第122話 罪人クロエ
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第122話です。宜しくお願いします。
都民たちの叱咤激励の声、吹奏楽器や太鼓の賑やかな音楽を浴びながら戦地へ向かう兵士たちは王都の大通りを馬車で進む。
俺たちの乗る馬車からは、大通りの両脇や建物の上には大勢の都民たちがいるのが見える。大人たちは真剣な眼差しで、子供たちは俺たちを目をキラキラさせ憧れの表情で見ていた。町の上を走るリフトからは、まるで戦争に勝ったかのようにヒラヒラと花吹雪が撒かれている。
都民の期待に応えるように、兵士たちに不安の顔はない。
『帝国を倒す』
その意気込みを全身で表しながら、マシュー軍は大通りを進んだ。
壮大な見送りだった。だがそれも王都を出るまで。東門を出て平原を進み出すと賑やかさが消え、兵士たちの甲冑や馬車のガタガタという音のみが聞こえてくる。
俺たちはついに、ウィンザー砦目指し行軍を開始した。
◆◆
「壮観だなぁ~」
俺は幌馬車の荷台の屋根に上って前を見ていた。
天気は快晴。青い空と、黄緑のだだっ広い平原が地平線で見事に景色を2分割している。そして、その境界線へ向かってどこまでも長く続くは兵士たちの馬車の列。
「どこに上ってるの。下りなさいよユウ」
荷台にいるアリスが下から俺を見上げて言った。
「別にいいだろ? こんな景色、今じゃなきゃ見れないからな」
これからマシュー軍はウィンザー砦を目指し、約1ヶ月間の長い行軍になる。それに途中通過する各町から領主の軍や冒険者たちが合流し、最終的に3万人に達する予定だ。
列の先頭はマシューたちレッドウィングの構成メンバーたち率いる本隊、次にポールさんの部隊、そして俺たちの部隊だ。今、俺たちの部隊は大部分が冒険者だが、途中でマリジアの父であるテイラー子爵の部隊の2000人が合流予定だ。
また、ウィンザー砦は昔からある城塞都市として機能しており、戦争に備え常に食糧などの必要物資は貯蓄されているそうだ。
「未だに将軍って実感がわかないよなぁ」
そう言いつつ、屋根に手を掛けてぐるんっと荷台に着地すると
「しっかりしろよなユウ将軍!」
ウルが楽しそうに背中をパンと叩いた。
「ほんと、将軍ねぇ…………」
俺たちはきみまろが引く馬車に乗って移動している。
後援部隊には、将軍用の馬車と御者を用意すると言われたが、旅慣れた方が良いので断った。御者も自分たちで、今はフリーがやっている。結構雑な運転だが、部隊の本格的な編成は砦についてからなので、今は列から離れない限りは自由である。
また、俺たちのことは兵士たちには知られてはいるが、俺の顔を知らない者も結構いると思う。まぁ、その方が今は気楽でいい。
俺たちの幌馬車は両脇の布をめくり上げているので両脇が空いている。そこから、だるーんと身体を投げ出して風に当たっていると、声が聞こえた。
「「「「アニキたちーーーーっ!」」」」
両サイドを見れば、ピッタリと俺の馬車に張り付いている複数の馬車。そして楽しそうに手を振る冒険者たち。
「お前らその呼び方止めろって!」
幌馬車から顔を出してそいつらにヤメロと叫ぶ。
懐かしいこの呼び方は、ワーグナー組の冒険者たちだ。彼らはあの氾濫を乗り越えた猛者たちなので、かなり頼りになる。特にほぼ全員が希望して俺の部隊配属となっている。もちろん、モーガンやミゲルもいれば、女性冒険者ヒラリーさんも参加していた。彼女もあの氾濫でAランクになっていたそうだ。
俺たちはものすごく雑に、手を振り返しその場をやり過ごした。
ただ、多数の訪問者に若干の疲労を感じ、荷台に仰向けに寝転び空を見上げてボーッとしていると
