国を引っ掻き回してくれた元凶がいる…………。



 そう思うと、無意識に帝国を強く睨んでいた。


 しばらくして、ガルムとトレスタも下から上がってきた。2人は意外に一緒に来たようだ。


「よしっ、それじゃ明日の作戦会議を始めようか!」


 マシューはスイッチを切り替えるようにパンッと手を叩いて元気良く言った。


 ーーーー


 全員が用意された小さなテーブルにつき、マシューは話し始めた。


「まず、知っての通り建国以来、王国は長らく魔物の相手をしてきた。それは人間界への魔物の侵攻を阻止する意味もあってのことだ。だが、人類からの侵攻は皆無。軍師すらおらず、今回は全てが手探りだと言うことをわかってくれ」


 俺とトレスタは無言で頷いた。ガルムは自分の爪をいじりながら鼻で笑っている。それを無視してマシューは続けた。


「龍騎士ミルド率いる帝国軍5万人に対し、こちらは2万人。初めから不利な戦いだ」


「でも重要なのは『質』だろ」


 俺がそう言うと、マシューは微笑んだ。


「その通り。追加情報はこうだ」


 マシューにより配られた資料には以下のように記されていた。


《ミルド軍》

SSランク上位~:1人(大将ミルド)

SSランク中位:0人

SSランク下位:0人

Sランク上位:4人

Sランク中位:3人

Sランク下位:7人


《マシュー軍》

SSランク上位:0人

SSランク中位:1人 (マシュー、ユウ)

SSランク下位:1人 (ガルム)

Sランク上位:0人

Sランク中位:1人

Sランク下位:3人


 ん? 俺、冒険者ランクはSなんだけどな。

 

「おい…………俺はてめぇらより下じゃねぇよ」


 早速、位置付けが気にくわなかったガルムは低い声でそう言う。


「すまんな。これは正当な評価だ!」


 マシューはニコニコと正面から否定した。


「そりゃ誰の評価だ?」


 獣人のガルムはギロリと毛を逆立てて睨む。


「俺だな!」


 マシューは親指で自分を指した。


「不満かい?」


 マシューはニコッとガルムに問いかけた。


「ああ」


 険悪な雰囲気だ。座ったままのガルムの指がピクピクと動いている。


 これ、あれだな。マシューはガルムを扱うために上下関係をわざとハッキリさせようとしてるのかも…………そう思いたい。


 チラッとトレスタを見ると、『止めろ』という顔が全力で俺に視線を送っていた。


 …………やっぱり止めた方が良いか?


 するとマシューは呑気に言った。 


「仲良くしないか?」


「仲良くしたいなら、俺が上だと認めろ」


 ガルムはスッと立ち上がり、マシューを見下ろしてそう言う。


「じゃ、君が1発打って、俺が止められたら俺の勝ちにし…………」


 マシューが言い終わる前に、ガルムの腕が瞬く。



 シュッ……パシッ!



 ガルムの拳を目の前でがっしりと手のひらで受け止め、メリメリとキツく握りしめるマシュー。


「ぐっ…………」


 ガルムの顔が歪む。


 スピードタイプに見えるガルムの拳を余裕で止めたのはさすがだ。

 そういやマシューって強いんだよな。王国最大クランの団長をやっているだけはある。あんまり勝ってるところを見たことがなかっただけか。


「これで納得してもらえたかい?」


 マシューがニッコリとそう問うと、ガルムは犬歯を剥き出しにして笑った。


「いや?」


 ガルムは掴まった右手はそのまま、左手を突き出すと指パッチンのような構えをしてマシューの顔の横に持っていった。明らかに何らかの前動作だ。


「1発という約束だよな?」


 そう言って目を細めたマシューは立ち上がると、六角形の黒い鉱石のような鎧を身体を覆うように纏った。鉱石の繋ぎ目は赤く光る溶岩のような液体が流れている。


 2人とも本気だ。これはダメなやつだ…………!


