第112話 主力戦
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第112話です。宜しくお願いします。
「しぶとい奴らね……」
襲ってきた敵をパキンと氷像に変えながらアリスは呟く。
フリーとレアはダース・モールを相手に一進一退を繰り広げており、アリスとウルで他の奴らを始末しているが、相手がタフ過ぎる……。まるでゾンビのように蘇っては、再び向かってくるのだ。
「騎士団もこれに苦戦してたみてぇだな」
ウルがナイフを片手に汗をぬぐったその時、
ヒュッ……………………!!!!
「なに?」
アリスは王宮の西塔の上から凄まじい速度で飛来する攻撃に、魔力感知で気がついた。アリスはヒュッと地面から氷柱を作り出す。
ズガガガガガ…………!
それは氷矢だった。アリスの氷柱の表面をガリガリと削ると、氷の中を少し掘り進み止まる。アリスの魔力が込められた氷の硬度はもはや金属レベルだ。
まあ、アリスはノエルたちとの修行で、魔力操作のスキルレベルを7にまで上げていた。そのおかげで魔力効率と魔法の発動速度が格段に上がり、今の攻撃にも対応できていた。
「何者…………?」
アリスが目を細めていぶかしげにそう言うと、ウルが遠くを指差しながら叫んだ。
「あそこだ! あの塔の上!」
見上げると、塔の最上階に弓を構えるプラチナブロンドの長い髪の男が見えた。ここからは200メートルは離れている。さらにこのレムリア山の頂上近くということもあり、風が強いこの場所での正確な狙撃、かなりの使い手だ。
「あれは…………エルフかしら? 氷の矢を射つエルフ…………」
アリスは塔を見ながら呟く。
「あれも敵だな?」
ウルはすぐさま状況を理解すると、その狙撃手を仕留めるためにフッ……と、かき消えるような速度で駆け出す。ウルは隠密を極めつつあり、走る姿はまるで影のようだ。
「ウルちゃん、気をつけて!」
心配してアリスが叫ぶ。だが、ウルは20メートルほど走ると不自然に空中で回転するように転んだ。まるで見えない何かにひっかかったようだ。
「いてぇ!」
ウルの細い二の腕に真っ直ぐな切り傷ができ、血が流れ出している。
「これは…………ワイヤー?」
止まって良く見ると、燃え盛る戦場の炎に照らされて細い鉄のワイヤーが張り巡らされているのにウルは気が付いた。
「ダメですよぉ。勝手に動いちゃ」
そのねっとりとした丁寧語で話す声にウルは顔を上げると、陰から黒髪で長髪の男が現れていた。縦長の顔は青白く痩せ細っている。ローブをまとっており、見た目からして魔術士のようだ。
「なんだてめぇ!」
歯を剥き出しにして威嚇するウル。そしてアリスからも現れた男の姿は見えていた。
「あれは…………カースト!?」
アリスはその男に見覚えがあった。王都へ向かう途中ワーグナーのそばで見かけた伯爵の食客の1人で、魔力だけならSランクにも届きうる優秀な変人として有名な男だ。
「ということは、さっきの氷矢は蒼弓のオーランドで間違いないわね……」
アリスは唇を噛む。
蒼弓のオーランドも伯爵の食客で、出会った時にはユウの結界を半壊させた実力を持つエルフだ。
「ウル! そいつは鉄を自在に生み出すユニークスキルを持ってる! 敵の主力の1人よ。気をつけて!」
「わかるよアリス姉、こいつ強い……」
ウルもカーストと対峙してそのべっとりと粘りつくような魔力に気が付いたようだ。カーストと20メートルほどの距離で対峙する。
「小さい子どもがどうしてこんなところにいるのですか」
カーストはウルに向かってそう聞いた。
至極当然の発言ではあるが、『小さい子ども』という言葉にウルはカチンときた。
「俺はもう、子どもじゃねぇ!」
ウルの戦闘スタイル的に中遠距離攻撃手段は持っていない。そのため、ワイヤーを避けつつ距離を詰めていく。