「ユウ、お前そんなんで大丈夫かよ」
隣に並走して現れた馬車からカートが含み笑いをしながら軽い口調で言った。今回は長距離移動ということもあり、大型の馬車を借りて巨人族のゴードンもちんまりと三角座りをして一緒に荷台に乗っている。
「いいんだよ。普段は緩く、ビシッと決める時は決めるのが俺だから」
そんな風に次々現れる知り合いと会話をしながら、出発前のマシューとの立ち話の内容を思い出す。
◆◆
「ユウには1人、お願いしたい問題児がいるんだ」
馬車の荷台に乗ろうとよっこらせと手すりに手をかけた俺に、マシューはいつもの体育会系の陽気さで言った。
「…………ん、問題児?」
嫌な予感しかしない。とりあえず馬車に乗るのを止め、立ち話をする。
「今回、王国の兵力は帝国よりもかなり劣っている。だからこそ国中から実力の高いものをかき集めているんだが、その中にはお尋ね者もいる!」
「お尋ね者って、犯罪者ってことか!?」
「まぁ、そういうわけさ!」
マシューはきっぱりと言いきった。
「はぁ。で、どんな人物で?」
俺の怪訝そうな視線を気にすることなくマシューは言った。
「仕えていた貴族を屋敷ごと吹き飛ばした殺人メイドだな!」
真っ白な歯を見せてグッと親指を立てるマシュー。
「殺人って……いやそれよりメイドってことは今度の主人は…………」
「ユウだな!」
腹立つことにマシューはそう言いながらポンと俺の肩に手を置いた。
「…………おい」
幸先の不安さに、げんなりとした。
「大丈夫。今度の戦争で手柄を上げたら無罪放免になることが条件だから、何もしないと思うし!」
「だからってなぁ…………」
俺がごねようとすると、マシューは言った。
「頼んだよ!」
再びサムズアップすると、マシューは有無を言わせぬ笑顔でキラリと言った。
◆◆
「はぁ…………」
カートたちが去った後、フリーと御者を代わる。きみまろの綱を握りながら、クロエを思い出してまたため息が出た。
「どうしたのよ。戦争が不安なのはわかるけど……」
アリスが御者席の隣に来た。風に煽られる髪を押さえながら、白く細い脚を御者席に下ろして話す。思わず目線が行きそうになる。
「いや、不安つーか、ヤバそうな奴を預かってしまったなぁと後悔してた」
前を流れる馬車の行列を見ながらいった。
「……あぁ、あの殺人メイドのこと。クロエって言ったかしら」
「ああ。魔法も使える槍術士だって言うし、戦力的には問題ないんだけど、やっぱり性格が心配だよなぁ。なんせ前の主人を殺害してるし」
「なるほどね。あ、噂で聞いたんだけどそのクロエって人、『魔眼』持ちらしいわ」
アリスが自分の綺麗な黒真珠のような瞳を指差しながら言う。
「魔眼?」
「ええ。なんでも視野に捉えるだけで影響を与えることが出来るとか」
「へぇ…………そりゃ便利だな」
そう話していると、馬車の行軍が前の馬車から順々に止まってきているのが見えた。
前から伝令役の馬が駆けて来ているようだ。
「今日はここまでだ! ここに夜営するから各自準備を始めてくれ!」
そのまま列の後ろまで走り去って行った。
「ま、考えてても仕方ないわ。とりあえず夜営の準備をしましょう」
「そうだな」
そう言ってアリスと一緒に御者席から平原に飛び下りる。すると、ちょんちょんと肩を叩かれた。
「ん?」
振り返るとウルがニヤニヤしていた。
「ユウ、デカイの作ってくれ! 皆が入れる城みたいな、おーっきなやつ!」
ウルが小さな身体で両手を伸ばして大きい身振りをする。
ウルが言っているのは夜営用の建物を土魔法で作ってくれと言っているのだろう。それはいいんだが…………。
「皆って俺の部隊全員か!?」
今でも俺の部隊は5000人強はいるぞ!?