 俺はテーブルの上を滑るように飛び越え、駆け寄る。


「そこまでだ!」


 賢者さんがパキンッ! と一瞬で空間魔法から武器を取り出すと同時。


 ガルムはマシューに掴まれた右手を無理やり振りほどくと、右の手をも指パッチンの構えにし、駆け寄る俺にスッと向けた。


【賢者】警戒を!

  

 こいつ、俺も同時に相手にする気か…………!


 そして、思わず口に出た。


「いい度胸じゃねぇか…………!!!!」


 俺も、ガルムもマシューも、歯茎が見えるほど、口角をつり上げた。







 ドン……………………ッッッッッッッッッ!!!!








 俺たち3人の将軍の殺気が、砦の上で爆発的に衝突した。殺気が、物理的な衝撃となってミシミシと砦を揺らす。王国の旗がバタバタとはためき、トレスタは吹っ飛び、そこからさらに飛ばされないよう石畳にしがみついている。


 すると


 バタバタバタバタ!!!!


 階段を上がってくる大勢の足音がした。



「「「「マシュー団長!」」」」


「「「「ガルム団長!」」」」


「「「「ユウ!」」」」」



 マシューにはクラン『レッドウイング』の部下たちが、ガルムには傭兵団の部下たちが、そして俺にはアリス、レア、ウル、フリー、クロエ、カート、キース、サリュ、ゴードン、モーガン、ミゲル、テイラー子爵まで、続々と人が入り乱れた。


 そして、彼らは自分たちのリーダーの後ろに立ち、武器を構えた。アリスたちも俺の後ろにいてくれている。


 おそらく、砦の上にただならぬ殺気を感じて駆け付けてきてくれたのだ。


 だが、おかげでさらに増す緊張感。睨み合い、武器を向け合う部下同士。一触即発の雰囲気を壊したのは、それまで完全に部外者と化していたトレスタだった。




「やめろ馬鹿もんがあああああああ!!!!」




 その叫び声と同時に、飛ばされて憤慨したトレスタは掲げた右拳を、敵からの矢を防ぐための胸壁にドガンッ! と叩きつけた。


 ビクッとなり、皆はトレスタに注目が集まる。 



「これから命を預けて一緒に戦おうって奴らが、ぬぁにを喧嘩してんだ! ああ!?」


 

 そう叫んだ後、しーーーーんと静まり返った。


 そして、ガルムが笑った。


「くくっ、あーくそ。悪かったよ」


 ガルムはそう言って、両手の構えを解いた。


「ははっ」


 マシューは全身に纏っていた光る鉱石の鎧を解除し、大剣を下ろす。


 もう大丈夫だ。賢者さん。


【賢者】はい。


 賢者さんは一瞬で『烈怒の炎裂包丁』、不壊の長剣『アイギス』、『冥府の大鎌』を空間魔法から取り出し、魔力操作でそれらの先端を全てガルムに突き付け、さらに魔剣術の魔力でできた剣10本をもガルムにその切っ先を向けていた。