逆に魔術士は敏捷に長けた相手が苦手だ。実際、ウルからすればこの程度の距離、ないのに等しい。だが、カーストの張り巡らされたワイヤーがウルの機動力を封じていた。
「子どもを殺すのは好きじゃないのですが……」
カーストは眉をハの字に下げて言う。
「俺を子ども扱いするんじゃねぇ! 俺だって戦えんだ!」
ウルはカーストを睨み返す。カーストは左右の手を指揮者のように動かし、ワイヤーを操る。
「くそっ、なんだこの糸!」
動くワイヤーに絡めとられないよう、ウルも踊るように避け続ける。
「んん~? その年齢でこの実力はなかなか…………」
カーストはあごに手を当て、何かを考え始めた。そして突然手を止めると、ウルに聞いた。
「あなたの出身はどこですかぁ?」
「俺はワーグナー、ワーグナーのウルだ!」
ウルは吠えるように返事をした。
途端、カーストの顔が喜びに歪んだ。歯並びの悪い歯が奥歯まで見えるほど口を吊り上げる。
「素晴らしい! あなたは我々が探していた人物のようです!! ねぇ…………ウル王女!?」
「なっ…………!?」
その言葉でウルがはっ、と驚いた表情に変わる。
「あなたは作戦の保険としてここで捕縛させてもらいますよぉ。私の見返りが増えるかもしれませんからねぇ」
カーストはさらにワイヤーの数を倍に増やす。地面からわらわらとワイヤーが湧き出してはウルを拘束しようとする。
「なめんな!」
ウルは半年間の修行で魔力操作と魔力感知を鍛えていた。カーストのユニークスキルはユウの結界魔法と同じく魔力を使用しており、全てのワイヤーは魔力を持っている。ウルは魔力感知でその魔力を感じることができた。
ウルは縦横無尽に張り巡らされたワイヤーを側転や前宙、背面飛びのように飛んだりと、アクロバティックな動きで全てかわしていく。こういう時に小柄なウルの身体は便利だ。
「よく見えますね。太さは1ミリもないのですが」
その様子を感心しながら見るも、全く焦る様子のないカースト。
そしてウルはそのワイヤーがある場所をくぐり抜けた。途端にカーストはパチパチと手を叩いてウルを誉める。
「感心です。これを抜けた者は指の数ほどもいませんからねぇ」
ただワイヤーが見えるだけではダメで、ウル並みの身体能力がなければ不可能な芸当であった。
「へっ、次はこっちからいかせてもらうぜ!」
一瞬で距離を詰めるべくウルはダッと直線で走り出す。
「いいえ、ずっとこちらの番です」
カーストが膝を曲げてそっと指で地面に触れると、ウルの足元から数十本の鋭い槍がズガンッと飛び出した。
「いい!?」
ウルはとっさに槍を察知して、それが届かない地上5メートルほどにまでジャンプした。
「これでおしまいですね。大丈夫、殺しはしません」
そう言うカーストはウルの着地地点を予想し、そこに有刺鉄線の網を出現させようとする。だがその時
「はい…………?」
カーストは、ただ立っていただけにも関わらず、突然バランスを崩してその場に顔から突っ伏して倒れた。
「ししし、残念」
ウルはイタズラが成功した子どものように喜ぶ。
「なんです? 今、一瞬…………んん?」
顔に土をつけたカーストが起き上がりキョロキョロと周りを見渡している間にウルは着地した。
ウルのユニークスキル『アイズ』はレベルが上がり、複数人の視界の把握、そして自分の視界と特定の人物の視界の交換が可能になっていた。今、カーストがコケたのは、空中にいるウルと視界を一瞬入れ替えたため、真っ直ぐに立てなかったからだ。
「今度こそ、こっちからだな」
ウルはカーストの真後ろに回り込んでいた。そして右腕に持った暗殺者のナイフでカーストの首を右から左に斬り飛ばそうとする。魔術士相手に近接戦闘に持ち込んだウルの勝ちはほぼ確定したようなものだった。だが、
ブシュッ…………!!!!