「当たり前じゃん! 俺らだけ良い家なのは不公平だろー!」
ウル、不公平には厳しいんだが、そこに労働させられる俺は入ってないのな…………。
「待て待て待て。今俺はこの指輪のせいで弱体化してるって言ったよな?」
自分の右手中指に嵌めている指輪を指した。
「いいじゃんかよケチー!」
聞く耳を持たず、口を尖らせて拗ね始めるウル。
「ごめんねユウ」
レアが猫耳をペタンと寝かせて、苦笑いしながら謝ってきた。
「なんだよやっぱ冗談か……」
ホッと胸を撫で下ろした。やっぱりレアだけは俺の味方だよな。
「5棟くらい建てたら足りると思うから」
レアは俺の言葉を遮り、笑顔で言った。
「いやああああああああああああ…………」
ズレゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………。
地面が隆起し、ヨーロッパ様式の城が出来上がっていく。それは見た目だけで内部は等間隔で小分けにした部屋がある。まぁ集合住宅のようなもんだ。
「ぜええええええ、はああああああああああ!!!!」
全員入れるように勢いで5棟作ったところで魔力切れ寸前で地面に手をついていた。
「レア、こ、これでいいか?」
青白い顔でレアに問う。
「うん!」
レアはピコピコと耳を動かして満足そうだった。
「そう、か…………」
「「「「うおおおおおお!」」」」
「「「すげえええええええ!」」」
俺の部隊の兵たちが俺に感謝しながら喜んで入っていく。その様子を見て、レアは鼻を高くして自慢気だ。ちなみに、これだけの大部隊になると、魔物は俺たちから逃げていくので襲われる心配もない。
「ま、雨風凌げれば十分だよねぇ」
フリーがやれやれと言いながら入っていく。
「無駄にこるから疲れるのよ」
アリスができた城を眺めながら言うと、城に入った。
「俺の味方は…………!?」
◆◆
夕食も食べ終え、暇になったので最上階に用意した自室を出た。
ちなみに自分の役職が将軍だからって部屋を大きくしているわけではない。見た目は洋風の城だが、内装は学園の寮のように作った。ただ、男女は分かれておらず、隣はアリスたちの部屋だ。
「どこ行くの?」
廊下を歩いていると、隣の部屋の窓からアリスが顔を覗かせ声をかけてきた。
「いや、暇だし兵たちの顔でも見に行こうかなと」
一応気にしといた方が良いよな。
「あたしも行くわ。ついでにクロエも見に行くんでしょ?」
「おう」
その通り、実はそれがメインだ。
アリスの後ろには楽しそうにクッションを投げつけ合うレアとウルが見えた。むちゃくちゃホコリとクッションの中の羽毛が舞っている。
「ちょっと待ってて」
アリスは窓を閉め、パタパタと走ってドアから出てきた。今はいつもの黒のブーツじゃなくスリッパを履いているようだ。
「それじゃ、行こう」
ブラブラと歩いて内部を見て回る。各部屋と廊下には光属性の魔石を使ったランプを取り付けてあるのでそれなりに明るい。
城内の廊下ですれ違う兵士たちにはまだ緊張の顔は見られない。なんせまだ行軍初日だ。楽しそうに仲間たちと話す姿が見られる。
そして、交流用にと設けた体育館ほどの広さの食堂に到着した。
「平和そのものね」
ワイワイガヤガヤと盛り上がる食堂を見渡してアリスは言う。
「だな。良かったよ」
そう話していると、テーブルに座っている男と目があった。そいつは何か含みを持たせたような笑みを見せる。
ん?