 とりあえず、危なっかしいものを全部しまった。


「君たち、すまない。もう大丈夫だ。戻ってくれ」


 そう言うと皆は武器を下ろし、ぞろぞろと扉から出ていく。


「ありがとうな、お前ら」


 アリスたちは怒ったようにガルムを睨んで出て行った…………はずだが1つ下の階で常に俺たちの様子を警戒してくれている。


 とにかく、再び俺、マシュー、ガルム、トレスタの4人だけになってから全員席について仕切り直した。


 トレスタはホッとしたように胸を撫で下ろしていた。


「もうこれ以上、争いごとはなしだ。いいなガルム」


 マシューは強めにガルムを睨む。


「けっ! わーったよ。ちょっとふざけただけじゃねぇか」


 ダルそうに椅子にもたれかかって後ろにカターンと椅子を傾けては返事をするガルム。そして先ほど配られた資料を見ながら続けた。


「しかしよぉ、俺がいるとしても戦力的にギリギリだろうが」


 ガルムがパンッと資料をテーブルに叩き付けて言った。


「そうだ。これだけ見ればな」


 ガルムはいぶかしげにマシューを見た。


「ユウ将軍は……先日、SSSランクのガードナーを最終的にソロで討伐した。彼の実力は確実にもっと上だ」


「はあああ!?」


 ガルムが噛みつくような視線を俺に投げ、真剣な顔をして聞いてきた。


「…………お前、種族レベルは?」


「4だ」


「4!? あのトカゲは腐ってもレベル6だ。レベル4がソロで勝てるわけねぇだろペテン師が!」


 疑いの目というより、もはや蔑んだ視線を向けてきた。


「はぁ…………」


 Sランクになってもこんな扱い…………。


「貴様いい加減にしろ! 同じ将軍だぞ!」


 トレスタ隊長がダンッと両手でテーブルを叩くと憤慨して叫んだ。


「ユウの実力は間違いない。俺が保証する」


 マシューは断言すると、ガルムも黙った。


「さて」


 マシューは周辺の地図をテーブルに広げると、小さなウィンザー砦の土模型を置いた。


「俺たちはここで迎え撃つ」


 砦の正面に大きい木片を真ん中に、両サイドに1つずつ小さめの木片を置いた。大きい木片がマシュー率いる中央本隊、左右の小さい木片がガルムと俺が率いる左翼と右翼だ。


「ん? ここは使わないのか?」


 俺は自分たちがいるウィンザー砦の模型を指差した。


「ユウ、籠城戦は援軍が期待できる時に時間を稼ぐためにするものだ。それに籠城すれば敵大将はあまり前線へ出てこない。だから、援軍もない今回は敵大将を討つためにも前に出るしかない」


「なるほどな」


 マシューは詳しいんだな。


「いいか! 俺たちが勝つには大将首が必要。だが敵の大将は陣地の最奥におり、その前には実力の高いA~Sランクの主力部隊がいる。これが高い壁だ。だからまずはその主力部隊を引き剥がさなきゃならない」


「そりゃそうだ」


 ガルムは寝そべるように座ったまま、チラッと目線をマシューへと向けた。


「それで?」


 俺とトレスタはマシューの話を身を乗り出して聞く。


 マシューは左翼、本隊、右翼の3つ駒を掴むと、全て前方に移動させた。


「初日に、いきなり全力以上の総攻撃を仕掛ける! そしてユウ将軍の右翼だけは手を抜いてくれ」


「んんっ?」


 どういうことだ?


「はああああ!?」


 聞いていたガルムがキレるが、これは無理もない。


「ガルムは強い、俺とまぁ同程度だ。そして帝国はまだガルムが王国についたことを把握できていない! そこでガルムと俺が、初日に本気で攻めれば、帝国は王国軍の実力を上方修正するだろう。だが、手を抜いた右翼は下方修正されるはずだ。その方が帝国からすれば都合が良いからな!」


「ふむ、つまり油断させるんだな。だとすると…………2日目では帝国は右翼の前の主力を他に移す?」


 トレスタが呟く。


「そういうことだ! 守備の薄くなったところにノーマークでダークホースのユウ将軍の右翼を突撃させる! 面でぶつかるんじゃなく、槍のように一点突破で最奥の大将ミルドを狙う。うまく主力が抜けていれば止まらずに大将までたどり着ける!」


 ああ、一点突破の戦法、ワーグナーでちょっとだけやったな。あいつらなら着いてこれそうだ。ただ、


「納得だが…………その分ガルムとマシューに敵が集まるよな?」


 もっともな疑問だ。


「そうだ。俺たちが敵の大戦力を相手にしている間にユウ将軍が大将の首をとるんだ! 俺には長期戦に向いたユニークスキルがある。ガルムもコスパが良いから大丈夫だ。信じて突っ切ってくれ!」