「いってええええ!」
血を流したのはウルだった。ウルは腕を押さえてよたよたと後ろに下がる。首を刈り取ろうとしたウルの右腕には小さな4つの穴が空いていた。
「ふむ、隠密に長けた相手にはやはりこれが効果抜群ですね」
「なんだよそりゃ!」
カーストはまるでハリネズミのように、背中から長さ1メートルほどの鉄のトゲがジャキンとつき出していた。
「黒魔力がなければ、こんなこと到底できていません。いやはや、これは素晴らしい……」
カーストは黒魔力の異常な再生力を利用して身体から鉄のトゲが飛び出す荒業をなしていた。カーストの顔には黒い血管が走っている。
「ぐっ…………ううっ!」
ドクドクと流れ出す血と、そこから侵食する黒魔力を見て、ウルは神聖魔法を使った。王族にだけ使える神聖魔法は回復魔法の全てにおける上位互換。一瞬で黒魔力を浄化し、右腕に空いた傷穴は塞がった。
「奇妙な魔法を使いますね」
ふむ、とあごに手を当てるカースト。
「そりゃどう考えてもこっちのセリフだ!」
ウルは歯軋りをする。
カーストは短く詠唱すると、しゃがみつつ地面にトンッと手のひらを触れる。すると足元から様々な剣や槍、モーニングスター、矢や刀などの武器が一斉に現れ、それらはウルに向かって放たれた!
ズガガガガガガガガガガガガガ…………ッッ!!!!
「うおおお!?」
ウルの視界を埋め尽くすほどの武器の濁流に圧倒され、ウルは左足を強く蹴り、右に大きく飛んだ。そしてゴロゴロと3回前転し、その勢いで立ち上がる。
「くそ、あれじゃ近づけねぇし…………いてぇ」
どうやらさっきのカーストの攻撃で鉄の矢が左足の太ももに刺さっていた。ウルは悔しさのままユウから借りた『暗殺者のナイフ』を強く握りしめる。
すると、ウルの怒りで漏れた魔力をナイフが吸収し、突如濃い霧が辺りを覆い視界は真っ白になった。
「なんだこりゃ…………? いや、ちょうどいい」
カーストの目を逃れるため、霧に紛れて全開で隠密を発動する。どのみちあのトゲの防御を破らなければじり貧だ。
そして、まずは鉄の矢が刺さった足の治療をしようとする。
「そういや、この傷には神聖魔法でしか有効じゃないんだったな。相手が俺で良かったぜ」
そして、足に神聖魔法をかけながら鉄の矢を引き抜こうとするウル。と、その時。
「ん……………………?」
カーストは突如発生した霧でウルの場所を見失っていた。
「さぁ、どこへ行きましたか。まさか逃げた訳じゃないでしょう?」
「当たり前だろ」
ウルは堂々と霧の中から出て、カーストの正面から現れた。そして言った。
「見つけたぜ。そのトゲトゲの破り方!」
ウルは野生的な笑みを見せた。
「ほぉ、できるもんならやってごらんなさい」
ウルはカーストへ向かって走りながら神聖属性の魔力を全身に纏うと、それを全身から右腕へ、そして右腕からナイフへと凝縮させた。それは神聖属性魔法の武器への纒いだった。
そして、カーストのトゲへ突っ込んだ…………! ウルが串刺しになったかと思われた瞬間、ウルの右手が煌めいた。
スパパパパンッ…………!
カーストの鋼鉄のトゲが、まるで豆腐でも切るかのようになめらかにスライスされた。
「なに…………!?」
思わず不思議そうにその鋼鉄の断面を見るカースト。
そして、
ズプッ…………!
「がふっ…………!」
ウルのナイフは肋骨の隙間を抜け、カーストの心臓を一突きにしていた。
「な、なんで…………」
そこからさらにナイフを下に動かし心臓を真っ二つにする。
スパァン!