立ち上がるとこちらに歩いてきた。
「おいてめぇ、戦争だってのに可愛い子連れて楽しそうだな。戦争ナメてんのか?」
絡んできたのは知らない黒髪で天然のパンチパーマの野郎だ。
「あ?」
子分らしき冴えない男たちを3人連れている。
これだけ人数いると、やっぱりこういう輩もいるか…………。
「はぁ、何のよう?」
天然パーマは俺よりも少し身長が低いので、見下ろす形になった。
すると子分たちがわめきだした。
「何だその口のきき方は!」
「この方はAランク冒険者のラルフ様だぞ!」
そう言われてラルフと言われた男は目を閉じて鼻高くふんぞり返った。気分良さそうだなぁ。
「おお、こんな奴でもAランクになれるんだな」
「ええ。人間性は関係ないのかしら」
真面目に驚く俺たちに、馬鹿にされてると気付いたようだ。
「なっ、何様だ貴様あああああ!」
顔を真っ赤にして逆上し、そのまま男の右手は腰に差してある剣へと向かった。
それはダメだ。
前から男の頭を右手で掴むと、勢いをつけて壁にドゴッとディープキスさせた。ちなみに壁も俺特製なので相当硬い。
「ガッ…………!」
白目を剥いて、ズルズルと壁に鼻血を擦りつけながら気絶した。
「お前ら馬鹿だな。こいつSランクの将軍だぞ」
後ろから声がして振り返ると、腕組みしながら壁にもたれるカートが楽しそうにこっちを見ていた。
「カートお前、見てたんなら止めろよ」
ジト目でカートを睨む。
「いや面白そうだったんでついな」
俺が将軍だという言葉を聞いて白目を剥いていた男も跳ね起きて子分共々土下座した。
「ひっ、ひいいいいいいいいいいいい!!!!」
「も、申し訳ありません!!!!」
「軍罰だけはああああ!」
ガタガタ震えながら4人揃って床に頭をグリグリと擦り付けている。
「もういいから。次すんなよ」
「「「「はいいいい!」」」」
ホッとしながらも頭を上げようとはしない4人。
まぁいいか。
「おう。こんな奴らもいるが許してやってくれ」
そう言って微笑むカート。発言からもアニキオーラが漏れ出ている。
「ああ、これくらい慣れてる」
絡まれるのなんてもはや数えきれないくらいだ。
「あ、そういえば良いところに。カート、お前『クロエ』って罪人知らない? 一緒に来てるはずなんだが」
「クロエ…………? いや、知らねぇな」
カートは首を横に振った。
「そっか」
こんだけ人が多いと探すの大変だな。他の城にいるのか?
「あ、あの…………」
その時、土下座したままだった男ラルフが顔を伏せたままそろそろと手を上げた。
「あ? まだなんかあんのか?」
俺が見下ろすとビクついた。
「ひっ、す、すみません。でも、手錠かけられた女なら外で見ました」
「外…………?」
◆◆
ラルフの証言を元に城の外まで出てくると、闇夜の中、木にもたれ掛かって静かに眠るメイドがいた。確かに手錠をされている。そして、月光が雲間から覗き、そこにだけ青白い光がまるでスポットライトのように照らされていた。
「あれか……」
なんかすごく絵になる奴だ。それが俺の初めの印象。
「どうして中に入らないのかしら?」
「さぁな」
俺とアリスが歩いて近づくと気配に気が付いたようで目を開けた。
「あなたは…………ユウ、将軍ですね」
座ったままで俺たちを見上げる。ハラリと曇天のような灰色の髪が流れた。手は身体の前で銀色のミスリルの手錠によって拘束されていた。
「そうだ。良くわかったな。お前がクロエか?」
「はい」
そう弱々しく返事するクロエは灰色の髪を肩まで伸ばし、背は150センチほど。右眼は水色、左眼は金色をしているが、どちらも目のハイライトは消えている。おそらく左眼の方が例の魔眼だろう。見た目は14~15歳で胸は控え目。メイド服は暗めの紺色をしており、膝丈くらいの長さだ。木に立て掛けてあるのは柄までもが透き通った水晶のような黄色の槍。
そして、
「エル、フ…………?」
俺の呟きに、クロエは被せるように答える。
「いいえ、ハーフエルフです…………」
耳はエルフほど長くないが尖っていた。そして、まつ毛は長く、ものすごく美形で可愛い。その虚ろな目がもったいないほどに。
「どうか、しましたか?」
こてんと首をかしげるその仕草は、華奢な体型と相性が良い。
「いや、なんでこんなところに? お前もうちの兵士だ。中で眠っていい」
「いえ、罪人は入るなと言われましたので…………」
淡々と感情を見せずに言う。