「なるほど」


 確かに、人数や物量で負けるうちが勝つには短期決戦だ。理に適った賢いやり方だと思う。 


「あーあ、うちの奴らは何人死ぬんだ?」


 茶々を入れるようにガルムは言う。


「どこの軍も同じだ。2日目でユウたちは死地に立つことになるんだからな。ガルムには初日に敵に強く印象付けるために全力で頼む。そしてユウは大将の首をとってくれ」


「へいへい」


「わかった」


 この作戦の恐いところは俺が大将ミルドに勝てる前提で話が進んでいるところだよなぁ…………。


 この作戦をプランAとし、念のためプランBとプランCを作成し、補給部隊の動きや細かな戦闘中の合図等の確認をした。そして、会議は終了を迎えた。


 全員が椅子から立ち上がった時、マシューは言った。マシューは右腕をテーブルの真上に来るよう、前に突き出した。



「勝つぞ!」



 俺たちもマシューと同じように腕を前に突きだし、上から見れば4人の腕が十字になるよう答えた。



「「「おう!」」」




◆◆






「ユウ、先に場所取り行ってるよー!」


 砦の自室の外からのフリーの呼び声に返事をする。


「ピクニックみたいに言うんじゃねぇ!」


 緊張感のなさ。良くも悪くも、俺たちワンダーランドはこういった事態に慣れすぎている。

 フリーが言った場所取りとは、軍の配置のことだ。



 俺たちが砦に到着して1週間、帝国の動きはなかった。


 だがついに、その時は来た…………。





 朝日も昇ろうかという時間帯に俺たちは砦前の荒野に整列した。


 右翼の先頭に立つ俺の200メートルほど前方には荒野を埋め尽くす帝国軍5万人の軍勢。左を見ればマシューを先頭に1万人の兵士たち。その奥にはガルムが率いる5千人の兵士たちの姿も見える。たまに強風で黄土色の砂が舞い上がりつむじ風となって視界を濁らせる。

 ワーグナーの氾濫を思い出すが、違うのはその規模。そして相手ひとりひとりが感情を持った人であるということだ。



 …………いつの間に、俺は、人と戦うことになったんだ。



 いつかアラオザルで心に決めたデリックとの約束は、紆余曲折してこんなところまできてしまった。

 ただ、これは避けられない宿命だった。なぜか、強くそんな気がしてならない。


 先頭ではマシューが何かを大声で語っている。距離が離れており、風も強く何を言っているかまではわからない。だが、本隊の人たちは聞こえているのだろう。


 熱い…………。


 マシューの言葉を聞いて気持ちが高まった兵士たちの熱量が伝播してくる。


 そうか、これが戦争か。


 振り返れば、俺の背後には5千人の兵士たち。


 皆、様々な表情をしているのがよく見える。



 鼻息荒く興奮した様子の者。


 不安そうに武器を抱いている者。


 帝国相手に怒りを露にしている者。


 泣いている者。


 俺を見て手を振るお調子者。


 眠れなかったのか、隈が酷い者。


 陽気に歌を歌い、自身を勇気づける者。


 緊張を和らげようと隣の仲間と冗談言い合う者。


 呼吸を落ち着かせ、目を閉じ集中している者。


 ただじっと俺の顔を見つめる者。



 彼らの命は全て俺にかかっている。



 手前にいる歩兵部隊隊長のフリーと目が合った。


 フリーはただ黙って頷く。


 

 それは、ちょうど大将マシューが大剣を天高く掲げた時だった。


 俺も黒刀を抜き、黙ってそれを空へ向け、腕を伸ばす。






「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」」」」」






 天を割るかのような、様々な感情が入り交じった轟音。


 

 振動する大地に、バリバリと音を立てる鼓膜。



 バサバサと乾いた強風になびくカルコサ王国の旗。



 舞い上がる砂煙。



 熱気に呑まれ、バラバラだった兵士たちの気持ちは1つになる。






 戦争が





 始まった。






読んでいただき有難うございました。


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