胸と口からどぼどぼと血を流したカーストは、神聖魔法に心臓を破壊され、苦しむことなくそのまま息絶えた。
「ふぅ…………まさか神聖魔法であの鉄のトゲが脆くなるなんてな。黒魔力の弱点属性ってとこか」
ウルはそのままお尻をペタンと庭につくと、足を伸ばして座り込んだ。
「あーーーー疲れたっ!」
◆◆
「まさかウルのことがここへ来てバレるなんて……」
さっきのカーストの発言はアリスにも聞こえていた。
「でも、カーストは死んだ。これでウルに気付いた者はいないわ」
そう呟きながらアリスは左手を払うように振って氷柱を2本交差させるように生み出すと、オーランドの氷矢を片手間で弾いていた。
「このままじゃ埒が明かないわ。そろそろこっちも向こうの主力は撃破したいところ…………」
そしてアリスはあちこち壊れ、火がついた状態の王宮の庭を眺めた。
アリスがまだオーランドと戦っていたのは、この王宮を破壊することを躊躇していたからだ。というのも、今のアリスの魔力だと威力を制限したところで周囲へ被害を出しかねない。
だが、もはや王宮下層の庭は地面が抉れ、芝生は見る影もない。中層へ続く中央階段や兵士たちの宿舎は崩壊し、ひどい有り様であった。
「もう塔ごと吹き飛ばしても怒られない…………わよね?」
自信なさげにアリスはそう呟くと、一瞬で以前のアリスでは考えられない凄まじい量の魔力を練り上げる。ワーグナーの氾濫で悪魔のメルサに使った20メートルはある巨大な氷槍を、塔に向けて空中に創造する。今のアリスはそれを10本同時に展開してみせた。
「おいおい、1本1本がなんて魔力だ…………」
たまたま下から真上に浮かぶアリスの氷槍を見上げた騎士が呟き、ゴクリと唾を飲む。
「さすが、やり手だな……」
アリスの魔力に気付いたオーランドはそう呟きながら髪をかきあげると、口をきつく閉めて黒魔力を解放した。蒼く透き通っていた魔弓は黒く変色し、つがえた氷矢からは黒い魔力が立ち上っている。そして
「じゃあね」
「……ふんっ!」
2人は同時に攻撃を放った。
アリスの10本の氷槍はキラキラと空気中の水分を凍らせ、氷の尾を引きながらまるで彗星のように飛んでいく。
オーランドの黒いオーラを引きずる氷矢は放たれるとともに、10本に分かれ、氷槍それぞれへ向かっていく。
ドシュッッ………………………………パキィッッッッ!!!!
アリスの氷槍とオーランドの氷矢が衝突し、氷槍はガラス細工のように氷矢を蹴散らした。
「なんっ…………だ、と?」
空中に衝撃波が、そして余波で周囲がパキパキパキと凍り付く。砕けたオーランドの氷矢の小さな破片が騎士団や反乱軍の真ん中に落下すると、10メートル以上もある巨大な氷柱が突き出した。
「「「ぎゃああああああああ!!!!」」」
オーランドの氷矢は100ほどの欠片となって降り注ぎ、周囲を氷柱だらけにして景色を一変させた。騎士団と反乱軍の双方は息が白くなるほど、いきなり下がった気温に肩を震わせる。
オーランドの氷矢はそれほどの威力だったが、それでもアリスの相手にはならなかった。例えAランクであろうと、不意打ちでもない限り、今のアリスに怪我を負わせることすら難しかった。
「がはっ…………」
塔の上にいたオーランドは嗚咽とともに血の塊を口から吐き出した。
オーランドの胸、脇腹、右足大腿部、右肩を極太の氷槍がドスドスドスっと突き破っていた。黒魔力の再生力など関係ない。オーランドがどれだけアリスの氷属性の魔力に抗おうとしても、圧倒的な魔力でオーランドは凍っていく。
「ああ、綺麗だ…………」
オーランドの眼には、氷の中に涼しげにたたずむ少女アリスが写っていた。そして、その眼から光が消えた。
◆◆