は? そんなこと言った覚えはない。
「誰に言われた?」
「確か……ラルフという冒険者でした。大声でお話しされていたので」
クロエは思い出すように口元に手を当てながら言った。
「あいつか…………」
ほんとにどうしようもない奴だ。あいつにそんな権限はない。あんまり自由にさせておくのも良くないか……。
「どうして私を探していたのでしょうか…………?」
コテンと首を傾げて不思議そうに言う。
「あんたがどんな人か知りたくてな」
「わたくしは、罪人です。人を大勢……殺しました」
そう語る彼女の目には何も写っていない。その様子に俺とアリスは互いに目を合わせて困惑した。
このクロエという少女がわからない。
「…………聞くが、なんで殺した?」
「多分…………殺したかったからです」
普通そうだろうよ。
「なんで殺したかったんだ?」
「…………」
それを聞くと俯いて黙ってしまった。
「言いなさい。これは命令よ」
アリスが強い口調で言った。
「わかりました…………」
クロエは一度呼吸をおいてから静かな声で話し始めた。
「あの人は…………私の、唯一の友人を無理矢理に乱暴したからです。私、あんな感情は初めてでした。私は…………我を失い領主様の心臓を背中から箒で貫きました。でも、怒りは治まらず、ほとんど自我がない状態で、気が付けば屋敷は吹き飛び、私は瓦礫の前に立っていました。そして、屋敷の人は全員死んでいました。救いたかった彼女さえも…………」
初めて見せる彼女の表情は悲しみだった。
「開いたドアの隙間から聞こえてきた彼女の悲鳴が今でも耳にこびりついています。そして、私から逃げ惑う屋敷の人々の悲鳴も…………」
彼女なりの理由があったわけだ。友人のために怒れるのなら、悪人ではないのだろう。
しかし、自我を失って暴走するか…………。
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名前クロエ 221歳
種族::ハーフエルフLv.3
Lv :21
HP :4380
MP :4250
力 :5900
防御:6260
敏捷:4640
魔力:5800
運 :3
【スキル】
・槍術Lv.9
・探知Lv.5
・解体Lv.3
・縮地Lv.7
・思考加速Lv.9
【魔法】
・風魔法Lv.1
・雷魔法Lv.3
【耐性】
・斬撃耐性Lv.2
・打撃耐性Lv.3
・苦痛耐性Lv.5
・火属性耐性Lv.3
・雷属性耐性Lv.7
【補助スキル】
・自然治癒力強化Lv.2
【ユニークスキル】
・麻痺の魔眼
・雷狼
【加護】
・雷の加護
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これは強い。実力的には将軍クラスだ。なぜメイドがこれほどのレベルを…………?
さらには2つのユニークスキルに『雷の加護』まである。つまり、その事件、アリスと同様に加護の暴走が原因か?
アリスもそのことに気付いたのだろう。横を見れば、唇を噛んで複雑そうな心境だ。
「話はわかった。あんたが悪人じゃないってこともな」
俺がホッと一息ついていると、
「あの…………」
クロエは小さな声で言った。
「なんだ?」
「私はまだ、将軍様を認めたわけではありません」
クロエは俯きながらそう言うと、顔を上げ話した。
「私は50年間牢屋に入っておりました。考える時間はいくらでもありました。そしてわかったのです。私は仕える相手を間違えた…………と。2度と同じ過ちは犯したくありません」
クロエは俺を値踏みするような目で見た。それを受けてアリスは一歩前に出る。
「ユウは正しい人間よ。そんな貴族と一緒にしないで。間違いなんてあり得ないわ」
アリスが少し憤りを見せながら、バッと自分の胸に手のひらを当てて堂々と言う。
「それはわかりません。私はあなたも、いいえ、誰も信用しておりませんので」
クロエはその曇ったサファイアのような目でじっとアリスを見つめた。
「今は戦時中よ。信用以前に指示には従ってもらうわ。そういう契約でしょ?」
アリスはクロエを冷たい目で見た。
「そうです」
そう答えたクロエの目にはやはり感情がない。これではいざ戦闘が始まったとしても、戦ってくれるかわからない。むしろ、釈放されることすら望んでいるのかわからない。
「「はぁ…………」」
俺とアリスは顔を見合わせてため息をついた。そしてクロエは言った。
「そもそも、あなたたち2人は私よりも弱いです。私の本職はメイドですが、今回は兵士として雇われました。兵士である以上、自分より弱い将軍には着けません」
「なるほどな」
…………まぁ、一理あるか。
そう思っていると、隣でアリスがふふっと笑った。
「わかりやすくなったわね。なら、こうしましょう」
アリスが人差し指を立てて提案する。
「あなたとあたしが戦うのはどう? あたしはユウの部下で、もちろんユウを認めてる。あたしがあなたに勝てば、あなたもユウの部下になってくれるかしら?」
「おい、アリス!」
アリスの華奢な肩を掴んで止めた。
「こいつレベル3だぞ…………!?」
小声でアリスに言った。
「少しはあたしを信用してよ」
アリスは怒ったように強い瞳で、そう言った。
「ぐ…………わかった」
アリスは自分と同じように、『加護』の暴走を経験したクロエをほっとけなくなったのかもしれない。
「無理です。あなたでは私に敵いません」
クロエは首を横に振りながら言った。
「やってから言いなさい」
アリスの雰囲気が変わる。戦闘態勢に入り、周囲の気温が下がり始めた。息が白くなる。
それを見て、クロエの気が変わったのだろう。
「わかりました。では私の一撃をあなたが耐えられたら認めます」
クロエは立ち上がると、手錠がされた両手を前に突き出して呟いた。
「ラウル…………これを壊して」
バリィッ…………!!!!
クロエの隣が突然バチバチと光った。
雷の光が現れたかと思うと、それは2メートルほどの狼を形作った。そして、その狼はクロエに差し出された手錠をくわえると、いとも簡単にバキンッ! と噛み砕いた。
げっ! こいつ、いつでも脱獄出来たんじゃねぇか。
「ラウルは使いません。私が直接相手します」
そう言うと、再びバチィッ! という音と共に雷の狼は消えた。そしてクロエは槍を手に持った。
「いいわ」
2人は距離を取るように背中合わせに歩くと平原の真ん中で30メートルほどの距離をあけ、振り返り向かい合った。クロエは槍を両手でアリスに向けて構え、アリスは両方の手に俺があげた短剣を持つ。
真上から巨大な月が2人を照らす中、風が両者の髪と服をなびかせた。
「来なさい」
「参ります」
フッッ…………!!
クロエの姿が残像を残してかき消えたかと思えば、右肩に槍を載せるように構えたまま突撃を開始していた。メイド服のスカートの下で、クロエの脚が霞むような速度で大地を蹴っている。物凄いスピードと魔力だ。軌跡に一筋の光を描きながら一直線に進む。
ドシュッッウウン…………!!!!
まるでジェット機のような爆音を響かせ、地面をえぐり石片を巻き上げながら、クロエはアリスへと迫る。
アリス、この動き目で追えてるのか…………?
「いくわ」
アリスの魔力がほとばしり、平原を数キロに渡って広範囲を凍らせ氷のフィールドに変える。
パキンッ、ビキビキ…………!
見渡す限りが氷に覆われ、俺の作った城まで凍る。一瞬で景色が変わり、気温が急激に氷点下30℃にまで下がった。
そして、アリスの手前の地面からガガガガッ! と氷の波が出現する。その波の先端は全てが槍のように尖り、斜め上に向いている。それが高波のようにクロエに迫る。その大きさは俺が作った城を容易に越えた。
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンン!!!!
ガラスが割れるような音が継続的に大音量で響く!
あいつ、今いったいどんだけ魔力あるんだよ…………!!
だがクロエはそれにビビることなく突っ込むと、氷の3メートル手前で肩に担いだ槍を捻りながら右腕で突き出した!
ガガッ! ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!
槍は氷の刃の先端を破壊し、槍で氷の中を掘り進んでいく。そして勢いは衰えることなく、氷山を貫通した。クロエの視界にはアリスの姿が写った。
あんな簡単にアリスの氷が砕けるのか? なんて貫通力……!
「くっ!」
アリスはユニークスキルで月の光を反射しキラキラと輝く氷の翼をシャンッ! と生やした。それを身体を覆うように前に持ってくる。
クロエの槍がアリスの氷の翼に触れた。
ガキッ……………………ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガギギギッッ!!!!