それからしばらく戦闘が続くと、アリスとウルの周囲はほとんど敵がいなくなっていた。致命傷を与えても、ゾンビのように復活してくる奴らをアリスは念入りに氷漬けにし、ウルは神聖魔法を纏ったナイフで完全に無力化していた。
「ギルドの援軍はもうすぐかしら?」
地面から生やした極太の氷柱で残る冒険者を空高く打ち上げながらアリスが言った。
「さっき、あのマシューって奴が駆け抜けて行くのを見たから、もうすぐだろうな。もういらねぇけど」
そう話しながらウルは、アリスによって飛ばされた男の首を落ちてきた瞬間に神聖魔法を纏ったナイフではねた。
「よし。あとはフリーとレアが勝てばここも一段落ね」
そしてついに、残る反乱軍はダース・モールただ1人。
「アリス姉、あいつかなり強いな。あの2人が相手だってのに…………!」
ウルは離れて戦う2人を見て言った。
「そうね……」
その時、アリスは刀を持って戦うフリーを見てあることを思い出した。
「あ、マタラからフリー宛ての刀を預かってたんだった……!」
アリスはローブの内側のポーチに手を伸ばす。だが、フリーとレアは魔術士のアリスからすれば目も霞むような速度で動いており、とてもじゃないが届けることはできない。
「どうしたものかしら……」
◆◆
「こりゃあ、なかなか勝負がつかないねぇ」
「そう、ですね…………!」
そうは言うがフリーとレアも肩で息をしており、明らかに消耗が激しい。向こうのダース・モールと言えば、無尽蔵とも言える黒魔力とそのフィジカルの強さでフリーの血の刃による斬撃や、レアの風を堪え忍んでいた。
「しぶとい奴らだ」
ダース・モールは予想以上に粘るフリーたちに内心かなり苛立ちがつのっていた。
「そもそもAランクそこそこのてめぇらに、なぜこの俺が止められる!? ただでさえ黒魔力で強化され、Sランク上位のこの俺が!」
「いやぁ、そこまで言われたら光栄だねぇ」
へらへらとフリーは笑う。
「黙れ…………!」
大きく振り下ろした剣が地面を深くえぐる。だが、フリーたちはひょいっと1歩下がることでうまく剣を避けていた。
「何者なんだお前らは!!」
息も荒くダース・モールはフリーとレアを睨み付けた。
「僕らは、『ワンダーランド』だよ」
フリーは再び笑って答える。
「ですね!」
レアも笑って剣を構えた。
「そんなパーティ聞いたことねぇ!」
ダース・モールが叫んだその時、
……………………ズ…………ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!
凄まじい音が王宮区上層の方から聞こえたかと思うと、一気に地を這うように衝撃が駆け抜け、地面が、建物が、木々や石柱等、様々なものが吹き飛び、まるで天地がひっくり返った。
「いいいいいいいいいい!?」
「なんだこりゃ!?」
アリスやウル、フリーにレア、騎士団や反乱軍全員が揃って空へと投げ飛ばされる。
これが実はバケモノ化したガードナーが地面ごと吹き飛ばした攻撃の余波だったのだが、アリスたちは知るよしもない。
「何なのこれ…………!?」
アリスは地上20メートルほど空中に打ち上げられ、何が起きたのかわからずに混乱する。
「いや、でも今なら…………!!」
だがアリスはすぐに頭を切り替えると、この機を逃すべくと動いた。
「フリーこれを!」
同じく吹き飛ばされているフリーに向かって、空中で濃い暗赤色の鞘の1本の刀を投げる。
「へっ…………?」
ガシャンと左手で刀を受けとると、フリーは即座にこれは魔剣に当たる類いの刀だと理解した。
スラッと刀を抜くとそこから現れたのは、刀身が乱れ刃で暗赤色の刀。
「良い刀だねぇ」
なだめるような視線で刀を眺めると、フリーは間髪いれずにそれをかみ砕く。
バキンッ!