アリスはクロエの槍に押され、地面を削りながら後退していく。だが、クロエの槍の先端はアリスを包む氷の翼を貫くことができず、徐々に減速、30メートルほど押されたところでついに停止した。
あの氷の翼は他の氷よりも遥かに硬く強度が高いようだ。
「ここまでのようですね。私の槍が止められたのは久しぶりです」
表情を崩すことなく槍を引きながらそう言うクロエの脚は、地面の氷に冷やされ凍りつつあった。アリスは翼で槍を防ぎながらクロエの脚を凍らせていたようだ。
「いいえ、あたしももう少しで死ぬとこだったわ」
アリスの氷の翼は1枚1枚の羽がバラバラになり、空気中にキラキラと輝きながら姿を消した。
「わかりました。私はあなたとユウ将軍を認めます」
クロエが槍を下ろすと、アリスも氷を溶かした。一気に気温が元に戻り始める。
「アリスよ」
そう言うとアリスは柔らかな表情で微笑みながら右手を差し出した。
「クロエです。宜しくお願いします」
クロエはアリスとしっかり握手をした。
気になったので、チラリとアリスのステータスを覗いた。
============================
名前 アリス 15歳
種族:人間Lv.2
Lv :1→58
HP :1480→1810
MP :6900→10550
力 :910→1230
防御:800→1100
敏捷:1950→2320
魔力:7200→11300
運 :20→21
【スキル】
・剣術Lv.4→5
・探知Lv.6→7
・魔力感知Lv.9
・魔力操作Lv.6→8
・解体Lv.4
【魔法】
・水魔法Lv.5→6
・風魔法Lv.3
・氷魔法Lv.9→10
【耐性スキル】
・苦痛耐性Lv.7→9
・恐怖耐性Lv.7→8
・混乱耐性Lv.5→7
・打撃耐性Lv.2→5
・氷属性耐性Lv.3
・火属性耐性Lv.3→7
【補助スキル】
・自然治癒力アップLv.1→5
・魔力回復速度アップLv.8→9
【ユニークスキル】
・凍龍冷翼Lv.1→2
【加護】
・氷の加護
============================
クロエと渡り合えたのも納得だ。魔力関連は余裕でSランクの域に達している。それに、自然治癒力や耐性の上がり方からして、ワーグナーでは相当キツイ修行をしていたんだろう。
俺が2人に向かって歩いていくと
「あなたを私のご主人様として認めます」
クロエはメイド服のスカートの裾を持ち上げて、お辞儀をした。
非常に様になっている。
兵士だって言ったのに俺は『将軍』じゃなく、『ご主人様』になるのか。生まれながらのメイドか?
「ああ、ありがとう。ならまず城へ入ってくれ。俺たちの仲間なんだからな」
「承知しました」
あの突撃力と貫通力。斬り込み隊長になってもらうのもいいかもしれない。クロエは扱い方によって化けるとんでもない戦力だ。それに、おそらくそれで『雷の加護』は制御できるはず。
それからクロエのために個室を城に作り、この日は就寝した。
◆◆
そして翌日、早朝。
「なっ! なんでこいつがここにいるんだあああああああ!?」
昨日俺に突っ掛かってきたラルフという男だ。また様子見を兼ねて朝食を食べに食堂に入ると、騒いでいるところに出くわした。
「て、てめぇ、犯罪者は中に入るなって言っただろ!」
クロエを指差しながらわめくラルフ。
「ご主人様が許可されましたので」
クロエは顔色ひとつ変えずに淡々と答える。
「はぁ? ご主人様ああ?」
馬鹿みたいに顔を近付けて目をひんむいてクロエに絡んでいる。
「クロエも仲間だ。俺らに危害を加えることはないから安心しろ」
そう言いながら後ろからラルフの肩を掴む。
「しょっ、しょしょしょしょ将軍様!!」
振り返りながら叫ぶラルフ。
「わかったか?」
強く見下ろしながら睨んだ。
「へ、へぇ…………わかり、ました」
ラルフは低い声で返事をし、肩を落として食堂を出ていった。
あいつ、本当に人として信用ならん奴だ。
とその時、
「んはぁーーー! ユウ様ああああ!」
後ろから来る軽い衝撃。背中に抱き付いて来たのは聞き覚えのある気持ちの悪い声。
「おい、ミゲル! いい加減その病気治せ!」
思いっきり乱暴に振りほどく。床に尻餅をつくも全くダメージなくピョンっと立ち上がるミゲル。
「病気じゃありませんよユウ様! これは愛です!」
可愛らしく頬を膨らませる14歳男。
「昨日どれだけ探してもいないと思えば、隣の城だったなんて! でも僕からは逃げられませんよ?」
興奮し鼻息荒く、手を握りしめて早口で話すミゲル。
「モーガン、何とかしてくれ」
げんなりとしながら、ミゲルと一緒に来ていたモーガンに声をかけた。
「知るか。そいつの病気は今に始まったことじゃねぇ」
「けっ、冷たい奴」
「それよりお前、さっきの奴知り合いか?」
筋肉だるまのモーガンが眉をひそめながら怪訝な顔で話す。
「ここで知り合ったばかりだ。まぁ、どこにでもいる問題児だな」
俺は昨日とさっきの出来事について話した。
「そういう奴は何しでかすかわからねぇ。俺らワーグナー組でそいつを監視しといてやる。なんかあったら知らせる」
「おう、すまんな」
ちゃんと手伝ってくれるところ、モーガンはツンデレだな。
そう少し嬉しく思いながらもクロエを振り返った。
「よし、クロエは行軍が再開したら俺の馬車へ来てくれ。ウィンザー砦まではまだまだかかるから、その間アリスが魔力の扱い方を教えてくれる」
「はい」
昨日の戦闘を見ていても、クロエは魔力関連の数値は高いのに魔法はあまり使わないようだった。それはもったいない。
そう考えていると伝令の兵士が来た。
「ユウ将軍! マシュー大将がお呼びです」
◆◆
「すまん、遅くなった」
マシューの乗る馬車へ入るとマシューとポールさん、そして後援部隊の隊長トレスタがいた。
トレスタは髭もじゃの50歳近いおっさんで後援部隊とは思えないほど腕が太い。かなり鍛えているようだ。
「よし、皆揃ったな! これからハイドンの町に物資の調達に寄る。本来なら後援部隊だけ行く予定だったが、事情が変わった! 彼らに護衛をつけたい!」
いつも通り元気よくマシューが言う。
「護衛? 治安でも悪いのか?」
俺も馬車の椅子へよっこらせと腰かけながら、疑問を口にした。
「治安は良いが、どうも様子がな…………」
ポールさんが眉間にシワを寄せて言った。そして続ける。
「さっき俺がハイドンのギルド長に到着を連絡したんだが、話してると言葉の途中で声が突然途絶えた」
「途絶えた…………?」
呟きつつ考える。
言葉の途中で途切れるなんておかしい。魔道具の故障か、もしくは……。
【ベル】ギルド長本人に何かあったとか?
ああ、それが考えられるな。
「魔道具の故障じゃないのか? そんな心配しなくても俺たちの部隊だけで大丈夫だろ」
護衛部隊隊長のトレスタがふんぞり返って腕を組みながら、少し不機嫌そうに言った。
「いや、通信水晶は今も普通に繋がる。故障ではない!」
マシューはそう断言した。
「町の様子は至って平和なのがかえって不気味だ。何か胸騒ぎがする。念のためだが護衛をつけるべきだ」
ポールさんは真剣に訴えた。
「ポールの勘はよく当たるからな! 誰か行ってくれ!」
マシューが俺を見ながらかなり雑なフリをした。
…………俺かよ。パワハラじゃねぇか。
「わかった。俺が行こう」
「すまんなユウ、魔法に長けたお前は一番融通が利くだろ?」
ポールさんは苦笑いをしながら謝った。
「いや、大丈夫だ。何かあったら空に火魔法を打ち上げる」
そういうわけで俺はトレスタ隊長と共に後援部隊を引き連れ、ハイドンの町へと向かった。
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