そしてゴクリと飲み込んだ。
「はっ?」
フリーの行動が理解できずにダース・モールは一瞬その狙いを読もうとする。
「今っ…………!」
その隙をレアは逃さなかった。レアは自分のエアロボルテックスを薄く板状にしたものを蹴って、空中を移動すると、ダース・モールの首めがけて右から左に斬りつけた。
「おっ?」
ダース・モールは顔をのけ反らせることで、簡単にそれを避ける。だが、それすら空気の流れから読んでいたレアが直前でさらに1歩深く踏み込むことで、刃を首に届かせパックリと喉に切れ目が入る。
もはやレアには相手の次の動きが、予備動作から完璧に読めるようになっていた。
「ちっ、なんだあの女は? 未来が見えるのか!?」
舌打ちするとダース・モールは大きく後ろに下がる。その数秒に首の傷はすっと完治していた。主力の1人であるダース・モールは注入された黒魔力も比較的量が多く、再生能力が非常に高い。常に回復魔法を使われているようなレベルだ。
だがその隙にフリーは魔剣を食べ終えていた。
フリーは地面に落下する前に、空中に薄い血液の板を作りその上に立った。さらに血液の花びらのような百の刃をずらっと背後に並べる。そして、その血液はシューッと白い煙を上げたかと思うと、ボッと発火した。全てが燃える花弁となってユラユラとフリーの周囲を舞う。
こちらはユニークスキル『魔剣食い』の能力で、今食べた刀の力をフリーが得たものだ。アリスが投げた刀はワーグナーで悪魔マタラより受け取った高熱を発する魔剣であった。
「行くよレアちゃん」
「はい!」
一斉に燃える花弁が炎の弾丸となって真っ直ぐにダース・モールを襲う。
「火が着いたところで何も変わらねぇ!」
ダース・モールは大剣を真横に構えると、空中で身体を回転させながら全力で振った。
ブォンッ……!!!
と同時に常識はずれの速度で振られた大剣から衝撃波が発生し、フリーの花弁をハラハラと散らした。
それを鼻で笑うダース・モールだったが、
「いぎっ…………!?」
突然悲鳴を上げたかと思うと、背中に複数の小さな穴が空いた。これはもちろんフリーの仕業だ。燃える花弁に意識を集中させ、発火していない血液の刃を背後から忍ばせ突撃させていた。
ドサッと地面に着地すると怪我のダメージで膝をつくダース・モール。さすがにSランクの身体を貫通させるような攻撃ではなかったが、フリーの攻撃はここからだった。
「ぐああああああ!!!!」
突然ダース・モールの身体から白い煙が上がりだした。地面に強く握りしめた拳をついてのたうち回るように大口を開け、苦しみ始める。
「やぁ、今の僕の血は熱いだろうねぇ……」
フリーは、ブラウンがされたことを誰よりも、ユウよりも怒っていた。それは半年をともに過ごした相方ということもあったが、フリーは何よりも心優しいブラウンを人として好んでいた。
フリーはダース・モールの傷口から体内に入った自身の血液を、発熱させ内部から燃やし尽くそうとした。
体内の血液が沸騰しそうになり、ダース・モールの身体を形作るたんぱく質が熱で固まり始める。開いた口からは火の手が上がる。自動的に奴の身体は再生しようと動き始め、そのためにダース・モールの動きが止まった。
「今っ…………!」
レアは全身に風属性の魔力を纏い、身体の周囲を轟々と風が舞っていた。ショートヘアが逆立ち、可愛らしい猫耳はパタパタと揺れている。レアの纏う風に触れた石ころは塵となった。その風の強さは前の比ではない。
そして、レアはフリーが作り出した隙を逃さずに、豪風になって走った。
レアはノエルたちとの修行でエアロボルテックスの形状の変化に成功していた。エアロボルテックスの空気の渦を、まるで円錐形の高速回転するドリルのように変形させる。それを長剣に纏い、ダース・モールに突撃した!
ドッ…………シュウウウウウウウウ……………………ン!!!!
まるでジェット機のような音を響かせたレアの必殺技は、ダース・モールの土手っ腹をぶち抜き、向こう側がはっきりと見えるほどの、再生不可能な大きさの大穴を開けた。穴からは削り取られた背骨が覗き、横隔膜を抉られたために、ズリュッとピンク色の肺が体腔から剥がれ落ちる。
ダース・モールの後ろでは、右手で持った長剣を突き出した状態のレアが突進後のそのままの体勢で残心していた。
「がっ…………かっ、か……………………!」
身体を支えられないほどの直径30センチ近くの穴を空けられたダース・モールは、そのままグシャリと崩れ落ちる。そして、身体に走っていた刺青のような黒い模様も消えた。完全に死亡したようだ。
「ふぅ。助かったよアリスちゃん」
フリーが膝に手をつき、苦しそうに息をしながら刀を投げてくれたアリスに礼を言う。フリーは今の戦いで2リットル以上の血液を消費していた。
「そりゃどうも」
アリスたちだけで、こちらの反乱軍は全滅。騎士団はただポカンと彼らを見つめるだけであった。
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